セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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74話 東雲の医療魔法 その9

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「戻りました」

テラがやれやれと疲れた顔で事務所に入ると、

「あら、お疲れさん」

「お帰りなさい」

とタロウとマフダ、リーニーにマンネル、さらに奥様方が一斉に振り返り、エッと驚き足を止めると、

「エレイン会長も一緒か?」

とレアンが大声を上げた、今度はワッと驚くテラである、さらに、

「あっ、良い感じですよ、どうでしょう?」

とマルヘリートが腕まくりをして何やら布を持ち上げ、ミナが良い感じーと騒いでおり、マフレナや奥様達が確かにいいかもとはしゃぎ始める、再びエッと絶句してしまうテラ、しかしすぐに姿勢を正すと、

「これはお嬢様、御機嫌麗しゅう」

と頭を下げ、その背後のエレインがお嬢様?と顔を出して、こちらもオワッと一声上げて驚いた、

「ふふん、油断していてはいかんぞ、テラさん、エレイン会長もじゃ」

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるレアンに、これは一体・・・と言葉を無くす二人である、

「あー、ゴメンね、ちょっと邪魔してた」

タロウがニコリと微笑み、マフダがサッと二人に駆け寄り事情を説明した、途端に目の色が変わるエレインとテラ、カチャーはその後ろからどうしようかなと不安そうに事務所を覗き、取り合えず書類もあるしなと二階に上がる事にしたらしい、

「で、今やってみたんですが、確かに凄いんです」

マフダが二人を連れて戻ると、

「そうなのじゃ、これは面白いぞ」

「ホントね、これはあれね、他の服にも使えるわね」

「ですねー、あっ、でもあれです、長期保存は難しいので、しまい込む時はちゃんと洗ってこののりを落としてから箪笥にしまって下さい、今の季節ならそれほど気にはならないでしょうが、夏場はね、黴が生えてしまいます、冬服とかでこのまましまうと箪笥の中が黴だらけになってしまうかもですね」

「なるほど、そういう問題もあるのか」

「はい、結局これは小麦粉を塗りつけてるようなものなので、その点気を付けて頂ければね、大変に便利で見た目が良くなる、面白いもんでしょ?」

とタロウは微笑んだ、タロウはマフダの相談を受け、そういう事ならと実践してみせたのは小麦粉の澱粉をつかったアイロンのりである、厨房に向かい小麦粉から澱粉を抽出し、それでもって布を湿らせアイロンをかけたのだ、たったそれだけで試しにとアイロンをかけた布はハリを見せて硬くなった、これには当然のようにリーニーにマンネル、お茶会と給料を楽しみに顔を出した奥様達も巻き込まれ、この騒ぎとなっている、早速と数枚の手拭いがその餌食となり、それらは見事にハリと硬さを身に纏い、本来のその用途を失わせてしまっていた、

「では、本題にはいるか・・・まずは襟元だね、ここからやってみよう」

とタロウは試作のメイド服から襟元と袖口を取り外す、それはマフダの試行錯誤の甲斐があってか表面からまるで見えず、そして大変に外し易い、なるほど、これは大したもんだとタロウは感心しつつ、

「あー・・・この造りだとあれだね、平らな所だとちょっと難しいかな・・・いや、大丈夫か」

とその襟元にこれまた即席で作った藁の霧吹きでアイロンのりを吹きかけた、それはなんだと目を見張るエレインとテラ、

「うふふー、これ楽しいのー」

とミナがヒョコンと顔を出す、見ればミナの手にも同様の品が握られている、湯呑に折れ曲がった藁が刺さっており、どう見ても子供の遊具にしか見えない、いや、遊具と呼ぶにも足りない、ゴミか何かと言われればその通りだとすら見える代物で、

「えっと、それは?」

「キリフキー、こうやるのー」

とミナは振り返って誰もいない方を向いてフーッと藁を口に咥えて吹き込んだ、するとその藁の折れた部分から微細な水が飛び散らかる、

「まぁ・・・」

「キリフキ?」

「うん、キリフキー、楽しいのー」

ミナが笑いながらこれでもかと吹き散らかすが、珍しい事にタロウがそれを注意する事は無く、いいのかなとエレインとテラが不安そうにタロウを伺うと、

「ん?あー・・・あれだ、人に掛けなければ全然いいよ、昨日も言ったろ?湿気が大事だって話し、ミナのはね、ただの水だから心配しなくていいしね、こっちにあるのは駄目だけど・・・まぁ、別にいいっちゃいいんだけどね、べたつくかもだねー」

タロウが作業の手を止めて顔を上げ、同時にどうなっているのかとマフダがタロウの手元を覗き込む、レアンとマルヘリートも首を伸ばし、奥様達も背伸びをして覗き込んでいる、

「・・・そうですけど・・・あれはだって湯気とかじゃないんですか?」

「そだねー、でも、これでもね、やらないよりはマシだよ、昨日も言ったようにね、空気の中に水を含ませるのが大事、だからその子供の遊び程度でも役に立つと言えば立つし、やらないよりかは遥かにマシってものさ、まぁ、気休め程度かな?」

「むふふー、だから、いいのー」

笑顔であっちこっちと吹き散らかすミナである、しかし、ちゃんとタロウの指導を守ってか物や人には向けていないようで、時折上手く吹けると微細な正に霧となった水が埃のように舞っているのが確認できる、

「あの・・・あれは、あれですか?藁を切っただけ?」

タロウが言うならあれはそれで良いのかと変な納得の仕方をしつつテラが問うと、

「ん、そだね、藁のね、穴がちゃんと通っているやつを選んで、三分の一くらいかな?の所で切り込みを入れて直角に折るだけ、簡単なもんさ、で、こうやってお仕事でも使える」

とタロウが傍らに置いた湯呑を視線で差した、ミナが持つそれと全く同じ物がそこには鎮座しており、先程タロウがその藁を咥えてミナと同様に布に湯呑の内容物を吹きかけている、またそれと同様のものが数個テーブルに置かれていた、

「えっと、中身は・・・水ですか?」

エレインがその湯呑を覗くと、

「あっ、デンプンだそうです」

リーニーが黒板を手にして即座に答えた、実に楽しそうである、

「デンプン?」

「はい、小麦粉を布で包んでお湯に梳かすんです、で、そうしますと、お湯の方にはデンプンが抽出できて、布の方にはグルテンとその他が残るそうなんです」

「あっ、あれだよ、ちゃんと小麦粉を練ってからね」

タロウがニコリと注釈を付け加え、

「はい、練ってからですね、それが大事です」

リーニーが尚楽しそうに答え、また聞いた事の無い名称が飛び出したぞと眉を顰めるエレインとテラ、しかしリーニーはまるで無視して、

「で、そのデンプンを煮て、ちゃんと溶かし込んだのがこの液体になります」

と続けてニンマリと微笑む、

「それがどうなるんですの?」

「はい、で、それをキリフキで吹きかけて、それにアイロンをします、すると」

とリーニーがどれかなとテーブル上の布を探し、これが上手くいったわよと、ケイランが一枚取ってエレインとテラの前にそっと置く、

「触ってみて下さい、全然違うんです」

リーニーに促される必要も無く、エレインとテラの手はすぐに伸びた、そして、

「わっ・・・」

「凄い、ハッキリしてる・・・」

「おっ、いいね、その表現」

タロウが作業に戻りながらもニヤリと微笑んだ、

「ですね、ハッキリっていうか、固まっているっていうか、伸びているっていうか、カッチリしてるっていうかですね」

「うむ、布なのにな、立つのじゃ」

レアンが見てみろとばかりに手元の布を折り曲げてテーブルに立たせた、それは見事に形状を維持して屹立し、これはと目を見張るエレインとテラ、

「でも、これでもちゃんと布なんですよね、柔らかさが残ってて、これは何にでも活かせます、また一つ御洒落の方策が増えましたよ」

マルヘリートもニコリと微笑み振り返る、

「・・・そのようですね・・・また・・・これは面白いですね・・・」

エレインが布の手触りを確認し、テラもまた無言でテーブル上の布を見つめている、

「うん、こんな感じかな?良い感じだと思うけど」

タロウが作業を終えたようで、アイロンを専用の台座に戻すと、手にした襟元の形を整え持ち上げて見せた、オオッと小さな歓声が起こる、

「確かに、良い感じです、うん、ハリがあります、すんごいお洒落」

マフダが目を輝かせてその襟元を見つめる、それは先程までのそれとはやはり大きく違っていた、どこか頼りなくだらしなかった襟が見事に形を整え、凛として気品すら感じる形状を維持している、

「だねー、このね、パリッとした直線?これが出せればよりカッコよくなると思うぞ、これはあれだな、縫製の段階で癖づけるか・・・ここに折り目・・・はカッコ悪いね、やっぱり癖づける方向で工夫してみて」

「はい、やってみます」

マフダはサッと人だかりから抜け出して黒板に何やら書き付ける、さらに別の木簡を持ち出して熱心に見比べていた、

「どうぞ、お嬢様、触ってみて」

タロウがニコリとマルヘリートに差し出すと、マルヘリートは何とも恭しく受け取り、

「確かに・・・なるほど、襟元ですね・・・とってもカッコイイ」

「ですな、これはあれじゃ、訪問着にも活かせよう」

レアンも目を輝かせて見つめている、

「そうね、あれかしら、布質は選びますの?シルクでも大丈夫かしら?」

「あー・・・シルクはどうでしょう、やってやれない事は無いですが、元が柔らかすぎますからね、この襟元もマフダさんが材料を厳選してるので、だからこんなにピシっと形になってます、シルクってほら、あの肌触りが命ですから、見た目もね輝いていていいんですけど・・・ここまでのハリは難しいかなって思いますね」

「むー、それは残念、でも・・・例えばですけど、この布を裏地にしてシルクを表に出す感じならどうかしら?」

「それならいけるかもですね、まぁ、色々やってみて下さい、それこそ、ヘルデルは生地の産地でしょ、マルヘリート様にとっては大事な地場産業」

「はい、そうですね、そうなんです」

マルヘリートが輝くような笑顔を見せて頷いた、まったくもってタロウの言う通りなのである、北ヘルデルが服飾の中心地とするならば、ヘルデルはそれを支える生地生産の中心地であり、その生地の開発こそがヘルデルの産業に必要な刺激であったのだ、故にヘルデルでは今タオルそのものの研究が大小ある殆ど全ての生地工房でもって躍起になって取り組まれている、さらにそれを主導するのが公爵家の令嬢その人となれば、血眼になるのも無理は無い事であった、

「エレイン会長、これは面白いな」

レアンも満面の笑みをエレインに向ける、ミナも楽しそうにマルヘリートの持つ襟元を下から覗き込んでいたりするが、恐らくちゃんと理解はしていないであろう、

「そうですね・・・もう・・・こんな大事な事を・・・」

「そうですよ、また思い付きですか?」

エレインとテラがジロリとタロウを睨みつける、

「思い付きって・・・ほら、マフダさんに相談されたからさ、テラさんもだって、話して欲しいって言ってたでしょ」

「そうですけど・・・もう」

「まったく・・・まぁいいですけど・・・」

とここは喜ぶべきか、非難するべきかと困惑してしまうエレインとテラである、今日は少しはのんびりできるかなと弛緩した状態でギルドに向かい、そこで少しばかりの相談事を持ち帰り、さてどうしたものかと思っているとこれであった、と同時にレアンとマルヘリートがここにいる理由も分かっていなかったりする、ミナとレインにタロウがいる所を見るにどうやら寮に遊びに来てそのままこちらに顔をだしたのであろう事までは簡単に想像できたが、

「あっ、じゃ、マフダさんね、こんな感じだから、注意するべき点は話したと思うけど、なによりあれだ、このアイロンそのものが危ないね、すぐに火事でも起こしそうだ・・・あっ、でもあれか、マフダさんなら本職だからね、その点は大丈夫か」

「はい、前の店でも良く使ってました、アイロンなら任せて下さい」

ムフンと振り返るマフダである、そしてそのままテーブルに戻ると、

「袖口はやらせて下さい」

と気合の入った声と表情で、タロウはうん任せたと一歩引いた、そして、

「あっ、でね、エレインさんね、今日なんだけど」

とニヤリと微笑むタロウであった。
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