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74話 東雲の医療魔法 その5
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「貴族向けの施策と、平民向けの施策になります」
と二人の顔を覗き込む、その二つの相貌は蝋燭の灯りの暗い影の下、爛々と光る眼光のみが浮き上がって怪しく輝きタロウを見据えている、
「まずは貴族向けの施策なのですが、国債もしくは公債という仕組みはありますか?」
続くタロウの質問に、ハテと二つの顔は同時に傾き、リシャルトとその従者は顔を見合わせ、レイナウトの従者もキョトンとしている、
「簡単に言えば借金ですね、故に貴族向けといいましたが、富裕層向けと言い換えても良いかと思います」
「待て、それであれば別に難しくも無い、先程も言ったが配下の貴族には既に諸々を拠出させている、それで充分であろう」
「はい、ですが、現金もそうなのですか?」
「いや・・・」
「それは最終手段であろう、そこに至るまでの策が欲しいのだ」
カラミッドがこれでもかと渋い顔となった、レイナウトも深い皺をより深くして眉を顰めている、
「ですが、現金というものは数が決まっているものです、そうでしょう?王国内に出回っている金貨の数は基本的に管理されている・・・筈ですよね、違いますか?」
「いや、それはそうじゃが・・・」
カラミッドが大きく頷いた、現金の流通量管理は王国の経済を支える大事な事業であり、義務である、また面白い事に金貨と銀貨に関してはその含有量がその通貨の価値とイコールとなっており、時の為政者によって変更が加えられる事が多いそれは、過去発行された通貨とのバランスをとる為に発布と同時に古い通貨は回収される事が多い、しかし俗に良貨と呼ばれる含有量の多い金貨や銀貨は資産として確保され、表に出る事は少なく、それはそのまま現行の金貨の流通量に影響を与える、であれば良貨とされる金及び銀の含有量の多い貨幣を作ればそれで良いと思われるが、これもまた困難であった、金も銀も鉱山からの算出量は限られ、しかし、経済は発展するもので、となるとどうなるかと言えば含有量の低い貨幣を作り流通させざるを得なくなるのだ、すると堂々巡りになるのは簡単に想像できる、俗に言う悪貨が良貨を駆逐するとはつまりそういう仕組みであったりする、タロウが思うに随分と手間がかかっているなと思うし額面紙幣の仕組みを取り入ればよいと思うが、そこまでの経済的価値概念は王国にもその周辺国にも未だ無い、そして通貨とはそれを管理運用し続けなければ意味をなさない代物で、それは安定した統治の為にも必須の大事業なのである、
「となればある所から回収する事が必要となります、つまりは奪うか借りるかする他無いのです」
あっさりと暴論を口にするタロウに、まったくこれだからと二人はさらに嫌悪の面相となり、リシャルトもやはりタロウでも無理なのだなと呆れ顔となる、しかしタロウは続けて、
「なので、ちゃんと借りて、ちゃんと利子を払うこの仕組みが大事でしてね、故に単純に借金とは呼ばず債券と呼びます、国が発行する債券を国債、領主様のような地方の権力者が発行する債券を公債とか地方債と呼びます」
「待て、何が違う?借金は借金なのだろう?」
「はい、借金である事は確かです、ですが、この場合仮にの話しなのですが」
とタロウは債券について簡単に説明を始めた、少々難しい内容であったが、リシャルトはこれは良いかもと黒板を鳴らし始め、他の二人も忙しく手を動かしている、
「すると・・・そうか、あくまでサイケンという権利を売るという事か」
カラミッドが背筋を伸ばしてタロウを見つめる、
「はい、その債券を保持している限り、あくまで例えばの金額で申し上げますが・・・金貨一枚分の価値であれば、年に銀貨一枚の利子、いえこの場合はあくまで配当と呼びますが、それが支払われます、無論、多く持てば多く持つほど配当は増えますし、発行者側が債権を買い戻したいとなれば、原本と同じ金額で買い戻せる、先方にとっても同じですね、現金に戻して欲しいとなれば発行者側はそれに従う義務が生じます、そこはほら、借金と大きく変わりません」
「そしてそれを別の誰かに売ることも出来る」
「はい、少々・・・あれですね、役所仕事が増える事となると思いますが、債券を現金として扱う事が出来ます、それはだってそれだけの価値がある紙・・・といってはあれですが、いや、ここは上質紙をちゃんと使うべきですね、木簡では少しばかり見栄えが悪い」
「フハッ確かにな」
レイナウトが些細な事だがそれもそうかもしれないと笑ってしまう、
「なので、厳密に言えば借金・・・ではあるのですが、ちゃんと権利を販売している事になります、年に銀貨一枚貰える金貨一枚と同等の価値となる紙きれとなるのでしょうか、まぁ、その辺の金額はちゃんと調整する必要があると思います、特に発行者側は現金を集めて成果を出さないと、その支払い分だけ損をする事になりますので、それはほら、借金でも同じですね、利子だの利息だのは確実に発生するでしょうから」
「なるほど・・・しかし、そのようなもの売れるのか?」
カラミッドが根本的な疑問を口にした、そのようなめんどくさい仕組みを作らなくても素直に証文で借金をした方が早い気はする、実際に証文の売買も行われており、それは時折詐欺事件として巷を賑わす事もあるのだ、故に証文とサイケンとやらの違いが今一つ明確ではない、
「そうですね・・・ですが、私が思うに・・・なんですが、お金を持っている方々が宝物庫とか箪笥とかに現金をしまっておいても腐るだけなんじゃないかと思うんですよ」
「待て、それは言い過ぎだ」
「そうでしょうか、だって、箪笥の中に金貨があってもそれって、増えます?」
「増える?」
「はい、お金というやつは使って始めて価値が生まれ、生きて、増えるもの、私はそう考えております、ですが、お金持ちの方々はお金を溜める事に注力し過ぎてお金を増やす事も使う事もしないでしょ」
「それも言い過ぎだ」
「言い過ぎであっても、一つの事実です、この債券とはね、そのお金を吐き出させる事が出来て、さらにそのお金持ちは眠っていて使いようがなかったお金で毎年利益を得るばかりか、お金そのものはちゃんと保証されることになります・・・まぁ、この保証がね、最も大事な点でして・・・だから、ほら、国とか領主とか、そういう簡単には棄損されない権力の下でしか通用しない仕組みになるのでしょうが・・・あっ、でね、より重要な点があります」
タロウは人差し指をスッと立てると、
「これをモニケンダム債として大々的に王国内に販売します、そしてそれを買った人達、この人達はさらにこの戦争に協力する他ないのです、何故ならば、モニケンダムが滅んだら、金は帰ってこないばかりか手元にあるのはただの紙きれです、先程申しました巨大な権力、これを維持する為に債権を購入した者はより熱心にこの街を及び国を支援する事になります」
ナッと目を丸くするカラミッドとレイナウト、これはまた悪辣なとリシャルトも眉を顰める、
「・・・そうか・・・つまり、自分の金とその権利を確保する為には・・・」
「はい、モニケンダムが陥ちてはならない・・・」
「そうなるのです、より一層の協力が求められ、また、自分の資産を守る為となれば誰も文句は言わなくなるどころか、積極的になる者もおるでしょう・・・故に逆にあれです、うるさく口を出す者が増えるかもですね、多分ほら、それこそ税金を上げろとか、軍を増強しろとか絶対に口出しされます、まぁ、それはね、そういうもんなので・・・上手い事あしらって下さい」
ニヤリとタロウは微笑み、
「・・・そうか・・・いや、その通りなのじゃな、借金もまた実力・・・そう聞いた事がある」
レイナウトがハッと目を見開いた、
「はい、まったくその通りです、借金とはしたくてもできるものではないのですよ、その辺の平民に金を貸す馬鹿はいません、金を作る能力、若しくは権力を持った者の元にこそ金は集まるものなのです、というか・・・金は金を呼びます、そういう性質があるのです」
「・・・その通りかもしれんな・・・」
「はい、で、次に平民向けの施策になるのですが」
とタロウはゴホンと思わず咳ばらいを挟んでしまった、アッとリシャルトがテーブルに向かい、従者も続いて茶を点てる、それに気付いたカラミッドもレイナウトも確かに茶が欲しいなと沈黙でそれを待つ事としたようで、タロウも少しばかり考えを整理した、どうやら債券の概念はまだ早かったかなと思うも、王国の事務処理能力を持ってすれば難しくは無いはずで、実際に都市国家では社債、彼等は商会債と呼称して盛んに投資が行われている、タロウは大したもんだとその帳簿を見せてもらって感嘆したものである、やはりこと商売に関しては王国は若干遅れているようで、それはつまり金で金を産む仕組みがまだ確立されていない事を示している、その点をタロウは微笑ましく見ていたのであるが、こうして話してしまった以上、何らかの仕組みが普及するのは時間の問題であろう、それもまた面白そうだと思うが、しかし、若干不愉快でもあった、やはりタロウとしては金を産むのは明確な商品なりサービスなりであって欲しく、金で金を増やし、金が金を呼ぶ世の中はあまり好きでは無かったりする、
「では、改めて」
リシャルトの差し出した茶を口にし喉を湿らせるとタロウはさてと二人を見渡す、
「こちらも・・・少々阿漕です」
あっさりと言い切ったタロウに、自分で言うのかとカラミッドとレイナウトは呆れてしまった、リシャルトは自覚はあるのかと苦笑いである、
「えーと・・・私の国では富くじとか宝くじとかと呼んでました、他の国ではロットかな?なので、これもね、好きに呼んでくれればいいんですが・・・仕組みとしては・・・そうですね仮の金額で申し上げますが、一枚あたり銅貨三枚の木簡を売ります、それには番号が書いてありまして、後日、抽選されます、そして、抽選で当たると、金貨一枚が払い戻されます」
エッとポカンとタロウを見つめるカラミッドとレイナウト、リシャルトも従者二人もん?と首を傾げている、
「・・・わかりません?」
「・・・いや、それではあれか、銅貨三枚が金貨一枚になるのか?」
「はい、そう申し上げました」
「何故じゃ?」
「・・・そこが大事でしてね」
とタロウはニヤリとほくそ笑み、
「まず、その木簡、銅貨三枚の値段のそれを、何千枚と売ります、その売上を仮に金貨で100枚になるとします、そして、その100枚の金貨のうち、一枚だけを抽選でその番号が当たった当選者に返す、するとあら不思議、手元には99枚の金貨、購入者の手元には意味の無い木簡が数枚と、当選者には金貨の報酬が残る・・・どうです、阿漕でしょ」
「そういう事か!!」
「待て、それは確かに阿漕に過ぎる」
カラミッドとレイナウトが同時に叫び、リシャルトはそれは駄目だろうと顔を顰めた、
「でしょー、でもね、これがまた売れるんですよ」
タロウは遠い目で天井を見上げた、午前だというのに暗いその天幕内は、まさに悪事を練るにはうってつけのように思える、
「・・・売れるのか?」
「はい、売れます」
「待て、何故売れる」
「売れるんですから売れるんですよ」
「だから何故だ」
「だって・・・銅貨三枚が金貨一枚になるかもしれないんですよ、銅貨三枚だとどうでしょう・・・ドーナッツだと一個か二個かな?その程度のお金が金貨一枚になって返ってくる・・・平民としてはね、そりゃ買ってみたくなるでしょ」
「・・・そう・・・なのか・・・」
「はい、私もよく買いました・・・まったく当たる事はなかったのですが・・・あれはね、なんていうか・・・うん、夢を買う・・・いや、違うな、欲望に夢を馳せる為の切っ掛けなんです」
「なんだ、それは・・・」
「そうなんですよ、銅貨三枚が金貨一枚になる、するとその金貨であれも買えるこれも買える、あれも欲しいこれも欲しい・・・こんな生活になるかも、いや、新しい服がいいかな?子供の服も変えたいし、美味しいものも食べたいなって・・・そんな感じでね、買った直後にはもう・・・欲望がね、ブワッと舞い上がる感じですね、で、まぁ・・・翌日にはね、普通に生活しているもんで、当たらなくてもね、やっぱりなーって感じで、恐らくその欲望の解放?これが心地良いのですよ」
アッハッハとタロウが笑うもポカンとその顔を見つめる男達であった、
「まぁ、そこはほら、半分冗談で、具体的な金額・・・は難しいですが、仕組みですね、こちらを話しますと・・・」
タロウはより詳しく宝くじの解説を始めた、そして、
「これはあれだな、賭け事だな・・・」
カラミッドがその本質に気付いたようで、
「そうなります、なので、胴元は絶対に儲かる」
「確かにそうじゃな、そうか、こちらの利益を確定して、それ以外を払い戻す、規模が大きくなっても仕組みは同じ・・・」
「それもそうなります、特にね、今回のこれはあくまで戦時の特別なものとして開催されるのが良いかと思います、それと木簡の偽造ですね、これも問題になるので・・・そうなるとあれですね、諸々に対する支出も考えないとなので、初期投資、関係機関の設置や、管理業務が必須になりますね、それは先程の債券も同じですが、まぁ・・・どうでしょう、少し規模の小さいものをやってみて、上手く確立できたら、他の街、それこそヘルデルですとか、北ヘルデル、王都でもやってみたら良いと思います、何度も言いますが、お金はね、ある所から頂くしかないですから、まさか造幣までやる事は難しいですし、そうなるともう明確に国への反逆ですよ・・・まぁ、そんな感じで、債券は権利を売る仕組みですが、こちらはね、夢と欲望を売る仕組みになります・・・どうでしょう?」
「なるほど・・・悪くないが・・・」
「うむ、小規模となると、少額しか集まらんな・・・」
「それはしょうがないですよ、相手は平民なんですから、ここはね、誠実に対応しませんと、役所と御領主様の信用に関わります」
「それもその通りじゃな」
「ですね・・・」
とどうやらカラミッドとレイナウトは理解を示したようで、リシャルトも黒板を見つめて難しい顔である、そして、
「で、もう一つなんですが」
とタロウは茶を含み、ゴクンと飲み干すと、
「荒野の岩、あれ使いましょう、折角ですから」
と軽く言い放つ、アッと言葉を無くすカラミッドとレイナウト、リシャルトもそれがあったかと目を丸くしてタロウを見つめる、
「ほら、軍隊も来てますしね、肉体労働の手はあります、場合によってはモニケンダムの兵士はもう全部そっちに振り分けて、で、私も出来るだけ協力しますが・・・そうですね、学園の生徒かな、もしくは兵士か役所の人で魔力のありそうな人を選抜して、それほど難しくないですから、あれを解体する方法は、で、産出した諸々は王家に買い取って貰いましょう、これならほら現状どこにも角は立たないし、荒野の権利はもう話し合われたのでしょう?であれば大手を振ってやれますよ」
いかがです?と微笑むタロウに、それが一番無難じゃないかとリシャルトは愕然とし、カラミッドとレイナウトもそれならなんとかなりそうだと目を見張るのであった。
と二人の顔を覗き込む、その二つの相貌は蝋燭の灯りの暗い影の下、爛々と光る眼光のみが浮き上がって怪しく輝きタロウを見据えている、
「まずは貴族向けの施策なのですが、国債もしくは公債という仕組みはありますか?」
続くタロウの質問に、ハテと二つの顔は同時に傾き、リシャルトとその従者は顔を見合わせ、レイナウトの従者もキョトンとしている、
「簡単に言えば借金ですね、故に貴族向けといいましたが、富裕層向けと言い換えても良いかと思います」
「待て、それであれば別に難しくも無い、先程も言ったが配下の貴族には既に諸々を拠出させている、それで充分であろう」
「はい、ですが、現金もそうなのですか?」
「いや・・・」
「それは最終手段であろう、そこに至るまでの策が欲しいのだ」
カラミッドがこれでもかと渋い顔となった、レイナウトも深い皺をより深くして眉を顰めている、
「ですが、現金というものは数が決まっているものです、そうでしょう?王国内に出回っている金貨の数は基本的に管理されている・・・筈ですよね、違いますか?」
「いや、それはそうじゃが・・・」
カラミッドが大きく頷いた、現金の流通量管理は王国の経済を支える大事な事業であり、義務である、また面白い事に金貨と銀貨に関してはその含有量がその通貨の価値とイコールとなっており、時の為政者によって変更が加えられる事が多いそれは、過去発行された通貨とのバランスをとる為に発布と同時に古い通貨は回収される事が多い、しかし俗に良貨と呼ばれる含有量の多い金貨や銀貨は資産として確保され、表に出る事は少なく、それはそのまま現行の金貨の流通量に影響を与える、であれば良貨とされる金及び銀の含有量の多い貨幣を作ればそれで良いと思われるが、これもまた困難であった、金も銀も鉱山からの算出量は限られ、しかし、経済は発展するもので、となるとどうなるかと言えば含有量の低い貨幣を作り流通させざるを得なくなるのだ、すると堂々巡りになるのは簡単に想像できる、俗に言う悪貨が良貨を駆逐するとはつまりそういう仕組みであったりする、タロウが思うに随分と手間がかかっているなと思うし額面紙幣の仕組みを取り入ればよいと思うが、そこまでの経済的価値概念は王国にもその周辺国にも未だ無い、そして通貨とはそれを管理運用し続けなければ意味をなさない代物で、それは安定した統治の為にも必須の大事業なのである、
「となればある所から回収する事が必要となります、つまりは奪うか借りるかする他無いのです」
あっさりと暴論を口にするタロウに、まったくこれだからと二人はさらに嫌悪の面相となり、リシャルトもやはりタロウでも無理なのだなと呆れ顔となる、しかしタロウは続けて、
「なので、ちゃんと借りて、ちゃんと利子を払うこの仕組みが大事でしてね、故に単純に借金とは呼ばず債券と呼びます、国が発行する債券を国債、領主様のような地方の権力者が発行する債券を公債とか地方債と呼びます」
「待て、何が違う?借金は借金なのだろう?」
「はい、借金である事は確かです、ですが、この場合仮にの話しなのですが」
とタロウは債券について簡単に説明を始めた、少々難しい内容であったが、リシャルトはこれは良いかもと黒板を鳴らし始め、他の二人も忙しく手を動かしている、
「すると・・・そうか、あくまでサイケンという権利を売るという事か」
カラミッドが背筋を伸ばしてタロウを見つめる、
「はい、その債券を保持している限り、あくまで例えばの金額で申し上げますが・・・金貨一枚分の価値であれば、年に銀貨一枚の利子、いえこの場合はあくまで配当と呼びますが、それが支払われます、無論、多く持てば多く持つほど配当は増えますし、発行者側が債権を買い戻したいとなれば、原本と同じ金額で買い戻せる、先方にとっても同じですね、現金に戻して欲しいとなれば発行者側はそれに従う義務が生じます、そこはほら、借金と大きく変わりません」
「そしてそれを別の誰かに売ることも出来る」
「はい、少々・・・あれですね、役所仕事が増える事となると思いますが、債券を現金として扱う事が出来ます、それはだってそれだけの価値がある紙・・・といってはあれですが、いや、ここは上質紙をちゃんと使うべきですね、木簡では少しばかり見栄えが悪い」
「フハッ確かにな」
レイナウトが些細な事だがそれもそうかもしれないと笑ってしまう、
「なので、厳密に言えば借金・・・ではあるのですが、ちゃんと権利を販売している事になります、年に銀貨一枚貰える金貨一枚と同等の価値となる紙きれとなるのでしょうか、まぁ、その辺の金額はちゃんと調整する必要があると思います、特に発行者側は現金を集めて成果を出さないと、その支払い分だけ損をする事になりますので、それはほら、借金でも同じですね、利子だの利息だのは確実に発生するでしょうから」
「なるほど・・・しかし、そのようなもの売れるのか?」
カラミッドが根本的な疑問を口にした、そのようなめんどくさい仕組みを作らなくても素直に証文で借金をした方が早い気はする、実際に証文の売買も行われており、それは時折詐欺事件として巷を賑わす事もあるのだ、故に証文とサイケンとやらの違いが今一つ明確ではない、
「そうですね・・・ですが、私が思うに・・・なんですが、お金を持っている方々が宝物庫とか箪笥とかに現金をしまっておいても腐るだけなんじゃないかと思うんですよ」
「待て、それは言い過ぎだ」
「そうでしょうか、だって、箪笥の中に金貨があってもそれって、増えます?」
「増える?」
「はい、お金というやつは使って始めて価値が生まれ、生きて、増えるもの、私はそう考えております、ですが、お金持ちの方々はお金を溜める事に注力し過ぎてお金を増やす事も使う事もしないでしょ」
「それも言い過ぎだ」
「言い過ぎであっても、一つの事実です、この債券とはね、そのお金を吐き出させる事が出来て、さらにそのお金持ちは眠っていて使いようがなかったお金で毎年利益を得るばかりか、お金そのものはちゃんと保証されることになります・・・まぁ、この保証がね、最も大事な点でして・・・だから、ほら、国とか領主とか、そういう簡単には棄損されない権力の下でしか通用しない仕組みになるのでしょうが・・・あっ、でね、より重要な点があります」
タロウは人差し指をスッと立てると、
「これをモニケンダム債として大々的に王国内に販売します、そしてそれを買った人達、この人達はさらにこの戦争に協力する他ないのです、何故ならば、モニケンダムが滅んだら、金は帰ってこないばかりか手元にあるのはただの紙きれです、先程申しました巨大な権力、これを維持する為に債権を購入した者はより熱心にこの街を及び国を支援する事になります」
ナッと目を丸くするカラミッドとレイナウト、これはまた悪辣なとリシャルトも眉を顰める、
「・・・そうか・・・つまり、自分の金とその権利を確保する為には・・・」
「はい、モニケンダムが陥ちてはならない・・・」
「そうなるのです、より一層の協力が求められ、また、自分の資産を守る為となれば誰も文句は言わなくなるどころか、積極的になる者もおるでしょう・・・故に逆にあれです、うるさく口を出す者が増えるかもですね、多分ほら、それこそ税金を上げろとか、軍を増強しろとか絶対に口出しされます、まぁ、それはね、そういうもんなので・・・上手い事あしらって下さい」
ニヤリとタロウは微笑み、
「・・・そうか・・・いや、その通りなのじゃな、借金もまた実力・・・そう聞いた事がある」
レイナウトがハッと目を見開いた、
「はい、まったくその通りです、借金とはしたくてもできるものではないのですよ、その辺の平民に金を貸す馬鹿はいません、金を作る能力、若しくは権力を持った者の元にこそ金は集まるものなのです、というか・・・金は金を呼びます、そういう性質があるのです」
「・・・その通りかもしれんな・・・」
「はい、で、次に平民向けの施策になるのですが」
とタロウはゴホンと思わず咳ばらいを挟んでしまった、アッとリシャルトがテーブルに向かい、従者も続いて茶を点てる、それに気付いたカラミッドもレイナウトも確かに茶が欲しいなと沈黙でそれを待つ事としたようで、タロウも少しばかり考えを整理した、どうやら債券の概念はまだ早かったかなと思うも、王国の事務処理能力を持ってすれば難しくは無いはずで、実際に都市国家では社債、彼等は商会債と呼称して盛んに投資が行われている、タロウは大したもんだとその帳簿を見せてもらって感嘆したものである、やはりこと商売に関しては王国は若干遅れているようで、それはつまり金で金を産む仕組みがまだ確立されていない事を示している、その点をタロウは微笑ましく見ていたのであるが、こうして話してしまった以上、何らかの仕組みが普及するのは時間の問題であろう、それもまた面白そうだと思うが、しかし、若干不愉快でもあった、やはりタロウとしては金を産むのは明確な商品なりサービスなりであって欲しく、金で金を増やし、金が金を呼ぶ世の中はあまり好きでは無かったりする、
「では、改めて」
リシャルトの差し出した茶を口にし喉を湿らせるとタロウはさてと二人を見渡す、
「こちらも・・・少々阿漕です」
あっさりと言い切ったタロウに、自分で言うのかとカラミッドとレイナウトは呆れてしまった、リシャルトは自覚はあるのかと苦笑いである、
「えーと・・・私の国では富くじとか宝くじとかと呼んでました、他の国ではロットかな?なので、これもね、好きに呼んでくれればいいんですが・・・仕組みとしては・・・そうですね仮の金額で申し上げますが、一枚あたり銅貨三枚の木簡を売ります、それには番号が書いてありまして、後日、抽選されます、そして、抽選で当たると、金貨一枚が払い戻されます」
エッとポカンとタロウを見つめるカラミッドとレイナウト、リシャルトも従者二人もん?と首を傾げている、
「・・・わかりません?」
「・・・いや、それではあれか、銅貨三枚が金貨一枚になるのか?」
「はい、そう申し上げました」
「何故じゃ?」
「・・・そこが大事でしてね」
とタロウはニヤリとほくそ笑み、
「まず、その木簡、銅貨三枚の値段のそれを、何千枚と売ります、その売上を仮に金貨で100枚になるとします、そして、その100枚の金貨のうち、一枚だけを抽選でその番号が当たった当選者に返す、するとあら不思議、手元には99枚の金貨、購入者の手元には意味の無い木簡が数枚と、当選者には金貨の報酬が残る・・・どうです、阿漕でしょ」
「そういう事か!!」
「待て、それは確かに阿漕に過ぎる」
カラミッドとレイナウトが同時に叫び、リシャルトはそれは駄目だろうと顔を顰めた、
「でしょー、でもね、これがまた売れるんですよ」
タロウは遠い目で天井を見上げた、午前だというのに暗いその天幕内は、まさに悪事を練るにはうってつけのように思える、
「・・・売れるのか?」
「はい、売れます」
「待て、何故売れる」
「売れるんですから売れるんですよ」
「だから何故だ」
「だって・・・銅貨三枚が金貨一枚になるかもしれないんですよ、銅貨三枚だとどうでしょう・・・ドーナッツだと一個か二個かな?その程度のお金が金貨一枚になって返ってくる・・・平民としてはね、そりゃ買ってみたくなるでしょ」
「・・・そう・・・なのか・・・」
「はい、私もよく買いました・・・まったく当たる事はなかったのですが・・・あれはね、なんていうか・・・うん、夢を買う・・・いや、違うな、欲望に夢を馳せる為の切っ掛けなんです」
「なんだ、それは・・・」
「そうなんですよ、銅貨三枚が金貨一枚になる、するとその金貨であれも買えるこれも買える、あれも欲しいこれも欲しい・・・こんな生活になるかも、いや、新しい服がいいかな?子供の服も変えたいし、美味しいものも食べたいなって・・・そんな感じでね、買った直後にはもう・・・欲望がね、ブワッと舞い上がる感じですね、で、まぁ・・・翌日にはね、普通に生活しているもんで、当たらなくてもね、やっぱりなーって感じで、恐らくその欲望の解放?これが心地良いのですよ」
アッハッハとタロウが笑うもポカンとその顔を見つめる男達であった、
「まぁ、そこはほら、半分冗談で、具体的な金額・・・は難しいですが、仕組みですね、こちらを話しますと・・・」
タロウはより詳しく宝くじの解説を始めた、そして、
「これはあれだな、賭け事だな・・・」
カラミッドがその本質に気付いたようで、
「そうなります、なので、胴元は絶対に儲かる」
「確かにそうじゃな、そうか、こちらの利益を確定して、それ以外を払い戻す、規模が大きくなっても仕組みは同じ・・・」
「それもそうなります、特にね、今回のこれはあくまで戦時の特別なものとして開催されるのが良いかと思います、それと木簡の偽造ですね、これも問題になるので・・・そうなるとあれですね、諸々に対する支出も考えないとなので、初期投資、関係機関の設置や、管理業務が必須になりますね、それは先程の債券も同じですが、まぁ・・・どうでしょう、少し規模の小さいものをやってみて、上手く確立できたら、他の街、それこそヘルデルですとか、北ヘルデル、王都でもやってみたら良いと思います、何度も言いますが、お金はね、ある所から頂くしかないですから、まさか造幣までやる事は難しいですし、そうなるともう明確に国への反逆ですよ・・・まぁ、そんな感じで、債券は権利を売る仕組みですが、こちらはね、夢と欲望を売る仕組みになります・・・どうでしょう?」
「なるほど・・・悪くないが・・・」
「うむ、小規模となると、少額しか集まらんな・・・」
「それはしょうがないですよ、相手は平民なんですから、ここはね、誠実に対応しませんと、役所と御領主様の信用に関わります」
「それもその通りじゃな」
「ですね・・・」
とどうやらカラミッドとレイナウトは理解を示したようで、リシャルトも黒板を見つめて難しい顔である、そして、
「で、もう一つなんですが」
とタロウは茶を含み、ゴクンと飲み干すと、
「荒野の岩、あれ使いましょう、折角ですから」
と軽く言い放つ、アッと言葉を無くすカラミッドとレイナウト、リシャルトもそれがあったかと目を丸くしてタロウを見つめる、
「ほら、軍隊も来てますしね、肉体労働の手はあります、場合によってはモニケンダムの兵士はもう全部そっちに振り分けて、で、私も出来るだけ協力しますが・・・そうですね、学園の生徒かな、もしくは兵士か役所の人で魔力のありそうな人を選抜して、それほど難しくないですから、あれを解体する方法は、で、産出した諸々は王家に買い取って貰いましょう、これならほら現状どこにも角は立たないし、荒野の権利はもう話し合われたのでしょう?であれば大手を振ってやれますよ」
いかがです?と微笑むタロウに、それが一番無難じゃないかとリシャルトは愕然とし、カラミッドとレイナウトもそれならなんとかなりそうだと目を見張るのであった。
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○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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