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本編
74話 東雲の医療魔法 その3
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その頃事務所である、二階の会長室兼事務室ではエレインが自席で報告書に目を落としており、カチャーとテラは給与の確認中であった、今日は25日、六花商会の休日兼給料日で、ガラス鏡店は勿論、開店準備中の店もその作業を止めている、
「じゃ、寮の方々の分とアニタさんとパウラさんですね、別にしておきます」
とカチャーが木簡と積まれた銅貨を見比べ、
「そうね、それでお願い、それと・・・」
とテラがその隣でこちらも木簡と黒板を交互に見ながら確認しているようで、
「・・・うん、そっか・・・今月はあれね、屋台のお店が無いから報酬が少ないのよね・・・前回も似たようなものだったわね・・・」
大丈夫かしらと首を傾げるテラである、特に奥様達と生徒達に支払う金額が先月のそれよりも数割減っていた、無論それは説明済みであるし、従業員は皆納得している筈であるが、実際にこの金額を確認すると気落ちする者もいそうな額となっている、
「それはしょうがないですよ、奥様達も冬支度で忙しいから丁度いいって言ってましたし、でも、ほら、ドレスとかメイド服とか、お店の準備とか、それなりに動いてもらいましたから、逆にそれが無かったらもっと寂しい事になったと思います」
実に冷静なカチャーの意見にそれもそうねと頷くしかないテラである、実際に服飾と開店準備の作業が無ければ仕事と呼べるような仕事は殆ど無かったのだ、モヤシの育成にしろ昨日のパスタにしろ大した労働にはならない、冬に入って屋台を開ける事が難しく、なるほど、従業員を雇って屋台を営業するというのは難しい事なのかもしれないなとテラは思い知る、
「そうね・・・まぁ・・・うん、今回辛抱して貰えば・・・でも、そっか、もう年末なのよね、次回はどうなるかしら」
とテラは別の木簡に手を伸ばした、今年はうるう年では無い為10月は36日までとなる、しかし王国の一般的な仕事であれば通常営業は34日まで、35日からは年末の休みとなり、それは年始となる1月の3日まで続き、4日が仕事初めとなっていた、
「あっ、それもありました、どうしましょう、次回の給料日も今日告知しないとですね、35日でしょうか?お休みになりますよね・・・奥様達の希望も聞きたい所です」
「そうねー・・・あっ、お祭りとか無いの?こっちでは?」
「お祭りですか?」
「そうよ、ヘルデルだと36日と1日はお祭りになるのよね」
「へー・・・あっ、こっちでは2日と3日ですかね?」
「あら・・・そりゃまた変な日ね」
「そうなのよー」
とエレインがヒョイと顔を上げた、
「あら、会長もそう思います?」
「思ったわね、私の田舎でも36日はどうかしら、お祭りって感じは無いけど・・・その雰囲気はあって、で、1日と2日がお祭りで、3日は休んで、4日から仕事って感じなのよ、だから、2日と3日がお祭りってのが微妙に慣れなくて・・・」
「へー・・・そうなんですか、面白いですねー」
カチャーはホヘーと感心する、
「あっ、屋台はどうします、やります?」
「あー・・・どうだろう?」
「どうでしょう?」
テラの質問にエレインもカチャーも何故かやる気がないようで、エッと不思議そうに二人を見てしまうテラである、祭りとなれば稼ぎ時で、エレインもカチャーも目の色を変える所であろう、さらにどうやら二日続けての祭りとなるようで、それならば常以上に稼げるし、準備も必要そうで、しかしそう言えばジャネットも得に騒いでいなかった、それどころでは無い程に開店準備だ学園の作業だと忙しいのもあるが、急に発生したその違和感をテラは心底不思議に感じてしまう、
「・・・お祭りですよね?」
「お祭りなんですよ」
「お祭りなのよねー」
「お祭りじゃないんですか?」
「・・・お祭りよね」
「お祭りです」
何とも要領を得ない会話である、テラは思わずブフッと吹き出してしまい、エレインもカチャーもクックッと口元を押さえた、
「・・・もう、何なんですか二人して、からかってます?」
「全然、そんな事ないわよ」
「はい、そうです、からかってはいないです」
テラは頬を綻ばせ、エレインは椅子に背をもたれかけて笑顔で茶に手を伸ばし、カチャーも楽しそうに笑っている、
「あー・・・ね、なんて言うか、らしくないのよね、年始のお祭りは」
「そう思われます?」
「そうね、ほら、なんでもかんでも大騒ぎするのがこっちの人達だってテラさんも思い知ったでしょ」
「それはまぁ、そうですね」
「なんですけど、1月のお祭りはね、あれね、神殿の力が強すぎるのかしら?」
「あー、それ良く言ってます、親も」
「そうよねー、なもんでね、なんていうか厳か?」
「確かに、大騒ぎできないんですよね、神殿の人達が厳しくて」
「そうそう、だから、お祭りっていうか・・・」
「お葬式みたいなんですよ」
「それは言い過ぎよー」
「えー、でも、皆そう言ってますよ」
「そうなの?」
「はい、屋台も酒も無いと祭りじゃねーって、父さんがよく言ってます、近所のおじさん達も」
「でしょうねー、それは分かる気がするわねー」
「ですよねー」
エレインとカチャーが小さく盛り上がり、テラはフムと首を傾げる、その内容から類推するにどうやら祭りとは名ばかりのようで、神殿の権威が強過ぎて屋台を出す事も出来ず、酒も無いらしい、となれば大騒ぎする事も出来ないであろう、となると何を楽しむべきかが分からない祭りとなるのであろうか、
「・・・そんなにお堅いんですか?お祭りなのに?」
「そうなんです、えっとですね、2日の日には各神殿が解放されて、お参りにいくんですね、で、3日には各神殿と領主様の挨拶があって、で、色んな偉い人のお話があって、それで終わりなんです」
「・・・それって・・・」
「そうなのよ、お祭りには見えないわよね」
「はい、なんか・・・あれですね、役所の仕事みたいですね」
「まったくその通りなんです、ホントに役所仕事なんですよ」
「どうしてそんな事になったんです?ヘルデルでもノードでも年始のお祭りは大騒ぎしますよ」
ノードとは北ヘルデルのかつての名称である、大戦後王国の直轄地となった時に北ヘルデルと名付けられていた、
「そうよね、デルフトでもそうですよ」
「そうなんですかー・・・でも、お祭りって普通そうですよねー」
「そうなのよねー」
と不思議そうに首を傾げるエレイン、テラもこれは誰に聞けばいいのかなと困惑してしまう、と同時に祭り好きのモニケンダムの住人達がその厳かな形式だけの祭りを受け入れている事に再び大きな違和感を感じてしまった、寒いからかなとも思うが、より寒さの厳しいヘルデルでも北ヘルデルでも年始の祭りは大変に賑やかで、大騒ぎするのが常なのである、故に寒さが理由とは考えられず、また何か曰くがあるのかなと思うが、エレインは勿論、現地人であるカチャーも今一つ詳しくないらしい、
「まぁ・・・じゃ、一儲けは無理って事ね」
商売人らしい口調になるテラに、
「そうですねー・・・」
とカチャーは若干申し訳なさそうで、
「でも、あれよ、静かな年始も良いものよ・・・でも・・・私は何もする事が無くてね、部屋で寝てたかしら・・・」
寂しそうに遠い目になるエレインである、今年の年始は学園には当然居場所が無く、寮は誰もがよそよそしかった、故にオリビアと共に自室で茶を飲む程度しかやる事が無かったのである、年始以外も似たようなものであったのだが、
「・・・そうなんですか・・・でも、そんな休日があってもいいかもですね・・・でもな、主婦はそれでも忙しいもんですけどね」
「またそんな所帯染みた事言ってー」
カチャーが茶化すも、
「そう?・・・でも・・・所帯も・・・良いものよ・・・」
テラが寂しそうに微笑む、アチャーと口元を歪めてしまうカチャーである、すっかり忘れていたがテラも何気に苦労人なのである、テラ本人からまとめて聞く事は無かったが、時折零す愚痴のような昔語りを繋ぎ合わせるに、壮絶とまではいかなくても波乱の人生である事は間違いないようで、
「そうねー、所帯・・・家族よね・・・」
エレインまでもが溜息を突き遠い目で天井を見上げてしまった、さらにアチャーと困惑してしまうカチャーである、エレインはエレインでこれもまた珍しいと言ってはいけないが中々に難しい半生で、カチャーとしては二人が暗くなってしまうとかける言葉がまったく無いのであった、そこへ、
「失礼します」
とリーニーがソッと扉を開いて顔を覗かせた、
「ナニ?」
と天の助けとばかりに明るい声を出してしまうカチャーである、エレインとテラもハッと我に返って振り向いた、
「はい、マンネルさんが来てまして、どうしましょう、事務所内を案内します?それとも、フェナさんと一緒にします?なんか早く来すぎて手持無沙汰っぽくて・・・」
と何ともどうでもいい用件だったようである、
「あー・・・そうなのね・・・下って他には誰か来てる?」
「私とマフダさんだけですね」
「そっか、裁縫のお手伝い・・・は無理よね、マンネルさんでも」
テラがうーんと首を傾げ、
「どうでしょう?やらせてみれば?」
エレインが何とも無責任な事を言い出す、
「もう、折角の男手なんですから、それなりの事をして貰いましょうよ、と言っても・・・なんかあるかしら・・・カチャーさん、どう?」
「あー・・・じゃあ、あれですよ、薪を三階に運んで貰うとか?テラさん物足りないって心配してたじゃないですか、さっき」
「あっ、それいいわね、どうでしょう?」
とテラがエレインに確認すると、
「マンネルさんが良ければいいと思いますけどね、その分もちゃんと給与に入れてあげないとでしょ」
「それは勿論ですよ、ついでになにか・・・あっ、じゃ、私下に降りますね、カチャーさん、そういう事で、金額の確認が終わったら一緒に商工ギルドに行きますよ、会長はどうします?」
「そうね・・・私も顔を出すべきかしら・・・出した方が良いわよね」
「そう思います、なんせほら、また新しい事業なんですから、宣伝もしませんと、掲示板の入札も何とかしないとですから、そこはほら、会長の顔を使いましょう」
「私の顔?・・・」
「ですよ、私の顔では足りないんです」
「そんな事言って・・・テラさんでも足りないとなると私よりもあれね、フィロメナさんかカトカさんにお願いしようかしら、ギルドの人達もそっちのが嬉しいんじゃない?」
「それは確実ですねって、そんな冗談言ってないで、行きますよ」
「はいはい・・・あっ、下着の調査の段取りもしないとだわね」
「そうですね、今日やっちゃいます?」
「マフダさん・・・あっ、じゃ、私も下りるか・・・」
とエレインが腰を上げ、テラも席を立つ、リーニーはそういう事ならと扉を大きく開けた、
「じゃ、こっちが終わったら私も下りますね」
とカチャーは机に向かう、何とか難を逃れたようだと小さく安堵し、さてと木簡の束と銅貨の山に手を伸ばす、
「そうね、お願い、あっ、書類はどこだったかしら?」
テラが自席に向かうと、
「先に行くわね」
とエレインはそそくさと退室し、リーニーはエレインに付き従ったようである、
「じゃ、あっ、何かあったら今日の内よ、マンネルさんは給料日以外にはこっち来ないから」
と木簡を手にしてテラも退室した、
「何かって・・・なんかあったかな・・・」
と首を傾げてしまうカチャーである、何気に今日の今日まで女性達で何とか切り盛りしてきた商会であった、今更男性が一人入ったところでさして出来る事が増える訳でもない、特に飲食や服飾を生業とする限り男性はいなくても何とかなりそうな感はある、無論ガラス鏡やらはまた別であっちはちゃんと職人が出入りしており、大変に友好的な付き合いとなっている様子で、無骨で男臭い職人達が書類仕事等でこちらに来ても愛想の良さには感心してしまっていたりする、
「・・・急に言われてもなー」
ボソリと呟き頭を掻き、アッと叫んだカチャーである、折角本職の料理人が来ているのだ、自分が資料をまとめてまだ食べていない料理の数々を試作してくれないかなと思い立つ、店舗の方ではもう既に数品が調理され、それらは大変に好評であったと聞いている、自分以外にも奥様達の半数は開店準備には参加しておらず、マフダもリーニーも同じ境遇となり、となればやはりここは新店舗で供する料理を皆で試食したいもので、しかし先程のテラやエレインは完全に男手と肉体労働を結び付けてしまっているように見えた、故に料理の試作が話題になる確率は低そうでこれは難しいかなと溜息を吐いてしまう、そうして仕事である事は重々理解しつつ現場に出れない事務職の悲哀を強く感じてしまうカチャーであった。
「じゃ、寮の方々の分とアニタさんとパウラさんですね、別にしておきます」
とカチャーが木簡と積まれた銅貨を見比べ、
「そうね、それでお願い、それと・・・」
とテラがその隣でこちらも木簡と黒板を交互に見ながら確認しているようで、
「・・・うん、そっか・・・今月はあれね、屋台のお店が無いから報酬が少ないのよね・・・前回も似たようなものだったわね・・・」
大丈夫かしらと首を傾げるテラである、特に奥様達と生徒達に支払う金額が先月のそれよりも数割減っていた、無論それは説明済みであるし、従業員は皆納得している筈であるが、実際にこの金額を確認すると気落ちする者もいそうな額となっている、
「それはしょうがないですよ、奥様達も冬支度で忙しいから丁度いいって言ってましたし、でも、ほら、ドレスとかメイド服とか、お店の準備とか、それなりに動いてもらいましたから、逆にそれが無かったらもっと寂しい事になったと思います」
実に冷静なカチャーの意見にそれもそうねと頷くしかないテラである、実際に服飾と開店準備の作業が無ければ仕事と呼べるような仕事は殆ど無かったのだ、モヤシの育成にしろ昨日のパスタにしろ大した労働にはならない、冬に入って屋台を開ける事が難しく、なるほど、従業員を雇って屋台を営業するというのは難しい事なのかもしれないなとテラは思い知る、
「そうね・・・まぁ・・・うん、今回辛抱して貰えば・・・でも、そっか、もう年末なのよね、次回はどうなるかしら」
とテラは別の木簡に手を伸ばした、今年はうるう年では無い為10月は36日までとなる、しかし王国の一般的な仕事であれば通常営業は34日まで、35日からは年末の休みとなり、それは年始となる1月の3日まで続き、4日が仕事初めとなっていた、
「あっ、それもありました、どうしましょう、次回の給料日も今日告知しないとですね、35日でしょうか?お休みになりますよね・・・奥様達の希望も聞きたい所です」
「そうねー・・・あっ、お祭りとか無いの?こっちでは?」
「お祭りですか?」
「そうよ、ヘルデルだと36日と1日はお祭りになるのよね」
「へー・・・あっ、こっちでは2日と3日ですかね?」
「あら・・・そりゃまた変な日ね」
「そうなのよー」
とエレインがヒョイと顔を上げた、
「あら、会長もそう思います?」
「思ったわね、私の田舎でも36日はどうかしら、お祭りって感じは無いけど・・・その雰囲気はあって、で、1日と2日がお祭りで、3日は休んで、4日から仕事って感じなのよ、だから、2日と3日がお祭りってのが微妙に慣れなくて・・・」
「へー・・・そうなんですか、面白いですねー」
カチャーはホヘーと感心する、
「あっ、屋台はどうします、やります?」
「あー・・・どうだろう?」
「どうでしょう?」
テラの質問にエレインもカチャーも何故かやる気がないようで、エッと不思議そうに二人を見てしまうテラである、祭りとなれば稼ぎ時で、エレインもカチャーも目の色を変える所であろう、さらにどうやら二日続けての祭りとなるようで、それならば常以上に稼げるし、準備も必要そうで、しかしそう言えばジャネットも得に騒いでいなかった、それどころでは無い程に開店準備だ学園の作業だと忙しいのもあるが、急に発生したその違和感をテラは心底不思議に感じてしまう、
「・・・お祭りですよね?」
「お祭りなんですよ」
「お祭りなのよねー」
「お祭りじゃないんですか?」
「・・・お祭りよね」
「お祭りです」
何とも要領を得ない会話である、テラは思わずブフッと吹き出してしまい、エレインもカチャーもクックッと口元を押さえた、
「・・・もう、何なんですか二人して、からかってます?」
「全然、そんな事ないわよ」
「はい、そうです、からかってはいないです」
テラは頬を綻ばせ、エレインは椅子に背をもたれかけて笑顔で茶に手を伸ばし、カチャーも楽しそうに笑っている、
「あー・・・ね、なんて言うか、らしくないのよね、年始のお祭りは」
「そう思われます?」
「そうね、ほら、なんでもかんでも大騒ぎするのがこっちの人達だってテラさんも思い知ったでしょ」
「それはまぁ、そうですね」
「なんですけど、1月のお祭りはね、あれね、神殿の力が強すぎるのかしら?」
「あー、それ良く言ってます、親も」
「そうよねー、なもんでね、なんていうか厳か?」
「確かに、大騒ぎできないんですよね、神殿の人達が厳しくて」
「そうそう、だから、お祭りっていうか・・・」
「お葬式みたいなんですよ」
「それは言い過ぎよー」
「えー、でも、皆そう言ってますよ」
「そうなの?」
「はい、屋台も酒も無いと祭りじゃねーって、父さんがよく言ってます、近所のおじさん達も」
「でしょうねー、それは分かる気がするわねー」
「ですよねー」
エレインとカチャーが小さく盛り上がり、テラはフムと首を傾げる、その内容から類推するにどうやら祭りとは名ばかりのようで、神殿の権威が強過ぎて屋台を出す事も出来ず、酒も無いらしい、となれば大騒ぎする事も出来ないであろう、となると何を楽しむべきかが分からない祭りとなるのであろうか、
「・・・そんなにお堅いんですか?お祭りなのに?」
「そうなんです、えっとですね、2日の日には各神殿が解放されて、お参りにいくんですね、で、3日には各神殿と領主様の挨拶があって、で、色んな偉い人のお話があって、それで終わりなんです」
「・・・それって・・・」
「そうなのよ、お祭りには見えないわよね」
「はい、なんか・・・あれですね、役所の仕事みたいですね」
「まったくその通りなんです、ホントに役所仕事なんですよ」
「どうしてそんな事になったんです?ヘルデルでもノードでも年始のお祭りは大騒ぎしますよ」
ノードとは北ヘルデルのかつての名称である、大戦後王国の直轄地となった時に北ヘルデルと名付けられていた、
「そうよね、デルフトでもそうですよ」
「そうなんですかー・・・でも、お祭りって普通そうですよねー」
「そうなのよねー」
と不思議そうに首を傾げるエレイン、テラもこれは誰に聞けばいいのかなと困惑してしまう、と同時に祭り好きのモニケンダムの住人達がその厳かな形式だけの祭りを受け入れている事に再び大きな違和感を感じてしまった、寒いからかなとも思うが、より寒さの厳しいヘルデルでも北ヘルデルでも年始の祭りは大変に賑やかで、大騒ぎするのが常なのである、故に寒さが理由とは考えられず、また何か曰くがあるのかなと思うが、エレインは勿論、現地人であるカチャーも今一つ詳しくないらしい、
「まぁ・・・じゃ、一儲けは無理って事ね」
商売人らしい口調になるテラに、
「そうですねー・・・」
とカチャーは若干申し訳なさそうで、
「でも、あれよ、静かな年始も良いものよ・・・でも・・・私は何もする事が無くてね、部屋で寝てたかしら・・・」
寂しそうに遠い目になるエレインである、今年の年始は学園には当然居場所が無く、寮は誰もがよそよそしかった、故にオリビアと共に自室で茶を飲む程度しかやる事が無かったのである、年始以外も似たようなものであったのだが、
「・・・そうなんですか・・・でも、そんな休日があってもいいかもですね・・・でもな、主婦はそれでも忙しいもんですけどね」
「またそんな所帯染みた事言ってー」
カチャーが茶化すも、
「そう?・・・でも・・・所帯も・・・良いものよ・・・」
テラが寂しそうに微笑む、アチャーと口元を歪めてしまうカチャーである、すっかり忘れていたがテラも何気に苦労人なのである、テラ本人からまとめて聞く事は無かったが、時折零す愚痴のような昔語りを繋ぎ合わせるに、壮絶とまではいかなくても波乱の人生である事は間違いないようで、
「そうねー、所帯・・・家族よね・・・」
エレインまでもが溜息を突き遠い目で天井を見上げてしまった、さらにアチャーと困惑してしまうカチャーである、エレインはエレインでこれもまた珍しいと言ってはいけないが中々に難しい半生で、カチャーとしては二人が暗くなってしまうとかける言葉がまったく無いのであった、そこへ、
「失礼します」
とリーニーがソッと扉を開いて顔を覗かせた、
「ナニ?」
と天の助けとばかりに明るい声を出してしまうカチャーである、エレインとテラもハッと我に返って振り向いた、
「はい、マンネルさんが来てまして、どうしましょう、事務所内を案内します?それとも、フェナさんと一緒にします?なんか早く来すぎて手持無沙汰っぽくて・・・」
と何ともどうでもいい用件だったようである、
「あー・・・そうなのね・・・下って他には誰か来てる?」
「私とマフダさんだけですね」
「そっか、裁縫のお手伝い・・・は無理よね、マンネルさんでも」
テラがうーんと首を傾げ、
「どうでしょう?やらせてみれば?」
エレインが何とも無責任な事を言い出す、
「もう、折角の男手なんですから、それなりの事をして貰いましょうよ、と言っても・・・なんかあるかしら・・・カチャーさん、どう?」
「あー・・・じゃあ、あれですよ、薪を三階に運んで貰うとか?テラさん物足りないって心配してたじゃないですか、さっき」
「あっ、それいいわね、どうでしょう?」
とテラがエレインに確認すると、
「マンネルさんが良ければいいと思いますけどね、その分もちゃんと給与に入れてあげないとでしょ」
「それは勿論ですよ、ついでになにか・・・あっ、じゃ、私下に降りますね、カチャーさん、そういう事で、金額の確認が終わったら一緒に商工ギルドに行きますよ、会長はどうします?」
「そうね・・・私も顔を出すべきかしら・・・出した方が良いわよね」
「そう思います、なんせほら、また新しい事業なんですから、宣伝もしませんと、掲示板の入札も何とかしないとですから、そこはほら、会長の顔を使いましょう」
「私の顔?・・・」
「ですよ、私の顔では足りないんです」
「そんな事言って・・・テラさんでも足りないとなると私よりもあれね、フィロメナさんかカトカさんにお願いしようかしら、ギルドの人達もそっちのが嬉しいんじゃない?」
「それは確実ですねって、そんな冗談言ってないで、行きますよ」
「はいはい・・・あっ、下着の調査の段取りもしないとだわね」
「そうですね、今日やっちゃいます?」
「マフダさん・・・あっ、じゃ、私も下りるか・・・」
とエレインが腰を上げ、テラも席を立つ、リーニーはそういう事ならと扉を大きく開けた、
「じゃ、こっちが終わったら私も下りますね」
とカチャーは机に向かう、何とか難を逃れたようだと小さく安堵し、さてと木簡の束と銅貨の山に手を伸ばす、
「そうね、お願い、あっ、書類はどこだったかしら?」
テラが自席に向かうと、
「先に行くわね」
とエレインはそそくさと退室し、リーニーはエレインに付き従ったようである、
「じゃ、あっ、何かあったら今日の内よ、マンネルさんは給料日以外にはこっち来ないから」
と木簡を手にしてテラも退室した、
「何かって・・・なんかあったかな・・・」
と首を傾げてしまうカチャーである、何気に今日の今日まで女性達で何とか切り盛りしてきた商会であった、今更男性が一人入ったところでさして出来る事が増える訳でもない、特に飲食や服飾を生業とする限り男性はいなくても何とかなりそうな感はある、無論ガラス鏡やらはまた別であっちはちゃんと職人が出入りしており、大変に友好的な付き合いとなっている様子で、無骨で男臭い職人達が書類仕事等でこちらに来ても愛想の良さには感心してしまっていたりする、
「・・・急に言われてもなー」
ボソリと呟き頭を掻き、アッと叫んだカチャーである、折角本職の料理人が来ているのだ、自分が資料をまとめてまだ食べていない料理の数々を試作してくれないかなと思い立つ、店舗の方ではもう既に数品が調理され、それらは大変に好評であったと聞いている、自分以外にも奥様達の半数は開店準備には参加しておらず、マフダもリーニーも同じ境遇となり、となればやはりここは新店舗で供する料理を皆で試食したいもので、しかし先程のテラやエレインは完全に男手と肉体労働を結び付けてしまっているように見えた、故に料理の試作が話題になる確率は低そうでこれは難しいかなと溜息を吐いてしまう、そうして仕事である事は重々理解しつつ現場に出れない事務職の悲哀を強く感じてしまうカチャーであった。
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