セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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74話 東雲の医療魔法 その1

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翌早朝、昨晩は雪が降らなかったらしい、その為若干薄汚れた残雪がその表面を凍らせて地面を覆い、昨日の雪合戦やら体育やらで踏み荒らされた内庭も泥と混じって硬く凍り付き、足跡をそのままの形で保存している、しかし寒さは昨日と変わらない、タロウが白い吐息を巻き散らして食堂に入るとレインが暖炉に火を起こしており、寝台の上にはミナが毛布に包まって鎮座していた、

「おはよ」

「うー、おあよー」

「早いのう」

タロウのあくび半分の朝の挨拶に、ミナは眠そうに、レインはいつも通りの興味の無さそうな空返事であった、

「そりゃなー、朝から雪玉をぶつけられるかもだしなー」

室内は真っ暗である、辛うじて厨房の勝手口から入る頼りない朝の光が闇の中に影を作り、その影をゆらゆらと大きく動かしてタロウは木窓に向かった、

「フフン、今日は無理じゃな」

「ムー、ダメー?」

「うむ、氷をぶつけては怪我をするからのう」

「うー・・・タロー・・・」

「なんだー」

木窓を開けると冷たい風がヒュッと音を立ててタロウの胸元を駆け抜ける、ブルリと背を震わせるタロウ、ウーとミナがさらに毛布を掻き抱くと、

「・・・雪ー・・・」

小さく呟いた、

「雪?」

「うん、雪、降らせてー、積もらせてー」

「・・・また・・・お前はーそんな事言ってー」

「なんとかしてー、また遊びたいー」

「無理ー」

「無理じゃない、タロウなら出来るー」

「出来ないよ」

「ウソー、出来るー」

「出来ないし、嘘じゃないし、やだ」

「ヤダじゃないー」

「やなものはやなの、ミナとレインとソフィアにいじめられるからー」

「いじめてないー、セイトウな勝負だったー」

「そうか?三対一は正当とは言わないぞ、あと奇襲も駄目だ、それこそ正当とはとても言えない・・・だろ?」

「いいのー、タロウは大人だからー」

「大人かー・・・」

「でしょー」

「まぁなー・・・」

タロウはまったくと微笑みつつ木窓をもう一つ開ける、これでだいぶ食堂内は明るくなる、こうして木窓を開けるたびにガラス窓はなんと便利だったのだろうと実感し、また、障子の利便性にも考えが飛躍してしまう、タロウが生まれた頃にはガラスサッシは当たり前で、障子と雨戸で外界と区切っていた文化は遥か昔の事であった、それよりさらに昔となればやはりこうして薄い木窓でもって明かりを取り入れたり外気を取り入れていたのであろうか、タロウが知る昔話の映像やあまり好きではない為見る事の無かった時代劇などではそのような描写は少ないように思う、しかし、文化と技術を考えるかぎり、紙を建具として利用する以前には、この頼りない木窓と同等の仕組みが当たり前だった筈で、しかしこれでは外と内の区別など無いも同然で、家もしくは建物はまさに雨風を凌ぐだけの代物だと言える、まぁ、それでも慣れてくればそれなりに快適なもので、しかし、昨晩女性達の前で得意気に語ってしまった湿度に関する蘊蓄はこうして窓を開け放ってしまっては意味が無いのだよな等と思ってしまう、気温のように暑い寒いと実感出来れば楽なのだが、どうにも湿度というのは実感を得るには難しい、となるとせめてこの皆が集まる食堂だけでも気密を高め、断熱性を向上させたいな等と考えるが、そこまでやるのであれば新築した方が遥かに楽そうで、さらに暖炉の問題もある、暖炉は外気が入る事を想定した暖房器具なのである、締め切った屋内で火を焚こうものなら一酸化炭素中毒で心中事件となるであろう、煙突があったとていつ詰まってしまうか分からない、となれば魔法技術を活用した暖房器具となるが、研究所で開発された陶器製の魔法板を床に敷き詰め、床暖房にするのも面白いかもなと考える、その為には少しばかり大仰な仕掛けが必要で、となると既存の建物でそれを試すのは難しいような気がする、やはり一度ちゃんとした断熱機密を考えた住宅を実験的にでも建設するのが理想となるであろう、折角ブラスやバーレントといった有能で若い職人達とも知り合ったのであるし、時機を見て機会を得たらそれも面白いかと木窓から覗く薄暗い街路を眺めていると、

「タロー、メダカー」

いつの間にか寝台から抜け出していたミナの声が響いた、

「おう、どした?」

「赤ちゃん、おっきくなったよー」

「おう、そうか?」

「うん、まだ駄目?」

「どかなー」

とタロウはミナの頭越しに壺を覗き込む、この部屋にあって、いや、もしかしたらこの街にあって最も快適に暮らしているのはこのメダカ達であった、熱を発生させる魔法の陶器板に囲まれ、この一角だけはムワッと暖かく、流石に卵を産みつける事は無くなったが、狭い水槽と壺の中をチョコチョコと元気に泳ぎ回っている、

「あー・・・もう少しかなー、あと・・・うん、10日?」

「えー、そんなにー」

「そんなに、まだまだ小さいぞ、他のメダカと喧嘩して負けちゃうかもだ」

「うー、喧嘩しないでしょー、オユウギしてるはずー」

「あー、それはほら、そういう歌なんだから・・・」

可愛い事を言うもんだとタロウはミナの頭をグリグリと撫で付け、ミナはムゥとタロウを睨み上げる、

「ぶー、広い方に移してあげたいー、これ狭いー」

「まぁな、その気持ちは分かるよ、だけど、もう少しだ、ほれ、まずは今日のお世話からだな」

「うー、ワカッター」

タロウは手桶を手にすると、水槽の水をメダカをよけながら上部の木枠に移し替え、ミナは餌の入った小さな壺に手を伸ばす、レインが、

「この薬缶はどうするんじゃ?」

と顔を上げた、暖炉の炎が赤くレインの顔を照らし、その柔らかな熱がタロウにも伝わる、

「あっ、水汲んでくるよ、重いだろ?」

「この程度はたいしたものでもあるまい」

ヒョイとレインは腰を上げ、首と取っ手の長い不格好な薬缶を手にして厨房に向かった、そこへ、

「おあよー」

とソフィアも顔を出す、

「おあよー」

とミナが振り向き、

「眠そうじゃなー」

レインがムッとソフィアを睨み上げた、

「眠いからねー・・・あっ、お水?」

「うむ、お湯の方が良いのか?これは」

「そうねー、貸して、入れたげる」

「うむ、任せた」

「はいはーい」

とソフィアは薬缶を受け取りサッと厨房に引っ込む、タロウはさて今日は忙しいんだよなと思いつつ、あっ、昨日のあれはどうしようかなと壁の隅に積み重ねたままの荷物に足を向けるのであった。



「おはようございます!!」

アラッとタロウとミナ、レインが目を丸くして顔を上げ、オリビアも珍しいなと驚いた、

「おはようございます・・・」

さらにその背後からもう一人珍しい顔が覗く、カトカが先で、後ろにいたのはゾーイであった、

「おはよー、どしたの?早いね?」

タロウがスプーンを咥えたまま不思議そうに問い返し、ミナとオリビアもおはよーと返している、四人は朝食の真っ最中で、つまりそれだけ早い時間にカトカとゾーイが顔を出したのだ、これは初めての事である、

「タロウさん、これっ、これ、サイッコーーーでした」

カトカが満面の笑みでタロウに駆け寄る、

「あっ・・・あー、それね、でしょー、最高でしょー」

タロウがニンマリと微笑む、

「はい、あんなに安らかに眠れたのは久しぶりです、もー、素晴らしいですよー」

カトカは朝だというのに興奮気味で、ミナはモグモグと朝食を咀嚼しながらカトカを不思議そうに見上げ、レインも騒がしい事だと呆れ顔となる、そして一緒に来たゾーイは若干不機嫌そうであった、カトカとゾーイは共に髪も整えていないようで、寝癖とは言わないが、髪は乱れ、顔も洗っていないのか若干煤けて見える、タロウはあー、それほどまでに慌てる事も興奮する事も無いであろうと思いつつ、

「だねー・・・あっ、水漏れとか大丈夫だった?ほらそれはあくまで試作品だから」

「はい、教えて頂いた通りに使いました、なので、漏れる事は無かったです、で、タロウさん、これ、売って下さい」

「それはまだ売りもんじゃないよ」

「そう言わないで下さいよ、これがあれば毎晩快適に眠れるんです、もう手放せないです」

「まぁ・・・カトカさんはねー、だろうねー」

とタロウは返し、さてどうしようかなと考える、そこへ、

「あら、おはよう、どうしたの?」

とソフィアが朝食のトレーを持って食堂に入ってきた、人数分の朝食は準備が終わったところで、自分もさっさと済ませてしまおうとなったようである、

「おはようございます、ソフィアさん、これ、これが素晴らしかったのです」

カトカの標的がソフィアに移った、これですとズイッと差し出したのは昨晩タロウが披露した湯たんぽである、

「あー、良かったわねー、そんなに良かった?」

「はい、もう、毛布も寝藁も温かくて、で、お腹の上に乗せたらジンワリと身体が温まるんです、最高に気持ちがいいんです」

「あら、そりゃお湯だからね、そうなるでしょうけど・・・そっか、カトカさん冷え性だから・・・」

「そうなんですー」

とカトカはトレーを持ったままのソフィアを捕まえ興奮しきりで、ゾーイは取り合えず落ち着くまで待とうかと腰を下ろしたようである、

「あー・・・ゾーイさんもしかして、あれ、カトカさんに連れてこられた?」

「はい・・・起こされました」

「あら・・・」

「で、転送陣を起動してってお願いされて・・・」

「あー・・・そういう事・・・」

「はい、カトカさんがどうしてもって、まぁ、この程度であれば別に構わないんですけどね・・・」

その言葉とは裏腹に呆れた様子のゾーイである、

「そっかー、付き合い良いんだねー」

「そのようですね」

「そうなんですよ」

タロウが同情し、オリビアが同意する、ゾーイは深い溜息を吐いた、昨晩タロウが試しに使ってみてと用意した湯たんぽは三つ、こういう場合、いの一番に使われるのはミナであるのがこの寮の常であったが、そのミナは暖炉の側のやたら豪華な寝台を使用している為、その必要がないだろうとのタロウの意見があり、実際にミナは昨晩、風呂から上がるとそのまま寝台に潜り込み、未だワイワイと騒がしい食堂内で寝息を立ててしまっていた、どうやらミナもソフィア同様昨日はすっかり体力を消耗していたらしい、そこでタロウは改めてじゃんけんでもって湯たんぽの被験者を募る事とした、そこまでするなら人数分用意しなさいよとソフィアとユーリは眉を顰めるが、それは無理だったとタロウは一蹴し、そして勝者兼被験者となったのが、ゾーイとコミン、エルマであった、エルマは始めてじゃんけんというものを知りこれは面白いと目を丸くしながらの勝利であった、それ故に無欲の勝利だなとタロウは笑い、確かにそうかもと皆祝福している、そしてコミンは嬉しそうに早速と自室に湯たんぽを持ち込み、ゾーイはさてどうしようかなと隣を見れば、実に悔しそうにしているカトカの顔がある、あー、カトカさんにこそこれは必要かもなとゾーイはその場で被験者の権利をカトカに譲った、途端に歓喜しゾーイに抱き着くカトカである、美女二人の抱擁にアラーとユーリが目を細め、ジャネットやルルが囃し立てるもカトカの歓喜は収まらず、そしてそれはどうやらこうして一晩明けてより激しいものになったようで、こうなるとやや気の毒なのはゾーイである、気を利かせたらより面倒な事に巻き込まれたのだ、恩を仇で返されたは言い過ぎであろうが、本人も良い気分ではない様子で、

「まぁ・・・そういう事もあるよ」

タロウは掛ける言葉が無いなと思いつつ苦笑いする他無く、

「まったくですよ・・・」

と力なく頷くゾーイである、そうしてカトカの歓喜と興奮が収まらないうちに商会組が食堂に顔を出し、カトカは今度はエルマを捕まえて大騒ぎで、エルマはエルマでその通りだったとこちらも大はしゃぎである、そこへカトカに起こされたユーリも加わり、生徒達も起き出してくる、

「ムー・・・なんか皆元気だねー・・・」

今一つ状況を理解していないミナが不思議そうに一同を眺め、

「だなー・・・まぁ、好評で良かったよ、じゃ、もう少し改良して量産してもらいたいかな・・・あー、カトカさんね、どう?こうすればいいとかある?」」

とタロウはエルマから返された湯たんぽを手にし、ギャーギャーと騒がしいカトカを落ち着けるべくその意見を聴取するのであった。
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