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本編
72話 初雪 その50
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「こんなもん?」
とソフィアがこちらは普通の薬缶を手にして食堂に戻ると、暖炉の前のタロウがニヤニヤと一同を見渡しており、一同は大変に難しい顔で首を捻っている、ユーリが、
「あー・・・ほら、それはまた明日ちゃんと説明しないと分かんないでしょ」
と厳しい顔でタロウを睨んだ、
「そうなるね、見えない生物についてはまた明日、で、湿気、その性質についてなんだが・・・どう証明すればいいのかはちょっと・・・難しいんだよな、どうだろ、エルマさんとかカトカさんなら良い案があるかな?」
名指しされた二人がエッと背筋を伸ばし、女性達の視線が二人に向かう、
「・・・なんの話し?」
まためんどくさい事になっているなとソフィアはいつもの席に戻りつつ、鍋敷きを置いて薬缶を乗せた、
「あっ、あんたも知ってたの?」
「何を?」
バッと振り向いたユーリにソフィアは惚けたように答えてしまう、話題が理解出来ない以上答えようがないもので、
「あれよ、湿気がどうとか流行り病がどうとか、そういうの」
「大雑把ねー」
「仕方ないでしょ、これってかなり重要な問題よ」
「おっ、流石ユーリは理解が早い」
タロウがニヤリと微笑むも、
「うるさいわね、真面目な話しよ」
ユーリが振り向きざまに言い放ち、まったくだと頷く研究所組、エルマもうんうんと大きく頷いている、
「そりゃ、そうだよ、うん、すんごい大事で真面目な話だ」
タロウが真顔で返すと、
「でしょうね、で、ソフィア、あんたはどこまで知ってるの?」
「だから何をよ」
「だからー」
と大声を上げてしまうユーリ、もうと回りの女性達は苦笑いであった、
「ほら、エルフさんのところで習ったろ?」
タロウがニヤリと助け舟を出すと、
「ん?湿気?の事?」
「それ」
「あー・・・でも難しくて覚えてないわねー・・・なんかほら、デッカイ玉でどうのこうのってやつでしょ、それくらいかしら?」
ソフィアがムーと天井を睨んで片肘をついた、
「そんなもん?」
「そんなもんねー、だって、見えない物・・・なのよねー、なんかそういうのがあるんだーって感じで・・・ほら、実感が無いじゃない?そういうもんだって言われれば確かにそういうもんなんだろうけど・・・あんたはほら一緒に話し聞いててさ、なるほどーって分かってたでしょうけど、私は・・・駄目だったわね・・・だからなんだろって感じで」
「ありゃ・・・そういうもんか・・」
「そういうもんでしょ」
「まぁなー」
さてどうしたものかとタロウは首を捻った、湿気に関しては微生物と違って目に見えるようにする事がまず難しい、さらにはそれと病原菌との関係等、タロウ自身も実際に目で見て確認した事は無く、あくまで知識として貯えていただけである、無論、タロウ自身が先程口にした通り、流行り病の流行り廃りや、静電気の発生云々等、大気の乾燥により様々な事象を例示する事は出来るが、それとて湿気そのものの説明にはならないであろう、タロウ自身も子供の頃は冬になると寒いから風邪を引き、厚着をするから静電気で痛い思いをする程度の認識であったのだ、この場にいる女性達がそれと同程度の認識であるのは確実で、これはまためんどくさいテーマを口にしてしまったぞと少しばかり後悔してしまう、
「でも・・・」
とソフィアは腕を組み、
「あのエルフさん達だからなー・・・お肌には良いんだろうなって・・・うん、責任者さんがすんごい真面目に力説してたじゃない?領域内の湿気を制御して、で、潤いを保つのがどうのこうので、これのおかげでクリームに頼らなくなったとかなんとか・・・違ったかしら?」
「そんな事言ってたか?」
「ありゃ、聞いてない?」
「聞いたかもだけど、気にしてなかったかな」
「・・・どうだったかしら、あんたも一緒に聞いてたと思うけど・・・」
ブツブツと続く夫婦のなんとも曖昧な会話にどうしたものかと他の者達は顔を見合わせてしまう、特にエルマはエルフってと言葉を無くしていた、確か治療に使うスライム云々の時にもポロッとその名が出たがすっかりと聞き逃していた、しかし、改めてその名が出ればやはり違和感はあるもので、あのおとぎ話のエルフよね、とカトカに視線で問いかけるもカトカも難しい顔で首を捻っている、どうやらカトカも、その隣で眉間の皺を深くし二人を睨みつけているユーリもエルフに対しては懐疑的であるらしい、
「まぁ・・・そだね・・・じゃ・・・いや、難しいな・・・」
とタロウは口を開きかけて飲み込んだ、湿度計を作ろうと口走りそうになり、あれがそう簡単に作れるものではなく、作ったとしてもその検証には恐らく一年程度の時間が必要で、こちらの技術レベルからいくと、まず作るべきは温度計であり、そこから乾湿球となるとそれだけで一苦労なのが容易に想像できた、ガラス技術も水銀もあり、高濃度のアルコールも精製できるとなれば、何とかなりそうな気はするが、そう簡単では無いだろうなと流石のタロウも二の足を踏む、するとここは魔法の出番となるのであるが、その魔法技術でもって大規模な湿度調整と気温管理をしているのが件のエルフなのである、ソフィアが口にした巨大な魔法球がその中心部なのであった、エルフの探求力は凄まじいもので、タロウはそこまで理解しているのかと魔法球の説明を聞きながら度肝を抜かれてしまったものである、そしてさらにタロウを驚かせたのが、その技術と知識を活かす先が美容なのであった、タロウはそれを理解して大いに呆れ、と同時に、それだけ外敵が無く、若しくは併呑済みで、正しく平和で穏やかな社会を営み、自己の欲望に忠実なのだと察する、意識高い系とは郷里で良く聞いたフレーズであるが、美意識高い系となるのがエルフなのであろう、かと言って娯楽に飢えている訳でも、他種よりも長いとされる生に飽いている訳でも飢えている訳でも無いらしい、エルフ達は良く笑い、勤勉で、子供を愛する素晴らしい文化社会を営んでいた、見事なバランスで運営されるその社会にタロウは理想を感じてしまったものである、そして得た結論がこの地は犯すべきでは無いとの強い思いであった、エルフの族長達へ互いの不可侵かつ一切の関係を持たないことを進言し、エルフの側もそれが良いだろうとの認識で、こうしてソフィアとタロウはその名を時折口にしているが、こちら側の誰一人としてその地へ近づけるつもりは無く、その必要も無いと考えている、あまりにも生物として隔絶し過ぎているのであった、こちら側の人間が向こうに行けばそこはまさに楽園と感じる者と地獄と感じる者に別れるだろうと思われる、幸いな事にタロウもソフィアも楽園であると感じ、ミナはまだ何事も覚束ない幼児であった、
「・・・んー・・・あの玉は作れないの?」
「作れるかもだけど・・・難しいぞ」
「あんたでも?」
「うん、かなり複雑だし・・・俺でも・・・そだね・・・どうだろう、似たような物は作れるかもだけど、それだって、維持管理に誰かが張り付く事になるだろうしさ・・・それはほら、今回のこれとはまた違う話しだし・・・」
「それもそうだけど、その湿気だけでも何とかなるんじゃない?」
「だから、それはほら、これだけでも十分だと思うよ、一個じゃ物足りないなら増やせばいいし」
タロウが暖炉を見下ろし、それねーとソフィアが首を傾げる、先程湯沸し器のお湯を入れながらその趣旨は聞いていた、そんなもので役に立つのかなとソフィアは思うも、やらないよりはマシとタロウは答えている、つまりその程度の事なのであろうとソフィアは思うが、効果が実感できないのであれば、それはただの歪な薬缶でしかない、
「まぁ・・・じゃ、取り合えず使ってみて様子見れば?具体的にはどうなるの?求める効果ってやつはあるんでしょ」
「ん、さっきも話したけどさ、風邪をひきにくくなって、室内の暖かさを保てて、肌が乾燥しない・・・あっ、あれだ、喉にもいいぞ、時々咳してるだろ、君ら?」
とタロウが女性達を見渡すと、確かにね、冬だしねと頷き合う生徒達、
「その咳もね、空気が乾燥しているからなんだよね、なんかほら、喉がさ、痒いっていうか、いがらっぽいっていうかそんな感じでしょ」
はい、確かにと頷く者多数である、
「あっ、じゃ、それで実感してみればいいよ、この食堂はこの薬缶を常に使うから、君らの部屋は使わないで、するとね、行き来するだけでもだいぶ違うと思うよ」
タロウがそれがあったなと明るい顔となる、皮膚の乾燥はより酷くならなければ実感できないが、喉粘膜の乾燥であれば気付きやすい、特に咳として表面に現れる為分かりやすく実感できるであろう、
「・・・うーん、あれね、はぐらかされた感じがあるけど・・・まずその湿気?これは確かに存在するのよね」
ユーリが最終確認とタロウを睨み、その通りとタロウは微笑む、
「で、あっ・・・カトカ、ゾーイ、これ明日ゆっくり聞き取りましょう、タロウ、それでいい?」
カトカとゾーイが大きく頷き、タロウも細菌に絡めると難しくなるかもなと思いつつも了承する、ユーリとしてはしっかりと記録し再考したいところであろう、すっかりと学者らしい思考方法になっているなとタロウはニヤリと微笑む、
「じゃ、それで・・・まったく・・・で、そっちの薬缶は何なのさ?」
ユーリがこれはもうここでおしまいとばかりに振り向いた、若干不満そうな顔になる生徒達とエルマである、しかし、ユーリの決断は正しいとも思えた、いつも通りに唐突に始まったタロウの講義は大変に興味深いものであったが実感を伴う事が難しく、なんとも上滑りな理解で終わってしまい、またそれ以上を理解するにはちゃんと資料なり教科書なりが欲しいとも思う、複雑ではないのだが言葉だけで理解するのは難しいと感じられた、
「あっ、そっちはより簡単なんだよねー、これもね、リノルトさんがあっさり作ってくれてさ、多分量産も出来るから、エレインさんバンバン売りさばきなさい」
とタロウはワキワキと楽しそうに指を蠢かし、荷物の山に行くとその上に載せられた金属塊を三つ持ち出した、エレインは売れる物?とスッと瞳の色が変わり、ジャネットにオリビア、ケイスもまた、視線に力が籠る、
「じゃ、どうしようかな・・・うん、カトカさん達は・・・いや、仲間外れは駄目だな、ここは公平にじゃんけんで決めよう」
「何を?」
「これを試す栄誉だね」
「それ?」
「これ」
タロウはニコリと微笑み、手にしたそれをガランと音を立ててテーブルに並べた、それは人の顔程度の大きさで、見た感じ銅で作られており楕円形で中央が大きく膨らんだ横に潰した玉子のような代物である、その上部には普段使っている壺のそれと同じような栓が確認できた、
「なにそれ?」
ユーリの素直な質問に、確かに何だこりゃと一同が覗き込む、
「ふふん、こっちでは見ないけど・・・どうかな似たような物あると思うんだよね、だから、そういうのがあれば教えて欲しいかな、でね、使い方としてはまずこれにお湯を入れます」
その一つの栓を外しソフィアが持って来た薬缶のお湯を注ぎ入れる、柔らかく立ち上がる湯気にハテと首を傾げる者多数、ソフィアもどうやら初見であるらしい、不思議そうにタロウの手元を見つめている、
「で、タップリ入れたら、あっ、タオルあるかな?」
「タオル?手拭いじゃなくて?」
「タオルがいいな、肌触りが違う」
「はいはい」
とソフィアが倉庫へ向かい、新品のタオルを持って来ると、ありがとうとタロウは受け取り、そのタオルでお湯の詰まったそれを丸っと包むと、
「ほれ、触ってみ、暖かいでしょ」
と女性達の前にそっと置いた、
「そりゃ・・・暖かいんじゃない?」
とユーリが手を伸ばし、エレインもジャネットも厳しい視線のままにタオルに触れる、ジンワリと熱が伝わってきて、そりゃお湯が入っているし何も不思議な事ではないと怪訝そうに顔を見合わせた、
「で、この状態で」
とタロウは全員が確認した所でそれを取り上げると、寝台に向かい毛布を整える、そしてその中にそっと潜りこませた、
「もしかして・・・」
カトカがその目的に気付いたらしい、
「あっ、そういう事ですか?」
レスタも理解して目を輝かせている、
「フフーン、そういうこと、これは理解しやすいでしょ」
「はい、はい、これはいいですよ、使ってみたいです」
興奮するレスタと、
「うん、凄いね、確かにこれはいいよ」
カトカも飛び跳ねそうな勢いで、そして、そういう事かと理解した者達の顔が次々と明るくなっていく、
「どう?使ってみる?俺の田舎だと湯たんぽって呼んでるんだけどね」
ニヤリと微笑むタロウにこれは分かると大騒ぎになる面々である、こりゃまた反応が違うなーとタロウは微笑んでしまい、
「だから、じゃんけんが必要だろ?あと、少しだけ使い方を教えるね」
と薬缶に手を伸ばし、残り二つの試作品の湯たんぽにお湯を注ぎ始めるタロウであった。
とソフィアがこちらは普通の薬缶を手にして食堂に戻ると、暖炉の前のタロウがニヤニヤと一同を見渡しており、一同は大変に難しい顔で首を捻っている、ユーリが、
「あー・・・ほら、それはまた明日ちゃんと説明しないと分かんないでしょ」
と厳しい顔でタロウを睨んだ、
「そうなるね、見えない生物についてはまた明日、で、湿気、その性質についてなんだが・・・どう証明すればいいのかはちょっと・・・難しいんだよな、どうだろ、エルマさんとかカトカさんなら良い案があるかな?」
名指しされた二人がエッと背筋を伸ばし、女性達の視線が二人に向かう、
「・・・なんの話し?」
まためんどくさい事になっているなとソフィアはいつもの席に戻りつつ、鍋敷きを置いて薬缶を乗せた、
「あっ、あんたも知ってたの?」
「何を?」
バッと振り向いたユーリにソフィアは惚けたように答えてしまう、話題が理解出来ない以上答えようがないもので、
「あれよ、湿気がどうとか流行り病がどうとか、そういうの」
「大雑把ねー」
「仕方ないでしょ、これってかなり重要な問題よ」
「おっ、流石ユーリは理解が早い」
タロウがニヤリと微笑むも、
「うるさいわね、真面目な話しよ」
ユーリが振り向きざまに言い放ち、まったくだと頷く研究所組、エルマもうんうんと大きく頷いている、
「そりゃ、そうだよ、うん、すんごい大事で真面目な話だ」
タロウが真顔で返すと、
「でしょうね、で、ソフィア、あんたはどこまで知ってるの?」
「だから何をよ」
「だからー」
と大声を上げてしまうユーリ、もうと回りの女性達は苦笑いであった、
「ほら、エルフさんのところで習ったろ?」
タロウがニヤリと助け舟を出すと、
「ん?湿気?の事?」
「それ」
「あー・・・でも難しくて覚えてないわねー・・・なんかほら、デッカイ玉でどうのこうのってやつでしょ、それくらいかしら?」
ソフィアがムーと天井を睨んで片肘をついた、
「そんなもん?」
「そんなもんねー、だって、見えない物・・・なのよねー、なんかそういうのがあるんだーって感じで・・・ほら、実感が無いじゃない?そういうもんだって言われれば確かにそういうもんなんだろうけど・・・あんたはほら一緒に話し聞いててさ、なるほどーって分かってたでしょうけど、私は・・・駄目だったわね・・・だからなんだろって感じで」
「ありゃ・・・そういうもんか・・」
「そういうもんでしょ」
「まぁなー」
さてどうしたものかとタロウは首を捻った、湿気に関しては微生物と違って目に見えるようにする事がまず難しい、さらにはそれと病原菌との関係等、タロウ自身も実際に目で見て確認した事は無く、あくまで知識として貯えていただけである、無論、タロウ自身が先程口にした通り、流行り病の流行り廃りや、静電気の発生云々等、大気の乾燥により様々な事象を例示する事は出来るが、それとて湿気そのものの説明にはならないであろう、タロウ自身も子供の頃は冬になると寒いから風邪を引き、厚着をするから静電気で痛い思いをする程度の認識であったのだ、この場にいる女性達がそれと同程度の認識であるのは確実で、これはまためんどくさいテーマを口にしてしまったぞと少しばかり後悔してしまう、
「でも・・・」
とソフィアは腕を組み、
「あのエルフさん達だからなー・・・お肌には良いんだろうなって・・・うん、責任者さんがすんごい真面目に力説してたじゃない?領域内の湿気を制御して、で、潤いを保つのがどうのこうので、これのおかげでクリームに頼らなくなったとかなんとか・・・違ったかしら?」
「そんな事言ってたか?」
「ありゃ、聞いてない?」
「聞いたかもだけど、気にしてなかったかな」
「・・・どうだったかしら、あんたも一緒に聞いてたと思うけど・・・」
ブツブツと続く夫婦のなんとも曖昧な会話にどうしたものかと他の者達は顔を見合わせてしまう、特にエルマはエルフってと言葉を無くしていた、確か治療に使うスライム云々の時にもポロッとその名が出たがすっかりと聞き逃していた、しかし、改めてその名が出ればやはり違和感はあるもので、あのおとぎ話のエルフよね、とカトカに視線で問いかけるもカトカも難しい顔で首を捻っている、どうやらカトカも、その隣で眉間の皺を深くし二人を睨みつけているユーリもエルフに対しては懐疑的であるらしい、
「まぁ・・・そだね・・・じゃ・・・いや、難しいな・・・」
とタロウは口を開きかけて飲み込んだ、湿度計を作ろうと口走りそうになり、あれがそう簡単に作れるものではなく、作ったとしてもその検証には恐らく一年程度の時間が必要で、こちらの技術レベルからいくと、まず作るべきは温度計であり、そこから乾湿球となるとそれだけで一苦労なのが容易に想像できた、ガラス技術も水銀もあり、高濃度のアルコールも精製できるとなれば、何とかなりそうな気はするが、そう簡単では無いだろうなと流石のタロウも二の足を踏む、するとここは魔法の出番となるのであるが、その魔法技術でもって大規模な湿度調整と気温管理をしているのが件のエルフなのである、ソフィアが口にした巨大な魔法球がその中心部なのであった、エルフの探求力は凄まじいもので、タロウはそこまで理解しているのかと魔法球の説明を聞きながら度肝を抜かれてしまったものである、そしてさらにタロウを驚かせたのが、その技術と知識を活かす先が美容なのであった、タロウはそれを理解して大いに呆れ、と同時に、それだけ外敵が無く、若しくは併呑済みで、正しく平和で穏やかな社会を営み、自己の欲望に忠実なのだと察する、意識高い系とは郷里で良く聞いたフレーズであるが、美意識高い系となるのがエルフなのであろう、かと言って娯楽に飢えている訳でも、他種よりも長いとされる生に飽いている訳でも飢えている訳でも無いらしい、エルフ達は良く笑い、勤勉で、子供を愛する素晴らしい文化社会を営んでいた、見事なバランスで運営されるその社会にタロウは理想を感じてしまったものである、そして得た結論がこの地は犯すべきでは無いとの強い思いであった、エルフの族長達へ互いの不可侵かつ一切の関係を持たないことを進言し、エルフの側もそれが良いだろうとの認識で、こうしてソフィアとタロウはその名を時折口にしているが、こちら側の誰一人としてその地へ近づけるつもりは無く、その必要も無いと考えている、あまりにも生物として隔絶し過ぎているのであった、こちら側の人間が向こうに行けばそこはまさに楽園と感じる者と地獄と感じる者に別れるだろうと思われる、幸いな事にタロウもソフィアも楽園であると感じ、ミナはまだ何事も覚束ない幼児であった、
「・・・んー・・・あの玉は作れないの?」
「作れるかもだけど・・・難しいぞ」
「あんたでも?」
「うん、かなり複雑だし・・・俺でも・・・そだね・・・どうだろう、似たような物は作れるかもだけど、それだって、維持管理に誰かが張り付く事になるだろうしさ・・・それはほら、今回のこれとはまた違う話しだし・・・」
「それもそうだけど、その湿気だけでも何とかなるんじゃない?」
「だから、それはほら、これだけでも十分だと思うよ、一個じゃ物足りないなら増やせばいいし」
タロウが暖炉を見下ろし、それねーとソフィアが首を傾げる、先程湯沸し器のお湯を入れながらその趣旨は聞いていた、そんなもので役に立つのかなとソフィアは思うも、やらないよりはマシとタロウは答えている、つまりその程度の事なのであろうとソフィアは思うが、効果が実感できないのであれば、それはただの歪な薬缶でしかない、
「まぁ・・・じゃ、取り合えず使ってみて様子見れば?具体的にはどうなるの?求める効果ってやつはあるんでしょ」
「ん、さっきも話したけどさ、風邪をひきにくくなって、室内の暖かさを保てて、肌が乾燥しない・・・あっ、あれだ、喉にもいいぞ、時々咳してるだろ、君ら?」
とタロウが女性達を見渡すと、確かにね、冬だしねと頷き合う生徒達、
「その咳もね、空気が乾燥しているからなんだよね、なんかほら、喉がさ、痒いっていうか、いがらっぽいっていうかそんな感じでしょ」
はい、確かにと頷く者多数である、
「あっ、じゃ、それで実感してみればいいよ、この食堂はこの薬缶を常に使うから、君らの部屋は使わないで、するとね、行き来するだけでもだいぶ違うと思うよ」
タロウがそれがあったなと明るい顔となる、皮膚の乾燥はより酷くならなければ実感できないが、喉粘膜の乾燥であれば気付きやすい、特に咳として表面に現れる為分かりやすく実感できるであろう、
「・・・うーん、あれね、はぐらかされた感じがあるけど・・・まずその湿気?これは確かに存在するのよね」
ユーリが最終確認とタロウを睨み、その通りとタロウは微笑む、
「で、あっ・・・カトカ、ゾーイ、これ明日ゆっくり聞き取りましょう、タロウ、それでいい?」
カトカとゾーイが大きく頷き、タロウも細菌に絡めると難しくなるかもなと思いつつも了承する、ユーリとしてはしっかりと記録し再考したいところであろう、すっかりと学者らしい思考方法になっているなとタロウはニヤリと微笑む、
「じゃ、それで・・・まったく・・・で、そっちの薬缶は何なのさ?」
ユーリがこれはもうここでおしまいとばかりに振り向いた、若干不満そうな顔になる生徒達とエルマである、しかし、ユーリの決断は正しいとも思えた、いつも通りに唐突に始まったタロウの講義は大変に興味深いものであったが実感を伴う事が難しく、なんとも上滑りな理解で終わってしまい、またそれ以上を理解するにはちゃんと資料なり教科書なりが欲しいとも思う、複雑ではないのだが言葉だけで理解するのは難しいと感じられた、
「あっ、そっちはより簡単なんだよねー、これもね、リノルトさんがあっさり作ってくれてさ、多分量産も出来るから、エレインさんバンバン売りさばきなさい」
とタロウはワキワキと楽しそうに指を蠢かし、荷物の山に行くとその上に載せられた金属塊を三つ持ち出した、エレインは売れる物?とスッと瞳の色が変わり、ジャネットにオリビア、ケイスもまた、視線に力が籠る、
「じゃ、どうしようかな・・・うん、カトカさん達は・・・いや、仲間外れは駄目だな、ここは公平にじゃんけんで決めよう」
「何を?」
「これを試す栄誉だね」
「それ?」
「これ」
タロウはニコリと微笑み、手にしたそれをガランと音を立ててテーブルに並べた、それは人の顔程度の大きさで、見た感じ銅で作られており楕円形で中央が大きく膨らんだ横に潰した玉子のような代物である、その上部には普段使っている壺のそれと同じような栓が確認できた、
「なにそれ?」
ユーリの素直な質問に、確かに何だこりゃと一同が覗き込む、
「ふふん、こっちでは見ないけど・・・どうかな似たような物あると思うんだよね、だから、そういうのがあれば教えて欲しいかな、でね、使い方としてはまずこれにお湯を入れます」
その一つの栓を外しソフィアが持って来た薬缶のお湯を注ぎ入れる、柔らかく立ち上がる湯気にハテと首を傾げる者多数、ソフィアもどうやら初見であるらしい、不思議そうにタロウの手元を見つめている、
「で、タップリ入れたら、あっ、タオルあるかな?」
「タオル?手拭いじゃなくて?」
「タオルがいいな、肌触りが違う」
「はいはい」
とソフィアが倉庫へ向かい、新品のタオルを持って来ると、ありがとうとタロウは受け取り、そのタオルでお湯の詰まったそれを丸っと包むと、
「ほれ、触ってみ、暖かいでしょ」
と女性達の前にそっと置いた、
「そりゃ・・・暖かいんじゃない?」
とユーリが手を伸ばし、エレインもジャネットも厳しい視線のままにタオルに触れる、ジンワリと熱が伝わってきて、そりゃお湯が入っているし何も不思議な事ではないと怪訝そうに顔を見合わせた、
「で、この状態で」
とタロウは全員が確認した所でそれを取り上げると、寝台に向かい毛布を整える、そしてその中にそっと潜りこませた、
「もしかして・・・」
カトカがその目的に気付いたらしい、
「あっ、そういう事ですか?」
レスタも理解して目を輝かせている、
「フフーン、そういうこと、これは理解しやすいでしょ」
「はい、はい、これはいいですよ、使ってみたいです」
興奮するレスタと、
「うん、凄いね、確かにこれはいいよ」
カトカも飛び跳ねそうな勢いで、そして、そういう事かと理解した者達の顔が次々と明るくなっていく、
「どう?使ってみる?俺の田舎だと湯たんぽって呼んでるんだけどね」
ニヤリと微笑むタロウにこれは分かると大騒ぎになる面々である、こりゃまた反応が違うなーとタロウは微笑んでしまい、
「だから、じゃんけんが必要だろ?あと、少しだけ使い方を教えるね」
と薬缶に手を伸ばし、残り二つの試作品の湯たんぽにお湯を注ぎ始めるタロウであった。
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