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本編

72話 初雪 その47

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それから暫く数枚のガラス皿が話題の中心となった、タロウがそれぞれの疑問をあるものは真面目に、あるものは分からないと答える、真面目に答えたものにはなるほどと理解されたようだが、分からないと突っぱねたものにはあからさまな不満顔が返ってきた、しかしそんな顔をされてもなとタロウは渋い顔で受けるしかない、知らないものは知らないし、分からないものは分からないのである、そういった答えられない質問はカトカと学園長が中心で、やはり自頭と知識量が格段に違う事を見せつける結果となり、ユーリやゾーイ、サビナはなるほどと感心する他無かったようである、そして、

「まぁ、こんな感じでね、昨日も言ったかな?ほら、これはあくまで俺の手に付着した生物ってだけだから、だから、他にもね、例えば・・・そうだね、ワインとか、エールとか、それと、ヨーグルトかな?」

「ヨーグルト?」

不思議そうな顔がタロウを見つめる、

「うん、知らない?」

「あれじゃろ、山羊乳のドロドロしたやつじゃ」

学園長がポンと手を打った、

「それですね、あっ、そっか、俺も見た事少ないな・・・こっちでは一般的ではないんですかね?」

「そうじゃのう・・・儂も山間の村で食した事がある程度でな、そうか、あれもあれじゃな、お主の言う腐らせた食物になるのか・・・」

「そうなりますね、対してチーズ、あれもある意味で腐らせた品なのですが、原因となる物質が少し違います、ほら、子山羊の胃袋を使うのが主流でしょ」

「そうなの?」

とユーリが首を傾げ、カトカはそうなんですよと自然に答えた、

「うん、でもね、その胃袋を使わなくてもチーズのように固める事も出来る、ヨーグルトとは別の生物かな?そこは要研究になると思うけど・・・まぁ、チーズもヨーグルトも色んな種類があるからね、酒と一緒だな、うん、で、他には・・・あっ、土を調べてみても良いかもね、畑にある真っ黒い土と、その辺のボサボサの土?恐らくだけどまったく違う生物を観察できると思うよ」

「土ですか・・・」

「土だねー、あとは・・・植物の根っことか・・・下のほら、メダカの水槽とか・・・裏の小川とか」

「あの汚いの?」

「うん、恐らくだけどこの黒い、腹を壊すって言ったやつ、これが大量に確認できると思う」

「根拠あるの?」

「勿論、だってさ、この生物は俺達の腹の中に住んでるんだよ、うようよと、それがね糞便と一緒に流れ出てるんだ、それが集まってるあの小川にはもう・・・異様にいるだろうね、これが」

ニヤニヤと手を蠢かすタロウに、エッと一同は顔を上げた、

「待って、腹の中に?もういるの?」

「いるね」

「いや、しかし別に今は腹痛でも何でもないぞ」

「確かにそうでしょうね」

「待って、意味が分からない」

「だろうねー」

とタロウはニヤリとほくそ笑む、

「単純に言えばね、人の排泄したものを人は摂取できないでしょ、考えただけでも不愉快だ」

タロウが思いっきり顔を歪め、確かになと一同の顔も歪む、

「それは当然なんだよね、常識だと認識しているでしょ、でも、ちゃんと理由は存在するはずでね、何の意味も無く嫌悪する事は無い・・・って俺は思っているんだけど、まず考えられるのが、栄養を搾り取った後の残りカスであるからっていう理屈、そんなものを口に入れても意味が無いってわかってるんだろね、次に、それが病原菌に塗れていて、口に入れるのも駄目だけど、触れた場合も良くない事が起きるって本能的に理解しているって事・・・かな、故に嫌悪の対象になり得て、出来るだけ速やかに処理している・・・他にも色々と理屈は付けられそうだけどね、まぁ、そんな感じで、だから、このね、見た目が厳つい生物は確かに人の腸の中に存在するんだけど、その腸以外の所では碌な事をしない生物だって・・・解釈して貰うと理解しやすいかなって思うな」

ホヘーとガラス容器を見つめる一同、タロウの理屈は分かるような分からないような何ともめんどくさいものであったが、言いたい事は何となく理解できた、タロウとしても大腸菌の種類だの毒性だのまでは説明できない、まずもって大腸菌という名前を出す事が難しく、あくまで生物としてまるっと一括りにしている時点で大変に歯痒い思いをしていたりする、

「あっ、でね、だからこのガラス容器の扱いは気を付けてね、子供に悪戯させるべきではないし、不用意に開けるのも止した方がいいね、手に付着している極微量であればまだ平気だけど、ここまで大きくして、それを口に入れでもしたらとんでもない事になるから」

「・・・それもそうじゃな・・・」

「ですね・・・はい、厳密に管理します・・・そっか、だからガラス容器なんですね、開放しないで観察できるように・・・」

「御明察、その通りだね、だからこのガラス容器ね、すんごいありがたかったよ・・・うん、じゃ、こんな所かな、まぁ、明日・・・エルマさんに見てもらって、ケイスさんにも教えたら、後はもう浄化槽に捨ててもいいんだけどね」

「いや、それはいかん、明日医学科の講師も来るでな、そいつにも見せたい・・・いや、これはこのまま保存できんのかな?ゆっくりと調査したいところだが・・・」

「ですね、あと、あれです、ちゃんと記録して、クロノスにも報告しないとだわね」

ユーリがカトカを伺い、カトカは任せろとばかりに大きく頷いた、

「ですね・・・でもほら、この程度であればいくらでも再現できるから、検証を目的とするのであれば自分自身の手で培養してみるのが一番ですよ、寒天培地も作るのは難しくないです・・・ただ、あれか、保温箱が無いか・・・あっ、寒天もか」

「じゃな、あれも一緒で無いと再現どころか何も発生せんだろうし・・・その寒天じゃな、まだあるのか?」

「ありますよ、下に数本、クロノスにも頼んではありますので、そのうち話しが出ますでしょう・・・それと保温箱か・・・特にこっちは寒いからな・・・うん、まぁそんな感じでお願いします、くれぐれも扱いは慎重に、恐らく・・・それほど危ない生物はいないと思うんですが・・・物によっては・・・流行り病の元になっている生物もいると思うので」

「待て、流行り病?」

「はい、流行り病の元もこのような生物です、どれと申し上げるのは難しいのですが・・・ここにいるかどうかもわからないですね、なので、それも要検証・・・と言ってもあれですね、どうやって検証するかが問題かな・・・」

タロウは左目を閉じて寒天培地を覗き込み、改めて精査する、見る限り悪質な病原菌は見受けられなかった、件の大腸菌も毒性の強いものではない、しかしその危険性を証明する手段が無いのであった、もしやるとすれば、この細菌を分離培養し、人体に投与する他なく、正に人体実験となるその手法を口にするのは大変に憚られた、

「・・・あんた、分かってるなら全部を教えなさい」

ユーリがギラリとタロウを見上げる、

「それは難しいよ、さっきも言ったろ、俺は専門家じゃないし、分からない事は分からないし、知らない事は知らないの」

「分かっている事全部よ」

「それは大体話したよ、大事な生物もちゃんと説明したろ?役に立つのと危ないのと、それ以外は俺も分らん」

「・・・使えないわねー」

「悪かったね、ここまでやったんだからそれで勘弁してくれよ」

「あんたが好きでやったんでしょ」

「そうだけどさ、でもこれでだいぶあれだぞ、アルコールもだけど、手洗いの重要性も理解できただろ?」

「それはまぁ・・・」

「そうですね」

女性達が改めて自分の掌を見つめ、学園長もウムと納得したようである、そこへ、

「タロー」

とミナが階段から顔を出した、ヒョイヒョイとノールとノーラ、今日はフロールの顔も覗く、

「おう、どした?」

タロウが振り向くと、

「大工のおっちゃんとー、誰か来たー」

「あら、今日も?」

「今日もー、カトカも来てーって言ってたー」

あらっとカトカが顔を上げる、

「あー・・・昨日の納品かな?」

「ですね、じゃ、私は先にそっちを、下でいいですかね?」

「そだね、じゃ、取り合えずこんな感じで、これはまた木箱に入れておいてくれればいいよ、明日にはもう少し成長している筈だから」

とタロウはそそくさと階段へ向かい、カトカもすぐ戻りますと一言置いて腰を上げる、ウフフーと笑い合う子供達、

「ん?どした?」

「なんでもないー」

とサッとミナが逃げるように顔を引っ込め、他の三人も楽しそうに駆け下りた、そして子供達の楽しそうな笑い声が響く、

「何が面白いんだか・・・」

「フフッ、そうですねー」

とタロウとカトカが食堂に下りると、

「あらっ、フェナさん」

とカトカがフェナの姿に気付き、

「あっ、えっと確か・・・」

とフェナが立ち上がりかけ、アテテと呻いて座り直してしまう、

「どした?」

「ん、大丈夫よ、少しね、無理しただけだから」

ソフィアがニヤリと微笑む、そのソフィアも疲れからかグッタリと椅子にもたれており、

「あー・・・急に動くから・・・」

タロウが眉を顰め、

「そうなんですか?」

とカトカがタロウを見上げる、

「うん、少しねー」

「そうよ、少し・・・ほら、玄関に来てるわよ」

ソフィアが顎で玄関を示す、どうやら腕を上げるのも億劫らしい、タロウは入れればいいのにと思いつつ、玄関へ向かい、カトカはどうしたんですかーとフェナに微笑みかける、子供達はメダカの水槽の前でキャーキャーと楽しそうであった、ミナが双六の準備をしているあたり、次はそれで遊ぶのであろう、完全に打ちひしがれている大人二人と比べ子供達はまるで疲れが見えない、

「あっ、そっか、あれですか、顔合わせ?子供達の?」

「そうなんです、エルマ先生と挨拶をと思って、なんですが・・・」

「どうしたんです?ソフィアさんまで・・・」

「あー・・・そうね、生徒達が帰ってきたらまとめて教えてあげるから、今は駄目」

「駄目って・・・怪しいなー」

「大丈夫、少し休めばね・・・」

「ですね、すっかり脚にきてます」

「そうねー、ムキになっては駄目だわね」

「駄目ですねー」

おばさん二人が悲しそうに微笑み合い、エルマはまったくと苦笑いであった、ついさっきまで縄跳びに興じていたのであるが、街の鐘の音が響いた事と、大人二人がもう無理だと限界を迎えたらしくこうして食堂に戻った、すると待ち構えたかのように来客であった、ソフィアが迎えにでようとするも一度下ろした腰はあがらず、結局ミナを走らせ、ミナはそのまま階段へ向かい、ノールらが昨日と同じように追いかけている、フロールもすっかり仲良くなってしまい、一緒に駆け出す始末で、ブロースはどうしようかなとフェナを見つめ、結局メダカの水槽に顔面を押し付け、サスキアは暖炉の前から動かない、レインはやれやれとソフィアとフェナに呆れ顔となっていた、

「早いねー」

「そりゃもう、タロウさんの依頼ですからー」

とタロウと木箱を抱えたリノルトがまず顔を出し、

「調子いいんだからよー」

とこちらも木箱を抱えたブラスが若干不機嫌そうに入ってきた、しかし、

「あっ、カトカさんすいません、早速お持ちしました」

とカトカの顔を認め、あっさりと営業スマイルである、

「ありがとうございます、エルマさん、ベルメルの納品ですよー」

「あら、嬉しい」

エルマも腰を上げ、カトカもブラスに歩み寄る、なに?とレインも音も無く近寄ったようで、

「すいません、お待たせして」

「いやいや、忙しいのは知ってますから、気にしないで下さい、でも、気を遣って下さい」

カトカがニヤリとほくそ笑み、

「また、そんな、おばさん臭い事言わないでよー」

エルマがコロコロと笑いだす、

「えー、駄目ですかー」

「駄目じゃないけど・・・もう、カトカさん若いんだから、もっとこう・・・ね?」

エルマがブラスに笑いかけると、

「えっ、はぁ、まぁ、でも、はい、気を遣います、はい」

と背筋を伸ばすブラス、

「ほらー、じゃ、気を遣ってもらって、で、どんな感じです?」

「はい、量産品の第一弾ですね、なので、気合を入れて作ってます」

ブラスが抱えていた木箱を床に下ろし、早速と蓋を開ける、その隣では、

「どう?上手くいった?」

「はい、こっち二つは良い感じだと思うんですが、これですね、一応水漏れは無いのを確認しているんですが・・・使ってみて頂かないと分んないかなって・・・」

「あー・・・やっぱりそうなる?」

「ですね、金属部分は大丈夫だと思うんですけど、蓋ですね、布をかませないと水漏れが不安かなって」

「確かにねー・・・うん、じゃ、そこはあれだ、注意して使ってみよう」

「お願いします、こっちの二つはご注文通りかと思いますが・・・」

「ん、良い感じだね、やー、仕事早いねー、嬉しいよー」

「いや、それはほら、親父もいましたし、あくまで試作品ですから、どうせここから手が加わるんですし・・・あっ、でも、あれです、丈夫には作ってます」

ムンと胸を張るブラス、

「大丈夫その点は信頼してるからさ、じゃ、早速かな?」

タロウがテーブルに並べられた厳つい道具類を見渡し、さてどうしようかとソフィアを伺う、

「・・・なによ?」

「フフン・・・ちょっと料理してみていい?」

ニヤリと微笑むタロウをムッと睨み返すソフィアであった。
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