セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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72話 初雪 その43

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「あら、良い感じだねー」

階段から首を伸ばして二階を覗いたタロウが思わず呟くと、

「そうですね、テーブルをちゃんと並べればさらに形になると思います」

その背後のテラがニコリと答えた、

「だねー」

とのんびりと返した瞬間、シッと唇に人差し指を当てるタロウ、エッとテラが黙り込み、タロウの視線の先を欄干の隙間から窺う、そして、

「まぁ・・・」

テラは小さく驚き、アッと口に手を当て、しかし、もうとクスクスと微笑んでしまった、

「・・・邪魔しない方がいいかな?」

タロウが小声で囁く、

「・・・どうでしょう・・・ゆっくり見ていたいところですけど・・・」

テラも小声で答えた、

「だねー・・・でも」

「はい、お仕事ですから」

テラがニコリと微笑み若干名残惜しそうに首を伸ばして、再びクスクスと微笑み、タロウも柔らかい笑みを浮かべつつ足音を消して階段を上がり二階の床にソッと足を下ろす、テラもウフフと楽しそうにその所作に倣った、そして、タロウがさてどうしようかと振り向き、テラがその意を汲んだのか、

「ゴホン」

と大きく咳ばらいをする、

「ニャッ」

と悲鳴を上げてニコリーネが振り向いた、

「お疲れ様」

ニヤニヤと微笑むタロウと、ニコニコと慈愛に満ちた笑みを浮かべるテラである、ニコリーネはそんな二人を目にして瞬時にカチコチに固まってしまい、

「・・・えっと・・・あの?」

と徐々に顔を青くして小さく問いかける、

「えっと?」

「なにかしら?」

二人は尚も大変に優しい笑みでニコリーネを見つめており、

「・・・見ました?」

ニコリーネが恐る恐ると問い質す、

「何を?」

「なにかしら?」

あからさまに惚けている二人、ニコリーネは血の気が引く音を感じると同時に、

「ニャー、違うんですー」

と部屋の隅に駆け出し、丸くなってしまう、

「何が?」

「なんでしょう?」

さらに惚けて微笑む二人、

「ウー、違うんですー、違うったら違うんですー」

悲鳴を上げ赤面するニコリーネ、青くなったり赤くなったり大変だなーとタロウは微笑み、

「あー・・・うん、あれだ、コミンさんよりは上手だったよ」

「そうですね、ジャネットさん・・・ほどではないですけど、ルルさんよりはお上手でした」

「あー、ルルさんはほら、脚が長いからさ、若干不格好に見えるだけだよ」

「そうなんですか?」

「そだね、もう少しこう・・・大きく動けば様にはなる・・・と思うよ」

「そうなんですかー、私はニコリーネさんくらいのが可愛くていいと思います、拙い感じが愛らしいです」

「それは同意する」

ニコニコと柔らかい笑顔でもって二人はどうやら褒めているらしい、ニコリーネはウギャーとさらに大声を上げてしまい、クスクスと微笑む意地の悪い中年二人、

「うー・・・」

ニコリーネはしかし見られたものは仕方が無いと覚悟を決めたのかゆっくりと立ち上がると、

「へー、良い部屋になったじゃない・・・」

「そうですね、タロウさんのお陰です、すんごい明るくて・・・奥様達にも生徒達にも好評なんですよ」

あっさりと切り上げてタロウは室内を見渡し、テラが仕事だわねと真面目な顔となる、ムーと二人を睨むニコリーネ、何のことは無い、ニコリーネはガラス窓の前でその微かに映る自分の姿を見ながら、昨日のオユウギを一人楽しそうに踊っていたのだ、歌詞はうろ覚えであった為、猫の真似とひっかく仕草を繰り返す程度であったが、歌詞を無視して手を合わせて謝ってみたり、手を大きく掲げてとんでったーと叫んでみたり、二階に一人であった為すっかりと油断し自分の世界に浸っていたのである、そして、その姿をテラとタロウに見られてしまったのだ、慌てるのも恥ずかしがるのも無理はない、

「うー・・・どうしたんですか・・・二人でー」

若干の興奮もあり珍しくも自分から話しかけるニコリーネである、

「ん?ほら、テラさんとエレインさんにね、相談に乗って欲しいって言われてね、まぁ、俺で良ければいいかなって思ってさ」

タロウがニコリと微笑み、そうなんですよとテラも微笑む、

「うー・・・ならいいですけどー・・・」

「うん、だから、続けていいよ、楽しいでしょ?」

タロウがニヤーと意地の悪い笑みを浮かべ、テラがウンウンと頷くと、

「ギシャー」

と猫の真似だか悲鳴だか良くわからない声で両手を振り上げるニコリーネ、アッハッハとタロウとテラが明るく笑い、

「じゃ、真面目にね」

「そうですね」

と微笑み合う、

「そうすると席の配置は昨日聞いた感じ?」

「はい、二人席が6、四人席が3つですかね、昨日オリビアさんとも話して、その程度が丁度良いかなって」

「・・・少し足りないかもねー」

「そう・・・ですか?」

「うん、あっ、そっか、カウンター席が無いんだな・・・一人でも座れる席があってもいいと思うよ」

「なるほど・・・一人席」

「うん、壁に向ける感じかな?若しくはあれだ、ガラス窓に向けて外の景色を眺めながらっていうのも良いと思う、ただ・・・うん、あれかな、その四人席を窓側に置きたいんでしょ?」

「はい、そう考えてました、タロウさんが言っていた予約席ってやつですか?その内の一つはそれにしたいかなって」

「だよねー、この店の売りになるしね、ガラス窓に近くて、暖炉にも近い所が一番良い席って事になるのかなー」

「そう思います」

二人はすっかり真顔で店内を見渡し、具体的な問題を話し合う、ニコリーネはウーとかアーとか身を捩りつつ、しかし、ここから逃げる訳にもいかずで悶々としてしまう、見事に油断していた、折角テラの前では師匠である父親の真似をして偏屈な絵師を演じていたのに、子供っぽい本性を見られてしまったのだ、タロウに見られるのはまだ別に構わない、問題はテラである、テラには自分を大人に見せようと肩肘を張っている側面があったのだ、テラはテラでしょうがない人だと認識したようで、最近はそのように扱ってくれていたのである、それが木っ端みじんに瓦解してしまった、それがより恥ずかしさを冗長させている、まったく、昨日のミナのオユウギとやらがいけないのだ、あんなに楽しそうに愛らしくされては真似をしたくなるというもので、挙句その輪に加わる事が出来なかったのも良くない、ここでの仕事を終えて商会に一度顔を出し、エレインやオリビア、テラと共に食堂に入れば、既にオユウギの指導が始まっており、大人達はニコニコと、生徒達とミナは熱心にギャーギャーと楽しそうで、それはまぁいつもの事で特に関心も無く腰を下ろしてしまい、しかし、ミナがこうなのーと踊り始めると、ニコリーネはすっかりその姿に魅了されたのである、そして、今、丁度壁画の仕上げが終わった瞬間であった、満足できる仕上がりにニコリーネは室内を歩き回り、ふと、ガラス窓に映る自身の姿に気付いた、すると自然とミナの真似を始めてしまったのである、それは実に楽しかった、階段がうるさくなり誰かが上がってくると感づいた瞬間にはサッと壁に向かって腕を組み、すぐにテラが下りていったようで、ホッとしつつ、本格的に踊り始めたところだったのだ、まさかテラがすぐに上がってくるとは思っておらず、挙句にタロウも一緒となればこれは悪夢以外の何物でも無い、

「だから・・・そっか、テーブルが足りないのかな?」

「それは大丈夫です、上の倉庫にはまだありますし、椅子も充分ですね」

「それは良かった、まぁ、あれだよ、お客様の入り次第だよね、ゆったりした感じの方がいいのは勿論だけどさ、商売を考えるといっぱい入れないと儲けが無い」

「そうなんですよね・・・会長ともその辺が全然見えないなってなってます」

「だよねー、俺としてはジャネットさんみたいなね、学生さん達でも、奥様達でも気軽に立ち寄って一休みできる感じが最良かなって思うけど・・・うん、恐らく最初は貴族様か、お金持ち?」

「はい、ですが、この目の前の通りはやはり庶民向けの街路なので・・・馬車の取り回しを考えると貴族様は・・・最初だけかなって、考えます」

「なるほど・・・そうかもねー」

「はい、なので・・・やはり状況を見ながら柔軟に対応しようと考えてました、あっ・・・そうだ、その予約席なんですが、そこは別途料金という形にしてもいいかなって思うのですけど、どうでしょう」

「それはありだと思う、ただ、あれだね、営業時間との兼ね合いが大事かなー・・・それとお客さんの入りとかね、うん、有料はいいかもね、ちゃんとその価値があるってお客さんに思わせる事が出来ればだけど」

「確かに・・・その辺は手探りでやるしかないですね・・・」

と真面目に話し込む二人、ニコリーネはやっと落ち着いて、しかし、ウーと小さく唸りつつ二人の背を恨めし気に睨む他なかった、そして、

「良い絵だねー」

タロウは取り合えず他にはと思いつつ室内を見渡し、ニコリーネ作となる壁画をじっくりと眺める、

「そうなんですよ、なんか楽しくなるんですよね」

テラもニコニコと壁を見つめる、

「流石だねー、違うもんだ・・・あっ、これで完成なの?」

タロウがふっと振り返る、ニコリーネはムゥと顔を顰めており、若いなーとタロウは思わず微笑んだ、

「・・・そのつもりでした・・・」

テラも振り返り、ニコリーネはここは何か言わなければと思って発したのがこれである、

「あら・・・」

「もう、そんなに拗ねないの」

テラが母親が幼児に向けるような困り顔となってしまう、ニコリーネは再びウーと唸ってしまい、

「フフッ、そっか、でもこれ楽しく描けたんでしょ」

タロウが優しく微笑んで壁画を見上げた、

「どの子もとっても楽しそうだよね、寝てる子だけが若干異質かな・・・でも、それはそれで排他的で・・・うん、寝てるのを邪魔するなって感じがあるし、その子に悪戯しようとしている子がね、良い感じに引き立っているよ・・・あの子もいいね、上の子の尻尾にじゃれつく感じ?うん、可愛らしいよね、柔らかい線が愛らしくて、動きも可愛い」

「ですね、でも、こんなに描いちゃうなんて思ってもいなかったです」

テラも壁画を見上げる、

「そうなの?」

「そうですよ、だって、最初はほら、この一面だけ?時間も無かったので、それでいいかなって会長とも話しまして、で、ほら、下書きもそうだったでしょ」

「あー・・・それもそうだよね、そっか、この一面だけの予定だったのか・・・フフッ、ニコリーネさんもあれだね、やっぱり芸術家なんだね、筆が軽かったでしょ」

「・・・そう・・・ですね・・・」

タロウの指摘は何気に適格であった、当初壁画はテラの言葉通り一面のみに描く予定で、ニコリーネもそのつもりで計画していた、そして作業の一日目には悩み苦しみながらやっと眠っている猫を一匹描き、うん、これだと納得したのであるが、その夜、件のねこふんじゃったを耳にし、すっかりその軽快な音色と楽しい歌詞が頭から離れず、二日目の作業中にはねこふんじゃったと鼻歌混じりで、すると大変に気持ちは軽く浮ついた、すると手が指が軽快に動いてくれた、そしていつのまにやら猫と子猫はこの部屋のガラス窓以外の壁を縦横に飛び回っていたのである、そしてその軽快な勢いのまま描き上げてしまった、

「フフッ、これではあれですね、ニャンコのお昼寝じゃなくて、ニャンコの遊び場ですね」

「そうだねー、ニャンコの集会って感じかなー」

「集会ですか?」

「うん、猫ってね、集まるんだよ、時々、で、ジーッとお互いを観察してる?」

「あら、猫にも詳しいんですね」

「そうでもないけど・・・まぁ、そういうもんらしいよ」

「そうなんですかー」

やっとニコリーネも警戒が解けたようで、ホヘーと感心している、

「そうなんだよ、面白いよね、動物もさ、じゃ、ここはこんな感じで、動線はそれこそ一度やってみないと分らないだろうね」

「あっ、はい、そうですね、今日から本格的にオリビアさん達が入る予定なんです」

「そっか、オリビアさんなら任せてしまって大丈夫そうだねー」

「まったくです、あんなにしっかりした娘さんは得難いですよ、あっ、そうだ、昨日マフダさんがメイドさんの服ですか、良い感じになったので見て欲しいと・・・話しましたっけか?」

「ん?・・・聞いてないかな?」

「あー、すいません、もし時間があればお願いしたいです、とってもお洒落な感じになってますよ」

「ほう・・・それは楽しみだねー、マフダさんも大したもんだよ」

「まったくです、あっ、ニコリーネさんも素晴らしいですよ」

テラがふいっと振り返り優しく微笑む、

「エッ・・・ムー」

と幼児のように頬を膨らませてしまうニコリーネ、テラはさらにムフフと微笑んだようで、

「そうだねー、若い才能を活かすのも伸ばすのも、おっさんとおばさんの仕事だからね、フフッ、テラさんも楽しいでしょ」

「そうですね、ホントにもう毎日新鮮です・・・ですがおばさんと言うのはどうかと・・・」

テラの若干強めの視線がタロウに向かった、

「あっ・・・そこはほら、俺もおっさんなんだしさ、平等にいこうよ、平等に・・・ねっ」

「まぁ、そういう事にしておきますよ」

ニヤリと余裕の笑みを浮かべるテラと、さっきの軽口もありまたやったかと焦るタロウ、どうやら子ども扱いに戻ったようだと不貞腐れるニコリーネであった。
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