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本編

72話 初雪 その41

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翌朝となる、タロウは寝台からムクリと起き上がり今日も酷く冷え込むなーと暗い室内を見渡した、隣りのソフィアもムーと唸りつつ半身を上げる、

「おはよ」

「おはよ」

小さく朝の挨拶を交わし、

「寒いわねー」

「だなー」

とノソノソと動き出す、脱ぎ散らかしたサンダルを手探りで探し当てゴソゴソと履くと、さてとウーンと伸びをした、乾燥し冷たい大気が肌を刺す、郷里の冬とよく似た冷たさで、寒いというよりも痛いのであった、これは断熱がまるで考えられていないボロ屋である事も関係しているであろう、外気と室内がほぼ同じ気温で、雨風を凌げればそれでいいとの造りでしかない宿舎では仕方の無い事である、王国にある殆どの平民の住居はこんなものなのだ、故に暖炉の火は眠るまで落とす事は無いらしく、その燃料とする薪の確保がそのまま生死にまで直結している、郷里においては似たような文化レベルにあって、囲炉裏を囲んで眠っていたとものの本で読んだ記憶があった、それも畳が贅沢品であった時代には板場の上に厚着をしてそのままごろ寝であったと言う、王国の生活はその時代によく似ているとタロウは思う、特にこの冬の寒さ対策については火を頼りに厚着で凌ぐ他なく、となればやはりよくよく似たものにしかならないのだろうなと考えてしまう、

「はー・・・静かだな・・・」

「そうねー・・・雪かしら?」

「かもなー・・・」

暗がりの中を適当に呟きながら階段へ向かう、ソフィアは椅子に掛けていた上掛けを羽織り、その冷たさにブルリと身体を震わせた、そうしてタロウが外に出ると、薄暗がりの中、いつもと違う光景が目に飛び込んでくる、街は銀世界へと変貌していた、見渡す限り灰色の一色で、それは薄闇故の雪の色であった、口から出る息もまた白く靄ってまとわりつく、積もったのかーとタロウがやれやれと思った瞬間、

「うぉっ」

ボフッとタロウの顔に衝撃が走った、ついで、

「アハハー、やったー、大当たりー」

ミナの大声が響き、

「うむ、よくやった」

レインの声が大きく響く、

「寒ッ、冷た!!」

タロウは慌てて顔を振って冷たい固まり、ようは雪である、それを払い落として、

「コノー、ドコダー」

と内庭を見渡すと、倉庫の薪を重ねたすぐ側にまさに雪玉を投擲したそのままの姿でタロウを伺っているミナと、顔だけだして身体を隠したレインがニヤニヤと笑っている、

「いたなー」

タロウはすぐさま足元の雪を掬った、雪はしかし思ったほど積もってはいない、この程度であれば大人が踏みつければあっというまに圧縮されて泥に塗れてしまうだろう、ムッとタロウは考え、すぐに宿舎の脇、積み上げられた木箱に積もった雪をかき集め、

「ミナー」

と振り返る、しかしそこへ、ボフッと第二弾が飛んできた、それも見事にタロウの顔面を捉え、避ける間もなくクリーンヒットである、

「やったー、また、大当たりー」

キャッキャッと笑うミナと、

「うむ、上手いものじゃ、天性の才があるのう」

無責任に褒めるレイン、タロウは確かに良いコントロールだなと思いつつも頬を引く付かせ、サッと雪を払い落とすと、

「ミナー、覚悟しろー」

作ったばかりの雪玉を投げつけるもミナはヒラッと躱し、

「べー、当たんないーよー、タロー下手くそー」

「何をー」

とタロウが次弾を用意しようと振り向いた瞬間、その背に三つ目の雪玉が当たり、続けて尻にも衝撃が走る、ナントとタロウが振り返ると、ミナは両手に雪玉を構えており、レインもニヤニヤと狙いを定めている様子で、見ればその足元には雪玉が小山となって用意されていた、周到な事にザルのような籠に盛られている、

「ナニ・・・まさか、君ら、準備していたのか」

タロウは愕然と目を見開いた、

「ムフフー、レインがねー、作ってくれたのー、早起きしたのー」

「フッ、何事にもな、下準備というものが大事なのだぞ」

「ムフフー、そうなのよー」

「降参するなら今の内じゃー」

不敵に微笑む二人に、

「待て、それは駄目だ、公平にやろう、公平に」

「なにそれー?」

「ミナ、気にするな、油断していたタロウが悪いのじゃ」

「そうだ、そうだ、タロウがユダンしてたのー」

そう言うが早いかミナの華麗な投球フォームから放たれた雪玉がタロウの顔面めがけて飛んで来る、しかし、それを華麗にヒョイと躱すタロウ、

「フン、狙いは良いが球速が足りんぞ、ミナ君」

「なにそれー」

「君の球はね、軽くて遅いのだー」

サッと木箱に隠れ、何とか球を作ろうと雪を集めるタロウ、逃すかーと叫んで駆け寄るミナ、レインも雪玉でいっぱいの籠を抱えてその後を追う、そしてミナは絶妙な距離で足を止めると次々と雪玉を投げつける、しかし、タロウは木箱に隠れて出てこない、ミナはムフーと鼻息を荒くしさらに投げつける、そこへ、

「うわっ、積もったんだ・・・めんどーねー」

とソフィアがノソリと顔を出し、雪玉の一つがその顔面に直撃した、

「アッ・・・」

「アッ・・・」

「あー・・・」

ミナとレインがヤバイと瞬時に硬直し、タロウもこれはまずいぞと木箱の陰から顔を出す、

「・・・ミナー・・・」

雪玉を顔面に張り付けたままゆっくりとソフィアの顔がミナに向かった、

「エヘヘー、あのね、レインがねー」

「人のせいにするんじゃありません」

バシリと怒鳴られ、ミナはヒエッと身を竦ませるが、

「今だ」

タロウが叫び、ほぼ同時にミナの腕に雪玉がぶつかる、

「ムニー、タロー」

サッとレインが差し出す雪玉を握りタロウに向かうミナ、

「油断大敵というのだよ、ミナ君」

タロウはニヤリと微笑み木箱に隠れる、

「ニャー、そこ駄目ー、逃げるなー」

「逃げてないよー、隠れてるだけー」

「隠れるのも無しー」

「やだー」

「やだじゃないー」

第二ラウンドの開始であった、ミナは遠慮なく木箱に向けて雪玉を投げつけ、タロウはヒョコヒョコと顔を出しては挑発する、

「もう・・・」

とソフィアは顔面に張り付いた雪玉を落とすと、

「ミナ」

と厳しい声である、ミナは再びヒィッと硬直し、レインもまずいかなとソフィアを伺う、

「いい?ああやって隠れてるときはね、まっすぐ投げちゃ駄目、上に放るのよ、貸しなさい」

ミナの手にある雪玉をムンズと奪い、流れるようなアンダースローで木箱の奥、タロウの頭上へと雪玉を放り投げる、

「ウオッ」

とタロウの間の抜けた悲鳴が響き、ヌッと出したその頭には見事に雪玉がヒットしチョコンと乗っていた、

「わっ、ソフィー、スゴイ」

「うむ、見事じゃな」

「でしょー、ほら、レイン私にも頂戴」

「うむ、良いぞ」

「こう?こう?」

ミナがソフィアの真似をするもそれはタロウを越して奥の柵に当たったようで、

「ミナのへたくそー」

タロウの容赦の無い挑発が返ってきた、

「このー」

「駄目よミナ落ち着きなさい、こうやって下から投げるのよ」

ソフィアの次弾がタロウを襲い、しかしタロウがヒラリと避ける、

「あらー、ソフィア様でも駄目かなー」

ニヤリと微笑むタロウの顔面に、ボフッと雪玉が直撃した、

「フフン、どんなもんじゃ」

レインが得意そうに微笑む、

「レイン、スゴイ」

「レイン、上手い」

ミナとソフィアの素直な賞賛にどんなもんだと白い息を吐くレイン、

「待て、三対一は卑怯だ、負けだ負けでいい」

タロウが流石にこれ以上はと両手を上げて立ち上がる、多勢に無勢も良い所である、挙句に相手はまだ雪玉を大量に確保していた、

「あれ・・・降参みたいよ、ミナ、どうする?」

「むー、コウサン?」

「そうよ、負けたって」

「ミナの勝ち?」

「ミナの勝ちよー」

「やったー、ミナの勝ちー、レインとソフィーとミナの勝ちー」

「そうねー、何よ、もう少し粘りなさいよ」

ムッとソフィアがタロウを睨みつけ、すると、

「・・・じゃ、もう少し」

タロウは振り返るとダダッと駆け出し柵を身軽に飛び越えた、その先はちょっとした広場であり、その隣りには浄化槽がある、浄化槽を盾にし、その屋根に積もった雪で反撃しようとの策であった、

「あー、逃げたー」

「行くわよ、ミナ」

「うん」

ダダッと駆け出す三人、朝闇の中白い吐息を巻き散らし、はしゃぎまくる親子であった。



「何を騒いでいるかと思えば・・・あんたも元気ねー」

ユーリがスプーンを口に咥えて目を細め、

「ゴメン、うるさかった?」

ソフィアがニヤリと苦笑いである、

「別にー、ただ、なんかギャーギャーやってたなーって、お陰で二度寝はした」

「そっ、ならいいわ」

「そうねー、お陰で優雅な朝食ねー」

「そりゃ、良かったわね・・・サッサと食べて」

「むー、何よ、あんたらのせいでしょ」

「関係ないわー、二度寝したあんたが悪いのよ」

「そりゃそうかもだけどさー」

とユーリはフンと鼻息を荒くしトレーに向かう、もう他の生徒も商会組も朝食を済ませたばかりか登園しており仕事に向かっていた、エルマも一旦自室に戻ったらしい、ユーリは一人その言葉通りに二度寝した挙句見事に寝過ごし、ソフィアもそれに気付かず朝食の片づけを終えたのであるが、配膳口を見ればまだ一人分残っていた、アラッと思うとユーリがノソリと階段から現れ、エッと驚いてしまったソフィアである、朝からミナと雪塗れで、その久しぶりの運動と家族の戯れにすっかりと気分が良くなり、注意力が落ちていたのかもしれない、また久しぶりに本気で動いた為に身体の節々が悲鳴を上げていた、これは歳か、運動不足かと悶々としてしまい、やはり散漫となっていたのであろう、

「ソフィー、これー、これがカメなんだってー」

とそこへミナが書物を開いてトテトテと近寄ってきた、

「カメ?」

ユーリがフッと顔を上げ、

「ん、そうねー、カメだわねー」

とソフィアはミナの手にする書を覗き、不思議そうにミナを見下ろす、先程タロウとミナはその書を開いて何やら話し込んでおり、レインがうんうんと隣で相槌を打っていたようで、タロウはそのまま仕事だと言って階段を上がっている、今日もどうやら学園に顔を出し、荒野の天幕で会議なのであろうか、ソフィアは特に気にする事も無く、送り出す事も無しで後片付けに入ってしまっていた、

「えー、ソフィーは知ってるのー」

「そうねー、見たことあるわよ、ミナもほら、乗ったじゃない」

「乗る?」

「うん、こんなでっかいカメに、私と一緒に、覚えてない?」

「・・・覚えてない・・・」

「そっか、ミナ小さかったしなー」

「うー・・・ホントー?」

「ホントよー、ミナが怖いってー泣き出して、みんなして笑ったものよ」

「うー、見たいー」

「あー・・・それは難しいかなー」

とソフィアは後ろ頭をボリボリとかきむしる、

「なんで?」

ユーリが首を伸ばしてミナの手にする書物を覗いた、それは学園長の著作で博物学の動物編であり、ミナと子供達の愛読書となっている、

「なんでって・・・まぁ、あんたになら言ってもいいけど、ほら、エルフさんの村の事だからねー」

「ヘッ・・・あー、そういう事・・・」

「そういう事、あそこにね、こんなデッカイカメがいてね、乗れるわねーって眺めてたら乗っていいよーって言われてね、乗ってみたの」

「うー、そうなのー?」

「そうなのよー」

「いいなー」

「いいでしょー」

「・・・あー、ソフィアさんね」

「なによ、気持ち悪い」

「ホントにそれ、そのエルフの村?ってあるの?」

ユーリの積年の疑問が口を衝き、レインがピクリと反応して書から顔を上げてユーリの背中を見つめてしまう、

「なによ急に」

「いやだってさ、見たことないんだもん、そのエルフもだって物語の存在じゃない・・・あんたもタロウもいかにもいるって感じで話してるけどさー、ホントにいるの?そんなの?」

「いるわよー、私もびっくりしたわー」

「そりゃビックリはするでしょ」

「うん、場所もね、分かってはいるんだけど、ほら、あの人らにしても私達の方が伝説の生き物だからね、ここはお互いに不干渉がいいだろうなって、タロウさんと向こうの偉いさんが話したみたいでね、まぁ・・・そういう事、だから、そのデッカイカメを見に行くのも連れて来るのも難しいわねー」

やんわりと話題を逸らすソフィアである、正直エルフの事を簡単に話題にすべきでは無かった、相手が大事な幼馴染で気の置けない友人で最大の理解者だと認識していてもである、

「ムー・・・見たいー」

しかし、ミナは寂しそうにソフィアを見上げ、

「まぁ、アンタがそう言うならそれでいいけど・・・まぁ、その内連れて行きなさいよ、面白そうだし」

「そうねー、その内ねー」

とソフィアはニコリともせずにミナの書を覗き込む、

「あー、絶対無いわね・・・」

ユーリがジロリとソフィアを睨んだ、その気の抜けた言葉と無表情からするに、ソフィアはほぼ確実に連れて行く気は無いらしい、

「なによ、それ」

「なによもなにも、アンタが乗り気じゃないどころか、空返事だって事はすぐに分るのよ、長い付き合いなんだから、見くびるんじゃないわよ」

「・・・なら、ハッキリ言うわよ、絶対に駄目、絶対に連れていけない」

「なっ・・・これだもんな、じゃ、私はあれだ、エルフの存在を信じない」

「なっ・・・なによ、それー、私とタロウさんの事を信じられない訳?」

「だって、他に誰も立証できないのよ、夫婦で適当な事言う詐欺師なんていくらでもいるじゃない」

「あー、詐欺師呼ばわり酷いんだー」

「どっちが酷いのよ」

「そっちよ」

「あんたでしょ」

ムーと睨み合う二人である、

「カメー・・・」

ミナの物欲しそうな寂しい声が小さく響き、朝から元気な事だとレインは呆れて溜息をつくのであった。
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