セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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本編

72話 初雪 その38

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それからほんの少しして、

「騒がしいと思ったら、なに?ジッケンとやらは終わったの?」

とヒョイとソフィアが厨房から顔を出し、続いてブノワトとコッキーもありがとうございますと背後に声を掛けて機嫌良く食堂に入ってきた、しかし、その三人の足がピタリと止まる、コンコンとバーレントが叩くマリンバの音が寂しく響き、ヘラルダは若干引き気味の薄っすらとした笑みを浮かべて子供達を眺めている様子で、その子供達は両手を構えてタロウを注視しており、そのタロウがゆっくりと振り返る、

「・・・なにそれ・・・」

ソフィアがやっと口を開いた、その瞳は愕然と大きく開かれ、いくらなんでもと口の端がワナワナと震えている、

「言うな、そういうもんだ」

タロウが真面目な顔で答えるが、その姿はとてもではないが真面目なものではない、両手を逆手に握って顔の両脇に構え、尻をプリッと丸めて突き出している、いい歳をした大人がやる姿ではなく、大変に奇妙で大変に怪しい、そして大変に醜い、

「・・・えっと・・・」

とソフィアはヘラルダにどういう事かと視線で訊ねる、ヘラルダはしかし困った顔で微笑むばかりであった、次にバーレントへ視線を向けるとバーレントは素知らぬ顔でコンコンとマリンバをマレットで叩いており、そのマリンバをブラスが黒板を片手に弄り回している、そのブラスの背中からは俺には聞くなここは集中させてくれとの無言の圧が感じられる程で、

「・・・こりゃまた・・・どういう事?・・・」

再びヘラルダに問いかけるソフィア、ヘラルダはやっと、

「えっと・・・ですね・・・踊りなんです・・・」

と小さく答える、

「踊り?」

「うむ、踊りだ、だから至極真面目なのだ、笑うでない」

タロウがムスリと答え、

「さっ、やるぞ」

と子供達に向き直る、子供達は真剣な瞳でウンと答え、構えた手と顔に力をいれたようで、

「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ねこふんじゃったら、ひっかいた」

タロウの独唱に合わせて子供達は構えた手を上下に動かす、それと同時にお尻を振り振り、上半身をクネクネと蠢かす、

「ひっかいたの時にはこう」

タロウが両手をワシっとばかりに構え直して爪を立て、子供達もほぼ同時に小さな両手を威嚇するように開き構えた、

「そうだ、いくぞ、ひっかいた、ねこひっかいた、ねこびっくりしーたー、ひっかいた」

歌に合わせて両手を上下させ、さらにはその尻を右に左に大きく振り回すタロウ、その様は奇妙を通り越して奇怪な程で、しかし子供達は真剣な瞳でそれを見つめて真似をしている、

「・・・なんですかあれ・・・」

ブノワトが大きく首を傾げてソフィアに訊ねる、

「・・・わかんない・・・取り合えず・・・少し様子を見ましょう、意味があるはずだから・・・たぶん・・・」

「ありますか?」

コッキーもポカンと口を開けてしまった、

「・・・たぶん・・・」

やがてゆっくりとであるが、ねこふんじゃったの曲がまるっと終わったらしい、その間、タロウは尻を右に左に、顔の両脇に掲げた手を上に下にと動かし、さらには手を合わせたり、天に掲げたり、手招いたりと忙しく、子供達も熱心にそれを真似していた、

「どだ、覚えたか」

スッと背筋を伸ばしてフーっと一息吐いたタロウ、

「もう一回、難しいー」

「うん、難しかったー」

「もう一回ー」

「うー」

と子供達が騒ぎ出す、

「あー、そうだなー、その前にな」

タロウが暫し待てと子供達を片手で制すると、

「ソフィア君、その目は止めたまえ、至極真面目なお遊戯なのだ」

と振り返りソフィアを睨む、

「・・・オユウギ?」

ソフィアとブノワトとコッキーが同時に首を傾げ、ヘラルダもそれでいいのかなと不思議そうで、

「そうだ、真面目なお遊戯なのだ、故に、暖かく微笑んで眺めるものであって、決して嘲笑してはならないのだ」

タロウは憤然と鼻息を荒くし、

「そう言われても・・・」

困惑するしかないソフィアと、顔を見合わせてしまうブノワトとコッキー、

「そうなのー、真面目なのー」

「オユウギなのー」

「楽しいのー」

ミナとノール、ノーラがプンスカと大声で、サスキアまでもがソフィアを睨んでいる、どうやら子供達にはタロウの思いが伝わっているようで、タロウはウンウンと大きく頷いた、逆にブラスとバーレントはそれでいいのかなとそっとタロウを伺っていたりする、

「・・・楽しいならいいけど・・・えっと、真面目なのよね・・・」

「うむ、至極真面目だ」

「ならいいけど・・・なに?オユウギ?」

「うむ、ねこふんじゃったのお遊戯だ」

「オユウギなの」

「オユウギー」

「楽しいよー」

「ソフィーもやろー」

ミナがピョンと飛び跳ねる、

「あ・・・えっと、私はいいかな?うん、ちゃんと見てていい?」

「いいよー」

ミナが笑顔を見せ、

「最初から、最初から」

と両手を構え直した、

「うむ、ではやるぞ、しっかり構えて、お尻の動きと笑顔が大事だ、みんなまだまだ笑顔が足りないぞ」

「うん」

と気合を入れ直しニコリと素直に微笑む四人、タロウはヨシッと何かを振り払うように大声を出すと、

「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった」

と再びゆっくりと歌いながらクネクネと動き出す、ソフィアはしかしよく見れば子供達の仕草は大変に愛らしいという事に気付いた、その場にいる大人達はどうしてもタロウの似つかわしく無いその挙動に目が奪われているのであるが、子供達を見る限りそれは猫の真似をしつつも、歌詞に合わせて表現を変えているようで、ごめんなさいと謝る時には手を合わせ、猫が飛んでいけば両手を空に掲げて追いかけるような仕草となる、その時にもクネクネとしたその奇妙な動きは止まらなかったが、そういう事かとやっとその主旨を理解し、なるほどと納得できたような気がする、

「・・・これがオユウギ?」

思わずポロリとソフィアが呟くと、

「そうなんですか?」

「そうなんじゃないの?オユウギが何かは知らないんだけどね」

「ソフィアさんでも、ですか?」

「そうね、初めて聞いたかな・・・オユウギ・・・ねー」

「ふーん・・・」

とブノワトとコッキーはソフィアが納得しているのであればそれ以上はいいのかなと黙する事とした、気付けばティルとミーンも三人の背後からタロウと子供達を見つめてポカンとしている、

「おりといでー」

とやっと曲が終わると、

「どうだ?」

タロウは再びムンと腰に手を当て居丈高に背筋を伸ばす、

「まだー、難しいー」

「そうかー、だいぶ上手くなったぞー」

「まだー、覚えてないー」

「こりゃ、すぐに覚えられるものでもないぞ、練習が大事だ、何度もやるのだ」

「でしょー、だから、もう一回、今度はミナも歌うー」

「ノールも歌うー」

「ノーラもー」

「そうか、じゃ、どうしようかな・・・先生、曲をお願いできるかな、失敗してもいいからな、曲に合わせてやってみるぞ」

「えー、難しそー」

「ゆっくりー、ゆっくりがいいー」

「ゆっくりやってー、忙しいのー」

「大丈夫、失敗してもいいっていっただろ、いいか、お遊戯も楽しむのが一番だ、笑顔で歌って、歌いながら踊る、大丈夫、やってみるぞ」

「うー、わかったー」

「わかったー」

「やるー」

「よし、それでいい、先生、いい?」

「はい、始めます」

コンコンとヘラルダのマリンバの音が響き、これは邪魔してはいけないとバーレントはマレットを置いた、ブラスもマリンバの調査を終えたらしい、黒板を確認しながらやっと腰を上げる、そして若干緩やかなねこふんじゃったが食堂を満たすのであった。



「で、あれがオユウギ?」

ソフィアが呆れたようにタロウを見つめ、

「おう、お遊戯だ・・・何だよ、その目は?」

ジロリとタロウが睨み返し、四人の客人は取り合えずと苦笑いである、

「・・・まったく・・・俺だって・・・好きでやった訳じゃないぞ、おっさんがやるべきじゃないって事も重々承知している」

ムスンと不愉快そうに鼻を鳴らすタロウ、子供達はこの辺で勘弁してくれと泣きを入れたタロウをほっぽって輪になってニャーニャーと楽しそうにお遊戯の練習である、ヘラルダがその様子を微笑みつつ指導しているようで、ヘラルダ自身が踊ることは無かったが、振付の大部分は覚えたらしい、しかしそれは子供達四人のうち、二人は正確な動作をしているもので、故に間違っている者に対しここはミナちゃんが正解とか、ここはノーラちゃんが正解と答え合わせのような指導になっている、

「そうねー・・・いよいよ変になったかと思ったわー」

ニヤーと厭らしい笑みを浮かべるソフィアに、それは言い過ぎだろうとブラス達は目を細めるが、

「変人は自覚してる」

タロウは今更なんだとソフィアを睨みつけ、そこはいいのかよとブラスが思わず突っ込みそうになって黙り込んだ、

「そうよねー、まぁ、いいけど・・・でも、可愛いわね」

ソフィアが子供達を見つめながら呟く、子供達の姿は実に熱心で且つ真剣で楽しそうであった、口元が自然と緩んでしまうのを感じる、

「そうですね、子供達だけだと可愛いです」

ブノワトが身も蓋も無い感想を口にし、

「まったくだ」

タロウが憤然と相槌を打つ、おいおいとブラスとバーレントが困り顔となるも、誰よりも似合わないと自覚しつつも折角だと教え込んだのはタロウであった、最初タロウはヘラルダに教え、それを子供達に教えてもらおうかと思ったのであるが、どうやら流石のヘラルダも簡単な部類であるとはいえ踊りは苦手らしい、聞けば伴奏は務める事はあっても実際に踊る事は少なく、祭りの踊りにも参加した事は無いとの事で、そうなると難しいかとタロウは判断し、仕方がないと自分で踊って見せたのである、しかしそれは、中年男性が躍るにはあまりにも可愛らしすぎる、そして非常に似合わない、おっさんが猫の真似事をして身体をくねらせるのだからそれははっきり言って狂気であろう、それを見たヘラルダが硬直し、ブラスとバーレントが我関せずとマリンバに集中するその気持ちをタロウはよく理解できた、さらにはソフィアとブノワトとコッキーが唖然としてしまうのもまったく至極当然と納得できる、しかし幸いな事に子供達には受け入れられたらしい、最初ゆっくりとやって見せた時には子供達も危ない者を見る目でタロウを見つめていたが、ミナが実際に真似し始め、それにつられた三人も実際に動き出すと、これは楽しいと笑顔になって、さらに真剣な瞳でタロウの真似を始めた、タロウは情熱は伝わるものなのだなとその内心で感涙し、周りの大人達の冷たい視線も大したものではないと跳ね除けられたのだ、まさにミナさまさま、幼児さまさまな状況だったのである、

「ふふっ、あれですか、他の曲にもあるんですか?踊りって」

コッキーがウフフとタロウを見上げる、

「まぁ・・・あるぞ、っていうか、まず踊りってのがね、それこそ曲に合わせて好きに身体を動かせばいいものだからね、だから・・・好きに踊ればいいんだよって言っちゃうとそれで終わっちゃうんだけど・・・だけどそれだとあまりにも乱暴だしね、子供にはそう言っても難しいだろうし、だから・・・まぁ、あんな感じでね、曲の内容に合わせて簡単な踊りが作られたんだろうね・・・たぶんね、うん、あくまでたぶん」

「なるほどー、他のも見たいですー」

厭らしい笑みを浮かべるコッキーに、タロウは思いっきり嫌そうに顔を顰める、

「そうねー、あれだけだと寂しいわよねー」

「ですよねー、他の歌、あっ、わたし、あのメダカの歌気に入りました、すんごい可愛いですよねー」

ソフィアがほくそ笑みブノワトが明るく言い放つ、メダカの歌?とブラスとバーンレントが首を傾げた、

「それは結構、大変に結構だ」

タロウはフンスと鼻息を荒くし、

「しかし、今日はやらない」

ムンとばかりに明確に拒絶する、

「なんでよー、見せなさいよー」

ソフィアがジロリと睨むも、

「取り合えず一曲ちゃんと覚えてからだな、というか、俺が恥ずかしい」

腕を組み憤然とするタロウである、それは仕方ないなと苦笑いとなる大人達、

「そっ・・・ミナに教えたらどうなるかしら・・・」

ソフィアがニヤリと微笑むと、

「待て、本気で待て、逃げるぞ俺は」

慌てて止めるタロウであった。
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