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本編

72話 初雪 その34

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それから少しして、

「メダカーのガッコーはー」

と子供達が木簡を黒板に立てかけ、それを見つめながらヘラルダのマリンバに合わせて甲高い歌声を張り上げる、四人が次に歌うのはどれがいいかと熱心な打合せの末それに決まったらしい、ミナがこれがいいと一押しで、他の三人もメダカの水槽を見つめて同意している、ヘラルダはどうせ全部歌うんだろうなと微笑みつつ、マレットを軽く振るってこんな感じかなと前奏を始め、慌ててそれに合わせる四人であった、タロウはニコニコとそれを眺めており、レインとエルマも静かにその歌声と音色に身を委ねている、そこへ、

「戻りました・・・」

とそろそろと玄関口からケイスが顔を出した、若干ハァハァと息を切らせており、小声で入ってきたところを見るに子供達の邪魔にならないようにとの配慮が感じられる、

「お帰り」

ニコリとタロウが振り返り、エルマもコクンと会釈する、ケイスは柔らかい笑顔で答えると、

「新しい歌ですか?」

とそっとエルマの隣に腰を下ろした、

「そうみたいです、メダカの歌ですね、とってもかわいいです」

「メダカの歌・・・タロウさんが昨日言ってたやつですね」

「そだねー、メダカにも学校があるらしいよ、メダカも大変なんだよ・・・」

「またそんな事言ってー」

「ねー、とっても楽しい歌なのに」

「ですねー、でもあれですね、ニャンコのあれよりのんびりしてますね」

「だね、まぁ・・・それはあれだ、演奏する人次第かなー」

「あっ、あれってなんですか?楽器?」

「マリンバって言うらしいですよ、良い音ですよね」

「はい、確かに、へー、初めて見ました」

「私も初めてですよ、毎日が新鮮ですね、ここは・・・」

「そうなんです、ソフィアさんが来てからもう楽しくて」

「それは良かった」

「ふふっ、嬉しいです」

「それも良かった、あっ・・・外の方うるさくなかった?」

タロウがフッと振り返る、

「あー・・・どうでしょう、確かに結構遠くからでも歌声が聞こえたような気がします」

「・・・そりゃそうだよね」

とタロウがどうしようかと思う間もなく、

「あらお帰り」

と皿を手にしたソフィアが厨房から顔を出す、

「戻りました」

とケイスが呟くように答え笑顔を見せる、

「タロウさんね、こんなもんでいいの?」

と手にした皿をズイッとタロウに付きだすソフィア、タロウはん?と首を伸ばす、その皿には湯気を立てる素のパスタが乗っていた、

「あっ、茹でてみたの?」

「そうよ、その茹で加減が分かんなくてね、取り合えずこんなもんかなって」

「ん、どれ?」

とタロウはその一本を摘まみ上げて口に運んだ、エルマとケイス、レインがん?と二人の様子を見つめる、

「うん、良い感じ、このね、芯が残ってる感じが良い茹で加減?で、ほら、さっき言ったようにここからさらに炒めるでしょ、そうなるともっと柔らかくなるから、その点気をつければ尚良しって感じ?」

「・・・感じねー・・・了解、何となく理解した」

「流石ソフィア様」

「言ってなさいよ、はい、試してみます?例のパスタです」

ソフィアはニコリと微笑みエルマとケイスの前に皿を置いた、黄色く細いメンがだらしなく絡み合って湯気を立てている、

「わっ、確かにメンですね、シロメンじゃないけど、黄色メン?」

ケイスが嬉しそうに微笑み、そう言えばエルマの歓迎会をやってなかったなとソフィアは思い出した、やろうやろうと思いつつなんだかんだと先延ばしになっている、あくまでソフィアの心中での事であったが、

「取り合えず試してみて、味付けしてないそのままだけどね、それなりに美味しいわよ」

ソフィアがどうぞと微笑んだ、はいと素直に手を伸ばす二人、そこにもう一本、レインの腕が伸びてきた、そして、

「あっ・・・うん、全然違いますね」

「美味しいです」

「悪く無いのう」

「ねー、シロメンと違って固い感じなんですね」

「小麦の風味がありますよ」

「あれじゃな、歯応えがしっかりしておるのう、うん、これはこれじゃな」

「フフッ、あれはあれですね」

「うむ、これはこれ、あれはあれじゃ」

三者三様の反応にタロウはニヤリと微笑み、ソフィアはそうみたいねーとどうやら好感触だなと安堵した、無論持って来る前に試食は済ませてある、ソフィアはこれはちゃんと味を着ければ美味しいなと瞬時に理解し、ティルとミーンもこれは良いかもと目を輝かせていた、

「あっ、そうだ忘れてた」

とタロウはソフィアを見上げると、

「あれだ、これね、結構何て言うか・・・お腹に溜まるんだよ、ビックリするほど」

「そなの?」

「うん、ほら、小麦の固まりだろ?それを圧縮してこうなっている感じだからね、だから、少ないかなーぐらいでちょうどいいと思う、見た目の事ね」

「見た目?・・・見た感じよりも腹に溜まるって事?」

「そだね、だから、その辺加減したほうがいいかな?まぁ、初めてだしね、大量に作って、残ったら明日の朝飯にしてもいいと思うけど、それはそれでグズグズになっちゃうかな・・・」

「そうねー・・・アンタがそこまで言うんであれば・・・少し加減しましょうか、まぁ、頂いたリンゴもあるしね、足りないって騒ぐようならそれで調整しましょうか・・・あっ・・・そう言えばシロメンの時もみんな食べ過ぎたのよね・・・食べやすいからな、これ、ツルツル入っちゃう?」

「あっ、そうでしたねー」

とケイスが微笑み、レインもニヤリとほくそ笑む、

「ねー、じゃ、どうしようかな、少な目に盛って、お代わりで対応しようかしら」

「それが良いと思う」

「ん、了解、で、ジッケンとやらは?」

「あっ、そうだね、ケイスさん、すぐ行ける?」

振り返ったタロウにケイスはハイッと腰を上げた、

「ありがと、じゃ、上に行こう、ここでやろうかと思ったけど子供達の邪魔になるし、こっちの邪魔にもなるしだから」

「はい、楽しみです」

「そだねー」

とタロウも腰を上げ、エルマも湯呑を集めつつ席を立つ、

「あっ、持っていきますよ」

とソフィアが湯呑と皿を受け取った、すいませんと微笑むエルマ、タロウはそのまま食堂の片隅に置いた木箱を手にすると二人を伴って三階へ上がった、レインもしれっとその後に続く、三階の中央ホール、作業部屋と化しているその部屋はユーリの言葉通り若干整理されたのか何も置かれていないテーブルが二つ、ドンと中央に並べられており、

「ありゃ、ホントに片付けたんだ・・・」

タロウが思わずそう漏らすと、アン?とユーリに睨まれ、カトカとゾーイがクスクスと笑う、しかしよく見れば単に普段使っているテーブルをそのまま壁に押しやっただけのようで、

「あー・・・新しいテーブル持って来たのね」

とそのからくりを看破したタロウを、再びアン?とユーリが睨みつける、サビナも奥から顔を出し苦笑いであった、

「まぁまぁ、これで出来ます?実験の方?」

カトカが二人の間に割って入って確認する、

「ん、充分、ありがとね、じゃ、早速なんだけど」

と木箱を足元に置き、昨晩大騒ぎしながら作った寒天培地を取り出した、大小不揃いのガラス容器での培地となっており、タロウはまぁ、初めての試みだしなとそれで取り合えずやってみる事としている、これだけガラス容器があった事の方が驚きであったりした、ユーリ曰く、調子に乗って買い込んでしまったらしい、何でも学園長の伝手もあった為、断れなかったそうで、まぁ、こんな色気も実用性も無いガラス容器ではとても貴族相手にも平民相手にも売れる代物ではないのであろう、また、カトカ曰く、錬金術科でも同様の代物は多用しているらしい、二つの事情から推理するに学園で使用する為に特別に発注し、その余りものをユーリに売りつけた形になるのであろうか、さらに昨日フィロメナから受け取ったアルコールの瓶を数本並べると、

「でだ、今日の実験の主旨なんだけど」

とテーブルを囲んだ面々を見渡すタロウである、カトカとゾーイ、ケイスが黒板を構えており、ユーリはどんなもんだかと挑みかかるような視線をタロウに向けている、レインはニヤニヤとタロウを見つめており、エルマの表情は勿論見えない、いつも通りのユーリだなーとタロウはほくそ笑んでしまった、冒険者時代もそうであったのだ、ソフィアは新しもの好きなのかタロウの言いだす事に前向きに取り組む性格で、当時は今よりも若さがあった為、より素直で従順であったように思う、ユーリは逆に常に懐疑的であった、良いコンビだなとタロウは思ったものである、

「まずは俺が良く言うね、手が汚いって事、これを証明というか、分かりやすくして見せます、次にアルコール、この瓶ね、これがどのような効果があるかを示します、主旨としてはその二点、で、その結果は明日か明後日には分かると思う、ちょっと時間がかかるのは昨日話した通り」

コクリと皆が頷いた、

「ん、では、やってみますか」

とタロウは早速と最も大きなガラス容器を取り出し、

「まずは一個目、これには俺の手をそのままつけます」

「ちょっと待って」

ユーリが口を挟む、ん?とタロウが顔を上げると、

「主旨は理解したけど、実験方法をもっと明確にして欲しいわね、やりながらでもわかるけど、先に詳しく教えなさい、昨日もあんた適当にはぐらかしたでしょ」

「・・・それもそうだね・・・じゃ、簡単にね」

とタロウは続け、真剣にタロウを見つめる女性達であった、そうして実験はゆっくりとしかし確実に行われた、タロウの手のひらと前腕を検体として用い、素のてのひら、素の前腕、水洗いしただけの指先、石鹸で洗った指先、アルコールで洗浄した指先が、培地に押し付けられた、

「こんなもんだね、でだ、培地の数が少ないからね、今日はこんなもんだけど、より汚い部位についても説明しておこうか」

タロウは割とあっさりと終わったかなと首を傾げる、もう少し手間がかかるかと思ったがそれほどでも無かった、まぁ、寒天に手やら指やらを押し付けただけである、挙句に全て自分でやって見せていた、そうしたのは研究者であるユーリ達やエルマやケイスに疑問の余地を残さない為でしかない、結果だけを見せるのであればわざわざ人前でやる必要は無い、

「汚い部位?」

「うん、今日はね、手の汚れを主にしたんだけど、どうかなケイスさん、人の身体で一番汚い所ってどこだと思う?」

突然の質問にケイスはエッと顔を上げた、熱心に黒板に記しており、全く別の事を考えていたりもした、

「・・・えっと・・・やっぱり、お尻とか?ですか?」

「あー、それも確かに汚いね、なんだけど、そだね、この実験が上手く行ったら身体の他の場所でもやってみれば面白いと思うかな」

「そう・・・ですね、はい、確かに興味はあります」

「ん、それこそ、医学としてはとっても大事だから、あっ、そっか、その医学との関連は説明してなかったね」

「はい、すいません、その手の汚れがどう関係しているか疑問でした」

「だよね、まずね、食中毒は分かるよね?」

「はい、勿論です」

ケイスのみならず頷く者多数であった、

「うん、で、その原因になるのが、この手に付着した汚れになります」

エッと目を丸くする者と、それは前にも聞いたなとユーリはタロウを睨みつける、レインはフフンと鼻で笑ったようだ、

「だからソフィアにもユーリにも食事の前には手を洗えとか、ミナがもっと小さいときね、世話をする前にも手を洗えって厳しく言ったもんだけどさ」

「そうね、すんごいうるさかった」

「まぁね、で、その食中毒とか腹痛、あと風邪だね、はやり病?とかの原因となるのが、目に見えない生物なんだね、それがこの手にくっついている」

「そうなんですか?」

「そうなんです、それは、ほら、これの結果が見えるようになれば理解できると思う、で、その見えない生物、これがね、化膿の原因にもなっているんだな、分かるよね、切り傷とかの後の、ちゃんと手当てしても腐っちゃうあれ、よくあるよね」

エッと再び目を丸くする一同、すぐにケイスが、

「でも、ちゃんと傷を洗ってから縫合しても化膿しますよ、しない人はしないですし、人によるってそう習ってます」

「うん、確かにその通り、でもちゃんと原因があって化膿します、その点は認識して欲しいかな、だから、人によって化膿しないのは、その傷口に直接触れないようにしたり、ちゃんと包帯で保護したりした場合に限ると思うよ、あと、他にあるとすれば本人の体力?若くて元気な人ほど治りが早いから、その分化膿しないで快復してるんだと思う、そういう意味では人によるってのは正解だけどね」

ムーと頷かざるを得ないケイス、確かになとレインは頷いている、

「でだ、その悪さをする生物をこのアルコールで除去できる、結論を言えばね、消毒って呼んでる、洗浄とはまた違った感覚だな、すると化膿も予防できる、予防って表現が合ってるかどうかはわからないけど、劇的に少なくなる事は確約できるかな?なので悪化して酷い事になる事も勿論減らせる」

「そんな簡単なものなの?」

ユーリがいよいよ眉を顰めた、

「まぁね、これの結果を見れば理解できるよ、上手くいけば恐らくとんでもない結果になると思うから」

タロウはニヤリと寒天培地を見下ろし、

「でだ、その点を踏まえて、怪我の治療に関する手順ってやつも説明しておきたいかな、折角医学生であるケイスさんがいるしね、俺もそっちは素人だけどね、だから、ケイスさんの習った事とすり合わせながら聞いて欲しい」

タロウはそう前置いて訥々と傷の治療に関する知識を説明するのであった。
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