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本編
72話 初雪 その31
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テラがそのまま階下へ向かうと、
「あっ、今呼びに行こうと思ってました」
とドリカと奥様達が階段を上がりかけた所で、皆、妙にニヤついており、テラは何事かしらと即座にその違和感に気付く、中年女性特有の微笑みで、これは何かあったと思わざるを得ず、しかし、たかが掃除をしていただけの筈であり、テラが席を外したその短い時間で彼女達の琴線を刺激する何かが発生したとは考えにくい、しかし、
「で、どうよ、最近は?」
「どうもなにもないですよ」
「あんたに聞いてないわよ」
「邪魔しないで下さいよ」
「なによこの程度、いつもだったら適当に返事してるじゃない、なに?私が顔を出さなかった間に愛想を忘れたの」
「そんな事ないですよ」
「だから、あんたには聞いてないわよ」
「ですからー」
と厨房の前にユーリとサビナが肩を並べ、カウンターを挟んで木簡に向かうマンネルをからかっているようで、そのマンネルは遠目に見ても実に困った顔で汗をかいており、その隣のフェナは口元を押さえ笑いを耐えている様子である、さらにフロールとブロースが不思議そうにユーリを見上げていた、なるほどとテラは瞬時に察する、
「そういう事・・・あー・・・あんたら・・・」
「はいはい、分かってます」
「ねー、フフッ、サビナ先生には世話になっていますから、応援しますよー」
「そうねー、お世話になってるからねー」
どうやら奥様達も全てを理解したらしい、そしてそれはまさに彼女達の大好物な類のそれなのである、見事なまでの若者で、ちょっとした知り合いの色恋話しとなれば奥様達にとってはそれだけでおかずにするには最上の獲物で、全員がニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている、
「コラ、口は動かしてもいいから、手も動かしなさいよ」
テラは当然の叱責を口にし、勿論ですーと奥様達は笑みを絶やさず返す有様で、まぁ、どうせその内バレる事ではあるのだし、早い方が良かったのかな等とテラは考えるが、少し早過ぎのような気もする、どちらにしても仕方がない、ドリカらと入れ違いになって一階に下りると、
「ユーリ先生」
テラはギンとユーリを睨む、
「あら、お疲れ様、持って来たわよー」
ユーリは先程の奥様達と同じ笑顔で振り向いた、これだからとテラはユーリを睨みつけ、
「うちの大事な従業員をからかわないで下さい」
取り合えず窘めるも、
「えー、別にー、私だってほら・・・知らない顔じゃないんだしー、少しくらい愛想よくされてもねー、いいと思うなー」
とマンネルを下から見上げる有様で、当のマンネルは顔を赤くしどうしたもんだかと苦笑いである、
「はいはい、それは良かったです、ですが、お仕事の邪魔なんです、今日からやっと本格的に始まるんですから」
「そっかー、まぁ、大丈夫でしょ、料理の腕はピカイチなんだから、ねぇー、サビナー」
と今度はサビナに標的を変えるユーリ、サビナはサビナでこちらもムゥと顔を顰めている、
「それは良かった、ほら、マンネルさんも集中して、ユーリ先生のお墨付きをもらったんだから、変な料理は出せなくなったわよ」
なんとかハイと小さく答えて頷くマンネルと、薄笑いで木簡に集中するフェナである、
「あら・・・まぁ、いっか、でだ、テラさんね」
とやっとユーリがテーブルから離れ、サビナも渋い顔でマンネルに目配せする、マンネルはやはり苦笑いで答えたようだ、
「持って来たんだけど、あれ、無色の魔法石はどうする?」
と側のテーブルに置いた木箱に手をかける、見ればその側で丸々と着込んだカトカとゾーイが店内を見渡して何やら話し込んでおり、どうやら今日は研究所全員でわざわざ出向いて来たらしい、
「わっ、皆さんでいらっしゃったんですか?」
テラが思わず目を丸くし、エヘヘと愛想笑いで振り返るカトカとゾーイであった、
「そうよー、偶には外に出ないとねー、で?」
「あっ、はい、魔法石は一旦預かります、水のあれですよね」
「そうよ、ソフィアから預かったわ、ジャネットさん達にやらすの?」
「その予定です、あっ、勿論あれです、私も使い方は覚えた方が良いかなと思ってました」
「そうよねー、じゃ、それはそれで教えるわね、他のは?」
「調理道具と湯沸しのあれはティルさんとミーンさんがいるので、一旦二人に、すぐにマンネルさんにもフェナさんにも教えます、調理をしながらになりますね」
「あっ、そっか、二人もいるんだね、なら早いわ、じゃ、さっさと済ませますか」
ユーリが木箱を開け、カトカとゾーイ、サビナもさてと表情を一変させた、
「じゃ、私はこれを、カトカとゾーイは厨房分かな?あっ、サビナに任せるか、折角だしねー」
「なんですかそれ」
「そのままよー、他意は無いわー、嘘だけどー、冷凍箱はどこ?」
「こっちです」
とミーンが倉庫からヒョイッと顔を出した、その顔は見事にほころんでおり、どうやらティルと二人、倉庫でユーリらのやり取りを耳にして笑っていたのだろう、
「あっ、そっちね、じゃ、ゾーイはそっち、カトカと私は上かな?上にも湯沸し器あるんだっけ?」
その予定でしたとサビナが答える、若干ムスッとした感じで、
「そうよね、じゃ、テラさん、魔法石、一緒にお願い、マンネルさん・・・じゃないな、ミーンさんね、これの置く場所決まった?」
まだですーとのミーンの返事に、なら適当に置くわよーとユーリは答え、
「じゃ、上に、案内お願い」
ユーリはテラを伺うと、仕事はしっかりやるんだよなーと呆れ顔になっていたテラは、
「はい、こちらへ」
ユーリとゾーイを連れて階段を戻るのであった。
そうして一通り機材の設置と運び込みを終えた研究所組の四人は二階のガラス窓を前にしていた、階下ではティルとミーンが新人二人に器具の取り扱いを説明しており、新人二人はこれはまたとんでもないなと目を丸くしている、テラが王国でもここでしか使われていないであろう器具類で、大変に便利でまた安全であると注釈を付け加えていた、それら研究所が納品した品は多岐に渡る、赤色の魔法石を活用した、コンロと正式な名前が着いた調理器具、屋台でも使用している溶岩板と紫大理石の魔法板を二つずつ、湯沸し器が厨房に二か所、二階と三階の手洗い場に一か所ずつ、冷凍箱のそれが一つと、小皿の光柱が10枚であった、さらに屋台で使用されていたガラスのショーケースもこちらに移されており、会計場の隣りにドンと存在感を放っている、小皿に関してはそれを受けるステンドグラスの覆いと脚部も既に納品されていた、ステンドグラスの模様はエレインの意向でメーデルガラス店に一任されていた、そしてそれこそが流石の職人芸である、六花商会の名に相応しく六色の花を形どった見事な品となっており、今朝方それを見たエレインも奥様方もこれは凄いと歓声を上げていた、
「ふーーーーーーーーんーーーーーー」
ユーリが不満なのか呆れているのか、怒っているのか複雑な溜息を吐き出し、
「これいいですねー」
「うん、明るいなー」
「光柱いらないんじゃないですか?」
「それはほら、あれば使うでしょ、下でも早速使ってたし」
「それもそっか、でもいいなー、これー」
「ねー、タロウさんが、見れば分かるぞって笑ってた意味がわかりましたよ」
「ですねー」
「なんか・・・ムカつく・・・」
三人がワイワイと楽しんでいる中で、やっとユーリが口を開いた、実に素直な感想である、
「またそんな事言ってー」
「別にいいでしょ・・・あー・・・あれねー・・・なんかあの野郎が昔言ってたかなー」
「なんですか?」
「ん・・・ほら、こっちの家は全体的に暗くて良くないって・・・そんな感じの事よ、窓は小さいし、開けても光が入って来ないしって、私もソフィアもそんなもんだろうとしか思わなかったんだけどさ・・・これ見たらね・・・確かにこうすれば部屋が明るくなるんでしょうね・・・だから、よけいムカつく・・・」
「子供みたいな事言わないで下さいよ」
「言うわよ、ムカつくわ・・・ムッキーーー!!先に教えなさいよ、あのヤローもさー」
「そっちにムカついてるんですか・・・」
「そうよ、悪い?」
「悪くないですけど・・・だって、これもそんな簡単に出来たわけではないでしょうし・・・」
「そうだろうけどさ・・・でも、あれね、明るいけど、それほど・・・綺麗には見えないものね・・・」
ユーリはやっと冷静にガラス窓を観察する、バーレントも懸念していた曇りが目についてしまったのだ、ガラス鏡にすっかり慣れたユーリとしては想像するにもっとハッキリと外の光景が見えるものとばかり思っていたのである、しかし実物は全体が妙に曇り歪んで見える箇所もある、テラからはガラスを二重にして寒さ対策をしているのだと説明もあり、それもまた凄い技術と工夫だなと感心したのであるが、どうしてもその曇りは一度気になると気になってしまう、寮の一階にある試作品として持ち込まれたガラス鏡の出来と似たような印象を受けてしまった、
「そう言えばそうですね・・・」
「でも充分だと思いますよ、逆にほら、ガラスがあるんだなってわかりますし」
「あー、そうだよねー、あんまりに透明だと逆に危なそう・・・」
「ですねー」
流石研究所員の三人は回転が速い、あっという間に想像しうる問題点を口にする、
「それより、この張り出した足場っていうんですか?この造作楽しいですね」
「あっ、分かるー、テラさんが鉢植えを置くって言ってましたよ」
「へー・・・カッコイイじゃないそれ」
「ねー、うん、タロウさんが広く感じる筈だって言ってましたけどその通りですよ」
「確かにねー」
「あっ・・・・」
とユーリが何かを思い出してムッと腕を組む、その瞳は真面目な研究者のそれへと変わっていた、
「・・・カトカ、これさ、こんだけデカイのが作れたら・・・魔力収集のあれに応用できないかな」
エッとカトカがユーリを伺い、ゾーイとサビナもん?とユーリを見つめる、
「・・・確かに・・・使えるかもですね、そっか・・・光を透過してますし・・・」
「二重構造になってます、使えますよこれ」
カトカが頷き、ゾーイが大きく叫んでしまう、
「そうよね、もう一枚、板か陶器板・・・そっちが小さいか・・・」
「そっちはなんとでも、陶器でも板でも式は組めます」
「うん・・・となると・・・そっか、一枚目の裏側にこう、裏写しの形で魔法陣を描いて、それに光を透過させて・・・二枚目のガラスで集積・・・いや、二枚目でも光を受ける形にして・・・」
「はい、ですが、それだと効率があまり良くないかなって思います、なので・・・」
「あっ、ほら、例のほら、あの螺旋の角、あれで集積させましょう」
「厚みが出るわね」
「そこは別にあっちこっち動かすわけではないですもの、気にしないでいいですよ」
「それもそうか・・・そうなるとあれね、もう少し透明度の高いガラスが欲しいのかな?」
「いや、それも良し悪しです、直接陽光を受けない部分も欲しいですよ」
「じゃ、もっと小さくて良くない?」
「いや、これくらい大きい面が欲しいのよね、で、これに・・・」
ユーリは木製の窓枠に触れ、
「うん、ガラスから蜘蛛糸で連結して、それを下面に持ってきて、で・・・」
「はい、そちらに操作部分と魔法石を設置するようにする」
「いけそうですね・・・」
「いけるわね」
ユーリがジロリとカトカを睨み、カトカもギリッとユーリを睨み返す、ゾーイは確かに出来そうだとガラス窓を見つめて頷いており、サビナはさてそうなるとと段取りを組み始め、
「では、メーデルさんの所に行きますか、これと同じものでいいです?」
「そうね・・・うん、それでいいわ、取り合えず、透明度・・・まぁ、一旦作れる範囲で作ってもらって・・・どうしようかな・・・いや、難しいようだったら、ガラスの板?あるだけ買ってきて」
「はい、じゃ、動きます」
「お願い、私達はすぐに戻りましょう、他に用事はある?」
「陶器板の追加発注もあります、カトカと行って引き継ぎたいと・・・」
「あっ、言ってたわね、お願い、じゃ、ゾーイ、先に戻りましょう、忘れないうちに構築しないと」
「はい」
ゾーイがスッと背筋を伸ばす、なんとも急な事態であったが、流石ユーリは所長をやっているだけはあるのだなとゾーイは思わず頬を綻ばせた、ついさっきまではブー垂れてグチグチ言っていたのに、あっという間に研究者の顔である、
「ん」
とユーリは大股で階段へ向かい、それを追いかける三人、そこへ、
「ねことんでったー、ねことんでったー、とんでったなら、フンフフーン」
とニコリーネが一階から上がってきた、四人と入れ違いで喉が渇いたと裏庭に向かっており、すっかり弛緩した様子で踊るような足取りである、
「あー、どうですかー」
ニコリーネが四人に微笑むと、
「フフン、良い感じね、良い感じなのよ」
先頭を歩くユーリが不敵に笑って通り過ぎ、
「お邪魔したわね」
「完成楽しみです」
「頑張ってねー」
と後ろの三人は笑顔で通り過ぎた、ん?と不思議そうにニコリーネは首を傾げ、まぁ、良い感じならいいのかなと鼻歌を再開し、
「ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ごめんなさいったらごめんなさーい」
と書きかけの壁画に向かうのであった。
「あっ、今呼びに行こうと思ってました」
とドリカと奥様達が階段を上がりかけた所で、皆、妙にニヤついており、テラは何事かしらと即座にその違和感に気付く、中年女性特有の微笑みで、これは何かあったと思わざるを得ず、しかし、たかが掃除をしていただけの筈であり、テラが席を外したその短い時間で彼女達の琴線を刺激する何かが発生したとは考えにくい、しかし、
「で、どうよ、最近は?」
「どうもなにもないですよ」
「あんたに聞いてないわよ」
「邪魔しないで下さいよ」
「なによこの程度、いつもだったら適当に返事してるじゃない、なに?私が顔を出さなかった間に愛想を忘れたの」
「そんな事ないですよ」
「だから、あんたには聞いてないわよ」
「ですからー」
と厨房の前にユーリとサビナが肩を並べ、カウンターを挟んで木簡に向かうマンネルをからかっているようで、そのマンネルは遠目に見ても実に困った顔で汗をかいており、その隣のフェナは口元を押さえ笑いを耐えている様子である、さらにフロールとブロースが不思議そうにユーリを見上げていた、なるほどとテラは瞬時に察する、
「そういう事・・・あー・・・あんたら・・・」
「はいはい、分かってます」
「ねー、フフッ、サビナ先生には世話になっていますから、応援しますよー」
「そうねー、お世話になってるからねー」
どうやら奥様達も全てを理解したらしい、そしてそれはまさに彼女達の大好物な類のそれなのである、見事なまでの若者で、ちょっとした知り合いの色恋話しとなれば奥様達にとってはそれだけでおかずにするには最上の獲物で、全員がニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている、
「コラ、口は動かしてもいいから、手も動かしなさいよ」
テラは当然の叱責を口にし、勿論ですーと奥様達は笑みを絶やさず返す有様で、まぁ、どうせその内バレる事ではあるのだし、早い方が良かったのかな等とテラは考えるが、少し早過ぎのような気もする、どちらにしても仕方がない、ドリカらと入れ違いになって一階に下りると、
「ユーリ先生」
テラはギンとユーリを睨む、
「あら、お疲れ様、持って来たわよー」
ユーリは先程の奥様達と同じ笑顔で振り向いた、これだからとテラはユーリを睨みつけ、
「うちの大事な従業員をからかわないで下さい」
取り合えず窘めるも、
「えー、別にー、私だってほら・・・知らない顔じゃないんだしー、少しくらい愛想よくされてもねー、いいと思うなー」
とマンネルを下から見上げる有様で、当のマンネルは顔を赤くしどうしたもんだかと苦笑いである、
「はいはい、それは良かったです、ですが、お仕事の邪魔なんです、今日からやっと本格的に始まるんですから」
「そっかー、まぁ、大丈夫でしょ、料理の腕はピカイチなんだから、ねぇー、サビナー」
と今度はサビナに標的を変えるユーリ、サビナはサビナでこちらもムゥと顔を顰めている、
「それは良かった、ほら、マンネルさんも集中して、ユーリ先生のお墨付きをもらったんだから、変な料理は出せなくなったわよ」
なんとかハイと小さく答えて頷くマンネルと、薄笑いで木簡に集中するフェナである、
「あら・・・まぁ、いっか、でだ、テラさんね」
とやっとユーリがテーブルから離れ、サビナも渋い顔でマンネルに目配せする、マンネルはやはり苦笑いで答えたようだ、
「持って来たんだけど、あれ、無色の魔法石はどうする?」
と側のテーブルに置いた木箱に手をかける、見ればその側で丸々と着込んだカトカとゾーイが店内を見渡して何やら話し込んでおり、どうやら今日は研究所全員でわざわざ出向いて来たらしい、
「わっ、皆さんでいらっしゃったんですか?」
テラが思わず目を丸くし、エヘヘと愛想笑いで振り返るカトカとゾーイであった、
「そうよー、偶には外に出ないとねー、で?」
「あっ、はい、魔法石は一旦預かります、水のあれですよね」
「そうよ、ソフィアから預かったわ、ジャネットさん達にやらすの?」
「その予定です、あっ、勿論あれです、私も使い方は覚えた方が良いかなと思ってました」
「そうよねー、じゃ、それはそれで教えるわね、他のは?」
「調理道具と湯沸しのあれはティルさんとミーンさんがいるので、一旦二人に、すぐにマンネルさんにもフェナさんにも教えます、調理をしながらになりますね」
「あっ、そっか、二人もいるんだね、なら早いわ、じゃ、さっさと済ませますか」
ユーリが木箱を開け、カトカとゾーイ、サビナもさてと表情を一変させた、
「じゃ、私はこれを、カトカとゾーイは厨房分かな?あっ、サビナに任せるか、折角だしねー」
「なんですかそれ」
「そのままよー、他意は無いわー、嘘だけどー、冷凍箱はどこ?」
「こっちです」
とミーンが倉庫からヒョイッと顔を出した、その顔は見事にほころんでおり、どうやらティルと二人、倉庫でユーリらのやり取りを耳にして笑っていたのだろう、
「あっ、そっちね、じゃ、ゾーイはそっち、カトカと私は上かな?上にも湯沸し器あるんだっけ?」
その予定でしたとサビナが答える、若干ムスッとした感じで、
「そうよね、じゃ、テラさん、魔法石、一緒にお願い、マンネルさん・・・じゃないな、ミーンさんね、これの置く場所決まった?」
まだですーとのミーンの返事に、なら適当に置くわよーとユーリは答え、
「じゃ、上に、案内お願い」
ユーリはテラを伺うと、仕事はしっかりやるんだよなーと呆れ顔になっていたテラは、
「はい、こちらへ」
ユーリとゾーイを連れて階段を戻るのであった。
そうして一通り機材の設置と運び込みを終えた研究所組の四人は二階のガラス窓を前にしていた、階下ではティルとミーンが新人二人に器具の取り扱いを説明しており、新人二人はこれはまたとんでもないなと目を丸くしている、テラが王国でもここでしか使われていないであろう器具類で、大変に便利でまた安全であると注釈を付け加えていた、それら研究所が納品した品は多岐に渡る、赤色の魔法石を活用した、コンロと正式な名前が着いた調理器具、屋台でも使用している溶岩板と紫大理石の魔法板を二つずつ、湯沸し器が厨房に二か所、二階と三階の手洗い場に一か所ずつ、冷凍箱のそれが一つと、小皿の光柱が10枚であった、さらに屋台で使用されていたガラスのショーケースもこちらに移されており、会計場の隣りにドンと存在感を放っている、小皿に関してはそれを受けるステンドグラスの覆いと脚部も既に納品されていた、ステンドグラスの模様はエレインの意向でメーデルガラス店に一任されていた、そしてそれこそが流石の職人芸である、六花商会の名に相応しく六色の花を形どった見事な品となっており、今朝方それを見たエレインも奥様方もこれは凄いと歓声を上げていた、
「ふーーーーーーーーんーーーーーー」
ユーリが不満なのか呆れているのか、怒っているのか複雑な溜息を吐き出し、
「これいいですねー」
「うん、明るいなー」
「光柱いらないんじゃないですか?」
「それはほら、あれば使うでしょ、下でも早速使ってたし」
「それもそっか、でもいいなー、これー」
「ねー、タロウさんが、見れば分かるぞって笑ってた意味がわかりましたよ」
「ですねー」
「なんか・・・ムカつく・・・」
三人がワイワイと楽しんでいる中で、やっとユーリが口を開いた、実に素直な感想である、
「またそんな事言ってー」
「別にいいでしょ・・・あー・・・あれねー・・・なんかあの野郎が昔言ってたかなー」
「なんですか?」
「ん・・・ほら、こっちの家は全体的に暗くて良くないって・・・そんな感じの事よ、窓は小さいし、開けても光が入って来ないしって、私もソフィアもそんなもんだろうとしか思わなかったんだけどさ・・・これ見たらね・・・確かにこうすれば部屋が明るくなるんでしょうね・・・だから、よけいムカつく・・・」
「子供みたいな事言わないで下さいよ」
「言うわよ、ムカつくわ・・・ムッキーーー!!先に教えなさいよ、あのヤローもさー」
「そっちにムカついてるんですか・・・」
「そうよ、悪い?」
「悪くないですけど・・・だって、これもそんな簡単に出来たわけではないでしょうし・・・」
「そうだろうけどさ・・・でも、あれね、明るいけど、それほど・・・綺麗には見えないものね・・・」
ユーリはやっと冷静にガラス窓を観察する、バーレントも懸念していた曇りが目についてしまったのだ、ガラス鏡にすっかり慣れたユーリとしては想像するにもっとハッキリと外の光景が見えるものとばかり思っていたのである、しかし実物は全体が妙に曇り歪んで見える箇所もある、テラからはガラスを二重にして寒さ対策をしているのだと説明もあり、それもまた凄い技術と工夫だなと感心したのであるが、どうしてもその曇りは一度気になると気になってしまう、寮の一階にある試作品として持ち込まれたガラス鏡の出来と似たような印象を受けてしまった、
「そう言えばそうですね・・・」
「でも充分だと思いますよ、逆にほら、ガラスがあるんだなってわかりますし」
「あー、そうだよねー、あんまりに透明だと逆に危なそう・・・」
「ですねー」
流石研究所員の三人は回転が速い、あっという間に想像しうる問題点を口にする、
「それより、この張り出した足場っていうんですか?この造作楽しいですね」
「あっ、分かるー、テラさんが鉢植えを置くって言ってましたよ」
「へー・・・カッコイイじゃないそれ」
「ねー、うん、タロウさんが広く感じる筈だって言ってましたけどその通りですよ」
「確かにねー」
「あっ・・・・」
とユーリが何かを思い出してムッと腕を組む、その瞳は真面目な研究者のそれへと変わっていた、
「・・・カトカ、これさ、こんだけデカイのが作れたら・・・魔力収集のあれに応用できないかな」
エッとカトカがユーリを伺い、ゾーイとサビナもん?とユーリを見つめる、
「・・・確かに・・・使えるかもですね、そっか・・・光を透過してますし・・・」
「二重構造になってます、使えますよこれ」
カトカが頷き、ゾーイが大きく叫んでしまう、
「そうよね、もう一枚、板か陶器板・・・そっちが小さいか・・・」
「そっちはなんとでも、陶器でも板でも式は組めます」
「うん・・・となると・・・そっか、一枚目の裏側にこう、裏写しの形で魔法陣を描いて、それに光を透過させて・・・二枚目のガラスで集積・・・いや、二枚目でも光を受ける形にして・・・」
「はい、ですが、それだと効率があまり良くないかなって思います、なので・・・」
「あっ、ほら、例のほら、あの螺旋の角、あれで集積させましょう」
「厚みが出るわね」
「そこは別にあっちこっち動かすわけではないですもの、気にしないでいいですよ」
「それもそうか・・・そうなるとあれね、もう少し透明度の高いガラスが欲しいのかな?」
「いや、それも良し悪しです、直接陽光を受けない部分も欲しいですよ」
「じゃ、もっと小さくて良くない?」
「いや、これくらい大きい面が欲しいのよね、で、これに・・・」
ユーリは木製の窓枠に触れ、
「うん、ガラスから蜘蛛糸で連結して、それを下面に持ってきて、で・・・」
「はい、そちらに操作部分と魔法石を設置するようにする」
「いけそうですね・・・」
「いけるわね」
ユーリがジロリとカトカを睨み、カトカもギリッとユーリを睨み返す、ゾーイは確かに出来そうだとガラス窓を見つめて頷いており、サビナはさてそうなるとと段取りを組み始め、
「では、メーデルさんの所に行きますか、これと同じものでいいです?」
「そうね・・・うん、それでいいわ、取り合えず、透明度・・・まぁ、一旦作れる範囲で作ってもらって・・・どうしようかな・・・いや、難しいようだったら、ガラスの板?あるだけ買ってきて」
「はい、じゃ、動きます」
「お願い、私達はすぐに戻りましょう、他に用事はある?」
「陶器板の追加発注もあります、カトカと行って引き継ぎたいと・・・」
「あっ、言ってたわね、お願い、じゃ、ゾーイ、先に戻りましょう、忘れないうちに構築しないと」
「はい」
ゾーイがスッと背筋を伸ばす、なんとも急な事態であったが、流石ユーリは所長をやっているだけはあるのだなとゾーイは思わず頬を綻ばせた、ついさっきまではブー垂れてグチグチ言っていたのに、あっという間に研究者の顔である、
「ん」
とユーリは大股で階段へ向かい、それを追いかける三人、そこへ、
「ねことんでったー、ねことんでったー、とんでったなら、フンフフーン」
とニコリーネが一階から上がってきた、四人と入れ違いで喉が渇いたと裏庭に向かっており、すっかり弛緩した様子で踊るような足取りである、
「あー、どうですかー」
ニコリーネが四人に微笑むと、
「フフン、良い感じね、良い感じなのよ」
先頭を歩くユーリが不敵に笑って通り過ぎ、
「お邪魔したわね」
「完成楽しみです」
「頑張ってねー」
と後ろの三人は笑顔で通り過ぎた、ん?と不思議そうにニコリーネは首を傾げ、まぁ、良い感じならいいのかなと鼻歌を再開し、
「ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ごめんなさいったらごめんなさーい」
と書きかけの壁画に向かうのであった。
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ファンタジー
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生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。
夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。
神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。
これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。
ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。
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