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本編
72話 初雪 その28
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「大したもんだよなー」
タロウが腰を下ろしながらヘラルダと子供達を見つめる、ヘラルダは一度聞いただけで曲を完全に覚えたらしい、タロウは単音でつま弾いた程度であった為、難しい事は無く、前の楽師もそうであったがこの国の楽師は楽譜という便利な代物が無い代わりに技術レベルは異様に高い、彼等が奏でる曲はその殆どを言わば耳コピというやつで習得しているようで、馬術もそうであったが、それが良いんだか悪いんだか判断に困ってしまう、
「楽しそうですね・・・フフッ」
とエルマも微笑ましく子供達を見てしまう、タロウが歌詞はこうだと黒板に書き付けると、ヘラルダが早速と曲を再現し、子供達は黒板を真剣に見つめ、一生懸命声を出している、そしてとても楽しそうであった、少しの間違いもアハハウフフとはしゃいでおり、ヘラルダもまた、ニコニコと子供達に合わせていた、
「そうねー・・・こっちまで楽しくなるわね」
ユーリもフィロメナ達もその視線は優しいものになっていた、カトカとゾーイも子供達から目を離せず、厨房から覗いていた三人もいつのまにやら席に着いて子供達の歌声をじっくりと楽しんでいる、
「・・・そうなんだよな・・・俺の国ではね、音楽の授業をね、音を楽しむって意味の言葉で表すんだ」
「へー・・・授業なのに?」
「うん、まぁ、授業がね、基本的には知識と知恵を溜め込むものでさ、それは決して苦しいものではないはずなんだけどね・・・まぁ、苦しい事の方が多いけど・・・それは置いておいて、やっぱりほら、歌や曲はね、楽しむものだから、楽しいものだしね」
タロウがフンと鼻息を荒く吐き出す、まぁ確かにその通りかもなとユーリも思う、授業そのものを厳しいものにしているのは実は提供する側なのかもしれない、子供の頃、現学園長に師事していた時にはその簡素な授業で習う何もかもが楽しく新鮮で、さらに全てに全力で真剣に取り組めた、そしてなにより学園長の元に通うのが大変に嬉しかった覚えがある、ソフィアもそれは同じで、他の子供達も嫌がる者なぞおらず、まして家の仕事でいけないとなると泣き出したものである、しかし、学園の授業は生徒達にとっては厳しいもののように見える、皆、眉間に皺をよせ必死の形相となっており、そこに楽しむ要素なぞまるで感じられない、今、眼前にあるこの楽し気な幼児の姿が本来の学びの姿かもしれないなとムーと感じ入るユーリであった、
「ごろにゃーご」
「ごろにゃーーーーご」
一際大声を上げるミナ達、サスキアも負けじと声を上げており、フィロメナは心底嬉しそうにその様子を見つめている、そして、
「おりといでー」
四人が声を合わせて歌い上げ、満足そうに微笑み合う、ヘラルダも最後に少しばかり音を追加したようだ、早速のアレンジであろう、タロウは流石だなーと微笑む、
「ふー・・・」
とミナが振り返り、
「ソフィー、聞いたー?」
とソフィアに駆け寄る、ノールとノーラはフィロメナに向かい、サスキアはヘラルダの脚にしがみ付いた、
「聞いたわよ、可愛かった」
「かわいかった?」
「うん、可愛かった」
エヘヘーとミナは満足そうなだらしない笑みでソフィアを見上げ、その隣のティルとミーンも笑顔である、
「どうだった?」
「どうだった?」
ノールはフィロメナに、ノーラはヒセラに抱き着き、それぞれに優しく褒められるとこちらもエヘヘーと満面の笑顔である、
「悪くないのう」
レインも書を置いて聞き入っていたようで、小さく呟くとやれやれと背を向け書に手を伸ばす、
「ソフィー、喉乾いたー」
そのまま遠慮なく叫ぶミナに、そっかとソフィアは微笑み腰を上げた、ティルとミーンも夕食の準備に戻らなければと席を立つ、
「じゃ、ミルクを用意するわね、ノールちゃん達もそれでいい?」
うんと大きく明るい返事が三つ同時に響いた、珍しくサスキアも声を出している、ヘラルダがオッと驚きサスキアを見つめ、サスキアはウフフーと嬉しそうに微笑んでいる、思わずその頭を撫でるヘラルダにサスキアは恥ずかしそうにその顔をヘラルダの腕にグリグリと埋めた、
「で、これがドウヨウ?」
さて一段落したかなとユーリがタロウに問う、
「そだねー、さっきも言ったけど子供用の歌って感じかな?まぁ、なかにはね、大人の歌だなーってのもあるから・・・まぁ、子供向けの曲とか歌をそう呼んでるってだけ」
「大したものね・・・他にもあるの?」
「あるぞ、春の歌とか、夏の歌とか・・・あっ、メダカの歌とかあるな」
「エッ・・・メダカ?あれ?」
「あれ、フフッ、面白いし良い曲だぞ、だから・・・まぁ、なんていうか、別にね、歌も曲もそう難しいものではなくてね、ある意味で誰にでも作れるんだけど、それがほら、ウケるものかどうか、形になっているかどうかもまた別でね、このネコの歌も・・・どうなんだろ、俺の生まれる前から演奏されているんじゃないかな?・・・そうやって、長い年月愛されてきた・・・ある意味で伝統的な楽曲なんだな・・・面白いもんだよね」
「そう・・・悪くないわね、それ」
「だろ?」
ニヤリと微笑み合うタロウとユーリ、そういうものなのかとフィロメナとヒセラが小さく感心していると、ソフィアが水差しと湯呑を持って戻り、子供達がワッとソフィアに集まった、
「フフッ、あっ、すいませんタロウさん、もう少し報告が」
フィロメナがそろそろお暇しないとなと思いつつ口を開く、ん、とタロウが振り向くと、
「お酒の方なんですが、御指示の通り、あそこにあった樽で三つぶんくらいですかね、作業は終えたそうです」
「あら、早いね、大丈夫?急がしちゃった?」
「大丈夫そうでした昨日は慣れてなかった事もあったので、今日も朝からやってました、ほら、この時期どうしても暇になるので」
「そっか、ならいいんだけど、試飲はしてみた?」
「はい」
とヒセラがピョンと背筋を伸ばす、
「不味いでしょ」
タロウがニヤリと微笑む、再びハイと明るく返すヒセラであった、エッそうなの?とユーリがタロウを睨み、これはとカトカとゾーイも耳をそばだてる、
「うん、どうしてもね、なんていうか・・・これを舐めてもいいんだけど、この状態では決して美味しいものでは無くてね、それを樽で寝かせて・・・うん、やっぱり、半年から一年は熟成させないと、ほら、例のウィスキーにはならないんだよ」
「へー・・・熟成ねー」
「はい、すんごいなんていうか・・・濃いのは分かるんですが、それだけって感じで、ブドウの味も残っているんですけど、味気なくて、香りもまだ残ってるんですけど、それもそれだけって感じなんです、全然美味しくないんですよー」
ヒセラが興奮気味に早口になってしまう、タロウが来るまではその持って来た液体の製法についてユーリに問い質され、さらに子供達の教育の話に移り、タロウが顔を出したと思ったらどういう訳だか子供達の歌唱である、それはそれで楽しかったが、自分の出番が無いなーと正直寂しかったりした、
「そうなんだよね、ほれ、舐めてみるか?」
ニヤリとタロウが微笑み、その数本の瓶に手を伸ばす、やめとくわとユーリはタロウを睨みつけた、
「まぁ、そんなわけでね、クロノスのところでも今日あたりやってるんじゃないかな?どうやら今日は暇では無いらしいし」
「そうなの?」
「うん、スヒーダムには顔出さなかったしね、こっちにも王都にもいなかったんじゃないかな?」
「あら・・・じゃぁ、北ヘルデル?まぁ、別にあいつはどうでもいいけど・・・」
ユーリがフンと鼻で笑う、午前中のボニファースの突然の招集でスヒーダムには軍の高官が勢揃いしてしまった、無論、あくまでボニファースが名指しした側近の二人以外は暇と言ってはあれだが、余裕のあった人物で、そこには勿論イフナースの姿は無く、タロウはクロノスも来るのかなと思ったのであるが、代わりにリンドが顔を出していた、リンドその人は転送陣の番もある為今ではすっかり王都と荒野と北ヘルデルを往復していたりする、それはアフラも同様で、すっかりと扱き使われているらしい、リンドはムッとタロウを睨みつけるもすぐに笑顔になったあたり、やはり少々御立腹のようで、タロウは取り合えず下手に出て御機嫌を適当に伺ってみたりしていた、
「まぁな、ほら、向こうではエールでやってみるって言ってたから・・・まぁ、あれだ、恐らくそっちの方がウィスキーに近くなるかな?」
「そうなんですか?」
「うん、原料になった酒でね、名前が変わる・・・っていうか、味も風味も勿論変わるしね、そうなると飲み方も勿論変わる、このワインで作ったやつは、だから、ブランデーになるのかな?」
「ブランデー」
ウィスキーよりも上品に聞こえるその名にヒセラはブルリと背中を震わせ、フィロメナもそうなのかと目を見開いた、
「だから、名前はね、好きに呼べばいいよ、よくあるのがその地の名前とか、生産者の名前とかかな?他には・・・なんだろ、お酒であればなんでもね、同じように処理して熟成させればね、より美味しく・・・なるかどうかはやってみないとだけどさ、その辺は皆さんの工夫と努力と発想と知恵次第だ、それと樽にもこだわってな、樽の味、木の風味があれの肝ってやつだから」
「はい、それは伺っております」
「ん、じゃ、俺も楽しみにしておくよ、半年後くらいに試せれば嬉しいかな・・・あっ、自然と減っていくって話しはしたよね」
「はい、それも伺ってます」
「そうだよね・・・他には・・・それこそ、これか」
タロウはテーブル上の瓶に手を伸ばす、
「これが飲料では無いのは話したでしょ、で、その有用性はこれから証明しようと思うんだけど・・・どうかな・・・理解してもらえれば嬉しいんだが・・・クロノスにも話してあるけど・・・うん、もしかしたら軍とか国とか・・・上手くいけば医者からも生産の依頼が入るかも・・・かな・・・連中の頭が柔らかければなんだけど・・・」
エッとフィロメナとヒセラがタロウを見つめ、
「そこまで使えるのこれ?」
ユーリが壺を手にして首を捻る、
「勿論だ、第一あれだぞ、君も考えが足りないぞ、エルマさんの一件が上手く行ったらさ、ケイスさんもそうだけど、お前さんもソフィアも忙しくなるぞ」
「・・・待って・・・それもそう・・・だわね・・・めんどくさ・・・」
そこまで考えていなかったとユーリはアーと天井を仰ぐ、確かにそうなのだ、今回中心となる麻酔魔法も治療魔法も軍は当然として市民生活にも大変に有用な魔法である、エルマの治療の為にとあれこれと画策してはいたがその点をすっかり失念していた、その二つの魔法は別に隠していた訳ではない、専門外であったことと、二人共に軍の医療部隊には良い印象が無かった為、肩入れする気にはならなかったのである、それが結局は魔法の隠蔽に繋がっており、医療魔法の進歩の遅滞に繋がっているとなれば、これは災い以外の何物でもなく、また人付き合いが技術の停滞に直接影響を与えた稀有な例となろう、まぁ、厳密に言えば二人とタロウ、それにルーツが扱う魔法でまだ世に認知されていない魔法は多い、どれもこれも有用な筈で、しかしそれらは習得が難しく、また人を選ぶ、その点で秘匿するつもりはないが、一般化は難しいだろうとユーリは考えていたりもする、
「だろ、まぁ、どっちもね、ケイスさんでも扱えるんだから、それほど難しくは無いし・・・かと言って呪文を覚えれば使える程簡単では無いしね、まぁ、頑張れ」
見事な他人顔で微笑むタロウに、こいつはーと下から舐めるように睨み上げるユーリである、エルマも確かにそうだわねと頷くしかなく、カトカとゾーイも苦笑いであった、
「ムフー、タロー、もう一回歌いたいー」
そこへミナがゲフッとゲップをしながらタロウに抱き着いた、ミルクを堪能し満足そうな顔である、
「ん、そうだなー、でも、ほら、そろそろ暗くなるし、帰んなきゃだろ?皆さんは」
タロウがニコリとその頭を撫で付け、フィロメナがそうだったと木窓へ振り返る、まだ日差しは見えるがだいぶ暗く感じる程で、子供達の事もあるが店の事も大事であった、一時期落ち込んでいた客足が先日から急に増えている、どうやら会合と密談を目的として店に訪れる者が増えたようで、それ自体は大変に嬉しい事であったが、それ故にいよいよ本格的な戦時のそれを嗅ぎ取ってもいた、
「すいません、長居をしてしまいました」
フィロメナが勢い良く腰を上げ、ヒセラとヘラルダも慌てて立ち上がる、
「いやいや、長居は構わないんだけどね」
「嬉しいですけどそう言う訳にもいきません、ほら、ノール、ノーラ帰るわよ」
ウーと名残惜しそうに顔を上げる二人、サスキアもヘラルダの脚にしがみ付いたまま寂しそうにしている、
「フフッ、また明日な、そうだ、ヘラルダさんはどうする?先生やる?」
軽く問いかけるタロウにヘラルダは思わずハイッと大声を上げてしまった、若いなーと微笑む大人達である、
「そっか、じゃ・・・そうだね、明日改めてって感じがいいかな、どうだろ先生?」
タロウがエルマに問うと、エルマも大きく頷き、
「そうですね、とても楽しい時間でした、楽器の勉強も良いかと思います」
「だね、そうなると・・・明日も午後に顔を出せる?俺も明日の午前中は忙しくなりそうなんだけど・・・あっ・・・今の内に楽器用意するか・・・時間・・・まだ大丈夫そうかな・・・ごめん、ちょっと行ってくる」
タロウはバタバタと階段に向かい、残された者達はエッと見送るしかなかったようである。
タロウが腰を下ろしながらヘラルダと子供達を見つめる、ヘラルダは一度聞いただけで曲を完全に覚えたらしい、タロウは単音でつま弾いた程度であった為、難しい事は無く、前の楽師もそうであったがこの国の楽師は楽譜という便利な代物が無い代わりに技術レベルは異様に高い、彼等が奏でる曲はその殆どを言わば耳コピというやつで習得しているようで、馬術もそうであったが、それが良いんだか悪いんだか判断に困ってしまう、
「楽しそうですね・・・フフッ」
とエルマも微笑ましく子供達を見てしまう、タロウが歌詞はこうだと黒板に書き付けると、ヘラルダが早速と曲を再現し、子供達は黒板を真剣に見つめ、一生懸命声を出している、そしてとても楽しそうであった、少しの間違いもアハハウフフとはしゃいでおり、ヘラルダもまた、ニコニコと子供達に合わせていた、
「そうねー・・・こっちまで楽しくなるわね」
ユーリもフィロメナ達もその視線は優しいものになっていた、カトカとゾーイも子供達から目を離せず、厨房から覗いていた三人もいつのまにやら席に着いて子供達の歌声をじっくりと楽しんでいる、
「・・・そうなんだよな・・・俺の国ではね、音楽の授業をね、音を楽しむって意味の言葉で表すんだ」
「へー・・・授業なのに?」
「うん、まぁ、授業がね、基本的には知識と知恵を溜め込むものでさ、それは決して苦しいものではないはずなんだけどね・・・まぁ、苦しい事の方が多いけど・・・それは置いておいて、やっぱりほら、歌や曲はね、楽しむものだから、楽しいものだしね」
タロウがフンと鼻息を荒く吐き出す、まぁ確かにその通りかもなとユーリも思う、授業そのものを厳しいものにしているのは実は提供する側なのかもしれない、子供の頃、現学園長に師事していた時にはその簡素な授業で習う何もかもが楽しく新鮮で、さらに全てに全力で真剣に取り組めた、そしてなにより学園長の元に通うのが大変に嬉しかった覚えがある、ソフィアもそれは同じで、他の子供達も嫌がる者なぞおらず、まして家の仕事でいけないとなると泣き出したものである、しかし、学園の授業は生徒達にとっては厳しいもののように見える、皆、眉間に皺をよせ必死の形相となっており、そこに楽しむ要素なぞまるで感じられない、今、眼前にあるこの楽し気な幼児の姿が本来の学びの姿かもしれないなとムーと感じ入るユーリであった、
「ごろにゃーご」
「ごろにゃーーーーご」
一際大声を上げるミナ達、サスキアも負けじと声を上げており、フィロメナは心底嬉しそうにその様子を見つめている、そして、
「おりといでー」
四人が声を合わせて歌い上げ、満足そうに微笑み合う、ヘラルダも最後に少しばかり音を追加したようだ、早速のアレンジであろう、タロウは流石だなーと微笑む、
「ふー・・・」
とミナが振り返り、
「ソフィー、聞いたー?」
とソフィアに駆け寄る、ノールとノーラはフィロメナに向かい、サスキアはヘラルダの脚にしがみ付いた、
「聞いたわよ、可愛かった」
「かわいかった?」
「うん、可愛かった」
エヘヘーとミナは満足そうなだらしない笑みでソフィアを見上げ、その隣のティルとミーンも笑顔である、
「どうだった?」
「どうだった?」
ノールはフィロメナに、ノーラはヒセラに抱き着き、それぞれに優しく褒められるとこちらもエヘヘーと満面の笑顔である、
「悪くないのう」
レインも書を置いて聞き入っていたようで、小さく呟くとやれやれと背を向け書に手を伸ばす、
「ソフィー、喉乾いたー」
そのまま遠慮なく叫ぶミナに、そっかとソフィアは微笑み腰を上げた、ティルとミーンも夕食の準備に戻らなければと席を立つ、
「じゃ、ミルクを用意するわね、ノールちゃん達もそれでいい?」
うんと大きく明るい返事が三つ同時に響いた、珍しくサスキアも声を出している、ヘラルダがオッと驚きサスキアを見つめ、サスキアはウフフーと嬉しそうに微笑んでいる、思わずその頭を撫でるヘラルダにサスキアは恥ずかしそうにその顔をヘラルダの腕にグリグリと埋めた、
「で、これがドウヨウ?」
さて一段落したかなとユーリがタロウに問う、
「そだねー、さっきも言ったけど子供用の歌って感じかな?まぁ、なかにはね、大人の歌だなーってのもあるから・・・まぁ、子供向けの曲とか歌をそう呼んでるってだけ」
「大したものね・・・他にもあるの?」
「あるぞ、春の歌とか、夏の歌とか・・・あっ、メダカの歌とかあるな」
「エッ・・・メダカ?あれ?」
「あれ、フフッ、面白いし良い曲だぞ、だから・・・まぁ、なんていうか、別にね、歌も曲もそう難しいものではなくてね、ある意味で誰にでも作れるんだけど、それがほら、ウケるものかどうか、形になっているかどうかもまた別でね、このネコの歌も・・・どうなんだろ、俺の生まれる前から演奏されているんじゃないかな?・・・そうやって、長い年月愛されてきた・・・ある意味で伝統的な楽曲なんだな・・・面白いもんだよね」
「そう・・・悪くないわね、それ」
「だろ?」
ニヤリと微笑み合うタロウとユーリ、そういうものなのかとフィロメナとヒセラが小さく感心していると、ソフィアが水差しと湯呑を持って戻り、子供達がワッとソフィアに集まった、
「フフッ、あっ、すいませんタロウさん、もう少し報告が」
フィロメナがそろそろお暇しないとなと思いつつ口を開く、ん、とタロウが振り向くと、
「お酒の方なんですが、御指示の通り、あそこにあった樽で三つぶんくらいですかね、作業は終えたそうです」
「あら、早いね、大丈夫?急がしちゃった?」
「大丈夫そうでした昨日は慣れてなかった事もあったので、今日も朝からやってました、ほら、この時期どうしても暇になるので」
「そっか、ならいいんだけど、試飲はしてみた?」
「はい」
とヒセラがピョンと背筋を伸ばす、
「不味いでしょ」
タロウがニヤリと微笑む、再びハイと明るく返すヒセラであった、エッそうなの?とユーリがタロウを睨み、これはとカトカとゾーイも耳をそばだてる、
「うん、どうしてもね、なんていうか・・・これを舐めてもいいんだけど、この状態では決して美味しいものでは無くてね、それを樽で寝かせて・・・うん、やっぱり、半年から一年は熟成させないと、ほら、例のウィスキーにはならないんだよ」
「へー・・・熟成ねー」
「はい、すんごいなんていうか・・・濃いのは分かるんですが、それだけって感じで、ブドウの味も残っているんですけど、味気なくて、香りもまだ残ってるんですけど、それもそれだけって感じなんです、全然美味しくないんですよー」
ヒセラが興奮気味に早口になってしまう、タロウが来るまではその持って来た液体の製法についてユーリに問い質され、さらに子供達の教育の話に移り、タロウが顔を出したと思ったらどういう訳だか子供達の歌唱である、それはそれで楽しかったが、自分の出番が無いなーと正直寂しかったりした、
「そうなんだよね、ほれ、舐めてみるか?」
ニヤリとタロウが微笑み、その数本の瓶に手を伸ばす、やめとくわとユーリはタロウを睨みつけた、
「まぁ、そんなわけでね、クロノスのところでも今日あたりやってるんじゃないかな?どうやら今日は暇では無いらしいし」
「そうなの?」
「うん、スヒーダムには顔出さなかったしね、こっちにも王都にもいなかったんじゃないかな?」
「あら・・・じゃぁ、北ヘルデル?まぁ、別にあいつはどうでもいいけど・・・」
ユーリがフンと鼻で笑う、午前中のボニファースの突然の招集でスヒーダムには軍の高官が勢揃いしてしまった、無論、あくまでボニファースが名指しした側近の二人以外は暇と言ってはあれだが、余裕のあった人物で、そこには勿論イフナースの姿は無く、タロウはクロノスも来るのかなと思ったのであるが、代わりにリンドが顔を出していた、リンドその人は転送陣の番もある為今ではすっかり王都と荒野と北ヘルデルを往復していたりする、それはアフラも同様で、すっかりと扱き使われているらしい、リンドはムッとタロウを睨みつけるもすぐに笑顔になったあたり、やはり少々御立腹のようで、タロウは取り合えず下手に出て御機嫌を適当に伺ってみたりしていた、
「まぁな、ほら、向こうではエールでやってみるって言ってたから・・・まぁ、あれだ、恐らくそっちの方がウィスキーに近くなるかな?」
「そうなんですか?」
「うん、原料になった酒でね、名前が変わる・・・っていうか、味も風味も勿論変わるしね、そうなると飲み方も勿論変わる、このワインで作ったやつは、だから、ブランデーになるのかな?」
「ブランデー」
ウィスキーよりも上品に聞こえるその名にヒセラはブルリと背中を震わせ、フィロメナもそうなのかと目を見開いた、
「だから、名前はね、好きに呼べばいいよ、よくあるのがその地の名前とか、生産者の名前とかかな?他には・・・なんだろ、お酒であればなんでもね、同じように処理して熟成させればね、より美味しく・・・なるかどうかはやってみないとだけどさ、その辺は皆さんの工夫と努力と発想と知恵次第だ、それと樽にもこだわってな、樽の味、木の風味があれの肝ってやつだから」
「はい、それは伺っております」
「ん、じゃ、俺も楽しみにしておくよ、半年後くらいに試せれば嬉しいかな・・・あっ、自然と減っていくって話しはしたよね」
「はい、それも伺ってます」
「そうだよね・・・他には・・・それこそ、これか」
タロウはテーブル上の瓶に手を伸ばす、
「これが飲料では無いのは話したでしょ、で、その有用性はこれから証明しようと思うんだけど・・・どうかな・・・理解してもらえれば嬉しいんだが・・・クロノスにも話してあるけど・・・うん、もしかしたら軍とか国とか・・・上手くいけば医者からも生産の依頼が入るかも・・・かな・・・連中の頭が柔らかければなんだけど・・・」
エッとフィロメナとヒセラがタロウを見つめ、
「そこまで使えるのこれ?」
ユーリが壺を手にして首を捻る、
「勿論だ、第一あれだぞ、君も考えが足りないぞ、エルマさんの一件が上手く行ったらさ、ケイスさんもそうだけど、お前さんもソフィアも忙しくなるぞ」
「・・・待って・・・それもそう・・・だわね・・・めんどくさ・・・」
そこまで考えていなかったとユーリはアーと天井を仰ぐ、確かにそうなのだ、今回中心となる麻酔魔法も治療魔法も軍は当然として市民生活にも大変に有用な魔法である、エルマの治療の為にとあれこれと画策してはいたがその点をすっかり失念していた、その二つの魔法は別に隠していた訳ではない、専門外であったことと、二人共に軍の医療部隊には良い印象が無かった為、肩入れする気にはならなかったのである、それが結局は魔法の隠蔽に繋がっており、医療魔法の進歩の遅滞に繋がっているとなれば、これは災い以外の何物でもなく、また人付き合いが技術の停滞に直接影響を与えた稀有な例となろう、まぁ、厳密に言えば二人とタロウ、それにルーツが扱う魔法でまだ世に認知されていない魔法は多い、どれもこれも有用な筈で、しかしそれらは習得が難しく、また人を選ぶ、その点で秘匿するつもりはないが、一般化は難しいだろうとユーリは考えていたりもする、
「だろ、まぁ、どっちもね、ケイスさんでも扱えるんだから、それほど難しくは無いし・・・かと言って呪文を覚えれば使える程簡単では無いしね、まぁ、頑張れ」
見事な他人顔で微笑むタロウに、こいつはーと下から舐めるように睨み上げるユーリである、エルマも確かにそうだわねと頷くしかなく、カトカとゾーイも苦笑いであった、
「ムフー、タロー、もう一回歌いたいー」
そこへミナがゲフッとゲップをしながらタロウに抱き着いた、ミルクを堪能し満足そうな顔である、
「ん、そうだなー、でも、ほら、そろそろ暗くなるし、帰んなきゃだろ?皆さんは」
タロウがニコリとその頭を撫で付け、フィロメナがそうだったと木窓へ振り返る、まだ日差しは見えるがだいぶ暗く感じる程で、子供達の事もあるが店の事も大事であった、一時期落ち込んでいた客足が先日から急に増えている、どうやら会合と密談を目的として店に訪れる者が増えたようで、それ自体は大変に嬉しい事であったが、それ故にいよいよ本格的な戦時のそれを嗅ぎ取ってもいた、
「すいません、長居をしてしまいました」
フィロメナが勢い良く腰を上げ、ヒセラとヘラルダも慌てて立ち上がる、
「いやいや、長居は構わないんだけどね」
「嬉しいですけどそう言う訳にもいきません、ほら、ノール、ノーラ帰るわよ」
ウーと名残惜しそうに顔を上げる二人、サスキアもヘラルダの脚にしがみ付いたまま寂しそうにしている、
「フフッ、また明日な、そうだ、ヘラルダさんはどうする?先生やる?」
軽く問いかけるタロウにヘラルダは思わずハイッと大声を上げてしまった、若いなーと微笑む大人達である、
「そっか、じゃ・・・そうだね、明日改めてって感じがいいかな、どうだろ先生?」
タロウがエルマに問うと、エルマも大きく頷き、
「そうですね、とても楽しい時間でした、楽器の勉強も良いかと思います」
「だね、そうなると・・・明日も午後に顔を出せる?俺も明日の午前中は忙しくなりそうなんだけど・・・あっ・・・今の内に楽器用意するか・・・時間・・・まだ大丈夫そうかな・・・ごめん、ちょっと行ってくる」
タロウはバタバタと階段に向かい、残された者達はエッと見送るしかなかったようである。
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一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
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