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本編

72話 初雪 その21

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それから暫くして寮である、

「戻ったよー」

と今日も木箱を手にして階段から下りて来たタロウに、

「お土産だー」

とミナが叫んで駆け寄り、今日は何だと顔を上げる生徒達である、

「なに?なに?」

タロウの足にしがみ付きピョンピョン跳ねるミナを、こりゃ危ないとタロウは一喝し、ミナがブーと膨れるもその手を離す事は無く、どうしたもんだかとタロウが見下ろすすぐ隣りをグルジアがスッと通り抜けた、

「あら、お帰り、どうだった?」

ユーリがニヤリとほくそ笑む、

「はい、大量に貰ってきました、大成功です」

ムフンと意地悪そうに微笑むグルジアに、でかしたと笑うユーリ、珍しい二人の掛け合いに何かあったのかと訝しそうに見つめてしまうレスタ、

「あー、なんだよ、お前さんの入れ知恵だったか」

タロウがユーリを睨みつけながら木箱をテーブルに並べ、ミナは再びなんだーと叫んで椅子に飛び乗った、

「こりゃ、慌てるな、今日のは果物と寒天だよ」

「カンテン?ミナ、あれ好きー」

「あっ、どうだった食べてみた?」

「食べてみたー、美味しかったー、みんなで食べたー、あと、みんなで作ったー」

「へー、良かったな」

「うん、ノールとノーラとサスキアにお土産にしたー」

「そっか、それは良かった」

「うん」

とミナは満面の笑みでタロウを見上げ、タロウも柔らかい笑みで答える、

「すいません、そのカンテンって・・・」

生徒達が不満気に二人を見つめており、ユーリやサビナ達は得意そうに微笑んでいる、今日はもうすでに全員が集まっている様子で、さらにニコリーネを中心にして商会関係者が輪になっており、どうやら今日も夕飯には間に合ったようだとタロウは小さく安堵した、

「ん?君らはまだ?」

「はい、食べてないです、その、話しは聞きました、でも夕食の後だってなって・・・」

「なら、それがいいよ、大丈夫、美味しいから、な?」

タロウがミナに微笑むと、ウンと大きくミナが頷いた、つい先程までユーリらと結託してまだ口にしていない生徒達に自慢していたのだ、生徒達としては空腹も極みとなっており、大変にもどかしくまた不愉快な状況で、ミナはユーリが味方するものだからより調子にのってしまい、ユーリもまた珍しくミナが肩を持つものだからニヤニヤと実に意地が悪い、サビナやカトカ、ゾーイに至ってもそんな二人を止める事も無く、そちらはそちらでエルマと共に真面目に話し込んでいる様子で、ジャネットやルルはいい加減にしろと叫びたくなる程であったが、そこはグッと我慢した、なにしろユーリがお店で出せば絶対売れるとまで言い切ったのである、ここはどこまでも下手に出るしかない、

「うん、おいしーのー、ミナにも作れるのー」

「だなー、あっ、じゃ、取り合えずこれはあっちかな、ほれみんな、グルジアさんに感謝だぞ、りんごと寒天をいっぱい貰ってきたからなー」

タロウは一同にそう報告し、わぁーグルジアさんありがとーと感謝の声が食堂に満ちた、大したものではないとグルジアは恐縮して恥ずかしそうに微笑む、そのままタロウはその木箱を開ける事なく厨房に運び入れ、ミナはムーとつまらなそうに呟いてニコリーネらの輪に戻った、まったくと微笑みつつ受け入れる生徒達、グルジアはまた何かやっているのかなと思いつつユーリの対面に腰を下ろした、少しばかり報告が必要かなとの判断である、

「お疲れ様・・・どうだった」

ニヤリと微笑むユーリに、

「はい・・・万事なんとかなりました、タオルの生産も早速取り掛かれるようです」

生真面目に報告するグルジアである、

「それは良かったわね」

「ですね、確かにあれは受けると思います、職人さん達もタオル・・・というよりもあの織り方ですか、それについては知っていたらしいんですよね」

「へー、そなの?」

「はい、なんでも、織機の調整が上手くないとああいう感じで糸が膨らんでしまうらしくて、なので、それは逆に失敗だと認識していたらしくて・・・」

「へー・・・面白いわねー」

「そうなんですよ、で、それを逆に?あそこまで全面に織ればなるほどこうなるのかって・・・織機よりもタオルの方に注目が集まって、タロウさんも織機はいらなかったかなって笑ってました」

「あら・・・その辺はあれね、流石のヘルデルの織物職人って事かしら?足りなかったのは技術ではなくて発想って事になるのかな?」

「そう・・・ですね、確かに、タロウさんも技術的にはその・・・こちらの国も帝国ですか?その国には負けてないはずだって、先代様と話されてました、なので、そうですね、確かに発想というか・・・うん、あくまであれです、職人さん達は綺麗な一枚布を作るのに執着してて、それが故にタオルのような欠陥品?・・・その表現もどうかと思うんですが、職人さん達はそう言ってましたね、なので、それを利した?厚みを持たせた品には至らなかった・・・そんな風な事も言ってましたね・・・」

「そっか、じゃ、あれ?生産は始まる感じ?」

「はい、先代様がまずは手拭いの大きさで大量に作れと指示されてました、職人さん達も先代様のお言葉とあれば無下にする事はありえないので、大丈夫かと思います」

「なるほど・・・やっぱり権力者とは仲良くしておくのが良いって事ね」

「フフッ・・・そうなります、で、取り合えず製作された品はこちらへ届けるように言っております、なので・・・」

グルジアがそこで食堂に戻って来たタロウに気付き顔を上げた、タロウはなに?と微笑み、ユーリがそこへ座れとばかりに視線で椅子を指す、やれやれと腰を下ろしたタロウにグルジアはここまで話しましたと簡潔に説明すると、

「うん、まぁ、その通りだね、だから、まぁ、少し待ちだな、こっちではエレインさんの所で専売になるの?」

と生徒達の輪を首を伸ばして覗き込むタロウである、その中心にはニコリーネとエレインがおり、テーブルを見下ろして真剣な様子であった、

「はい、そのように取り決めてます、と言ってもあれですよ、あくまで私共は利益を取らない形でしかないので、工場からの卸値そのままでお引渡しする予定です」

「そっか、それならだいぶ安くなるんじゃない?まぁ、ほらどうしても普通の布よりも使う糸の量が増えるからね、そのぶん値段は張る事になるんだけど、職人さん達もその点気にしてたね」

「ですね、あっ、その・・・北ヘルデルにはどう・・・致しましょうか、その、普通に流通させる事も出来ますが、今回は、王太子妃様の意向もあってと・・・」

「あぁ、それはどうしようかな・・・なんだったら引き合わせられるけど、北ヘルデルでもその程度の付き合いはもうあるんじゃないの?」

「はい、北ヘルデルの支店で城にも出入りしている筈です」

「なら、どうしようかな・・・取り合えず完成品が届いたらエレインさんに持っていってもらおうか、その後は向こうで勝手にやるだろ、王都でも欲しがるだろうしな・・・殿下も欲しがってたし・・・まぁ、普通に売ってもいいんじゃないかな?その辺あの人らも無理は言わないと思うしね」

「あんたが持ってけばいいんじゃないの?」

ユーリがニヤリと口を挟む、

「それでもいいけどさ、ほら、姫様も俺なんかよりもお友達の顔を見たいだろうしね」

それもそうかと納得するユーリである、

「だろ、でだ、それよりさ、やっぱりあれだよ、寒天回りの話しが面白くてさ」

「あら、何か分かったの?」

「うん、あっ、カトカさんもサビナさんもいい?邪魔しちゃって申し訳ないけど」

とタロウは振り返る、何だろと振り向く四人と、テラも面白そうだなと首を伸ばす、生徒達の打合せはエレインに任せるのが一番良いかなとの判断もあった、

「寒天の件ね」

タロウはそう前置きして語りだす、ローレン商会の乾物の担当者曰く、寒天は仕入れ品にいつの間にやら混ざっていたらしく、その担当者も当初は何なのか分からずに別途問い合わせをしようと思いつつもすっかりと忘れていたらしい、担当者と商会の目的はあくまで干し魚であって、それ以外に興味は無く、恐らく緩衝材か何かと適当に判断して倉庫の隅に山と積んでいたらしい、どうやらソフィアやユーリと同じ結論に至ったという事である、となると問題はその担当者とその村の意思疎通に障害があったと見るべきで、さらに聞けば中間業者が一社入っており、ローレン商会はそこを通して仕入れているとの事で、なるほど、商会と生産者との間に第三者が入り、どうやら生産者の意図する事が伝わっていないという事が判明した、グルジアはそれではいかんだろうとその担当者を思わず叱責してしまったが、その第三者がどこでもない、グルジアの嫁ぎ先であった商会で、グウの音も無く黙り込むしかなかった様子のグルジアである、

「へー・・・じゃ、結局今日の時点ではあれが本当に食べ物かどうかも分からないって事?」

ユーリが呆れたように微笑み、カトカやサビナも今一つ不満そうである、テラは何となく耳にして、そういう事もあるかもなーと首を傾げている、各村を結び、流通を担うのが大きな商会の役割である、複数の商会が品を受け渡していく事は当然であった、そしてその間の意思疎通、情報の伝達が上手くない事もまた周知の事である、テラはそう言うもんだと父親から教わりながら育っており、しかし予備知識が必要なほどに扱いが難しい品を取り扱う事も少ない、つまり生産者の立ち入れない商人同士の付き合いの中で、なぁなぁで済ませているその悪しき慣習が起因となった問題となるのであろう、

「そうなるね、だから、そのうちね、その村に行ってみようかなって思ってた、何を意図して作成して、どういう取引をしていたかって気になるしね、俺もさ・・・第一、あれって結構手間かかるんだよ、俺が知る限りではね、恐らくなんだけどこの季節?冬の盛りが生産の最盛期ってやつだと思うしね・・・、うん、で、その村がなんでも北ヘルデルとヘルデルの間にあるらしくてね、一応北ヘルデル領にはなるらしいから、だから、ほら、クロノスに話してさ、そっちでも仕入れるようにするか、北ヘルデルの他の漁村?でも作れるようになれば、これもあれだぞ王国全体に売れるぞ」

「えっと、そんなに美味しいんですか?」

グルジアが不思議そうにタロウを見つめる、バタバタと忙しくグルジアもまだ口にしていないのだ、訝しく思うのも無理はない、

「あー・・・直接美味しいって訳では無いんだけどね」

「そうね、味は無いわよね」

「ないね」

「ないんですか?」

「そっ、ただね、その用途は発想次第だと思うよ、味が無いって事はどんな料理にも使えるって事だろ?さらに言えばその特殊性だな、あれと同じようなものもあるにはあるんだけど・・・食用のは難しいね、だから・・・まぁ、あれを使えばいいよ、健康にもいいし、便通が良くなるぞ」

「えっ、そなの?」

と実際に食した女性達が目を丸くし、何か昨日もそんな事を言っていたなとテラが顔を顰める、

「そうだぞ、詳しくは難しい話になるからあれだけど、海の草だからね、俺の田舎だと・・・あっ・・・まぁ、それくらいかな?」

とタロウは言葉を濁す、ダイエットにいいんだよと言おうとして、ダイエットなるものにはまるで無頓着どころか太る方が大事だと考える王国民の価値観を思い出した、基本的に王国民は大変に痩せている、それは食事の質によるものとタロウは見ているが、まるまると太っている者は貴族や富裕層でもまれで、サビナのように恐らく体質的に大柄な者は羨望の対象になっていたりする、故にまずもってダイエット等と口にし、その目的が痩せる為等と言っても理解されないどころかさらに変人扱いされてしまうであろう、

「あっ、違う、もう一個あった」

タロウは続けて叫んでしまい、どっちだよとユーリが睨む、

「うん、今日やっとアルコールの目途が付いたからね、こうなると、エルマさんの方も動きたいな・・・明日・・・いや、明後日かな・・・うん、で同時にだ、少し実験してみようか」

実験?またかとユーリは目を細めるが、カトカは目の色を変えており、エルマもやっとかと少しばかり安心した、そしてグルジアはアルコール?と首を傾げる、また聞き慣れない名称であった、

「そうしよう、寒天培地を作ってみたかったんだよね、だから・・・カトカさん、上の研究所にさ、ガラスの容器ってある?蓋ができるようなやつ」

「蓋ですか?ガラスで?」

「うん、できればガラスがいいね、小皿のような感じなんだけど・・・」

「・・・あるかもよ・・・確か・・・」

ユーリがうーんと首を傾げた、何かに使えるかもと出入りの業者から大量に買い込んだ実験器具の殆どを実はユーリはほとんど使用していなかったりする、主にカトカが弄りまわしており、それは本来の研究から外れた趣味の領域での事であったりした、

「貸してくれ、面白いのを見せてやれるぞ」

楽しそうに微笑むタロウに、まぁ別にいいけどと頷くユーリ、面白くなってきたと微笑んでしまうカトカ、何とも忙しいなと呆れるばかりのグルジアであった。
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