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本編

72話 初雪 その18

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「あぁ、そうか、タロウ殿、これはあれだな、神殿にあるステンドグラスの亜種と見て良いのかな?」

学園長がタロウを見上げた、爛々と輝くような瞳である、

「はい、まったくそのとおりです、確か王城にもありましたね、北ヘルデルには無いかな?まぁ、あれらは室内に外光を取り入れる為と、恐らくですが、透明なガラス、これが中々に難しいのでああなっていると思うのですよ」

「おう、確かにそうじゃ、そう聞いておる、どうじゃ、バーレント殿」

「あっ、はっ、はい、確かに、先程も話しましたが透明なガラスは難しいです、ガラス鏡を作るようになってからそれこそ試行錯誤を繰り返してます、色つきガラスの方が遥かに楽ですね、不純物が混じるとどうしても曇ってしまって・・・」

「じゃろう、そうか、ガラス鏡は確かに透明なガラスじゃな、なるほど、それを窓に持って来る・・・うんうん、良い発想じゃな、それとあれか、こう大きくしたのはあれか、やはりその開放感とやらの為か?」

「そうですね、ステンドグラスと同様の設えにするとどうしてもほら、目線より上になりますでしょ、大きな建物で天井も高いとその用途に合うのでしょうが、この程度の屋敷ですとね、逆にこうして大きく開口してあげる、解放感もそうですし、部屋全体を明るくできる、外の眺めも見えますしね、全然違うでしょ」

「うむ、違う・・・分かるぞ、分かる、うん、良いな面白い」

学園長が大きく頷いてニヤニヤとガラス窓を見つめ、クロノスはなるほどなと腕を組んでいる、タロウはやはり学園長は大した分析力だなと微笑む、その隣りでバーレントはホッと溜息を吐いた、タロウからは特に指摘されていないが、ガラス窓に使われたガラスは確かに学園長が言うように透明度を高めた特注の品である、しかし、それでも以前にタロウが提供し、エレインから見せられた輝くような手鏡に使われているガラスと比べれば雲泥の差があった、ロブや職人達にも協力を仰ぎ開発は続けているのだが、今回は納期もあり、またガラス鏡とは異なる製法に挑戦した為、品質面では不本意な品になっている、特に二枚のガラスを重ねて使っている為、タロウが当初理想としていた外の様子がそのまま見える程の透明度は達成しておらず、どうしても常に曇っているようにしか見えないのだ、しかし、それでも街路から入る曇天の弱い陽光でさえ、室内を明るいと感じる程に変えており、それが故に皆これは凄いと絶賛しているのである、恐らくタロウは満足していないであろうなとバーレントは思い、また自分もそうなのであった、これはやはり原料の選抜から取り組まないといけないだろうなと職人魂が静かに燃え上がるバーレントである、

「すると、あれか、これは窓というよりも灯り取りと言った方が良いのか?」

クロノスも口を開く、

「そうだねー、だから、完全にはめ殺し?君らの言う窓ってやつは開閉が出来ないと駄目だろ?」

「おう、確かにそうじゃな」

「ですね、でも、この規模になるとどうしても重くなります、ガラス全体が、ブラスさんにも相談して開け閉めできないかと知恵を絞ったのですが、そうすると逆に強度とか隙間とか気になるかなって、壁の方の強度ですね、なので、これの・・・そうですね、半分の半分?三割くらいの大きさにすれば今ある木窓と同じような使い方はできるのかなと思います」

「それはいいな」

「それも良いのう・・・」

二人は同時に頷く、

「それはあれか、既存の木窓と交換は可能か?」

「たぶん・・・できると思うけど・・・どうかな、それこそその木窓とか壁の設え次第じゃないかな?木窓に比べれば格段に重いから、蝶番の強度も気になるだろうしね、それこそ、ブラスさんに現場を見て貰わないとだね、あっ、そっか、それであればあれだな、城の木窓と交換とかならできるんじゃないか?城はほれ基本石壁だろ?木の壁よりは保持力があるはずだ」

「なるほど、おう、ブラス、バーレント、やっぱりお前ら、城に来い、一度見分しろ、やるやらないはその後だ」

なんかやばそうだなと若干距離を置いていたブラスと、すっかり自分はお役御免かなと油断していたバーレントをクロノスが睨みつけ、ヒエーと困惑するブラスと、またそんな簡単にと青ざめるバーレントである、

「待て待て、ブラスさんもバーレントさんもは俺の大事な仕事仲間だぞ、持っていくな」

「別に数日借りるだけだ、構わんだろ」

「駄目だよ、他にも頼んでいることは多いんだ、あっ、そうだ、それならさ」

とタロウはウーンと周りを見渡し、階段の側で静かにガラス窓を見つめていたデニスを見付け、

「フフン、丁度良いね、あれだろ、もう徴兵は始まったんだろ?」

「ん?あぁ、この街のか?」

「おう、それだ」

「なら、昨日伯爵が告知しただろ、来年の募集分を一月ほど前倒しにしたぞ、なんだお前聞いてなかったのか?」

「昨日のそれは聞いてないが、会議では聞いていたさ、でだ、バーレントさん、デニス君の件どうなった?」

「デニスですか・・・えっ、何がです?」

「ほれ、兵役に行きたいんだろ?」

「あっ、はい、確かに、その・・・それで昨日から家族で話しはしてました」

「そっか、じゃ・・・どうしようかな、確か・・・ブノワトさん、上使える?」

タロウがフィロメナ達とキャッキャッとはしゃいでいるブノワトを呼びつける、先程上から下りて来た筈で、

「あっ、はい、使えるって何にですか?」

明るく返すブノワトに、おいおいと思わず顔を顰めるブラスであった、そこはクロノスの前でもある、少しは配慮しろと思ってしまう夫であった、

「打合せとか?」

「それなら使えます、テーブルと椅子があります」

「そっか、じゃ、ちょっと上に、俺とクロノスとバーレントさんに、デニス君に、どうかなディモさんも居たほうがいいか?」

エッとバーレントがタロウを見つめ、すぐさまデニスの事でクロノスに相談するのかと察し、

「あっ、いや、それはあまりにも恐れ多いですよ、大丈夫です、こっちでなんとかします」

「なんだよ、どうにもならんから俺に相談したんだろ、ほれ、クロノス上に行くぞ、フィロメナさん、学園長、ちょっと時間を頂きます、すぐに戻りますんで」

すいませんと一言言い添えてタロウは階段に向かい、クロノスも何のことやらと思いつつその背に従ったようで、こうなるとバーレントが拒否する事は出来ず、デニスも何やら自分の事で騒がしくなったみたいだと顔を強張らせている、バーレントはデニスに親父を呼んで来いと告げ、二人の後を追うしかなかった。



それから暫くしてティルとミーンが寮に顔を出す時間となり、二人はウキウキと転送陣を潜り、カトカ達にいつものように挨拶をして食堂に下りる、食堂では昨日と同じように子供達とエルマ、レインの姿があり、それを見守るようにソフィアが編み物をしていた、

「あら、もうそんな時間?」

ソフィアが腰を上げると同時に、

「お茶美味しかったですー」

とミーンがソフィアに駆け寄った、もうと微笑むティルである、

「あら、良かったわ、ティルさん足りた?」

「はい、向こうでもこんなおっきい箱で運び込まれてました」

ティルが身振り手振りを駆使して微笑み、

「はい、マリア様も来たんです、エフェリーン様と、会長がもうはしゃいじゃって」

ミーンも輝くような笑顔である、

「あー、そういう事か、じゃ、こっちのはこっちで楽しんじゃっていいのかしら?」

「はい、大丈夫そうです」

「ねっ、なんか、もっと持ってこれるからってマリア様が、会長はちゃんとお金を払うからって、喧嘩になっちゃって」

「あら・・・まぁ、そういう事もあるでしょ、イージス君とかは?」

「今日はマリア様だけでした、エフェリーン様の御友人様達と一緒なので」

「そういう事か、じゃ、どうしようかな」

とソフィアが振り返る、その先では子供達がうるさいなーと顔を上げており、エルマはレインの前に並んだ砂時計を見つめ、

「そうね、今日はここまでにしますか」

と子供達を見渡した、途端、ヤッターと大声を上げるミナ、疲れたーと突っ伏すノールとノーラ、サスキアもやれやれと椅子にもたれかかる、

「フフッ、じゃ、ミナ、ユーリ呼んできてー」

「エー、なんでー」

「こら、口答えしない、みんなでお茶にしましょう、美味しいお菓子があるのよねー」

ナニッとガバリと起き上がるノールにノーラ、ティルとミーンはエッとソフィアを見つめる、エルマでさえ思わず振り返った、

「なに?どんなの?美味しいの?」

ミナがバッと立ち上がる、

「そうよー、美味しいの」

「アッ、タロウが言ってたー、えっと、えっと、なんだっけ」

「オヤツ?」

エルマが首を傾げると、

「それー、タロウがオヤツがあるって言ったー、お菓子だぞって言ったー」

「あら、もう・・・先に言っちゃったら面白くないのにー」

「なに?どんなの?」

「すぐに分かるわよ、ほら、ユーリ呼んできて、ユーリも一緒に作ったんだから、仲間外れは駄目よ、あっ、カトカさん達もよ、そろそろ一息いれたいでしょうしね」

「わかったー」

ダダッと階段に走るミナと、興味津々とソフィアを見つめる三姉妹である、

「ふふっ、ほら、みんなはお片付け、テーブルを綺麗にしましょう」

エルマが自分の道具を片付け始めると慌てて動き出す三姉妹である、

「あの?お菓子ですか?」

ミーンが不思議そうに問いかける、昨日の時点では特にそのような話しは無かった筈で、ティルも午前中に作ったのかなと首を傾げた、

「そうよ、昨日ね、取り合えず作ってみたの、で、試したら確かに美味しくてね、今日はもう少し色々やってみましょう」

「昨日作ったんですか?」

「そうよー、ほら、お茶を用意しましょう、淹れ方はどう?工夫した?」

「あっ、はい、マリア様から御教示頂きました」

「あら、何か違うの?」

「ちょっとだけ違います、でもそれだけで香りが全然違うんです」

「そっか、じゃ、それでお願い、ミルクはあるけどレモンはどうしようかしらー」

とソフィアは厨房へ向かい、ティルとミーンもそれを追う、やがて、バタバタと階段を鳴らしミナと研究室の面々が顔を出す、

「あっ、どうでしたエルマさん、使えました?」

カトカが早速とエルマを捕まえ、

「はい、勿論ですよ、ですが、やっぱりあれですね、少しそっちに気を取られてしまって・・・レインちゃんが担当してくれてますから良いですけど・・・うん、一人じゃちょっと大変かな?」

「ですよねー、やっぱりちゃんと大きいのを作らないとですね」

「はい、そのように思います」

ユーリと他の二人がやれやれと腰を下ろすと、

「そんなに美味しいんですか?」

サビナがユーリに問いかける、

「うん、美味い」

「へー・・・でも、あれなんですよね、所長でも作れるくらいに簡単なんでしょ?」

「うん、簡単」

どうやらユーリから話しは聞いているらしい、サビナとゾーイが若干前のめりで、ユーリは意地悪そうにニヤニヤと微笑み、

「まぁ・・・あれだ、プリン?あれに似てるかな?」

といつもの意地の悪い笑みである、ヘーと二人は感心しつつ、

「でもあれ結構手間ですよ」

「そうなの?」

「はい、そう聞いてます、ほら蒸し器とか使うし・・・」

「確かにねー、でも、今回のはね、その辺は楽、だけど、材料がねー」

得意気に微笑むユーリにどうやらタロウとソフィアの悪癖が伝播しているようだぞと目を細めるサビナである、

「もう・・・まぁいいです、食べれば分かります」

「分からないと思うなー」

「これだもんなー、何です、あの御夫婦に取り込まれたんですか?」

ゾーイもどうやらサビナと同じように感じていたらしい、そのままの印象を口にすると、

「御夫婦ってなによ」

「タロウさんとソフィアさんです」

「なっ、一緒にしないでよ」

「しますよ、まったく、意地の悪い顔をしてー」

「そんな顔してないでしょ」

「してますよ、ね、エルマさんもそう思うでしょ」

とエルマを巻き込むサビナに、エルマはえっとと取り合えず首を傾げた、

「ほらー、エルマさんもそう言ってます」

「言ってないでしょ、エルマさんを巻き込むな」

「巻き込みます、エルマさんだってある意味で被害者です」

「被害って・・・別に勿体ぶってるだけじゃない」

「それが良くないんです」

ギャーギャー騒ぐ大人達の隣りで、

「オヤツー、オヤツー」

と片付けに余念が無いミナと、

「お菓子ってなにー?」

「わかんない」

「そなの?」

「うん、でも美味しいのー」

「そなの?」

「うん、ソフィーの作る料理は何でも美味しいのー」

「いいなー」

と妙に行儀の良い子供達、レインはまったく、これではどちらが大人か分らんなと砂時計を片付けつつユーリを睨みつけるのであった。
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