セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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72話 初雪 その14

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それから暫く食堂内はバタバタと騒々しかったが、生徒達の入浴が終わり、カトカ達も宿舎に帰った、テラとエルマ、ニコリーネも事務所に戻り、やっと静かになった食堂である、

「フー・・・」

と大きく満足そうな溜息を吐き出して入浴を済ませたタロウが脱衣室から食堂へ戻ると、

「あっ、言い忘れてたわ」

と編み物の手を止めてソフィアが顔を上げる、レインはいつの間にやら姿が無く、ミナはすでに夢の中であった、毛布にくるまりその手にはマフラーを抱き締めている、すっかり眠気に襲われたミナがマフラーをしたまま寝ると駄々を捏ね、首に巻いたままでは危ないぞとタロウとソフィアに怒られてしまった、ミナはムームー喚きながらそれでもマフラーを手放さず、好きにしなさいとソフィアに怒鳴られ、結局マフラーを抱いていつのまにやら眠ってしまったらしい、子供らしい可愛らしさだなと大人達は微笑んでしまっていた、

「なに?」

「フィロメナさんがね、酒造農家さん?紹介してくれるって」

「あっ、悪いね、連絡とれた?」

「今朝来たのよ、ほら、ノールちゃん達と一緒に」

「そっか、すまんね、ありがとう」

タロウは白湯を湯呑に注いで腰を下ろした、

「で、明日の朝一にこっちに来てくれるんだけど、あんた、大丈夫?」

「あー・・・なんとかするよ、できるだけ早く戻る」

白湯をグイッと飲み干し、美味そうにプハーッと一息つくと、

「今日も忙しかったな・・・」

やれやれと光柱の灯りをものともせずに爆睡するミナの寝顔を見つめる、

「そうね、あっ、ユーリにも御礼言いなさいよ」

「?何で?」

「フィロメナさんの件、私すっかり忘れていてね、ユーリが段取ってくれたのよ」

「あら・・・それは悪い事したね」

「だわね、まぁ、美味しいお酒が飲めればそれでいいんじゃないの?」

「そっか、じゃ、頑張って旨いお酒を作ろうか・・・俺が頑張る訳じゃないけど」

「・・・結局お酒なの?」

「最終的にはね、取り急ぎ必要なのは酒じゃないんだけどさ」

「そうよね、エルマさん待たせるのも申し訳ないしね」

「ん、分かってる、始めてしまえば速いと思うんだけどね、念には念を入れて、ついでにいろいろやってみたいのさ」

「昨日もそう言ってたけど・・・まぁ、いいわ、ケイスさんの魔法も良い感じになってきてるから」

「へー、あの子も大したもんだねー」

「そうよ、私とユーリの一押しなんだから、生徒の中ではね」

「そっか、それは楽しみだ」

「そうねー」

と夫婦の気兼ねない会話の中に、ギシギシと階段を鳴らす音が割って入り、

「あら、まだこっちにいたの?」

とユーリがヒョイと顔を出す、

「そうよ、あっち寒くて」

「だねー」

夫婦が同時に微笑む、

「暖炉使わないの?」

「あー・・・」

「なんかほら、寝るだけの部屋だからね、こっちで温まって」

「うん、そのまま毛布にくるまる?」

「そんな感じ、向こうで火起こすのも面倒でね」

「あっそ・・・好きにすればいいわ」

とユーリも湯呑に白湯を注ぐと、

「あっ、フィロメナさんの件」

「今話したわ」

「すまんね、面倒かけた」

「はいはい、ならいいわ、ヒセラさんも期待しているみたいだからね、しっかりやんなさいよ」

とユーリが二人の側に腰を下ろした、

「ん、しっかりやるよ」

「ならよし、でさ、話しは変わるんだけど」

ユーリが片肘を付き、

「何か良い楽器ってない?」

何とも生真面目な事である、どうやら昼間の相談事を思い出してわざわざ下りて来たらしい、ソフィアはあぁそれもあったなと顔を上げ、楽器?とタロウは首を傾げる、

「・・・何か良いって聞かれてもな・・・目的は?」

「ミナの教育ー」

ソフィアがユーリに代わって答える、

「そっ、ほら、エルマさんと話してね、授業に取り入れたら面白いんじゃないかって思ってさ」

「あら・・・それはいいね、っていうかその授業ってどんな感じになったの?」

「あー・・・」

ユーリが思い出しながら適当に説明する、ソフィアはウンウンと頷き、タロウはへー大したもんだと呟き、

「流石王族の家庭教師だね、そこに学園の元講師が加われば確かに良い感じにまとまるよね」

「なによそれ、褒めてるの?」

「褒めてるの」

「なら、元は余計よ」

「えっ、そなの?」

「そりゃそうよ、あくまで私は離職中ってだけなんだから、肩書は講師なの」

「あら・・・それは知らなかったわ」

タロウどころかソフィアまで意外そうにしている、

「何よ、その目は」

「別に、他意はないわよ、大変だなって思ってね」

「そっ、大変なのよ、で、何かいい楽器が無いかってこと、子供の教育用に」

「教育かー・・・」

うーんとタロウは腕を組む、

「まぁ、別に無かったら無かったでいいんだけどね、あればあったでやってみたいってだけで、フィロメナさんの所の楽師さんにも相談はするみたいだし」

「そうなんだ、あの楽師さんなら、先生役も出来そうだけど・・・無い事も無い・・・かな・・・」

「太鼓とかラッパ?」

「ん、確かにそれも簡単な部類の楽器だろうけど・・・正直つまらんだろ」

「そうなの?」

「うん、それに何気に難しいんだぞ、太鼓もラッパも奥が深いんだ」

「そりゃ何でもそうでしょうよ」

「だなー・・・でも、うん、あれだ、その内買ってくるよ、面白いのがあったからさ」

「そっ、じゃ、頼むわね」

「うん・・・あっ、でな」

とタロウはニヤリと微笑む、ん?とユーリは眉を顰め、ソフィアは再び編み物に集中し始めるが、

「俺の故郷の学校だとさ、体育ってのも大事なんだよ」

「タイイク?」

「なにそれ?」

さらに眉を顰めるユーリと結局手を止め顔を上げるソフィアであった、

「うん、子供の成長の為にはね、良い食事と良い睡眠、それと大事なのが身体を動かす事なんだな、体力づくり、身体づくりってやつだ」

「へー・・・」

「・・・それもそうかもね・・・」

二人はすぐに納得する、実に常識的な内容で難しい事ではない、

「で、身体を動かす授業を体育って呼んでる、学園では似たようなの無いの?」

「あー・・・身体を動かすっていうか、兵士の真似事はしてるかしら・・・弓やら槍やら、剣術とか?」

「それはだって、訓練だろ?」

「訓練にもなってないわよ、兵隊の真似事、もっと難しい事やれって言ってるんだけど・・・まぁ、本職に比べるとね、どうしても見劣りしちゃうのはね、仕方ないのよね・・・実戦となると役に立つのかどうか不安かな・・・まぁ、それも仕方ないんだけどね・・・やっぱり現場とは違うから・・・」

「そんなもんなの?」

「そんなもんよ、でもまぁ、現場に出ればね、そこそこ使えるって評価らしいからそれでいいっちゃいいんだろうけど、あくまで兵士としての評価みたいだけど」

「そっか、でもそれは訓練であって、体育とは言えないかな・・・」

「だから、そのタイイクってなによ」

「何って言われると困るんだけどさ・・・例えば・・・なんだろ、かけっことか、スポーツとか、縄跳びとか鉄棒とか・・・」

「なにそれ?」

「あー・・・そっか、かけっこぐらいだよな、君らが分かるのって」

「またそんな言い方して・・・」

「ねー、時々すんごいむかつくのよね」

二人の遠慮の無いしかめっ面に、

「悪かったよ・・・まぁ、なんだろな、ここでやるとしたら・・・かけっこ・・・は分かるだろ?」

「走るの?」

「そっ、場所が無いよな・・・それこそ、学園とか、街外れにいかないと難しそうだね・・・」

「そう言われればそうよね、都会って広い場所が無いもんね、田舎だとその辺で走り回ってもそれはそれで充分な感じだけど・・・街中だと危なっかしいわね・・・」

「うん、それが都会の寂しい所だと思うけど、そうなると・・・縄跳びかな、鉄棒は作らないと駄目だし・・・」

「ナワトビ?」

「うん、これは簡単だからね、難しくないぞ」

「どんなの?」

「どんなのって言われてもな・・・やる?」

「先に教えて」

「見るのが早いぞ」

「そんなの言われなくても分かってるわよ、先に教えて」

「あー・・・じゃ、今度作るよ、鉄棒は・・・どうかな、リノルトさんに頼んで、ブラスさんに設置してもらうか・・・場所は・・・あっ、浄化槽の隣り空いてるな、あそこで良さそうだけど・・・あそこは畑にしてもいいような感じがあるし・・・」

「結構大事ね」

「まずね、でも鉄だと錆びるかな・・・そこは相談かな・・・まぁ、なんとかするか・・・」

「やってくれるの?」

「構わないよ・・・って、結構忙しいんだけどな・・・まぁなんとかするさ」

「ありがと、じゃ、あんた、そのタイイクとやらの先生ね」

エッとユーリを見つめてしまうタロウと、それが一番楽そうねとニヤリと微笑むソフィアである、

「・・・そんな簡単に・・・」

「別にいいでしょ、ミナの為よ」

「そりゃそうだけどさ」

「でしょ、そういう事、他の子はついでのついでで構わないわよ」

「それは失礼だろ」

「大丈夫よ、どうせあんたの事だから上手くやるでしょ」

「そうかもしれないけどさ・・・」

「空いた時でいいんだから、頼んだわよ」

ユーリは決定とばかりにニヤリと微笑み、ソフィアもそれがいいわねと認めたらしい、オイオイとタロウは顔を顰めるも結託した女二人に口で争う事は無駄であると経験上理解している、ここは一旦素直に受け入れたほうが良さそうであった、

「あっ、そうだ、あれもあったわね」

とソフィアがヒョイと腰を上げ厨房へ入った、すぐに戻ってくると、

「これ、なんだか分かる?」

タロウに手にした棒状のものを突き出す、ん?とタロウは首を傾げつつ受け取り、ユーリもなんだろうと覗き込む、

「ほら、グルジアさんのお土産にね、入ってたの、海の草から作られてるってのは分かるんだけど、それだけでね、なにをするんだか、したいんだか全然分かんなくて」

「あんたでも?」

「私でも、エルマさんもカトカさんも分かんなくてね、レインも駄目で、正直お手上げ、グルジアさんには聞きそびれちゃったな、まだ起きてるかな?いや、駄目ね」

「へー・・・なんだろ?」

ユーリが視線を戻すと、タロウは左目を閉じそれを見つめ、徐々にニヤーと薄汚い笑みを浮かべる、

「・・・なによ、知ってるの?」

「フフッ、凄いね、何?これが入ってたの?土産の中に」

「そうよー、それもいっぱい、緩衝材かもねーって思うんだけど」

「フフッ、ソフィア君、それは違うのだよー」

いよいよ嫌らしい笑みを顔面に満たすタロウ、あーこれだもんなとソフィアとユーリは目を細める、

「・・・で、何よ」

「うん、こっちでなんて呼ぶか分からないんだけど、俺の国では寒天って呼んでたな」

「カンテン?」

「変な名前ね」

「まったくだ、しかし・・・フフッ、これはいいぞ、早速何か作るか?もっとある?」

「いっぱい入ってたって言ったでしょ、でも、作る?」

「うん、これはね、食材だよ、それも・・・可能性は無限大」

「ちょっと、何よそれ」

「フフッ、楽しいぞ、これは甘くしてもいいし、野菜と合わせてもいい、棒寒天ってのが何よりいい、少し手間がかかるけど・・・そっか、紅茶ゼリーもいいなー、ミルクゼリー・・・コーヒーゼリーも捨てがたいが、まだ駄目だな、ヘヘッ」

「気持ち悪いわねー」

「まったくだわ」

友人と妻に若干距離を取られてしまうタロウであった、しかし、

「まぁまぁ、難しく無いよ、すんごい単純、ミルクまだあるよね」

「あるわよ」

「ん、じゃ、早速・・・折角だ、ユーリも手伝え、ビックリするぞ、絶対」

タロウは勢いよく立ち上がるも、

「今からやるの?料理を?」

ユーリは嫌そうにタロウを見上げ、ソフィアも実にめんどくさそうに目を細める、

「そだよ」

「もう、お腹いっぱいよ」

「別に今食べろとは言わないよ、明日のお楽しみって事にしてさ」

「ならいいけど・・・」

「そんなに簡単なの?」

「おう、ミナでも作れるぞ、多分だけど」

「そんなに?」

「そんなに、ほれ、やるぞ、光柱持っていくか」

俄然やる気になっているタロウと、急に何だよと顔を顰める幼馴染の二人組である、結局そのまま厨房に入った三人は生徒達が寝静まったであろう闇夜の中、バタバタと厨房を騒がせるのであった。
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