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72話 初雪 その12

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それから夕食後となる、今日の夕食は野菜タップリの焼きシロメンに、一人当たり二枚の魚の干物の焼物であった、皆これは凄いと歓声を上げ、グルジアさん頂きまーすと盛大な合唱が寮を震わせた、当のグルジアは恥ずかしそうにどうぞと返しており、皆焼いた干物を頭から貪り、干物独特の塩気と旨味を堪能する、そこでタロウが思うのはやはり王国民は歯と顎が頑健である事であった、それもそのはずで、肉は固く、パンも固い、柔らかいといえば粥や煮物、卵料理の類も柔らかい部類に入るが、主食となるであろうパンと、主菜となるであろう干し肉類の固さは辟易とさせられる程であった、しかしこの寮にあってはソフィアの料理の腕とタロウの入れ知恵もあってか全体的に柔らかく調理された料理が多い、それでも幼少の頃から固い食材に鍛えられてきた生徒達も大人達にとっても、しっかりと焼き上げた小魚の骨を噛み砕く事など容易なのであろう、また細かく骨を取るという習慣もないらしい、ミナでさえ少々食べづらそうにしているが頭から干物に噛り付き、美味しい美味しいと笑顔なのである、大したものだと思うタロウであった、そして、皆満足そうに手を止めた頃合いで、

「では、試してみるかね?」

ニヤリとタロウは微笑む、

「うん、飲みたいー」

と満腹になって眠そうに目を擦っていた筈のミナがピョンと飛び跳ね、いよいよかと生徒達がタロウを睨む、無論大人達もタロウの浮かれたようなはしゃぎぶりに強い好奇心を抱かざるを得なかった、

「おっ、復活か?」

「なにそれー」

「目、覚めた?」

「うん、お茶ー、ミナも飲むー」

「そうかそうか、でもあれだぞ、ミナはちょっとだけだぞー」

「えー、なんでー」

「眠れなくなっちゃうから」

「えー、ならないー」

「なるの、みんなも飲み過ぎ注意だからね、慣れてないと本当に眠れなくなる、あっ、それと」

「それと?」

ミナがタロウを見上げ、他の面々もまだあるのかと目を細める、

「夜中トイレに行きたくなるから、飲み過ぎるとね、その点も注意」

「ちょっと、なによそれ」

ユーリがそんな事を言われたら楽しめないだろうとタロウを睨みつける、

「そういうものなの、健康にはいいんだぞ、何事も溜め込むのは良くない、大きい方も小さい方も出すこと大事、溜めちゃ駄目」

食事が終わった後だからいいものの、急に何を言い出すのかと目を細める一同であった、

「はいはい、じゃ、片付けちゃって、お湯沸かす?」

「そだね、それと、子供用にはミルクがいいかな?」

「ミルク?」

「うん、それと、レモンもまだある?」

「あるわよー」

「じゃ、それと、黒糖を砕いてー」

と機嫌良くタロウは腰を上げ、ではと片付け始める一同であった、こうなると可哀そうなのがミーンである、外はそろそろ帰路に就かないと危ないなと感じる程に暗くなっており、先日も門衛の一人がわざわざ自宅まで送ってくれたのだ、ミーンは何度もありがとうございますと頭を下げてしまい、迎えにでた両親も門衛に感謝を告げている、これも仕事ですと門衛は笑顔を見せたのであるが、ミーンとしてはその門衛が本来であれば王太子であるイフナースの近衛である事は当然承知しており、そのような人に夜道を送られたとあっては嬉しいよりも恐縮してしまうのは当然の事であった、

「もう、だから言ってるのにー」

寂しそうに顔を歪めるミーンに相棒のティルがまったくと腰に手を当てる、ティルはブレフトに頼み込んで屋敷の使用人部屋の一室をミーンの為に用意した、ミーンはそれは本当に申し訳ないと恐縮し辞退しているのであるが、ブレフトももうとっくに夜が長い季節になっていると、毎日でなくても忙しい日に寝泊まりする程度でも良いのだよととティルと共に優しく説得したが、ミーンは恐縮するばかりで、仕方が無いと二人は諦めている、

「うー・・・そうですけどー」

「まぁ、ほら、明日ちゃんと教えるから、エレイン会長もいらっしゃるしね、今日は気を付けて帰りなさい」

「そうしますー」

後ろ髪を引かれつつ階段に向かうミーンに、

「ん、じゃ、あれだ、少し多めにティルさんには渡しておくからさ、明日にでもお店の人達で試してみてよ」

タロウが優しく微笑み、ミーンはお心遣いありがとうございますと丁寧に頭を下げて階段に消えた、そして、

「じゃ、改めて・・・」

と皿洗いを終えたソフィアとミーン、今日の当番であるケイスとルルが戻った所でタロウは一同を見渡した、

「勿体ぶらないではやくしてよー、白湯も飲まないで待ってるんだからー」

ユーリがブーブーと騒ぎ出すも、それにつられる者はいなかった、ありゃとユーリは顔を顰める、

「ふふん、まぁ、そんなにいいものでもないんだけどね、俺の国の楽しみ方だから、お好みに合わなかったら申し訳ない、先に謝っとく」

とタロウは沸騰したてのお湯が入った水差しを手にし、

「まぁ、お茶の淹れ方自体はね、君らのそれと大差無くて、だから、まぁ、ティルさんとかオリビアさんは慣れたものだろうけど」

とカチャカチャと茶道具を鳴らしあっさりと湯呑に注ぐ、手際がいいなーとティルとオリビアは感心してしまい、

「あら、様になってるじゃない」

ユーリも茶化す、

「んー、見様見真似ってやつさ、ほら、まずは香りを楽しんで」

数個の湯呑を満たし、各テーブルに配るタロウである、すぐに顔が近づいて、

「あー・・・ほんとだ、良い香りー」

「そうですねー・・・何か落ち着くー」

「うん、なんていうんだろ・・・花の香りでもないし」

「独特ですね、果物みたいな甘い感じもするし・・・」

「そだねー、何か・・・薬草の感じもある」

「それはだって乾燥した草だもん」

「それもそっか」

「そうだよー」

と顔を付き寄せて感想を交換する一同に、

「じゃ、それをまずはちょっと回し飲みしてて、そのあいだに準備するから」

とタロウはさらに茶道具を手にし、ソフィアも一人じゃ無理そうねと手伝いに回る、女性達はタロウの言葉の通りに湯呑を手にして舌を濡らす程度に回し飲みを始め、

「わっ、へー」

「あー、ちょっと渋い?」

「うん、香りの印象とちょっと違うかな?」

「だねー、苦いってわけじゃないけど・・・」

「大人の味だ・・・」

「あっ、それだ」

「だよね」

「うー、美味しくないー」

ミナがンベーと舌を出してタロウを見上げる、

「ありゃ、駄目か?」

「ダメー、美味しくない、もっと、美味しいんじゃないのー」

「美味しいぞ」

「美味しくない」

「ありゃ、お子様めー」

「お子様なのー」

「そりゃそうか」

「そうなのー、ユラ様の甘いお茶が良かったー」

「へー、そんなのあるのか?」

「あるのー、ユラ様優しいのー」

「ありゃ、じゃ、ミナは・・・どうしようかな・・・あっ、でね」

とタロウは顔を上げ、

「まぁ、ミナの言う通りでね、そのままだと苦いとは言わないけど、まぁお茶だし、美味しいってものでは無いと思うけど、このお茶はね黒糖とか、ミルクとか、レモンを入れるとより美味しくなるんだな」

ヘーと感心する声が響く、

「なもんで、準備してあるし、そのままのお茶が良いって人はそのように、ミナはそうだな、黒糖をタップリ入れてミルクで割るか」

「なにそれー」

「美味しいぞ、甘くて」

「ホント?」

「ホント、あっ、蜂蜜を溶かしてもいいんだけど、まぁ、取り合えず」

とタロウはミナの分から淹れ始め、ソフィアがそのままで飲みたい人と声をかける、真っ先にオリビアとティルの手が上がり、エルマとエレイン、ユーリとテラの大人組も続いた、そしてこれまた手際よくタロウがミナに茶を出すと、生徒達は腰を上げてミナが手にしたミルクティーを覗き込む、

「飲んでみ?」

「うん」

ミナはシゲシゲと湯呑を覗き、やがてオズオズと口を近づけた、そして、

「んー、甘ーい、ミルクだー、熱くない」

「だろ?」

「うん、これ美味しいー」

「そりゃ、甘くすれば美味しいでしょうよ」

ソフィアがそりゃそうだろと素っ気なく、大人組に茶を配る、

「まぁね、じゃ、ほら、こんな感じでね、自分で味を調整して楽しむものだから、お好きにどうぞ」

ウズウズと落ち着きのない女性達にタロウは微笑む、ここは私がとオリビアとティルが腰を上げた、ソフィアから受け取った茶には二口ほど口をつけた、その茶は確かにこれは違うかもと感じる甘い香りと深い苦味、その中にほのかに感じる果物のような甘さ、それらが何とも複雑に交錯し、大変に奥深いものであった、

「・・・これ、いいわね・・・」

「ですね、落ち着きます・・・」

「・・・ホットしますねー」

「そうねー」

大人達はどうやらゆったりと楽しむ事としたらしい、

「ふふん、どうよ、エレインさん、これ、今度のお店で出せば絶対受けるぞ」

「・・・あっ、そうですね、はい、えっと・・・」

ハッと目を見開くエレインであった、夕食前もまったく同じ提案をされており、まずは試してからと、言い出した本人であるタロウが棚上げにしてしまった為、それはどうかと不愉快に思っていたところであった、

「まぁ、ほら、マリアさんに頼めばね大量に送ってくれるだろうしね、お店で使う分には充分だと思うし・・・ただあれかな、好評だとすぐに無くなるかもだけど」

「えっと、はい、そのなんで姉様の・・・」

「あっ、そうだよね、ほら、前に話さなかったかな?野菜を暖かい所で育てたいって話し」

「あっ、ありました」

「うん、それで今日ね、イザークさんとマリアさんとイージス君とスヒーダムに行って来たんだよ、転送陣も設置したからね、行き来がだいぶ楽になったのさ、あっ、言いふらしちゃだめだよ、国家機密ってやつだから、あくまでここだけの話し、外では絶対言わない事、いいね」

エッと驚く一同である、確かに野菜云々もその領地の件も聞いてはいたが、まさか今日その用向きを果たしていたとは思わなかったのだ、

「なっ・・・先に言って下さいよ、えー、私も行った事ないんですよ、スヒーダムには・・・」

愕然とするエレインに、そりゃそうなるだろうなとソフィアとユーリが目を細める、

「あら・・・言ってなかったっけ?」

「聞いてないです、もー、えー、いいなー、行ってみたいってズーッと思ってたんですよー、酷いですよー」

子供のように叫ぶエレインに、まぁ気持ちは分かるなーと同情してしまう生徒達、しかしその手はしっかりと茶に粉末にした黒糖を溶かし込んでおり、さてミルクにするか、輪切りになったレモンも気になるなとエレインどころではなかったりする、

「あー、でも、ほら、お仕事も大事でしょ」

「そっ・・・そうですけどー」

「大丈夫、時々行くことにしてるから」

「大丈夫の意味が分からないです」

「ん?フフン、マリアさんがね、是非スヒーダムで皆さんを歓待したいって言っててね、向こうの領主様も是非にって」

それは凄いと歓声に包まれる食堂であった、スヒーダムって遠いよねとか、名前だけは知ってるとか、どこにあるんだろうとかとざわつき始める、

「それと、マリアさんがガラス鏡が欲しいって言ってたからね、エレインさん、届ける?」

「勿論です、いつですか?」

ガタリと立ち上がるエレイン、

「そのうちー」

「だからいつですかー」

「まぁまぁ、落ち着いて、ほら、お茶飲んで、今はまずこっちだ、で・・・このお茶がね、スヒーダムのお茶で、お茶文化の始まりになる紅茶ってやつなんだよ」

ニヤニヤとはぐらかすタロウに、モーとエレインはドスンとばかりに座り直し、他の面々は紅茶?と湯呑を覗き込む、

「まぁ、そういう訳でね、みんなもほら、学園もあるし、そう簡単ではないけどね、その内マリアさんの所に遊びに行こうか、あっちはすんごい温かかったよ」

「そなの?」

ミナが目を輝かせてタロウを見上げる、

「おう、向こうの人は寒くなったっていってたけどさ、こっちの人からすれば秋か春って感じるだろうな」

ヘーそんなにーと驚きの声が広がった、

「でね、実はもう一つあってさ」

タロウはニヤリと微笑み、床の上、持ち込んだ三つの木箱の内の一つを開けると、

「これもね、探してたんだよ」

とジャラジャラと乾いた音のする乾燥して丸まった芋虫のようなものを取り出した、

「なによそれ?」

紅茶は知っていたソフィアであるが、それは初見であるらしい、今度はまた何だろうと首を伸ばす一同である、

「ん、落花生ってやつ、より可愛くピーナッツって呼ぼうか」

とタロウは適当な小皿に盛ってテーブルに置くと、

「この殻の中の豆がね、美味いんだ」

ニヤリと微笑み、その一つを割って二粒の茶色の豆を取り出すとその一つを口に放り込んだ、

「うん、美味い、ほれ、ミナ食ってみろ」

もう一つをミナに差し出す、ミナはその手からパクリと口に入れ、

「んー、美味しいー、お豆だー」

「だろー」

嬉しそうに微笑み合うタロウとミナに、また今日は寝る暇もなくなるぞと色めき立つ女性達であった。
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