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72話 初雪 その9

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それから正午を過ぎてティルとミーンが顔を出し、もうそんな時間かしらと今日の授業は終了する事としたエルマである、子供達は若干疲れた顔をしていたが、しかしどこか満足そうで、先程まで取り組んでいた計算問題を話題にワーキャーとはしゃいでいる、そして取り合えずと掃除を切り上げたソフィアとティルとミーンは厨房へ入り、カトカとエルマがさらに打合せをしていると、

「あー・・・御免、エルマさんカトカさんでもいいんだけど・・・」

とソフィアが厨房から戻って来た、手にした何かをシゲシゲと見つめている、

「何ですか?」

「なんでしょう?」

二人は同時に振り返った、

「あー、レインなら分かるかしら?」

と首を傾げるソフィアに、レインちゃん?とエルマは不思議そうに呟いてしまった、

「なんじゃ?」

レインは勉強も終わりだと寝台にあがって書に手を伸ばした所のようで、子供達は好きに遊んでていいわよとのエルマの言葉に早速と双六を持ち出している様子であった、

「これなんだけど、なんだか分かる?」

ソフィアが三人に手にした棒状の品を軽く振って見せる、

「・・・何ですそれ?」

「?すいません、よく見ても?」

「どうぞ、昨日のね、グルジアさんのお土産に入ってたんだけど、なんだかわかんなくて、乾物ばっかりだったから乾物何だろうけどね、なんだろね」

エルマが受け取り、カトカが覗き込む、レインもやれやれと寝台から下りてエルマの隣りに立つも三人は同時に首を傾げた、それは透けるように真っ白い棒状の品で、大変に軽い、そして確かにソフィアが言うように乾物を思わせる代物で、少し力を入れると砕けそうなほど脆く見えた、

「・・・わかんない?」

「すいません・・・」

「はい、私も・・・食べ物ですか?」

「多分そうなんだと思うんだけど・・・ティルさんもミーンさんも見たこと無いって、私も初めてなのよね、何となく原料は分かるんだけど、食べ物だとしてどうやって食べるのかまるで想像できなくて・・・」

「原料わかるんですか?」

エッとエルマとカトカがソフィアを見上げる、

「なんとなくよ、ほら、私、感がいいから」

ニコリと誤魔化すソフィアである、しかしカトカはアッと思い出す、ソフィア自身は明言していないし、ユーリも特に口にしていないのであるが、ソフィアは物体の本質を見抜く天性かあるいは後天的な何かを身に付けているように思う、無色の魔法石の時もそうであったし、また病についても本人はなんとなくと誤魔化しているがその病理を見抜き、挙句に治療まで行っている、カトカはそのソフィア特有の能力に薄々と感づいてはいたが問い質す事はしていない、絶対にはぐらかされるか逃げられるのが確定で、ユーリに聞いても恐らく同じ結果になろう、一研究者としては大変に気になる所ではあるが、現在の環境を下手に壊す必要は無いとそこは強く自重していた、

「感がいいって・・・その原料?ってなんなんです?」

「たぶん、草?」

「草?」

「うん、それも海の草だと思うんだけど・・・よくわかんないわね、海に木って生えてるのかしら・・・まぁ、草ね、海の、多分」

「くさ・・・」

エルマはシゲシゲとその棒を見つめ、カトカも思う所は多いがここはこちらに集中するかと切り替える、

「確かにのう・・・」

レインがウーンと顎先を指でかいた、

「レインでもわからない?」

「うむ、海の草ってのは合っているように思うが・・・はて、わざわざこんな形にするのか?」

「そうなのよねー・・・まっ、いっか、グルジアさんが戻ったら聞いてみましょう、知ってるかもね、持って来た本人だし」

「そう・・・ですね、すいません、お役に立てなくて」

エルマが丁寧にその棒をソフィアに返す、

「そんな、固い事言わないで下さいよ、カトカさんもレインも知らないんだったら、それこそね、ただのほら、藁束の代わりかもしれないし」

「藁束・・・あー、緩衝材ってやつですか?」

「そうよー、ほら乾物って固いわりには脆いから、それに値段もするし、そりゃ緩衝材ぐらい入れるでしょ、馬車で運ぶ事を考えればね」

「そうですよねー、その可能性もありますねー」

「そういう事、結構な量入ってたからね、それが正解かもよ」

「ありえます」

「ありえるわよね」

カトカが自信たっぷりに返し、ソフィアもそれならそれでと開き直る、エルマもレインもそれでいいならいいんだけどと納得はいかないが納得する事とした、

「ゴメンね、邪魔して、アッ、ミナー、いい加減それ脱ぎなさい」

あっという間に切り替えて寝台の上のミナを叱りつけるソフィアである、

「やだー」

「暑いでしょ」

「大丈夫ー」

「だいじょばない」

「タローに見せるのー」

「タロウが戻ったら着ればいいでしょ」

「めんどいー」

ブーブーと言い返すミナにソフィアはまったくと腰に手を当て、エルマとカトカも苦笑いで振り返る、なにせミナは外套を纏いマフラーを着けたままであったのだ、先程の計算の授業もそれで受け、エルマがやんわりと脱ぐように諭すも、頑として譲らず、まぁ、子供のやる事だしなと強く強制する事は無かった、

「・・・まったく、ミナー・・・おねーさんとしてそれはどうなのかしら?」

ソフィアがムッとミナを睨みつける、ムーとミナがソフィアを見つめ返すと、

「・・・うー・・・わがっだー」

渋々と寝台を下りるミナである、他の三人はニャンコ探しノシの準備を進めており、ミナがこう並べるのーと教えていた所で、さて次はとミナを見つめていた、

「まったく、少しはおねーさんらしくなったと思ったんだけどなー」

「うー、でもー、見せたいー」

「はいはい、いつでも見せれるでしょ、マフラーも外しなさい、暑いでしょ」

「えー、マフラーは大丈夫ー」

「だいじょうばない、口答えしないの、おねーさんならしっかりなさい」

「わがっだー」

ミナはトロトロと嫌そうに外套を脱ぎ、マフラーを外すと外套を玄関に戻し、

「ソフィー、これはー、何処に置くのー?」

とマフラーを捧げるようにソフィアに突き出す、

「あー、取り合えず編み物籠に突っ込んでおきなさい」

「ハーイ」

やっと素直な返事が響き、ミナは編み物籠にマフラーを入れ、そのまま寝台にあがった、すぐにどうやるのーと子供の嬌声が響き、えっとねーと騒がしくなる子供達である、

「まったく・・・」

「ふふっ、気持ちは分かりますねー」

「そうですね、わかります・・・」

カトカとエルマはニコニコとその様を見つめ、ソフィアはこんなもんかなと厨房へ戻った、今日の夕飯は干し魚の焼物で決定している、しかし今から取り掛かるのは若干早いかなと感じていた、故に少々手間のかかるシロメンでも作ろうかと考える、そういえばエルマの歓迎会もしたいかなと画策しつつ、さてどうしようかとすっかり手にした棒の活用は頭から抜けてしまっている、やがて公務時間終了の鐘が街中に響き、子供達も遊びに飽きたらしい、サスキアはレインの隣りで丸まって眠ってしまい、他の三人は書を広げてあーだこーだとまだ元気なようで、カトカはこんなもんですねと三階へ戻っている、エルマはさてと本業である数学に向かい合う事とした、ベルメルなる計算機を使い倒し自分の技術にしなければと黒板と木簡、ベルメルそのものへ手を伸ばす、そこへ、

「戻りましたー」

ヒョイと食堂に入って来たのはケイスである、寒そうに外套の胸元を掴み、その顔色も青白い、おかえりーとミナが顔を上げ、ノールとノーラも唱和した、

「ふふっ、どうでしたお勉強?」

ケイスがエルマに微笑みかける、

「とりあえずって感じですね」

笑顔を返すエルマである、しかしその表情が見える訳も無い、

「そうですか、じゃ、すぐに戻ります、ソフィアさんは・・・厨房ですよね」

「そうですね」

ハイッと明るく答えケイスは階段へ向かう、程なく戻ってくると、

「さて、練習しないとなんですが」

とムンと腕まくりをし黒板を手にしている、気合の入った表情であった、

「ありがとうございます、じゃ、ソファイさんですね」

エルマが腰を上げる間もなくケイスは厨房に走りソフィアの名を呼んだ、すぐにソフィアが食堂へ入ると、

「あら、一人?」

と首を傾げる、

「はい、何か今日急にあれなんです、謁見式?があるらしくて・・・」

ソフィアと共にケイスが席に着きつつ答えた、

「謁見式?」

「なにそれ?」

エルマとソフィアが同時にキョトンと問い返す、

「知りません?」

「聞いた事無いわねー」

「ですね、私も初めてです」

尚も不思議そうにケイスを見つめる二人に、違ったかなとケイスは思わず首を傾げた、確かに学園ではそう聞いており、そのまんまの名前なんだなと思った記憶がある、

「えっと・・・なんか、第六軍団?が到着して、それでその代表者を領主様が迎えるとか・・・」

「へー・・・」

「あっ、そっか、各軍団が到着するんですよね」

ソフィアは尚も不思議そうに、エルマはそんな事も聞いていたなと思い出す、すっかりとこの寮の忙しいんだか騒がしいんだか惚けているんだか得体のしれない雰囲気に飲まれてしまったが、王都でもモニケンダムが見知らぬ国から侵略されるとの話題で持ち切りで、王妃からもその旨をしっかりと説明されている、しかし王妃はまず危険は無いし、そうなってもクロノスとイフナースがなんとかすると余裕を見せており、その一言二言で戦争の話しは終わっていた、故にエルマもすっかりと失念していたのである、

「そうです、で、それを迎える?のと、お邪魔するって言ったら変ですけどね、軍団側の挨拶の為の簡単な式典だとか・・・」

「・・・そんな式典あったの?」

「・・・無いんですか?」

「聞いた事ないなー・・・」

「そう・・・ですね、私も詳しく無いので、なんとも」

うーんと首を傾げる二人である、ケイスはそういうものなのかなと取り合えず飲み込む事にして、

「まぁ、それをほら、みんなで見に行きました、戦術科の生徒達は絶対行くようにって学園長から通達があったみたいで、他の生徒はそれこそ、クロノス様とか近衛騎士団とか来るんじゃないかって事で、そんな感じです」

「あー、ただの見物?」

ソフィアの身も蓋も無い表現に、ケイスはそうですねと苦笑いを浮かべる、

「でも、クロノスなんか見て楽しいの?」

「いやだって、それはほら、先日も大人気でしたよ、クロノス様・・・学園で・・・それに近衛騎士団なんて見れないですよ、普通は」

「それもそうか、でも大したもんじゃないわよ、近衛も騎士団も」

「またそんな事言ってー」

「だってさ、不愛想だし、偉そうだし、リンドさんに聞いたらそうしなきゃ恰好がつかないんですって笑ってたけどね、まぁ・・・確かに見るだけならそこそこかしら・・・」

「・・・何か、不愛想ってのは分かる気がしますね・・・」

「でしょー、あっ、じゃ、今度呼ぶ?クロノスと騎士団の人達」

「呼ぶってそんな、簡単に・・・」

「美味い酒があるって言えば来るでしょ、鼻の下伸ばして」

「お酒でつらなくても、来るじゃないですかー、クロノス様はー」

「あら・・・ケイスさんも言うようになったわねー」

「そんなー、だって・・・もうほらー・・・」

「うん、分かる、あれよね、英雄様の有難みってものが無いのよね」

「そこまで言ってないですよー」

「そう?」

ニヤニヤと笑うソフィアに、笑っていいんだか悪いようなと顔を顰めるケイスである、エルマはそんな事も言っていたなと再び首を傾げる、確かクロノス殿下やイフナース殿下が時々遊びに来るとか、王妃達も何度か食事を共にしており、その時の料理が素晴らしかったとかなんとか、エルマはどこまで本当の事なのかなと半信半疑であったがどうやら本当の事らしい、

「まぁいいわ、じゃ、どうしようかな、昨日と同じように私の手でやりますか」

「ハイ」

ソフィアは左腕の袖をまくり上げテーブルに置いた、ケイスは姿勢を但し黒板を確認すると呼吸を整え、んっと視線に力を籠めるのであった。
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