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本編

72話 初雪 その4

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その後打ち合わせを終え、フェナは双方納得した上で雇用される事となり、エフモントはホッと小さく安堵する、何やら決まったようだとフロールとブロースは三つめの飴玉を口中に入れ、カラカロと嬉しそうで、ではそうなるととテラとフェナが一階に下りた、職場の中心となる厨房の視察の為で、テラはその道の熟練者であるフェナに今の内なら改善できる所もあるだろうからと意見を求め、フェナとしてもそういう事ならと奮起したようである、そしてエレインは遊んでいいわよと幼児二人に微笑みかけた、実際に子供達が動き回ってどんなもんだろうかと気にしていたのである、するとバッと立ち上がったブロースがまずは木窓に駆け寄り、街路を覗き込んで高い高いと騒ぎ始め、コラーとフロールが捕まえようとする、どうやら姉としてここは行儀良くするべきと思ったらしい、当然ブロースは逃げるものだから結局二人は好き放題に走り回り、やがて疲れたのか四つ目の飴玉を口にして、今度は別の部屋に向かう有様で、エレインはそれをニコニコと、エフモントはどうしたものかとエレインの表情を伺いつつ落ち着きが無い、孫を叱りつけるのは簡単なのであるが、どうやらエレインは何かを観察しているらしい、挙句二人を楽しそうに見ているものだから止めるのも違うかなと判断に迷っていた、

「フフッ、可愛らしいお孫さんですね」

エレインがニコリと振り返る、

「いやいや・・・申し訳ない、男親を亡くしているものだから少々甘やかしているかと思います」

「あら、そんな事はないですよ、フロールちゃんはちゃんとお姉さんですね、ブロース君も男の子ならこんなもんですよ」

「であれば・・・嬉しいのですが・・・いやはや・・・」

好き放題走り回るブロースと、もういいやと腰に手を当て御立腹なフロールである、エレインはマリアもこんな感じであったなと子供の頃を思い出す、いや、自分はマリアの後を追いかけるばかりで追わせることは無かったかなと首を傾げ、いや、それでも似たようなものだろうなと優しく微笑んだ、すると、

「あっ、今日の謁見式には参列されるのですかな?」

エフモントがそう言えばと口を開いた、

「謁見・・・ですか?」

エレインがハテと振り返る、

「はい、本日の午後になるかと思いますが、第六軍団が到着する予定でありまして」

「まぁ・・・早いですわね」

「ですね、恐らくですが、先日の広報より前に第六軍団は動いていた様子です、他の軍団も同じでしょうけど、やはり近いですからね、北ヘルデルは」

「なるほど・・・それで謁見ですか・・・」

「そうなります、部下達もてんやわんやですよ、教導団の仕事では無いだろうと思うのですが、こういう時に頼りになるのはやはり年寄り連中ですから」

エフモントが困ったもんだと鼻息を荒く吐き出す、

「フフッ、流石教導団ですわね」

「そうですね、そう言って頂けると嬉しいのですが、あっ、では、エレイン会長は呼ばれていないのですね」

「はい、私はほら、そこまで関わっておりませんから」

「そんな、領主様とも懇意にされていると聞いております」

「それはもう、大変に良くして頂いております、ですが、やはり軍関係までは・・・」

「左様ですか、これは不躾でしたな、失礼致しました」

「そんな、全然です、逆に初めて聞きました、ほら、どうしても女だけですと世事に疎くなりますし」

「いやいや、今日の謁見式は広報もされておりませんからな、街中では噂が広がっていますが、あくまで噂、しかし、もうすぐそこまで第六軍団は来ております、故に」

とエフモントは言葉を区切り、

「少々騒がしくはなっております」

「なるほど・・・そうなると・・・いよいよ・・・」

「はい、ですが、領主様はあくまで生活を維持するようにと厳命されております、各ギルドもその意向に沿う様子」

「そうですね、私どもには特にどうという指示も無いですが、まぁ・・・生活に直結する品を扱っているわけではないので、その点で後回しになっているかもしれません」

「なるほど・・・確かに・・・」

エフモントがうんうんと頷いた瞬間、アッとエレインは声を上げた、何事かとエフモントが顔を上げると、

「すいません、そう言えばこちらの店の手続きがまだでした、すっかり忘れてしまってましたわ」

とエレインが恥ずかしそうに微笑む、

「それはそれは・・・大丈夫なのですか?」

「はい、書類に関しては・・・というよりも、改築を終えてそれからと思っていて、それでは間に合わないかもなと思ってしまって、改築が予定よりも伸びる感じなのです・・・すいません、では、どうしようかな、フロールちゃん、ブロース君、下に行きましょう、暖かい所でゆっくりしましょう」

と流石に飽きたのか、暖炉の前に座り込むフロールと暖炉に首を突っ込んでいるブロースに声をかける、バッと同時に二人は振り返り、そのままダダッとエフモントの足にしがみ付いた、

「フフッ、じゃ、行きましょうか」

エレインはこんなもんかなと室内を見渡す、やはり動き回るのにはこの部屋は狭そうであった、テーブルを運び込み教室にしようと考えているが、どうやら暖炉の前に衝立が欲しいだろし、木窓の前にテーブルは置けないだろうな等と思う、どちらも幼児にとっては危険な代物のようで、ミナを見ていても良く分かる事なのだが、大人では考えられないことを突然やりだすのが子供なのであった、それは大変に楽しいのであるが、同時に大変に危なかっしい、ここは奥様達の意見も入れなければなと改めて思うエレインである、

「うん、行くー」

ブロースがピョンと飛び跳ね、もーとフロールがそれを押さえつける、

「はいはい、階段気を付けてね」

優しく微笑みエレインが先を歩き、テラとフェナが一階で合流するとぞろぞろとガラス鏡店へ向かった、ガラス鏡店では今日はケイランが陣頭指揮をとっている、さらに既にユスティーナが来ていたようで、

「奥様すいません、お迎えもしませんで」

エレインが慌てて駆け寄り、これはとエフモントは娘と孫を一歩下がらせた、フェナはすぐに感づくが、フロールとブロースは駆け出しそうな勢いで、不満そうにエフモントを見上げる、

「おはようございます、エレイン会長」

優雅に微笑むユスティーナである、さらにメイドが二人壁際に控えていた、

「おはようございます、ユスティーナ様」

落ち着いて頭を下げるエレインと、それに倣うテラとエフモント、フェナは強引にフロールとブロースの頭を押さえつけ、どうやらこれはと子供なりに事情を察し緊張感を取り戻した二人である、

「フフッ、忙しいのは分かっておりますから、ケイランにもね、呼び出すようなことはするなと言ったのです、気にしないでいいですよ」

ユスティーナの笑みに、エレインはありがとうございますと再度頭を下げた、

「でね、一つ相談がありましてね、まだお忙しい?」

「あっ、えっと・・・」

とエレインは振り返り、テラがコクリと頷いてエフモントらと共に退室した、エレインとしては暖かい部屋でエフモントとフェナと話したいと思っていたのである、今日の来客は午前の中頃の予定でそれまでは若干の時間もあり、またマルルースが来店する予定で、そうなると先触れもあるはずで、昨日のエフェリーンの時はそうであったのだ、

「はい、大丈夫ですね」

テラの気転、エフモントの気遣いがあったようで、エレインはすぐに振り返った、

「ごめんなさいね、で、なんだけど」

エレインを席に座らせてユスティーナは早速と本題に入る、なんでもヘルデルに転送陣が設置されたらしく、

「まぁ・・・それは素晴らしい・・・」

エレインが目を丸くした、

「フフッ、聞いてない?」

「はい、その・・・確かに、そうなんですよ、昨日、タロウさんとグルジアさんが御土産だと言って色々持ち込んでました・・・詳細は聞いてないのですが、珍しい組み合わせだなって思って・・・それに三階から下りて来ましたし・・・なるほど、そういう事であれば合点がいきます」

「あら、お土産?」

「はい、なんでもグルジアさんの御実家から贈られたとかなんとか、みんなで凄いって騒ぎになりまして・・・はい、そんな感じです」

「グルジアさん・・・あっ、先代様がおしゃってましたね、確か、その商会の娘さん?」

「はい、ヘルデルでも有数の商会ですね、私どももこの先お付き合いをする予定となります」

「まぁ・・・それはなんとも・・・人の縁ってものかしら・・・本当にあの寮は不思議ねぇ」

「まったくです」

目を丸くして驚きを共有する二人であった、その内容は大きく違うが驚きの量は変わらない感じである、

「そうなると・・・まぁいいわ、そんな感じでね、ヘルデルとの行き来が随分と楽・・・というか気楽になったみたいなのよ、特別な人だけになるけどね、あれよね、タロウさんも出来るのであればさっさとやってくれればいいのにね、カラミッド様もグズグズ言っていたみたいだし、まったく男共は駄目ね」

やれやれと微笑むユスティーナである、曰く、昨日の内にヘルデルとこの屋敷の二階が転送陣で結ばれ、ついては現公爵家の家族やヘルデルの有力者を歓待したいとマルヘリートが言い出したらしく、これにはユスティーナも当然であるがカラミッドもレアンも乗り気であり、レイナウトもそれはいいなと前向きであったが、クンラートは好きにしろと無関心であったらしい、そして今日、朝一番でマルヘリートとレイナウトはヘルデルに戻っており、それにレアンもヒョイヒョイとついていってしまったらしく、なるほど、今日はユスティーナが一人であったのはそういう事かと納得してしまったエレインである、

「恐らく政治的な配慮があったのではないかと思います」

「あら、エレインさんでもわかる?」

「はい、その・・・あの転送陣は、あまりにも・・・ですから・・・」

「そうよねー、王都に行った時も北ヘルデルにお邪魔したときもびっくりしたけど、便利過ぎるわよね」

「はい、ユーリ先生が頼り過ぎるなって言ってましたし、ソフィアさんも・・・なので、はい、普段はあまり考えないようにしております、寮でもその事は口にしないようにと」

「正しいわね・・・まぁ、いいわ、でね、その歓待なんだけど、こちらのお店にも招待したいと思いましてね」

「光栄です、ありがとうございます」

エレインはパッと顔を明るくするが、すぐに、

「あっ、王妃様の予約が・・・」

と振り返る、テラであれは把握している筈とその姿を探すが、エフモントと共に退室しており、代わりにケイランがサッと木簡を差し出した、どうやら事情はすでに聞いているらしい、ありがとうとホッと安堵して受け取るエレインであった、

「そうなのよね、私もほら、こちらの対応で顔を出すでしょ、ですから・・・少し考えたのです」

ユスティーナがニヤリとほくそ笑む、

「・・・何か?」

エレインが若干不安そうに顔を上げた、ユスティーナのこのような顔を見たのは初めてかもしれないと思う、

「折角ですから・・・王妃様とも面談できないかしらと思ってね」

エッと絶句するエレインであった、ここ数日はマルルースとエフェリーンが交代でその友人をガラス鏡店に招く予定となっている、その殆どにユスティーナとマルヘリートが同席する予定であった、

「あぁ、勿論あれよ、ちゃんと王妃様には相談するし、できればお二人がいらっしゃって、ウルジュラ様もいて頂けると嬉しいのだけどね」

「・・・はい、そうですよね」

「そういう事ね、だから、今日にもマルルース様に相談したいと思ってますの、エレインさんには出来れば助けて欲しいかなと思いまして」

「・・・なるほど・・・分かりました・・・」

これはまた重大事だなとエレインは口元を引き締めた、

「フフッ、ありがとう、エレインさんの助けがあればね、私もだいぶ気が楽ですわ」

「そんな、マルルース様もエフェリーン様もお優しい方です、きっと喜ばれます」

「そう簡単にいけばいいんだけど・・・ほら、どうしても・・・ね」

「はい、事情は良く理解しておりますが、エフェリーン様もマルルース様も友好には前向きですし」

「そうよね、でね、どうかしら、ある程度期日の候補を出しておきたいと思っておりましてね」

ユスティーナが振り返りメイドの一人が木簡を差し出した、

「少し先になってしまうけど、あっ、それとね・・・」

とさらに別の相談事が提起され、これは自分の出る幕なのかなとクラクラしつつも何とか対応するエレインであった。
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