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本編

72話 初雪 その3

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その頃改築中の新店舗である、エレインとテラが三階で打合せ中で、階下から職人達の作業音が響いている、

「なるほど・・・ありがとうございます、大変興味深いですね」

テラからエルマに依頼した幼児教育の件を報告され、エレインは大きく頷いた、

「すいません、少々先走ったかなと思ったのですが」

テラが神妙に付け加える、

「そんなことないですよ、テラさんにはどんどん先に行って頂かないと、回るものも回らなくなります」

「ありがとうございます」

ニコリと微笑む二人である、

「すると・・・そうね・・・場合によってはあれかしら、ここでは手狭になるかしら?」

エレインが室内を見渡した、木窓を開け放した上に暖炉も焚いていない、故に大変に寒く、二人共に外套を着たままであった、

「そうですね・・・ですが、初めの内はここでも充分です・・・と思いますよ、現時点では何人子供が来るかも分からないですし」

テラも室内を見渡す、その部屋は居間のような設えになっている、個人部屋二つ分程度の広さで、立派な暖炉も設置されていた、打合せをするには大変に丁度良い広さで、三階そのものが住み込む為の空間となっており、一階二階と違って個室が多い、

「そうね、様子を見ながら対応する事にしましょうか」

エレインは若干不安そうに首を傾げた、ここに子供と教師代わりの大人が入ると少々手狭かもなと感じる、エレインの良く知り、子供とはこういうものだなとするその姿は、ミナのものであった、故にミナを基準に考えるとどうしても狭いように感じる、何せミナは事ある毎に走り回る、寮の食堂はこの部屋の倍程度の大きさはあるのだが、それでも狭いと感じてしまう事があり、ミナのような幼児が複数人詰め込まれたらとてもではないがじっとしている事は無いはずで、しかし、そこにエルマのような教師か大人がいればまた変わるのだろうかなとも考える、

「はい、それが宜しいかと・・・」

テラも納得した所に、職人の一人がヒョイと顔を出し来客を告げた、これは申し訳ないとテラは慌てて立ち上がり、職人はかまわんですよと人当たりの良い笑顔を浮かべる、すぐにテラは階下へ向かいその客と三階に戻った、

「おはようございます、朝早くからすいません」

来客はエフモントであった、厚い外套を羽織ったままゆっくりと頭を垂れ、その隣の女性もそれに倣う、二人の足元には興味深そうにキョロキョロしている二人の幼子があった、

「こちらこそ申し訳ないです、できれば事務所でお会いできればと思ったのですが、なにぶん忙しくさせて頂いてまして」

「そんな、お時間を頂けただけでも嬉しいです」

エレインとエフモントは柔らかく微笑み、女性は静かに控えている、子供達は不安そうに女性の裾を掴んで離さず、ジッとエレインを見つめていた、

「さっ、こちらへ、すいません、お茶を用意出来ればと思うのですが、軽く打合せを済ませて、この建物を確認下さい、それが終わったらガラス鏡店でゆっくり温まりましょう」

テラが先に立って四人を誘う、それは嬉しいとエフモントは微笑み、そうして中央のテーブルに六人が腰を下ろすと、

「まずは、挨拶を」

とテラが自身とエレインを女性に向けて紹介し、エフモントは、

「御叮嚀にありがとうございます、こちらが娘のフェナ、こちらが長女のフロール、長男のブロースになります」

緊張しているのか硬い表情のまま頭を垂れるフェナと、それを真似るフロール、ブロースはジッとエレインとテラを見つめたまま固まっている、

「よろしくお願いします、そっか、確かガラス鏡店のお披露目にいらっしゃいましたよね」

エレインがニコリと微笑んだ、

「はい、その節はありがとうございます、大変その・・・勉強になりました、大変に豪華で、この世のものともは思えない体験でした」

フェナがサッと顔を上げた、まさか覚えていてくれたとは思っておらず、小さく感激してしまう、

「それは良かったです、あの時はゆっくり話しもできなくてごめんなさいね」

エレインはさらに優しい笑みを子供二人に向けた、確かこの二人もお披露目会に顔を出していた筈で、しかしその時は恥ずかしそうにフェナの後ろに隠れていた記憶がある、

「そうでしたか、では話は早いですね」

とテラが切り出した、今日この四人を招いたのは他でもないフェナとの面接である、エフモントとはある程度打合せ済みであり、エレインもテラもフェナの雇用には前向きで、雇用条件に関してもエフモントは貰い過ぎですよと恐縮する程の額を提示している、それだけ扱き使うと思いますと二人は冗談めかして微笑むが、その金額はエフモントも把握している六花商会の言わば標準的な金額であった、そして後は本人の意思確認と、懸案となる子供達の扱いに関してとなる、

「どうでしょう、まずは・・・そうですね、子供達についてなのですが、現時点はこちらの部屋・・・というか、この三階で子供達を預かる形になると思います」

「・・・なるほど・・・いや、他の部屋もあるのですね・・・」

「はい、この部屋を中心にして、勿論、倉庫と事務室も設けますが、他の部屋は託児所として使用する予定です、まだまだ・・・初めての試みなのでどうなるかは手探りで・・・」

エフモントは確かにと頷き、フェナはキョロキョロと室内を見渡している、さらに大きく振り返り階段や他の部屋の扉を見つめ、何やら納得したようで、子供達はなにがなにやらと不思議そうに大人達を見つめていた、

「いかがでしょうか、その、改築中なので暖炉を焚けませんし、大変に埃っぽいのですが、勿論ですが過ごし易いように設備は整える予定です、掃除も勿論しっかりやりますしね」

エレインが冗談めかしてフェナに問う、フェナはハッと振り返り、

「はい、すいません、何か・・・その・・・」

フェナが思考を整えつつ、

「すいません、ここまで本格的と言うか・・・しっかり考えていらっしゃったとは思いもよりませんで・・・」

と続け、

「素晴らしい試みだと思います、詳細を父から聞いた時にはまるで・・・はい、信じられなくて・・・私が理想とする職場であったものですから、舞い上がってしまいました・・・少々その押しつけがましいというか・・・僭越というか・・・そう感じる事もありまして」

小さく肩を窄めて恐縮するフェナであった、エフモントから六花商会については大分前から話されており、お前が良ければ紹介するぞと言われていたが、フロールとブロースが心配で、またエフモントの稼ぎで充分生活も出来た為、働きに出たいとは考えていたが諦めてしまっていた、もしフェナの母親が存命であれば二人と家事を任せて飛び出していただろうなと思う、父一人娘一人幼児二人の生活ではどうしても難しかったのだ、

「僭越なんてそんな事はないですよ、どうでしょう、こちらではやはり・・・あれですか、そういう、仕事をしたくても難しい女性は多いものなんですか?」

エレインが静かに問う、

「はい」

フェナは勢いよく答えてしまい、アッと小さくなって、

「すいません、私の知り合いにも似たような境遇の知人は多いです、父からも、その部下の人達ですか、その中でもそういう人は多いぞって聞いてます、あっ、でもあれですね、ちゃんとほら、その旦那さんは稼いでますから困窮するような事はないのですが、それでも、はい、仕事ができるのであれば嬉しいと思います」

ゆっくりと落ち着いて答えるフェナである、

「なるほど・・・そうですよね、うちの奥様方、あっ、従業員ですね、も、皆さん御両親が健在で、そちらに子供を任せられる人ばかりです、それでも毎日仕事をするのは難しいって事で、その都合に併せてお仕事をしてもらってます、あっ、そうだ・・・」

とエレインは懐から小さな木箱を取り出すと、

「はい、どうぞ、アメというんですけど、食べた事あるかしら?」

そっと子供の前に置いて蓋を開けた、真っ白に光る飴玉が詰まっており、フロールとブロースは何だろうと不思議そうに覗き込み、

「アメですか?・・・あぁ、聞いてます、はい、奥様方があれは美味しいと・・・」

エフモントとフェナも興味深そうにしている、

「お二人もどうぞ、甘くて美味しいですよ、いかがかしら?」

エレインがフロールとブロースに微笑みかけるも、二人は不安そうにフェナを見上げるばかりであった、

「あら、簡単ですよ、こうやって摘まんで・・・」

エレインがその一つを摘まんで口に放り込む、エッと二人はエレインを見つめ、

「口の中でコロコロと転がすんです、甘くて美味しいですよ」

ニコリと微笑むエレインにどうしたものかと二人はフェナとエレインを交互に見つめてしまう、

「お心遣いありがとうございます、ほれ、頂いていいんだぞ」

エフモントが優しく孫に語りかける、しかし、二人は手を伸ばすのをためらっている様子で、フフッとエフモントは微笑み、どうぞとフェナが飴玉を一つ取り出してフロールの口に運んだ、ンッとその指先を見つめパクリと口に入れるフロールである、ブロースが不安そうにフロールを見つめるも、

「アマーイ、美味しいー」

フロールが弾けるような笑顔でピョンと腰を浮かせた、ウフフと微笑む大人達と今度は一点ムッと顔を顰めるブロースである、すぐに、

「ほら、ブロースも」

フェナがすぐに飴玉を差し出す、身を乗り出して口に入れるブロースである、途端、ンーと声にならない声を上げて、笑顔を見せるブロース、

「ふふっ、美味しいでしょ?」

柔らかく微笑むエレインに、二人は大きくコクコクと頷いた、

「あっ、噛んじゃ駄目よ、あっという間に無くなっちゃうからね」

さらに無言で頷く二人である、

「フフッ、さ、お二人もどうぞ、お茶代わりになるかなと思ったのですけど・・・少しあれでね、真面目な話をする場では行儀が悪く見えますね」

「かもしれませんが・・・いや、会長の勧めには従いませんと」

エフモントが手を伸ばし、そういう事ならとフェナも手を伸ばす、そして同時に、これは美味しいと笑顔を見せた、

「良かったです、ほら、テラさんも」

「エッ、私もですか?」

「そうですよ、あなた一人だけ仲間外れは良くないです」

「もう・・・」

顔を顰めながらも手を伸ばすテラである、すると、ガリガリと飴を砕く音が響き、ゴクンとブロースが飲み込んだようで、

「あっ・・・」

と一同の視線がブロースに向かう、

「食べちゃった・・・」

嬉しそうにそして意地悪そうに微笑むブロースに、男の子だなーとテラは微笑み、まぁとエレインは驚いた、

「こら、噛んじゃ駄目って言われたでしょ」

フェナがすぐに叱りつけるが、ブロースはエヘヘと微笑み反省する素振りは無い、

「フフッ、足りなかった?」

「タリナーイ」

飴玉一つでどうやらブロースの心を掴んでしまったエレインである、対してフロールは真面目に舌の上で味わっており、この弟はと非難の視線を向けている、

「そっか・・・でも、そうね、お姉さんが食べ終わってからにしましょうね」

「えー、もっとー」

「駄目です、これはね、上品に味を楽しむものなのよ、それが出来ない子には待ってもらいます」

「えー・・・」

と悲しそうにエレインを見つめるブロースにほらとばかりに得意そうな顔になるフロール、確かにその通りだとエフモントとフェナも笑顔を見せた、

「フフッ、そうだ、その託児所なんですけどね、この程度のお菓子も用意しようかなと考えてます、他にも・・・そうですね、私もテラさんも子育ての経験が無いものですから、皆さんのお知恵をお借りしたいとも思っております、どうでしょう、フェナさん、少々・・・その初めての事ばかりになります、お仕事の経験を活かすのも勿論なのですが、託児所の運営にも意見と御協力を頂ければと思います」

口中で飴玉を転がしながら固い口調に戻ったエレインである、フェナはホヘーと感心してしまった、エフモントから聞いてはいたが、エレインは大変に理知的でそして優しい、どうやら子供好きでもあるらしい、貴族であるとはいえこのように気さくでしっかりとした女性がいるのだなと呆けてしまい、アッと背筋を伸ばすと、

「はい、私で良ければ何なりと、その、はい、お役に立てれば嬉しいです」

ソロソロと木箱に伸びるブロースの手をパシリと叩き、目の色を変えたフェナであった。
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