セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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72話 初雪 その1

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翌日、未だ暗い未明の中モニケンダムの街中にチラチラと白く小さなものが舞い落ちる、雪であった、

「起きろ、朝だぞ」

暖炉に薪を焚き付けながらレインが声をかけた、赤い炎がその小さな顔を照り返し、長く黒い髪が艶やかに輝く、反応が無いなと黒色の瞳が寝台に向かった、

「うー・・・アーザー・・・」

数枚の毛布がもぞもぞと動いて小山になった、ウーとかガーとか呻きつつその小山からミナの顔がヌソリと飛び出す、

「サームーイー・・・」

ミナが半眼で振り返る、

「おう、寒いな・・・雪じゃぞ、すっかり冬も本番じゃな」

レインは視線を戻して薪をくべる、どうやら今日もミナは調子が良いらしい、付き合い始めてから毎朝冷や冷やもので起こしているが、こちらに来てからは起きれない事も無く、発熱する事も無い、どうやらこの街はミナと相性が良いらしい、若しくは精霊の木のお陰か、食生活が良くなったのか、いや、単に成長しただけかもしれない、このまま順調にいってくれればなとレインは思う、

「雪!!」

突然ミナがガバリと毛布を跳ね除けた、

「なんじゃ!!」

レインは思わず叫んで振り返る、

「雪?」

「雪じゃぞ」

「ホント?」

「本当じゃ」

「ユキー」

そのまま木窓に駆け寄り、背伸びをしてなんとかこじ開けた、レインが止める間もない、もう少し温めてから開きたかったのだがと思うも、

「雪だー、降ってるー、寒いー」

街路にチラチラと落ち続ける雪を見上げ、ミナがピョンピョン飛び跳ねた、

「何じゃ、珍しくもなかろう」

「えー、雪だよー、遊ぶー」

その勢いのままミナは厨房に駆け出した、オイオイとレインはそれを見送るが、すぐにやれやれと腰を上げてその背を追った、

「まだ積もってもおらんだろ」

ミナはつっかけに履き替え勝手口をうんしょと開き、

「えー、すぐ積もるー、絶対積もるー」

「すぐに止むじゃろ」

「やだー、積もるー」

「いやだで積もったら世話無いわ」

「ブー、レインのいけずー」

「おいおい、落ち着け」

ミナはそのまま内庭に駆け出し、雪だーと再び叫んだようで、

「何がそんなに楽しいのやら・・・」

思わず本心を口にしてその後を追うしかないレインであった。



そのままミナは内庭を駆け回り、そのままの勢いで宿舎に突撃する、バタバタと階段を鳴らしてソフィアとタロウの寝室に駆け込み、

「雪だー」

と叫んで二人が眠る寝台に豪快に飛び込んだ、ムオッ、フガッと間の抜けた悲鳴が二つ響き、

「どした?」

「なによー?」

寝ぼけ眼の二人がゆっくりと顔を上げる、

「雪、朝、降ってるー」

「ユキ?」

「うん、雪、降ってるー」

食堂にある寝台のつもりで飛び跳ねるミナであったが、二人の寝台は反発力の全く無い藁を敷いただけのそれである、ありゃとミナは首を傾げ、しかし、それならとミナは大きく飛び跳ね、

「ウオッ」

今度の悲鳴は一つである、ミナはタロウに馬乗りになり、

「雪降ったー、起きろー」

「あー、そうかー、雪ねー」

暗がりの中ソフィアがゴソゴソとウーアー言いながら寝台から足を下ろし、その寒さにブルリと身体を震わせた、昨日よりも各段に冷え込んでいると感じる、なるほど雪も降るわけだとスリッパをつっかけた、その背後では、

「オ・モ・イ・・・」

タロウはなんとかそれだけを言い置いて、ぐったりと全身から力を抜く、

「重くないー、平気でしょー、早く起きてー」

ミナはバンバンと遠慮なくタロウの胸を両手で叩くも、タロウの反応は無い、ムーとミナはタロウを見下ろし、

「起きてー、ユキー」

タロウに跨ったまま元気に飛び跳ねる、タロウも流石にこれには、

「グオッ、分かった、起きるから、重いから」

と降参したようで、

「うん、起きてー」

「はいはい・・・」

すっかり覚醒させられたタロウがゆっくりと半身を起こした、

「それでいい、雪、遊ぶー」

調子に乗ってタロウの頭を叩き出すミナである、

「遊ぶって、もうそんなに積もったのか?」

タロウはその手をやんわりと除けると、

「まだ、積もるまで遊ぶ」

「何だそれ?」

「なんでもいいのー、遊ぶのー」

「積もってないのに?」

「うん」

「どうやって?」

「なんとかしてー」

「寝ぼけてるの?」

ソフィアもどうしたもんだかと問いかける、

「寝ぼけてないー、遊びたいのー、雪でー」

「積もらなきゃ駄目だろ」

「じゃ、積もらせてー」

「・・・それは無理だ」

「無理じゃない、タロウなら出来るー」

「無理」

「出来るー」

「そうねぇ、タロウさんなら出来るかもねー」

やれやれとソフィアは腰を上げ、椅子に掛けていた上着を羽織る、それだけでは寒いかなと感じるも身体を動かせば大丈夫かしらとさらに前掛けに手を伸ばした、

「出来るでしょー」

「・・・あー・・・そんなに遊びたかったらクロノスの所に行くか?向こうはすっかり積もってたぞ」

「行く!!」

ミナがバッと立ち上がった、

「何言いだすのよ」

「駄目かな?」

「止めときなさい、第一あっちの雪は洒落にならないでしょ」

「まずなー」

北ヘルデルの雪は深く厚く重い、かの大戦時にも雪が降ると魔族ですらどうしようもなく一時的な休戦になる事が多かった、しかし魔族自体は雪には慣れているらしく、雪の為に生活を滞らせる事は無かったようで、冬の海でも当然のように活動している、後々タロウが踏み込んだ魔族の大陸には夏場であっても高い山々には白い雪が残っていた、その光景から想像するに冬はやはり厳しいのかなとタロウは思ったものである、

「行くー、クロノスと遊ぶー」

すっかりその気になってしまったミナに、

「駄目よー、今日はノールちゃん達も来るでしょ」

「一緒に行くー」

「ダーメ」

「ブー、ケチー」

「はいはい、ケチで結構よ、さっ、朝のお仕事しないとね」

ソフィアは髪をかき上げまとめながら階段へ向かい、

「そうだぞ、ミナ、メダカのお世話はしたのか?」

タロウはよいしょとミナを抱き上げるもすっかり重くなったミナである、オッと気を抜いた瞬間にバランスを崩して再び横になってしまった、やれやれとタロウは微笑むも、

「まだだよー」

丁度良いとばかりに胸の上にミナが跨る、

「そっかー、じゃ、やらないと駄目だろ」

「ウー、わかったー」

「うん」

ニヤリと微笑みタロウが勢いよく半身を上げると、油断していたミナがコロンと転がった、

「ムー、やったなー、タロー」

ガバリと起き上がるミナ、

「油断してたミナ君が悪いのだよ」

ガッハッハと高笑いをするタロウ、

「ムカー、負けるかー」

「ほう、来るのか、ミナ君?」

余裕の笑みを浮かべるタロウにミナは猛然と頭から突っ込み、再びギャーギャーと戯れ始める二人であった。



タロウが学園に向かいルカスと適当に談笑しつつ牛と豚の様子を確認し、そのままイフナースの屋敷に入った、ここ数日のルーチンワークというやつである、しかし今日は少しだけ異なっている、タロウは王城に続く転送陣を潜ると、さてどんなもんかなと守衛に声を掛けた、普段であれば荒野の施設に向かう所であるが、今日はイザークと共にスヒーダムを探訪する予定で、堅苦しい会議からも血生臭い軍隊からも解放されていた、

「わっ、早いですね、おはようございます」

守衛に呼ばれたメイドに従って応接室に入ると既にイザークとマリア、イージスの姿があり、マリエッテと乳母の姿は無い、さらに数人の従者もいるようで、皆王城内であるにも関わらず外套を羽織ったままであった、モニケンダムと王都の時差はかなりある、タロウが思うに1時間程は違うはずで、王都の方が西にある為で、恐らく王都はまだ仕事も始まっていない時間帯であった、

「おはようございます」

三人は柔らかい笑みでタロウを迎え、従者達はゆっくりと頭を垂れる、

「今日は宜しくお願いします」

イージスがピョコンと頭を下げた、タロウは、

「いやいや、こちらこそですよ、御令息、御父上にはお忙しい中御迷惑をおかけします」

ゆっくりと丁寧な挨拶を返した、常と異なる慇懃な言葉と態度を操るタロウをイージスは不思議そうな顔で見上げてしまう、

「そんな堅苦しい、こちらが困ってしまいます」

とイザークが苦笑いである、イザークとはここ数日ですっかり打ち解けてしまっている、イフナースの副官として常にその側にあり、当然のようにタロウとも接点が多い、タロウはタロウでイフナースやクロノスには大変に砕けた態度なものだから、イザークとしてもそっちの方が最早付き合い易い状態になってしまっていた、

「そうですか?」

「そうですよ、それに御礼を言わなければならないのはこちらです」

「いやいや、そこはほら、諸々が上手い事行った後ということで」

「そんな、転送陣の設置だけでも嬉しい事です」

「そうでしょうけどね、まぁ、では早速行きますか、御三人さんと従者さんで宜しいですね」

タロウがそのまま振り返る、向こうでどれだけ時間がかかるか分からない事もあり、さっさと移動してしまい所であった、しかし、

「すいません、もう少し増える事になりまして・・・」

イザークがさらに苦笑いを浮かべた、

「もう少し?」

「はい・・・」

とイザークが振り返る、その先のマリアも見事な苦笑いである、

「はて・・・」

タロウが首を傾げた刹那、

「おう、早いな」

タロウの背後で聞き慣れた声が響き、

「そうね、こんなに早くて向こうは対応できるのかしら?」

と不愉快そうな女性の声が続く、アチャーそういう事かとタロウはゆっくりと振り向き、

「おはようございます、陛下、王妃様、御機嫌麗しゅう」

ゆっくりと頭を下げた、イザーク達もそれに倣ったようである、

「ん、何だ、ここではちゃんとしているのだな」

「そうねー、まぁ、向こうはほら、田舎ですから」

「そう言うな、あれはあれで気楽で良いぞ」

「それは認めます」

ボニファースとエフェリーンであった、さらにぞろぞろと恐らく近衛の大男が続いている、ボニファースは普段着としている紫のローブでは無く、エフェリーンもまた訪問着だなと思える服装であるが、上質ではあるが派手では無い、近衛の男達も鎧姿では無いが厳めしい顔はいつも通りで、

「えっと・・・そういう事ですか・・・」

タロウが顔を上げつつボニファースに確認すると、

「うむ、スヒーダムはまだ行った事が無くてな、まだ暖かいのであろう?」

「そうですわね、こちらはすっかり寒くなって、辟易としてましたのよ」

「そういう事じゃ」

ガッハッハと笑うボニファースに、そういう事ですかとタロウは苦笑いを浮かべる、とても遊びで行くわけではない等と言える状況ではない、そこでタロウはもう一つなるほどそういう事かと得心した、昨日の簡単な打合せではイザークと従者数名だけで訪問する予定であったのである、そこにマリアとイージスが増えた事で勘付くべきであった、どうやらその打合せの後で予定が変わったのであろう、恐らくマリアとイージスは王族の案内役として同行するのである、何せ国王陛下その人を迎えるのだ、それがお忍びであったとしても礼を尽くさなければ後々問題となる、挙句先方はそれを知らない、歓待する側は幾らでも人が欲しい所であろう、

「まぁ、段取りは私達でなんとか、マリアが応対致しますので、そのように」

イザークがそっとタロウに告げる、なるほど予想通りらしい、

「左様ですか、分かりました」

タロウはまったくと微笑み、

「では、早速向かいますが・・・恐らく向こうはまだ起き抜けの頃合いかと思います」

とタロウは一同を見渡す、

「うむ、聞いておる、しかし、それほどに違うものなのか?」

「はい、時差というものですね、イザークさんはもう体感されてますでしょ」

「確かに、先日の事ですが、南の軍団基地に入りましたらまだ早朝も早朝でして、朝食もまだであったのです」

「ほう・・・そうか、確か報告書にあったな」

「はい、私もまるでその騙されたかのような気分でした」

「・・・興味深い・・・」

ボニファースがニヤリと微笑む、まったくこの王様はとタロウは呆れつつも、

「なので、向こうは恐らく仕事も始めていない時間帯かと思います、暫くは暇になるかと思いますが宜しいですか?」

「構わん」

「そうね」

ニヤニヤと微笑むボニファースとエフェリーンである、

「分かりました、では、向かいます、先に申し上げますが、昨晩設置した仮の転送陣は薄汚れた納屋の裏手と思われる場所にあります、なので、少々周辺は汚いかもしれません、それと、向こうは確かに暖かいです、外套が必要無いかもしれませんのでそのように」

タロウが一同を見渡した、確かにその通りと頷く者と、なるほどと頷く者、タロウはでは御案内致しますと、先に立ち、王城内のすっかり転送室と呼ばれる事になった部屋へ向かうのであった。
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