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本編
72話 メダカと学校 その29
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「麻酔に関しましてまず言える事なんですが、大きく分けて二つあります、全身麻酔と部分麻酔ですね」
タロウは黒板に向かうと、アッと一声上げて、
「・・・ここは開発者に説明してもらおうか」
と傍らのソフィアへ視線を向ける、エッと一同の視線もソフィアへ向かった、
「いやよ、めんどくさい、あんたが続けなさいよ」
「俺だってめんどくさいよ、君の方が詳しいだろう?君が作ったものなんだから」
「そうでもないでしょ」
「いやいや、ここはほら、後進の為にもさ、俺の説明だと、理解に遠いぞ」
「それを言ったら私だって似たようなものじゃない」
「俺よりマシだろさ」
「そうかしら?」
「そう思うよ」
と急に夫婦の気兼ねない愚痴のような言い合いである、ポカンとそれを眺めてしまう一同であったが、
「どうでも良いわ、早うせい!!」
レインが呆れて声を上げ、
「そうよ、どっちでもいいけど、ソフィアー、あんたもたまには本気出しなさい」
ユーリがここぞとばかりにソフィアを睨みつける、
「私はいつだって本気ですー」
ユーリを睨んで口を尖らせるソフィア、
「嘘おっしゃい」
すぐさま全否定するユーリに、確かにと頷くカトカとゾーイ、マルルースも苦笑いで、ミナは不思議そうにキョロキョロしている、
「ふふん、そういう事だ」
タロウが勝ち誇ったように胸を張った、ムッとソフィアが睨みつけるも、
「・・・はいはい、じゃ、マスイね」
とめんどくさそうに腰を上げるソフィアであった、ニヤリと微笑みソフィアの座っていた席に腰を落ち着けるタロウである、ソフィアはアーとかウーとか言いながら黒板を見つめ、
「では・・・本気でいきますか・・・いつも本気なんだけど・・・」
グチグチ言いつつも、
「まずね、タロウさんから聞いた事があって・・・」
と始めた、それはまず痛みを感じなくさせる事が可能である事、タロウ自身はその効果は知っていても仕組みは理解していなかった事、試しにやってみたら何故か上手くいって、しかし後処理が大変であった事である、一同はおいおいと目を細めてしまい、
「ちょっと待って、試しって・・・あんたまた適当に始めたの?」
ユーリが叫ぶ、
「そうよ、何とかなったわ」
「待ちなさい、どうしてあんたはそうなのよ、考え無しにも程があるわよ」
「生まれつきなのよ、治らないわねー」
開き直るソフィアにコイツはーとユーリは頬を引く付かせる、昔からこうなのである、子供の頃はまだ素直で大人しい娘であったが、歳を経るにつれ気ままな上に頑固で、挙句外面は大変に良い、頭もそこそこ回る為あらゆる事を器用に熟すものだから大人達にも評判は良かった、そして幼馴染のその性根がユーリの運命を大きく変える事となる、ある日突然ソフィアは街に出たいと言い出し、それには冒険者になるのが一番早いと裏庭で木刀を振り回し始め、ユーリはまた気まぐれか何かかと付き合ってしまった、どうやらそれが良くなかった、数か月してこれならなんとかなると確信したソフィアはユーリを強引に連れ出し村を出奔したのである、そして紆余曲折あってなんとか街に辿り着き、冒険者で糊口をしのぐ生活に入るのであるが、ユーリが心底不愉快であったのは、この二人組を見て、冒険者を志したのはユーリの方だと思われる事であった、会う人物、仲の良くなった商人、経営者、そのほぼ全てからそう思われていたようで、ソフィアさんも大変ねーと二人が女性である事を知った馴染みの女将はそう言ってよく笑っていたものである、一度は反論したユーリであったが、二度目からはそれでいいと諦めてしまっていた、それだけソフィアは外面の良い優等生に見え、ユーリはヤンチャに見えた、大人になった今でも恐らくそうで、実際はその外見や言動に関わらず真逆な二人であったりする、
「まぁ、そんなわけで、この部分麻酔に関してなんですが・・・」
とソフィアは続けた、ソフィアが試した経験があり、実際に効果があると確信している魔法技術であるらしい、
「待って、タロウさんは使った事がないの?」
ユーリがムスッと問い質す、
「あるよー」
軽く答えるタロウである、
「でもね、やっぱりほら、開発者様には敵わないかな?俺がやるとどうしてもね、制御が上手く無くて、このね手だけを麻酔しようと思っても腕全体が動かなくなってね、こりゃ駄目だって慌てて取り止めたかな?」
自身の腕を指し示しつつ、アッハッハと軽い笑いで締めるタロウである、
「そりゃまたなんでよ、あんたならその辺器用に出来るでしょ」
「あー・・・相性か・・・心持ちの問題かな?魔法ってほら、その心持ちが一番大事だろ?」
「まぁ、そうね」
「うん、だからかな、かと言ってほら、気軽に練習できる技術でも無くてね、ソフィアが上手いならそれでいいかなって感じ?」
「・・・ならいいけど・・・いや、いいのか?」
大きく首を傾げるユーリであった、カトカとゾーイも何だそりゃと呆れている、
「いいんじゃないの?タロウさんの言う通りでね、医者でもなければこんな魔法は使わないもの、私は医者じゃないしね」
「それは当然でしょ、でも、そしたらなんでそんなもん作り上げたのよ」
「あー・・・」
「偶然かな?」
ソフィアとタロウが顔を見合わせる、おいおいと一同の目が細くなった、
「そうねー・・・経緯についてはあまり大っぴらにしたくないから、聞かないで、いろいろとね、問題があるからね」
右頬を人差し指でかきつつソフィアは首を傾ける、
「・・・なに?私にも王妃様にも言えない事?」
ユーリがジロリと睨みつけ、マルルースも興味があるのかさらに目を細めた、
「はい、言えないですね」
あっさりと答えるソフィアに、ムグッと押し黙るユーリと、アラッと片眉を上げるマルルースである、ピリッとした静寂が食堂内を支配した、
「フフッ、別に言ってもいいですけどね、戦争の火種になりますから、知らない方がいいですよ」
ソフィアがニヤリと微笑み、
「知らない事は恥ではありませんしね、知らない方が幸せって事もありますでしょ」
と続ける、マルルースはムッと顔を顰めるが、ユーリはそういう事かと何やら察したらしい、ソフィアがこのような物言いになるときは本当に知らない方が正しい事であったりする、実際に知らなきゃ良かったと思える事があった、
「・・・わかったわ、あんたがそういうならそれでいい・・・」
その場を治める為にもユーリはそう言い切り、アラッとマルルースが振り返る、
「フフッ、ありがとね、ま、そういう事で・・・」
とソフィアは話しを進める、自分の左手を例にとって、その魔法の解説を始めるのであるが、これまた複雑な内容で、特に魔法そのものよりも血管だ神経だリンパだなんだと聞き慣れない単語がポンポンと出てくる、
「詳しくは・・・そうね、ケイスさんに講釈をお願いしたかったのよね、医療の専門知識がある人の方が分かりやすいでしょ聞いてても」
とポカンとしている一同を見渡す、確かにと頷く一同であった、
「あんたいつの間にそんな知識仕入れたのよ・・・」
愕然と問い質すユーリに、
「あー、まぁ、エルフさんに教わったり、タロウに聞いたりね」
「まずな」
同時に頷く夫婦であった、それはまたとマルルースは眉根に皺をよせ、エルマもまたこれは聞いた以上にとんでもない夫婦だと言葉も無い、
「だから・・・この魔法はね、使える人を選ぶかなって思ってる、ほら、まずもって身体の構造が知識として頭にあって、出来れば実際に目にした経験があって、こんなもんかなって想像できる人?そういう人の方が確実に成功する・・・と思うかな?」
何とも当たり前の事を口にするソフィアであった、確かになと納得する者多数である、
「で、さらに問題なのがもう一つの全身麻酔ね、これはできればやりたくないかなって思います」
黒板を確認し、振り返るソフィアである、
「なんでかって言いますと、これがね・・・うん、たぶんあれよね、あのまま放置したら死んじゃうよね」
ソフィアは若干声を落してタロウを伺い、タロウは無言で頷いた、エッと目を見開く一同である、
「まぁ、それほどね、難しくて扱いに気を付けなければならない魔法って事で、エルマさんにはこっちの部分麻酔だけを使うので気にする事はないのですが、まぁ、そういう技術もあるぞって事で、御理解下さい」
こんなもんかしらと黒板を見つめるソフィアである、しかし、アッと叫んで、
「あれですね、趣旨からズレてました、今日のこれはエルマさんに理解してもらう為でしたので実際にこの部分麻酔、やってみますか」
ニヤリと微笑み、
「じゃ、タロウさん手出して」
「エッ、俺?」
「そうよ、他にいる?」
「他って・・・エッ、俺?」
「そうよ、早くなさい」
「マッ、マジで?」
「マジで」
ソフィアはニヤーと意地悪そうに微笑みタロウの手を掴む、渋々とタロウは立ち上がるしかないようで、今度は何をやるのかと注目する一同である、
「では」
マルルースの座るテーブルにタロウの左腕を左手で押さえつけると、ソフィアは瞑目し口元に手を当てた、急な出来事に一同はゴクリと生唾を飲み込んでしまう、するとカッとばかりにソフィアは瞠目し、フッと右手の内に何かを吹き込んだ、魔法独特の青と緑の混じったほのかな光がその指の間から零れている、オオッと小さな歓声が起きると同時にその右手をタロウの左手の甲に押し付け、ジッと見下ろし集中するソフィアであった、そして、
「・・・こんなもんかな?」
ソフィアがどう?とタロウを伺い、その腕の拘束を解いた、
「・・・うん、多分・・・上手く行っているかな?」
タロウがゆっくりと腕を上げる、見事に左手の感覚が鈍くなっている、手を握ろうとするも応答が大変に悪く、動かない、自分の手である事は明白なのであるがその実感が薄くなっている、
「そっ、じゃ、どうしようかな・・・ミナ、ちょっと来て」
ソフィアは訳も分らずに座っていたであろうミナへ目配せするも、
「待て、それは駄目だ教育的に宜しくない」
タロウが察して慌てて止めた、どうせミナに好きに抓れだの、叩いてみろだの言うつもりであった筈で、それ自体は別に構わないのであるが、ミナにやらせると後々調子に乗りかねない、
「あら・・・それもそうか・・・」
「だろ、逆に・・・ミナには見せない方がいいかもだぞ」
「・・・それもそうね、じゃ、どうしようかしら・・・」
ウーンとソフィアは首を捻る、この魔法がどういったものかを知らしめる為には単純にこのタロウの左手を痛めつけるのが分かりやすい、タロウが悲鳴を上げる程の痛みを与えるのが最良の方法で、しかしそれではタロウが言う通り、ミナの教育的には大変宜しくないような気がする、
「フン、ほれ、ミナ、お手伝いじゃ」
諸々を察したレインが腰を上げる、
「エー、お手伝い?」
「うむ、ソフィア、風呂掃除をしておくぞ」
「アッ・・・それは嬉しいわね」
「エー・・・いまー?」
ミナの不満そうな言葉が響き渡るも、
「どうせ暇であっただろう、お手伝いをするのではなかったか?」
「するけどー」
「ならやるぞ、ほれ」
とレインが強引にミナを連れ出し、ミナはブーブー言いながらも脱衣所に向かう、どういう事かとその背を見送るマルルースにエルマであった、何とも急なお手伝いである、すると、
「ん、じゃ、遠慮なくやれるわね」
ソフィアはどうしたものかと周囲を見渡し、良いものが見つからないなと懐に手を入れ小さなナイフを取り出すと、
「はい、では、痛みがあるかどうかを実際に試してみます、で、ついでにあれですね、傷痕の残らない治療魔法も見せられたらいいかな?」
とナイフを片手に余裕の笑みである、
「待って、そのマスイとやらはもうかけられてるの?」
ユーリがこれはと口を挟む、
「もう済んでるわよ」
「うん、見事にかかってるぞ」
「・・・あんた、もしかして、呪文を織ってないの?」
「あっ・・・」
ユーリの指摘に夫婦は同時に目を見開いた、
「あっ、て・・・あんたらねー、って言うかソフィア、タロウさんは仕方ないけど、あんたはちゃんとやらないと駄目でしょ」
「アハハ・・・その通りなんだけどね、ほら、まさか使う事になるとは思ってなかったから・・・」
「言い訳してるんじゃないわよ」
「するわよ、第一、あたしあれ苦手だし・・・」
「得意な人なんていないでしょ」
「いるんじゃないの?ラインズとか?」
「あれはあれでしょ、呪文とは関係ないわ」
「そうだけどー」
ミナがいなくなったのを良い事にギャーギャー始める幼馴染である、カトカとゾーイはまた始まったとめんどくさそうに二人を眺めており、マルルースもどうしたもんだかと困り顔である、
「まぁまぁ、取り合えずほら、呪文うんぬんはね、後から対処しよう」
タロウが仲裁しようとするも、
「そう言う訳にはいかないでしょ、ケイスさんにどう教えるのよ」
「あー、あの子であればほら、真理を伝えれば対応できるでしょ」
「・・・そこまで器用かしら?」
「どうかな、分かんない」
「適当ねー、もう、これだからアンタら夫婦は駄目なのよ」
ムキャーと叫ぶユーリである、流石にエルマが不安そうにキョロキョロと視線を泳がす、
「一括りにするなよ」
「するわよ、あんたもソフィアもそういう所よ、段取りが良いんだか悪いんだか、片手落ちならまだしもこれじゃ両手落ちじゃない」
「上手い事言う・・・」
「うん、流石ユーリね・・・」
「感心するなー!!」
ユーリの一喝が食堂を震わせ、騒がしいなとレインとミナが食堂を覗き込んだようである。
タロウは黒板に向かうと、アッと一声上げて、
「・・・ここは開発者に説明してもらおうか」
と傍らのソフィアへ視線を向ける、エッと一同の視線もソフィアへ向かった、
「いやよ、めんどくさい、あんたが続けなさいよ」
「俺だってめんどくさいよ、君の方が詳しいだろう?君が作ったものなんだから」
「そうでもないでしょ」
「いやいや、ここはほら、後進の為にもさ、俺の説明だと、理解に遠いぞ」
「それを言ったら私だって似たようなものじゃない」
「俺よりマシだろさ」
「そうかしら?」
「そう思うよ」
と急に夫婦の気兼ねない愚痴のような言い合いである、ポカンとそれを眺めてしまう一同であったが、
「どうでも良いわ、早うせい!!」
レインが呆れて声を上げ、
「そうよ、どっちでもいいけど、ソフィアー、あんたもたまには本気出しなさい」
ユーリがここぞとばかりにソフィアを睨みつける、
「私はいつだって本気ですー」
ユーリを睨んで口を尖らせるソフィア、
「嘘おっしゃい」
すぐさま全否定するユーリに、確かにと頷くカトカとゾーイ、マルルースも苦笑いで、ミナは不思議そうにキョロキョロしている、
「ふふん、そういう事だ」
タロウが勝ち誇ったように胸を張った、ムッとソフィアが睨みつけるも、
「・・・はいはい、じゃ、マスイね」
とめんどくさそうに腰を上げるソフィアであった、ニヤリと微笑みソフィアの座っていた席に腰を落ち着けるタロウである、ソフィアはアーとかウーとか言いながら黒板を見つめ、
「では・・・本気でいきますか・・・いつも本気なんだけど・・・」
グチグチ言いつつも、
「まずね、タロウさんから聞いた事があって・・・」
と始めた、それはまず痛みを感じなくさせる事が可能である事、タロウ自身はその効果は知っていても仕組みは理解していなかった事、試しにやってみたら何故か上手くいって、しかし後処理が大変であった事である、一同はおいおいと目を細めてしまい、
「ちょっと待って、試しって・・・あんたまた適当に始めたの?」
ユーリが叫ぶ、
「そうよ、何とかなったわ」
「待ちなさい、どうしてあんたはそうなのよ、考え無しにも程があるわよ」
「生まれつきなのよ、治らないわねー」
開き直るソフィアにコイツはーとユーリは頬を引く付かせる、昔からこうなのである、子供の頃はまだ素直で大人しい娘であったが、歳を経るにつれ気ままな上に頑固で、挙句外面は大変に良い、頭もそこそこ回る為あらゆる事を器用に熟すものだから大人達にも評判は良かった、そして幼馴染のその性根がユーリの運命を大きく変える事となる、ある日突然ソフィアは街に出たいと言い出し、それには冒険者になるのが一番早いと裏庭で木刀を振り回し始め、ユーリはまた気まぐれか何かかと付き合ってしまった、どうやらそれが良くなかった、数か月してこれならなんとかなると確信したソフィアはユーリを強引に連れ出し村を出奔したのである、そして紆余曲折あってなんとか街に辿り着き、冒険者で糊口をしのぐ生活に入るのであるが、ユーリが心底不愉快であったのは、この二人組を見て、冒険者を志したのはユーリの方だと思われる事であった、会う人物、仲の良くなった商人、経営者、そのほぼ全てからそう思われていたようで、ソフィアさんも大変ねーと二人が女性である事を知った馴染みの女将はそう言ってよく笑っていたものである、一度は反論したユーリであったが、二度目からはそれでいいと諦めてしまっていた、それだけソフィアは外面の良い優等生に見え、ユーリはヤンチャに見えた、大人になった今でも恐らくそうで、実際はその外見や言動に関わらず真逆な二人であったりする、
「まぁ、そんなわけで、この部分麻酔に関してなんですが・・・」
とソフィアは続けた、ソフィアが試した経験があり、実際に効果があると確信している魔法技術であるらしい、
「待って、タロウさんは使った事がないの?」
ユーリがムスッと問い質す、
「あるよー」
軽く答えるタロウである、
「でもね、やっぱりほら、開発者様には敵わないかな?俺がやるとどうしてもね、制御が上手く無くて、このね手だけを麻酔しようと思っても腕全体が動かなくなってね、こりゃ駄目だって慌てて取り止めたかな?」
自身の腕を指し示しつつ、アッハッハと軽い笑いで締めるタロウである、
「そりゃまたなんでよ、あんたならその辺器用に出来るでしょ」
「あー・・・相性か・・・心持ちの問題かな?魔法ってほら、その心持ちが一番大事だろ?」
「まぁ、そうね」
「うん、だからかな、かと言ってほら、気軽に練習できる技術でも無くてね、ソフィアが上手いならそれでいいかなって感じ?」
「・・・ならいいけど・・・いや、いいのか?」
大きく首を傾げるユーリであった、カトカとゾーイも何だそりゃと呆れている、
「いいんじゃないの?タロウさんの言う通りでね、医者でもなければこんな魔法は使わないもの、私は医者じゃないしね」
「それは当然でしょ、でも、そしたらなんでそんなもん作り上げたのよ」
「あー・・・」
「偶然かな?」
ソフィアとタロウが顔を見合わせる、おいおいと一同の目が細くなった、
「そうねー・・・経緯についてはあまり大っぴらにしたくないから、聞かないで、いろいろとね、問題があるからね」
右頬を人差し指でかきつつソフィアは首を傾ける、
「・・・なに?私にも王妃様にも言えない事?」
ユーリがジロリと睨みつけ、マルルースも興味があるのかさらに目を細めた、
「はい、言えないですね」
あっさりと答えるソフィアに、ムグッと押し黙るユーリと、アラッと片眉を上げるマルルースである、ピリッとした静寂が食堂内を支配した、
「フフッ、別に言ってもいいですけどね、戦争の火種になりますから、知らない方がいいですよ」
ソフィアがニヤリと微笑み、
「知らない事は恥ではありませんしね、知らない方が幸せって事もありますでしょ」
と続ける、マルルースはムッと顔を顰めるが、ユーリはそういう事かと何やら察したらしい、ソフィアがこのような物言いになるときは本当に知らない方が正しい事であったりする、実際に知らなきゃ良かったと思える事があった、
「・・・わかったわ、あんたがそういうならそれでいい・・・」
その場を治める為にもユーリはそう言い切り、アラッとマルルースが振り返る、
「フフッ、ありがとね、ま、そういう事で・・・」
とソフィアは話しを進める、自分の左手を例にとって、その魔法の解説を始めるのであるが、これまた複雑な内容で、特に魔法そのものよりも血管だ神経だリンパだなんだと聞き慣れない単語がポンポンと出てくる、
「詳しくは・・・そうね、ケイスさんに講釈をお願いしたかったのよね、医療の専門知識がある人の方が分かりやすいでしょ聞いてても」
とポカンとしている一同を見渡す、確かにと頷く一同であった、
「あんたいつの間にそんな知識仕入れたのよ・・・」
愕然と問い質すユーリに、
「あー、まぁ、エルフさんに教わったり、タロウに聞いたりね」
「まずな」
同時に頷く夫婦であった、それはまたとマルルースは眉根に皺をよせ、エルマもまたこれは聞いた以上にとんでもない夫婦だと言葉も無い、
「だから・・・この魔法はね、使える人を選ぶかなって思ってる、ほら、まずもって身体の構造が知識として頭にあって、出来れば実際に目にした経験があって、こんなもんかなって想像できる人?そういう人の方が確実に成功する・・・と思うかな?」
何とも当たり前の事を口にするソフィアであった、確かになと納得する者多数である、
「で、さらに問題なのがもう一つの全身麻酔ね、これはできればやりたくないかなって思います」
黒板を確認し、振り返るソフィアである、
「なんでかって言いますと、これがね・・・うん、たぶんあれよね、あのまま放置したら死んじゃうよね」
ソフィアは若干声を落してタロウを伺い、タロウは無言で頷いた、エッと目を見開く一同である、
「まぁ、それほどね、難しくて扱いに気を付けなければならない魔法って事で、エルマさんにはこっちの部分麻酔だけを使うので気にする事はないのですが、まぁ、そういう技術もあるぞって事で、御理解下さい」
こんなもんかしらと黒板を見つめるソフィアである、しかし、アッと叫んで、
「あれですね、趣旨からズレてました、今日のこれはエルマさんに理解してもらう為でしたので実際にこの部分麻酔、やってみますか」
ニヤリと微笑み、
「じゃ、タロウさん手出して」
「エッ、俺?」
「そうよ、他にいる?」
「他って・・・エッ、俺?」
「そうよ、早くなさい」
「マッ、マジで?」
「マジで」
ソフィアはニヤーと意地悪そうに微笑みタロウの手を掴む、渋々とタロウは立ち上がるしかないようで、今度は何をやるのかと注目する一同である、
「では」
マルルースの座るテーブルにタロウの左腕を左手で押さえつけると、ソフィアは瞑目し口元に手を当てた、急な出来事に一同はゴクリと生唾を飲み込んでしまう、するとカッとばかりにソフィアは瞠目し、フッと右手の内に何かを吹き込んだ、魔法独特の青と緑の混じったほのかな光がその指の間から零れている、オオッと小さな歓声が起きると同時にその右手をタロウの左手の甲に押し付け、ジッと見下ろし集中するソフィアであった、そして、
「・・・こんなもんかな?」
ソフィアがどう?とタロウを伺い、その腕の拘束を解いた、
「・・・うん、多分・・・上手く行っているかな?」
タロウがゆっくりと腕を上げる、見事に左手の感覚が鈍くなっている、手を握ろうとするも応答が大変に悪く、動かない、自分の手である事は明白なのであるがその実感が薄くなっている、
「そっ、じゃ、どうしようかな・・・ミナ、ちょっと来て」
ソフィアは訳も分らずに座っていたであろうミナへ目配せするも、
「待て、それは駄目だ教育的に宜しくない」
タロウが察して慌てて止めた、どうせミナに好きに抓れだの、叩いてみろだの言うつもりであった筈で、それ自体は別に構わないのであるが、ミナにやらせると後々調子に乗りかねない、
「あら・・・それもそうか・・・」
「だろ、逆に・・・ミナには見せない方がいいかもだぞ」
「・・・それもそうね、じゃ、どうしようかしら・・・」
ウーンとソフィアは首を捻る、この魔法がどういったものかを知らしめる為には単純にこのタロウの左手を痛めつけるのが分かりやすい、タロウが悲鳴を上げる程の痛みを与えるのが最良の方法で、しかしそれではタロウが言う通り、ミナの教育的には大変宜しくないような気がする、
「フン、ほれ、ミナ、お手伝いじゃ」
諸々を察したレインが腰を上げる、
「エー、お手伝い?」
「うむ、ソフィア、風呂掃除をしておくぞ」
「アッ・・・それは嬉しいわね」
「エー・・・いまー?」
ミナの不満そうな言葉が響き渡るも、
「どうせ暇であっただろう、お手伝いをするのではなかったか?」
「するけどー」
「ならやるぞ、ほれ」
とレインが強引にミナを連れ出し、ミナはブーブー言いながらも脱衣所に向かう、どういう事かとその背を見送るマルルースにエルマであった、何とも急なお手伝いである、すると、
「ん、じゃ、遠慮なくやれるわね」
ソフィアはどうしたものかと周囲を見渡し、良いものが見つからないなと懐に手を入れ小さなナイフを取り出すと、
「はい、では、痛みがあるかどうかを実際に試してみます、で、ついでにあれですね、傷痕の残らない治療魔法も見せられたらいいかな?」
とナイフを片手に余裕の笑みである、
「待って、そのマスイとやらはもうかけられてるの?」
ユーリがこれはと口を挟む、
「もう済んでるわよ」
「うん、見事にかかってるぞ」
「・・・あんた、もしかして、呪文を織ってないの?」
「あっ・・・」
ユーリの指摘に夫婦は同時に目を見開いた、
「あっ、て・・・あんたらねー、って言うかソフィア、タロウさんは仕方ないけど、あんたはちゃんとやらないと駄目でしょ」
「アハハ・・・その通りなんだけどね、ほら、まさか使う事になるとは思ってなかったから・・・」
「言い訳してるんじゃないわよ」
「するわよ、第一、あたしあれ苦手だし・・・」
「得意な人なんていないでしょ」
「いるんじゃないの?ラインズとか?」
「あれはあれでしょ、呪文とは関係ないわ」
「そうだけどー」
ミナがいなくなったのを良い事にギャーギャー始める幼馴染である、カトカとゾーイはまた始まったとめんどくさそうに二人を眺めており、マルルースもどうしたもんだかと困り顔である、
「まぁまぁ、取り合えずほら、呪文うんぬんはね、後から対処しよう」
タロウが仲裁しようとするも、
「そう言う訳にはいかないでしょ、ケイスさんにどう教えるのよ」
「あー、あの子であればほら、真理を伝えれば対応できるでしょ」
「・・・そこまで器用かしら?」
「どうかな、分かんない」
「適当ねー、もう、これだからアンタら夫婦は駄目なのよ」
ムキャーと叫ぶユーリである、流石にエルマが不安そうにキョロキョロと視線を泳がす、
「一括りにするなよ」
「するわよ、あんたもソフィアもそういう所よ、段取りが良いんだか悪いんだか、片手落ちならまだしもこれじゃ両手落ちじゃない」
「上手い事言う・・・」
「うん、流石ユーリね・・・」
「感心するなー!!」
ユーリの一喝が食堂を震わせ、騒がしいなとレインとミナが食堂を覗き込んだようである。
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(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
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