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本編
72話 メダカと学校 その26
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「失礼します」
一瞬静まり返った食堂内にそうっとマフダが顔を覗かせ、
「失礼します」
レネイもその上から顔を出す、
「あら、あっちは終わった?」
ソフィアが微笑むと、
「はい、終わりました、あの、御迷惑では無かったですか?」
マフダが申し訳なさそうに問い返し、寝台の上で楽しそうに書を捲る三人に視線を送る、と同時に若干驚いてもいた、普段であれば自分の姿を見ればすぐに駆け寄るサスキアがまったくこちらを意に介さずに書に集中しており、ノールとノーラも普段の落ち着きの無さが無い、てっきり走り回って騒いでるであろうと心配していたのであるが、その予想を見事に裏切る義妹達であった、
「迷惑なんて全然よ」
「そうね、おとなし・・・くはないか、でも、行儀良くはしてましたよ」
マルルースも柔らかい笑みを浮かべる、レネイがアッと声を上げ、
「これは奥様、御機嫌麗しゅう、お騒がせしまして申し訳ありません」
とサッと食堂に入って低頭する、
「フフッ、ですから騒がしくはなかったです、それにね、子供は遊ぶのも仕事です、楽しいくらいでした」
「そんな、もったいないお言葉です」
さらに深く低頭するレネイであった、まさか王妃であるマルルースが来ているとは思っておらず、ソフィアが誘うままに三人を預けてしまった、先に言ってくれればせめて挨拶なりなんなり出来たであろうと背筋を寒くしてしまう、
「そうねー、じゃ、どうする?もう帰る?」
「えっ、あっ、はい、そのつもりでした」
慌ててレネイは顔を上げる、すると、
「あら・・・その髪型・・・面白いわね・・・」
マルルースがジッとレネイを見つめ、
「そうですよねー、私もさっき見て凄いなって」
ソフィアがニヤリと微笑む、レネイの髪は見事に結い上げられさらに商会の髪留めで固定されていた、その結い方もまた様々な技法を駆使したもののようで、大変に目立ちまたなんとも豪奢な印象を与える、
「あっ、そうですね、はい、少しその・・・改良・・・というか試してまして」
レネイがおずおずと答える、
「あら・・・面白そうね、少しお話できる?」
ムフッと微笑むマルルースである、
「はっ・・・はい、えっと、それですと・・・」
レネイが助けを求めるようにソフィア見つめ、ソフィアはもうと微笑みながら、ほら座って、お茶を淹れますからと厨房へ向かいつつ、マルルースの対面の席を引いた、そこに座れてとの事であろうとレネイはおずおずと歩み寄る、
「あっ、マフダさんもどう?向こうが忙しくなければだけど」
ソフィアは食堂内に入らずに顔だけ出しているマフダに微笑みかける、しかし、マフダは勢いよく頭を振ってサッと姿を隠してしてしまう、逆にそれは失礼かもなーとソフィアは思うも、まぁ、マフダさんなら仕方ないわねと厨房へ入った、
「確か・・・そうね、髪の結い方もまとめてらしたわよね」
席に着いたのを確認しマルルースが促すと、
「はっ、はい、実は何ですが・・・」
レネイが静かに話し出す、その後ろではエルマが静かにショック状態であった、マルルースが発した小さなオーガ先生との渾名があまりにも予想外であった為で、確かにケルネーレスにもイフナースにも厳しく接していたが、他の家庭教師の方が遥かに厳しかったはずで、逆に自分は優しすぎるかしらと悩むほどであったと思う、いや、実際に悩んでもいた、他の家庭教師は小さな棒を鞭代わりにして王子である二人の手を叩く事もあったし、剣の修行相手等は泣き喚こうが泥だらけになろうがその手を止める事は無かったと思う、しかし、そこまで悩んでいた自分に対する渾名が小さいとは言え、オーガとは真に心外で且つ残念に感じてしまう、いや、ケルネーレスもイフナースも子供であった、それ故の他愛無い渾名であって、マルルースもそう解釈してこの場で冗談のように口にした筈で、しかし、それであっても、納得できかねる渾名である、もしかしたら他の教師達はもっと悪し様に呼ばれていたのであろうか、若しくは渾名もつけられないほどの畏怖があったのか、いや当時のイフナースはまさにやんちゃ盛りであり、少しばかり大人で冷静であったケルネーレスは陰口をたたくような性格では無いと思う、その二人の陰口となるとやはり些か問題であった、それほどに自分は恐れられていたのか、もしくは毛嫌いされていたのであろうか、エルマは悶々と考え込んでしまい、黒いベールがそれを利して陰鬱な思考を助長させていく、
「なるほど・・・遊女さんも大変ねー」
マルルースが大きく頷き、メイド二人も同情的でしかし感心したのか真剣な瞳をレネイに向けている、
「はい、お仕事なのでこればかりは、そういうものと思いますし、これはこれで遣り甲斐を感じております」
ソフィアが淹れた茶で喉を潤しながらレネイがやっと微笑んだ、レネイ曰く、遊女の代名詞でもあった派手な化粧はフィロメナとレネイの説得もあって雇い主で養父でもあるリズモンドは廃止する事を了承したのであるが、しかしそれではやはり遊女としての売りが一つ無くなってしまうなとリズモンドは言い出し、であればと他の手段で派手で分かりやすく、男共の目を引く遊女らしさを作り出せとなったらしい、そこでフィロメナは件のチャイナドレスを正式に店舗でも採用する案を口にし、それは実行される事となったが、昼間からあの服装はあまりにもとなった、特に冬場では寒すぎるとフィロメナとレネイはリズモンドに訴え、であれば店ではチャイナドレスを、昼間はどうするとなって、髪を派手に盛り付け、遊女である事を主張することになったというのである、マルルースが呆れ半分感心半分で頷くのも納得できる理屈であった、
「そうなると・・・そうだ、ソフィアさん、染髪の方はどうなさるの?」
ノホホンと茶を啜るソフィアへ問いかけるマルルースである、
「そうですよ、染髪です、サビナ先生とお話ししたいと思ってました」
レネイもサッと振り返る、
「あー、それもありましたね、いつでも・・・出来ると言えば出来ますが・・・忙しくなっちゃってましたねー」
ソフィアがエヘッと誤魔化し笑いを浮かべる、実際に忙しくなっている、新しい服装だなんだ、さらには晩餐会に戦争だですっかりとソフィアは忘れてしまっていた、第一ソフィアはそれほど熱心に取り組んではおらず、正直な所も感心も薄かったりする、
「あら・・・そうね、じゃ、どうかしら、サビナさんと段取りを組んで頂ける?私もね、大変に興味があるのよ」
急に声音を落し王妃らしい圧をソフィアに向けるマルルースであった、メイド二人もこれは権力を振るう時の厳しいマルルースだと背筋を伸ばしてしまう、
「そうですね、確かに・・・では、どうしましょうか、こういうのは逆にあれですね、日取りを決めてしまって、そこへ向けて動くのが確実ですわよ」
「あら・・・いいの?」
「分かりませんけどね、ほら、タロウが良く言っているのです、仕事を強引に進めるには期日を決めてしまう事だって」
「まぁ・・・でも、確かにその通りかしら・・・」
「そうなんですよね、で、その期日に合わせて動くのが仕事をする上で一番大事なんだとか、逆に・・・」
とソフィアはうーんと首を捻る、
「逆に?」
「はい・・・まぁ、私もその通りなのかもなって思うんですが・・・期日の無い作業、期日の決まってない作業ですね、これは趣味なんだそうです」
マァとマルルースとメイドが目を丸くし、レネイもそこまで言うかと呆然としてしまう、
「勿論あれですよ、対価の事も勿論あるんですが、それでも・・・そうですね、何かを作ってくれって頼まれて幾らでやると決まったとします、でも、それがね、何年も経ってから持ってこられても困るんですよね、依頼者の方が、でも期日を区切ってないから支払わざるを得なくて、場合によっては追加料金まで支払わされる?そういう問題があったって昔聞いた事がありますね、つまり、仕事とは締め切りがあって、期日があって、そして対価が明確になっている事が大事で、故に・・・」
「期日が無い仕事は趣味になるのね・・・」
「そういう事です、まぁ、今の内はほら、まだまだ趣味の範疇、研究の範疇ですからね、好きにやればいいんでしょうけど・・・」
「確かに対価も支払ってませんしね」
「そうなります、あっ、対価を請求している訳では無いのですよ、ただほら、そういうもんだって事で」
「フフッ、わかりました、それでは・・・どうしましょうか、その期日を決めてしまいます?」
「そう・・・ですね、少し余裕を持って決めましょう・・・あれですよね、エフェリーン様もウルジュラ様も御興味がありますよね」
「勿論よ、パトリシアも体調しだいでは顔を出すでしょうね」
「はい、では」
とソフィアはどうしたもんかなと壁の黒板に向かい、今日が19日だからと数字を並べ、
「えっと、私が聞いている予定ですと・・・23日、24日が新店舗のお試しの日だったかな?」
「新店舗?・・・あっ、エレインさんのお店ね」
「はい、御連絡はまだでしたでしょうか?」
「そうね、聞いてないわ、よね?」
マルルースがメイドを伺うと、同時に頷く二人であった、
「なるほど、じゃ、これはあくまで仮になりそうですね、となると、25日は確かお休みで、あっ、商会さんのですね・・・でもそっか、少し余裕を持たせて26・・・27も空けた方が良さそうですね・・・お店の方がなんか伸びそうだって話してたかな・・・じゃ、きりが良い所で30日にしてしまいますか」
とソフィアが振り返る、実にあっけらかんとしたもので、何ともあっさりしているなとレネイは茫然としてしまう、
「そうね、少し先に設定しておかなければ対応できないわね」
「はい、エフェリーン様もパトリシア様も御予定もあると思いますので」
「わかりました、あなた達よろしくね」
無言で頷くメイドである、
「そうだ・・・新しい衣服がどうのこうのっていうのもあるんですよねー」
ソフィアが再び黒板に向かう、あっと同時に声を上げたマルルースとレネイであった、忘れていた訳では無いが、これもすっかり後回しになっている、
「これも・・・そうですね、一旦30日にしておいて、別途調整しましょう、タロウの都合・・・は、まぁこの際無視して」
カリカリと黒板に追記するソフィアに、マルルースは満足そうにムフーと鼻息を荒くし、なんだやれば出来るではないかと鬱憤が飛び出そうになった、先程もそうであったが、ソフィアのこのむらっけは何とも御しがたい、困ったものである、
「以上ですかね、あっ、もしかしたら・・・ですけど」
ソフィアはゆっくりと振り返り、
「この頃にはエルマさんの治療も成果を出していると思いますので、それも楽しみにして頂ければ」
寝台の上で固まってしまっているエルマを伺う、
「それはいいわね・・・エルマ、だそうよ」
マルルースが歓喜の声を上げるもエルマの反応が無い、あらっと二人は顔を見合わせ、
「エルマ、どうしたの!!」
大声を上げてしまうマルルースである、エルマはハッと背筋を伸ばし、
「すいません、何かありましたでしょうか?」
キョロキョロと周囲を見渡している様子であった、その若干血の気を無くして慌てた顔は誰にも見えず、しかしマルルースも長い付き合いである、ムッとレネイを睨み、
「まったく、どうしたんです、あなたらしくない」
「あっ、すいません、その、はい、少し考えてしまって・・・」
「そうなの?」
「はい、すいません、大丈夫です」
「もう・・・小さいオーガ先生も形無しね、あれだわね、オーガ先生とおばちゃん先生を見習いなさい、今でも現役で元気にやっているのよ、しっかりなさい」
とすぐに何に心を取られているかを察するマルルースであった、あっそういう事かとソフィアも気付き、マルルースの洞察力も大したもんだわねと感心してしまう、
「・・・オーガ先生・・・ですか?」
「そうよ、ほら、軍事指導の先生がいたでしょ」
「はい、はい、覚えております」
「あれがオーガ先生、おばちゃん先生は法学の先生よこの街で司法長官をしているわね」
「エッ・・・あの・・・男性の先生・・・でしたよ・・・ね・・・」
「そうよ、カロス先生ね、イフナースが言うにはおばちゃんみたいに話し始めると長くて、対話になると鬱陶しいからなんですって」
「エッ・・・」
「だからおばちゃんなの、まったく子供は面白い事を言うわよね」
マルルースが困ったような苦笑いを浮かべ、エルマは虚無に落ち込んでしまった何かがゆっくりと浮かび上がるのを感じる、
「そう・・・ですか・・・」
「そうよ、そういうものなのよ」
「そうですか・・・」
エルマはコクコクと数度頷き、ハッと顔を上げ、
「すいません、で、なんでしたでしょうか」
明るい声でソフィアを見つめるエルマであった。
一瞬静まり返った食堂内にそうっとマフダが顔を覗かせ、
「失礼します」
レネイもその上から顔を出す、
「あら、あっちは終わった?」
ソフィアが微笑むと、
「はい、終わりました、あの、御迷惑では無かったですか?」
マフダが申し訳なさそうに問い返し、寝台の上で楽しそうに書を捲る三人に視線を送る、と同時に若干驚いてもいた、普段であれば自分の姿を見ればすぐに駆け寄るサスキアがまったくこちらを意に介さずに書に集中しており、ノールとノーラも普段の落ち着きの無さが無い、てっきり走り回って騒いでるであろうと心配していたのであるが、その予想を見事に裏切る義妹達であった、
「迷惑なんて全然よ」
「そうね、おとなし・・・くはないか、でも、行儀良くはしてましたよ」
マルルースも柔らかい笑みを浮かべる、レネイがアッと声を上げ、
「これは奥様、御機嫌麗しゅう、お騒がせしまして申し訳ありません」
とサッと食堂に入って低頭する、
「フフッ、ですから騒がしくはなかったです、それにね、子供は遊ぶのも仕事です、楽しいくらいでした」
「そんな、もったいないお言葉です」
さらに深く低頭するレネイであった、まさか王妃であるマルルースが来ているとは思っておらず、ソフィアが誘うままに三人を預けてしまった、先に言ってくれればせめて挨拶なりなんなり出来たであろうと背筋を寒くしてしまう、
「そうねー、じゃ、どうする?もう帰る?」
「えっ、あっ、はい、そのつもりでした」
慌ててレネイは顔を上げる、すると、
「あら・・・その髪型・・・面白いわね・・・」
マルルースがジッとレネイを見つめ、
「そうですよねー、私もさっき見て凄いなって」
ソフィアがニヤリと微笑む、レネイの髪は見事に結い上げられさらに商会の髪留めで固定されていた、その結い方もまた様々な技法を駆使したもののようで、大変に目立ちまたなんとも豪奢な印象を与える、
「あっ、そうですね、はい、少しその・・・改良・・・というか試してまして」
レネイがおずおずと答える、
「あら・・・面白そうね、少しお話できる?」
ムフッと微笑むマルルースである、
「はっ・・・はい、えっと、それですと・・・」
レネイが助けを求めるようにソフィア見つめ、ソフィアはもうと微笑みながら、ほら座って、お茶を淹れますからと厨房へ向かいつつ、マルルースの対面の席を引いた、そこに座れてとの事であろうとレネイはおずおずと歩み寄る、
「あっ、マフダさんもどう?向こうが忙しくなければだけど」
ソフィアは食堂内に入らずに顔だけ出しているマフダに微笑みかける、しかし、マフダは勢いよく頭を振ってサッと姿を隠してしてしまう、逆にそれは失礼かもなーとソフィアは思うも、まぁ、マフダさんなら仕方ないわねと厨房へ入った、
「確か・・・そうね、髪の結い方もまとめてらしたわよね」
席に着いたのを確認しマルルースが促すと、
「はっ、はい、実は何ですが・・・」
レネイが静かに話し出す、その後ろではエルマが静かにショック状態であった、マルルースが発した小さなオーガ先生との渾名があまりにも予想外であった為で、確かにケルネーレスにもイフナースにも厳しく接していたが、他の家庭教師の方が遥かに厳しかったはずで、逆に自分は優しすぎるかしらと悩むほどであったと思う、いや、実際に悩んでもいた、他の家庭教師は小さな棒を鞭代わりにして王子である二人の手を叩く事もあったし、剣の修行相手等は泣き喚こうが泥だらけになろうがその手を止める事は無かったと思う、しかし、そこまで悩んでいた自分に対する渾名が小さいとは言え、オーガとは真に心外で且つ残念に感じてしまう、いや、ケルネーレスもイフナースも子供であった、それ故の他愛無い渾名であって、マルルースもそう解釈してこの場で冗談のように口にした筈で、しかし、それであっても、納得できかねる渾名である、もしかしたら他の教師達はもっと悪し様に呼ばれていたのであろうか、若しくは渾名もつけられないほどの畏怖があったのか、いや当時のイフナースはまさにやんちゃ盛りであり、少しばかり大人で冷静であったケルネーレスは陰口をたたくような性格では無いと思う、その二人の陰口となるとやはり些か問題であった、それほどに自分は恐れられていたのか、もしくは毛嫌いされていたのであろうか、エルマは悶々と考え込んでしまい、黒いベールがそれを利して陰鬱な思考を助長させていく、
「なるほど・・・遊女さんも大変ねー」
マルルースが大きく頷き、メイド二人も同情的でしかし感心したのか真剣な瞳をレネイに向けている、
「はい、お仕事なのでこればかりは、そういうものと思いますし、これはこれで遣り甲斐を感じております」
ソフィアが淹れた茶で喉を潤しながらレネイがやっと微笑んだ、レネイ曰く、遊女の代名詞でもあった派手な化粧はフィロメナとレネイの説得もあって雇い主で養父でもあるリズモンドは廃止する事を了承したのであるが、しかしそれではやはり遊女としての売りが一つ無くなってしまうなとリズモンドは言い出し、であればと他の手段で派手で分かりやすく、男共の目を引く遊女らしさを作り出せとなったらしい、そこでフィロメナは件のチャイナドレスを正式に店舗でも採用する案を口にし、それは実行される事となったが、昼間からあの服装はあまりにもとなった、特に冬場では寒すぎるとフィロメナとレネイはリズモンドに訴え、であれば店ではチャイナドレスを、昼間はどうするとなって、髪を派手に盛り付け、遊女である事を主張することになったというのである、マルルースが呆れ半分感心半分で頷くのも納得できる理屈であった、
「そうなると・・・そうだ、ソフィアさん、染髪の方はどうなさるの?」
ノホホンと茶を啜るソフィアへ問いかけるマルルースである、
「そうですよ、染髪です、サビナ先生とお話ししたいと思ってました」
レネイもサッと振り返る、
「あー、それもありましたね、いつでも・・・出来ると言えば出来ますが・・・忙しくなっちゃってましたねー」
ソフィアがエヘッと誤魔化し笑いを浮かべる、実際に忙しくなっている、新しい服装だなんだ、さらには晩餐会に戦争だですっかりとソフィアは忘れてしまっていた、第一ソフィアはそれほど熱心に取り組んではおらず、正直な所も感心も薄かったりする、
「あら・・・そうね、じゃ、どうかしら、サビナさんと段取りを組んで頂ける?私もね、大変に興味があるのよ」
急に声音を落し王妃らしい圧をソフィアに向けるマルルースであった、メイド二人もこれは権力を振るう時の厳しいマルルースだと背筋を伸ばしてしまう、
「そうですね、確かに・・・では、どうしましょうか、こういうのは逆にあれですね、日取りを決めてしまって、そこへ向けて動くのが確実ですわよ」
「あら・・・いいの?」
「分かりませんけどね、ほら、タロウが良く言っているのです、仕事を強引に進めるには期日を決めてしまう事だって」
「まぁ・・・でも、確かにその通りかしら・・・」
「そうなんですよね、で、その期日に合わせて動くのが仕事をする上で一番大事なんだとか、逆に・・・」
とソフィアはうーんと首を捻る、
「逆に?」
「はい・・・まぁ、私もその通りなのかもなって思うんですが・・・期日の無い作業、期日の決まってない作業ですね、これは趣味なんだそうです」
マァとマルルースとメイドが目を丸くし、レネイもそこまで言うかと呆然としてしまう、
「勿論あれですよ、対価の事も勿論あるんですが、それでも・・・そうですね、何かを作ってくれって頼まれて幾らでやると決まったとします、でも、それがね、何年も経ってから持ってこられても困るんですよね、依頼者の方が、でも期日を区切ってないから支払わざるを得なくて、場合によっては追加料金まで支払わされる?そういう問題があったって昔聞いた事がありますね、つまり、仕事とは締め切りがあって、期日があって、そして対価が明確になっている事が大事で、故に・・・」
「期日が無い仕事は趣味になるのね・・・」
「そういう事です、まぁ、今の内はほら、まだまだ趣味の範疇、研究の範疇ですからね、好きにやればいいんでしょうけど・・・」
「確かに対価も支払ってませんしね」
「そうなります、あっ、対価を請求している訳では無いのですよ、ただほら、そういうもんだって事で」
「フフッ、わかりました、それでは・・・どうしましょうか、その期日を決めてしまいます?」
「そう・・・ですね、少し余裕を持って決めましょう・・・あれですよね、エフェリーン様もウルジュラ様も御興味がありますよね」
「勿論よ、パトリシアも体調しだいでは顔を出すでしょうね」
「はい、では」
とソフィアはどうしたもんかなと壁の黒板に向かい、今日が19日だからと数字を並べ、
「えっと、私が聞いている予定ですと・・・23日、24日が新店舗のお試しの日だったかな?」
「新店舗?・・・あっ、エレインさんのお店ね」
「はい、御連絡はまだでしたでしょうか?」
「そうね、聞いてないわ、よね?」
マルルースがメイドを伺うと、同時に頷く二人であった、
「なるほど、じゃ、これはあくまで仮になりそうですね、となると、25日は確かお休みで、あっ、商会さんのですね・・・でもそっか、少し余裕を持たせて26・・・27も空けた方が良さそうですね・・・お店の方がなんか伸びそうだって話してたかな・・・じゃ、きりが良い所で30日にしてしまいますか」
とソフィアが振り返る、実にあっけらかんとしたもので、何ともあっさりしているなとレネイは茫然としてしまう、
「そうね、少し先に設定しておかなければ対応できないわね」
「はい、エフェリーン様もパトリシア様も御予定もあると思いますので」
「わかりました、あなた達よろしくね」
無言で頷くメイドである、
「そうだ・・・新しい衣服がどうのこうのっていうのもあるんですよねー」
ソフィアが再び黒板に向かう、あっと同時に声を上げたマルルースとレネイであった、忘れていた訳では無いが、これもすっかり後回しになっている、
「これも・・・そうですね、一旦30日にしておいて、別途調整しましょう、タロウの都合・・・は、まぁこの際無視して」
カリカリと黒板に追記するソフィアに、マルルースは満足そうにムフーと鼻息を荒くし、なんだやれば出来るではないかと鬱憤が飛び出そうになった、先程もそうであったが、ソフィアのこのむらっけは何とも御しがたい、困ったものである、
「以上ですかね、あっ、もしかしたら・・・ですけど」
ソフィアはゆっくりと振り返り、
「この頃にはエルマさんの治療も成果を出していると思いますので、それも楽しみにして頂ければ」
寝台の上で固まってしまっているエルマを伺う、
「それはいいわね・・・エルマ、だそうよ」
マルルースが歓喜の声を上げるもエルマの反応が無い、あらっと二人は顔を見合わせ、
「エルマ、どうしたの!!」
大声を上げてしまうマルルースである、エルマはハッと背筋を伸ばし、
「すいません、何かありましたでしょうか?」
キョロキョロと周囲を見渡している様子であった、その若干血の気を無くして慌てた顔は誰にも見えず、しかしマルルースも長い付き合いである、ムッとレネイを睨み、
「まったく、どうしたんです、あなたらしくない」
「あっ、すいません、その、はい、少し考えてしまって・・・」
「そうなの?」
「はい、すいません、大丈夫です」
「もう・・・小さいオーガ先生も形無しね、あれだわね、オーガ先生とおばちゃん先生を見習いなさい、今でも現役で元気にやっているのよ、しっかりなさい」
とすぐに何に心を取られているかを察するマルルースであった、あっそういう事かとソフィアも気付き、マルルースの洞察力も大したもんだわねと感心してしまう、
「・・・オーガ先生・・・ですか?」
「そうよ、ほら、軍事指導の先生がいたでしょ」
「はい、はい、覚えております」
「あれがオーガ先生、おばちゃん先生は法学の先生よこの街で司法長官をしているわね」
「エッ・・・あの・・・男性の先生・・・でしたよ・・・ね・・・」
「そうよ、カロス先生ね、イフナースが言うにはおばちゃんみたいに話し始めると長くて、対話になると鬱陶しいからなんですって」
「エッ・・・」
「だからおばちゃんなの、まったく子供は面白い事を言うわよね」
マルルースが困ったような苦笑いを浮かべ、エルマは虚無に落ち込んでしまった何かがゆっくりと浮かび上がるのを感じる、
「そう・・・ですか・・・」
「そうよ、そういうものなのよ」
「そうですか・・・」
エルマはコクコクと数度頷き、ハッと顔を上げ、
「すいません、で、なんでしたでしょうか」
明るい声でソフィアを見つめるエルマであった。
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