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本編
72話 メダカと学校 その20
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それから夕食を過ぎ、姦しい食後の雑談も過ぎた、生徒達は自室に入り、テラとニコリーネも事務所に戻っている、タロウはさてもう一仕事とソロソロと階段を上がった、シンと静まり返った寮にギシギシと木が擦れる音が響いてしまう、そういう建付けなのであった、決して手抜きであるとか老朽化が進んでいる訳では無く、盗賊避けの為のちょっとした仕掛けであるらしい、そう聞いた時にはなるほどとすぐに理解し、確か生国の昔の屋敷もそういう仕掛けがあると聞いた事があるなとタロウは思ったものである、
「あら、お出かけ?」
三階に上がると中央にある作業部屋で光柱の灯りの下、ユーリが一人湯呑を傾けていた、
「おっ、どした?寝酒?」
タロウは目を眇めつつサンダルに履き替える、
「そんなとこね・・・何?今日も行くの?」
「そうだよ、今日はほら明日の分のね、スライムを捕まえないとって思ってさ・・・」
サンダルを締め直してタロウはゆっくりと立ち上がる、
「あら・・・そっか、明日か」
「だな・・・そういうお前さんは何やってんだ?」
「んー・・・あんたのこれ、サビナがへそ曲げてたわよ」
ユーリが手元の黒板を掲げた、それはタロウが描いたボタンの活用法を雑に描いたそれである、
「あー・・・君も大変だな」
「まずね・・・あっ、あんたちょっと座りなさい」
ユーリは丁度良かったとほくそ笑む、
「なんだよ、酒には付き合わないぞ」
「あんたに飲ませる酒なんかないわよ」
「・・・それはまた・・・失礼な言い草だな」
「飲むときは勝手に飲むでしょ、あんたは」
「そうだけどさ」
「だから、飲みたきゃどうぞ、このワインはお気に入りなの、私の」
「そうかいそうかい、で、なんかあったか?」
「なんかもなにも、これ、昔聞いたわよね、確か・・・」
ユーリが黒板に視線を落とす、
「あら、覚えてた?」
やれやれと腰を下ろすタロウである、自分で言うのもなんだが付き合いが良すぎるよな最近等と考えてしまう、
「そうね、読んでて思い出した」
「そりゃ、結構」
「でね・・・あの時に、もう一つ無かった?」
「もう一つ?」
「うん、なんだっけ・・・ファ・・・なんとかだっけそんな名前のやつ・・・」
「・・・へー、よく覚えてるね」
タロウはそんな話をしたかもなと首を傾げた、ボタンについてソフィアとユーリに問い質した折に、布と布を繋ぐ器具として金属製のファスナーと、面ファスナーいわゆるマジックシートの事を口にしていた、どうやらユーリはそれを記憶していたらしい、ユーリらしいなとタロウは口元を歪ませる、
「それは作らないの?」
何とも簡単にユーリは言い切った、おいおいとタロウは眉を顰め、
「あー・・・あれって結構複雑なんだよ、こっちでは作れないかな?かなり難しい・・・」
「他の国にも無いの?」
「無いよ」
「・・・断言するの?」
「こればかりはね」
「あんたの国にも?」
「俺の国に行けばあるけどさ、だから・・・」
とタロウはムッとユーリを睨みつける、何かの誘導尋問のようであった、何を聞き出したいのかその真意が読めない、
「・・・まぁ、気になるのは分かるけどもさ・・・」
「そうね、すんごい気になる」
ニヤーと微笑むユーリである、どうやら若干酔っているらしい、
「それにね、あるなら出して欲しいし、作れるなら作って欲しいかしらね、後から後からこうやって出されてもこっちが困るもの」
「そうか?」
「そうでしょ、だって、こんなの例のあれを作った時に出しなさい、ボタンそのものは既にあるんだし、その使い方でしょ、難しくないじゃない」
「そうだけどさ・・・俺もほら、お前らがすんごい嫌そうな顔してたからさ、考えないようにしてたんだよ」
「・・・そんなに嫌な顔してた?」
「してたよ、お前とソフィア一緒になってさ・・・ほら、あの時は、ミナの世話してもらってたから機嫌取らないとって・・・これでも気を使ったんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだったよ、二人して人を悪人か犯罪者みたいに睨みつけてさ・・・まぁ、いいけども」
「そうね、別にいいわよね」
ユーリはフンと鼻で笑って黒板に目を落とす、女性特有の自分が良ければそれでいいという、見事な自己中感覚が発動していた、タロウはおいおいと口をへの字に曲げてしまう、
「いいけどさ・・・まぁ、ファスナーは諦めてくれ、無理だ」
「そっ・・・仕方ないわね」
あっさりと引き下がるユーリである、しかし、
「これはあれ?そのメイド服に採用するの?」
「そこまでは知らないよ、さっきも下でギャーギャーやってただろ、好きにしてもらうさ」
「なによ、適当ね」
「俺が作るわけでも着る訳でもないからね、商会のねーちゃん達に任せるよ」
「・・・そうなるか・・・」
「だろうよ、何?着てみたいのか?」
「そうねー・・・何か楽そうじゃない?」
「確かにな、それに・・・まぁ、その内そういうのも作られるだろうから先に言うんだけど、重ね着する時には楽だな、特にその真ん中で留める感じのやつ?」
「これ?」
「それ」
「・・・確かに・・・そっか、重ね着か・・・」
「そっ、冬場は特に有効だし、こう・・・腕の部分が無い、胴体部分だけの服ってのもあるんだよ」
「?それって、意味あるの?」
「あるぞ、チョッキとかベストって言うんだけど、まぁ、御洒落の部類だが、作ってみるといいよ、動き易くて温かいんだ、腕の部分が無いからね、動かしやすくて、胴の部分は温かい・・・そんな感じ」
「へー・・・チョッキかベストね・・・」
ゴソゴソと黒板に書き付けるユーリである、酔っぱらって大丈夫かいなとタロウは思うも、ユーリはフーンと鼻を鳴らし、
「他には?」
と顔を上げた、
「他って・・・君なー」
「サビナに聞き出してって頼まれたのよ」
「何を?」
「他にもあるって言ったんでしょ」
「言ったけどもさ・・・それはだって、かなりの大仕掛けだぞ、それこそ服の作り方を根底から変えるくらいにね」
「あら、そんなに?」
「そうだよ、だから、そっちはちゃんと時間を取らないと、姫様にも話してあるから、向こうの職人さんも手配したいらしくてさ」
「あら・・・それは大事ね・・・大丈夫?」
「御心配どうもありがとう、何とかなるよ」
「ならいいけど、じゃ、それ以外になんかある?」
「君なー」
タロウは勘弁してくれよと目を細め、ムフフとユーリが微笑んだ、
「あっ・・・あるとすればあるか・・・」
「やっぱりね、なによ」
「ん、ソフィアに聞いてくれ」
「なんでさ」
「今作ってるから」
「えっ、マジ?」
「マジ」
「何を?」
「だから、ソフィアに聞いてくれ、ミナ用のを作ってるぞ」
「ミナ・・・もしかしてあれ?あの編み物?」
「うん、それ」
「あら・・・ソフィア下にいる?」
「いると思うぞ」
「じゃ、早速・・・」
とユーリは腰を上げるが、アッと声を上げ座り直す、タロウもこんなもんでいいかと腰を上げかけた所で、
「サビナの彼氏会った?」
と話題を変えるユーリであった、
「この酔っ払いが」
タロウは遠慮なくユーリを睨みつけ、ユーリはニヤリと微笑んだ、
「・・・会ってないよ、なんだお前さんは知ってるのか?」
「勿論よ、毎朝毎晩会ってたわ」
「ありゃ・・・あっ、そっか、なんだっけ、学園の宿舎の隣だっけ?」
「そうよー、だから、あんたから見たらどうかなって思ってね」
「どうかって・・・俺はあれだぞ、ルーツみたいな器用な事は出来ないぞ」
「嘘おっしゃい」
「・・・まぁ、嘘だけどさ」
「知ってる」
「そうかよ」
「うーん、でもそうなると、少し残念ね、男から見たらどんなもんかなって気になってたのよ」
「いい人なんじゃないの?テラさんもエレインさんも満足そうだったぞ」
「そりゃね、うん、見てくれはそうなのよ、人当たりも良いし・・・悪い人ではないかしら?」
「なら、それでいいだろ」
「そうなんだけどね・・・ほら・・・人の色恋って気になるじゃない?なんか聞いてないかなって」
「なんかって・・・あー・・・テラさんかな?サビナさんがすんごい可愛かったって、その面接の時?隣りに座ってたらしいんだけど・・・」
「へー、そういうの、他にない?」
「無いよ」
「あら、残念」
「無茶を言うもんじゃないよ・・・あっ、それで思い出した・・・」
「なに?なにを?」
ズイッと身を乗り出すユーリである、
「あのさ・・・もしかしてなんだけど・・・」
タロウは腕を組んで首を傾げる、ウンウンと大きく頷き目を輝かせるユーリであった、何気にこんなユーリは珍しい、普段であれば傍若無人を絵に描いたように他人に興味が無いとばかりに厳めしいのであるが、やはりそれはその職業上、生徒達の前で演じる講師としての仮面なのである、実際はその辺の奥様達と変わらない下世話な話しが大好きな中年になりかかった女性であった、
「・・・エレインさんってさ、すんごい鈍くないか?」
タロウがゆっくりと顔を上げた、ユーリはその言葉を沈黙で受け取り、
「・・・そう思う?」
ニヤーと微笑む、
「そう思うか?」
「やっぱり?」
「うん・・・いや、俺もさ、その辺・・・鈍いってのは自覚してるんだけど・・・その俺でもだよ、昨日のサビナさんの様子で何となく感付いたもんなんだが・・・エレインさん気付いてなかったらしくてさ・・・」
「あら・・・へー、そうなんだ」
「うん、なもんで、ほら、妙にそういうのに鈍い人っている・・・からさ・・・だろ?」
「そうね、いるわね、周りは分かっているのにその人だけが気付いてないって感じ?」
「そうそう、そんな感じ・・・」
「それはだって、鈍いって表現はどうかしら?」
「そうか?」
「そうよー、気付いてても黙ってるって人もいるしね、逆にほら、追われると逃げる人もいるし」
「あー、それはわかる」
「でしょー、でも・・・エレインさんは確かにね・・・そういうのには鈍い人かもね・・・」
「だろ?ほら、流石の俺でも・・・な・・・殿下のあれはあれだよな」
タロウが核心を衝く名前を出すと、ユーリは今日一番のにやけ笑いを浮かべ、
「やっぱりー、そうなの?」
「だと思う・・・」
「ムフフッ、だよねー、いや、ほら、よく考えればよ、殿下は別にこっちに住む必要無かったのよ」
「あっ、それもそうだ」
「でしょー、それをね、お屋敷を買った上に、あの王妃様がこっちに住まわさせたのよ、パトリシア様も止めるどころか薦めてたし」
「そうだったの?」
「そうなのよ、だから・・・ほら、実はね、既に周りは固められてるの」
「ありゃ・・・それはそれで大変だな・・・」
「でしょー、殿下もこっちに来た時はね、フラフラだったし、そんなね、色恋どころじゃなかったんだろうけど・・・ウフフ、そっかー、なに?殿下って元気になって、気付いた感じ?」
「気付いた・・・っていうのがどうかは分からないけど・・・何かと言えば会おうとしてるかな?」
「そうなの?」
「うん、別にあんた暇じゃないだろって感じなんだけど・・・ほら、晩餐会の時もだし」
「それもあったわねー・・・」
「だろ?別にあの晩餐会も殿下一人で構わなかったと思うんだが・・・まぁ、そういうもんなんだろうなって誰も何も言わなかったけどさ、俺も詳しく無いし」
「そうよねー」
ユーリは満足そうに盛大にニヤケ、湯呑をグイッと呷った、実に美味しそうにプハーっと大きく息を吐きだす、
「おいおい、飲み過ぎだよ」
「まだ二杯めだから平気よ、そっか・・・フフッ、良かったわねエレインさん・・・」
「そう・・・か?」
「そりゃそうでしょ、だって、殿下よ、王族よ、挙句にびっくりするほど美形よ」
「そうなんだろうけど・・・だって、大変だぞ、王族なんて」
「大丈夫よ、王妃様二人にパトリシア様にウルジュラ様もいるのよ、第一ね、その嫁姑、嫁小姑問題が一番の問題なのよ、特に貴族様は、もう愛憎渦巻くって感じ?暇な人達だからね、なんかあったらすぐに噂になるんだから」
「ありゃ・・・やっぱり大変じゃないのよ」
「そうでもないの、だって、そのね一番めんどくさい所がある意味で上手くいくのは確定なんだから、万々歳じゃない、王妃様とパトリシア様が暗躍してるのよ、上手くいくわよ、逆にあれね、殿下の方が厳しいかもよ、なにかあったら全員が敵に回るのよ、母親二人に姉に妹が・・・ウフフ・・・大変そー」
「・・・それはキツイな・・・」
「でしょー」
「・・・まぁ・・・それならそれでいいけどさ・・・そうなるとだ・・・」
「なに?」
「その・・・エレインさんの鈍さが一番の問題にならないか?たぶん、気付いてないぞ、あのお嬢様」
アッと目を丸くしてタロウを見つめるユーリであった。
「あら、お出かけ?」
三階に上がると中央にある作業部屋で光柱の灯りの下、ユーリが一人湯呑を傾けていた、
「おっ、どした?寝酒?」
タロウは目を眇めつつサンダルに履き替える、
「そんなとこね・・・何?今日も行くの?」
「そうだよ、今日はほら明日の分のね、スライムを捕まえないとって思ってさ・・・」
サンダルを締め直してタロウはゆっくりと立ち上がる、
「あら・・・そっか、明日か」
「だな・・・そういうお前さんは何やってんだ?」
「んー・・・あんたのこれ、サビナがへそ曲げてたわよ」
ユーリが手元の黒板を掲げた、それはタロウが描いたボタンの活用法を雑に描いたそれである、
「あー・・・君も大変だな」
「まずね・・・あっ、あんたちょっと座りなさい」
ユーリは丁度良かったとほくそ笑む、
「なんだよ、酒には付き合わないぞ」
「あんたに飲ませる酒なんかないわよ」
「・・・それはまた・・・失礼な言い草だな」
「飲むときは勝手に飲むでしょ、あんたは」
「そうだけどさ」
「だから、飲みたきゃどうぞ、このワインはお気に入りなの、私の」
「そうかいそうかい、で、なんかあったか?」
「なんかもなにも、これ、昔聞いたわよね、確か・・・」
ユーリが黒板に視線を落とす、
「あら、覚えてた?」
やれやれと腰を下ろすタロウである、自分で言うのもなんだが付き合いが良すぎるよな最近等と考えてしまう、
「そうね、読んでて思い出した」
「そりゃ、結構」
「でね・・・あの時に、もう一つ無かった?」
「もう一つ?」
「うん、なんだっけ・・・ファ・・・なんとかだっけそんな名前のやつ・・・」
「・・・へー、よく覚えてるね」
タロウはそんな話をしたかもなと首を傾げた、ボタンについてソフィアとユーリに問い質した折に、布と布を繋ぐ器具として金属製のファスナーと、面ファスナーいわゆるマジックシートの事を口にしていた、どうやらユーリはそれを記憶していたらしい、ユーリらしいなとタロウは口元を歪ませる、
「それは作らないの?」
何とも簡単にユーリは言い切った、おいおいとタロウは眉を顰め、
「あー・・・あれって結構複雑なんだよ、こっちでは作れないかな?かなり難しい・・・」
「他の国にも無いの?」
「無いよ」
「・・・断言するの?」
「こればかりはね」
「あんたの国にも?」
「俺の国に行けばあるけどさ、だから・・・」
とタロウはムッとユーリを睨みつける、何かの誘導尋問のようであった、何を聞き出したいのかその真意が読めない、
「・・・まぁ、気になるのは分かるけどもさ・・・」
「そうね、すんごい気になる」
ニヤーと微笑むユーリである、どうやら若干酔っているらしい、
「それにね、あるなら出して欲しいし、作れるなら作って欲しいかしらね、後から後からこうやって出されてもこっちが困るもの」
「そうか?」
「そうでしょ、だって、こんなの例のあれを作った時に出しなさい、ボタンそのものは既にあるんだし、その使い方でしょ、難しくないじゃない」
「そうだけどさ・・・俺もほら、お前らがすんごい嫌そうな顔してたからさ、考えないようにしてたんだよ」
「・・・そんなに嫌な顔してた?」
「してたよ、お前とソフィア一緒になってさ・・・ほら、あの時は、ミナの世話してもらってたから機嫌取らないとって・・・これでも気を使ったんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだったよ、二人して人を悪人か犯罪者みたいに睨みつけてさ・・・まぁ、いいけども」
「そうね、別にいいわよね」
ユーリはフンと鼻で笑って黒板に目を落とす、女性特有の自分が良ければそれでいいという、見事な自己中感覚が発動していた、タロウはおいおいと口をへの字に曲げてしまう、
「いいけどさ・・・まぁ、ファスナーは諦めてくれ、無理だ」
「そっ・・・仕方ないわね」
あっさりと引き下がるユーリである、しかし、
「これはあれ?そのメイド服に採用するの?」
「そこまでは知らないよ、さっきも下でギャーギャーやってただろ、好きにしてもらうさ」
「なによ、適当ね」
「俺が作るわけでも着る訳でもないからね、商会のねーちゃん達に任せるよ」
「・・・そうなるか・・・」
「だろうよ、何?着てみたいのか?」
「そうねー・・・何か楽そうじゃない?」
「確かにな、それに・・・まぁ、その内そういうのも作られるだろうから先に言うんだけど、重ね着する時には楽だな、特にその真ん中で留める感じのやつ?」
「これ?」
「それ」
「・・・確かに・・・そっか、重ね着か・・・」
「そっ、冬場は特に有効だし、こう・・・腕の部分が無い、胴体部分だけの服ってのもあるんだよ」
「?それって、意味あるの?」
「あるぞ、チョッキとかベストって言うんだけど、まぁ、御洒落の部類だが、作ってみるといいよ、動き易くて温かいんだ、腕の部分が無いからね、動かしやすくて、胴の部分は温かい・・・そんな感じ」
「へー・・・チョッキかベストね・・・」
ゴソゴソと黒板に書き付けるユーリである、酔っぱらって大丈夫かいなとタロウは思うも、ユーリはフーンと鼻を鳴らし、
「他には?」
と顔を上げた、
「他って・・・君なー」
「サビナに聞き出してって頼まれたのよ」
「何を?」
「他にもあるって言ったんでしょ」
「言ったけどもさ・・・それはだって、かなりの大仕掛けだぞ、それこそ服の作り方を根底から変えるくらいにね」
「あら、そんなに?」
「そうだよ、だから、そっちはちゃんと時間を取らないと、姫様にも話してあるから、向こうの職人さんも手配したいらしくてさ」
「あら・・・それは大事ね・・・大丈夫?」
「御心配どうもありがとう、何とかなるよ」
「ならいいけど、じゃ、それ以外になんかある?」
「君なー」
タロウは勘弁してくれよと目を細め、ムフフとユーリが微笑んだ、
「あっ・・・あるとすればあるか・・・」
「やっぱりね、なによ」
「ん、ソフィアに聞いてくれ」
「なんでさ」
「今作ってるから」
「えっ、マジ?」
「マジ」
「何を?」
「だから、ソフィアに聞いてくれ、ミナ用のを作ってるぞ」
「ミナ・・・もしかしてあれ?あの編み物?」
「うん、それ」
「あら・・・ソフィア下にいる?」
「いると思うぞ」
「じゃ、早速・・・」
とユーリは腰を上げるが、アッと声を上げ座り直す、タロウもこんなもんでいいかと腰を上げかけた所で、
「サビナの彼氏会った?」
と話題を変えるユーリであった、
「この酔っ払いが」
タロウは遠慮なくユーリを睨みつけ、ユーリはニヤリと微笑んだ、
「・・・会ってないよ、なんだお前さんは知ってるのか?」
「勿論よ、毎朝毎晩会ってたわ」
「ありゃ・・・あっ、そっか、なんだっけ、学園の宿舎の隣だっけ?」
「そうよー、だから、あんたから見たらどうかなって思ってね」
「どうかって・・・俺はあれだぞ、ルーツみたいな器用な事は出来ないぞ」
「嘘おっしゃい」
「・・・まぁ、嘘だけどさ」
「知ってる」
「そうかよ」
「うーん、でもそうなると、少し残念ね、男から見たらどんなもんかなって気になってたのよ」
「いい人なんじゃないの?テラさんもエレインさんも満足そうだったぞ」
「そりゃね、うん、見てくれはそうなのよ、人当たりも良いし・・・悪い人ではないかしら?」
「なら、それでいいだろ」
「そうなんだけどね・・・ほら・・・人の色恋って気になるじゃない?なんか聞いてないかなって」
「なんかって・・・あー・・・テラさんかな?サビナさんがすんごい可愛かったって、その面接の時?隣りに座ってたらしいんだけど・・・」
「へー、そういうの、他にない?」
「無いよ」
「あら、残念」
「無茶を言うもんじゃないよ・・・あっ、それで思い出した・・・」
「なに?なにを?」
ズイッと身を乗り出すユーリである、
「あのさ・・・もしかしてなんだけど・・・」
タロウは腕を組んで首を傾げる、ウンウンと大きく頷き目を輝かせるユーリであった、何気にこんなユーリは珍しい、普段であれば傍若無人を絵に描いたように他人に興味が無いとばかりに厳めしいのであるが、やはりそれはその職業上、生徒達の前で演じる講師としての仮面なのである、実際はその辺の奥様達と変わらない下世話な話しが大好きな中年になりかかった女性であった、
「・・・エレインさんってさ、すんごい鈍くないか?」
タロウがゆっくりと顔を上げた、ユーリはその言葉を沈黙で受け取り、
「・・・そう思う?」
ニヤーと微笑む、
「そう思うか?」
「やっぱり?」
「うん・・・いや、俺もさ、その辺・・・鈍いってのは自覚してるんだけど・・・その俺でもだよ、昨日のサビナさんの様子で何となく感付いたもんなんだが・・・エレインさん気付いてなかったらしくてさ・・・」
「あら・・・へー、そうなんだ」
「うん、なもんで、ほら、妙にそういうのに鈍い人っている・・・からさ・・・だろ?」
「そうね、いるわね、周りは分かっているのにその人だけが気付いてないって感じ?」
「そうそう、そんな感じ・・・」
「それはだって、鈍いって表現はどうかしら?」
「そうか?」
「そうよー、気付いてても黙ってるって人もいるしね、逆にほら、追われると逃げる人もいるし」
「あー、それはわかる」
「でしょー、でも・・・エレインさんは確かにね・・・そういうのには鈍い人かもね・・・」
「だろ?ほら、流石の俺でも・・・な・・・殿下のあれはあれだよな」
タロウが核心を衝く名前を出すと、ユーリは今日一番のにやけ笑いを浮かべ、
「やっぱりー、そうなの?」
「だと思う・・・」
「ムフフッ、だよねー、いや、ほら、よく考えればよ、殿下は別にこっちに住む必要無かったのよ」
「あっ、それもそうだ」
「でしょー、それをね、お屋敷を買った上に、あの王妃様がこっちに住まわさせたのよ、パトリシア様も止めるどころか薦めてたし」
「そうだったの?」
「そうなのよ、だから・・・ほら、実はね、既に周りは固められてるの」
「ありゃ・・・それはそれで大変だな・・・」
「でしょー、殿下もこっちに来た時はね、フラフラだったし、そんなね、色恋どころじゃなかったんだろうけど・・・ウフフ、そっかー、なに?殿下って元気になって、気付いた感じ?」
「気付いた・・・っていうのがどうかは分からないけど・・・何かと言えば会おうとしてるかな?」
「そうなの?」
「うん、別にあんた暇じゃないだろって感じなんだけど・・・ほら、晩餐会の時もだし」
「それもあったわねー・・・」
「だろ?別にあの晩餐会も殿下一人で構わなかったと思うんだが・・・まぁ、そういうもんなんだろうなって誰も何も言わなかったけどさ、俺も詳しく無いし」
「そうよねー」
ユーリは満足そうに盛大にニヤケ、湯呑をグイッと呷った、実に美味しそうにプハーっと大きく息を吐きだす、
「おいおい、飲み過ぎだよ」
「まだ二杯めだから平気よ、そっか・・・フフッ、良かったわねエレインさん・・・」
「そう・・・か?」
「そりゃそうでしょ、だって、殿下よ、王族よ、挙句にびっくりするほど美形よ」
「そうなんだろうけど・・・だって、大変だぞ、王族なんて」
「大丈夫よ、王妃様二人にパトリシア様にウルジュラ様もいるのよ、第一ね、その嫁姑、嫁小姑問題が一番の問題なのよ、特に貴族様は、もう愛憎渦巻くって感じ?暇な人達だからね、なんかあったらすぐに噂になるんだから」
「ありゃ・・・やっぱり大変じゃないのよ」
「そうでもないの、だって、そのね一番めんどくさい所がある意味で上手くいくのは確定なんだから、万々歳じゃない、王妃様とパトリシア様が暗躍してるのよ、上手くいくわよ、逆にあれね、殿下の方が厳しいかもよ、なにかあったら全員が敵に回るのよ、母親二人に姉に妹が・・・ウフフ・・・大変そー」
「・・・それはキツイな・・・」
「でしょー」
「・・・まぁ・・・それならそれでいいけどさ・・・そうなるとだ・・・」
「なに?」
「その・・・エレインさんの鈍さが一番の問題にならないか?たぶん、気付いてないぞ、あのお嬢様」
アッと目を丸くしてタロウを見つめるユーリであった。
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月芝
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玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
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