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本編
72話 メダカと学校 その18
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「で・・・」
とタロウはフーと一息入れる、襟元に関して説明し、これもなるほどとメイド達にもエレインらにも理解を得られたが、マフダはどうしたものかと泣きそうな顔であった、付け袖と共に着脱式にする必要があるらしく、その方法がまるで想像できないのである、ウーと悲しそうに呻いてサビナを伺うも、サビナは書き付けた黒板を見下ろして、何やら考え込んでいる、これは難しいかとテラに視線を向けるとテラはだろうなと黙して視線を合わせてくれた、ホッと安堵するマフダであるが、だからといって問題は解決していない、テラは難しい顔をそのままタロウに向け、
「すいません、タロウさん・・・その、やっぱりあれです、着脱式?ですか、それは一体どうすれば良いのでしょう・・・」
素直に問いかけるテラである、
「・・・あー・・・そうだよねー・・・いや、俺もね、よくわからんのだ」
先程と同じ言葉を繰り返すタロウであった、
「そう言われましても・・・」
「・・・困る?」
「はい、大変に」
「だよね・・・」
何故かタロウまでもが困り顔になってしまう、テラはこれは本当に知らないようだと確信し、マフダもエーと言葉にならない悲鳴を上げる、
「・・・でも・・・まぁ・・・そっか・・・あれがあるかな・・・」
タロウが大きく首を捻る、
「あるんですね」
エレインがやっぱりなとニヤリと微笑む、
「うん・・・でも、これは姫様・・・まぁ・・・いいか」
タロウが顔を上げるとテラがこれだからと訝しそうにタロウを睨み、サビナは厭らしい笑みを浮かべている、マフダは早くしろとばかりに目が輝き、グルジアやオリビア、メイド娘達は興味津々とタロウを見つめていた、
「まぁ・・・これなんだけど・・・」
タロウは仕方がないかと懐に手を突っ込み、暫くゴソゴソとやっていたが、スッと布袋を取り出してテーブルに置いた、シャランと聞き慣れない音が響く、その見た目と大きさから貨幣かなにかかと一同は首を傾げた、しかし何とも軽い音である、そしてここでわざわざ貨幣を持ち出すと言う事は金で解決しろとでも言うのかなと眉を顰める者多数である、
「何ですか?これ?」
「ん、ボタンだよ」
しかしそこはタロウのやり方にすっかり慣れたサビナであった、当然銀貨でも銅貨でも無い事を見抜き、タロウはそのまま袋を開くとジャラジャラ音を立てて中身を取り出した、それは白い輝きに儚く小さな赤や青に色が混ざった円形のボタンで、それが大小幾つも重なり、さらにはなにやら骨のようなものが混じっている、そこへジャネットが何やら始めたぞとエレインの背後に忍び寄っており、さらには生徒達もゆっくりと集まって来る、テラがん?と顔を上げるが、まぁ興味はあるよなと特に注意する事は無かった、
「ボタンですか?」
「綺麗ですねー」
「うん、あっ・・・そっか」
マフダが何やら思いついたらしい、目を丸くして背筋を伸ばす、
「あら・・・なんだよ、これ必要なかったか」
タロウがニヤリと微笑んだ、
「えっ、でも、だってボタンですよ・・・どうします・・・」
しかしすぐに萎んでしまったマフダである、タロウはありゃと首を傾げ、サビナもウーンと首を傾げている、
「どうしますって、ボタンとして使うんだよ・・・」
何をかいわんやとタロウは微笑むも、今一つと不思議そうにする女性達であった、
「使うんですか?」
「うん」
「ボタンを?」
「うん」
軽い問答が交わされると、タロウはニヤーと意地の悪い笑みを浮かべ、
「そうだね・・・ここはほら、サビナさんにボタンの歴史?というか文化史ってやつの講釈をお願いしたいんだけど」
「講釈って・・・なにをですか?」
「ん?ほら、学園長のあれでまとめたんでしょ、ボタンについても記述があるんじゃない?」
「えっ・・・あっ、まぁありますけど・・・」
とサビナは首を捻りながら、訥々と語りだす、曰く、王国に於いてボタンは専ら木製で作られており、それは衣服の装飾として多用されている、来歴は不明であるが、南方からもたらされたと考えられており、大小様々で形態もまた様々・・・とサビナは何度も読み込んだ文言を思い出しつつ言葉にした、自分の知識そのままだなと頷く者多数である、
「そうなんだよね、それがさ、俺としてはホントに不思議でね」
さてと、とタロウは両肘をテーブルについた、
「何か変ですか?」
「うん、すんごい変」
ムッとタロウを睨むサビナとそんな言い草も無いもんだと生徒達も鼻白む、
「なんでかっていうと、俺の認識だとね、ボタンって道具なんだよ」
「道具?これが?」
サビナは自分の袖に並んだボタンを見下ろし、他の面々も自分の服や隣の者の服をマジマジと見つめる、そこには装飾として当たり前に木製のボタンが付けられており、大小様々、形も様々で、しかしそれ以上の機能を有しない、タロウが取り出した白く輝くそれとは違って木製のくすんだ色合いであるが、それなりに気に入っていたり、可愛いなと思ってきたお洒落の一つである、
「道具だね、だから・・・実際に使ってみようか・・・端切れと裁縫道具を貸してもらえる?」
タロウが微笑むと、パタパタとジャネットとアニタが走る、
「ありがとう、でね、こんな感じで縫い付ける、それは変わらないよね」
タロウは受けとった端切れと裁縫道具を器用に使いだした、オオッと驚く一同である、何気にその手付きは流麗でマフダや奥様達には敵わないであろうが、大したものであった、
「タロウさん器用ですね・・・」
テラが思わず褒めると、
「まぁね、一人暮らしが長かったから、これくらいはできないと・・・」
前の世界の口癖が飛び出したタロウである、
「そうですかー」
「うちの男共では無理かな?」
「あっ、うちもダメー」
「うちもー」
懐かしそうに頷きあう娘達であった、郷里を遠く離れた娘達である、この場にいる者で生粋のモニケンダム人はマフダとリーニー、カチャーの三人だけで、他は皆地方出身者であった、どうやらタロウのその突然の裁縫仕事に何故かそんな事を一切していない父や兄弟の姿を見てしまう、不思議な幻影であった、
「そういうもんだよねー」
タロウは適当に相槌を打つとあっさりと付け終わり糸を切る、そしてその布の逆の端を手にして裁ちばさみで切り込みを入れた、何だそれはと首を捻る娘達に、
「こんな感じ、でね」
とくるっと端切れを丸くして切り込みに貝のボタンを潜らせると、
「これだけ、どう?」
ポンとテーブルに置くタロウである、円環となったその端切れはテーブルに鎮座し、オオッと小さな歓声が起こった、
「見てもいいですか?」
マフダがそろそろと手を伸ばす、どうぞとタロウが微笑む前にマフダは端切れを握っており、すぐさましげしげとそれを見つめ、それを縦横から覗き込む女性達、
「理解できた?」
ニヤリとタロウが微笑むと、
「これが使い方・・・」
「これで正しいの?」
「なんか違くない?」
「まさか・・・」
とどうやらまるで理解できないらしい、実際にタロウが知る限り王国の衣装に於けるボタンは装飾以外の意味を持っていなかった、ソフィアやユーリに聞いてみてもそういうもんだろうと逆に不思議がられてしまい、変な人扱いをより加速させる事はあったが、それ以上の効果は無く、タロウは不愉快に思いつつも、どういう経緯でそうなったのかを調べる事もできず想像する他なかった、それは恐らくどこぞの他の文化からボタンという品だけが漂い着き、それが装飾として良いものだとなってどう使うかを知られないままに広く普及してしまったのだろうと仮定して満足する事としている、なんとも簡単な想像であったが、そうとしか言えずまた思えない、そしてどうやら学園長の資料でもあくまで装飾としてしか取り上げていない様子で、これは流石の学園長でも難しかったかとタロウは思う、と同時に知識と知恵が同時に伝わらなかった稀有な例かもしれないなと確信し、文化史としてまた風俗史として大変に興味深い現象だと再認識するに至った、
「でね・・・」
とタロウは微笑み、マフダの手から端切れを受け取ると、簡単に外して見せた、へーと感心する声が響く、タロウはちょっと借りるよと前置きし、隣に座るグルジアの袖を取って、そこにある三つ並んだボタンの一つに掛け直す、一同はまぁそうなるよなと首を傾げるが、
「アッ・・・」
「そうか・・・」
「なるほど・・・」
とマフダとサビナ、テラが思わず呟いた、
「そういう事、このボタンってやつはね、対応するボタン穴だな、この切り込みに潜らせて布と布を繋ぐ役割になる、君らの胸元の止め紐?って言うのかな、それと同じ使い方をするんだよ」
へーとやっと理解できた数人が感心し、それでもピンとこない者もいるようであったが、
「これ・・・そうなんだ・・・」
「うん、初めて知った・・・」
「凄い・・・信じられない」
改めて自分の服のボタンを確認し始める一同である、
「びっくりした?」
ニヤリと微笑むタロウに、ウンウンとマフダは頷き、サビナも呆気に取られてグルジアの袖を見つめている、そのグルジアは腕を持ち上げてシゲシゲと観察していた、
「でね、これを使うとだ」
タロウは黒板を引き寄せ、ボタンを使った幾つかの装束を説明する、単純に中央で二つに別けた服を複数のボタンで留めるもの、止め紐の代わりに首元にあしらう方法、切り込みの数を増やして締め付ける段階を調整する方法等となる、これは凄いとサビナとマフダは目を輝かせて黒板を鳴らし、ホヘーとその背後の少女達はすっかりと感心してしまっていた、
「でだ、こうなると、袖も襟も別で作って着脱式にできるって事・・・できそうじゃない?」
「でき・・・ます、はい、できますね」
ハッと顔を上げるマフダである、
「うん、あれだね、少しこう・・・形を考えないとだけど、できるね」
「はい、できます」
「だしょー」
どうやら理解されたらしいとタロウはホッと安堵する、ソフィアやユーリにこう使うのだと説明した事もあったが、だからなんだと鼻で笑って一蹴された事もあった、今回もそうなったとしたら、どうやら王国人はボタンホールを理解出来ない習性があるらしいと諦めるしかなかったのである、どうやら当時のソフィアとユーリはそれどころでは無く、ましてその当時つい最近知り合った赤子連れの不審な男を最大限に警戒していたのであろう、タロウはそう思う事にしてボタンに関しては記憶を封殺していたりする、
「でだ、説明を加えるとこれはね、貝殻から出来ている」
タロウはテーブルに散らかったボタンの一つを手にした、それは軽く薄くそして見事な輝きを見せている、
「貝殻ですか?」
「貝って・・あの川と湖にいる黒いやつ?」
「へー・・・でもすんごい綺麗ですよ」
「うん、輝いてる・・・」
「あー・・・そっか、君ら海産物とかに弱いんだよな・・・この中で貝を食べたことある人っている?」
タロウが顔を上げて見回すが、誰もキョトンとしたままで頷く者がない、ただ一人テラだけがそりゃ食べるだろと逆に不審に思う、しかしテラが好むのは海の貝であって、そう言えば川や湖の貝は食した事が無いかなと思考を巡らせる、
「・・・食べれるんですか?」
エレインが代表して問い返すと、
「うん、美味しいよ、ほら、寮のメダカに入れてあるやつも、浄化槽にいれてるやつと同じなんだけどさ、うん、黒シジミってやつだな、美味いよ」
ヘーと感心の声が広がるが、どちらもピンときていない者は大きく首を傾げている、
「ただ、浄化槽のは止した方がいいかな?そっか、もしかしたらあれか、貝毒とかあるからな、それで食用に広がってないのかも・・・」
「毒ですか?」
「うん、貝はね、どうしてもその生息環境次第で毒に塗れちゃうから・・・まぁ、ここの近くの湖だと大腸菌で無理だろし、川も・・・うん、当たり外れがあるのかな?難しいからね、まぁいいや、でね」
とタロウは別の一つを摘まみ上げ、
「この骨のやつ、なんだかわかる?」
タロウが貝のボタンに混ざっていた尖った骨のボタンを摘まみ上げる、
「骨ですよね」
「・・・牙ですか?」
「そだね、これ狼の牙なんだって」
ヘーと幾度目かの感心する声が広がる、
「なもんでね、これはほら、男用って事になるのかな?服のちょっとした所にこうあるとカッコいいでしょ」
タロウは自分の袖口に牙を押し当てる、確かにカッコイイかもと誰もが呟いた、
「だから、まぁ、木製で作るのが楽なんだろうけど、材質は何でもいいんだろうね、そういう点も今後の発展に期待したいところなんだけど・・・どかな?」
改めてタロウは一同を見渡し、大きく頷く一同であった。
とタロウはフーと一息入れる、襟元に関して説明し、これもなるほどとメイド達にもエレインらにも理解を得られたが、マフダはどうしたものかと泣きそうな顔であった、付け袖と共に着脱式にする必要があるらしく、その方法がまるで想像できないのである、ウーと悲しそうに呻いてサビナを伺うも、サビナは書き付けた黒板を見下ろして、何やら考え込んでいる、これは難しいかとテラに視線を向けるとテラはだろうなと黙して視線を合わせてくれた、ホッと安堵するマフダであるが、だからといって問題は解決していない、テラは難しい顔をそのままタロウに向け、
「すいません、タロウさん・・・その、やっぱりあれです、着脱式?ですか、それは一体どうすれば良いのでしょう・・・」
素直に問いかけるテラである、
「・・・あー・・・そうだよねー・・・いや、俺もね、よくわからんのだ」
先程と同じ言葉を繰り返すタロウであった、
「そう言われましても・・・」
「・・・困る?」
「はい、大変に」
「だよね・・・」
何故かタロウまでもが困り顔になってしまう、テラはこれは本当に知らないようだと確信し、マフダもエーと言葉にならない悲鳴を上げる、
「・・・でも・・・まぁ・・・そっか・・・あれがあるかな・・・」
タロウが大きく首を捻る、
「あるんですね」
エレインがやっぱりなとニヤリと微笑む、
「うん・・・でも、これは姫様・・・まぁ・・・いいか」
タロウが顔を上げるとテラがこれだからと訝しそうにタロウを睨み、サビナは厭らしい笑みを浮かべている、マフダは早くしろとばかりに目が輝き、グルジアやオリビア、メイド娘達は興味津々とタロウを見つめていた、
「まぁ・・・これなんだけど・・・」
タロウは仕方がないかと懐に手を突っ込み、暫くゴソゴソとやっていたが、スッと布袋を取り出してテーブルに置いた、シャランと聞き慣れない音が響く、その見た目と大きさから貨幣かなにかかと一同は首を傾げた、しかし何とも軽い音である、そしてここでわざわざ貨幣を持ち出すと言う事は金で解決しろとでも言うのかなと眉を顰める者多数である、
「何ですか?これ?」
「ん、ボタンだよ」
しかしそこはタロウのやり方にすっかり慣れたサビナであった、当然銀貨でも銅貨でも無い事を見抜き、タロウはそのまま袋を開くとジャラジャラ音を立てて中身を取り出した、それは白い輝きに儚く小さな赤や青に色が混ざった円形のボタンで、それが大小幾つも重なり、さらにはなにやら骨のようなものが混じっている、そこへジャネットが何やら始めたぞとエレインの背後に忍び寄っており、さらには生徒達もゆっくりと集まって来る、テラがん?と顔を上げるが、まぁ興味はあるよなと特に注意する事は無かった、
「ボタンですか?」
「綺麗ですねー」
「うん、あっ・・・そっか」
マフダが何やら思いついたらしい、目を丸くして背筋を伸ばす、
「あら・・・なんだよ、これ必要なかったか」
タロウがニヤリと微笑んだ、
「えっ、でも、だってボタンですよ・・・どうします・・・」
しかしすぐに萎んでしまったマフダである、タロウはありゃと首を傾げ、サビナもウーンと首を傾げている、
「どうしますって、ボタンとして使うんだよ・・・」
何をかいわんやとタロウは微笑むも、今一つと不思議そうにする女性達であった、
「使うんですか?」
「うん」
「ボタンを?」
「うん」
軽い問答が交わされると、タロウはニヤーと意地の悪い笑みを浮かべ、
「そうだね・・・ここはほら、サビナさんにボタンの歴史?というか文化史ってやつの講釈をお願いしたいんだけど」
「講釈って・・・なにをですか?」
「ん?ほら、学園長のあれでまとめたんでしょ、ボタンについても記述があるんじゃない?」
「えっ・・・あっ、まぁありますけど・・・」
とサビナは首を捻りながら、訥々と語りだす、曰く、王国に於いてボタンは専ら木製で作られており、それは衣服の装飾として多用されている、来歴は不明であるが、南方からもたらされたと考えられており、大小様々で形態もまた様々・・・とサビナは何度も読み込んだ文言を思い出しつつ言葉にした、自分の知識そのままだなと頷く者多数である、
「そうなんだよね、それがさ、俺としてはホントに不思議でね」
さてと、とタロウは両肘をテーブルについた、
「何か変ですか?」
「うん、すんごい変」
ムッとタロウを睨むサビナとそんな言い草も無いもんだと生徒達も鼻白む、
「なんでかっていうと、俺の認識だとね、ボタンって道具なんだよ」
「道具?これが?」
サビナは自分の袖に並んだボタンを見下ろし、他の面々も自分の服や隣の者の服をマジマジと見つめる、そこには装飾として当たり前に木製のボタンが付けられており、大小様々、形も様々で、しかしそれ以上の機能を有しない、タロウが取り出した白く輝くそれとは違って木製のくすんだ色合いであるが、それなりに気に入っていたり、可愛いなと思ってきたお洒落の一つである、
「道具だね、だから・・・実際に使ってみようか・・・端切れと裁縫道具を貸してもらえる?」
タロウが微笑むと、パタパタとジャネットとアニタが走る、
「ありがとう、でね、こんな感じで縫い付ける、それは変わらないよね」
タロウは受けとった端切れと裁縫道具を器用に使いだした、オオッと驚く一同である、何気にその手付きは流麗でマフダや奥様達には敵わないであろうが、大したものであった、
「タロウさん器用ですね・・・」
テラが思わず褒めると、
「まぁね、一人暮らしが長かったから、これくらいはできないと・・・」
前の世界の口癖が飛び出したタロウである、
「そうですかー」
「うちの男共では無理かな?」
「あっ、うちもダメー」
「うちもー」
懐かしそうに頷きあう娘達であった、郷里を遠く離れた娘達である、この場にいる者で生粋のモニケンダム人はマフダとリーニー、カチャーの三人だけで、他は皆地方出身者であった、どうやらタロウのその突然の裁縫仕事に何故かそんな事を一切していない父や兄弟の姿を見てしまう、不思議な幻影であった、
「そういうもんだよねー」
タロウは適当に相槌を打つとあっさりと付け終わり糸を切る、そしてその布の逆の端を手にして裁ちばさみで切り込みを入れた、何だそれはと首を捻る娘達に、
「こんな感じ、でね」
とくるっと端切れを丸くして切り込みに貝のボタンを潜らせると、
「これだけ、どう?」
ポンとテーブルに置くタロウである、円環となったその端切れはテーブルに鎮座し、オオッと小さな歓声が起こった、
「見てもいいですか?」
マフダがそろそろと手を伸ばす、どうぞとタロウが微笑む前にマフダは端切れを握っており、すぐさましげしげとそれを見つめ、それを縦横から覗き込む女性達、
「理解できた?」
ニヤリとタロウが微笑むと、
「これが使い方・・・」
「これで正しいの?」
「なんか違くない?」
「まさか・・・」
とどうやらまるで理解できないらしい、実際にタロウが知る限り王国の衣装に於けるボタンは装飾以外の意味を持っていなかった、ソフィアやユーリに聞いてみてもそういうもんだろうと逆に不思議がられてしまい、変な人扱いをより加速させる事はあったが、それ以上の効果は無く、タロウは不愉快に思いつつも、どういう経緯でそうなったのかを調べる事もできず想像する他なかった、それは恐らくどこぞの他の文化からボタンという品だけが漂い着き、それが装飾として良いものだとなってどう使うかを知られないままに広く普及してしまったのだろうと仮定して満足する事としている、なんとも簡単な想像であったが、そうとしか言えずまた思えない、そしてどうやら学園長の資料でもあくまで装飾としてしか取り上げていない様子で、これは流石の学園長でも難しかったかとタロウは思う、と同時に知識と知恵が同時に伝わらなかった稀有な例かもしれないなと確信し、文化史としてまた風俗史として大変に興味深い現象だと再認識するに至った、
「でね・・・」
とタロウは微笑み、マフダの手から端切れを受け取ると、簡単に外して見せた、へーと感心する声が響く、タロウはちょっと借りるよと前置きし、隣に座るグルジアの袖を取って、そこにある三つ並んだボタンの一つに掛け直す、一同はまぁそうなるよなと首を傾げるが、
「アッ・・・」
「そうか・・・」
「なるほど・・・」
とマフダとサビナ、テラが思わず呟いた、
「そういう事、このボタンってやつはね、対応するボタン穴だな、この切り込みに潜らせて布と布を繋ぐ役割になる、君らの胸元の止め紐?って言うのかな、それと同じ使い方をするんだよ」
へーとやっと理解できた数人が感心し、それでもピンとこない者もいるようであったが、
「これ・・・そうなんだ・・・」
「うん、初めて知った・・・」
「凄い・・・信じられない」
改めて自分の服のボタンを確認し始める一同である、
「びっくりした?」
ニヤリと微笑むタロウに、ウンウンとマフダは頷き、サビナも呆気に取られてグルジアの袖を見つめている、そのグルジアは腕を持ち上げてシゲシゲと観察していた、
「でね、これを使うとだ」
タロウは黒板を引き寄せ、ボタンを使った幾つかの装束を説明する、単純に中央で二つに別けた服を複数のボタンで留めるもの、止め紐の代わりに首元にあしらう方法、切り込みの数を増やして締め付ける段階を調整する方法等となる、これは凄いとサビナとマフダは目を輝かせて黒板を鳴らし、ホヘーとその背後の少女達はすっかりと感心してしまっていた、
「でだ、こうなると、袖も襟も別で作って着脱式にできるって事・・・できそうじゃない?」
「でき・・・ます、はい、できますね」
ハッと顔を上げるマフダである、
「うん、あれだね、少しこう・・・形を考えないとだけど、できるね」
「はい、できます」
「だしょー」
どうやら理解されたらしいとタロウはホッと安堵する、ソフィアやユーリにこう使うのだと説明した事もあったが、だからなんだと鼻で笑って一蹴された事もあった、今回もそうなったとしたら、どうやら王国人はボタンホールを理解出来ない習性があるらしいと諦めるしかなかったのである、どうやら当時のソフィアとユーリはそれどころでは無く、ましてその当時つい最近知り合った赤子連れの不審な男を最大限に警戒していたのであろう、タロウはそう思う事にしてボタンに関しては記憶を封殺していたりする、
「でだ、説明を加えるとこれはね、貝殻から出来ている」
タロウはテーブルに散らかったボタンの一つを手にした、それは軽く薄くそして見事な輝きを見せている、
「貝殻ですか?」
「貝って・・あの川と湖にいる黒いやつ?」
「へー・・・でもすんごい綺麗ですよ」
「うん、輝いてる・・・」
「あー・・・そっか、君ら海産物とかに弱いんだよな・・・この中で貝を食べたことある人っている?」
タロウが顔を上げて見回すが、誰もキョトンとしたままで頷く者がない、ただ一人テラだけがそりゃ食べるだろと逆に不審に思う、しかしテラが好むのは海の貝であって、そう言えば川や湖の貝は食した事が無いかなと思考を巡らせる、
「・・・食べれるんですか?」
エレインが代表して問い返すと、
「うん、美味しいよ、ほら、寮のメダカに入れてあるやつも、浄化槽にいれてるやつと同じなんだけどさ、うん、黒シジミってやつだな、美味いよ」
ヘーと感心の声が広がるが、どちらもピンときていない者は大きく首を傾げている、
「ただ、浄化槽のは止した方がいいかな?そっか、もしかしたらあれか、貝毒とかあるからな、それで食用に広がってないのかも・・・」
「毒ですか?」
「うん、貝はね、どうしてもその生息環境次第で毒に塗れちゃうから・・・まぁ、ここの近くの湖だと大腸菌で無理だろし、川も・・・うん、当たり外れがあるのかな?難しいからね、まぁいいや、でね」
とタロウは別の一つを摘まみ上げ、
「この骨のやつ、なんだかわかる?」
タロウが貝のボタンに混ざっていた尖った骨のボタンを摘まみ上げる、
「骨ですよね」
「・・・牙ですか?」
「そだね、これ狼の牙なんだって」
ヘーと幾度目かの感心する声が広がる、
「なもんでね、これはほら、男用って事になるのかな?服のちょっとした所にこうあるとカッコいいでしょ」
タロウは自分の袖口に牙を押し当てる、確かにカッコイイかもと誰もが呟いた、
「だから、まぁ、木製で作るのが楽なんだろうけど、材質は何でもいいんだろうね、そういう点も今後の発展に期待したいところなんだけど・・・どかな?」
改めてタロウは一同を見渡し、大きく頷く一同であった。
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