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本編

72話 メダカと学校 その12

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その日の商会は朝からバタバタと騒がしかった、

「いーなー、私も住みたいなー」

「ねー」

「通勤しなくていいのっていいですよねー」

「ねー」

とカチャーとリーニー、マフダがブーブーと騒がしく、奥様達も、

「そうよねー、あっ、こうしない?交代で泊まりに来るとか」

「ちょっと、子供はどうするのよ」

「ジジババがいるからいいのよ、うちは、仕事だって言えばしょうがないかって事になるし」

「羨ましいわね、私の所は駄目ね、グチグチ言われちゃうわ」

「それはうちだってそうよ、でもね、そんなものは聞き流してしまえばいいのよ」

と姦しい、

「はいはい、分かったから、ほら、さっさと済ませちゃって」

テラが珍しくも困り顔であった、ハーイと素直に従う三人娘に奥様方である、しかしその隣でニコリーネは一人ブー垂れていたりする、

「ほら、ニコリーネさんもさっさと移動させちゃって」

とテラが催促するも、ニコリーネはブスッと不機嫌そうに動かない、こちらも大変珍しくも御立腹のようである、どうやらよっぽど部屋を移動するのが嫌らしい、テラはまったくと微笑み、

「寒い上にあんなゴミゴミした部屋では休まらないでしょ」

と二度目のやんわりとした説教である、

「・・・そうでもないです・・・」

「いいえ、駄目です、ほら、動きなさい、二階の部屋の方が寝台が無い分広く使えるんだから、ね」

と困り顔のテラの優しい説得にニコリーネは渋々と動き出した、そこへ、

「どうかしら?」

とエレインも顔を出す、

「順調・・・でもないですね、ニコリーネさんがへそ曲げちゃって」

ニヤリと微笑むテラをニコリーネはムッと睨むも、無言でそそくさと自室に向かう、

「あら・・・どうしたの?」

「ニコリーネさん、作業部屋はいらないらしくて・・・」

「そうなの・・・でも、あの部屋ではねー」

「そうなんです、冬支度もままならないですよ」

とテラは呆れ顔となりエレインも苦笑いとなる、朝からバタバタと忙しくしていたのは何のことはない、三階の個人部屋、テラとニコリーネの部屋の冬支度とエルマを迎える準備であった、すっかりと冬本番で一階で暖炉を焚いていても寒いなと感じる程に冷え始め、これは駄目だなと朝から従業員総出で作業となっている、さらにエルマが商会の三階に間借りする事となった、昨日イフナースの屋敷を下見したエルマであったが、そのあまりの豪華さに申し訳ないと遠慮してしまっている、同席したテラがそりゃそうだよなと思うほどにその先日エレインが寝かせれた客間は貴族らしさ満開といった有様で、遠慮する事はないわよとマルルースが微笑むも、逆に休まらないですよとエルマは固辞してしまった、となるとどうしようかしらと首を捻るマルルースにテラが商会の三階であれば気兼ねが無いですし、寮に近い為に便利が良い事を告げ、自分の他にもニコリーネが世話になっており、エレインも反対する事は無いであろうと説明する、エルマも諸条件を耳にしてそれであればと納得したようだ、平民であるエルマにとってはそれが良かろうなとテラは微笑む、王妃達もそれで良ければとなんとか理解を示した、而してその冬支度と客人の迎え入れの準備なのであるが、テラの部屋とエルマの入る予定の部屋は簡素なものであっさりと終わりそうで、しかし問題はニコリーネの部屋であった、ニコリーネは自室をそのまま作業部屋として使用しており、エレインとテラが覗いた所、見事なまでのゴミ溜めと化していたのである、これにはテラは悲鳴を上げ、エレインはソフィアが来る前の寮はこんなだったなと微笑んでしまう、つい半年程度前の事であるが、遠い過去のように懐かしい、テラは一体どこで寝てるのと金切声を上げ、ニコリーネは入り口脇の毛布の山を指差す、寝台は?と叫ぶテラにエレインはあーなるほどーと絵画用具がうず高く積まれた寝台を見てほくそ笑んだ、そうしてこれでは駄目だと急遽二階の一室をニコリーネの作業部屋にする事が決定するが、ニコリーネ本人は見事に乗り気ではないらしい、曰く、寝る瞬間まで絵画に向き合いたいそうで、気持ちは分かるがそれは駄目だとテラはコンコンと説教をする始末で、エレインはまぁそういう事もあろうなとテラにその場を任せて二階の会長室に戻っていたりする、

「テラさんの部屋とエルマさんの部屋は終わったの?」

「はい、こちらは簡単でした、エルマさんの部屋は掃除も済ませてあります」

「じゃ充分ね、あとはマフダさん達に任せましょうか、そろそろエフモントさん来るかもだし」

「はい、じゃ、あっ、カチャーさん下に、マフダさん後宜しくね、ニコリーネさんの御機嫌を伺いながらでいいわよ」

とテラは何とも難しそうな指示を気軽に口にする、カチャーはハーイと素直に従うが、マフダはそれはどうすれば?と困惑してしまった、ニコリーネは基本穏やかで優しく大人しい人で、喧嘩になる事も言い争った事など全く無かったのである、しかし先程の初めて見るふくれっ面と曲げに曲げてしまったご機嫌はテラでさえ何ともしようがなかったようで、私が一体どうしろというのかとその不安そうな瞳が語っている、しかしテラはまったく気にせずカチャーを伴いエレインと階段に向かってしまい、リーニーがそういう事もあるとポンとマフダの肩に手を置く始末で、どうやら任せたと言いたいらしい、もうとマフダもふくれっ面になるが、かと言って作業は終わらせねばならない、まして実家からの注文もある、さっさとそちらの作業に戻りたい所であった、

「ほら、どうする、ニコリーネさん手伝わないと」

奥様の一人が大量の毛布を手にしてマフダに微笑みかけ、

「そうよー、薪も持ってこないとだからねー」

ともう一人の奥様もニヤニヤとマフダを見つめるばかりで、ニコリーネの部屋に入ろうともしていない、

「モー」

と叫び意を決してニコリーネの部屋に向かうマフダであった。



それから少しして、

「そこでなのですが、女性で一人紹介したい者がおりまして、それと男性も二名程・・・良さそうなのがおりまして」

応接室でエフモントがゆっくりと口を開く、それは嬉しいと微笑むエレインとテラであった、エフモントは新しい店舗の人員の件で相談したいと呼び出されていた、もし時間があればと朝一で奥様の一人がエフモントの事務所に向かい、エフモントも丁度時間があった為こうして急遽会談する事となっている、エレインとテラは急な話しで申し訳ないと頭を下げ、エフモントはこちらこそお招き頂き恐縮ですと優しく微笑んでいた、

「まずは・・・男性の方、二人共にもう高齢でしてね、なもんで教導団はそろそろ引退したいとそう申しております」

「教導団出身ですか・・・」

「もしかして奥様がこちらに?」

「いえ、どちらの奥さんも別に職がありますので、子供達も既に成人しております」

「あら・・・そんなに高齢なのですか?」

「はい、ですが・・・まぁ、40手前ですね」

「なら私と同じくらいじゃないですか」

とテラがムッと顔を顰め、エフモントはこれは失言でしたかと少しばかり慌ててしまう、

「まぁまぁ、私から見たら高齢ですよ」

エレインが茶化すように微笑むと、マァとテラの視線がエレインに向かい、エレインはニヤリと微笑んだ、

「もう・・・あっという間ですよ、30過ぎると」

「それはよく聞きますけど・・・それもあと数年はありますから、私は・・・」

まぁと目を丸くするテラにエレインはさらに意地悪く微笑むも、今度はまぁまぁとエフモントが苦笑いでテラを宥め、

「そういう訳でして、素性もしっかりしてますし、身持ちも良いです、共に愛想も良い男なので私としては胸を張って紹介したいと考えます」

「そうですか、それは嬉しいです」

「・・・しかし、大丈夫ですか、その・・・戦争の影響もあるかと思うのですが」

とエレインは柔らかく微笑み、テラは真顔に戻って懸念を口にする、

「はい、それもあります、先日から街中は大騒ぎになっておりますがね、うちらは既に動いておりましたから・・・」

とエフモントは言葉を区切り、

「なので、明日明後日からとはいきません、申し訳ないのですが、恐らく年明け・・・1月の終わり頃から勤務できればと思うのです」

と首を傾げる、

「・・・となると、その頃には何らかの決着が着いているとそうお考えなのですか?」

テラが眉間に皺を寄せ、エレインもこれは重要ではないかと目を細める、

「・・・そう・・・聞いております、それ以上は御勘弁を、それと口外なさらぬようにお願いします」

エフモントが柔和な笑みを浮かべるがその目は笑っていなかった、なるほどと押し黙る二人である、

「ですので・・・もし、近々に必要との事ですと・・・少々・・・条件に合わないかなと思いますが・・・しかし、街中の状況を考えると・・・」

「・・・確かに、急に騒がしくなりましたからね」

「そうね、分かりました、それまではまぁ、なんとかなるかと思います、男性であればもう一人紹介されておりますから」

「それはそれは、どのような素性の人で?」

「今日会う予定なのですが・・・知り合いの知り合いといった感じですね、今も料理人をされているらしくて、であれば向こうの店で雇用するに適格かと思います」

「それは良かった、あっ、それで、そのもう一人の女性なんですが・・・」

とエフモントはここでムゥと眉間に皺を寄せ腕を組んだ、

「なにか?」

テラが首を傾げて問いかける、

「はい・・・その、職権乱用・・・に当たるかと思うので・・・すいません、そうとられると大変に申し訳なく思うのです」

「職権乱用?」

「はい、実は・・・その・・・こちらの奥様から新しい店で、子供も預かってもらえると伺ってまして・・・」

「あら・・・耳が早いですわね」

「そうね」

エレインとテラがフフッと微笑む、どうやらエフモントはしっかりと奥様方の情報網に組み入れられているらしい、もしくは逆か、どちらにしても大したものだと二人は感心してしまう、

「すいません、どのような・・・その詳細を伺いたいのですが」

とエフモントはおずおずと問いかける、エレインは別に隠す事では無いと、あくまで構想であると前置きしてその託児所の案を披露した、すると、

「素晴らしい・・・」

エフモントは素直に目を丸くする、

「いや、紹介できなかった奥様方の中に子供が小さくて預ける先も無いからと断られた事がありまして、何かと器用で評判の良い人なので、残念に思ったものなのです」

「まぁ・・・やはりそういう方がいらっしゃるのですか?」

「はい、特にここは都会ですからね、実家住まいでもないとどうしても子供がいると動けない、しかし、託児所ですか・・・いや、良い施策であると思います」

「フフッ、嬉しいですわ」

エレインがどうだとばかりに微笑み、テラはなるほどと頷いている、

「・・・そうしますと、私としても嬉しいのです、実は紹介したいのが私の娘なのですよ」

とエフモントは膝に手を置いて背筋を伸ばした、

「娘さん?」

「まぁ」

目を丸くする二人に、

「はい、実は・・・娘は・・・今は子供が二人居りまして家におるのですが、モニケンダム軍の宿舎で仕事をしておりましてね、その仕事というのが料理人だったのです」

とエフモントは訥々と短く区切りながら話し出す、曰く、現在は夫を戦争で亡くした為、自分と同居している事、しかし元来勝気で活動的な性格故か仕事に出たいとうるさい事、しかし子供がまだ小さくその点で難儀している事、料理人としての腕は親の贔屓目無しで卓越している事、特に大量に調理する事に慣れている事等である、静かに耳を傾けていたエレインは、

「願っても無いですね」

とテラに確認し、

「そうですね、フフッ、それに勝気な性格というのが良いですよ」

とテラは微笑む、父親が勝気というのであるからよほどなのであろう、

「あっ、いや、それはほら・・・その、仕事となれば気にする事は・・・無いかと思いますが・・・はい・・・」

エフモントが慌てて否定するも、

「いいえ、やはり新しい環境で新しい事をするのがあの店の理念になります、なので、挑戦的な人ほど望ましいのです」

「であれば嬉しいのですが・・・」

「えぇ、こちらとしても嬉しく思います・・・そうなると・・・」

と、とんとん拍子でまとまっていく、これはいよいよ本格的に動かなければと気合の入るエレインとテラ、娘と孫の世話から解放されるかもなとその真意を口にはせずにホッと安堵するエフモントであった。
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