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本編
72話 メダカと学校 その6
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「ねがいましてーは」
「ねがいましてはー」
タロウが浪々と読み上げ始め、ミナが真似をして楽しそうに笑う、王妃達とウルジュラ、アフラはカトカの手元を注視しており、エルマも興味深そうに覗き込んでいた、さらにユーリとゾーイも巻き込まれたらしい、ソフィアとエレインと共にその様子を眺めている、
「では?」
「では?」
タロウが手元の木簡から顔を上げ、ミナはどうだとばかりにカトカに問いかけた、
「はい、913です」
「はい、正解」
「せいかーい」
ミナがキャッキャッと飛び跳ね、カトカが満足そうにムフーと鼻息を吐き出した、タロウはニヤリと微笑みつつ、
「どうでしょう、エルマさん、このように計算する道具なのです」
「えっ・・・あっ、はい、大変にその・・・良いですね」
エルマが改めてカトカの手元にある、アバカスだかベルメルだかと呼ばれる奇妙な代物に視線を落とす、タロウとカトカが急にバタバタと駆け回り、三階から持って来たのはその計算機と呼ばれる代物で、実際に使って見せるとなって、タロウは数字を読み上げ、カトカがパチパチと玉を弾いて見せた、大変に簡単な構造である、しかし、実に理に適っている、これは良いなどと簡単な表現では済まないかもなとエルマは思い直した、ここ10年、教育にも数学そのものからも距離を置いており、急にその世界に引き戻された為、頭がまるでついていっていないのであるが、徐々にそして確実に脳みそが回転するのを実感する、グルグルグルグルと思考が巡り視界がハッキリと晴れていく、
「ティルの報告書にあったわね」
「そうね、へー、これは確かに興味深いかしら・・・」
マルルースとエフェリーンも一目で理解したらしい、アフラも目を細めてジッと考え込んでいる、
「で、次が、掛け算」
「はい」
タロウが次の問題を口にし、カトカが再びパチパチと玉を弾く、それは短い二桁の掛け算であったが、見事に正解してみせる、オォーと小さな歓声が響いた、
「すいません、今の掛け算は・・・ん?」
「フフッ、ここが肝なんです、タロウさんの掛け算のやり方は画期的なんですよ」
カトカがニコリと微笑みエルマを見上げた、もうすっかりとその黒いベールにも慣れてしまっている、
「画期的?」
「はい、すいません、私の知識が拙い事もありまして、もしかしたら数学では当たり前なのかもしれませんが」
とカトカは前置きしつつ、黒板に掛け算の計算式を描く、まぁと目を丸くするエルマと、分かりやすいわねとこちらもあっさりと理解を示す王妃達である、何気に王妃もウルジュラもアフラも高い教育を受けている、あくまで王国での高い教育との注意書きが必要ではあるが、それでもカトカの説明を理解するには充分で、
「これは面白い・・・」
「そうなんです、あと、割り算なんですが」
とカトカは続けた、その様子を眺めつつ、
「あっ、そうだ、殿下ってばどうしたの?先に帰っちゃったけど」
とユーリがなんとはなしにソフィアに問いかける、
「ん?なんかねー、王妃様に怒られてた」
ソフィアはニヤリとエレインへ視線を送る、エレインはムゥと口元を引き締め、無言で答えたとした、
「あー・・・エレインさんの件?」
「そうよ、まぁ、王妃様もね、色々あるんでしょ、楽しそうだったわ」
ウフッとソフィアは小さく微笑むも、人の気も知らないでとエレインはソフィアを睨み、まぁそういう事もあるかとユーリはホットミルクに手を伸ばす、
「で、エルマさんか、そっちはどうなったの?」
「そうね、後でゆっくりカトカさんに聞きなさいよ、いつも通りにちゃんと仕事をしてたから」
「あら、つれないわねー」
「そうですよ、気になります」
ゾーイも参戦する、結局カトカが食堂の打合せに下りてしまい、そういう事であれば自分も行きたいなーなどと思っていたのであるが、カトカの代わりにサビナの助手を務めていた、そのサビナは今学園である、学園長と最終前の下打合せだなんだと言っていた、故にこうしてユーリと共に骨休め中なのである、
「そう?まぁ、取り合えずなんとかする事にしたわよ、私の魔法とエルフさんの技術でね」
「あら・・・あっ、あの魔法?」
「そうよ、あれ」
「どんな魔法なんですか?」
ゾーイがズイッと身を乗り出す、
「どんなって言われると困るけど、そうね、回復が早い魔法ね」
「そうそう、お陰でね、私もソフィアも傷痕が残らないのよ、あれは便利だわ」
「傷痕ですか?」
「そうよ、あっ、でもあれの欠点は大丈夫?」
「それを考慮してのエルフさんの技術なの」
「そういう事か・・・まぁ、詳細はゆっくり確認しようかしら」
「そう言ってるでしょ」
「ですから、どんな魔法なんです?」
「だからね・・・って言ってもな、まぁ、見るのが早いわよね」
「そういう事ね」
「なんですか、二人して」
「だって、説明するのがめんどいんだもん」
「そうよね、見れば早いしね」
「なんだってそうですよ」
「そうよね、なんだってそうよねー」
「もう・・・」
ソフィアのみならずユーリまでもがのらりくらりと適当で、そうなるとゾーイ一人で太刀打ちする事など不可能である、エレインはゾーイさんも大変だなと苦笑いであった、そして、
「どうする、ユーリ、エルマさんに任せていいか?」
とタロウが突然振り返った、
「えっ、何を?」
どうやらこちらにお鉢が回ってきたとゆっくりと腰を上げるユーリである、
「これの教科書だよ、それとほれ、この間の翻訳も任せられるかもだぞ」
「ちょっと、急ぎ過ぎよ」
とユーリがタロウらの輪に加わり、ゾーイもこれは聞いておかないとと腰を上げた、そこへ、
「失礼します・・・」
と玄関からテラがゆっくりと顔を出す、
「わっ、どうしたの?」
ソフィアが珍しいなと目を丸くし、
「どうしたんです?」
とエレインも腰を上げてしまう、
「すいません、会長、相談が・・・」
と小声となるテラであった、王妃達が来ている事を事務所でマフダから聞いており、邪魔をしてはまずいと思っての事である、しかし、その事実を知ってなおエレインの指示が欲しい問題となるとこれは由々しき事態であろう、
「・・・分かりました、えっと、こちらでもいい?」
「はい、私はすぐに戻ります」
エレインはそのまま一同から若干離れたテーブルに向かい、テラも外套を脱いで食堂に入った。
「これは仕方ないわね・・・」
「そうなんですよ・・・」
テラの持ち込んだ黒板を見つめてエレインはウーンと首を捻り、テラもなんともしようがないなと肩を落としている、隣のテーブルでは、
「もういいんですか?」
ソフィアがやんわりとマルルースを伺った、
「そうね、すっかり難しい話しになっちゃっているから、ついて行けないわよ」
マルルースが嬉しそうに微笑む、その視線の先ではタロウとユーリがあーだこーだと議論を交わし、エルマも自然と意見を提示していた、先程までの怯えたような静かな言葉使いではない、ユーリも顔負けの強い口調となっており、ユーリも負けるかと声を張り上げるものだから、何とも騒々しい、すっかり巻き込まれてしまったリーニーが唖然としつつもなんとか黒板に向かっており、アフラも興味があるのか黙して耳を傾けている、
「そうよねー」
エフェリーンもやれやれと一息ついている、二人はマルルースの言葉通り、どうやらもう自分達が口を出す必要も無さそうだし、それ以上に話題についていけないと自然と輪から離れてしまった、先程のベルメルとやらはまだ理解できたが、今話題の中心にあるのは数学に関してである、タロウとカトカがやたらと熱心で、エルマもその表情は見えないが、恐らく嬉々として口を出しているのであろう、またミナとウルジュラは早々に退散し、メダカを覗き込んで何やらやっていた、レインもその後ろから口を挟んでいるようで、それなりに楽しそうである、
「でも・・・やっぱり、この寮は何か違うわね」
「そうね・・・フフッ、エルマが元気になって嬉しいわ、連れて来て正解だったわね」
「確かにね・・・あっ、ソフィアさん、どれくらい時間がかかるのかしら、治療の方は?」
「あっ・・・そうですね・・・すいません、現時点では何とも・・・エルマさんにも話してますが、実験的な要素が多くて・・・なので、あっ、エルマさんは今のお仕事は何をされているのですか?」
「今は何もしてないわよ」
マルルースがあっさりと答える、
「そうなんですか」
「仕方ないわよ、あの痕があるとどうしても・・・ほら、男だと・・・それほど気にはしないのだろうけど、女だとね・・・」
「確かにそうですね・・・すいません失言でした・・・」
「いいのよ、仕方ないわ、だから、期間は気にしないでいいと思うわよ、それどころか・・・」
「ねっ、なんかこちらで先生をやるみたいな事言い出してるし」
「あらっ・・・そっか、学園も優秀な講師が欲しいらしいですからね」
「そうなの?」
「はい、ユーリも学園長も時々愚痴ってます、どうしてもほら、ここは王都から離れてますから、優秀な人はどうしても王都を目指しますし」
「それもそうね・・・じゃ、どうかしら、向こうで募集してみる?」
「そうなると、私の権限では何ともですよ」
「確かにね、ユーリ先生と学園長に相談してからかな、あっ、駄目ね、学園はクロノスの担当だから、飛び越えてやる事ではないわね」
「そうねー・・・まぁ、アフラが聞いてるからなんとかするでしょ、下手に口出しするとパトリシアに怒られちゃうわ」
「確かに・・・」
フフッと微笑む二人である、
「で、エレインさんはどうしたの?」
マルルースがソッと視線をエレインとテラに向ける、いつの間にやらテラが顔を出しており、エレインと深刻そうに話し込んでいた、
「なんでも、ガラス鏡店の予約が中止されたんだとか・・・それも一斉に・・・」
「あらっ、あのお店は順調だったでしょ」
「はい、ですが・・・恐らくですが昨日の広報が問題だったかと・・・」
「広報・・・あー、そういう事ね」
「そういう事だと思います」
三人がフムと鼻息を荒くする、昨日、モニケンダムを震撼させた広報は、他の主要な都市でもほぼ同様の内容で告知された、王都は勿論、ヘルデルや北ヘルデルでもである、これはボニファースの指示によるもので、王国全体の問題として扱うとの意思が込められていた、而して王都も実は大騒ぎになっていたりする、先の大戦時にもそうであったが、どうしても憶測が飛び交い、既にモニケンダムは落ちているだの、ヘルデルが攻めて来るだのと荒唐無稽な噂話があたかも真実のように流れている、それ自体は官僚達の手によって細かく鎮静化が図られているが、問題は事の中心であるモニケンダムであった、差し迫った戦争の事実により貴族達は忙しくなってしまったのである、故にガラス鏡店には朝から予約のキャンセルを伝える従者が集まってしまった、テラ曰く、向こう一月分の約半数がそうなっており、また、貴族以外の富裕層も状況によってはそれに倣うかもしれないと懸念している、
「まぁ、こればかりはね・・・」
「はい、ガラス鏡はどうしても高級品ですし、二の次になるのは致し方ないかと・・・」
「そうねー・・・」
さてどうしたものかと深刻そうにエレインとテラを眺める三人であった、すると、
「じゃ、あれね、お友達・・・呼びましょうか」
マルルースがあっさりと口を開き、
「それ良いわね、自慢ばかりしていると嫌われるものだしね」
エフェリーンもあっさりと同調する、
「お友達ですか?」
「そうよ、これでもね私は多いのよ、お友達」
マルルースがニコリと微笑む、
「そうよね、あなたは多過ぎなのよ」
「あら、エフェリーン姉様が少ないのです」
「私はいいの、その分深いんだから」
「そうかしら?」
「そうなの」
「そうなんですか?」
「そうなんです、まったく、じゃ、どうしようかしら・・・アフラ」
とエフェリーンはアフラを呼びつけ、
「エレインさん、テラさんも」
とマルルースが二人に声を掛ける、何とも話しの早い事だとソフィアは呆れつつ、また長話になってしまいそうだと察し、今度はお茶でいいかしらと腰を上げるのであった。
「ねがいましてはー」
タロウが浪々と読み上げ始め、ミナが真似をして楽しそうに笑う、王妃達とウルジュラ、アフラはカトカの手元を注視しており、エルマも興味深そうに覗き込んでいた、さらにユーリとゾーイも巻き込まれたらしい、ソフィアとエレインと共にその様子を眺めている、
「では?」
「では?」
タロウが手元の木簡から顔を上げ、ミナはどうだとばかりにカトカに問いかけた、
「はい、913です」
「はい、正解」
「せいかーい」
ミナがキャッキャッと飛び跳ね、カトカが満足そうにムフーと鼻息を吐き出した、タロウはニヤリと微笑みつつ、
「どうでしょう、エルマさん、このように計算する道具なのです」
「えっ・・・あっ、はい、大変にその・・・良いですね」
エルマが改めてカトカの手元にある、アバカスだかベルメルだかと呼ばれる奇妙な代物に視線を落とす、タロウとカトカが急にバタバタと駆け回り、三階から持って来たのはその計算機と呼ばれる代物で、実際に使って見せるとなって、タロウは数字を読み上げ、カトカがパチパチと玉を弾いて見せた、大変に簡単な構造である、しかし、実に理に適っている、これは良いなどと簡単な表現では済まないかもなとエルマは思い直した、ここ10年、教育にも数学そのものからも距離を置いており、急にその世界に引き戻された為、頭がまるでついていっていないのであるが、徐々にそして確実に脳みそが回転するのを実感する、グルグルグルグルと思考が巡り視界がハッキリと晴れていく、
「ティルの報告書にあったわね」
「そうね、へー、これは確かに興味深いかしら・・・」
マルルースとエフェリーンも一目で理解したらしい、アフラも目を細めてジッと考え込んでいる、
「で、次が、掛け算」
「はい」
タロウが次の問題を口にし、カトカが再びパチパチと玉を弾く、それは短い二桁の掛け算であったが、見事に正解してみせる、オォーと小さな歓声が響いた、
「すいません、今の掛け算は・・・ん?」
「フフッ、ここが肝なんです、タロウさんの掛け算のやり方は画期的なんですよ」
カトカがニコリと微笑みエルマを見上げた、もうすっかりとその黒いベールにも慣れてしまっている、
「画期的?」
「はい、すいません、私の知識が拙い事もありまして、もしかしたら数学では当たり前なのかもしれませんが」
とカトカは前置きしつつ、黒板に掛け算の計算式を描く、まぁと目を丸くするエルマと、分かりやすいわねとこちらもあっさりと理解を示す王妃達である、何気に王妃もウルジュラもアフラも高い教育を受けている、あくまで王国での高い教育との注意書きが必要ではあるが、それでもカトカの説明を理解するには充分で、
「これは面白い・・・」
「そうなんです、あと、割り算なんですが」
とカトカは続けた、その様子を眺めつつ、
「あっ、そうだ、殿下ってばどうしたの?先に帰っちゃったけど」
とユーリがなんとはなしにソフィアに問いかける、
「ん?なんかねー、王妃様に怒られてた」
ソフィアはニヤリとエレインへ視線を送る、エレインはムゥと口元を引き締め、無言で答えたとした、
「あー・・・エレインさんの件?」
「そうよ、まぁ、王妃様もね、色々あるんでしょ、楽しそうだったわ」
ウフッとソフィアは小さく微笑むも、人の気も知らないでとエレインはソフィアを睨み、まぁそういう事もあるかとユーリはホットミルクに手を伸ばす、
「で、エルマさんか、そっちはどうなったの?」
「そうね、後でゆっくりカトカさんに聞きなさいよ、いつも通りにちゃんと仕事をしてたから」
「あら、つれないわねー」
「そうですよ、気になります」
ゾーイも参戦する、結局カトカが食堂の打合せに下りてしまい、そういう事であれば自分も行きたいなーなどと思っていたのであるが、カトカの代わりにサビナの助手を務めていた、そのサビナは今学園である、学園長と最終前の下打合せだなんだと言っていた、故にこうしてユーリと共に骨休め中なのである、
「そう?まぁ、取り合えずなんとかする事にしたわよ、私の魔法とエルフさんの技術でね」
「あら・・・あっ、あの魔法?」
「そうよ、あれ」
「どんな魔法なんですか?」
ゾーイがズイッと身を乗り出す、
「どんなって言われると困るけど、そうね、回復が早い魔法ね」
「そうそう、お陰でね、私もソフィアも傷痕が残らないのよ、あれは便利だわ」
「傷痕ですか?」
「そうよ、あっ、でもあれの欠点は大丈夫?」
「それを考慮してのエルフさんの技術なの」
「そういう事か・・・まぁ、詳細はゆっくり確認しようかしら」
「そう言ってるでしょ」
「ですから、どんな魔法なんです?」
「だからね・・・って言ってもな、まぁ、見るのが早いわよね」
「そういう事ね」
「なんですか、二人して」
「だって、説明するのがめんどいんだもん」
「そうよね、見れば早いしね」
「なんだってそうですよ」
「そうよね、なんだってそうよねー」
「もう・・・」
ソフィアのみならずユーリまでもがのらりくらりと適当で、そうなるとゾーイ一人で太刀打ちする事など不可能である、エレインはゾーイさんも大変だなと苦笑いであった、そして、
「どうする、ユーリ、エルマさんに任せていいか?」
とタロウが突然振り返った、
「えっ、何を?」
どうやらこちらにお鉢が回ってきたとゆっくりと腰を上げるユーリである、
「これの教科書だよ、それとほれ、この間の翻訳も任せられるかもだぞ」
「ちょっと、急ぎ過ぎよ」
とユーリがタロウらの輪に加わり、ゾーイもこれは聞いておかないとと腰を上げた、そこへ、
「失礼します・・・」
と玄関からテラがゆっくりと顔を出す、
「わっ、どうしたの?」
ソフィアが珍しいなと目を丸くし、
「どうしたんです?」
とエレインも腰を上げてしまう、
「すいません、会長、相談が・・・」
と小声となるテラであった、王妃達が来ている事を事務所でマフダから聞いており、邪魔をしてはまずいと思っての事である、しかし、その事実を知ってなおエレインの指示が欲しい問題となるとこれは由々しき事態であろう、
「・・・分かりました、えっと、こちらでもいい?」
「はい、私はすぐに戻ります」
エレインはそのまま一同から若干離れたテーブルに向かい、テラも外套を脱いで食堂に入った。
「これは仕方ないわね・・・」
「そうなんですよ・・・」
テラの持ち込んだ黒板を見つめてエレインはウーンと首を捻り、テラもなんともしようがないなと肩を落としている、隣のテーブルでは、
「もういいんですか?」
ソフィアがやんわりとマルルースを伺った、
「そうね、すっかり難しい話しになっちゃっているから、ついて行けないわよ」
マルルースが嬉しそうに微笑む、その視線の先ではタロウとユーリがあーだこーだと議論を交わし、エルマも自然と意見を提示していた、先程までの怯えたような静かな言葉使いではない、ユーリも顔負けの強い口調となっており、ユーリも負けるかと声を張り上げるものだから、何とも騒々しい、すっかり巻き込まれてしまったリーニーが唖然としつつもなんとか黒板に向かっており、アフラも興味があるのか黙して耳を傾けている、
「そうよねー」
エフェリーンもやれやれと一息ついている、二人はマルルースの言葉通り、どうやらもう自分達が口を出す必要も無さそうだし、それ以上に話題についていけないと自然と輪から離れてしまった、先程のベルメルとやらはまだ理解できたが、今話題の中心にあるのは数学に関してである、タロウとカトカがやたらと熱心で、エルマもその表情は見えないが、恐らく嬉々として口を出しているのであろう、またミナとウルジュラは早々に退散し、メダカを覗き込んで何やらやっていた、レインもその後ろから口を挟んでいるようで、それなりに楽しそうである、
「でも・・・やっぱり、この寮は何か違うわね」
「そうね・・・フフッ、エルマが元気になって嬉しいわ、連れて来て正解だったわね」
「確かにね・・・あっ、ソフィアさん、どれくらい時間がかかるのかしら、治療の方は?」
「あっ・・・そうですね・・・すいません、現時点では何とも・・・エルマさんにも話してますが、実験的な要素が多くて・・・なので、あっ、エルマさんは今のお仕事は何をされているのですか?」
「今は何もしてないわよ」
マルルースがあっさりと答える、
「そうなんですか」
「仕方ないわよ、あの痕があるとどうしても・・・ほら、男だと・・・それほど気にはしないのだろうけど、女だとね・・・」
「確かにそうですね・・・すいません失言でした・・・」
「いいのよ、仕方ないわ、だから、期間は気にしないでいいと思うわよ、それどころか・・・」
「ねっ、なんかこちらで先生をやるみたいな事言い出してるし」
「あらっ・・・そっか、学園も優秀な講師が欲しいらしいですからね」
「そうなの?」
「はい、ユーリも学園長も時々愚痴ってます、どうしてもほら、ここは王都から離れてますから、優秀な人はどうしても王都を目指しますし」
「それもそうね・・・じゃ、どうかしら、向こうで募集してみる?」
「そうなると、私の権限では何ともですよ」
「確かにね、ユーリ先生と学園長に相談してからかな、あっ、駄目ね、学園はクロノスの担当だから、飛び越えてやる事ではないわね」
「そうねー・・・まぁ、アフラが聞いてるからなんとかするでしょ、下手に口出しするとパトリシアに怒られちゃうわ」
「確かに・・・」
フフッと微笑む二人である、
「で、エレインさんはどうしたの?」
マルルースがソッと視線をエレインとテラに向ける、いつの間にやらテラが顔を出しており、エレインと深刻そうに話し込んでいた、
「なんでも、ガラス鏡店の予約が中止されたんだとか・・・それも一斉に・・・」
「あらっ、あのお店は順調だったでしょ」
「はい、ですが・・・恐らくですが昨日の広報が問題だったかと・・・」
「広報・・・あー、そういう事ね」
「そういう事だと思います」
三人がフムと鼻息を荒くする、昨日、モニケンダムを震撼させた広報は、他の主要な都市でもほぼ同様の内容で告知された、王都は勿論、ヘルデルや北ヘルデルでもである、これはボニファースの指示によるもので、王国全体の問題として扱うとの意思が込められていた、而して王都も実は大騒ぎになっていたりする、先の大戦時にもそうであったが、どうしても憶測が飛び交い、既にモニケンダムは落ちているだの、ヘルデルが攻めて来るだのと荒唐無稽な噂話があたかも真実のように流れている、それ自体は官僚達の手によって細かく鎮静化が図られているが、問題は事の中心であるモニケンダムであった、差し迫った戦争の事実により貴族達は忙しくなってしまったのである、故にガラス鏡店には朝から予約のキャンセルを伝える従者が集まってしまった、テラ曰く、向こう一月分の約半数がそうなっており、また、貴族以外の富裕層も状況によってはそれに倣うかもしれないと懸念している、
「まぁ、こればかりはね・・・」
「はい、ガラス鏡はどうしても高級品ですし、二の次になるのは致し方ないかと・・・」
「そうねー・・・」
さてどうしたものかと深刻そうにエレインとテラを眺める三人であった、すると、
「じゃ、あれね、お友達・・・呼びましょうか」
マルルースがあっさりと口を開き、
「それ良いわね、自慢ばかりしていると嫌われるものだしね」
エフェリーンもあっさりと同調する、
「お友達ですか?」
「そうよ、これでもね私は多いのよ、お友達」
マルルースがニコリと微笑む、
「そうよね、あなたは多過ぎなのよ」
「あら、エフェリーン姉様が少ないのです」
「私はいいの、その分深いんだから」
「そうかしら?」
「そうなの」
「そうなんですか?」
「そうなんです、まったく、じゃ、どうしようかしら・・・アフラ」
とエフェリーンはアフラを呼びつけ、
「エレインさん、テラさんも」
とマルルースが二人に声を掛ける、何とも話しの早い事だとソフィアは呆れつつ、また長話になってしまいそうだと察し、今度はお茶でいいかしらと腰を上げるのであった。
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