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本編
72話 メダカと学校 その2
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アフラが寮の食堂に入ると、
「アー、アフラだー」
とミナがヒョイと顔を上げて駆けて来た、
「おはようございます、ミナさん」
アフラはニコリと微笑み、
「おはよー、どーしたのー、何しに来たのー」
とミナはいつも通りにピョンピョン飛び跳ねる、
「フフッ、ミナさんは今日も元気ですね」
「そうだよー、えっとね、えっとね、勉強してたのー、ソフィアがねー、勉強してるから真似してるのー」
「あら・・・それは素晴らしい」
「でしょー、でねー、レインがねー、もっと丁寧に書けってうるさいのー」
「ありゃ」
とアフラが顔を上げると、その先ではレインがブスッとこちらを睨んでおり、いつもの仏頂面にアフラはニコリと微笑み返す、そして、
「いらっしゃい」
と厨房からソフィアが顔を出した、そろそろ王妃達が来るであろうからと蜂蜜レモンの準備をしていた為で、手にした盆には湯気の立つ小鍋と湯呑が並んでいる、
「おはようございます、ソフィアさん」
アフラはミナの肩に手を置いてニコリと微笑む、
「おはようございます、皆様も一緒ですか?」
「一緒です、上でユーリ先生とお話ししてます」
「あら、何かありました?」
「光柱のあれですね、転送陣もですけど、エルマさんがビックリしちゃいまして」
「エルマさん・・・あー、その方ですか」
「はい、王妃様もウルジュラ様も自慢げに話してました」
「ユラ様来たの?」
ミナがピョンと飛び跳ねる、
「来てますよ、えっと、なんでしたっけノシですか?」
「うん、ノシー、新しいのがあるのー、ニャンコ探しノシー、ユラ様と遊びたいー」
「はい、昨日のですよね、ユラ様もそのつもりのようです」
「やったー、ソフィー、いいでしょー、ユラ様と遊びたいー」
ダダッとソフィアに駆け寄るミナである、
「はいはい、じゃ、お勉強は中断ね」
「うん、チュウダーン」
「こら、中断って事はまたやるのよ」
「そうなの?」
「そうなの、じゃ、片付けて、王妃様もいらっしゃっているんだから、行儀よくなさい」
「わかったー、ギョウギヨクするー」
とミナはレインの元に駆け戻った、どこまで理解しているんだかと呆れるソフィアと微笑むアフラである、そして王妃二人とウルジュラ、件のエルマなる人物がカトカに案内されて階段を下りてくる、
「ソフィアさん、忙しい所悪いわね」
優雅に微笑むエフェリーンとマルルース、ウルジュラは早速とミナとキャーキャーはしゃぎ始めた、そして、
「こちらが、エルマ・ビスホップ、爵位は無いからね、敬称は不用よ」
とマルルースが背後に控えている女性を紹介した、ソフィアは笑顔で対するもその女性はおずおずとマルルースの背に隠れるように動かない、それも致し方ない事であろうとソフィアは考える、どのような関係かは分からないが恐らくエルマは強引に連れ出されたのであろう、なにしろ相手が王妃なのである、呼び出されたら絶対に無碍に出来ない相手で、断ることなど選択肢には無いはずで、恐らく本人は乗り気では無いであろうなと感じられた、そして誰であっても何かあるなと感じるのはその風貌である、長身で細身の身体に纏うのは上品な訪問着であったが、頭からスッポリとフードを被り、さらに黒色のレース製のベールでもって顔を隠している、どう形容するのが正しいのか難しかったが、何とも暑苦しくそして陰鬱としていた、ソフィアは顔を出さないだけでこれほどに暗い印象になるのだなと改めて感じてしまう、フードだけであればまだ雨の日にしろ冬にしろ珍しい姿ではないのであるが、その黒色のベールが問題であった、まるでその表情を伺えず、それ以上に断固たる拒絶を感じてしまう、街で擦れ違ったとしたら自然とその足は遠ざかり、声を掛ける事さえ無いであろう、
「ソフィアです、よろしくお願いします」
しかし、ソフィアは笑顔のままに短く返し、
「ありがとうございます、エルマと申します、そのようにお呼びください」
若干枯れた声でエルマはぎこちなく頭を下げた、
「さっ、ではまずはお茶にしましょう、初めての事ばかりで落ち着かないでしょうしね」
ソフィアはこちらにとテーブルに誘う、すると、
「ユラ様ー、これー、蜂蜜レモン、美味しいのよー」
とミナがウルジュラの手を引き、
「こりゃ、王妃様が先でしょ」
「えー、じゃ、王妃様ー、蜂蜜レモンー」
とミナが食堂内をあっちこっちと駆け回る、ハイハイと笑顔を見せる王妃二人と、
「いい匂いだねー」
とチャッチャッと席に着くウルジュラである、ソフィアはそのまま小鍋を手にした、しかしエルマはどうしたものかと足が動かない、それも当然である、マルルースに久しぶりに呼び出されたと思ったらあれよあれよと見知らぬ土地に立っていた、なんでもここは東の端、王都からすれば辺境とさえ言えるモニケンダムの街らしい、その上通された部屋はどうみても王妃が立つのは場違いに過ぎる平民の家で、さらにはそこが研究施設であるという、何を研究しているかと思えば部屋は奇妙な明るさで照らされており、その下で女性が一人何やら作業中で、その女性も王妃には慣れているのか慌てず騒がず丁寧な対応であった、ゾーイと紹介されたその女性も王都からこちらに来ているとの事で、大変に若く美しい、その上に研究職であるらしい、エルマはこれは珍しい事なのではと素直に感心しつつ、どうしたものかと落ち着かなかった、何とも王妃二人にからかわれているようで、現実感が無いのである、
「エルマさんも、さ、どうぞ」
とソフィアが湯呑をテーブルに差し出した、そこに座れとの意味であろう、エルマは軽く混乱しながら席に着いた、そしてその湯呑から立ち上がる甘くも鮮烈でさわやかな香りにこれはと目を見開いた、
「うわっ、美味し・・・」
「でしょー」
「良い香りね」
「でしょー」
「甘さも丁度良い」
「でしょー」
王妃とウルジュラが短い感想を口にする度にミナが自慢げにはしゃぎ、
「あっ、ちょっと待っててね、エレインさんに声かけてくるから」
とソフィアはサッと玄関口へ走った、
「ほら、エルマも遠慮しないでいいのよ」
マルルースがニコリと微笑む、
「そうよ、さっきも言ったでしょ、今日は驚く事ばかりだろうから、気をしっかり持ちなさいって」
エフェリーンまでもがニヤニヤと微笑んでいる、エルマはマルルースは昔から優しく柔らかい人柄であったと思うが、エフェリーンはもう少し棘のある人物であると思い込んでいた、高位貴族らしい人物で、そう振る舞っていたように思う、そのエフェリーンが最も忌避しそうなこの状況で、さらには確かに美味しそうではあるが所詮平民が供した茶を口にしている事を意外に感じてしまう、エルマの知る限りエフェリーンは大変にお高く留まった貴族様で、自分にもまた厳しく当たっていた筈で、とてもではないがテーブルを囲んでお茶を飲む様な仲では無かった筈であった、
「あの・・・はい、気をしっかり持ち・・・ます・・・」
エルマはクラクラと混乱しながらも震える手を湯呑に伸ばし、ベールの下からそっと湯呑に口をつけた、温かくサラリとした舌触りに果物の爽やかな香りと酸味、そして柔らかい甘みが口中に広がる、
「わっ・・・美味しい・・・」
「でしょー」
とミナが満面の笑みでエルマを見上げた、
「あっ、この子がミナちゃんで、こっちがレインちゃんね、ソフィアさんの娘さんよ、こちらはエルマさんね」
とマルルースが三人を引き合わせ、どこまでも姦しいミナと仏頂面で愛想の無いレイン、エルマは二人に見えないであろうが精一杯の笑みを浮かべてよろしくねと小さく答える、実に可愛らしく利発そうな娘達だなとエルマは感じる、
「えへへー、どうしたの?お顔隠してるの?」
しかしそこはやはり子供である、エルマの顔を下から覗き込むようにミナは身を乗り出し、エルマは慌てて身を引いてしまった、
「こら、駄目よ」
「なんでー」
「色々あるの、今日はねその相談に来たんだから」
「そうなの?」
「そうなのよ」
マルルースが優しくミナを窘め、ミナは素直に腰を落ち着けた、ホッと安堵するエルマである、しかし、
「あれ、メダカなの、ミナがお世話してるの、あとね、あとね、卵も産んだの、そろそろ孵るぞってタロウが言ってたのー」
とミナはバッと立ち上がる、エッとエルマがなんのことやらと反応する前に、
「こりゃ、落ち着け」
ウルジュラがミナの頭を押さえつけた、
「むー、落ち着いてるー」
「落ち着いてないでしょ、ゆっくり楽しみなさい、蜂蜜レモンが泣くぞ」
「泣かないー」
「ほう・・・じゃ、ミナちゃんのもーらう」
「ダメー、ミナのー」
と二人はキャーキャーはしゃぎ始めた、エルマは随分と仲が良いのだなと微笑んでしまう、
「もう、まぁ、こんな感じだから、あなたも肩の力は抜きなさいな、ねっ」
マルルースの呆れたような柔らかい笑顔にエルマは小さく頷いた。
「なるほど・・・これは確かに酷い・・・状態ですね」
ソフィアがエルマの右手をとりその患部をじっくりと見定めた、流行り病の痕跡とされるそれは確かに火傷のような傷跡で赤黒く変色しボコボコと波打っている、火傷と大きく違うのは内側から盛り上がるように変形している事で、なるほどこれは女性であれば隠すのも当然と思われる醜さであった、
「どうかしら?」
マルルースが心配そうに見つめ、エフェリーンは静かに様子を伺っている、寝台の上ではミナとウルジュラが双六を始めたようで、その嬌声は気になるがこちらの邪魔になるほどでは無く、レインはいつの間にやらソフィアの隣に座っており、ソフィアと共にエルマの手を覗き込んでいた、
「そう・・・ですね、あっ、その前に、これがあれですか、お顔にも?」
「はい、右側・・・こちら側の頬とこめかみ、首筋にも・・・」
エルマが答えにくそうに空いた手でベールの上から顔を抑えて呟く、
「拝見しても宜しいですか?」
「えっ・・・はい・・・」
エルマがゆっくりとベールを引き上げた、しかし、マルルースやエフェリーンには見せないようにフードを深くする、ソフィアはその気持ちも分かるかなと腰を上げ、顔を近づけると確かにと小さく呟きすぐに腰を下ろした、
「他にもありますか?足先とかは?」
「そちらは大丈夫です、背中にも少しありますが、腕と顔が酷い・・・ですね」
エルマがベールを戻しつつ答えた、
「分かりました・・・」
ソフィアはさてどうしようかと腕を組む、隣のレインはなにやら納得したのか大きく頷いており、その様子を王妃とアフラは心配そうに伺っている、さらにリーニーが書記係として同席しており、エレインもすぐに顔を出すとの事で、結局カトカも黒板を手にして末席に控えていた、
「どうかしら・・・」
奇妙な沈黙に耐えかねたマルルースが先を促す、無理なら無理と明確にして貰えばそれが良いであろうとの諦めもあった、件の脱毛処理のあまりの気持ち良さと効能にこれならばと長年の友人であるエルマの顔を思い出してしまい、まさに思い付きでこの場がある、しかし時間を置いて考えればそこまで都合の良い薬である筈が無い、勇み足であったかと不安であったのだ、
「・・・はい・・・・」
ソフィアは申し訳ないのですがと口を開きかけて、それは違うなと飲み込むと、
「私が知る限りですが・・・処置は二種類あります」
エッと全員が目を丸くした、
「それは・・・どのような・・・」
マルルースの縋るような視線に、
「はい、一つ目は私が昔開発したもの、もう一つがエルフの里で教えてもらったものですね」
「エルフ?」
「はい、さきの脱毛処理もエルフの里の技術です、あれは肌を美しく保つ美容の手法ですね、それはお話ししたかと思うのですが、そのほかにも似たような手法で別の手法もあると教えられまして、もしかしたらそれが有効かと・・・」
「それは凄い・・・でも、もう一つは?ソフィアさんが開発したの?」
「はい、そっちは少々・・・血生臭いのですが・・・そうだ、私の腕を見て下さい、何か変だと思われませんか?」
ソフィアがグイッと腕まくりをした、急になんだろうと一同は覗き込んでしまう、しかし、その腕は真っ白く綺麗なもので、特に先日の脱毛処理のおかげかムダ毛が一切無く、その年齢の割には輝いてすら見える、
「・・・何が変なの?」
エフェリーンが首を傾げた、ソフィアはニコリと微笑み、
「私、これでも冒険者でしたから、冒険者なんて・・・それこそ傷だらけでも不思議では無いのですよ」
あっさりと答えを口にしたソフィアである、アッと一同は驚くも、そういうものなのかなと首を傾げた、
「実際に、ここら辺からここら辺までこう、斜めに刃物の傷があったり、この辺に矢を受けたこともありますね、それと、獣に噛まれた事もありますし、ここら辺に火傷を負った事もありました」
腕の各部を指して訥々と語るソフィアである、一同は唖然としてしまう、確かに冒険者であった事は聞いているし、それであれば傷を負う事もあったであろう、特にソフィアは大戦時に前線に参加していたのである、無傷で生還などありえないのかもしれない、
「ですが、御覧の通りに傷痕は無いです・・・正確に言えば目立たないってことなんですが」
ソフィアはそう続け、
「どうでしょう、エルマさん、なんとか出来るかと思いますが、時間はかかると思います、それと実験的な手技になる事も御理解して欲しいです、その点をご納得いただけるのであれば・・・この程度には気にならなくなると思います」
ニコリとエルマに微笑みかけた。
「アー、アフラだー」
とミナがヒョイと顔を上げて駆けて来た、
「おはようございます、ミナさん」
アフラはニコリと微笑み、
「おはよー、どーしたのー、何しに来たのー」
とミナはいつも通りにピョンピョン飛び跳ねる、
「フフッ、ミナさんは今日も元気ですね」
「そうだよー、えっとね、えっとね、勉強してたのー、ソフィアがねー、勉強してるから真似してるのー」
「あら・・・それは素晴らしい」
「でしょー、でねー、レインがねー、もっと丁寧に書けってうるさいのー」
「ありゃ」
とアフラが顔を上げると、その先ではレインがブスッとこちらを睨んでおり、いつもの仏頂面にアフラはニコリと微笑み返す、そして、
「いらっしゃい」
と厨房からソフィアが顔を出した、そろそろ王妃達が来るであろうからと蜂蜜レモンの準備をしていた為で、手にした盆には湯気の立つ小鍋と湯呑が並んでいる、
「おはようございます、ソフィアさん」
アフラはミナの肩に手を置いてニコリと微笑む、
「おはようございます、皆様も一緒ですか?」
「一緒です、上でユーリ先生とお話ししてます」
「あら、何かありました?」
「光柱のあれですね、転送陣もですけど、エルマさんがビックリしちゃいまして」
「エルマさん・・・あー、その方ですか」
「はい、王妃様もウルジュラ様も自慢げに話してました」
「ユラ様来たの?」
ミナがピョンと飛び跳ねる、
「来てますよ、えっと、なんでしたっけノシですか?」
「うん、ノシー、新しいのがあるのー、ニャンコ探しノシー、ユラ様と遊びたいー」
「はい、昨日のですよね、ユラ様もそのつもりのようです」
「やったー、ソフィー、いいでしょー、ユラ様と遊びたいー」
ダダッとソフィアに駆け寄るミナである、
「はいはい、じゃ、お勉強は中断ね」
「うん、チュウダーン」
「こら、中断って事はまたやるのよ」
「そうなの?」
「そうなの、じゃ、片付けて、王妃様もいらっしゃっているんだから、行儀よくなさい」
「わかったー、ギョウギヨクするー」
とミナはレインの元に駆け戻った、どこまで理解しているんだかと呆れるソフィアと微笑むアフラである、そして王妃二人とウルジュラ、件のエルマなる人物がカトカに案内されて階段を下りてくる、
「ソフィアさん、忙しい所悪いわね」
優雅に微笑むエフェリーンとマルルース、ウルジュラは早速とミナとキャーキャーはしゃぎ始めた、そして、
「こちらが、エルマ・ビスホップ、爵位は無いからね、敬称は不用よ」
とマルルースが背後に控えている女性を紹介した、ソフィアは笑顔で対するもその女性はおずおずとマルルースの背に隠れるように動かない、それも致し方ない事であろうとソフィアは考える、どのような関係かは分からないが恐らくエルマは強引に連れ出されたのであろう、なにしろ相手が王妃なのである、呼び出されたら絶対に無碍に出来ない相手で、断ることなど選択肢には無いはずで、恐らく本人は乗り気では無いであろうなと感じられた、そして誰であっても何かあるなと感じるのはその風貌である、長身で細身の身体に纏うのは上品な訪問着であったが、頭からスッポリとフードを被り、さらに黒色のレース製のベールでもって顔を隠している、どう形容するのが正しいのか難しかったが、何とも暑苦しくそして陰鬱としていた、ソフィアは顔を出さないだけでこれほどに暗い印象になるのだなと改めて感じてしまう、フードだけであればまだ雨の日にしろ冬にしろ珍しい姿ではないのであるが、その黒色のベールが問題であった、まるでその表情を伺えず、それ以上に断固たる拒絶を感じてしまう、街で擦れ違ったとしたら自然とその足は遠ざかり、声を掛ける事さえ無いであろう、
「ソフィアです、よろしくお願いします」
しかし、ソフィアは笑顔のままに短く返し、
「ありがとうございます、エルマと申します、そのようにお呼びください」
若干枯れた声でエルマはぎこちなく頭を下げた、
「さっ、ではまずはお茶にしましょう、初めての事ばかりで落ち着かないでしょうしね」
ソフィアはこちらにとテーブルに誘う、すると、
「ユラ様ー、これー、蜂蜜レモン、美味しいのよー」
とミナがウルジュラの手を引き、
「こりゃ、王妃様が先でしょ」
「えー、じゃ、王妃様ー、蜂蜜レモンー」
とミナが食堂内をあっちこっちと駆け回る、ハイハイと笑顔を見せる王妃二人と、
「いい匂いだねー」
とチャッチャッと席に着くウルジュラである、ソフィアはそのまま小鍋を手にした、しかしエルマはどうしたものかと足が動かない、それも当然である、マルルースに久しぶりに呼び出されたと思ったらあれよあれよと見知らぬ土地に立っていた、なんでもここは東の端、王都からすれば辺境とさえ言えるモニケンダムの街らしい、その上通された部屋はどうみても王妃が立つのは場違いに過ぎる平民の家で、さらにはそこが研究施設であるという、何を研究しているかと思えば部屋は奇妙な明るさで照らされており、その下で女性が一人何やら作業中で、その女性も王妃には慣れているのか慌てず騒がず丁寧な対応であった、ゾーイと紹介されたその女性も王都からこちらに来ているとの事で、大変に若く美しい、その上に研究職であるらしい、エルマはこれは珍しい事なのではと素直に感心しつつ、どうしたものかと落ち着かなかった、何とも王妃二人にからかわれているようで、現実感が無いのである、
「エルマさんも、さ、どうぞ」
とソフィアが湯呑をテーブルに差し出した、そこに座れとの意味であろう、エルマは軽く混乱しながら席に着いた、そしてその湯呑から立ち上がる甘くも鮮烈でさわやかな香りにこれはと目を見開いた、
「うわっ、美味し・・・」
「でしょー」
「良い香りね」
「でしょー」
「甘さも丁度良い」
「でしょー」
王妃とウルジュラが短い感想を口にする度にミナが自慢げにはしゃぎ、
「あっ、ちょっと待っててね、エレインさんに声かけてくるから」
とソフィアはサッと玄関口へ走った、
「ほら、エルマも遠慮しないでいいのよ」
マルルースがニコリと微笑む、
「そうよ、さっきも言ったでしょ、今日は驚く事ばかりだろうから、気をしっかり持ちなさいって」
エフェリーンまでもがニヤニヤと微笑んでいる、エルマはマルルースは昔から優しく柔らかい人柄であったと思うが、エフェリーンはもう少し棘のある人物であると思い込んでいた、高位貴族らしい人物で、そう振る舞っていたように思う、そのエフェリーンが最も忌避しそうなこの状況で、さらには確かに美味しそうではあるが所詮平民が供した茶を口にしている事を意外に感じてしまう、エルマの知る限りエフェリーンは大変にお高く留まった貴族様で、自分にもまた厳しく当たっていた筈で、とてもではないがテーブルを囲んでお茶を飲む様な仲では無かった筈であった、
「あの・・・はい、気をしっかり持ち・・・ます・・・」
エルマはクラクラと混乱しながらも震える手を湯呑に伸ばし、ベールの下からそっと湯呑に口をつけた、温かくサラリとした舌触りに果物の爽やかな香りと酸味、そして柔らかい甘みが口中に広がる、
「わっ・・・美味しい・・・」
「でしょー」
とミナが満面の笑みでエルマを見上げた、
「あっ、この子がミナちゃんで、こっちがレインちゃんね、ソフィアさんの娘さんよ、こちらはエルマさんね」
とマルルースが三人を引き合わせ、どこまでも姦しいミナと仏頂面で愛想の無いレイン、エルマは二人に見えないであろうが精一杯の笑みを浮かべてよろしくねと小さく答える、実に可愛らしく利発そうな娘達だなとエルマは感じる、
「えへへー、どうしたの?お顔隠してるの?」
しかしそこはやはり子供である、エルマの顔を下から覗き込むようにミナは身を乗り出し、エルマは慌てて身を引いてしまった、
「こら、駄目よ」
「なんでー」
「色々あるの、今日はねその相談に来たんだから」
「そうなの?」
「そうなのよ」
マルルースが優しくミナを窘め、ミナは素直に腰を落ち着けた、ホッと安堵するエルマである、しかし、
「あれ、メダカなの、ミナがお世話してるの、あとね、あとね、卵も産んだの、そろそろ孵るぞってタロウが言ってたのー」
とミナはバッと立ち上がる、エッとエルマがなんのことやらと反応する前に、
「こりゃ、落ち着け」
ウルジュラがミナの頭を押さえつけた、
「むー、落ち着いてるー」
「落ち着いてないでしょ、ゆっくり楽しみなさい、蜂蜜レモンが泣くぞ」
「泣かないー」
「ほう・・・じゃ、ミナちゃんのもーらう」
「ダメー、ミナのー」
と二人はキャーキャーはしゃぎ始めた、エルマは随分と仲が良いのだなと微笑んでしまう、
「もう、まぁ、こんな感じだから、あなたも肩の力は抜きなさいな、ねっ」
マルルースの呆れたような柔らかい笑顔にエルマは小さく頷いた。
「なるほど・・・これは確かに酷い・・・状態ですね」
ソフィアがエルマの右手をとりその患部をじっくりと見定めた、流行り病の痕跡とされるそれは確かに火傷のような傷跡で赤黒く変色しボコボコと波打っている、火傷と大きく違うのは内側から盛り上がるように変形している事で、なるほどこれは女性であれば隠すのも当然と思われる醜さであった、
「どうかしら?」
マルルースが心配そうに見つめ、エフェリーンは静かに様子を伺っている、寝台の上ではミナとウルジュラが双六を始めたようで、その嬌声は気になるがこちらの邪魔になるほどでは無く、レインはいつの間にやらソフィアの隣に座っており、ソフィアと共にエルマの手を覗き込んでいた、
「そう・・・ですね、あっ、その前に、これがあれですか、お顔にも?」
「はい、右側・・・こちら側の頬とこめかみ、首筋にも・・・」
エルマが答えにくそうに空いた手でベールの上から顔を抑えて呟く、
「拝見しても宜しいですか?」
「えっ・・・はい・・・」
エルマがゆっくりとベールを引き上げた、しかし、マルルースやエフェリーンには見せないようにフードを深くする、ソフィアはその気持ちも分かるかなと腰を上げ、顔を近づけると確かにと小さく呟きすぐに腰を下ろした、
「他にもありますか?足先とかは?」
「そちらは大丈夫です、背中にも少しありますが、腕と顔が酷い・・・ですね」
エルマがベールを戻しつつ答えた、
「分かりました・・・」
ソフィアはさてどうしようかと腕を組む、隣のレインはなにやら納得したのか大きく頷いており、その様子を王妃とアフラは心配そうに伺っている、さらにリーニーが書記係として同席しており、エレインもすぐに顔を出すとの事で、結局カトカも黒板を手にして末席に控えていた、
「どうかしら・・・」
奇妙な沈黙に耐えかねたマルルースが先を促す、無理なら無理と明確にして貰えばそれが良いであろうとの諦めもあった、件の脱毛処理のあまりの気持ち良さと効能にこれならばと長年の友人であるエルマの顔を思い出してしまい、まさに思い付きでこの場がある、しかし時間を置いて考えればそこまで都合の良い薬である筈が無い、勇み足であったかと不安であったのだ、
「・・・はい・・・・」
ソフィアは申し訳ないのですがと口を開きかけて、それは違うなと飲み込むと、
「私が知る限りですが・・・処置は二種類あります」
エッと全員が目を丸くした、
「それは・・・どのような・・・」
マルルースの縋るような視線に、
「はい、一つ目は私が昔開発したもの、もう一つがエルフの里で教えてもらったものですね」
「エルフ?」
「はい、さきの脱毛処理もエルフの里の技術です、あれは肌を美しく保つ美容の手法ですね、それはお話ししたかと思うのですが、そのほかにも似たような手法で別の手法もあると教えられまして、もしかしたらそれが有効かと・・・」
「それは凄い・・・でも、もう一つは?ソフィアさんが開発したの?」
「はい、そっちは少々・・・血生臭いのですが・・・そうだ、私の腕を見て下さい、何か変だと思われませんか?」
ソフィアがグイッと腕まくりをした、急になんだろうと一同は覗き込んでしまう、しかし、その腕は真っ白く綺麗なもので、特に先日の脱毛処理のおかげかムダ毛が一切無く、その年齢の割には輝いてすら見える、
「・・・何が変なの?」
エフェリーンが首を傾げた、ソフィアはニコリと微笑み、
「私、これでも冒険者でしたから、冒険者なんて・・・それこそ傷だらけでも不思議では無いのですよ」
あっさりと答えを口にしたソフィアである、アッと一同は驚くも、そういうものなのかなと首を傾げた、
「実際に、ここら辺からここら辺までこう、斜めに刃物の傷があったり、この辺に矢を受けたこともありますね、それと、獣に噛まれた事もありますし、ここら辺に火傷を負った事もありました」
腕の各部を指して訥々と語るソフィアである、一同は唖然としてしまう、確かに冒険者であった事は聞いているし、それであれば傷を負う事もあったであろう、特にソフィアは大戦時に前線に参加していたのである、無傷で生還などありえないのかもしれない、
「ですが、御覧の通りに傷痕は無いです・・・正確に言えば目立たないってことなんですが」
ソフィアはそう続け、
「どうでしょう、エルマさん、なんとか出来るかと思いますが、時間はかかると思います、それと実験的な手技になる事も御理解して欲しいです、その点をご納得いただけるのであれば・・・この程度には気にならなくなると思います」
ニコリとエルマに微笑みかけた。
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これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
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