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本編

71話 晩餐会、そして その33

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ブラスが納品伝票と荷物を確認し荷車を引いて街路に出ると、街中は人でごった返していた、なんじゃこりゃとブラスは眉を顰め、しかしすぐに広報かと思い出す、朝からバタバタと忙しく、挙句タロウに捕まり振り回されてしまった、その為に昨日から街を急にざわめかしていた重要事項をしっかりと失念していたようだ、こりゃいかんなと頭をかき、さてどうするかと足を止める、正午を過ぎそろそろ鐘の音が響く頃合いでエト達現場組や工場の職人達も今日は早めに切り上げて広報を聞きに行くとしていた筈で、自分もそうしなければ話題についていけないだろうなと思い立つ、本日の広報は何とも急で異例であった、昨日のうちに午前と正午、午後の三回に分けて本日の広報を聞きに来るようにと広報官の轟く声が街を騒がせたらしい、広報の為の広報など初めての事ではないであろうか、いや、ブラスが知らないだけで過去にも同様の事例があったのかもしれない、それほど大事な通達内容であれば昨日の内に知らせればいいのになとブラスは職人達と笑っていたりもしたが、まぁ、役人側にも事情があるのであろうなと大人らしく納得していたりする、そして、そうなるとと荷車を一旦戻して事務所に顔を突っ込み、

「おい、広報どうする?」

と事務所内に声を掛けた、

「んー」

とブノワトが顔を上げる、

「広報、行くんだろ?」

「あー、そだねー」

とブノワトは大きく伸びをして振り返った、先程までブラスと納品伝票を一緒に作り、さて次はと別の仕事に取り掛かったところである、そろそろ月半ばである為溜まった伝票を整理し、ガラス鏡協会の資料もまとめなければならなかった、

「行くなら行くぞ、混み始めてる」

「エッ、そなの?」

「そうだよ」

「わかったー」

とブノワトは緩々と腰を上げ、

「そんなに混んでるの?」

「おう、祭りみたいだ」

「ありゃ・・・それはやだなー」

ブツクサ言いながら奥に顔を突っ込み、義母に出かける事を伝える、自分の分まで聞いてきてーと明るく返す義母であった、

「ん、じゃ、行くかー」

と二人は荷車を引きながら広場に向かった、ブラスの言う通り街路は人で溢れており、荷車が大変邪魔くさい、ブラスとしては広報を聞いた後でそのまま六花商会に納品に向かいたい為、少なくとも邪魔にならないようにと気を使うがやはり荷車は邪魔っけではあった、そして、

「おわっ、お祭りだねー」

「祭りだなー」

と街の中心地、普段であれば人が行き交うだけの広場は人混みで溢れていた、ガヤガヤザワザワと騒がしく、屋台でも出せば一儲けできそうな有様で、しかし、流石にそこまで機転の利く者もいなかったのか屋台の類は見えない、代わりに庁舎がある方向には演台が設えられており、数人の役人風の男達が演台に登ったり下りたりと忙しく、その周辺を近衛兵であろうか如何にもな装備で固めた厳つい男達が囲んでいる、今日はそこが広報の舞台になるのであろう、これは余程の大事なのだとブラスとブノワトも理解した、そして、

「あー、じゃ、こっちでいいか、声が聞こえればいいだろ」

荷車もあった為、二人は広場には入らず街路の脇に控えると、やれやれと荷車に腰を下ろした、何気に丁度良い腰掛けである、

「しっかし、なんだろねー、急だよねー」

「だなー」

「あっ、そだ、エレインさんのお店どうなったの?」

「ん?言ってなかったか?」

「聞いてないよー」

と二人は人混みを眺めながらなんとはなしに話し込む、目の前を通る人波は幾らかでも広場の中心に向かおうと速足になっており、しかし、入る者はあっても出る者は無い広場である、すぐにノロノロとした足取りになって、やがて停まっていた、そうやって人々は堆積している様子で、こりゃ早く始めないと騒動になるなとブラスはいらぬ心配をしてしまう、

「へー、相変わらずタロウさんは凄いねー」

「だなー」

「でも出来るの?そんなの?」

「どうかなー・・・親父は出来るって言い切ってさー」

「なら、大丈夫でしょ」

「だけどさ・・・そのガラス窓が面倒でな」

「そうなの?」

「うん、まぁ・・・タロウさんがね、お前さんなら作れるよって言うもんだから・・・俺もほら、頷かざるを得なかった感じ?」

「あら・・・自慢?」

「んなわけあるかよ、期待されるのは嬉しいが、されすぎるのはツライなって事だ」

「なによ、自慢じゃない」

「違うってば」

何のかんの言っても仲が良い夫婦である、そこへ、

「わー、ブノワトさんじゃなーい」

と黄色い声が響いた、エッと顔を上げる二人である、すぐに、

「あっ、フィロメナさんだー」

ブノワトが嬉しそうに叫び、

「レネイさんもー、キャー、今日もばっちり決まってますねー」

と続けてその集団に駆け寄った、ブラスも慌てて腰を上げ小さく会釈をするが、その姿はその一団の目には入っていないようで、

「ブノワトさんも広報聞きに来たのー?」

「そうなんです、皆さんもでしょー」

「ですねー、あれ、ブノワトさんは化粧しないのー」

「そりゃだってー、ほらー」

「ちゃんとやれば可愛いのにー」

「やー、そんな褒めても・・・なんか差し上げる物あったかなー?」

と一気に姦しくなる、道行く人々が何事かと振り返り、その中には思わず足を止める者もいるが背後から押されてすぐに流れに戻っていた、やはりフィロメナらは目立つ、無論例のチャイナドレスを着ている訳では無く、また遊女特有の派手な化粧では無い、新しい控え目な化粧をしているのであるが、やはりその集団はその存在だけで華やかで、故に大変に目を引くのである、そこに紛れるブノワトが何とも小汚く見える程で、ブラスはあーやっぱり違うなーと大変に失礼な事を思っていたりする、

「ブラスさんもお疲れ様です」

ニコリとヒセラがブラスに近寄った、

「これはどうも、お疲れ様です」

ブラスが小さく会釈を返す、

「フフッ、夫婦で広報ですか?」

「あー・・・なんか、そうなりました、ほら、あれです、なんかそういう感じになって」

ブラスは何とも適当に微笑む、

「そうなんだー、仲良いですねー」

ニコリと妖艶にそして意地悪そうに微笑むヒセラである、ヒセラとしては特に他意は無い純粋な褒め言葉であったりするが、ブラスとしては何やら別の思惑を感じてしまう笑顔であった、誘われているのかと瞬時に思うも、いやそんな筈は無いと小さく首を振り、

「そうなんですかねー」

とすっとぼける事にした、相手は百戦錬磨の遊女である、俺程度では弄ばれて終わりだと心底感じていた、一度はその手管に捕らわれてみたいとも思うが、それはそのまま身の破滅に繋がるであろう、

「そうですよー、あっ、そうだ思い出した」

ヒセラはニコリと微笑み、振り返ってフィロメナの元へ駆け寄り、二言三言話してブノワトと共にブラスの元へ戻って来た、他の遊女達はさて広場に入るべきかどうするべきかと悩んでいる様子で、その人混みを見渡して、ここでもいいかと結局フィロメナ達とブラスの荷台の側に近寄る、広報の内容が分かればいいのだ、見物に来たわけでは無く聞こえればそれで充分だとの判断である、ましてその一団はただでさえ目立つ、故に集団の中にあっては何が起きるか分からず、また人波に囲まれては逃げ道も無い、自分の身は自分で守る、ただそれだけの配慮である、

「と言う訳で、お願いしたいんです」

ヒセラがニコリと微笑み、フィロメナも、

「そうなんです、系列の店でも置きたいので」

と怪しく微笑んだ、

「えっと・・・それは構いませんが」

とブラスは首を傾げながらさてどうしたものかと考える、

「いいじゃない、受けなさいよ」

とブノワトはどうやらフィロメナ達の肩を持つことにしたらしい、ニマニマと嬉しそうに微笑んでおり、どうやら見事にフィロメナに取り込まれてしまっているようだ、

「そりゃ、受けるがさ・・・どうしようか、エレインさんの所通す?」

「あっ・・・それがあるか」

「うん、あれはほら事情は話したろ、今日も注文貰ったからね、それはテラさんにも話して向こうを通す事にしてるから」

「あー・・・じゃ、あれか、こっちで受けると駄目な感じか・・・」

「まぁね、それにその方が・・・ほら、マフダさんの顔を立てる事にもなるでしょ」

とブラスはフィロメナに問うと、

「あらっ、そこまで考えて頂けてました?」

フィロメナが嬉しそうに微笑み、

「では、商会さんに頼めばいいのかしら」

と続ける、

「そうですね、直接受ける事も出来ますが・・・はい、そうして頂けると角が立たないかなって、私共としても大変に世話になっておりますし、何かあってもタロウさん達がいるのでその点安心なんですよ」

「なるほど、それもそうですね、じゃ、どうしようか」

「これが終わったら商会さんに納品に行きますんで、良かったら一緒に」

「まぁ、それは嬉しいです」

ニコリと微笑むヒセラとフィロメナである、何のことは無い、カジノテーブルの注文であった、はっきりとした固有名詞は出さなかったが某賭博組織と落しどころが確定し、フィロメナらの遊女屋にもカジノテーブルを数台置く事となったらしい、ついてはテーブルもそうであるが道具一式を注文したいらしく、丁度良かったとヒセラもフィロメナも嬉しそうであった、

「ただ・・・すいません、納期は少しかかるかなと思います」

「それは構いません、ほら、向こうは自分達で作るらしいんですが、こっちはそこまで器用な男衆がいなくて」

向こうとは某賭博組織である赤ガラスの事で、こっちとはグルア商会の事であろう、その名称を口にしないのは昼日中でもあり、また街中ゆえでもある、ブラスはフィロメナさんも大変だなーと感心してしまった、

「ですよねー、向こうさんって、だって、サイコロも自分達で作ってましたよね」

「そうなんですよ、で、テーブルもなんか自作してました」

「へー・・・それは凄いですね、見てみたいな」

「あー・・・やめておいた方がいいと思いますよー、向こうに行くならこっちに来て下さい、歓迎しますから」

「いや、どっちも難しいですよ」

「そう言わずにー、そうだ、ブノワトさんも来てみない?」

「どこにですか?」

「私達の店」

「エー、だって、あれでしょ、男が行くお店でしょー」

「そうですよ、でもね、女でも楽しめるように出来ますよ」

「エッ、そうなんですか?」

「勿論です、ほら、男を楽しませるのも女を楽しませるのもそう大きく違わないんです・・・なんて言っちゃうと、あれかな、あまりにもあれですけど・・・」

フィロメナが自分の言葉に思わず苦笑いを浮かべる、

「そうよねー、一回ちゃんと女の人の接待とかやってみたいよねー」

ヒセラも同意のようで、レネイもうんうんと頷いていた、

「そういうもんですか?」

思わずブラスが問うと、

「そういもんです、男ばっかり相手してるとつまんなくなっちゃって」

「あっ、それ分かるー」

「だよねー」

と笑い合う姉妹であった、ホヘーとブノワトは呆けてしまい、ブラスもそういうものなのかと首を傾げる、そして、公務時間終了の鐘が響いた、途端に広場の大衆が緊張したのか静かになったような感があった、ガヤガヤとした騒音がザワザワとしたそれに替わった程度であるが、

「あっ、始まるのかな?」

「そうみたい・・・」

と一同が広場の奥、演台に視線を向ける、数台の馬車がいつの間にやら演台の奥に停まっており、その扉が開いたようで、少しすると、馴染みの広報官が演台に立った、

「いよいよですねー」

「なんだろうね」

「うん、嫌な事でなければいいけどねー」

「まったくだよー」

演台に立った広報官はじっくりと民衆を睥睨している様子で、そしてその背後にカラミッドとクンラートが立つと、静まりかけた広場は再びザワザワと騒がしくなる、そして広報官の太く大きく厳かな声が響き渡った。
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