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本編
71話 晩餐会、そして その25
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「しっかし、そういう事ならもっと早く出しなさいよ」
ユーリが一段落着いたかなと溜息をついた、大量に積まれた書物に目を走らせそのままタロウを睨みつける、
「そう?・・・でも・・・ほら、一気にあれだこれだと提供しちゃうとさ、俺の有難みってものが無くなるじゃない?」
意地悪そうに微笑むタロウに、こいつはまったくとユーリはさらに睨みつけ、カトカは困り顔で微笑んでしまう、
「いや、その通りかもしれん・・・隠していたというよりも、あれじゃな、時期を待っていたと好意的に捉えよう、例の報告書の翻訳もな、未だに王都では話題に上ると聞く、それと同時にこれだけのものが持ち込まれては王都はとてもとても、下手したら・・・うん、帝国に抗しよう等とはならなかったかもしれん・・・」
学園長はすっかり油断したのかカトカがいるにも関わらず若干不穏な言葉を使った、大丈夫かなとタロウはカトカを伺うもカトカは特に気にしていない様子である、
「・・・なるほど、そうかもですね、特に文官どもは陛下に対抗したかもしれません」
ユーリも学園長に同意のようである、ユーリが知る限りやはり文民と軍民は仲違いと迄は言えないが相容れない部分はある、特に自身を賢いと思い込んでいる文民連中はやたらと軍民を攻撃したがるもので、その癖いざとなれば軍民を頼るのだ、何とも厚かましい事だなと感じる、
「そんなもん?」
「そうよー・・・だってさ、この街でも似たようなものよ、聞いた話しだと農村部の警備なんかは無駄だって削減しようとしているのが役人連中で、それを領主様が一喝したって噂を聞いた事あるかな?他にもほら、衛兵とか軍の予算とか減らすのが仕事って思ってる役人は多いでしょ、でもねー・・・必要な額はどうしても必要になるものだし・・・」
「じゃな、その点領主様は良くやっておる、大したものだと思うぞ」
「・・・なるほど・・・どこぞも似たようなものかもしれませんね」
タロウは遠く離れた故郷の事を思い出す、よく耳にしたような内容であった、と同時にそのような意見が封殺されないこの王国の気風に好感を感じてしまう、専制国家というものはどうしても上意下達が当然で、下々の意見など耳も貸されない、しかしこうして役人の意見がうるさい等と評論される辺りに、民意の反映という政の基本が現れているように思えた、例え反社会的、反国家的で暴力的な意見でもそれを口に出来ない事の方が社会としては健全では無いとタロウは思う、その上で大衆は王を支持している様子であるし、王族よりもより近い位置にあるカラミッドやクンラートへの支持も大きい、まぁ細かい問題は山積しているのであろうが、それは人の集団である以上無くなる事はない、大した治世なんだよなとタロウは一人小さく頷いた、そして、
「じゃ、取り合えずこんなもんで、後は任せます」
タロウはやれやれと腰を上げた、伝える事は伝えたしレスタの件も取り敢えずの結論を得ている、
「うむ、任された、タロウ殿の思慮を裏切る事は無い、儂が全力を尽くす」
学園長がムンと胸を張った、
「そうして頂ければ幸いです」
タロウはニコリと微笑む、すると、
「でのー・・・」
学園長がニヤリとほくそ笑んだ、その突き上げるような怪しい眼光にタロウは瞬時に背筋に冷たいものを感じてしまう、
「まずな・・・神殿関係と・・・そうじゃ、学園の改築の件、それと明日からの問題もあってな、少しばかり知恵を貸して欲しいと思っておってのう」
学園長は怪しく微笑む、学園でタロウを見かける事はあってもこうして話し込む機会が持てなかった、ここはしっかりと捕まえて諸々の相談事を片付けるのが上策であろう、
「アッ・・・あはは・・・確かにそんなのもありましたね・・・」
「うむ、あったのじゃ、まぁ、座ってくれるかな?一つ一つやろうではないか」
学園長の笑みは優しいものに変わった、しかし逃がすものかとの意思がより強く感じられる、タロウはまぁ・・・確かに相談はされていたなと思い、ここは腰を据えるしかないかと座り直す、
「しかし、神殿に関しては・・・」
と二人が話し始めた、ユーリとカトカはその様子にやれやれと微笑みつつ、さてと書物に視線を移し、
「どうしようか・・・これ・・・」
「そう・・・ですね、目録かなんか必要です?あれば便利ですし・・・散逸が最も困る・・・というか問題かなと・・・」
「そうよねー・・・でも、読めないのよね、この文字も書き慣れないと少しな・・・まぁ、何とかなるか・・・」
「ですねー・・・見様見真似で書いて・・・でも、読めないのがやっぱり問題ですね・・・」
「そうね、そうなると・・・やらせるしかないわね」
「ですね」
と二人もまた怪しい瞳をタロウに向け、タロウはゾクリと怖気に襲われるのであった。
その頃商会である、正午に近い時間帯となり続々と御夫人達が集まって十日に一度の恒例となったお茶とおしゃべりの時間である、しかしその日は少し雰囲気が異なっていた、奥様達の中心にあるのは双六である、
「あー、もう、なんで6なのよ」
「いいじゃない」
「良くないわよ、また3戻るじゃない、もー、進んで戻ってで上手い事いかないわー」
「そういうものでしょ」
「そういうものよねー」
「何がよ?」
「人生?」
「あんたの生き様?」
「なっ・・・」
「あははー、確かにねー」
「ムカー、あんたらだって似たようなものでしょー」
「そうねー、でも・・・ほら私は2進む」
「あら、順調ね」
「そうよー、私の人生は順調なのー」
「どうかしら?」
「なによ、文句あるの」
「あるわよ」
「ないわけないわよねー」
「そりゃそうだー」
と実に楽しそうな声が事務所内に響いている、若干の険を感じるのは年齢層の高さ故か、しかしそれはそれで楽しげではある、昨日持ち込まれ、試しにと量産されたそれは約20組生産された、焼き菓子のレシピを作成した際の経験が存分に活かされる形となり、文字が上手い者が上質紙に盤面を書き写し、それほどでもない者が木簡の複製を手掛ける、しかしそれでも一日では20組作れればいい方であった、やはり文字を書き慣れていない事が課題として上げられる、双六そのものはタロウの工夫で、ミナのような幼児でも遊べるようにと単純な文言で構成されており、難しい表現はほぼ無く故に問題となるのはその文字の小ささのみで、しかしマス目を区切ったり、直線を引いたりには難儀してしまった、ブラスのように図面に慣れ親しんでいればまた違うのであろうが奥様達にはそこも慣れない作業であったのだ、
「やったー、一番!!」
マフダがピョンと席を立つ、
「むー、マフダめー」
「あー、凄い・・・」
「だねー・・・クソー」
と若者たちの嬌声も響いた、こちらはマフダとリーニー、メイド三人衆である、
「もう一回、もう一回」
「その前に順位をしっかり着けようよー」
「そだよー」
「えー、じゃー・・・待つかー・・・」
マフダがゆっくりと席に着く、
「わっ、何かそれムカつくわね」
「ホント、まぁいいわ、はい、3ねー」
とコーバが駒を進め、マフダはムフーと満足そうに鼻息を荒くした、駒として使用しているのはガラス玉である、盤面と木簡の複製は何とかなったのであるが、やはり駒とサイコロの作成までは難しいと判断された、故に昨日のうちにブラスに発注されている、ブラスはまた細かい物をと苦笑いになってしまったが、これはこれで冬場の閑散期対策としては有用であった、故に喜んで受けている、しかし駒の複製に関してはこれをこのままは止したほうが良いなと提案もしていた、タロウが作ったそれは何とも得体が知れない造作ばかりで、エレインもそこは任せると微笑んでいたりする、そこへ、
「あら、どう?面白いでしょ」
エレインがテラとカチャーと共に二階から下りてきた、寮から事務所へ移り、二階で少しばかり打合せをしていたのである、給与に関しても最終的な確認を済ませた、
「あっ、会長、体調はどうですか?」
とマフレナが明るく叫び、他の面々も顔を上げる、
「だいぶましになったわ、心配かけたかしら?」
エレインはニコリと微笑む、実際快調とは言えないまでも普通ではある、そして少なくともここにいれば学園長の襲来は無いであろうとの安心感もあった、なにかあれば仕事と言って逃げる事も余裕なのである、
「そりゃもう、だって、二日酔いなんてねー」
マフレナがニヤリと周りの奥様達に笑いかけ、
「そうですよー、でも、あれですね、大人なー、感じですねー」
とドリカが茶化す、まったくとエレインが一睨みするも、
「あっ、晩餐会ってどんな感じなんですかー」
と他の奥様が声を上げた、彼女達にしてみれば領主邸で催される晩餐会なぞは雲の上の出来事で、昨日は双六の制作に集中しながらもどんな料理がでるのだろうとか、どれだけ煌びやかなのだろうとか正に夢物語を語る乙女のように盛り上がっている、
「どんな感じって・・・まぁ・・・あんなもんかしら・・・」
エレインは余裕の笑みを浮かべて近場の席に腰を下ろす、テラはその隣りに、カチャーはマフダ達の座るテーブルに引き寄せられていった、
「へー、でも昨日はそんな感じじゃなかったでしょー」
ドリカがニヤリと微笑む、その言葉の通り、昨日はエレインも緊張していたのか若干不安気で、特にこれは口に出すことは無かったが、誰でも無いイフナースの同伴者という立場である、自分なんぞで良いのかしらとウジウジと悩んでいたりした、しかし、こちらでのイフナースの関係者を思えば自分以外無いのであろうなとも思えた、なによりその関係者が殆どいないのである、それはそれで事情を理解しているが困ったものではあった、おかげで見事に醜態を晒してしまっている、何とか立ち直っているが未だなにかを忘れているなとエレインはゾワゾワとした不安感を心の奥底に感じていた、
「そうだけど・・・まぁ、いいでしょ、で、どんなもん?楽しめる?」
エレインが強引に話題を変えた、昨日は遊び方を教えたら作業どころではなくなるであろうと思い、敢えて遊び方を教えていない、今日は早く来た奥様にテラが遊び方を教えたらしい、
「勿論ですよ、早く売り出しましょう、家にも一個欲しいです」
「そうよねー、子供達が飛びつくわねー」
「うんうん、それに勉強目的ってのもいいのよね」
「あっ、わかるー、わざわざ足し算しなきゃ駄目ってのも面白いよね」
「あー、そうよねー・・・そうなると、小さすぎる子には難しいかなー」
「それだって、ちゃんと数えさせればいいのよ、足し算はそうやって覚えるものでしょ」
「それもそうか」
と奥様達としても好感触らしい、昨日はなんだこれはと顔を顰めていた面々も好意的な評価になっている、
「あっ、それでなんですけど、ちゃんとした遊び方?これも書いておかないと難しいかもです」
と早速改善案が提起される、エレインは書いてなかったかしらと首を傾げるが、遊んでいる当人達がそう言ってるのであるからそうなのであろう、テラと共にそうなるとと見直しを始める、そこにマフダ達も加わってあーしたいこーしたいとさらに議論が白熱した、皆楽しそうである、遊びの改良とは実に楽しい作業なのである、木簡に記されている星のマスに止まった際の指示が厳しすぎるとか、いやこれは生温い等と言った意見も出され、そういう事であればそれぞれに改良してみましょうとテラは軽く言い放つ、タロウも言っていたのであるが、木簡の内容や盤面の指示についても好きに変えればいいらしい、あくまで遊具なのであるから楽しめるのが最重要で、しかしある程度嫌悪する内容が無いと刺激にならないのだとか、その観点に立てばなるほど少々意地が悪いなと思える指示も刺激と言えば刺激なのだとテラは納得している、そしてある程度その興奮が収まったところで、
「あっ、明日はどうされます?」
とケイランがテラに問う、
「明日?」
「はい、うちの旦那が明日の広報は聞きに行けって言ってまして」
あっと他の奥様達も顔を上げ、うちもうちもと声を揃える、
「広報?」
エレインもそれは聞いてなかったなと首を傾げた、
「はい、明日の広場の広報がとても大事な内容なんだとか、子供の相手もだけど出来れば広報だけでもしっかり聞いておけって、珍しく真面目に言ってまして・・・」
「あら・・・そんなに重大事?」
「らしいです、なので、明日の作業もありますでしょうけど、そっちに行ける人は行ったほうがいいのかなって」
「そうなんですか・・・」
ハテと顔を見合わせるエレインとテラである、特にテラはモニケンダムに長くない為そういう事もあるのかと不思議そうで、エレインはエレインでそれほどに広報を重要視する事など大戦終了時にあったかなかったかぐらいかなとこちらも首を捻る、
「まぁ・・・そういう事であれば・・・」
「そうですね、状況しだいかと思いますが、そちらを優先しましょうか・・・」
二人はまぁそういう事もあるであろうと頷き、奥様達は領主と仲の良いエレインでも知らされていない事なのかとこちらも懐疑の念を深くするのであった。
ユーリが一段落着いたかなと溜息をついた、大量に積まれた書物に目を走らせそのままタロウを睨みつける、
「そう?・・・でも・・・ほら、一気にあれだこれだと提供しちゃうとさ、俺の有難みってものが無くなるじゃない?」
意地悪そうに微笑むタロウに、こいつはまったくとユーリはさらに睨みつけ、カトカは困り顔で微笑んでしまう、
「いや、その通りかもしれん・・・隠していたというよりも、あれじゃな、時期を待っていたと好意的に捉えよう、例の報告書の翻訳もな、未だに王都では話題に上ると聞く、それと同時にこれだけのものが持ち込まれては王都はとてもとても、下手したら・・・うん、帝国に抗しよう等とはならなかったかもしれん・・・」
学園長はすっかり油断したのかカトカがいるにも関わらず若干不穏な言葉を使った、大丈夫かなとタロウはカトカを伺うもカトカは特に気にしていない様子である、
「・・・なるほど、そうかもですね、特に文官どもは陛下に対抗したかもしれません」
ユーリも学園長に同意のようである、ユーリが知る限りやはり文民と軍民は仲違いと迄は言えないが相容れない部分はある、特に自身を賢いと思い込んでいる文民連中はやたらと軍民を攻撃したがるもので、その癖いざとなれば軍民を頼るのだ、何とも厚かましい事だなと感じる、
「そんなもん?」
「そうよー・・・だってさ、この街でも似たようなものよ、聞いた話しだと農村部の警備なんかは無駄だって削減しようとしているのが役人連中で、それを領主様が一喝したって噂を聞いた事あるかな?他にもほら、衛兵とか軍の予算とか減らすのが仕事って思ってる役人は多いでしょ、でもねー・・・必要な額はどうしても必要になるものだし・・・」
「じゃな、その点領主様は良くやっておる、大したものだと思うぞ」
「・・・なるほど・・・どこぞも似たようなものかもしれませんね」
タロウは遠く離れた故郷の事を思い出す、よく耳にしたような内容であった、と同時にそのような意見が封殺されないこの王国の気風に好感を感じてしまう、専制国家というものはどうしても上意下達が当然で、下々の意見など耳も貸されない、しかしこうして役人の意見がうるさい等と評論される辺りに、民意の反映という政の基本が現れているように思えた、例え反社会的、反国家的で暴力的な意見でもそれを口に出来ない事の方が社会としては健全では無いとタロウは思う、その上で大衆は王を支持している様子であるし、王族よりもより近い位置にあるカラミッドやクンラートへの支持も大きい、まぁ細かい問題は山積しているのであろうが、それは人の集団である以上無くなる事はない、大した治世なんだよなとタロウは一人小さく頷いた、そして、
「じゃ、取り合えずこんなもんで、後は任せます」
タロウはやれやれと腰を上げた、伝える事は伝えたしレスタの件も取り敢えずの結論を得ている、
「うむ、任された、タロウ殿の思慮を裏切る事は無い、儂が全力を尽くす」
学園長がムンと胸を張った、
「そうして頂ければ幸いです」
タロウはニコリと微笑む、すると、
「でのー・・・」
学園長がニヤリとほくそ笑んだ、その突き上げるような怪しい眼光にタロウは瞬時に背筋に冷たいものを感じてしまう、
「まずな・・・神殿関係と・・・そうじゃ、学園の改築の件、それと明日からの問題もあってな、少しばかり知恵を貸して欲しいと思っておってのう」
学園長は怪しく微笑む、学園でタロウを見かける事はあってもこうして話し込む機会が持てなかった、ここはしっかりと捕まえて諸々の相談事を片付けるのが上策であろう、
「アッ・・・あはは・・・確かにそんなのもありましたね・・・」
「うむ、あったのじゃ、まぁ、座ってくれるかな?一つ一つやろうではないか」
学園長の笑みは優しいものに変わった、しかし逃がすものかとの意思がより強く感じられる、タロウはまぁ・・・確かに相談はされていたなと思い、ここは腰を据えるしかないかと座り直す、
「しかし、神殿に関しては・・・」
と二人が話し始めた、ユーリとカトカはその様子にやれやれと微笑みつつ、さてと書物に視線を移し、
「どうしようか・・・これ・・・」
「そう・・・ですね、目録かなんか必要です?あれば便利ですし・・・散逸が最も困る・・・というか問題かなと・・・」
「そうよねー・・・でも、読めないのよね、この文字も書き慣れないと少しな・・・まぁ、何とかなるか・・・」
「ですねー・・・見様見真似で書いて・・・でも、読めないのがやっぱり問題ですね・・・」
「そうね、そうなると・・・やらせるしかないわね」
「ですね」
と二人もまた怪しい瞳をタロウに向け、タロウはゾクリと怖気に襲われるのであった。
その頃商会である、正午に近い時間帯となり続々と御夫人達が集まって十日に一度の恒例となったお茶とおしゃべりの時間である、しかしその日は少し雰囲気が異なっていた、奥様達の中心にあるのは双六である、
「あー、もう、なんで6なのよ」
「いいじゃない」
「良くないわよ、また3戻るじゃない、もー、進んで戻ってで上手い事いかないわー」
「そういうものでしょ」
「そういうものよねー」
「何がよ?」
「人生?」
「あんたの生き様?」
「なっ・・・」
「あははー、確かにねー」
「ムカー、あんたらだって似たようなものでしょー」
「そうねー、でも・・・ほら私は2進む」
「あら、順調ね」
「そうよー、私の人生は順調なのー」
「どうかしら?」
「なによ、文句あるの」
「あるわよ」
「ないわけないわよねー」
「そりゃそうだー」
と実に楽しそうな声が事務所内に響いている、若干の険を感じるのは年齢層の高さ故か、しかしそれはそれで楽しげではある、昨日持ち込まれ、試しにと量産されたそれは約20組生産された、焼き菓子のレシピを作成した際の経験が存分に活かされる形となり、文字が上手い者が上質紙に盤面を書き写し、それほどでもない者が木簡の複製を手掛ける、しかしそれでも一日では20組作れればいい方であった、やはり文字を書き慣れていない事が課題として上げられる、双六そのものはタロウの工夫で、ミナのような幼児でも遊べるようにと単純な文言で構成されており、難しい表現はほぼ無く故に問題となるのはその文字の小ささのみで、しかしマス目を区切ったり、直線を引いたりには難儀してしまった、ブラスのように図面に慣れ親しんでいればまた違うのであろうが奥様達にはそこも慣れない作業であったのだ、
「やったー、一番!!」
マフダがピョンと席を立つ、
「むー、マフダめー」
「あー、凄い・・・」
「だねー・・・クソー」
と若者たちの嬌声も響いた、こちらはマフダとリーニー、メイド三人衆である、
「もう一回、もう一回」
「その前に順位をしっかり着けようよー」
「そだよー」
「えー、じゃー・・・待つかー・・・」
マフダがゆっくりと席に着く、
「わっ、何かそれムカつくわね」
「ホント、まぁいいわ、はい、3ねー」
とコーバが駒を進め、マフダはムフーと満足そうに鼻息を荒くした、駒として使用しているのはガラス玉である、盤面と木簡の複製は何とかなったのであるが、やはり駒とサイコロの作成までは難しいと判断された、故に昨日のうちにブラスに発注されている、ブラスはまた細かい物をと苦笑いになってしまったが、これはこれで冬場の閑散期対策としては有用であった、故に喜んで受けている、しかし駒の複製に関してはこれをこのままは止したほうが良いなと提案もしていた、タロウが作ったそれは何とも得体が知れない造作ばかりで、エレインもそこは任せると微笑んでいたりする、そこへ、
「あら、どう?面白いでしょ」
エレインがテラとカチャーと共に二階から下りてきた、寮から事務所へ移り、二階で少しばかり打合せをしていたのである、給与に関しても最終的な確認を済ませた、
「あっ、会長、体調はどうですか?」
とマフレナが明るく叫び、他の面々も顔を上げる、
「だいぶましになったわ、心配かけたかしら?」
エレインはニコリと微笑む、実際快調とは言えないまでも普通ではある、そして少なくともここにいれば学園長の襲来は無いであろうとの安心感もあった、なにかあれば仕事と言って逃げる事も余裕なのである、
「そりゃもう、だって、二日酔いなんてねー」
マフレナがニヤリと周りの奥様達に笑いかけ、
「そうですよー、でも、あれですね、大人なー、感じですねー」
とドリカが茶化す、まったくとエレインが一睨みするも、
「あっ、晩餐会ってどんな感じなんですかー」
と他の奥様が声を上げた、彼女達にしてみれば領主邸で催される晩餐会なぞは雲の上の出来事で、昨日は双六の制作に集中しながらもどんな料理がでるのだろうとか、どれだけ煌びやかなのだろうとか正に夢物語を語る乙女のように盛り上がっている、
「どんな感じって・・・まぁ・・・あんなもんかしら・・・」
エレインは余裕の笑みを浮かべて近場の席に腰を下ろす、テラはその隣りに、カチャーはマフダ達の座るテーブルに引き寄せられていった、
「へー、でも昨日はそんな感じじゃなかったでしょー」
ドリカがニヤリと微笑む、その言葉の通り、昨日はエレインも緊張していたのか若干不安気で、特にこれは口に出すことは無かったが、誰でも無いイフナースの同伴者という立場である、自分なんぞで良いのかしらとウジウジと悩んでいたりした、しかし、こちらでのイフナースの関係者を思えば自分以外無いのであろうなとも思えた、なによりその関係者が殆どいないのである、それはそれで事情を理解しているが困ったものではあった、おかげで見事に醜態を晒してしまっている、何とか立ち直っているが未だなにかを忘れているなとエレインはゾワゾワとした不安感を心の奥底に感じていた、
「そうだけど・・・まぁ、いいでしょ、で、どんなもん?楽しめる?」
エレインが強引に話題を変えた、昨日は遊び方を教えたら作業どころではなくなるであろうと思い、敢えて遊び方を教えていない、今日は早く来た奥様にテラが遊び方を教えたらしい、
「勿論ですよ、早く売り出しましょう、家にも一個欲しいです」
「そうよねー、子供達が飛びつくわねー」
「うんうん、それに勉強目的ってのもいいのよね」
「あっ、わかるー、わざわざ足し算しなきゃ駄目ってのも面白いよね」
「あー、そうよねー・・・そうなると、小さすぎる子には難しいかなー」
「それだって、ちゃんと数えさせればいいのよ、足し算はそうやって覚えるものでしょ」
「それもそうか」
と奥様達としても好感触らしい、昨日はなんだこれはと顔を顰めていた面々も好意的な評価になっている、
「あっ、それでなんですけど、ちゃんとした遊び方?これも書いておかないと難しいかもです」
と早速改善案が提起される、エレインは書いてなかったかしらと首を傾げるが、遊んでいる当人達がそう言ってるのであるからそうなのであろう、テラと共にそうなるとと見直しを始める、そこにマフダ達も加わってあーしたいこーしたいとさらに議論が白熱した、皆楽しそうである、遊びの改良とは実に楽しい作業なのである、木簡に記されている星のマスに止まった際の指示が厳しすぎるとか、いやこれは生温い等と言った意見も出され、そういう事であればそれぞれに改良してみましょうとテラは軽く言い放つ、タロウも言っていたのであるが、木簡の内容や盤面の指示についても好きに変えればいいらしい、あくまで遊具なのであるから楽しめるのが最重要で、しかしある程度嫌悪する内容が無いと刺激にならないのだとか、その観点に立てばなるほど少々意地が悪いなと思える指示も刺激と言えば刺激なのだとテラは納得している、そしてある程度その興奮が収まったところで、
「あっ、明日はどうされます?」
とケイランがテラに問う、
「明日?」
「はい、うちの旦那が明日の広報は聞きに行けって言ってまして」
あっと他の奥様達も顔を上げ、うちもうちもと声を揃える、
「広報?」
エレインもそれは聞いてなかったなと首を傾げた、
「はい、明日の広場の広報がとても大事な内容なんだとか、子供の相手もだけど出来れば広報だけでもしっかり聞いておけって、珍しく真面目に言ってまして・・・」
「あら・・・そんなに重大事?」
「らしいです、なので、明日の作業もありますでしょうけど、そっちに行ける人は行ったほうがいいのかなって」
「そうなんですか・・・」
ハテと顔を見合わせるエレインとテラである、特にテラはモニケンダムに長くない為そういう事もあるのかと不思議そうで、エレインはエレインでそれほどに広報を重要視する事など大戦終了時にあったかなかったかぐらいかなとこちらも首を捻る、
「まぁ・・・そういう事であれば・・・」
「そうですね、状況しだいかと思いますが、そちらを優先しましょうか・・・」
二人はまぁそういう事もあるであろうと頷き、奥様達は領主と仲の良いエレインでも知らされていない事なのかとこちらも懐疑の念を深くするのであった。
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これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
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