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本編
71話 晩餐会、そして その21
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結局ソフィアとテラが数度二階と食堂を往復し、エレインは何とか人前にでられる程度には身なりを整える事が出来た、エレインは何とも申し訳ないと小さくなっていたが、テラとソフィアはオリビアさんの苦労が分かるわねーと何故かはしゃいでおり、エレインはさらに申し訳ないと結局自分から動き出している、それでいいとソフィアは笑い、テラもにこやかに微笑んでいる、二人共に優しい事である、そして、
「そう言う訳だから、取り合えず気に病む必要は無いですよ」
ユスティーナが優しい笑みを浮かべ、マルヘリートもうんうんと隣で頷く、
「そうですぞ、それに昨日はエレイン会長のお陰で盛り上がりました、奥様達もまたお会いしたいと人気だったです」
レアンも慰める為か元気づける為か口を挟まずにいられないらしい、
「・・・その・・・はい、ありがとうございます」
礼を言うべきか謝罪するべきかエレインは悩みながら礼を口にした、あれやこれやと悩んでいるうちにすっかり二日酔いは抜けている、ソフィア曰く動いている内にいつの間にやら治っているものだとはその通りなのかもしれない、
「ですが・・・その、御厚意に甘えるのも・・・その・・・」
しかしエレインは何とも煮え切らない、数年前の一件でも初めのうちは父も母もそう言って庇ってくれていたのである、しかし侯爵が喧伝し、相手方が大袈裟に吹聴した事もあり、問題は大変にややこしくなってしまった、地方の子爵程度ではどうする事も出来なくなり、結局エレインは腫れ物扱いされるようになってしまった、そしていつの間にやらこちらに送られる算段がついていた、時間の経過によって治まる事もあればジクジクと燃え広がる事もある、故にエレインはどうしても当時の事を思い出してしまい心細く震えるしかなかったのである、
「厚意なんて・・・もう・・・」
ユスティーナはこれは確かに重症だなと口元を歪めた、テラもまったくと顔を顰めている、給与の事務処理を終えカチャーに再確認を頼んだ上でエレインを呼びに来たのであるが、どうやらエレインはとても従業員の前に出られる状態ではないらしい、新店舗の説明もある為今日の打合せは重要である、下打合せをしておこうと思ったのであるが難しそうであった、
「・・・すいません・・・」
さらに縮こまってしまうエレインであった、これは困ったとユスティーナとマルヘリートは顔を見合わせ、レアンも心配そうに見つめている、そこへ、
「出来たー」
ミナが厨房から飛び出した、
「なんじゃ」
とレアンがいつもの調子で返してしまう、ハッと気付いてまずいかなと振り向くが咎める者は無い、エレイン以外は苦笑いであったがどこか安堵しているようにも見える、
「ムフフー、えっとね、えっとね、蜂蜜レモンなんだってー」
ミナは見事に空気を読まずにはしゃいでいる、ピョンピョン飛び跳ね実に嬉しそうであった、
「蜂蜜レモン?」
レアンがサッと振り返った、何とも魅力的な名前である、レモンとは昨日のあれだなと瞬時に理解し、そしてより魅力的な蜂蜜の名にどうしても心惹かれてしまう、
「そうなの、タロウがね、美味しくしたの、レモンだけだとすっぱくて苦いのー」
「へー・・・そうなんだ・・・」
とすっかり逃げる事も出来なくなって食堂の隅に座っていたユーリがマントルピースの上に並んだ三つのレモンを見上げた、昨日ミナが手にして大騒ぎしていたそれである、夕食前生徒達に自慢して回り生徒達は生徒達でその香りを皆で楽しんでいる、ジャネットがナイフを持ち出し切ろうとするのをミナがさらに大騒ぎして止めていた、曰くタロウがいないと駄目だとか、みんなで楽しむとか叫んでいたようである、ケイスがナイフを持って暴れるなと一喝し確かにそうだと皆がジャネットを非難してその場は治まっていた筈である、
「そうなの、えっとね、えっとね、すっぱくて、皮は苦いのー、美味しくないんだけどー、ソフィアとレインは美味しいっていってたー」
「どっちよ?」
「どっちもー」
「適当じゃなー」
「そうなのー」
とミナがキャッキャッとはしゃいでる所に、
「はいはい、これよー」
とソフィアが盆を手にして食堂に入ってきた、
「これー」
ミナがソフィアに抱き着く、
「こら、もう、危ないでしょ、さっ、皆さん試してみて下さい」
ニコリと微笑むソフィアである、そういう雰囲気でも無かろうにとユスティーナとマルヘリートは思わず首を傾げる、しかしミナが盆に乗った一皿とスプーンを手にしてエレインに駆け寄ると、
「エレイン様、美味しいから食べてー」
とエレインの顔を覗き込む、エッと固まるエレインに、
「タローがね、元気が出るって言ってたー、あとあと、フツカヨイにもいいかもってー、それとー、やっぱり元気になるってー、だから食べてー、食べなきゃダメー」
小皿とスプーンを構えて笑顔を向けるミナに、エレインは小さくウーと唸ってしまう、どうやらミナは心配してくれているらしい、笑顔の中の双眸は何とも真剣で、その無垢な瞳を見下ろしエレインは込み上げるものを感じる、
「そうねー、はいっ、皆さんも、出来れば一晩漬けておいた方がいいらしいんですけどね、ほら、レインの作った甘酢漬けに近い感じかな?」
ソフィアも小皿を配り始める、小皿には涼やかな黄色の果肉に白い皮、外皮は見た通りの鮮やかな黄色である、大変に魅力的に見えるそれが蜂蜜に塗れていた、ユーリはへー、こういう断面なんだと目を見張り、ユスティーナらも確かにレモンは昨日頂いたが輪切りにしたのは初めて見るかもとじっくりと小皿を見つめる、
「・・・でも、あれね、香りはなんか減った?」
鼻を近づけ首を傾げるユーリである、昨日はその香りの良さに度肝を抜かれたものである、
「そうねー、しっかり洗ったってのもあるかもね、ほら漬物みたいなものだから、香りが飛んじゃったかも」
「そういうもの?」
「よくわかんないわよ、私だって昨日初めて見て、さっき初めて扱ったんだから」
「それもそっか」
「そういう事」
ユーリは納得したのか添えられたスプーンを手にし薄い輪切りをそのまま口に放り込む、
「んーーー」
途端悲鳴のような呻き声を上げるユーリである、顔を上げた瞬間に厨房から顔だけ出してニヤついているタロウとレインの顔が視界に入る、どうやら反応を確かめたかったらしい、まだしっかりとつけ込まれていないそれはレモンに蜂蜜をかけただけの代物でしかない、つまりレモンそのものに慣れていない者にとっては刺々しいと言える酸味と皮に含まれる苦味が直接感じられ、蜂蜜の甘さで何とかそれが緩和されている程度の品である、ユーリの反応に満足したのかタロウはヒョイと厨房に消え、レインもニヤリと微笑みサッと消えた、あのヤローと内心で叫ぶユーリである、
「どお?どお?」
ミナが嬉しそうに飛び跳ね、全員の視線がユーリに集まる、ユーリは何とか飲み込んだ、そして、
「ふぅ・・・確かに美味しい・・・けど・・・」
とゆっくりと言葉を選ぶ、
「あれね、この輪切り全部を一気に口にいれるのはちょっと辛いかな・・・」
「でしょうねー」
ソフィアがニヤリと微笑む、
「なっ、先に言いなさいよ」
「あら、言ってなかった?」
「聞いてないわよ」
「じゃ、そういう事で、最初はそうですね、少し舐めてみて下さい、この酸味は癖になるかもですよー」
ソフィアは意地の悪い笑みを浮かべる、ユーリはまったくこの夫婦はとソフィアを睨みつけ手元のミルクを口にする、そして、あっと何かに気付いたようで、
「これ・・・ミルクに混ぜたら美味しいかも・・・」
と呟いた、
「そうねー、タロウさんもね、温かいミルクに混ぜたら旨いぞーって言ってたわね」
「そうなのー、言ってたー」
「ねー」
と楽しそうに微笑むソフィアとミナである、
「しっかり漬かったらお湯で溶いても美味しいらしいですね、まぁ、取り合えず試してみて下さい」
ニコリとソフィアが微笑み、うーんと悩みつつユスティーナらもスプーンを手にする、エレインの問題も片付いていないのにと思うも、目の前の小皿の放つ魅力には抗えない、ソフィアの言う通りスプーンの先に蜂蜜を撫で付け口に運んだ、
「まぁ・・・」
「爽やかな・・・感じ?」
「はい、昨日のソーダ水のあれも良かったですが・・・」
「そうね、蜂蜜の甘みとよく合うわね」
と最初の一嘗めは好評のようである、
「ですよねー、じゃ、是非レモンも、驚きますよー」
再び意地の悪い笑みを浮かべるソフィアである、これは試されているのかなとレアンはソフィアを見上げ、ここはのってやるのも一興かとレモンの輪切りを口に放り込む、
「んーーーー」
見事にユーリと同じ反応であった、実にすっぱく、苦味が強い、しかし悪くない、蜂蜜の甘みも感じられ、口中にはその三つの味覚が渦を巻いている、
「ホントだ・・・すっぱい・・・」
マルヘリートも目を剥き、ユスティーナも口を押えて眉を顰める、ライニールに至っては涙目になっていた、テラも目を白黒させつつ何とか口元に笑顔を浮かべるが若干苦しそうであった、
「エレイン様も、エレイン様も」
その様子をぼうっと見ていたエレインにミナは笑顔でスプーンを差し出す、レモン独特の鮮烈な黄色と蜂蜜の滑らかな輝きにエレインはおずおずと口を開き、ミナはエイッとその口にスプーンを突っ込んだ、
「んーーーー」
エレインもまた声にならない悲鳴を上げる、
「どう?どう?」
ミナは満面の笑みをエレインに向け、
「元気になった?なったでしょ、ね?ね?」
とピョンピョン飛び跳ねる、エレインはその無邪気な笑みを受け、堪え切れない涙が零れ落ちた、そして、
「うん、元気になりました、とっても美味しいです」
と何とか口を開いて自然な笑みを浮かべた、
「でしょー、ほらー、元気になったー」
ミナがキャッキャッと叫びながらソフィアに抱き着いた、
「そうみたいねー、あっ、取り合えず沢山作ってますから、持って帰って下さいねー」
ソフィアはニコリと微笑む、どうやら厨房でタロウとレインが調理を続けているらしい、ライニールは昨日屋敷に運び込まれたレモンは使い切ったとタロウが笑っていた事を思い出し、どうやら自分達の分はしっかりと確保していたのだなとその抜け目のなさに感心しつつも、傍らのミルクに手を伸ばして口中を洗い流す、なるほど、ミルクと合うかもしれないと思いつつ、ユーリ同様にこの夫婦はどうにも悪戯が過ぎるよなと閉口してしまう、
「・・・しかし、これはこれで美味しいな・・・」
何とか飲み込んで口が利けるようになったレアンである、あまりの刺激に悶絶してしまったが、喉元を過ぎればまた欲しくなっているのを感じた、物足りなさそうに小皿を見つめている、
「あら、お嬢様は平気?」
「うむ・・・かもしれません、うん、悪くない・・・」
「私も・・・」
とマルヘリートも同意のようである、
「あら・・・あれね、お二人は酸味に強いのかも、ユスティーナ様はどうです?」
「そうね、確かに癖になりそう・・・なんかあれね、お茶にも合うかしら・・・」
「そうですねー、お茶に溶かしても美味しいかもですね、香りの強い紅茶には合わないかしら・・・あっ、焼き菓子とか・・・あっ、クレオの休日にも良いかもですね」
とソフィアがエレインに微笑みかける、
「そう・・・ですね・・・」
エレインはやっと小さな笑顔を見せた、ミナの心遣いとソフィアのさり気ない優しさに再び涙が込み上げる、思わず両手で顔を隠してしまった、
「むー、エレイン様、泣いてるー」
ミナが寂しそうに呟く、
「いえ、大丈夫です、泣いてなんていませんから」
エレインが毅然と顔を上げるもその顔はグズグズであった、
「ほらー、もー、ダメだなー、もっと食べるー?まだあるよー、ねー」
ミナがソフィアを見上げ、
「そうね、あっ、なら、レモンそのまま食べてもらおうかしら」
ニヤリと微笑むソフィアである、それは流石にきつそうだなとユーリとライニールは顔を顰めるが、
「・・・試してみたいのう」
「そうですね」
「私もいいかしら?」
レアンとマルヘリートとユスティーナは前向きのようで、エッと目を見張るユーリとライニールであった。
「そう言う訳だから、取り合えず気に病む必要は無いですよ」
ユスティーナが優しい笑みを浮かべ、マルヘリートもうんうんと隣で頷く、
「そうですぞ、それに昨日はエレイン会長のお陰で盛り上がりました、奥様達もまたお会いしたいと人気だったです」
レアンも慰める為か元気づける為か口を挟まずにいられないらしい、
「・・・その・・・はい、ありがとうございます」
礼を言うべきか謝罪するべきかエレインは悩みながら礼を口にした、あれやこれやと悩んでいるうちにすっかり二日酔いは抜けている、ソフィア曰く動いている内にいつの間にやら治っているものだとはその通りなのかもしれない、
「ですが・・・その、御厚意に甘えるのも・・・その・・・」
しかしエレインは何とも煮え切らない、数年前の一件でも初めのうちは父も母もそう言って庇ってくれていたのである、しかし侯爵が喧伝し、相手方が大袈裟に吹聴した事もあり、問題は大変にややこしくなってしまった、地方の子爵程度ではどうする事も出来なくなり、結局エレインは腫れ物扱いされるようになってしまった、そしていつの間にやらこちらに送られる算段がついていた、時間の経過によって治まる事もあればジクジクと燃え広がる事もある、故にエレインはどうしても当時の事を思い出してしまい心細く震えるしかなかったのである、
「厚意なんて・・・もう・・・」
ユスティーナはこれは確かに重症だなと口元を歪めた、テラもまったくと顔を顰めている、給与の事務処理を終えカチャーに再確認を頼んだ上でエレインを呼びに来たのであるが、どうやらエレインはとても従業員の前に出られる状態ではないらしい、新店舗の説明もある為今日の打合せは重要である、下打合せをしておこうと思ったのであるが難しそうであった、
「・・・すいません・・・」
さらに縮こまってしまうエレインであった、これは困ったとユスティーナとマルヘリートは顔を見合わせ、レアンも心配そうに見つめている、そこへ、
「出来たー」
ミナが厨房から飛び出した、
「なんじゃ」
とレアンがいつもの調子で返してしまう、ハッと気付いてまずいかなと振り向くが咎める者は無い、エレイン以外は苦笑いであったがどこか安堵しているようにも見える、
「ムフフー、えっとね、えっとね、蜂蜜レモンなんだってー」
ミナは見事に空気を読まずにはしゃいでいる、ピョンピョン飛び跳ね実に嬉しそうであった、
「蜂蜜レモン?」
レアンがサッと振り返った、何とも魅力的な名前である、レモンとは昨日のあれだなと瞬時に理解し、そしてより魅力的な蜂蜜の名にどうしても心惹かれてしまう、
「そうなの、タロウがね、美味しくしたの、レモンだけだとすっぱくて苦いのー」
「へー・・・そうなんだ・・・」
とすっかり逃げる事も出来なくなって食堂の隅に座っていたユーリがマントルピースの上に並んだ三つのレモンを見上げた、昨日ミナが手にして大騒ぎしていたそれである、夕食前生徒達に自慢して回り生徒達は生徒達でその香りを皆で楽しんでいる、ジャネットがナイフを持ち出し切ろうとするのをミナがさらに大騒ぎして止めていた、曰くタロウがいないと駄目だとか、みんなで楽しむとか叫んでいたようである、ケイスがナイフを持って暴れるなと一喝し確かにそうだと皆がジャネットを非難してその場は治まっていた筈である、
「そうなの、えっとね、えっとね、すっぱくて、皮は苦いのー、美味しくないんだけどー、ソフィアとレインは美味しいっていってたー」
「どっちよ?」
「どっちもー」
「適当じゃなー」
「そうなのー」
とミナがキャッキャッとはしゃいでる所に、
「はいはい、これよー」
とソフィアが盆を手にして食堂に入ってきた、
「これー」
ミナがソフィアに抱き着く、
「こら、もう、危ないでしょ、さっ、皆さん試してみて下さい」
ニコリと微笑むソフィアである、そういう雰囲気でも無かろうにとユスティーナとマルヘリートは思わず首を傾げる、しかしミナが盆に乗った一皿とスプーンを手にしてエレインに駆け寄ると、
「エレイン様、美味しいから食べてー」
とエレインの顔を覗き込む、エッと固まるエレインに、
「タローがね、元気が出るって言ってたー、あとあと、フツカヨイにもいいかもってー、それとー、やっぱり元気になるってー、だから食べてー、食べなきゃダメー」
小皿とスプーンを構えて笑顔を向けるミナに、エレインは小さくウーと唸ってしまう、どうやらミナは心配してくれているらしい、笑顔の中の双眸は何とも真剣で、その無垢な瞳を見下ろしエレインは込み上げるものを感じる、
「そうねー、はいっ、皆さんも、出来れば一晩漬けておいた方がいいらしいんですけどね、ほら、レインの作った甘酢漬けに近い感じかな?」
ソフィアも小皿を配り始める、小皿には涼やかな黄色の果肉に白い皮、外皮は見た通りの鮮やかな黄色である、大変に魅力的に見えるそれが蜂蜜に塗れていた、ユーリはへー、こういう断面なんだと目を見張り、ユスティーナらも確かにレモンは昨日頂いたが輪切りにしたのは初めて見るかもとじっくりと小皿を見つめる、
「・・・でも、あれね、香りはなんか減った?」
鼻を近づけ首を傾げるユーリである、昨日はその香りの良さに度肝を抜かれたものである、
「そうねー、しっかり洗ったってのもあるかもね、ほら漬物みたいなものだから、香りが飛んじゃったかも」
「そういうもの?」
「よくわかんないわよ、私だって昨日初めて見て、さっき初めて扱ったんだから」
「それもそっか」
「そういう事」
ユーリは納得したのか添えられたスプーンを手にし薄い輪切りをそのまま口に放り込む、
「んーーー」
途端悲鳴のような呻き声を上げるユーリである、顔を上げた瞬間に厨房から顔だけ出してニヤついているタロウとレインの顔が視界に入る、どうやら反応を確かめたかったらしい、まだしっかりとつけ込まれていないそれはレモンに蜂蜜をかけただけの代物でしかない、つまりレモンそのものに慣れていない者にとっては刺々しいと言える酸味と皮に含まれる苦味が直接感じられ、蜂蜜の甘さで何とかそれが緩和されている程度の品である、ユーリの反応に満足したのかタロウはヒョイと厨房に消え、レインもニヤリと微笑みサッと消えた、あのヤローと内心で叫ぶユーリである、
「どお?どお?」
ミナが嬉しそうに飛び跳ね、全員の視線がユーリに集まる、ユーリは何とか飲み込んだ、そして、
「ふぅ・・・確かに美味しい・・・けど・・・」
とゆっくりと言葉を選ぶ、
「あれね、この輪切り全部を一気に口にいれるのはちょっと辛いかな・・・」
「でしょうねー」
ソフィアがニヤリと微笑む、
「なっ、先に言いなさいよ」
「あら、言ってなかった?」
「聞いてないわよ」
「じゃ、そういう事で、最初はそうですね、少し舐めてみて下さい、この酸味は癖になるかもですよー」
ソフィアは意地の悪い笑みを浮かべる、ユーリはまったくこの夫婦はとソフィアを睨みつけ手元のミルクを口にする、そして、あっと何かに気付いたようで、
「これ・・・ミルクに混ぜたら美味しいかも・・・」
と呟いた、
「そうねー、タロウさんもね、温かいミルクに混ぜたら旨いぞーって言ってたわね」
「そうなのー、言ってたー」
「ねー」
と楽しそうに微笑むソフィアとミナである、
「しっかり漬かったらお湯で溶いても美味しいらしいですね、まぁ、取り合えず試してみて下さい」
ニコリとソフィアが微笑み、うーんと悩みつつユスティーナらもスプーンを手にする、エレインの問題も片付いていないのにと思うも、目の前の小皿の放つ魅力には抗えない、ソフィアの言う通りスプーンの先に蜂蜜を撫で付け口に運んだ、
「まぁ・・・」
「爽やかな・・・感じ?」
「はい、昨日のソーダ水のあれも良かったですが・・・」
「そうね、蜂蜜の甘みとよく合うわね」
と最初の一嘗めは好評のようである、
「ですよねー、じゃ、是非レモンも、驚きますよー」
再び意地の悪い笑みを浮かべるソフィアである、これは試されているのかなとレアンはソフィアを見上げ、ここはのってやるのも一興かとレモンの輪切りを口に放り込む、
「んーーーー」
見事にユーリと同じ反応であった、実にすっぱく、苦味が強い、しかし悪くない、蜂蜜の甘みも感じられ、口中にはその三つの味覚が渦を巻いている、
「ホントだ・・・すっぱい・・・」
マルヘリートも目を剥き、ユスティーナも口を押えて眉を顰める、ライニールに至っては涙目になっていた、テラも目を白黒させつつ何とか口元に笑顔を浮かべるが若干苦しそうであった、
「エレイン様も、エレイン様も」
その様子をぼうっと見ていたエレインにミナは笑顔でスプーンを差し出す、レモン独特の鮮烈な黄色と蜂蜜の滑らかな輝きにエレインはおずおずと口を開き、ミナはエイッとその口にスプーンを突っ込んだ、
「んーーーー」
エレインもまた声にならない悲鳴を上げる、
「どう?どう?」
ミナは満面の笑みをエレインに向け、
「元気になった?なったでしょ、ね?ね?」
とピョンピョン飛び跳ねる、エレインはその無邪気な笑みを受け、堪え切れない涙が零れ落ちた、そして、
「うん、元気になりました、とっても美味しいです」
と何とか口を開いて自然な笑みを浮かべた、
「でしょー、ほらー、元気になったー」
ミナがキャッキャッと叫びながらソフィアに抱き着いた、
「そうみたいねー、あっ、取り合えず沢山作ってますから、持って帰って下さいねー」
ソフィアはニコリと微笑む、どうやら厨房でタロウとレインが調理を続けているらしい、ライニールは昨日屋敷に運び込まれたレモンは使い切ったとタロウが笑っていた事を思い出し、どうやら自分達の分はしっかりと確保していたのだなとその抜け目のなさに感心しつつも、傍らのミルクに手を伸ばして口中を洗い流す、なるほど、ミルクと合うかもしれないと思いつつ、ユーリ同様にこの夫婦はどうにも悪戯が過ぎるよなと閉口してしまう、
「・・・しかし、これはこれで美味しいな・・・」
何とか飲み込んで口が利けるようになったレアンである、あまりの刺激に悶絶してしまったが、喉元を過ぎればまた欲しくなっているのを感じた、物足りなさそうに小皿を見つめている、
「あら、お嬢様は平気?」
「うむ・・・かもしれません、うん、悪くない・・・」
「私も・・・」
とマルヘリートも同意のようである、
「あら・・・あれね、お二人は酸味に強いのかも、ユスティーナ様はどうです?」
「そうね、確かに癖になりそう・・・なんかあれね、お茶にも合うかしら・・・」
「そうですねー、お茶に溶かしても美味しいかもですね、香りの強い紅茶には合わないかしら・・・あっ、焼き菓子とか・・・あっ、クレオの休日にも良いかもですね」
とソフィアがエレインに微笑みかける、
「そう・・・ですね・・・」
エレインはやっと小さな笑顔を見せた、ミナの心遣いとソフィアのさり気ない優しさに再び涙が込み上げる、思わず両手で顔を隠してしまった、
「むー、エレイン様、泣いてるー」
ミナが寂しそうに呟く、
「いえ、大丈夫です、泣いてなんていませんから」
エレインが毅然と顔を上げるもその顔はグズグズであった、
「ほらー、もー、ダメだなー、もっと食べるー?まだあるよー、ねー」
ミナがソフィアを見上げ、
「そうね、あっ、なら、レモンそのまま食べてもらおうかしら」
ニヤリと微笑むソフィアである、それは流石にきつそうだなとユーリとライニールは顔を顰めるが、
「・・・試してみたいのう」
「そうですね」
「私もいいかしら?」
レアンとマルヘリートとユスティーナは前向きのようで、エッと目を見張るユーリとライニールであった。
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