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本編

71話 晩餐会、そして その19

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その頃荒野の焼野原、そこに立つ天幕にて、

「それでは足りないであろう、兵が腹を空かせては勝てるものも勝てん」

「当然だ、だからこそ転送陣を活用すると言っている」

「ハッ、あんな扉一つで何ができる、一皿一皿持って来る気か」

「そんなめんどくさい事をするわけがないであろう」

「ならどうする」

「だからその点は心配するなと言っておろうが」

イフナースとクンラートが見事な口喧嘩であった、議題は糧食の提供に関する事で、クンラート側にはカラミッドとレイナウト、軍担当の事務官も列席しており、イフナース側は各軍団長に副官、無論事務官も控えている、そしてタロウが嫌々ながらに出席していた、

「まぁまぁ、モニケンダムの備蓄を提供する事は確定ですし、そこは充分に確保しておりますから」

カラミッドが激高し鼻息の荒いクンラートを抑えにかかる、

「それは理解している、しかし、王国軍はそれに頼る事は無いと先日から明言しておるであろう、その真意こそが問題なのだ」

「それはそうですが」

クンラートの吠えるような反論にカラミッドはもごもごと口籠るしかなかった、

「であればその通りなのだ、少しはこちらを信用しろ」

イフナースが憮然とクンラートを睨みつけ、何をと睨み返すクンラートである、

「・・・いいのか?これ?」

タロウがそっと隣に座るクロノスに問いかける、

「・・・わからん・・・」

クロノスは口を尖らせ不思議そうにしていた、エッとタロウは絶句する、

「いや・・・うん、まぁ、悪くないだろ」

クロノスはそう続けもう暫く様子を見ようかと腕を組んだ、タロウはおいおいと呆れてしまうが、ここはどうやらイフナースに任せるしかなさそうで、当のイフナースもどこか楽し気であったりする、何とも生き生きとしていた、

「だな、お手並み拝見だ」

クロノスの隣に座るメインデルトも呆気にとられながらもクロノスに同意のようである、と同時にイフナースとクンラートがこれほどに深い関係であったのかと度肝を抜かれてもいた、

「・・・そういうもんですか・・・」

タロウはこの二人がそう言うのであればと口出しを控える事とする、議題そのものは軍を動かすにあっては最も重要である糧食の確保とその輸送手段に関する事で、王国軍の糧食は当然のように各軍で備蓄しているものを輜重隊で搬送する予定である、しかし、クンラートに言わせればその量があからさまに足りないとの指摘であった、確かに約10日分は持ち込み、それ以後は別途輸送すると王国軍は説明していたが、10日分程度では兵も不安であろうとクンラートは言い出し、イフナースは転送陣を使用する事を説明したのであるが、あの程度で何ができるとクンラートが嚙みついたのである、タロウとしてはまぁ何とでもなるだろうなと考えていた、リンドやアフラ、恐らくクロノスも忙しくなるであろうが、各軍団基地の食糧庫と現場の厨房を転送陣で結んでしまえば、食糧庫と厨房を隣室にするようなものなのである、例え人一人がやっと通れるような間口しかなくても、輜重隊を編成し長い道程をえっちらおっちら運ぶよりも効率は良いであろうと簡単に考えてしまう、

「信用だと?貴様らがこちらに頼らないと確約できるのか?」

「だから、それはお互い様だろうが」

「こちらはこちらで対応する」

「当然だ」

「故にだ、こちらがどれだけの糧食を準備しているか、突発的であったが為に今ヘルデルは大忙しだぞ、モニケンダムでも同様だ」

そうだろうなとうんうんと頷いてしまう軍団長達である、軍を動かす事はそれ自体が一大事業であったりする、無論その為に輜重隊は編成されており、担当の事務官もいる、備えは万全と言いたい所であるが、こればかりはやってみなければわからない事もある、人がやる事である為不慮の事故も当然あり、机上の計算通りに進まない事を念頭に動かなければならない、挙句今は冬である、戦争をするにあたっては不慣れな時期であり、それは輸送が主任務である輜重隊もまた同じであった、

「それもまた当然、文句があれば敵に言え」

「なんだと」

両手に力を籠め立ち上がりそうになるクンラートである、対してイフナースは冷静であった、後の作戦にも関わる為その真の思惑を口にする事は出来なかったが、その作戦がある故にクンラートの指摘が的外れである事は自明なのである、しかし、

「だから言っている、伯爵にも先代公爵にも言ったであろう、転送陣を設置するからそれを活用しろと」

「あんなものに頼れるか」

「頼っているだろうが、今日だってどうやってここに来たのだ?ん?」

イフナースはニヤリと微笑み、クンラートはムッと黙り込む、

「いや、殿下、そこなのですよ」

カラミッドが恐る恐ると口を挟む、軍事会議に於いて自分が口を出す事は無いであろうとクンラートの補佐に回っているカラミッドであるが、こればかりは口を出さざるを得なかったようで、

「なんだ?」

イフナースがキッとカラミッドへ視線を向けた、昨晩は政についてじっくりと話し合った二人である、イフナースはカラミッドの政治的思考と熟慮に感心し、カラミッドもまたイフナースの前向きで真摯な態度に好感を抱いていた、

「はい、現状、あれを使える者が少ないのが問題です、私が知る限り・・・数人でありましょう、殿下はその人員に関してはそちらで用意しろと簡単に言われますが、それこそ難題・・・いちいちその・・・リンド殿に頼むのもまた難しいでしょうし、その手間をかけるのであれば用事は済んでしまいます」

確かになと頷く顔が多数である、実際に各軍団長達も転送陣を使って王都の私邸から王城を経由してこの天幕まで通っていたりする、それはそれで大変に便利なのであるが、軍団長達が知る限りでも転送陣を扱えるのはリンドとアフラ、ファースと名を変えたルーツだけで、どうやらクロノスやタロウも自由に使っている様子であるが、同格かもしくは上位にあたるクロノスや、あくまで王家の相談役であるタロウに頼む訳にもいかず、つまりは転送陣の利便性は理解しつつも自由に使えない事には不満を持っていた、

「・・・それはそうだが・・・」

イフナースも確かになと顔を顰めた、タロウからは自分でも扱える事は確約されている、しかし現時点では止められてもいた、修行が足りないと言われており、魔力の制御が上手くないうちはリンドなりアフラなりを頼り、決して自分では起動しないようにと念を押されている、タロウ曰く転送陣は大量の魔力を注ぐと壊れるらしい、それは何とかしろとイフナースは思わず口走ったが、高度な上に繊細な仕組みなのですよと一蹴されている、

「ふん・・・だそうだが、どんなもんだ?」

クロノスがタロウを斜めに睨む、ここは転送陣の生みの親の一人である所のタロウに意見を出させるのが最良であろう、

「・・・エッ、俺?」

すっかり油断していたタロウが背筋を伸ばした、今日はここ数日の疲れもあってのんびりしたいと思っていたのである、まさか会議に顔を出せとクロノスに捕まるとは思っていなかったのだ、

「そうだ、お前だ」

イフナースまでもがタロウを睨みつけた、ウヘーとタロウは心中で呻き、しかし列席者の視線が集まってもいる、クンラートは怒気を滾らせた視線を遠慮なく叩き付けており、カラミッドとレイナウトは確かにここはこいつだなと興味深々といった様子であった、

「あー・・・確かにあれは・・・人を選ぶ道具ではありますが・・・」

とタロウはゆっくりと持論を展開するのであった。



「しかし、お前、いつの間にあれと仲良くなったのだ?」

会議はひとまずお開きとなった、タロウの発言の後、メインデルトが転送陣については一旦棚上げとし、明日の準備がより重要であると話題を切り替え、これには誰もが納得し、そして何とか結論を得ている、

「なんだ、そんな変な事か?」

クロノスの訝しそうな視線をイフナースは片眉を上げて受け止める、

「変ではないがさ、あれだけやり込めるのであれば最初からお前さんを入れておけば楽ではあったな」

クロノスは昨日までのクンラートを交えた会議を思い出す、クンラートは徹頭徹尾喧嘩腰で、それは今日の会議も変わらなかったが、少なくとも昨日までのそれよりはマシであった、イフナースが前面に出て対峙した為であろう、

「かもな・・・まぁ、俺も昨日顔を合わせて良かったと思うよ、あの親父も変わらんな」

ニヤリと微笑むイフナースである、

「親父?」

「だろ?歳だけ見れば俺からすれば親父だよ、兄貴と一緒にからかったものさ」

「ケルネーレス殿下ですか」

二人の会話にメインデルトも興味があるのか口を挟む、

「あぁ、ほれ、あの頃な・・・俺と兄貴が戦場に立っていた時の事だ・・・」

イフナースは懐かしそうに語りだす、曰く、前線に出るにあたってケルネーレスもイフナースもある意味でお飾りであった、それも致し方ない事である、ケルネーレスもイフナースもまだ10代で、特にイフナースはやっと大人として認められる年齢に達したばかりの若造で、当時王国軍の総大将であったメインデルトからも最前線には立たないようにと言い含められる始末であった、しかしケルネーレスはそれを良しとせずイフナースと共に近衛騎士団を率いて勝手に戦場を駆け回った、その姿を兵達は王国の双剣と綽名して持て囃し、戦意高揚の一助になった事は確かである、そしてそれに遅れるなと奮起したのがクンラートであった、クンラートもまた自軍を王国軍の意思とは別に動かし各地で戦果を上げている、そしてこの二人とクンラートはすっかりと意気投合してしまったのであった、特に王太子であった二人にとって公爵位にあるクンラートは貴族社会でもほぼ同格と言える立場であり、面と向かって罵詈雑言を浴びせかけるのはクンラートのみであった、二人としては珍しい相手である、共に王家の温室育ちであった為かそのような扱いをする者と対峙した事は無く、またクンラートもどうやら同じような境遇であったらしく、対等以上に接する事が出来る若造二人を好意的に捉えたのであろう、優しくは無かったが気遣うようにはなった、そして、

「・・・確かに、そんな事もありましたな・・・」

メインデルトが瞑目する、ケルネーレスの戦死とイフナースの病、その二つの原因となったのがクンラートの暴走であった、当時総大将であったメインデルトは王太子二人の活躍とクンラートの勝手気ままな行動を制御する事が出来ず、であればと大局に関わらない小競り合いであれば好きにさせていたのだ、しかし、クンラートはそれを王国軍の弱腰と積極性の無さであると暴発し、クンラート麾下の全軍とヘルデル地方の出身者を中心とする王国軍の一部をもって魔族軍と正面から戦端を開いてしまった、これはいかんとメインデルトが軍を動かしたのだが手遅れとなってしまう、クンラートの軍は散り散りに敗走し、クンラートの本体もまた逃げ遅れる事態となってしまった、それを救出に駆け付けたのがケルネーレスとイフナースであった、王国軍本体と異なり、騎士団を中心とした少数精鋭であった為足の速さが段違いであり、さらには二人の勇名もあって士気が高い、二人はまずはと巻き込まれた形の王国軍の支援に走り、ここで救われたのがバーレントが所属する部隊であった、その勢いのままクンラート本体に襲い掛かる魔族軍を側面から叩き、クンラートは何とか軍をまとめて退却に成功する、しかし、援軍二人の退却が遅かった、二人共に若く戦場での経験も勿論少ない、調子に乗って深入りした為に混乱した戦場から抜け出せなくなってしまったのだ、そして、運の悪い事に精霊魔法の呪いを受けてしまう、王国軍が現場に到着し、魔族軍も退却を始めた為、からくもその場で命を落とす事は無かったが、イフナースは意識を無くして昏倒し、そしてケルネーレスは翌日の小競り合いで絶命する事となる、

「なるほど・・・聞いてはいたが・・・そういう事であったか・・・」

クロノスも言葉少なに黙り込む、当時クロノスはメインデルト麾下の近衛軍所属であったが、実家の破産が報告され戦場にいられなくなってしまい、故郷に一度戻っている、その原因を探るにこれは確かに親父が悪いと理解できたが、近衛軍はそのまま除籍となり、実家は取り潰されることとなった、それはそれで致し方ない事である、而してクロノスは自分が身を立てるのは戦場であると思い立ち、一人の従者を伴って戦場に舞い戻った、その後紆余曲折あって冒険者として潜り込む事には成功したのである、ケルネーレスの戦死はその不在であった頃の事であった、クロノスとしては例えその場に自分がいたとしても当時の自分では何もできなかったであろうと思う、そしてケルネーレスを惜しんだ当時の記憶が蘇る、戦場にあっても勇猛で、為政者としても有能であった、そして近衛とはいえ所属の異なる自分のような者にも気さくであったと思う、その戦死の報を耳にしてガクリと肩を落としたものだ、

「とまぁ・・・そういう感じでな、あれとは・・・まぁ・・・戦友だ・・・と思うよ、向こうはどう考えているかはしらん・・・それこそ酒でも飲み交わしていれば良かったんだが・・・俺も兄貴も若くてな・・・あれにしてみればガキだったんだろ・・・」

「だから親父か?」

「まぁな」

イフナースはフンと鼻で笑う、

「なるほど・・・しかし・・・そうなると、そちらの制御も殿下に任せてしまって宜しいですか」

メインデルトが顔を上げる、

「ん?なんだよ、お前さんの仕事だろ?」

「確かに、ですが・・・それこそタロウ殿の戦略では無いですが・・・後の事を考えるに・・・特に西です」

「そういう事か」

クロノスがその思惑に気付く、

「そういう事です、先日陛下とも話しましたが、あれらのやっている事はそのまま継続させるのが上策であると」

「それは俺も聞いている・・・しかし、そこまで上手くいくかな?」

「それを上手くやるのが政治というもの、ファース参謀もおります、今までのような後手に回る事さえなければ・・・と思いますが・・・少々阿漕にも感じます、しかし王国の安定の為には必要かとも思う所です・・・まぁ・・・口で語るは簡単ですからな・・・どうなるかは・・・こちら次第・・・いや、向こうの受け取り方次第・・・」

「・・・確かにな」

メインデルトの言葉にゆっくりと頷く二人であった。
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