セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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71話 晩餐会、そして その17

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翌朝である、エレインはゆっくりと覚醒し、見慣れた壁と天井を見て、ハテと疑問を持ったと同時にガンガンと痛む頭に気付く、この痛みは一体どういう事なのかと額に手を当て暫し考えた、木窓から入ってくる湿った冷たい空気と薄明り、今日も雨なのかと薄く響く雨音に顔を顰め、のろのろと寝台から足を下ろす、そして身体のだるさにも気付いた、両脚が重く身体も地面に引っ張られているようで、初めて感じる倦怠感であった、風邪でも引いたかなと傍らのテーブルに手を着いてゆっくりと立ち上がった、しかし、病苦は感じない、喉が痛い訳でも無いし、寒気も無い、これは以前のような疲れが出ただけかもなとのそのそと隣室に向かい、そのまま廊下へ向かう、不思議な事に空腹を感じ喉も乾いていた、寝台に入るのはせめて白湯を飲んでからにしようと食堂へ下りた、すると、

「あーーーー、エレイン様、ねぼすけー」

ミナの甲高い声が食堂に響く、見ればミナとレインはどうやら勉強中らしい、二人は並んで黒板に向かっており、ソフィアがその前に座している、

「・・・ミナちゃん、大声出さないで」

エレインは弱弱しく答えてこめかみをさする、

「おはよう、エレインさん、大丈夫?」

ソフィアが優しく微笑み、レインはまったくとエレインを睨んでいる、何とも呆れたような顔で、まぁそれはいつものレインだなとエレインは思いつつ、

「すいません、ソフィアさん、少し・・・その、だるくて・・・」

「あー、はいはい、でしょうねー、白湯・・・ミルクの方がいい?朝食もあるわよ」

とソフィアが腰を上げ、

「むー、エレイン様どうしたのー、病気ー?」

とミナも腰を上げた、

「そう・・・ね、なんかだるくて・・・」

エレインは近場の椅子に何とか手を伸ばしてゆっくりと腰を下ろした、暖炉の側である為大変に暖かく心地良く感じる、やはり炎の温かみは嬉しい、

「でしょうねー、でもそれ病気じゃないから平気よー」

ソフィアが何とも知った風な口を利く、エレインはそうなのかしらと顔を上げるが、どうにも頭が回らない、

「そなの?」

ミナがキョトンと首を傾げ、

「じゃなー」

とレインはソフィアに同意している、

「でしょう、ほら、エレインさん、飲んで、身体がね、乾いていると思うから」

とソフィアが水差しと湯呑をエレインの元へ持って来た、ありがとうございますとエレインは礼を口にして湯呑に口を付ける、白湯である為かまだほんのりと暖かく、口中から喉を通って胃に落ちる感覚が大変に心地良い、エレインはグイッと飲み干し、ホッと溜息を着いた、

「おいしい・・・」

思わず感想が口を突く、

「でしょうね、ちょっと待ってなさい、お粥温め直すから」

とソフィアが配膳口に一つ残ったトレーを見て厨房に向かう、エレインはそこまでしなくてもと咄嗟に判断し、

「あっ、大丈夫です、冷めてても頂きます」

慌ててその背に叫ぶ、どうやら大声を出す程度の元気は残っていたらしい、

「そっ、そうして貰えるとありがたいけど・・・」

ソフィアは振り返り、ジッとエレインの瞳を覗き込む、

「はい、気にしないで下さい」

エレインはなにかあるのかなとソフィアの視線を正面から見つめ返した、

「うん、確かに大丈夫そうね、ミナー、少しだけ優しくしてあげましょうか、トレー持ってきてー」

「わかったー」

ミナはソフィアと共に心配そうにエレインを伺っており、ピョンと飛び跳ね朝食のトレーを運んで来る、

「ありがとう、ミナちゃん」

力無く微笑むエレインに、エヘヘーと照れ笑いを返すミナである、そしてエレインはスプーンを手にしてすっかり冷めた麦粥と卵焼き、焼いた肉片ともやしを口にした、肉片は恐らくブタ肉である、先日から朝食でもブタやウシの肉が供されており、大変に好評であった、朝から元気が出るとジャネットやルルは歓喜しており、勿論文句を言う者など誰もいない、

「フー・・・頂きました・・・」

あっという間に平らげてエレインは大きく吐息を吐き出す、まだ身体が水分を欲しており自然と水差しに手が伸びた、

「ん、大丈夫そうね」

ソフィアがニヤリと微笑み、

「ダイジョブソー」

ミナもピョコンと飛び跳ねる、どうやら二人にじっくりと見られていたらしい、エレインはもうと恥ずかしそうに微笑み、遠慮なく湯呑を傾ける、

「そっか・・・あれか、エレインさん初めてかしら?」

「?、何がですか?」

「二日酔い」

「エッ・・・」

とエレインは不思議そうにソフィアを見上げ、フツカヨイーとミナがソフィアを見上げて意地悪そうに微笑んだ、

「なに?その顔は?」

「エッ・・・だって、二日酔いってあれですよね、お酒を飲んだ後の・・・」

「そうよー」

「エッ、でもだって・・・私・・・お酒?」

ゆっくりと首を傾げるエレインである、ソフィアはこれはもしかしてと苦笑いを浮かべ、

「そんなに飲んだの?覚えてないくらい?」

「覚えてない・・・」

確かに酒を飲み過ぎて精彩を欠いた人の姿は幾つか見ている、父親然り兄然りで、しかし、その様子と自分の状況が同じであるとは思えなかった、いや、確かにそうなのかもしれない、父も兄も頭が痛いだの、だるいだの言っており、やたらと水を飲んでいた記憶がある、今自身を苛む症状と同一と言えば同一で、つまりそれは、

「お酒・・・アッ!!」

とエレインは叫ぶ、

「思い出した?」

ソフィアがフフンと鼻で笑う、

「そう・・・ですね・・・はい、その・・・思い出しました・・・」

力なく項垂れるエレインであった。



「へー、でもまぁ・・・」

「うん、大丈夫よ、気にしないでも」

エレインの前に座り、ミルクを傾けるソフィアとユーリは何とものんびりとしたもので、その後ろではミナとレインが黒板に向かって勉強中である、二人の間には恐らく教科書であろう書物が開かれておりその隣りにはしっかりとミルクの入った湯呑も置かれている、どうやらその書を書き写ししている様子でミナは真剣な瞳で書と黒板を交互に見つめて手を動かし、レインがそれを監督している様子であった、

「そう・・・でしょうか・・・」

エレインは肩をすぼめて背を丸め小さくなっている、昨日の騒動を思い出し、これはどうしたものかとソフィアに相談を始めた所にユーリも白湯を求めて三階から下りて来た、そして経験豊富な二人を前にしてエレインは訥々と昨晩の惨状を口にする、少しばかり逡巡し、しかし口にしてしまえば少しは楽になるであろうかとの浅ましい気持ちもあった、

「そうよ、だって・・・ね」

「うん、多分ねー」

ソフィアとユーリが顔を見合わせる、

「しかし・・・」

エレインは上目遣いで二人を伺う、そして改めて気付いたのだが、自分が起床した時には生徒達は学園に行った後で、さらにはテラやニコリーネ、研究所も仕事を始めた頃合いであった、ミナが寝坊助とエレインを罵ったのも当然で、しかし、昨晩帰宅したエレインの状態を知ったテラはそういう事もあるであろうからと寝かしておく事を提案し、オリビアもまぁ今日はさほど忙しくないからと放って置かれたらしい、オリビアとしてもどうやら深酒で寝込んでいる人間をわざわざ起こす必要は無いと判断したのであろう、確かに今日は商会は休みである、しかし、それはそのまま給料日である事を意味し、ある意味で自分やテラは一番忙しく責任重大な日ではあった、

「まぁ・・・エレインさんの気持ちも分かるけど・・・」

ユーリがやれやれと苦笑いを浮かべる、

「でも、だって・・・そのやっと・・・ソフィアさんやユーリ先生や、みんなのお陰で・・・ここまでやってこれたんですよ・・・やっと、自分の居場所が出来たって思って・・・だって・・・それが・・・もう・・・」

エレインはジワリと込み上げる涙を感じる、事の次第を説明している間に何が問題であるか、何をそんなに恐れていたのかをエレインは自己分析してしまっていた、一番に挙げられるのは自分の居場所が無くなる事であった、侯爵を相手にかつ晩餐会という晴れの場を怒声で汚してしまったのである、主催者であるカラミッドの顔を潰した形にもなるであろう、本来であればあの場で捕らえられるのが当然で、良くてその場で追放、悪くすれば牢獄行きであったかもしれない、それは恐らくユスティーナやレアンの手前そうしなかっただけで、今この瞬間にも伯爵からの喚問があってもおかしく無い状況である、エレインはすでに故郷から放逐された身であった、それも似たような晴れの場で、まして自分が主役の一人であるにも関わらず、相手となる男性を罵倒してしまったのだ、放逐されるのも無理は無い、そしてそれはエレインの人生に大きな影を落している、知らぬ街に一人のメイドを監視役にして放り出され、一人寂しく何とか生きて来た、今でこそ良い仲間達に囲まれているが、その現状が真に得難いものである事をエレインは心の底から理解している、その得難いものを全て無にする程の騒動を再び起こしてしまったのだ、そして二番目としてあるのが、ソフィアやユーリ、パトリシア、そしてユスティーナ、他にもテラや仲間達もそうであるが、その全ての自分に優しかった人々を裏切ってしまった事である、咄嗟にイフナースを守る為と身体が動いてしまったが、何も公爵に向けて説教をする必要は無かった筈で、ただ間に入ってニコリと微笑むだけで何とか場は治まったかもしれない、ほんの少しの時間を置けばユスティーナか、恐らくカラミッドやレイナウトも助けに入ってくれた筈で、冷静に考えれば考える程に勇み足に過ぎたとエレインは後悔する、そして特にユスティーナに対してはどんな顔をして会えばよいかが分からなかった、伯爵が主催の晩餐会を、あれだけ楽しそうな雰囲気であった場を壊してしまったのである、カラミッドは勿論ユスティーナも努力していたはずで、タロウも忙しく動いていたことを知っている、自分を取り巻くあらゆる人物に不義理を働いたとエレインは一晩経って冷静に受け止め、その後悔の念を強くしていた、

「あー・・・そっちか・・・」

ソフィアがムゥと口をへの字に曲げた、エレインの境遇は聞いている、とある事件が原因で遠いこの地に放逐され、無為の時を過して来たのだ、確かにか弱い女性が一人、実家から放逐されるのは心細く不安であったろう、それと同じことがまた起きるであろうとエレインは考えているらしい、

「・・・確かにねー、エレインさんだとそうなるのか・・・」

ユーリもやっとエレインの危惧に感付いた、エレインは何度かこの地に居られないだろうとする文言を使っていた、ソフィアもユーリもそれは言い過ぎであろうなと軽く考えていたのであるが、それはどうやらこの二人の雑草精神、平民意識から来るもので、二人はその点実に逞しい、命があり五体満足であればどこで何をやってもまぁ何とか生きられるだけの技術と根性を持っている、その卓越した魔力と戦闘能力には誰も太刀打ちできやしないのだからそれも当然なのであるが、しかしエレインは貴族であり、か弱い一人の女性である、これが男性であればクロノスのように実家が破産したとしても、なら冒険者だとその身を活かす方法もあろうが、エレインには難しいだろう、

「・・・ですから・・・それに・・・ユスティーナ様やレアン様にも迷惑をかけてしまって・・・こんな失礼な事は無いです、あのような場で公爵様に面と向かって・・・なんてことをしてしまったのか・・・」

エレインの頬にしずくが零れ伝う、アチャーと二人は目を細め、レインも顔を上げた、しっかりと三人の会話は耳にしており、貴族とやらも大変なのだなと見事な他人事ではあったが、

「でも・・・」

「うん、話しを聞く限りだと・・・だって・・・」

「うん、殿下をお守りした形なんでしょ?」

「・・・そうなんですけど・・・それは必要無くて・・・だって・・・公爵様と殿下はどうやら顔見知りのようで・・・」

「あー・・・そうなんだ・・・」

「・・・そっか、あの人達って同じ戦場に居た筈よね」

「そうなの?」

「じゃなかった?私らがほら招集される前?されるかされないかの時かな?そう聞いたけど・・・」

「覚えてないなー」

「そう?」

「だって・・・あの頃はほら、それどころじゃなかったし?」

「そうだけどね・・・あー・・・じゃ、あれだ、殿下が悪いって事にしておけば?」

ユーリがあっけらかんと言い放つ、

「そんな、そんな事をしたら、この街どころか王国を追放されます・・・よ・・・」

「そうかしら?」

「それこそ平気よ、パトリシア様か王妃様に告げ口すれば」

「あっ、それは大丈夫よ」

「なんで?」

「ほら、アフラさんはもう知ってるんじゃない?」

「エッ・・・」

とエレインは絶句してしまう、そして何とかその記憶を掘り起こす、すると確かにアフラの顔が断片的に思い出された、

「そっか、アフラさんに担がれてきたんだっけ?」

「そうよー」

「エッ・・・」

と再びエレインは絶句する、どうやらアフラにまで迷惑をかけていたらしい、確かにその肩を借りた情景が脳裏に浮かび、また、困ったように微笑むアフラの顔も思い出される、

「だったら・・・パトリシア様には筒抜けってことね」

「そうなるわよ、だから・・・まぁ、ほら、大丈夫よ、この街にいられないってなっても北ヘルデルがあるしね」

「そうよねー、王都でもいいんじゃない?」

ユーリとソフィアは何とも気楽なものである、

「そんな・・・そしたら・・・それこそ・・・王国から出なければ・・・」

「だから、そんな事にはならないでしょ」

「そうよ、殿下を守る為に身体が動いてしまったって嘯いちゃえばいいのよ、その必要も無いか、本当なんだろうしね」

「あっ、それカッコいいね」

「でしょー」

「そんな・・・だって・・・」

エレインはさらに小さくなり俯いてしまった、

「もう・・・そうね、ほら、その時の状況をね、エレインさん以外の人がどう見たかって事が大事なのよ、こういう時は」

「そうね、殿下と領主様と先代様はいたんでしょ?」

「はい」

「他にはユスティーナ様とかお嬢様も?」

「はい、いらっしゃったと思います」

「他には?」

「えっと・・・たぶん、学園長と、事務長先生・・・他には貴族の方がいらっしゃったかな・・・と・・・」

「あら、タロウはいなかった?」

「たぶん・・・」

「ありゃ・・・あれも肝心な所を外す男だわ」

「まったくね・・・となるとユスティーナ様に話してみて、そこから学園長とかに聞いてみるしかないわね」

ソフィアが溜息交じりに呟く、エレインからの相談だけではどうにも埒が明かなかった、しかし、もしお咎めがあったとしても守りようは幾らでもある、何よりそれだけユスティーナ及び伯爵家には貸しがある筈で、カラミッド自身もエレインの才能は認める所であろう、無論だからといって開き直ってはいけないのだろうが、情状酌量の余地は充分にあった、

「・・・そうねー・・・あっ・・・いや、学園長いたの?」

ユーリが首を傾げる、

「はい、事務長も」

「そっか・・・もしかしたらそっちのが問題かも・・・エレインさんにしてみれば・・・」

ユーリが大変に不穏な事を言い出し、他にも何かあるのかとさらに背筋を寒くするエレインであった。
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