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71話 晩餐会、そして その11

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それから暫く人徳談義に花が咲く、ローデヴェイクは心の底から楽しんでいる様子で、学園長もそこは負けじと食いついた、しかしやはり論戦となると司法を司るローデヴェイクに一歩及ばず、意外な事に事務長はその論を上手い事自分の領域に引き込んで議論の方向を変えていく、ローデヴェイクはさらに楽しそうに事務長のその戦法に乗り、しかし、こちらも負けじと自説に引き込んだ、このやり取りに学園長はムムッと悔しそうに顔を顰めるが、それもまた楽しそうであった、その間、イフナースは三人からちょくちょくと意見を促され、なるほどと一旦は受け取られるのであるが、となるとと論を上乗せされてしまう、これでは際限が無いとイフナースはどう逃げ出そうかと画策するが、その逃げ腰に気付かぬ三人では無く、見事なまでに手のひらの上で転がされてしまった、まったく今日は厄日である、イフナースがいよいよこれはどうしようもないと辟易した所で、

「皆様、お待たせ致しました、会場の準備が整いましたので、そちらへ御移り頂くようお願い致します」

リシャルトが直々に前室内にその声を響かせる、振り向けばその隣りにはカラミッドが立っており、さらにはユスティーナの姿もあった、

「ふう・・・やっとか・・・」

イフナースは安堵と共にその本心が口を突く、

「ホッホッ、まだまだですなイース様」

ローデヴェイクが楽しそうに微笑み、

「いや、司法長官に論で勝る事など難しいですぞ」

学園長がどうやら負けを認めたらしい、

「いやいや、今回は私が出した議題ですからな、その点が公平では無かった」

「これは嬉しい事を仰る・・・いや、もし良ければですな・・・」

と学園長は唐突に学園で講演をしてみないかとローデヴェイクに提案する、

「講義ですかな?」

「いや、あくまで講演、講義となるとそれはそれでこちらとしては嬉しいですが、多忙でしょうし・・・もしですな、その時間が許せばですが、研究室を持って・・・そうですね、その道に興味のある生徒達を鍛えて欲しいのですな」

「また・・・それは魅力的な提案ですな」

ローデヴェイクは実に嬉しそうに微笑む、事務長はまったくと学園長を横目で睨んだ、

「うむ、特に我が学園は貴族籍の生徒も、また、従者や役人を志望する者も多いです、そのような者には司法長官の論理哲学はその助けになりましょうし、何より論戦を身近にする事が大事かと思います、儂はどうしても学者肌でしてな、先程の論戦もついていくだけで手一杯」

「それは謙虚に過ぎますぞ」

「いや、我が事でありますからな、分かります、その上で、現場の役人にはその能力こそが必要になりましょう、さらに言えば法に関する何らかの講義も必要と思っておりましてな、モニケンダムはどうしても田舎です、法を学ぶとなるとやはり王都に向かわねばなりません、ですが・・・思うに地方にこそ、法の力・・・ではないですな、法そのものの基礎概念が必要かと思うのです、現状それが足りないと常々考えておりました」

また随分と話しが大きくなったなとイフナースは目を細めた、学園の内情やその講義の内容等は預かり知らぬ事であり、まったく興味も無かったが、なるほど、クロノスがかつての縁故もあって学園長に推したというこの男は、噂を聞くに学者肌で研究熱心である事は確かなようで、さらにどうやら教育者としても優れているらしい、

「そう・・・考えておられるか・・・」

ローデヴェイクがこれは本気らしいなと学園長を静かに見つめる、王都に於いてその名を噂で聞く事はあったが、学術系統が違う為今日の今日まで二人に縁は無かった、さらに学園長は地方を回る事で見分を広げ、ローデヴェイクは王都にあって法とそれにまつわる人を相手に研鑽を積んでいる、違う分野という事もあり、求めるものに対する接し方も異なるのであった、そこへ、

「失礼します」

とエレインがおずおずと申し訳なさそうに四人に声を掛けた、何やら難しそうな話しをしており、その内の一人とはまるで面識が無い、話しを遮ってしまっては申し訳ないなとその表情に表れている、

「おう、エレイン嬢、丁度良かった」

イフナースが嬉しそうにエレインを迎えた、そして、ローデヴェイクと引き合わせる、すると、

「ほう、ほうほう、聞いておりますぞ、確か、ガラス鏡のあの店ですな」

とローデヴェイクはその顔をクシャリと和らげ、傍の席を引く、エレインは小さく一礼して腰を落ち着けた、

「御存知か?」

「無論です・・・私もじっくりと伺いたいとは思っておりますが、まぁ老人の一人暮らし、家族も連れてきておりませんからな、確か、その壁画がまた秀逸とか」

「はい、自慢の壁画になります」

エレインが嬉しそうに微笑む、

「でしょうでしょう、部下の一人がやっと行けたと自慢しておりましてな、そうだ、チーズケーキですか、それもまた素晴らしいと、ガラス鏡を買いに行ったのではないかと聞きましたらな、それは勿論で、さらにとガラスペンを自慢しだしましてな、木軸のものでしたが、あれは素晴らしいですな、他にも自宅の机を別の品で飾っているとか」

ローデヴェイクは論戦の影響もあってか大変に口が回っている、エレインはなるほどどうやらガラス鏡店の評判は上々のようだと安堵した、先程テーブルを一緒にした奥様達のうち半数からもまた行きたいのよと嬉しい言葉を掛けられ、それはユスティーナを前にしての事であろうかとエレインは話し半分に聞いていた、残りの奥様達はまだ行けていないか、そもそも遠方である為その噂すら耳にしていない様子で、大変に羨ましがられてしまっている、エレインはそう言えば店の評判を直接聞くのは初めてかしらと思う、テラからはその評判こそが商売で最も気を付けねばならないことだと厳重に言われており、であれば今のところガラス鏡店は正に上々であると判断してよさそうだなと確信した、

「・・・しかし、イース様、一体全体どういう縁でこのような美しい上に聡明な女性とお知り合いに?」

「いらん事を聞くな、話せば長いのだ」

「左様で、いや、エレイン嬢、これでも昔はイース様に教鞭を取った身でな、この悪戯小僧が何かしでかしたならすぐに言いなさい、幾らでもやり返す昔話がありますぞ」

エレインの前もあってかローデヴェイクは調子に乗ってガッハッハと笑い、

「待て、ガキの頃の事は忘れろ」

「忘れろですと?・・・それはあれですか、勉強をしたくないと王妃様のスカートの中に隠れたとか、あぁ、兄上と共に井戸に落ちたこともありましたな、他にも・・・あぁ、蛙を・・・」

「待て、思い出すな、命令だ」

「命令?これは異な事を・・・儂に命令できるのは陛下のみですぞ」

「わかった、そういう事ではない」

イフナースがキッとローデヴェイクを睨みつけ、ローデヴェイクはしかし何とも嬉しそうに微笑む、学園長と事務長はそういう事もあるであろうなと優しい視線になってしまい、エレインもまた恥ずかしそうに微笑んでいる、

「まったく、なんだ俺達は最後なのか?」

イフナースは話題を変えようと前室内を見渡した、無論誤魔化すつもりの大袈裟な素振りと声であった、来客達は一組ずつ従者かメイドの案内に従って退室しているようで、その数を半分程度に減らしている、

「そのようですな、まぁ、ゆっくり致しましょう」

事務長が悠揚に微笑む、

「ですな、しかし、このような晩餐会は良いですな、普段とまるで違う」

「確かに、なるほど、前室ですか・・・良い工夫ですな、この丸テーブルも良い、これほど話しやすいとは思いませなんだ、御婦人方が好むのも理解できます」

「エレインさん、これはあれかタロウ殿の発案なのか?」

「あ・・・どうでしょう、私も少しばかりの知恵を提供しておりますが、その内容までは把握しておりません、先程ユスティーナ様に伺いましたところ、タロウさんの提案を御領主様と先代様が直されたとか」

「なるほど・・・なるほど・・・」

「まぁ、客としては悪くは無かろうな、なにより、互いに知己を得る事が出来るのが素晴らしい、本来であれば主催者が間に入らなければならないが、この設えであれば知人が知人を紹介できる、実に良い」

「確かに、慣例に則ればそこが難しい所」

「そのようですな」

と五人が感心している内にも前室内は人数を減らしていく、しかし、主賓であるクンラートは未だ応接席にあって何やら話し込んでいる様子で、どうやらそれを遮る事が出来ない状況のようであった、カラミッドが時折そちらを気にしており、リシャルトもさてどうするかとその会話の流れを探っている様子である、本来の晩餐会であれば主賓と主催が最後に会場に入るのが当たり前でもある為、それはそれで良いのであるが、しかし、やはり段取りというものもある、カラミッドらは若干焦っているようにも見えた、

「そうだ、エレイン嬢、今日の料理に関しては聞いているか?」

イフナースがもう少し待つようだなとエレインに話題を振った、

「えっ、あっ、はい、ウシとブタの料理とは聞いております、それとモヤシも大量に提供しておりますので、そちらもあるかと」

「ほう、それは嬉しい」

学園長は歓喜の声を上げ、事務長もそれはそれはと微笑む、

「なんですかな?それは?」

ローデヴェイクが聞き慣れない単語だと問い質す、名前だけ聞くとそれが一体どのような食材なのかまるで想像できない、

「おう、異国の家畜でな、学園で飼育の検証をしている、それとモヤシは新しい野菜・・・否・・・いや、詳細は語れないのだが、まぁ、野菜の一種だな、味は無いが美味いぞ」

イフナースがモヤシの製法に関しては秘匿するべきとのタロウの言葉を思い出し、その言葉を濁しながら答える、ローデベイクは一瞬何かあるなとその瞳を光らせるが、すぐに、

「ほう・・・検証ですか・・・」

と家畜の方を話題にした、

「そうなのです、飼育方法ですとか餌ですとか、こちらで飼育をするに出来るだけその技術を高めようと画策しておりましてな、ある程度確立できましたら農家へと広めようと、先程ネイホフ男爵とも話しまして、そうだ、もし御興味があれば明日にでも見に来ていただければと思いますぞ」

学園長が喜々として答える、

「それは興味深いが・・・」

とそこへ、

「失礼します」

とメイドが音も無く近寄りゆっくりと頭を垂れ、

「カロス司法長官様、ご案内いたします」

と名指しした、ローデヴェイクはウムと一声置いて腰を上げる、

「では、申し訳ない、先に」

ローデヴェイクは一礼するとメイドに従い、そしてすぐに、

「エレイン様」

と別のメイドがソッと近寄る、しかし、先程のメイドと違ってどこか嬉しそうである、昨日ユスティーナについて寮に来たメイドであり、さらには北ヘルデルまでもお供している、そしてどうやらうっすらとメイド風とした化粧を施していた、エレインはニコリと微笑むと席を立ち、イフナースもやっとかと腰を上げる、

「では、先に」

エレインの一礼に笑顔で送る学園長と事務長である、そしてイフナースとエレインがメイドに従い、退室しようとした瞬間、

「貴様、何者だ!!」

室内を怒号が震わせた、エレインはビクリとその足を止め、残った一同が声の主へと振り返る、誰でもないクンラートその人がその声の主であり、そしてその顔は怒りか驚きか、表現するに難しい程に歪んでいた、その厳しい双眸がまっすぐに向かう先はイフナースである、これはまずいかとレイナウトが腰を上げ、カラミッドもまた一歩足を踏み出した、ユスティーナとマルヘリートは萎縮して固まってしまい、レアンは不思議そうにクンラートを見つめている、

「まったく」

しかしイフナースは鼻息を大きく吐き出すと、

「私の事でしょうか、公爵閣下」

その声を透き通る上品なものにし、ゆっくりと優雅なお辞儀を見せるのであった。
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