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本編
71話 晩餐会、そして その8
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そうして続々と来客が集まってくる、リシャルトは丁寧に対応し、前室に通す度に若い従者にその名を高らかに通知させた、これもまたタロウの案である、タロウとしてはそのようなシーンを映画で見たかなと思って確認程度に口にしたのであるが、どうやらこれも目新しい事であったようで、タロウはそういうものなんだなぁと特に感心がなかったのであるが、レイナウトがそれは良いかもなと言い出し、カラミッドも便利かもしれんと採用される事となった、そしてそれはその思惑通りに作用している、名前が伝えられる都度、カラミッドは席を立ち迎え入れる事が容易となり、相手も判明している為対応も気楽なものであった、また、他の客達も顔見知りとなればその歓談の輪に迎え入れる事が出来、顔の広い者は引く手数多な状況に困り顔になりつつ笑顔を浮かべる、さらに困った事には主催者が迎える前に仲の良い奥様が迎えてしまう有様で、その著しく礼を失する行為に、その同伴者が止めに入る場面もあった、あの奥様なら仕方が無いと皆微笑んで見守っていたが、その同伴者は大慌てでカラミッドに頭を下げている、カラミッドはしかし楽しそうに許していた、そして、現時点ではまだ顔見知りが多かった為もあって前室は楽し気な雰囲気に包まれている、
「ほう、これは面白いかもな」
レイナウトがフラリと顔を出し和気藹々としたその雰囲気にこれはと目を細めた、前室の仕事はカラミッドのものだからと二人は厨房で別れており、レイナウトは興味本位でタロウや料理長の作業を覗き込んでいたのだ、タロウにしろ料理長にしろ大変に邪魔くさかったがそれを口にする事は出来ず、またそれに気付いてやんわりと注意できる者もいない、タロウはなるほどこういう時に従者の方が居ればまた違うのだろうな等と思い知ってしまう、従者とは言わば秘書のような仕事であり、と同時に貴族の暴走を止める役も担っている、どうしても貴族と平民とは意識が異なるもので、従者とはその間に立って調整する事もまたその大事な仕事なのであろう、レイナウトは隠居した事を理由に従者を連れていないが、そうなると番頭さんとして扱った方がこの人は良いのかもしれないなとタロウは思う、料理人やメイド達の手前そうする事は無かったが、
「ふふ、どうされました?」
レイナウトに気付いたマルヘリートが静かに歩み寄った、
「おう、ん?また、これは、めかしこんだな・・・」
レイナウトは孫娘の優美な姿に細めた目をさらに細める、
「フフッ、ありがとうございます」
マルヘリートは華やかに微笑んだ、まさに公爵令嬢たる上品な笑みである、マルヘリートは昨日パトリシアから頂いたという上質な訪問着を着用しており、さらに薄い化粧とこれまた上品かつ華やかに髪を結い上げている、見ればユスティーナもレアンもまた今日は一段グッと美しくなっているようで、二人は共に丸テーブルを囲って淑女達の中心となっており、明るい笑い声が響いていた、
「うん・・・いや、昨晩はどうしたものかとおもったが・・・やれやれじゃ」
レイナウトは溜息を吐き出しながら優しく微笑んだ、昨日の夕食時、同じテーブルを囲んだカラミッド一家とレイナウトとマルヘリートである、そこでユスティーナから実はと切り出されたのがパトリシアや王妃、王女であるウルジュラとの邂逅であった、これにはカラミッドとレイナウトは唖然とし言葉を無くしてしまう、そして同時に考えたのが女性達を使った切り崩しかもしれぬとの懸念であった、それはすぐにレイナウトの口から飛び出してしまったのであるが、ユスティーナは冷ややかにこう答えた、
「服の一着二着、遊興程度で取り込まれるような愚かな女は王国貴族として相応しくない、パトリシア様はそう断言しておりました」
何とも解釈が難しい言葉であった、謀略に長けるレイナウトとしてはその言葉をそのまま受け取る事なぞ出来ず、カラミッドもまた何らかの裏がありそうだと思考を巡らせる、ユスティーナはそれから本日の王都での会合に出席する旨を口にし、これにはカラミッドが明確に反対した、しかし、ユスティーナは頑として譲らず、さらにはマルヘリートも出席するとの事で、レイナウトも貴様程度で何ができると条件反射でマルヘリートを叱りつけてしまった、しかしマルヘリートも気丈である、ユスティーナに負けず劣らずの気勢でもってレイナウトに反論し、レイナウトはそこまで言うのであればと認めざるを得なかった、最後にユスティーナはレアンを晩餐会へ出席させる事を提案し、これには誰でもないレアンが目を丸くして驚いていた、カラミッドはまだ早かろうと難色を示したが、ユスティーナは貴族であれば例え子供であろうとも負うべき責務が発生し、まして若年の内から他の貴族との関係を構築する事こそが当人並びに当家の為であるとカラミッドを説得する有様で、カラミッドとレイナウトは一体王妃達から何を吹き込まれたのかと呆然としてしまった、後にライニールに確認した所、確かに件の寮で王族一家と美容を中心にして交流し、さらに件の転送陣を用いて北ヘルデルに赴いたらしい、そこでパトリシアから最新の正装やら訪問着やらを数着頂く事となり、さらにはウルジュラ王女とレアンとマルヘリートはすっかり楽しく遊ぶ仲になってしまったとか、カラミッドとレイナウトは見事に取り込まれているではないかと憤慨し、リシャルトもお前がいて何をやっているかとライニールを叱責するありさまで、しかし当のライニールは、自分が見ている間に関しては特に互いの軋轢を広げるような事は無く、また、王家に取り込むような言動も無かった事、さらには婦人会と呼ばれるその会合は急な話しではあるが平民の避難を画策した見事な案である事を三人に伝えた、年若くも将来有望なライニールである、ライニールもまたどこか一皮向けたような言葉使いと態度であり、三人はまったくどういう事なのかと軽く目を回してしまった、而して、今朝には少々喧嘩腰で再度議論が成され、ユスティーナとマルヘリートはライニールを供として王都に向かい、晩餐会に出席できるとなったレアンは見事に機嫌を直して晩餐会の準備に入った、カラミッドはその様子に現金なものだと苦笑せざるを得なかった、なにせ先日までのレアンはまるで興味を示さずどこまでも他人事であったのである、それが出席できるとなったらこれであった、まだまだ子供だなとも思うが、大人であっても似たような態度になるであろうなとも思ったのである、
「そうだ、先程、湖そばの子爵様とお話し致しました、夏場には是非足を運んで欲しいとお誘い頂いております」
「ほう、誰じゃ」
マルヘリートが振り向いた先にはレイナウトとも知己である子爵が他の貴族と話し込んでいる様子で、
「おう、あやつか、どれ、では儂も知った顔には挨拶の一つもせねばな」
レイナウトがニヤリとほくそ笑む、
「あら、それはよしておくと言っておりませんでしたか?」
マルヘリートが意地悪そうに微笑む、
「そうだったか?いや、これほど話しやすい場所も無かろう、邪魔をするのは申し訳ないが、ほれ、カラミッドの邪魔にならなければそれで良い」
勝手な理屈を捏ねてレイナウトはズカズカと歩き出し、
「もう」
とその背を追いかけるマルヘリートである、やがてレイナウトを迎えたその一団からまさか先代までいらっしゃっていたとはと歓声が上がる、そうこうしているうちに招待客の半分程度が出揃ってきた、名前を読み上げる感覚が短くなり、カラミッドは腰を落ち着ける暇が無くなった、そして学園関係者が顔を出す、学園長、事務長、イグレシア学部長の三人である、
「おう、よく来てくれた、忙しい所すまんな」
カラミッドが上機嫌に三人を迎え、学園長と事務長は笑顔で頭を垂れる、イグレシアはしかし石仮面のような無表情であった、イグレシアとしては晩餐会に呼ばれる事は多々ありその場合は個人で呼ばれる事が常であった、その場合は妻と共に出席するのが当然で、こうして学園関係者として呼ばれることは無かったのである、一体今回はどういう思惑でそうなったのかと訝しく感じており、また、晩餐会への出席を伝える使者も自宅には訪れておらず、まさか直接その理由を問い質す訳にもいかない為、大変に心をざわつかせていた、しかしその思いを表情に出すわけにはいかず、結果、仏頂面を下げての訪問とあいなっている、
「まずはだ、一人紹介したいものがおる、話しはしてある故にな、細かい点は互いに擦り合わせて欲しい」
カラミッドが三人の背から廊下を見れば、他の客が数人リシャルトと話し込んでいる、知った顔ばかりである、ここはデルクに事務的な話しは任せてしまって、後に報告させれば良かろうと三人とデルクを引き合わせ、カラミッドはそのまま入口付近に戻った、
「忙しいようですな」
事務長が笑顔でその背を見送り、
「はい、こういった晩餐会は初めてですね、気楽で楽しいですよ」
デルクもにこやかに微笑む、その妻は別の女性達と丸テーブルを囲んでいた、先程ユスティーナに聞いたのであるが、この丸テーブルも今回の趣向の一つだそうである、前室では歓談するのが目的で、その為には話しやすい環境が必要であろうとの事でこうなったらしい、大小幾つかの丸テーブルが設えられ、茶を供するメイド達が音も無く歩き回っている、
「そのようですな、私も晩餐会でこのような明るい雰囲気は初めてです」
学園長も興味深げに室内を見渡す、学園長もまた王族関連の晩餐会に出席した経験はあり、フィロメナにはあんな畏まった場所では飯も喉を通らないと愚痴る事があった、対してフィロメナはそういうもんだと涼しい顔で、どうやら完全に仕事と割り切っているらしい、どうやってもフィロメナには勝てないなと学園長は思ったものである、
「ですな、して、私なのですが、農村部を主に担当しておりまして、その新しい家畜がどうのと聞いております、さっそくで申し訳ないのですがより詳しく伺いたいのです」
とデルクが切り出した、明るい雰囲気を褒めておきながら仕事の話しを出すのは心苦しかったが、カラミッドがやたらと熱心であった為、ここは早いうちに動き出さなければとその熱が伝播している、
「ほう・・・ほうほう、左様ですか」
これには学園長が思わず揉み手になった、毎日のように家畜小屋には顔をだしており、先日極少量であったが出席している生徒と教員、事務員に至るまでその肉を試食をしている、確かに帝国で食べた肉であり、あの串焼きも美味であったが、こうして皆で食す肉もまた旨いと上機嫌となっていた、
「なるほど、領主様も気が早い」
事務長もそういう事であったかと微笑んでしまう、
「はい、しかし、伯爵様から聞く限り今一つ要領を得ませんで、それは仕方ないのですが、で、その二種の家畜とはどのようなもので?」
と三人はより具体的な打合せに入った、少しばかり可哀そうなのはイグレシアである、その輪に加わるのは難しく、何より学園長派閥のやる事と家畜小屋にも近寄っていない、そこへ、
「久しぶりだな」
と声をかける者があった、イグレシアの旧友である、
「おう、これはこれは、貴殿も呼ばれたのか」
と声を掛けられ表情をやっと明るく出来たイグレシアである、貴族階級の集まりとなればやはり知己は多い、さらに言えばここは地元であり自分の領域なのである、学園長はその点で王国側の外様であり、事務長もまた貴族社会とは若干の距離があった、冷静に見ればよく知った顔がそこかしこにあり、懐かしい顔もあるようで、イグレシアはここは素直に楽しむとするかとやっと口が軽く動き出すのであった。
「ほう、これは面白いかもな」
レイナウトがフラリと顔を出し和気藹々としたその雰囲気にこれはと目を細めた、前室の仕事はカラミッドのものだからと二人は厨房で別れており、レイナウトは興味本位でタロウや料理長の作業を覗き込んでいたのだ、タロウにしろ料理長にしろ大変に邪魔くさかったがそれを口にする事は出来ず、またそれに気付いてやんわりと注意できる者もいない、タロウはなるほどこういう時に従者の方が居ればまた違うのだろうな等と思い知ってしまう、従者とは言わば秘書のような仕事であり、と同時に貴族の暴走を止める役も担っている、どうしても貴族と平民とは意識が異なるもので、従者とはその間に立って調整する事もまたその大事な仕事なのであろう、レイナウトは隠居した事を理由に従者を連れていないが、そうなると番頭さんとして扱った方がこの人は良いのかもしれないなとタロウは思う、料理人やメイド達の手前そうする事は無かったが、
「ふふ、どうされました?」
レイナウトに気付いたマルヘリートが静かに歩み寄った、
「おう、ん?また、これは、めかしこんだな・・・」
レイナウトは孫娘の優美な姿に細めた目をさらに細める、
「フフッ、ありがとうございます」
マルヘリートは華やかに微笑んだ、まさに公爵令嬢たる上品な笑みである、マルヘリートは昨日パトリシアから頂いたという上質な訪問着を着用しており、さらに薄い化粧とこれまた上品かつ華やかに髪を結い上げている、見ればユスティーナもレアンもまた今日は一段グッと美しくなっているようで、二人は共に丸テーブルを囲って淑女達の中心となっており、明るい笑い声が響いていた、
「うん・・・いや、昨晩はどうしたものかとおもったが・・・やれやれじゃ」
レイナウトは溜息を吐き出しながら優しく微笑んだ、昨日の夕食時、同じテーブルを囲んだカラミッド一家とレイナウトとマルヘリートである、そこでユスティーナから実はと切り出されたのがパトリシアや王妃、王女であるウルジュラとの邂逅であった、これにはカラミッドとレイナウトは唖然とし言葉を無くしてしまう、そして同時に考えたのが女性達を使った切り崩しかもしれぬとの懸念であった、それはすぐにレイナウトの口から飛び出してしまったのであるが、ユスティーナは冷ややかにこう答えた、
「服の一着二着、遊興程度で取り込まれるような愚かな女は王国貴族として相応しくない、パトリシア様はそう断言しておりました」
何とも解釈が難しい言葉であった、謀略に長けるレイナウトとしてはその言葉をそのまま受け取る事なぞ出来ず、カラミッドもまた何らかの裏がありそうだと思考を巡らせる、ユスティーナはそれから本日の王都での会合に出席する旨を口にし、これにはカラミッドが明確に反対した、しかし、ユスティーナは頑として譲らず、さらにはマルヘリートも出席するとの事で、レイナウトも貴様程度で何ができると条件反射でマルヘリートを叱りつけてしまった、しかしマルヘリートも気丈である、ユスティーナに負けず劣らずの気勢でもってレイナウトに反論し、レイナウトはそこまで言うのであればと認めざるを得なかった、最後にユスティーナはレアンを晩餐会へ出席させる事を提案し、これには誰でもないレアンが目を丸くして驚いていた、カラミッドはまだ早かろうと難色を示したが、ユスティーナは貴族であれば例え子供であろうとも負うべき責務が発生し、まして若年の内から他の貴族との関係を構築する事こそが当人並びに当家の為であるとカラミッドを説得する有様で、カラミッドとレイナウトは一体王妃達から何を吹き込まれたのかと呆然としてしまった、後にライニールに確認した所、確かに件の寮で王族一家と美容を中心にして交流し、さらに件の転送陣を用いて北ヘルデルに赴いたらしい、そこでパトリシアから最新の正装やら訪問着やらを数着頂く事となり、さらにはウルジュラ王女とレアンとマルヘリートはすっかり楽しく遊ぶ仲になってしまったとか、カラミッドとレイナウトは見事に取り込まれているではないかと憤慨し、リシャルトもお前がいて何をやっているかとライニールを叱責するありさまで、しかし当のライニールは、自分が見ている間に関しては特に互いの軋轢を広げるような事は無く、また、王家に取り込むような言動も無かった事、さらには婦人会と呼ばれるその会合は急な話しではあるが平民の避難を画策した見事な案である事を三人に伝えた、年若くも将来有望なライニールである、ライニールもまたどこか一皮向けたような言葉使いと態度であり、三人はまったくどういう事なのかと軽く目を回してしまった、而して、今朝には少々喧嘩腰で再度議論が成され、ユスティーナとマルヘリートはライニールを供として王都に向かい、晩餐会に出席できるとなったレアンは見事に機嫌を直して晩餐会の準備に入った、カラミッドはその様子に現金なものだと苦笑せざるを得なかった、なにせ先日までのレアンはまるで興味を示さずどこまでも他人事であったのである、それが出席できるとなったらこれであった、まだまだ子供だなとも思うが、大人であっても似たような態度になるであろうなとも思ったのである、
「そうだ、先程、湖そばの子爵様とお話し致しました、夏場には是非足を運んで欲しいとお誘い頂いております」
「ほう、誰じゃ」
マルヘリートが振り向いた先にはレイナウトとも知己である子爵が他の貴族と話し込んでいる様子で、
「おう、あやつか、どれ、では儂も知った顔には挨拶の一つもせねばな」
レイナウトがニヤリとほくそ笑む、
「あら、それはよしておくと言っておりませんでしたか?」
マルヘリートが意地悪そうに微笑む、
「そうだったか?いや、これほど話しやすい場所も無かろう、邪魔をするのは申し訳ないが、ほれ、カラミッドの邪魔にならなければそれで良い」
勝手な理屈を捏ねてレイナウトはズカズカと歩き出し、
「もう」
とその背を追いかけるマルヘリートである、やがてレイナウトを迎えたその一団からまさか先代までいらっしゃっていたとはと歓声が上がる、そうこうしているうちに招待客の半分程度が出揃ってきた、名前を読み上げる感覚が短くなり、カラミッドは腰を落ち着ける暇が無くなった、そして学園関係者が顔を出す、学園長、事務長、イグレシア学部長の三人である、
「おう、よく来てくれた、忙しい所すまんな」
カラミッドが上機嫌に三人を迎え、学園長と事務長は笑顔で頭を垂れる、イグレシアはしかし石仮面のような無表情であった、イグレシアとしては晩餐会に呼ばれる事は多々ありその場合は個人で呼ばれる事が常であった、その場合は妻と共に出席するのが当然で、こうして学園関係者として呼ばれることは無かったのである、一体今回はどういう思惑でそうなったのかと訝しく感じており、また、晩餐会への出席を伝える使者も自宅には訪れておらず、まさか直接その理由を問い質す訳にもいかない為、大変に心をざわつかせていた、しかしその思いを表情に出すわけにはいかず、結果、仏頂面を下げての訪問とあいなっている、
「まずはだ、一人紹介したいものがおる、話しはしてある故にな、細かい点は互いに擦り合わせて欲しい」
カラミッドが三人の背から廊下を見れば、他の客が数人リシャルトと話し込んでいる、知った顔ばかりである、ここはデルクに事務的な話しは任せてしまって、後に報告させれば良かろうと三人とデルクを引き合わせ、カラミッドはそのまま入口付近に戻った、
「忙しいようですな」
事務長が笑顔でその背を見送り、
「はい、こういった晩餐会は初めてですね、気楽で楽しいですよ」
デルクもにこやかに微笑む、その妻は別の女性達と丸テーブルを囲んでいた、先程ユスティーナに聞いたのであるが、この丸テーブルも今回の趣向の一つだそうである、前室では歓談するのが目的で、その為には話しやすい環境が必要であろうとの事でこうなったらしい、大小幾つかの丸テーブルが設えられ、茶を供するメイド達が音も無く歩き回っている、
「そのようですな、私も晩餐会でこのような明るい雰囲気は初めてです」
学園長も興味深げに室内を見渡す、学園長もまた王族関連の晩餐会に出席した経験はあり、フィロメナにはあんな畏まった場所では飯も喉を通らないと愚痴る事があった、対してフィロメナはそういうもんだと涼しい顔で、どうやら完全に仕事と割り切っているらしい、どうやってもフィロメナには勝てないなと学園長は思ったものである、
「ですな、して、私なのですが、農村部を主に担当しておりまして、その新しい家畜がどうのと聞いております、さっそくで申し訳ないのですがより詳しく伺いたいのです」
とデルクが切り出した、明るい雰囲気を褒めておきながら仕事の話しを出すのは心苦しかったが、カラミッドがやたらと熱心であった為、ここは早いうちに動き出さなければとその熱が伝播している、
「ほう・・・ほうほう、左様ですか」
これには学園長が思わず揉み手になった、毎日のように家畜小屋には顔をだしており、先日極少量であったが出席している生徒と教員、事務員に至るまでその肉を試食をしている、確かに帝国で食べた肉であり、あの串焼きも美味であったが、こうして皆で食す肉もまた旨いと上機嫌となっていた、
「なるほど、領主様も気が早い」
事務長もそういう事であったかと微笑んでしまう、
「はい、しかし、伯爵様から聞く限り今一つ要領を得ませんで、それは仕方ないのですが、で、その二種の家畜とはどのようなもので?」
と三人はより具体的な打合せに入った、少しばかり可哀そうなのはイグレシアである、その輪に加わるのは難しく、何より学園長派閥のやる事と家畜小屋にも近寄っていない、そこへ、
「久しぶりだな」
と声をかける者があった、イグレシアの旧友である、
「おう、これはこれは、貴殿も呼ばれたのか」
と声を掛けられ表情をやっと明るく出来たイグレシアである、貴族階級の集まりとなればやはり知己は多い、さらに言えばここは地元であり自分の領域なのである、学園長はその点で王国側の外様であり、事務長もまた貴族社会とは若干の距離があった、冷静に見ればよく知った顔がそこかしこにあり、懐かしい顔もあるようで、イグレシアはここは素直に楽しむとするかとやっと口が軽く動き出すのであった。
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