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本編
71話 晩餐会、そして その5
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それから幾つかの問答が交わされた、王家の相談役についてとか、帝国の事、魔族の事等である、さらには消えた英雄と綽名される他の四人に関してもであった、タロウはなるほど人材を求めているらしいと察する、確かにクロノスと比肩する英雄を手駒に加えたいと思うのは為政者としては当然であろうし、まして眼前に迫った戦争もある、一人でも多く現場で使える者が欲しいのだなと納得するしかない、しかしタロウはこれには明言を避けている、暗にユーリを示唆する単語も飛び出したのであるが、そこは明確に否定した、無論嘘である、これは曖昧にする事は肯定と受け取られかねなかったからで、タロウは以前にユスティーナに話したらしい事が真実ですとさらに嘘を重ねて惚ける事とした、そして、
「・・・すまない、最後になるのだが・・・」
とカラミッドがやや疲れた顔で切り出す、タロウの口から語られた事はその多くがやはり驚愕に値し、また、自身もしっかりと目にしたその実力と転送陣、さらには実在する荒野の要塞等を考え合わせれば信用せざるを得ないとの結論しか導けず、疑う事は難しくなってしまった、
「此度の戦、貴殿はどう見るのかな?」
とテーブルに両肘を着く、話し疲れもあったが、タロウがどう考え、どう見るのかに興味があった、思わず前のめりになってしまうのを誤魔化す仕草でもある、
「どう・・・とは?」
タロウはこれも自制が大事そうだと問い返した、先程までの質問もそうであったが、あまりにペラペラと話すと余計な事を言いそうで、故にゆっくりと考えつつ答えている、タロウとしてはもどかしさもあったが、どうやら逆にそれが良い印象を齎しているらしい、若しくは単に向こうの理解に丁度即した速度になっていたのかもしれない、
「単純だ、勝つか負けるか・・・勝つとしてもどうなるか、負けるとしてもどうなるか・・・どこまで予測しているのだ?」
「・・・それは・・・その・・・フム・・・」
とタロウは腕を組んで大きく首を傾げる、答える事は実は簡単である、しかしそれを即座に答えてはあまりにもだなと感じ、また、そうする事によって少しは自分の価値を落す事になればよいのだがとも思う、
「貴様でも難しいのか?」
レイナウトが静かに問いかけた、レイナウトは冒険者時代からタロウを見知ってはいる、当時は小汚い冒険者の一人で、何をとち狂っているのか赤子を抱いて戦場に立っていた、故に強く印象に残っており、思わず自分から声をかけてしまった程である、それが結果的には良い関係を結ぶ端緒にはなったが、しかし、まさかその人物が英雄の一人であったとは思わなかったのだ、こればかりは前線に参加しなかった自分の落ち度であろう、
「そう・・・ですね、いえ、どう答えるべきか・・・」
タロウは逆方向に首を傾げる、そして、
「はい、その・・・戦争そのものについては準備万端整えている我々に勝機は充分にあるかと思われます、また、こちらの兵の士気は高く・・・私が見る限りですが、戦略的にも充分、これはこの場にいる皆様であれば御理解の事と思いますが」
「そう・・・思うか・・・」
「はい、私が進言する事はもうないかなと思っている次第です、相談役としては甚だ力不足となりましょうが」
タロウは静かに対する二人を見つめる、実際にタロウからの進言を受け入れ政治的なタロウも認めざるを得ない戦略と言える策略が構築されつつあった、それはモニケンダムやヘルデルを巻き込んだものであり、戦後を見据えた対応となっている、と同時に負けた時の策略も整ってきている、ユスティーナとマルヘリートが参加した会合がその内の一つであり、その他にも政治レベルでの対応策が練られていたりする、タロウとしては少々言い過ぎたかと反省もしたのであるが、王であるボニファースは幸運な事に柔軟な思考力のある為政者であった、さらに先の大戦の経験もある為、軍は勿論官僚達も真剣に取り組んでいる様子である、
「それほどか?」
「はい、現時点では最良・・・は難しいですね、戦に最良の手などありませんでしょうから、さらに様々な妨害工作も献策してはありますが、それは戦術の話し、故にこれから取り沙汰される事となりますが、正直・・・汚い手ばかりですからね、軍団長の皆様は良い顔をしておりませんでした、まぁ、あの人達は正面切って戦ってなんぼですからね、その点は致し方ない事」
「どのような策だ?」
レイナウトがニヤリと微笑む、タロウが汚いとまで言う策である、大変に興味がある、
「それはもういろいろと・・・フォンス殿であれば理解されていましょうが、現時点において、先方は完全に油断しております」
タロウがフォンスに視線を向けるとフォンスはゆっくりと頷いた、
「でしょう、となれば、そうですね、一方的に破壊工作・・・要塞内の井戸を潰す事も可能でしょうし、糧食に毒を混ぜる事も可能、さらには補給を阻害する事も簡単、後背にある街を混乱させるのも良い手です、考えつく限り悪辣な手は幾らでもありますでしょう?やられたら嫌な事を考えて下さい、それが全て妨害工作として有用です」
「そういう意味か」
「はい、そういう意味です、故に私は上手い事やれば向こうの出陣時期すら制御できるのではないかと考えてますが・・・まぁ、そこまでは・・・」
「やらんか」
「ですね、しかし戦争とは本来そういうものです、そういう考え方や実行力も必要であると思っているのですが、その辺はもしかしたら・・・」
タロウはレイナウトに視線を合わせ、
「先代様が得意とされる所でしょうか?」
と続けた、レイナウトはその視線を静かに受け止める、どうやらタロウはタロウでボニファースかもしくはその近しい者から王家とヘルデルの状況を聞いているのであろう、しかし、その視線には非難の色は無かった、しかし肯定するものでも無いらしい、ただそれが当然と受け止めているとの意思が滲んでいる、
「フンッ、言いおる」
レイナウトは思わずニヤリと微笑んだ、相手がタロウでなければすぐさま捕らえて牢獄にぶち込みどこまで知っているのかと尋問の後に暗殺している所である、
「言い過ぎた、でしょうか」
「いや、構わん、儂と貴様の仲だ・・・そうだ、ではついでに聞くのだが」
とレイナウトが話題を変えた、カラミッドがスッと姿勢を正す、
「荒野の件はどこまで噛んでいる?」
「荒野の件ですか?」
「うむ、戦後の統治だな、向こうはやたらと良い条件を出しているが・・・これは真に受けて良いものかな?」
「あー・・・あれですか・・・あれはそのままですね、私としても詳細を聞くに妥当かなと思います」
「そう思うか」
「はい、まぁ、それも現時点での事、私が言っては駄目なのですが、ヘルデルを引き込む策の一つではあるでしょうね、なので、しっかりと明文化して双方の調印が欲しいと思いますよ」
タロウはここはあっさりと答えてしまった、王国とモニケンダム、そこにヘルデルを加えた三者は戦後の荒野の領有についても話し合っている、カラミッドは時期尚早ではないかと考えたが、先の大戦の事と対帝国の視点もあり、レイナウトもクンラートもそこが重要であると最も力を入れていた、とくにクンラートは先の大戦後、北ヘルデルを王国に奪われたとの意識が強く、あれは完全な騙し討ちであると公言している、王国としては対魔族と戦後復興の為を思ってそう図ったのであるが、結果的にヘルデルの憎悪をかき立ててしまったようで、ボニファースはその反省もあってか早々に、荒野の統治については三分の二を王国が、残りのうち三分の二をコーレイン公爵家に、その残りをクレオノート伯爵家の担当領地とするとの案を出してきている、さらに街道の敷設は王国軍が担うと同時に請負、また巨岩の対処に関しても双方協力して進めるとされていた、足りないとすれば治水である、これに関しては荒野の全貌を把握するに至っておらず、懸案事項として先送りにされている、
「その程度で上手く行くかな?」
「どうでしょう?」
タロウはさらにあっさりと答える、ムッとカラミッドは目を細め、レイナウトはやはり何かあるのかと片眉を上げた、
「あー・・・これもハッキリ言ってしまうのですが、やはり王国とヘルデル、いや、アイスル地方ですか、この戦力差は元より人的資源に於いてもその差は大きいです、これは私が指摘する事も無く、理解されておりましょう」
「・・・で?」
「はい、なので、私が陛下にお伝えしたのは、まぁ、これも言ってしまいますけどね、軍事なんぞに継ぎ込む余裕があるならその余裕を無くしてしまえば良いと、自領とほぼ同じかそれ以上に広大な土地を任せてしまって、無論、そこから上がる収益は魅力的ですが、そうする事によってその領地に労力を集中させてしまえと、力の方向を変えてやるのも一つの策だと」
「そんな事を言ったのか!!」
レイナウトは目を見開いた、なんとも舐められたものである、
「えぇ、言いました」
タロウは臆せず答え、カラミッドは流石にそれを先代とはいえ公爵本人に直接言うのはいかがなものかと眉根を寄せる、そしてタロウは、
「悪くない策でしょう?」
とニヤリと微笑んだ、憤慨するレイナウトに笑いかけるなど、この男はどれだけの胆力があるのかとカラミッドとリシャルトは冷や汗を感じ、フォンスもジットリとタロウを睨みつける、
「・・・いや・・・フー」
レイナウトはそこでゆっくりと呼吸を吐き出し、
「確かに、策としては悪くない・・・」
と静かに認めた、しかし、その内心は何とも不愉快であった、荒野の資源とその広大な領土を餌にしてそれに食いついた野犬の如き扱いである、公爵家としての矜持もある、そのような扱いは甚だ無礼である、
「はい、なので・・・王国側が約束を違える事は無いでしょう、国内の安定、これは王国として常に考える事、当然ですね、それと、これはより重要と思いますが、荒野そのものがまだまだこれからの地、その資源は勿論、耕作も数十年規模の事業となります、さらにはその後の帝国との交易、これは都市国家もまた陸路を使えるとなれば王都は勿論、このモニケンダムも交易の中継点としてより盛んになりましょう」
「まて、交易?」
「はい」
「そこまで考えているのか?」
「当然です、何しろ私が向こうから持って来たもの、その全てが皆様にとっては新しいものであった筈」
「それはそうだが」
「そして、これは陛下にも話していないのですが、こちらで生産されている品で向こうで確実に売れるものは多いですよ」
エッと四人は意外そうに目の色を変えた、
「例えばですが、家畜だとやはり鶏ですね、向こうにもいるにはいますが、これほど卵を安定して産む種ではないです」
「そう・・・なのか?」
「はい、他には上質紙、あれは樹木から作られているでしょ?」
「そうらしいな」
「あれも向こうには無いですね、向こうにあるのは獣の革、羊皮紙とそれに類するもの、それと草を編んだもの、上質紙のように樹木の皮を削って繊維を抽出し精製した紙は向こうにはありません」
なんとと四人は目を見開く、
「他にはそれこそガラス鏡、ガラス製品と言い換えても良いかと思いますが、向こうにもあるにはありますが今一つ、ガラス鏡はまさに言うに及ばずですがね、それと、爪ヤスリもこっちで作ったものの方が上等ですね・・・他には・・・馬もこっちの方が大きく強いです、なにより美しい、他にもしっかりと精査すれば売れるものは多いと思いますよ、向こうの報告書とやらはそこまでは突っ込んでいなかったようです・・・まぁ、視点が異なるでしょうから、つまりなんですが」
タロウはニコリと微笑み、
「例え戦争中の相手であっても交易は可能です、それは富を増やし、生活を豊かにするでしょう、それはヘルデルやこの街と王都との関係を見ても明らか、裏では殴り合って、表では手を結ぶ、これが国同士の付き合い方、そして時折表だって殴り合う、その時折をどう処するかが政、今王国はまずヘルデルとの関係を正常化したいと考えています、その方策の一つが先程の懐柔策、そして、手を組んで次に殴り合うのは・・・・」
「帝国か?」
「はい、相手は大きいですよ、先程話した通りに、領土は王国の三倍以上、民族も私が知る限り十以上、使われる言葉は二十はあります、それを統治している皇帝が直々にすぐそこまで来ています、ここは胸襟を開きましょう、我々が諍っている暇は無いのです」
タロウは二人に真摯な視線を向け、それを静かに受け止めるレイナウトとカラミッドであった。
「・・・すまない、最後になるのだが・・・」
とカラミッドがやや疲れた顔で切り出す、タロウの口から語られた事はその多くがやはり驚愕に値し、また、自身もしっかりと目にしたその実力と転送陣、さらには実在する荒野の要塞等を考え合わせれば信用せざるを得ないとの結論しか導けず、疑う事は難しくなってしまった、
「此度の戦、貴殿はどう見るのかな?」
とテーブルに両肘を着く、話し疲れもあったが、タロウがどう考え、どう見るのかに興味があった、思わず前のめりになってしまうのを誤魔化す仕草でもある、
「どう・・・とは?」
タロウはこれも自制が大事そうだと問い返した、先程までの質問もそうであったが、あまりにペラペラと話すと余計な事を言いそうで、故にゆっくりと考えつつ答えている、タロウとしてはもどかしさもあったが、どうやら逆にそれが良い印象を齎しているらしい、若しくは単に向こうの理解に丁度即した速度になっていたのかもしれない、
「単純だ、勝つか負けるか・・・勝つとしてもどうなるか、負けるとしてもどうなるか・・・どこまで予測しているのだ?」
「・・・それは・・・その・・・フム・・・」
とタロウは腕を組んで大きく首を傾げる、答える事は実は簡単である、しかしそれを即座に答えてはあまりにもだなと感じ、また、そうする事によって少しは自分の価値を落す事になればよいのだがとも思う、
「貴様でも難しいのか?」
レイナウトが静かに問いかけた、レイナウトは冒険者時代からタロウを見知ってはいる、当時は小汚い冒険者の一人で、何をとち狂っているのか赤子を抱いて戦場に立っていた、故に強く印象に残っており、思わず自分から声をかけてしまった程である、それが結果的には良い関係を結ぶ端緒にはなったが、しかし、まさかその人物が英雄の一人であったとは思わなかったのだ、こればかりは前線に参加しなかった自分の落ち度であろう、
「そう・・・ですね、いえ、どう答えるべきか・・・」
タロウは逆方向に首を傾げる、そして、
「はい、その・・・戦争そのものについては準備万端整えている我々に勝機は充分にあるかと思われます、また、こちらの兵の士気は高く・・・私が見る限りですが、戦略的にも充分、これはこの場にいる皆様であれば御理解の事と思いますが」
「そう・・・思うか・・・」
「はい、私が進言する事はもうないかなと思っている次第です、相談役としては甚だ力不足となりましょうが」
タロウは静かに対する二人を見つめる、実際にタロウからの進言を受け入れ政治的なタロウも認めざるを得ない戦略と言える策略が構築されつつあった、それはモニケンダムやヘルデルを巻き込んだものであり、戦後を見据えた対応となっている、と同時に負けた時の策略も整ってきている、ユスティーナとマルヘリートが参加した会合がその内の一つであり、その他にも政治レベルでの対応策が練られていたりする、タロウとしては少々言い過ぎたかと反省もしたのであるが、王であるボニファースは幸運な事に柔軟な思考力のある為政者であった、さらに先の大戦の経験もある為、軍は勿論官僚達も真剣に取り組んでいる様子である、
「それほどか?」
「はい、現時点では最良・・・は難しいですね、戦に最良の手などありませんでしょうから、さらに様々な妨害工作も献策してはありますが、それは戦術の話し、故にこれから取り沙汰される事となりますが、正直・・・汚い手ばかりですからね、軍団長の皆様は良い顔をしておりませんでした、まぁ、あの人達は正面切って戦ってなんぼですからね、その点は致し方ない事」
「どのような策だ?」
レイナウトがニヤリと微笑む、タロウが汚いとまで言う策である、大変に興味がある、
「それはもういろいろと・・・フォンス殿であれば理解されていましょうが、現時点において、先方は完全に油断しております」
タロウがフォンスに視線を向けるとフォンスはゆっくりと頷いた、
「でしょう、となれば、そうですね、一方的に破壊工作・・・要塞内の井戸を潰す事も可能でしょうし、糧食に毒を混ぜる事も可能、さらには補給を阻害する事も簡単、後背にある街を混乱させるのも良い手です、考えつく限り悪辣な手は幾らでもありますでしょう?やられたら嫌な事を考えて下さい、それが全て妨害工作として有用です」
「そういう意味か」
「はい、そういう意味です、故に私は上手い事やれば向こうの出陣時期すら制御できるのではないかと考えてますが・・・まぁ、そこまでは・・・」
「やらんか」
「ですね、しかし戦争とは本来そういうものです、そういう考え方や実行力も必要であると思っているのですが、その辺はもしかしたら・・・」
タロウはレイナウトに視線を合わせ、
「先代様が得意とされる所でしょうか?」
と続けた、レイナウトはその視線を静かに受け止める、どうやらタロウはタロウでボニファースかもしくはその近しい者から王家とヘルデルの状況を聞いているのであろう、しかし、その視線には非難の色は無かった、しかし肯定するものでも無いらしい、ただそれが当然と受け止めているとの意思が滲んでいる、
「フンッ、言いおる」
レイナウトは思わずニヤリと微笑んだ、相手がタロウでなければすぐさま捕らえて牢獄にぶち込みどこまで知っているのかと尋問の後に暗殺している所である、
「言い過ぎた、でしょうか」
「いや、構わん、儂と貴様の仲だ・・・そうだ、ではついでに聞くのだが」
とレイナウトが話題を変えた、カラミッドがスッと姿勢を正す、
「荒野の件はどこまで噛んでいる?」
「荒野の件ですか?」
「うむ、戦後の統治だな、向こうはやたらと良い条件を出しているが・・・これは真に受けて良いものかな?」
「あー・・・あれですか・・・あれはそのままですね、私としても詳細を聞くに妥当かなと思います」
「そう思うか」
「はい、まぁ、それも現時点での事、私が言っては駄目なのですが、ヘルデルを引き込む策の一つではあるでしょうね、なので、しっかりと明文化して双方の調印が欲しいと思いますよ」
タロウはここはあっさりと答えてしまった、王国とモニケンダム、そこにヘルデルを加えた三者は戦後の荒野の領有についても話し合っている、カラミッドは時期尚早ではないかと考えたが、先の大戦の事と対帝国の視点もあり、レイナウトもクンラートもそこが重要であると最も力を入れていた、とくにクンラートは先の大戦後、北ヘルデルを王国に奪われたとの意識が強く、あれは完全な騙し討ちであると公言している、王国としては対魔族と戦後復興の為を思ってそう図ったのであるが、結果的にヘルデルの憎悪をかき立ててしまったようで、ボニファースはその反省もあってか早々に、荒野の統治については三分の二を王国が、残りのうち三分の二をコーレイン公爵家に、その残りをクレオノート伯爵家の担当領地とするとの案を出してきている、さらに街道の敷設は王国軍が担うと同時に請負、また巨岩の対処に関しても双方協力して進めるとされていた、足りないとすれば治水である、これに関しては荒野の全貌を把握するに至っておらず、懸案事項として先送りにされている、
「その程度で上手く行くかな?」
「どうでしょう?」
タロウはさらにあっさりと答える、ムッとカラミッドは目を細め、レイナウトはやはり何かあるのかと片眉を上げた、
「あー・・・これもハッキリ言ってしまうのですが、やはり王国とヘルデル、いや、アイスル地方ですか、この戦力差は元より人的資源に於いてもその差は大きいです、これは私が指摘する事も無く、理解されておりましょう」
「・・・で?」
「はい、なので、私が陛下にお伝えしたのは、まぁ、これも言ってしまいますけどね、軍事なんぞに継ぎ込む余裕があるならその余裕を無くしてしまえば良いと、自領とほぼ同じかそれ以上に広大な土地を任せてしまって、無論、そこから上がる収益は魅力的ですが、そうする事によってその領地に労力を集中させてしまえと、力の方向を変えてやるのも一つの策だと」
「そんな事を言ったのか!!」
レイナウトは目を見開いた、なんとも舐められたものである、
「えぇ、言いました」
タロウは臆せず答え、カラミッドは流石にそれを先代とはいえ公爵本人に直接言うのはいかがなものかと眉根を寄せる、そしてタロウは、
「悪くない策でしょう?」
とニヤリと微笑んだ、憤慨するレイナウトに笑いかけるなど、この男はどれだけの胆力があるのかとカラミッドとリシャルトは冷や汗を感じ、フォンスもジットリとタロウを睨みつける、
「・・・いや・・・フー」
レイナウトはそこでゆっくりと呼吸を吐き出し、
「確かに、策としては悪くない・・・」
と静かに認めた、しかし、その内心は何とも不愉快であった、荒野の資源とその広大な領土を餌にしてそれに食いついた野犬の如き扱いである、公爵家としての矜持もある、そのような扱いは甚だ無礼である、
「はい、なので・・・王国側が約束を違える事は無いでしょう、国内の安定、これは王国として常に考える事、当然ですね、それと、これはより重要と思いますが、荒野そのものがまだまだこれからの地、その資源は勿論、耕作も数十年規模の事業となります、さらにはその後の帝国との交易、これは都市国家もまた陸路を使えるとなれば王都は勿論、このモニケンダムも交易の中継点としてより盛んになりましょう」
「まて、交易?」
「はい」
「そこまで考えているのか?」
「当然です、何しろ私が向こうから持って来たもの、その全てが皆様にとっては新しいものであった筈」
「それはそうだが」
「そして、これは陛下にも話していないのですが、こちらで生産されている品で向こうで確実に売れるものは多いですよ」
エッと四人は意外そうに目の色を変えた、
「例えばですが、家畜だとやはり鶏ですね、向こうにもいるにはいますが、これほど卵を安定して産む種ではないです」
「そう・・・なのか?」
「はい、他には上質紙、あれは樹木から作られているでしょ?」
「そうらしいな」
「あれも向こうには無いですね、向こうにあるのは獣の革、羊皮紙とそれに類するもの、それと草を編んだもの、上質紙のように樹木の皮を削って繊維を抽出し精製した紙は向こうにはありません」
なんとと四人は目を見開く、
「他にはそれこそガラス鏡、ガラス製品と言い換えても良いかと思いますが、向こうにもあるにはありますが今一つ、ガラス鏡はまさに言うに及ばずですがね、それと、爪ヤスリもこっちで作ったものの方が上等ですね・・・他には・・・馬もこっちの方が大きく強いです、なにより美しい、他にもしっかりと精査すれば売れるものは多いと思いますよ、向こうの報告書とやらはそこまでは突っ込んでいなかったようです・・・まぁ、視点が異なるでしょうから、つまりなんですが」
タロウはニコリと微笑み、
「例え戦争中の相手であっても交易は可能です、それは富を増やし、生活を豊かにするでしょう、それはヘルデルやこの街と王都との関係を見ても明らか、裏では殴り合って、表では手を結ぶ、これが国同士の付き合い方、そして時折表だって殴り合う、その時折をどう処するかが政、今王国はまずヘルデルとの関係を正常化したいと考えています、その方策の一つが先程の懐柔策、そして、手を組んで次に殴り合うのは・・・・」
「帝国か?」
「はい、相手は大きいですよ、先程話した通りに、領土は王国の三倍以上、民族も私が知る限り十以上、使われる言葉は二十はあります、それを統治している皇帝が直々にすぐそこまで来ています、ここは胸襟を開きましょう、我々が諍っている暇は無いのです」
タロウは二人に真摯な視線を向け、それを静かに受け止めるレイナウトとカラミッドであった。
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