920 / 1,062
本編
71話 晩餐会、そして その1
しおりを挟む
「お嬢様はこれー」
「待て、ニャンコを取るな」
「ヤダ、ニャンコはミナのー」
「このー、なら、イチゴじゃ、イチゴは譲らんぞ」
「エー、なら蝶々はミナのー」
「むー、では、星じゃ、星は取ったー」
「あー、じゃぁじゃぁ」
伯爵邸の厨房にミナとレアンの楽しそうな嬌声が響き、メイド達は忙しくしながらもその頬を緩めている、
「はい、出来ました」
そこへメイドが捏ね回していた生地を広げると、
「よし、やるか」
「うん」
と二人は腕まくりをし、レインは二人が手にしていない型を手にするとやれやれと呆れ顔で二人に続いた、その様子をメイド達は心底楽しそうに微笑んで見つめてしまっている、朝から実に活気がある、年に二三度あるかどうかの晩餐会の準備である、本来であればそこにミナのような子供も、令嬢であるレアンの姿もある筈が無い、ただただ粛々と下準備が進められるのが通常なのであるが、今日は違っていた、筆頭従者であるリシャルトより外部から指揮者を招き入れる事となったと数日前に伝達され、さらに聞けばそれはソフィアの旦那であるらしい、ソフィアから料理の手解きを受けていたメイド達はそれは凄いと歓喜し、さらにソフィアの伴侶ともなればまた珍奇で美味しい特殊な料理になるであろうと期待もしている、そして当日になるとその子であるミナとレインが厨房に駆け込む有様で、それはそれでどうかと思う間もなくレアンも前掛けを着けて厨房に駆け込んできた、そして遅れて入ったタロウの指示の下、まずはお菓子作りである、メイド達はその指示に従い、タロウはレアンに作業を任せてしまうと、さっさと次の工程に移っている、
「じゃ、こっちはミーンさんに任せるね」
「はい、任されました」
巨大な寸胴鍋が二つ並びそれぞれにミーンと若い料理人が張り付いている、何やら骨を煮込んでいるらしい、ミーンは自信満々と余裕の笑みであったが、その料理人は何とも不可解そうに鍋を覗き込んでいた、骨を食すのであろうかと不安そうでもある、タロウはまぁそういうものだからと若い料理人に微笑みかけると、
「こっちはどう?」
「なんとかなってるわよ」
とソフィアが適当に答えた、ソフィアとティル、数人の料理人が前にしているのは大量の牛と豚の肉塊である、まだ脂も筋もとっていない状態のもので、ソフィアはここからやるのかと大変にめんどくさそうであったが、まぁそうなるわよねとなんとか納得して手を動かし始め、他の料理人達は慣れたものなのか、文句も不平も無く、ソフィアとティルに確認しつつ、黙々と捌いている、
「あっ、部位毎に別けておかんとだぞ」
「わかってるけど、難しいわよ、それ」
「やっぱり?」
「そりゃそうでしょ、肉なんて形を整えたらみんな同じに見えるもの」
「・・・そっか、じゃ、今のうちに」
とタロウは肉塊を寄り分け始めた、ソフィアもティルも牛と豚の違い程度は分かるようにはなっているが、部位の違いまでは難しかった、たった二日前に扱いを教えられた食材である、無論肉の調理等日常的に熟しているが、部位毎に調理を変えるような器用な事はしていない、昨日もハンバーグを作るにあたって肉塊に向かったのであるが、結局それがどこの部位であったかなど気にする事は無かった、
「あっ、でね、リシャルトさんから聞いたんだけど」
とタロウは料理長を捕まえてより詳細な打合せを始める、
「丸焼きにするなら、この塊を使って欲しいんだな、で、こっちも丸焼きにできる、どっちも牛の肉ね、豚はちゃんと火を通さないとだから、丸焼きには向かないと思っていただけると嬉しい」
「それはまたどういう事で?」
料理長もその道の熟練者である、また、晩餐会や食事会となればまさに自分達の腕の見せ所と張り切るもので、しかし今回はその調理の指揮はこのタロウなる人物に従うようにとの通達であった、聞けばメイド達が習得してきた様々な料理を考案した人物であるという、料理長としても思う所はあるがそこは勤め人であった、ここはその知見を素直に吸収しようと前向きになっている、実際にメイド達が伝えた料理は珍奇ながら美味なもので、このような調理方法があったのかと料理長は舌を巻かざるを得なかった、
「そうだねー、実は何だけど、この牛の肉はね、生でも食える」
エッと料理長は目を剥いた、さらにソフィアとティルもそれは聞いていないと顔を上げ、料理人達の手も止まってしまう、
「正確に言えば生で食っても腹は壊さないってのが正しいような気もするんだけど、美味しいかどうかは別でね、だから、俺の国だとこの包丁が当たった部分?ここだけをしっかり焼いて、中までは火を通さないで食べる事が多いかな?」
「・・・それはまた・・・獣の肉ですよ・・・」
「そうだね、でも、それはそれで美味しい・・・うん、ただね、この肉だと難しいかな?固いからね、もう少し何と言うか・・・牛の品種改良と育成手法かな、が発達すればより美味しくなるのは確実だね」
「それ本当?」
ソフィアがジロリとタロウを睨む、聞いていなかった事も不快であったが、それ以上に興味のある内容ではあった、
「ホントだよ、言ってなかったのは勘違いする場合があるなーって思ってね」
タロウはニヤリと微笑み、
「ほら、まず生肉ってだけで忌避してるだろ、君達は、それはそれで正しいと思う、俺も生肉は駄目だと思うから、でもね、そこで牛は少々生で食べても大丈夫って知識があると他の肉もできるだろうって思われそうでね、だから特に口にしなかったんだよ」
「あら・・・少しは考えているのね」
「そうだねー、それに肉の知識自体がお粗末だからさ、ほれ、肉屋で売ってる肉が鳥の種類もそうだけど、鹿か猪かも分からない程度だとね、それこそ牛と勘違いして鹿を生で食べたら、死ぬほど苦しむぞ」
「そこまで馬鹿にしなくても」
「馬鹿にはしてないよ、ただ、肉屋も適当みたいだしね、話しを聞く限り、だからね、牛と豚がちゃんと流通して店でも別で扱えて、部位毎に売られるくらいに慣れてからかな、暫く先になるだろうし、その頃にはもう少しこの牛も豚もこっちの味になっているだろうしね」
「こっちの味?」
「そっ、こっちの餌を使った、こっちで生産されるこの土地の牛と豚の味」
「そこまで変わる?」
「変わるよー、やっぱり餌でね肉の味は変わるから、ルカス先生にも言ってるんだけどさ、俺の田舎じゃ肉の味を良くする為に牛に酒を飲ませるんだぜ」
エッと全員が目を見開いた、
「他には、そうだね、牛の骨を砕いたのを餌に混ぜたり、葡萄の搾りかすを食べさせたりってね、まぁ、いろいろあるんだ」
タロウはニコニコと話しているが、そこまでするのかと呆気にとられている一同である、たかが家畜である、酒を飲ませるのも大概と思うし、骨を砕いて食べさせるなぞ、逆に不味くなりそうに聞こえた、
「そうやってね、牛にしろ豚にしろ育て方を変えてより良い肉にするって事もある、だから俺に言わせればこの肉はどっちもまだ正に獣の肉でね、それがこっちの鶏みたいにさ、家畜の肉って感じになるのはもう暫く先だな」
「それはまた・・・」
「いや、なるほど・・・そこまで考えたことはありません」
料理人達はこれはまた新たな知見であると顔を見合わせ、料理人も目を見開いて肉塊に視線を落す、料理人達としては獣肉に関してはそれなりに経験もあり、肉の調理に関しても一家言持っている、しかし、その肉の生産に関してまで考えた事は無かった、無論鹿も猪も家畜では無く野生のそれで、生産するという視点で考える事は出来ない、しかし、確かにそれらに比肩するであろう牛と豚が家畜として生産されるとなれば、その育て方もまた重要になるのであろう、
「先の話だよ、そのうちほら、牛と言えばモニケンダムとかさ、豚肉はヘルデルだ、なんてね、そんな感じにねその地の名物って言われる程になって、貴族様達にね、あの土地の豚はこうで、あっちの土地の豚はここが良いなんてさ、美食家を気取るくらいになれば・・・より面白くなるかなって思うかな、恐らくそうなればこそ、やっと牛も豚も安定して供給されているって事になるとも思うしね」
タロウはニヤリと微笑むと、ビショクカとは?と料理人達は顔を見合わせてしまう、実は味にうるさい雇い主は少なく無いが、それも塩味が足りない程度の指摘で、客人が出された料理にケチをつける事はさらに少ない、というかほとんど無い、特に貴族社会に於いては食事会や晩餐会等での食事に文句を言う事など出来ようもない、主催者が用意した料理を批判する事は無礼とされており、粛々と静かに食事をする事が上品とされていた、実際に料理そのものにも大きな味の差は少なく、日常的に食するそれとあまり変わらないと言われればそうなのである、やはり調味料と香辛料の少なさがその大元の原因となっている、
「まぁ、そういうわけで、でもあれだろ、やっぱり丸焼きは欲しいんでしょ」
と話題を戻した、料理人達はそこでハッと我に返って作業に戻り、ティルはなるほどなーと納得し、ソフィアはなんかむかつくわねーと軽く憤慨しつつも手を動かし始める、
「はい、やはり、肉料理は晩餐会の中心なのです」
料理人も慌てて顔を上げた、
「だよね、だから、この部位の丸焼きはいけるけど、ちょっと小さいかな?」
「いえ、充分です・・・いや、縮みますよね、この肉?」
「そだね、それは仕方ない」
「となると」
と二人はあーだこーだとやり始めた、そこは流石の料理長である、負けてはいられないと積極的になり、タロウも嬉しそうに助言を口にしている、料理人達はしっかりと聞き耳を立てていた、料理人もまた職人である、先達の技術は目で盗み、その味は盗み食いで身に付けるのが当たり前であるとされ、直接指導される事はまず無い、あるにはあるがそれはしっかりと技術と味を盗みきりその実力を認められた時からで、そうなるともうその料理人は一人前とされ、独立やさらに上の役職を伺う時期とされていた、なんとも不親切な上に排他的で、厨房はまさに職人気質の職場であったりする、
「そうなると、やっぱりあれだね、ソースの味が決め手になるかな?」
「はい、そのソースに関しては御指導頂ければと思います」
さらに話題が移ったようで、しかし、急に料理長が下手に出る、イフナース邸での食事会に供されたソースについて、ユスティーナやレアンからあれを作れないかと訊ねられた事があり、しかし見てもいなければ味わった事がないソースを再現するのは料理長では難しく、しかしマヨソースやらの特殊なソースはメイド達から教わっている、肉の調理に関しては負ける事は無いと自負するが、このソースに関してはどうにもお手上げなのであった、
「そうですね、では、肉に合うソースを作りますか・・・材料次第かな・・・」
「では、こちらへ、食糧庫を確認下さい」
二人はそのまま食糧庫へ向かう、料理人達はその背を横目で伺う、料理長自ら先に立った様子に、まぁそうなるだろうなとタロウの実力というべきかその知識には感心してしまっていた、普段寡黙な料理長が饒舌になっているのも珍しい事であったりする、そこへ、
「失礼、タロウ殿はおられるか」
リシャルトがスッと顔を出す、
「ムッ、なんじゃ、どうかしたか?」
レアンがキッとリシャルトを睨んだ、今日はユスティーナもマルヘリートもライニールも不在である、その為リシャルトやらカラミッドからタロウらを守るのは自分の仕事と勘違いも含んだ義務感を感じているらしく、昨晩の騒動の事もある、故にレアンはリシャルトとカラミッドにはあくまで若干ではあるが警戒していたりする、
「はい、納品とのことで業者が参りました」
「業者?」
「はい、ガラス屋と鍛冶屋ですね」
「むっ、そうか、暫し待て」
レアンがここは任せたとミナに型を押し付けると食糧庫に走った、何もレアン自ら動かなくてもとメイドは口を出しそうになるが、機嫌の良いレアンを押し留めるのも申し訳なく感じてしまう、
「タロウ殿」
すぐにレアンの甲高い声が厨房と食糧庫を震わせた、リシャルトはライニールがいないとこれはこれで大変だなと、甥の苦労を肌で感じてしまっていた。
「待て、ニャンコを取るな」
「ヤダ、ニャンコはミナのー」
「このー、なら、イチゴじゃ、イチゴは譲らんぞ」
「エー、なら蝶々はミナのー」
「むー、では、星じゃ、星は取ったー」
「あー、じゃぁじゃぁ」
伯爵邸の厨房にミナとレアンの楽しそうな嬌声が響き、メイド達は忙しくしながらもその頬を緩めている、
「はい、出来ました」
そこへメイドが捏ね回していた生地を広げると、
「よし、やるか」
「うん」
と二人は腕まくりをし、レインは二人が手にしていない型を手にするとやれやれと呆れ顔で二人に続いた、その様子をメイド達は心底楽しそうに微笑んで見つめてしまっている、朝から実に活気がある、年に二三度あるかどうかの晩餐会の準備である、本来であればそこにミナのような子供も、令嬢であるレアンの姿もある筈が無い、ただただ粛々と下準備が進められるのが通常なのであるが、今日は違っていた、筆頭従者であるリシャルトより外部から指揮者を招き入れる事となったと数日前に伝達され、さらに聞けばそれはソフィアの旦那であるらしい、ソフィアから料理の手解きを受けていたメイド達はそれは凄いと歓喜し、さらにソフィアの伴侶ともなればまた珍奇で美味しい特殊な料理になるであろうと期待もしている、そして当日になるとその子であるミナとレインが厨房に駆け込む有様で、それはそれでどうかと思う間もなくレアンも前掛けを着けて厨房に駆け込んできた、そして遅れて入ったタロウの指示の下、まずはお菓子作りである、メイド達はその指示に従い、タロウはレアンに作業を任せてしまうと、さっさと次の工程に移っている、
「じゃ、こっちはミーンさんに任せるね」
「はい、任されました」
巨大な寸胴鍋が二つ並びそれぞれにミーンと若い料理人が張り付いている、何やら骨を煮込んでいるらしい、ミーンは自信満々と余裕の笑みであったが、その料理人は何とも不可解そうに鍋を覗き込んでいた、骨を食すのであろうかと不安そうでもある、タロウはまぁそういうものだからと若い料理人に微笑みかけると、
「こっちはどう?」
「なんとかなってるわよ」
とソフィアが適当に答えた、ソフィアとティル、数人の料理人が前にしているのは大量の牛と豚の肉塊である、まだ脂も筋もとっていない状態のもので、ソフィアはここからやるのかと大変にめんどくさそうであったが、まぁそうなるわよねとなんとか納得して手を動かし始め、他の料理人達は慣れたものなのか、文句も不平も無く、ソフィアとティルに確認しつつ、黙々と捌いている、
「あっ、部位毎に別けておかんとだぞ」
「わかってるけど、難しいわよ、それ」
「やっぱり?」
「そりゃそうでしょ、肉なんて形を整えたらみんな同じに見えるもの」
「・・・そっか、じゃ、今のうちに」
とタロウは肉塊を寄り分け始めた、ソフィアもティルも牛と豚の違い程度は分かるようにはなっているが、部位の違いまでは難しかった、たった二日前に扱いを教えられた食材である、無論肉の調理等日常的に熟しているが、部位毎に調理を変えるような器用な事はしていない、昨日もハンバーグを作るにあたって肉塊に向かったのであるが、結局それがどこの部位であったかなど気にする事は無かった、
「あっ、でね、リシャルトさんから聞いたんだけど」
とタロウは料理長を捕まえてより詳細な打合せを始める、
「丸焼きにするなら、この塊を使って欲しいんだな、で、こっちも丸焼きにできる、どっちも牛の肉ね、豚はちゃんと火を通さないとだから、丸焼きには向かないと思っていただけると嬉しい」
「それはまたどういう事で?」
料理長もその道の熟練者である、また、晩餐会や食事会となればまさに自分達の腕の見せ所と張り切るもので、しかし今回はその調理の指揮はこのタロウなる人物に従うようにとの通達であった、聞けばメイド達が習得してきた様々な料理を考案した人物であるという、料理長としても思う所はあるがそこは勤め人であった、ここはその知見を素直に吸収しようと前向きになっている、実際にメイド達が伝えた料理は珍奇ながら美味なもので、このような調理方法があったのかと料理長は舌を巻かざるを得なかった、
「そうだねー、実は何だけど、この牛の肉はね、生でも食える」
エッと料理長は目を剥いた、さらにソフィアとティルもそれは聞いていないと顔を上げ、料理人達の手も止まってしまう、
「正確に言えば生で食っても腹は壊さないってのが正しいような気もするんだけど、美味しいかどうかは別でね、だから、俺の国だとこの包丁が当たった部分?ここだけをしっかり焼いて、中までは火を通さないで食べる事が多いかな?」
「・・・それはまた・・・獣の肉ですよ・・・」
「そうだね、でも、それはそれで美味しい・・・うん、ただね、この肉だと難しいかな?固いからね、もう少し何と言うか・・・牛の品種改良と育成手法かな、が発達すればより美味しくなるのは確実だね」
「それ本当?」
ソフィアがジロリとタロウを睨む、聞いていなかった事も不快であったが、それ以上に興味のある内容ではあった、
「ホントだよ、言ってなかったのは勘違いする場合があるなーって思ってね」
タロウはニヤリと微笑み、
「ほら、まず生肉ってだけで忌避してるだろ、君達は、それはそれで正しいと思う、俺も生肉は駄目だと思うから、でもね、そこで牛は少々生で食べても大丈夫って知識があると他の肉もできるだろうって思われそうでね、だから特に口にしなかったんだよ」
「あら・・・少しは考えているのね」
「そうだねー、それに肉の知識自体がお粗末だからさ、ほれ、肉屋で売ってる肉が鳥の種類もそうだけど、鹿か猪かも分からない程度だとね、それこそ牛と勘違いして鹿を生で食べたら、死ぬほど苦しむぞ」
「そこまで馬鹿にしなくても」
「馬鹿にはしてないよ、ただ、肉屋も適当みたいだしね、話しを聞く限り、だからね、牛と豚がちゃんと流通して店でも別で扱えて、部位毎に売られるくらいに慣れてからかな、暫く先になるだろうし、その頃にはもう少しこの牛も豚もこっちの味になっているだろうしね」
「こっちの味?」
「そっ、こっちの餌を使った、こっちで生産されるこの土地の牛と豚の味」
「そこまで変わる?」
「変わるよー、やっぱり餌でね肉の味は変わるから、ルカス先生にも言ってるんだけどさ、俺の田舎じゃ肉の味を良くする為に牛に酒を飲ませるんだぜ」
エッと全員が目を見開いた、
「他には、そうだね、牛の骨を砕いたのを餌に混ぜたり、葡萄の搾りかすを食べさせたりってね、まぁ、いろいろあるんだ」
タロウはニコニコと話しているが、そこまでするのかと呆気にとられている一同である、たかが家畜である、酒を飲ませるのも大概と思うし、骨を砕いて食べさせるなぞ、逆に不味くなりそうに聞こえた、
「そうやってね、牛にしろ豚にしろ育て方を変えてより良い肉にするって事もある、だから俺に言わせればこの肉はどっちもまだ正に獣の肉でね、それがこっちの鶏みたいにさ、家畜の肉って感じになるのはもう暫く先だな」
「それはまた・・・」
「いや、なるほど・・・そこまで考えたことはありません」
料理人達はこれはまた新たな知見であると顔を見合わせ、料理人も目を見開いて肉塊に視線を落す、料理人達としては獣肉に関してはそれなりに経験もあり、肉の調理に関しても一家言持っている、しかし、その肉の生産に関してまで考えた事は無かった、無論鹿も猪も家畜では無く野生のそれで、生産するという視点で考える事は出来ない、しかし、確かにそれらに比肩するであろう牛と豚が家畜として生産されるとなれば、その育て方もまた重要になるのであろう、
「先の話だよ、そのうちほら、牛と言えばモニケンダムとかさ、豚肉はヘルデルだ、なんてね、そんな感じにねその地の名物って言われる程になって、貴族様達にね、あの土地の豚はこうで、あっちの土地の豚はここが良いなんてさ、美食家を気取るくらいになれば・・・より面白くなるかなって思うかな、恐らくそうなればこそ、やっと牛も豚も安定して供給されているって事になるとも思うしね」
タロウはニヤリと微笑むと、ビショクカとは?と料理人達は顔を見合わせてしまう、実は味にうるさい雇い主は少なく無いが、それも塩味が足りない程度の指摘で、客人が出された料理にケチをつける事はさらに少ない、というかほとんど無い、特に貴族社会に於いては食事会や晩餐会等での食事に文句を言う事など出来ようもない、主催者が用意した料理を批判する事は無礼とされており、粛々と静かに食事をする事が上品とされていた、実際に料理そのものにも大きな味の差は少なく、日常的に食するそれとあまり変わらないと言われればそうなのである、やはり調味料と香辛料の少なさがその大元の原因となっている、
「まぁ、そういうわけで、でもあれだろ、やっぱり丸焼きは欲しいんでしょ」
と話題を戻した、料理人達はそこでハッと我に返って作業に戻り、ティルはなるほどなーと納得し、ソフィアはなんかむかつくわねーと軽く憤慨しつつも手を動かし始める、
「はい、やはり、肉料理は晩餐会の中心なのです」
料理人も慌てて顔を上げた、
「だよね、だから、この部位の丸焼きはいけるけど、ちょっと小さいかな?」
「いえ、充分です・・・いや、縮みますよね、この肉?」
「そだね、それは仕方ない」
「となると」
と二人はあーだこーだとやり始めた、そこは流石の料理長である、負けてはいられないと積極的になり、タロウも嬉しそうに助言を口にしている、料理人達はしっかりと聞き耳を立てていた、料理人もまた職人である、先達の技術は目で盗み、その味は盗み食いで身に付けるのが当たり前であるとされ、直接指導される事はまず無い、あるにはあるがそれはしっかりと技術と味を盗みきりその実力を認められた時からで、そうなるともうその料理人は一人前とされ、独立やさらに上の役職を伺う時期とされていた、なんとも不親切な上に排他的で、厨房はまさに職人気質の職場であったりする、
「そうなると、やっぱりあれだね、ソースの味が決め手になるかな?」
「はい、そのソースに関しては御指導頂ければと思います」
さらに話題が移ったようで、しかし、急に料理長が下手に出る、イフナース邸での食事会に供されたソースについて、ユスティーナやレアンからあれを作れないかと訊ねられた事があり、しかし見てもいなければ味わった事がないソースを再現するのは料理長では難しく、しかしマヨソースやらの特殊なソースはメイド達から教わっている、肉の調理に関しては負ける事は無いと自負するが、このソースに関してはどうにもお手上げなのであった、
「そうですね、では、肉に合うソースを作りますか・・・材料次第かな・・・」
「では、こちらへ、食糧庫を確認下さい」
二人はそのまま食糧庫へ向かう、料理人達はその背を横目で伺う、料理長自ら先に立った様子に、まぁそうなるだろうなとタロウの実力というべきかその知識には感心してしまっていた、普段寡黙な料理長が饒舌になっているのも珍しい事であったりする、そこへ、
「失礼、タロウ殿はおられるか」
リシャルトがスッと顔を出す、
「ムッ、なんじゃ、どうかしたか?」
レアンがキッとリシャルトを睨んだ、今日はユスティーナもマルヘリートもライニールも不在である、その為リシャルトやらカラミッドからタロウらを守るのは自分の仕事と勘違いも含んだ義務感を感じているらしく、昨晩の騒動の事もある、故にレアンはリシャルトとカラミッドにはあくまで若干ではあるが警戒していたりする、
「はい、納品とのことで業者が参りました」
「業者?」
「はい、ガラス屋と鍛冶屋ですね」
「むっ、そうか、暫し待て」
レアンがここは任せたとミナに型を押し付けると食糧庫に走った、何もレアン自ら動かなくてもとメイドは口を出しそうになるが、機嫌の良いレアンを押し留めるのも申し訳なく感じてしまう、
「タロウ殿」
すぐにレアンの甲高い声が厨房と食糧庫を震わせた、リシャルトはライニールがいないとこれはこれで大変だなと、甥の苦労を肌で感じてしまっていた。
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】
白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン!
★第2部はこちら↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603
「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」
幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。
東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。
本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。
容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。
悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。
さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。
自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
週間ランキング(総合):80位台
週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる