919 / 1,143
本編
70話 公爵様を迎えて その49
しおりを挟む
「そろそろ離してやりなさい」
ソフィアがもうとミナの頭にポンと手を置いた、
「やだー、逃げないように捕まえとけって言ったー」
ミナはムゥとソフィアを見上げる、ミナに取りつかれたままのタロウは軽くソフィアを見上げて言葉も無い、
「もう逃げないわよ、でしょ?」
ソフィアがやれやれとタロウを見下ろすと、タロウは小さく頷き項垂れた、
「あら・・・ほら、ミナ、タロウさんも疲れてるみたいだし、大丈夫でしょ」
「そうなのー?」
「そうよ、見てみなさい、心底疲れたって顔してるわよ」
「えー、そうかなー」
ミナがうんしょとタロウの頭を天井に向ける、力なくそれに従うタロウである、小さい両手でいびつに歪めらた上下逆のその顔に、
「あははー、変な顔ー、ほら、ソフィー見てー、変な顔ー」
ミナはキャッキャッと笑いだし、食堂の他の面々はタロウさんも大変だなとほくそ笑んだ、
「こら、その辺にしときなさい」
「えー・・・ムー、わかったー」
ミナは不承不承と納得したようで、うんしょとタロウの背から降りた、北ヘルデルでの会合を終え、ユスティーナらはホクホクと嬉しそうに屋敷に戻った、寮で出迎えたエレインらと興奮気味に話し込むのをライニールがこの後の予定もありますと何とかまとめて引き上げる、大した予定では無いのだがこうでも言わないと夕食を共にする雰囲気をソフィアが醸しておりそれはそれで申し訳ないだろうとの配慮であった、タロウ以上にライニールも疲れ切っていた様子であるが、そこは仕事と歯を食いしばったのであろう、その様子に従者も大変だなとタロウは項垂れつつライニールに小さな親近感をおぼえてしまった、
「・・・わかってくれて、うれしいよ・・・」
タロウは力なく呟く、
「もう、なによ、そんなに疲れたの?」
今度はタロウが叱責される番らしい、ソフィアはいい加減にしろとその腰に手を当てる、
「そりゃ・・・だって・・・さ・・・苦手な人の相手は・・・精神的にくる・・・もんだぞ・・・」
タロウは何とか呟いてフーと大袈裟に溜息を吐く、
「何言ってるのよ、前の時は平気だったでしょ」
「・・・前って?」
「ほら、異国の貴重な反物の時・・・」
「・・・あー・・・でもさ、あれはだってさ・・・そういう感じだったわけだし」
「何が違うのよ、しっかりなさい」
「・・・できれば・・・してる・・・」
「まったく、まぁいいわ、ほら、支度が終わっているからね、準備なさい」
ソフィアがこれ以上は埒が明かないとパンパンと手を叩いた、食堂内の生徒達はハーイと明るく答え、ミナもお片付けーとテーブルに向かう、ソフィアはそのままさっさと厨房へ戻った、
「えっと・・・大丈夫ですか?」
タロウの側に座っていたレスタが心配そうに声をかける、
「ん?・・・大丈夫、全然大丈夫」
タロウは力なく微笑むが、レスタはこりゃ駄目そうだなと苦笑いを浮かべてしまった、
「ほっといていいわよ、レスタさん、こいつはこういう奴なのよ」
それをユーリが見咎めた、
「そうなんですか?」
「そうよ、第一男ってやつはね、変に優しくしてもつけあがるだけなんだから、偶にはいいでしょ、最近調子乗ってたし」
散々な言いようである、別に調子に乗っていた訳では無いと思うとタロウは反論しかけ、しかし、ここで何か言うと余計に体力を消耗しそうだと黙する事を選んだ、単純にめんどくさかった事もある、
「それは・・・それでどうかと・・・」
レスタはさらに苦笑いを濃くする、
「いいの、ほっときなさい、なんだったらミナをけしかければいいんだから、ねっ、ミナ」
ユーリがミナにニヤリと意地悪そうに笑いかけ、
「なに?なにがー」
とミナがダダッとユーリに駆け寄った、
「んー、タロウがね、元気が無いからね、あんた、なんとかしなさい」
「えー・・・なんとかってなにー?」
不思議そうに首を傾げるミナである、
「あー・・・なんだろ・・・取り合えず、殴る蹴る?」
何とも暴力的な単語にそれを耳にした全員がそれはどうかと顔を上げ、タロウもやっとおいおいと振り返る、
「いいの?」
しかしミナはピョンと飛び跳ねた、
「いいわよー、ミナはクロノスよりも強いもんねー」
「うん、強いよー、ミナとレインはサイキョーなのー」
「でしょー、だったらタロウよりも強いもんねー」
「勿論」
「ん、じゃ、ヤレ」
「わかったー」
ミナがムフッと微笑み両手を構えてタロウに向き直った瞬間、
「わかった、元気になった、うん、全然平気」
これは教育上宜しくないとタロウはサッと腰を上げた、
「エー、嘘だー」
ミナが叫び、
「あー、絶対嘘」
ユーリがミナに同調する、
「いや、ホント、ホントに元気、うん、さて夕食はなにかなー、楽しみだなー、レスタさん今日は何か聞いた?」
空々しいまでの見事なカラ元気である、
「えっ、あっ、はい、そのハンバーグだそうで・・・昨日のお肉の・・・」
「あっ、そうだよね、あのな、牛と豚の肉を使ったハンバーグをな、合いびき肉って言うんだよ、旨いぞー」
「それ昨日も聞きました」
「そだっけ?」
「はい、美味しそうだなーってみんなで・・・ね?」
とレスタが周りを見渡すと、ウンウンと頷く者が大多数である、
「そっか、話したか・・・」
そこでどうやら最後の活力を使い切ったらしい、タロウはゆっくりと座り直してしまう、途端、
「ヤレー」
ユーリの号令が響き、
「覚悟しろー」
ミナがタロウに飛び掛かる、
「勘弁してくれー」
タロウの叫びが食堂に大きく響き渡った。
夕食を終え一息吐けた、合いびき肉のハンバーグは絶賛され、やはり鹿や猪とはまるで違うと称賛の嵐となった、昨日のお肉祭りも大変に好評であったのだが、ハンバーグ独特の食感の柔らかさと食べやすさはまた焼いただけの肉とは大きく異なるもので、結局一人当たり大人の拳大のそれを三つは平らげている、若いとはいえ大したもんだとタロウは呆れつつも嬉しく眺めてしまった、
「で、明日の準備はどうするの?」
ソフィアが片付けを終えて今日も取り合えずこれで終わりかしらねと腰を落ち着けた、そうなると明日の事が気になるもので、タロウに何とはなしに問いかける、ミナとレイン、ニコリーネとテラが入浴中であり、他の面々は夕食前に広げていた木簡やら黒板を再び広げて真剣に読み込んでいる、今日まとめられた資料であった、チャイナドレスから化粧、髪型、昨日年長者達が実践した脱毛処理に関する事と、文章にしてみればそれは実に膨大であり、さらには美容に関する事となれば年頃の娘達なら気にならない訳が無い、皆実に真剣な瞳である、
「あー・・・そうだよね」
とタロウはウーンと考え込む、先程までの疲れはハンバーグのお陰もあってか大分癒された、我が事ながらなんとも現金なものである、美味い料理はやはり活力の元なんだなと実感するに至り、そしてやはり精神的な疲労は肉体的なそれとは比べ物にならないなと再認識した、数年振りに感じる疲労感である、こちらに来てからは肉体的な疲労で身体が動かなくなることは数度あったが、それも瞬時に回復する術を身に着けており、しかし、精神的な疲労を回復する手段に関してはまるで対処した事は無かった、どうやらそれだけ好き放題やってきたという事らしい、ユーリの言う調子にのっているの一言はあながち間違っていないのかもしれないなと、冷静になるタロウであった、
「朝からって話しはしてるよね?」
タロウは確認とばかりに問い直す、
「聞いてるわよ、あっ、ティルさんも座んなさい」
厨房から出てきたばかりのティルを捕まえるソフィアである、一緒に出てきたグルジアは勉強以上に熱心に額を寄せる一団に吸い込まれていった、と同時にエレインがどうやら三人の様子に気付いて腰を上げる、
「あっ、エレインさんもお願い」
タロウがニコリと微笑む、エレインも笑顔で答えるとソフィアの隣りに腰掛けた、
「でだ、予定としては変わらないんだけど、午前の早い時間から向こうに行って、あっ・・・奥様はあっちにいっちゃうのか・・・そうなると少し変わるかな?」
タロウが大きく首を傾げた、
「やっぱり変更あった?」
ソフィアがニヤリと微笑む、今日のパトリシアの話しを思い出すに、明日はユスティーナもマルヘリートも忙しい筈で、そうなると晩餐会の準備もまた変更がある筈であった、貴族の流儀は知らないが、しかし中心人物の一人であるユスティーナが不在となれば段取りが変わるのも当然であろう、
「あー・・・多分ね、何とかなるとは思うけど・・・それは俺の関与できる事じゃないかな・・・まぁ、お嬢様はいるだろうからそういう名目にすればいいさ」
「ならいいけど、どうする?ミナも手伝わせる?」
「・・・できるのか?」
「大丈夫だと思うわよ、それにミナをほっておくと後がうるさいし」
「それもそっか・・・じゃ、ミナとレインを連れて行って、そっちはそれで・・・あっ、藁箱は?」
「予定通りです、少し多めに用意しました」
エレインがニコリと微笑む、
「ありがとう、じゃ、それは行くときに持って行って、あっ、ゾーイさんかな?カトカさんかな?」
タロウが振り返ると、研究所組は疲労か食べ過ぎか、そのどちらもあってか見事に全員がだらしなく伸びている、しかしゾーイとカトカは同時にサッと姿勢を正し、曖昧な笑みを浮かべていた、異性であるタロウの視線が届かない事からすっかりと油断していたのであろう、
「皿は明日の朝でいいよね?」
タロウはそんな二人を気にする素振りを見せずに問いかける、
「はい、木箱に入れてあります、緩衝材?もたっぷりと」
ゾーイが答え、
「準備万端です」
カトカも笑顔を見せた、
「ありがとう、そうなると」
タロウが笑顔を見せて向き直ると、再びだらしなく脱力する二人である、ユーリとサビナは別に見栄を張らなくてもと湯呑を片手に二人を薄目で睨むが、二人にしてみればただの条件反射であったりする、なにも非難される謂れは無い、
「メーデルさんとフローケルさんは現場に直接だから・・・あとはあれとあれはあるし・・・」
タロウは部屋の隅に追いやられてしまった木箱と革袋を確認し、
「下準備は大丈夫そうかな・・・段取りに関しては」
「私とティルさんとミーンさんで料理ね」
「そうなる、俺も最初はそっちで指示を出して、会場設営はほら、向こうの仕事、ライニールさんがいないと思うけど、リシャルトさんがやるだろうし」
「あー・・・あの人苦手なのよねー」
ソフィアがリシャルトって誰だっけと悩んですぐに思い出した、ライニールと違って伯爵家の従者らしい従者であるリシャルトである、接点が少ない為その人となりもよく知らない、その為かあまり印象はよろしくない、
「大丈夫だぞ、話せばわかる・・・ような気がする」
「そう?」
「たぶんね、まぁ、料理に関してはそんなに口出ししないだろうからさ、で、料理なんだけど」
とタロウは構想の幾つかを口にし、それだけでは駄目かなと黒板をエレインから預かって書き留めた、
「なるほど・・・手間だわね・・・」
「そう言うなよ、美味いのは知ってるだろ」
「知ってるけど、量はどんなもん?」
「大量」
「それはわかるわよ」
「だよな、まぁ、向こうの料理人さんもメイドさんもいるしね、分量的なものはお任せだな・・・料理もね、中心となるものはやっぱり向こうにお任せだから、まぁ、なんとかなるよ」
「そうかもね」
「そういう事、でだ・・・道具も明日届くし・・・うん、まぁ、あれだ、朝から動けば何とかなるさ」
タロウは黒板を見つめて大きく頷いた、
「そっ、ならいいわ」
ソフィアも納得できたのかフンッと小さく鼻息を吐き出し、ティルも何とかなりそうかなと黒板を覗く、ティルが懸念しているのは慣れない厨房に立つ事ぐらいであり、ソフィアとミーンが側にいればなんでもできるであろうとの自負もあった、こちらに世話になってだいぶ調理の腕も上がっていると思う、特殊な調理をする事が多い為、なんでもやってやろうとの度胸もついていた、
「・・・あっ、でね、話しは変わるんだけど」
とタロウは白墨を置くと、
「双六・・・もういいか、ノシなんだけどさ」
と見事に話題を変えてエレインを見つめるタロウであった。
ソフィアがもうとミナの頭にポンと手を置いた、
「やだー、逃げないように捕まえとけって言ったー」
ミナはムゥとソフィアを見上げる、ミナに取りつかれたままのタロウは軽くソフィアを見上げて言葉も無い、
「もう逃げないわよ、でしょ?」
ソフィアがやれやれとタロウを見下ろすと、タロウは小さく頷き項垂れた、
「あら・・・ほら、ミナ、タロウさんも疲れてるみたいだし、大丈夫でしょ」
「そうなのー?」
「そうよ、見てみなさい、心底疲れたって顔してるわよ」
「えー、そうかなー」
ミナがうんしょとタロウの頭を天井に向ける、力なくそれに従うタロウである、小さい両手でいびつに歪めらた上下逆のその顔に、
「あははー、変な顔ー、ほら、ソフィー見てー、変な顔ー」
ミナはキャッキャッと笑いだし、食堂の他の面々はタロウさんも大変だなとほくそ笑んだ、
「こら、その辺にしときなさい」
「えー・・・ムー、わかったー」
ミナは不承不承と納得したようで、うんしょとタロウの背から降りた、北ヘルデルでの会合を終え、ユスティーナらはホクホクと嬉しそうに屋敷に戻った、寮で出迎えたエレインらと興奮気味に話し込むのをライニールがこの後の予定もありますと何とかまとめて引き上げる、大した予定では無いのだがこうでも言わないと夕食を共にする雰囲気をソフィアが醸しておりそれはそれで申し訳ないだろうとの配慮であった、タロウ以上にライニールも疲れ切っていた様子であるが、そこは仕事と歯を食いしばったのであろう、その様子に従者も大変だなとタロウは項垂れつつライニールに小さな親近感をおぼえてしまった、
「・・・わかってくれて、うれしいよ・・・」
タロウは力なく呟く、
「もう、なによ、そんなに疲れたの?」
今度はタロウが叱責される番らしい、ソフィアはいい加減にしろとその腰に手を当てる、
「そりゃ・・・だって・・・さ・・・苦手な人の相手は・・・精神的にくる・・・もんだぞ・・・」
タロウは何とか呟いてフーと大袈裟に溜息を吐く、
「何言ってるのよ、前の時は平気だったでしょ」
「・・・前って?」
「ほら、異国の貴重な反物の時・・・」
「・・・あー・・・でもさ、あれはだってさ・・・そういう感じだったわけだし」
「何が違うのよ、しっかりなさい」
「・・・できれば・・・してる・・・」
「まったく、まぁいいわ、ほら、支度が終わっているからね、準備なさい」
ソフィアがこれ以上は埒が明かないとパンパンと手を叩いた、食堂内の生徒達はハーイと明るく答え、ミナもお片付けーとテーブルに向かう、ソフィアはそのままさっさと厨房へ戻った、
「えっと・・・大丈夫ですか?」
タロウの側に座っていたレスタが心配そうに声をかける、
「ん?・・・大丈夫、全然大丈夫」
タロウは力なく微笑むが、レスタはこりゃ駄目そうだなと苦笑いを浮かべてしまった、
「ほっといていいわよ、レスタさん、こいつはこういう奴なのよ」
それをユーリが見咎めた、
「そうなんですか?」
「そうよ、第一男ってやつはね、変に優しくしてもつけあがるだけなんだから、偶にはいいでしょ、最近調子乗ってたし」
散々な言いようである、別に調子に乗っていた訳では無いと思うとタロウは反論しかけ、しかし、ここで何か言うと余計に体力を消耗しそうだと黙する事を選んだ、単純にめんどくさかった事もある、
「それは・・・それでどうかと・・・」
レスタはさらに苦笑いを濃くする、
「いいの、ほっときなさい、なんだったらミナをけしかければいいんだから、ねっ、ミナ」
ユーリがミナにニヤリと意地悪そうに笑いかけ、
「なに?なにがー」
とミナがダダッとユーリに駆け寄った、
「んー、タロウがね、元気が無いからね、あんた、なんとかしなさい」
「えー・・・なんとかってなにー?」
不思議そうに首を傾げるミナである、
「あー・・・なんだろ・・・取り合えず、殴る蹴る?」
何とも暴力的な単語にそれを耳にした全員がそれはどうかと顔を上げ、タロウもやっとおいおいと振り返る、
「いいの?」
しかしミナはピョンと飛び跳ねた、
「いいわよー、ミナはクロノスよりも強いもんねー」
「うん、強いよー、ミナとレインはサイキョーなのー」
「でしょー、だったらタロウよりも強いもんねー」
「勿論」
「ん、じゃ、ヤレ」
「わかったー」
ミナがムフッと微笑み両手を構えてタロウに向き直った瞬間、
「わかった、元気になった、うん、全然平気」
これは教育上宜しくないとタロウはサッと腰を上げた、
「エー、嘘だー」
ミナが叫び、
「あー、絶対嘘」
ユーリがミナに同調する、
「いや、ホント、ホントに元気、うん、さて夕食はなにかなー、楽しみだなー、レスタさん今日は何か聞いた?」
空々しいまでの見事なカラ元気である、
「えっ、あっ、はい、そのハンバーグだそうで・・・昨日のお肉の・・・」
「あっ、そうだよね、あのな、牛と豚の肉を使ったハンバーグをな、合いびき肉って言うんだよ、旨いぞー」
「それ昨日も聞きました」
「そだっけ?」
「はい、美味しそうだなーってみんなで・・・ね?」
とレスタが周りを見渡すと、ウンウンと頷く者が大多数である、
「そっか、話したか・・・」
そこでどうやら最後の活力を使い切ったらしい、タロウはゆっくりと座り直してしまう、途端、
「ヤレー」
ユーリの号令が響き、
「覚悟しろー」
ミナがタロウに飛び掛かる、
「勘弁してくれー」
タロウの叫びが食堂に大きく響き渡った。
夕食を終え一息吐けた、合いびき肉のハンバーグは絶賛され、やはり鹿や猪とはまるで違うと称賛の嵐となった、昨日のお肉祭りも大変に好評であったのだが、ハンバーグ独特の食感の柔らかさと食べやすさはまた焼いただけの肉とは大きく異なるもので、結局一人当たり大人の拳大のそれを三つは平らげている、若いとはいえ大したもんだとタロウは呆れつつも嬉しく眺めてしまった、
「で、明日の準備はどうするの?」
ソフィアが片付けを終えて今日も取り合えずこれで終わりかしらねと腰を落ち着けた、そうなると明日の事が気になるもので、タロウに何とはなしに問いかける、ミナとレイン、ニコリーネとテラが入浴中であり、他の面々は夕食前に広げていた木簡やら黒板を再び広げて真剣に読み込んでいる、今日まとめられた資料であった、チャイナドレスから化粧、髪型、昨日年長者達が実践した脱毛処理に関する事と、文章にしてみればそれは実に膨大であり、さらには美容に関する事となれば年頃の娘達なら気にならない訳が無い、皆実に真剣な瞳である、
「あー・・・そうだよね」
とタロウはウーンと考え込む、先程までの疲れはハンバーグのお陰もあってか大分癒された、我が事ながらなんとも現金なものである、美味い料理はやはり活力の元なんだなと実感するに至り、そしてやはり精神的な疲労は肉体的なそれとは比べ物にならないなと再認識した、数年振りに感じる疲労感である、こちらに来てからは肉体的な疲労で身体が動かなくなることは数度あったが、それも瞬時に回復する術を身に着けており、しかし、精神的な疲労を回復する手段に関してはまるで対処した事は無かった、どうやらそれだけ好き放題やってきたという事らしい、ユーリの言う調子にのっているの一言はあながち間違っていないのかもしれないなと、冷静になるタロウであった、
「朝からって話しはしてるよね?」
タロウは確認とばかりに問い直す、
「聞いてるわよ、あっ、ティルさんも座んなさい」
厨房から出てきたばかりのティルを捕まえるソフィアである、一緒に出てきたグルジアは勉強以上に熱心に額を寄せる一団に吸い込まれていった、と同時にエレインがどうやら三人の様子に気付いて腰を上げる、
「あっ、エレインさんもお願い」
タロウがニコリと微笑む、エレインも笑顔で答えるとソフィアの隣りに腰掛けた、
「でだ、予定としては変わらないんだけど、午前の早い時間から向こうに行って、あっ・・・奥様はあっちにいっちゃうのか・・・そうなると少し変わるかな?」
タロウが大きく首を傾げた、
「やっぱり変更あった?」
ソフィアがニヤリと微笑む、今日のパトリシアの話しを思い出すに、明日はユスティーナもマルヘリートも忙しい筈で、そうなると晩餐会の準備もまた変更がある筈であった、貴族の流儀は知らないが、しかし中心人物の一人であるユスティーナが不在となれば段取りが変わるのも当然であろう、
「あー・・・多分ね、何とかなるとは思うけど・・・それは俺の関与できる事じゃないかな・・・まぁ、お嬢様はいるだろうからそういう名目にすればいいさ」
「ならいいけど、どうする?ミナも手伝わせる?」
「・・・できるのか?」
「大丈夫だと思うわよ、それにミナをほっておくと後がうるさいし」
「それもそっか・・・じゃ、ミナとレインを連れて行って、そっちはそれで・・・あっ、藁箱は?」
「予定通りです、少し多めに用意しました」
エレインがニコリと微笑む、
「ありがとう、じゃ、それは行くときに持って行って、あっ、ゾーイさんかな?カトカさんかな?」
タロウが振り返ると、研究所組は疲労か食べ過ぎか、そのどちらもあってか見事に全員がだらしなく伸びている、しかしゾーイとカトカは同時にサッと姿勢を正し、曖昧な笑みを浮かべていた、異性であるタロウの視線が届かない事からすっかりと油断していたのであろう、
「皿は明日の朝でいいよね?」
タロウはそんな二人を気にする素振りを見せずに問いかける、
「はい、木箱に入れてあります、緩衝材?もたっぷりと」
ゾーイが答え、
「準備万端です」
カトカも笑顔を見せた、
「ありがとう、そうなると」
タロウが笑顔を見せて向き直ると、再びだらしなく脱力する二人である、ユーリとサビナは別に見栄を張らなくてもと湯呑を片手に二人を薄目で睨むが、二人にしてみればただの条件反射であったりする、なにも非難される謂れは無い、
「メーデルさんとフローケルさんは現場に直接だから・・・あとはあれとあれはあるし・・・」
タロウは部屋の隅に追いやられてしまった木箱と革袋を確認し、
「下準備は大丈夫そうかな・・・段取りに関しては」
「私とティルさんとミーンさんで料理ね」
「そうなる、俺も最初はそっちで指示を出して、会場設営はほら、向こうの仕事、ライニールさんがいないと思うけど、リシャルトさんがやるだろうし」
「あー・・・あの人苦手なのよねー」
ソフィアがリシャルトって誰だっけと悩んですぐに思い出した、ライニールと違って伯爵家の従者らしい従者であるリシャルトである、接点が少ない為その人となりもよく知らない、その為かあまり印象はよろしくない、
「大丈夫だぞ、話せばわかる・・・ような気がする」
「そう?」
「たぶんね、まぁ、料理に関してはそんなに口出ししないだろうからさ、で、料理なんだけど」
とタロウは構想の幾つかを口にし、それだけでは駄目かなと黒板をエレインから預かって書き留めた、
「なるほど・・・手間だわね・・・」
「そう言うなよ、美味いのは知ってるだろ」
「知ってるけど、量はどんなもん?」
「大量」
「それはわかるわよ」
「だよな、まぁ、向こうの料理人さんもメイドさんもいるしね、分量的なものはお任せだな・・・料理もね、中心となるものはやっぱり向こうにお任せだから、まぁ、なんとかなるよ」
「そうかもね」
「そういう事、でだ・・・道具も明日届くし・・・うん、まぁ、あれだ、朝から動けば何とかなるさ」
タロウは黒板を見つめて大きく頷いた、
「そっ、ならいいわ」
ソフィアも納得できたのかフンッと小さく鼻息を吐き出し、ティルも何とかなりそうかなと黒板を覗く、ティルが懸念しているのは慣れない厨房に立つ事ぐらいであり、ソフィアとミーンが側にいればなんでもできるであろうとの自負もあった、こちらに世話になってだいぶ調理の腕も上がっていると思う、特殊な調理をする事が多い為、なんでもやってやろうとの度胸もついていた、
「・・・あっ、でね、話しは変わるんだけど」
とタロウは白墨を置くと、
「双六・・・もういいか、ノシなんだけどさ」
と見事に話題を変えてエレインを見つめるタロウであった。
1
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる