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70話 公爵様を迎えて その44

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ユスティーナはそこでやっと冷静に思考が回りだす、先の大戦において、自分は病床にあり実際にその状況を見てはいないのであるが、側仕え達から伝え聞いたモニケンダムの状況はやはり普段のそれとは大きく違っていた、当時は現北ヘルデル周辺からの避難民がヘルデルに流れ込み、ヘルデルもまた前線になると懸念された時期になって、その避難民の多くとヘルデルからの避難民も合わさってさらに多くの人々が周辺の街へと振り分けられたらしい、モニケンダムは特に食糧生産拠点である事と兵を送っていない事から割り当てが多く、街外れから北にある巨大なホーイ湖に至る広い原野に避難民の野営地が作られ、無論街中にも仕事の無い避難民が多く闊歩する状況になり、必然的に大変に治安が悪化してしまった、側仕え達は街を歩くのも危険であると愚痴を零す程で、しかし、幸運であったのはカラミッドが前線に出向いていなかったことである、最近知ったのであるがレイナウトの意向もあり、あくまで後背にあって戦争を支える事に注力し、結果、戦線は維持され、また避難民達を活用するべく農地の開墾や前線への輸送任務等々私財を投げうって雇用を生み出している、これが実に素晴らしい結果となった、避難民の多くは真面目で朴訥とした平民である、皆故郷の為と安い給料であったが精励し、街の治安も劇的に回復する事が出来た、正に善政と呼ぶに相応しい所業である、しかし、もしカラミッドが前線に向かっていたとしたらこうはならなかったであろう、戦争はどうしても有能な人材を求めるもので、カラミッド本人もであるがその取り巻きの官僚達、数は少ないが優秀な軍人や衛兵が不在であったなら、とてもではないがモニケンダムは避難民の対応だけで手一杯であった筈である、ユスティーナも貴族の端くれとして政は幼少の頃から身近にしている、床の中にあってカラミッドの手腕に心の底から敬意を抱いたものである、その後弱兵とそしられる事になったらしいが、それはカラミッドの力量を知らない無能共の戯言と鼻で笑えるほどにユスティーナはカラミッドを尊敬し、また夫として惚れ直していたりもする、

「・・・確かに・・・大事な事です・・・」

ユスティーナがその瞳の色を変えてパトリシアを見つめ返した、

「はい、私もそう思います」

その隣りのマルヘリートもゆっくりと頷いた、マルヘリートもまた先の大戦時にはヘルデルを離れ疎開していた身分である、まだ子供故によくわからずレイナウトの指示に従っただけであるが、田舎の子爵家に預けられ、大変に良くして貰ったと今では思う、しかし、その時の記憶を思い出すに自分がどれだけ優遇されていたかを大人になるにつれて思い知っている、その預けられた子爵領にも避難民が送られており、また、その家では当主が手勢を率いて前線に立っていた、故に残ったその奥方や従者達、子息達が忙しく対応に追われていたのを見ている、マルヘリートの記憶にあるその奥方は貴族らしいのんびりとして上品な淑女であったが日に日に憔悴していたような感があった、大戦が集結しその子爵も無事に戻った今ではすっかり元通りの優しい奥方であり、マルヘリートの大事な友人であり後見人の一人ではあるが、あの頃の奥方は慣れないながらもその地位と責務に見合う仕事をしていたのであろう、

「そう?・・・そうよね、数年前まではヘルデルこそが最前線だったのだから・・・ここも影響が無い訳が無いわよね」

「はい、しかし、どこまで・・・その、私達が何をするべきか・・・何より、その、何が出来るかとなると・・・難しいと感じます」

ユスティーナがやはり不安なのであろう、自信無さげである、

「難しく無いわよ、っていったら語弊があるわね・・・そうね・・・」

パトリシアはどう話すべきかと黙する、そして、

「うん、まずね、避難民の受け入れ先はさっきも言ったわね、それから、食料の確保は段取りされているわね、贅沢は決して出来ないけど飢える事は絶対に無いわ、それは私が確約します、無論、この街から持ち出す事も出来るでしょうから、その点は期待したいけど、明確な数量的なものは事務官を交えないと駄目ね、後は・・・医療かしら?ほら、どうしてもね、避難民は怪我もするけど病気になるものでしょ、だから医師を常駐させる事が決まっていて、衛兵もかしら・・・監視するのが目的じゃないのは理解されるでしょうけど、どうしてもね、生活を奪われた人達は不安になって・・・荒れちゃうものだからね、自警団も組織されるでしょうけど、それはそれね、その辺は市民に任せるのが一番よね・・・と実はね、こんなものなのよ」

とパトリシアは物足りなさそうに首を傾げ、

「ほら、私達が出来る事って、実は少ないのよ、何とも寂しい事なんだけど・・・お父様・・・陛下がね、よく言ってるんだけど、為政者ってやつは金を集めて儲からない事をやるのが仕事なんだって、確かにそうなのよ、一番大事な軍もそうだし、官僚達もそうだし、司法もそうなのよね、他には治安の維持とか・・・治水もそうね、どれもこれも大量に人が住むところに必要な事で、村とかの小さい規模の集団ではなんとかかんとかみんなでやってる事をね、都会だから、街だから、国だからって大規模にやってるのよ・・・それだけなのよ、でも・・・必要な事なのよね、集団になるという事がつまりそういう事なんだろうけど・・・でね、それらは必要ではあるけど儲かる事では無いわよね、商売にして儲かるのであれば商人達は絶対にやっているもの、実際に傭兵とか冒険者はいるけど・・・傭兵に関しては結局金を出すのは為政者だし、冒険者はどこまでも便利な何でも屋だからね・・・せめて・・・そうね、治水とか街道敷設とかは将来的には儲かる事なんだけど、それでもそれだけでお金を稼げる仕事じゃないわね、あくまで・・・領主やら国やらが金を出すから従事するけどって感じかしらね・・・違うかしら?」

そう続けるとニコリと同意を求める、

「・・・えっと、すいません、確かにその通りです」

ユスティーナは呆然とパトリシアを見つめてしまい、マルヘリートも目を丸くする、ライニールも呆けたようにパトリシアを見つめてしまっていた、そしてユーリとソフィアは素直に感心している、パトリシアの政治哲学を聞いたのは初めての事であるが、そこは流石の元王女であり、現皇太子妃である、どうやら政治に対する考えをしっかりと貯えているらしい、

「でしょう、だからね、翻って言ってしまえばね、お金を使う事しかできないのよ、政治ってやつは、そのお金で何を買ってきて、何をやらせるかよね、人を動かすのも結局お金だもの、そりゃだって、人はね食べる為に働くのだから、それを保障する一番簡単な方法が賃金なんだものね、お金がなければ人は動かない、当然ね、お金がある所に人が集まる、これも当然・・・となると、話しを戻せば・・・避難民への対応で事前に出来る事ってのは先に言った通りね、場所を定めて食事を用意して、あっ、勿論ちゃんと寝泊まりもできるわよ、ただ最初の内は天幕で雑魚寝になるけどね、ちゃんとした建物はそれこそ避難民の手で作る必要があると思うわね、その資材は用意できるとは聞いてるけど・・・ほら、何も仕事が無いでは逆に避難民は暇になるから・・・暇と爵位は不善の始まりとは良く言ったものよね、ホントにその通りなんだわ、暇な爵位持ちとしては耳が痛いけど・・・」

パトリシアは自嘲気味に微笑み、

「まぁ、そんな感じで・・・現時点では・・・その辺も要検討よね、で、その間に戦争には勝ってもらって、そこも重要なんだけど、それ以降は・・・その時ね、どういう状況になっているかで対応は変わるから・・・でも、北ヘルデルのような惨状にはならないでしょうから・・・今の北ヘルデルはねなんとも人が足りなくて・・・本当に困っているのよ・・・」

パトリシアはフーと深い溜息を吐き、アフラも深刻そうに頷いた、

「まぁ・・・でも・・・そこまで考えると、他に何が必要かしら?」

パトリシアの問いに答える者は無かった、一階からミナとウルジュラ、レアンの声が響いてくる、どうやら食堂は順調に進んでいるらしい、

「中心人物が欲しいですね」

ユーリがボソリと呟いた、

「そうね、それが大事」

パトリシアがニコリと微笑み、

「恐らくだけど・・・最悪の事態になれば伯爵はこちらに足止めになるわね、まさか自分の領地を放棄して逃げるような男ではないのでしょ」

「それは、当然です!!」

ユスティーナが大声で答える、あまりの叫びに一同はオッと驚くが、

「でしょうね、伝え聞く限りは中々の人物ですから、それに街の様子を見ても分かります、私この街を気に入ってますのよ、良い街だわ、ここは」

パトリシアが嬉しそうに微笑む、その背後のアフラがうんうんと頷いている、

「だから、そうなると、ユスティーナさん、貴方か、レアンお嬢様が避難民をまとめるのです、これはね、クレオノート伯爵家の責務とお考えなさい、そして、マルヘリートさん、貴方はそれを支えるのです、貴方の存在はヘルデルがモニケンダムを見捨てていないという精神的な助けになります」

二人をパトリシアの冷徹な視線が襲った、そして、

「こればかりはね、私もそうだし、他の貴族達にも出来ないことですから、モニケンダムの市民の命を守るのはクレオート家以外には無いのです、また、モニケンダムの市民もそう望む事でしょう、どうかしら?」

冷たい瞳が笑顔で歪む、ユスティーナとマルヘリートはゴクリと喉を鳴らし、ライニールはブルリとした冷たい武者震いに襲われた、

「・・・と言っても・・・」

パトリシアがフゥと一呼吸置いてユーリとソフィアに視線を移し、

「まぁ・・・私のクロノスがいればね、何個軍団がこようと敵ではないのですけどね」

とオッホッホと高笑いである、エッと目を丸くするユスティーナとマルヘリート、ソフィアは、

「そうなんですけどねー・・・でも、それをやったらそれこそ・・・」

「そうですよ、クロノスの居場所が無くなりますよ」

それを当然の事とユーリとソフィアが苦笑いである、さらにエッと驚く二人に一体どういう事かとライニールも唖然としている、

「そこなのよ、どうかしら、あれが本気を出したら・・・止めておくべきね」

「ですね、折角良い感じに力が抜けてますし・・・」

「そうね、タロウもいるしルーツもいるんですし、ちゃんと軍隊も来るのであれば・・・」

「それは勿論よ」

「だったら、それこそ、あれは北ヘルデルに繋いでおいた方がいいんじゃないですか?」

「あっ、違う、あれだけじゃないな、殿下もいるのよ・・・まずいかも・・・」

「・・・それもあったわね・・・」

「あら、あれもなの?」

「そうですよ、だって・・・ほら光柱のあれがあれですから」

「だよねー・・・ユーリ、あんた、あれよ、少し口出した方がいいんじゃない?」

「それはだって・・・アフラさんどう?」

「殿下に関しては・・・修行は・・・順調です」

「そなの?」

「はい、私とリンドさんで鍛えまくってますから、毎日」

「そうなんだ、なら、大丈夫?」

「いいえ、逆にその・・・エヘヘ・・・」

「なっ、なによその笑い方、アフラさんらしくないわね」

「失礼しました」

「別に咎めてないけど、大丈夫?」

「・・・すいません、それは明言できかねます」

「あら・・・これはいよいよね」

「やっぱり、あんた、潜り込みなさい」

「えー・・・なら、あんたが行きなさいよ、タロウもいるんだからなんとかするでしょ」

「だろうけど・・・だって、あれもあれで調子に乗ると危ないわよ」

「・・・そうなのよねー・・・っていうかあれが一番駄目じゃない」

「だよねー・・・」

とユーリとソフィアが同時に首を傾げ、アフラも苦笑いを崩さない、あれだそれだと見事なまでに不敬な表現である、しかし、これこそがソフィアとユーリらしさであったりする、

「まったく、お二人もアフラもしっかりなさい」

パトリシアの叱責が飛び、三人は同時に困ったなと目を伏せた、

「あっ、御免なさいね、ほら、さっきまでの話しは本当の意味で最悪な状況の事よ、少なくともうちの旦那がいれば負ける事は無いからね、その点は私が保証しますから」

パトリシアがニヤリと微笑む、ユスティーナは旦那とは英雄であるクロノスの事なんだろうなと認識し、

「・・・その・・・クロノス王太子殿下の事ですよね」

と思わず確認してしまった、

「そうよ、あれがいればね、普通の人相手なら・・・まぁ、大丈夫だから、だから・・・そうね、一番最初に言ったんだけど、私としてはね、お二人とは仲良くしたいだけだから、この街も好きだしね、あっ、マルヘリートさん、ヘルデルの織物工場と伝手はあるの?」

どうやら完全に話題が変わったらしい、問われたマルヘリートは、

「あっ・・・はい、その・・・私は詳しく無いですが、その、お爺様・・・先代公ならその顔が広いので・・・その・・・」

しどろもどろに答えた、

「そっか、その線もあるわね、あのね、タオル生地は御存知よね?」

「えっ、はい、確かタロウさんが持って来た、あの・・・新しい生地ですよね、フワフワの・・・」

目を回しながらマルヘリートが何とか答える、

「そうよ、あれ、あれの織機もあるらしいのよ、でね、クロノスもヘルデルで織れば波風も立つまいって事になっててね、どう?やらない?」

「それ言ってましたね」

「そだねー、あれは確かに売れると思う」

ユーリとソフィアが明るく微笑み、

「でしょー」

パトリシアがニヤリと微笑む、この落差は本当に何なんだろうとライニールは軽く混乱してしまう、思えばこの寮に来るとこういう瞬間が多いような気がする、緩急が酷すぎるのだ、ついていくだけで疲れてしまう、

「と言う訳で、あれはどこ?」

「あー・・・午後には戻るって事でした・・・」

「そっ、なら、あれね、城に戻っている頃合いかもだから、ソフィアさん、逃がさないで連れてきなさい」

「はい、了解です」

ソフィアがニコリと微笑み、パトリシアは満足そうに鼻息を荒くした。
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