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本編
70話 公爵様を迎えて その42
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その頃、寮の食堂である、ユスティーナは非常に困っていた、どのような顔をしていればよいのかまるで判断できない、従者のように畏まっていれば良いのであろうか、それともいつものようににこやかにしていれば良いのか、その顔に浮かべる表情すら決めかねてしまっており、結局、緊張して引きつった表情のまま静かに黒板を眺めている、その隣りのマルヘリートも同様のようで、こちらはユスティーナ以上に緊張しているであろう、幼少の頃から怨敵と聞かされてきたその人が同じ室内に居るのである、その心中を慮れば、ユスティーナのそれなぞ可愛いものであろう、さらにその隣りのレアンもまた緊張した顔であったが、こちらはまた別の感情があるらしい、何とも複雑な状況に三人は置かれてしまっていた、
「以上ですね、次にカトカから脱毛処理に関する事、それと化粧についても解説致します」
黒板の前のサビナがそう締め括った、サビナはタロウが作らせたという新しい衣装について説明しており、その実物を提示しつつ、その特徴をまとめていた、残念な事にユスティーナはその殆どを聞き逃している、耳には入るのであるが頭には入ってこない、時折笑い話として聞く状況であり、ユスティーナはそんな事があるのかしらと朗らかに笑い飛ばしていた記憶がある、しかしそれが今日自分の身に起き実感できるとは思わなかった、幸いなのはメイドを勉強の為にと連れてきていた事であり、そのメイドはユスティーナの背後で忙しく黒板を鳴らしている、さらにサビナが実物を贈呈してくれるらしい、という事はまたあとでゆっくりと見る事が出来ようとユスティーナは何となく考えてしまっている、
「では、代わりまして私から」
カトカが黒板の前に立つ、そしてこちらもやたらと詳しくその脱毛とやらについて解説を始めた、やはりユスティーナの耳にその声は入ってくるが、どうしたものやらまるで理解出来ない、人はこれほどに緊張してしまうのかと目が回るのを感じる、そして、
「以上ですね、で、まずは脱毛処理に関してなんですが、フィロメナさんこちらへ」
とカトカが一同の背後に控えていた女性を呼び出し、施術された肌を確認下さいと微笑む、すると、
「なるほど・・・これは違うわね」
「そうねー・・・お顔も綺麗だし・・・」
「ねー、スベスベだー」
「でしょー、スベスベなのー」
「ミナちゃんもスベスベでしょー」
「えー、ユラ様もスベスベー」
「あっ、こら、触るな」
「えー、いいでしょー」
「もう、まぁ、ミナちゃんならいいかなー」
「えへへー、あっ、でも、ガサガサしてるー」
「エッ、なに?どこ?」
「この辺」
「あっ、ホントだ」
とウルジュラが腕を捻り上げて覗き込む、
「こら、ウルジュラ、はしたない」
それをマルルースが窘めた、
「エー、だってさー」
「だってじゃありません」
「ブー・・・怒られたー、ミナちゃんのせいだよー」
「えー、そうなのー」
ウルジュラは頬を膨らませ、ミナは楽しそうに微笑んでいる、それをレアンが何とも羨ましそうに横目で見ていた、
「施術に関しては御説明しました通り、ソフィアさんも安全である事は確かであるとの事で、昨日も御協力頂いた皆様、10数人ですかね、それと私も施術しましたが、問題は無いと思います、無論、最初の検査で相性を見る事が絶対に必要なので、それによって施術にかかる時間が伸びる・・・という事も合わせて御理解下さい」
カトカもその両腕をまくり上げて、見事に脱毛され磨かれた肌を晒した、オーと小さな歓声が響く、
「なるほど、で、さらに化粧ですわね」
パトリシアがジッとフィロメナを見つめている、フィロメナはその視線を正面から受け口元のみに微笑を浮かべた、
「はい、フィロメナさんにはしっかりと化粧をして頂いております、見て頂ければ分ると思いますが、役者や遊女、私達が知る化粧とは大きくその目的が違います」
とカトカが化粧の講義に移ったらしい、一同は再び静かに耳を傾け、フィロメナはスッと音も無く控えた、寮の食堂でその講義を受けているのはユスティーナとマルヘリートとレアン、そのメイドが二人、ライニールがお付きとして壁際に控えている、所謂クレオノート伯爵家の顔ぶれで、さらにパトリシアにウルジュラ、エフェリーンにマルルースのまさに貴人とされる人達とそのメイドが四人、アフラが従者として付き従っている、こちらはそのまま王族の顔ぶれである、他にユーリとゾーイ、ニコリーネが講師側で席に着いており、フィロメナとレネイ、ヒセラがその手伝いとして同室していた、そしてエレインとカチャー、ミナとレインはごくごく普通にいつも通りに参加しており、ソフィアも端のテーブルに腰掛けてのほほんと一同を眺めている、
「以上となります」
カトカが白墨を置いて、こんなもんかなとユーリに視線を向けた、ユーリはニコリと微笑み頷いて見せる、人前での講義は苦手だと公言しているカトカである、しかしやらせてみればそれなりのもので、先程のサビナもそうであったが、このまま講師として学生の前に出しても問題は無さそうであった、恐らく本人は嫌がるであろうし、ユーリとしては無理強いする気は一切無かったが、
「・・・ニコリーネ」
パトリシアがスッとニコリーネを見つめる、
「はっ、ハイ」
ニコリーネは丸くしていた背を瞬時に伸ばし、視線は只々真っ直ぐに壁へ向けた、ユスティーナはあら、私達よりも緊張していた人がいるみたいと少しばかり安堵してしまう、
「よくやりましたわね、やはりあなたをこちらに置いて正解でしたわ」
パトリシアが優美に微笑む、
「あっ、ありがとうございます、その、はい、お役に立てたなら嬉しいです」
何とも硬い言葉を返すニコリーネであった、パトリシアはフフッと嬉しそうに微笑むと、
「そうなると・・・やっぱり、あの男はいないのね・・・」
パトリシアがジロリと食堂内を見渡した、ユスティーナはあの男?と片眉を上げる、
「そうですね、ほら、あれはあれなんで、まぁ、今日はほら、私達だけでも充分ですから」
ユーリがやんわりと告げて苦笑いを浮かべる、
「そうね、それはいいんですのよ、まぁ・・・そうなると、どうします、母様、その脱毛処理からでしょうか?」
「そうね、でもやっぱりちょっと怖いわね」
「確かにね、いきなりやるのはどうかしら?」
マルルースとエフェリーンはウーンと首を傾げる、
「ですね、そのお気持ちは分かります」
ユーリがカトカの代わりに立ち上がり、
「では、実践に入るのですが、その前に準備を致します、その間に、そうですね、まずは化粧の下地を作成しましょう」
どうやら段取りも打合せ済みであるらしい、ここはユーリの段取りに従うのが正しいわねと笑顔で了承する王妃達であった。
「さて、そう固くならないで」
パトリシアが重そうな身体をゆっくりと背もたれに預けて柔らかく微笑む、しかし、ユスティーナはやはりその顔を柔らかくする事は出来ない様子で、その隣りのマルヘリートもそしてその背後に立つライニールも固くなるその顔の筋肉を何とかしようとはするのであるが難しい様子であった、
「もう・・・そうね、前に一度御挨拶はしたと思いますけど・・・」
パトリシアは苦笑いを浮かべてソフィアを伺った、
「そうでしたか?」
「そうよ、お祭りのときだったと思うけど・・・」
「あー・・・あれですね、こっちに来てから忙しくて・・・どの祭りだったかな・・・」
ソフィアは大きく首を傾げた、
「・・・そうね、ソフィアさんは忙しくしてたから・・・こっちに来る度に騒がしくて・・・楽しいですけどね、それはそれで」
「そうですよねー、恐縮ですー」
ソフィアは乾いた笑みを見せる、ソフィアとしては忙しくしたつもりも騒がせたつもりも無い、逆に振り回されたのはこちらなんだよなーと思うが、ソフィアに同意する者は少なくともこの場にはいないであろうし、この場にいない者でも同意してくれるか難しい所である、
「まったく・・・で、何ですが、お二人をお呼びたてしたのはね、ちゃんとお話ししたいなと思ったのですよ」
パトリシアがユスティーナとマルルースを正面から見つめる、気品に満ち優しい笑みを湛えているが、その視線を受けた者は萎縮するしかない独特の冷酷な視線であった、王族特有の、為政者特集の冷たさを奥に秘めた眼光である、
「そう、仰られますと・・・」
ユスティーナがやっと口を開く、昨日カチャーが届けた案内でユスティーナらはまた何かあるのかしらと勇んで寮に来たのであるが、そこで待っていたのはユスティーナと王妃二人、さらにウルジュラであった、ユスティーナもマルヘリートも突然の事でどうしたものかと背筋を寒くし、レアンもまた顔色を無くした、ライニールの狼狽等見ていられないほどである、そこをやんわりと取り持ったのがソフィアである、ソフィアはここでは貴族も王族も無いですから、皆さんお忍びという心構えで楽にやりましょうと、いつも通りの脱力具合で、ユスティーナらはソフィアやユーリ、エレインが同席するのであればそんな酷い事にはならないであろうと何とか食堂に入ったのである、その上ここで逃げ出したりしたらそれこそ王家への反逆である、名目上とはいえ王家を奉る伯爵家としては同席せざるを得ず、またそれは本来であれば大変に名誉な事であった、しかし先程の講義は見事なまでに耳に入らなかった、そして、パトリシアが少し話したいとなって二階のホールへ場所を移している、
「どこまで聞いているか分かりませんが、どうかしら・・・ソフィアさんは聞いてらっしゃる?」
「・・・何をですか?」
ソフィアが今日のパトリシアはまた妙に威圧的だなーと思いつつ問い返す、
「あら・・・ユーリ先生は?」
「あー・・・最初の方だけは、現状がどうかは聞いておりません」
ユーリが正直に答える、
「なるほど・・・という事は、それを話してはいないのね」
「はい、私から話す事ではありませんし、口留めもされております」
どういう事かと視線がユーリに集まった、どうやらその視線からするにライニールも事の詳細は聞かされていないらしい、
「そうね、実際知っていたら・・・もっと、騒動になっているでしょうからね・・・」
「はい、なので・・・失礼な物言いになる事を御容赦下さい」
ユーリが姿勢を正す、ソフィアと違いユーリは見事な官僚口調であった、こういう場合はユーリ先生の方が便利だわねとパトリシアはほくそ笑み、
「どうぞ」
「ありがとうございます、情報開示は慎重になるべきかと、パトリシア様の思惑もあると思いますが、まずは・・・公的な発表を待つのが最上と思われます」
「あら・・・確かにそのとおりね」
パトリシアがニヤリと微笑み、他の面々はそれほどまでに重大な事かと目を細めた、しかし、
「でもね、こっちはこっちでやるべき事ってものがあると思うのね、特に・・・公爵令嬢とお会いできるのですもの、これは得難い機会ですわよ」
パトリシアがマルヘリートに微笑みかける、マルヘリートは不思議そうにその視線を受け止めた、
「フフッ、そうね、まずはなんだけど、ここだけの話し、まぁ・・・クロノスに聞いたらね、明後日には正式に発表されるとの事だから、黙っておく期間は短くて済むと思うんだけど」
パトリシアが一同を見渡す、その背後に控えるアフラは特に止める様子も無い、どうやらそちらはそちらで納得尽くらしい、
「このモニケンダムは近いうちに戦場になります」
なんとも端的であっさりとした言葉であった、ユスティーナらは何を言っているのやらと理解できないのか唖然としておあり、ソフィアもまた目を丸くしていた、完全に初耳である、ユーリは情報漏洩ってやつは何とも簡単なものなんだなと思い知った、
「勘違いしないでね、そうなるのは私達とあなた達ではないの、相手は荒野の先の帝国とよばれる国で、もう荒野の中ほどまで軍は来ているそうなのよ、だから・・・コーレイン公爵が呼ばれたの・・・それと、クロノスとウルジュラがね学園祭に顔を出してみせたのもその為」
あっさりと状況証拠を積み上げるパトリシアに、ソフィアはあーなるほどなーと奇妙に感じていた状況をスッと理解した、思えばユーリは何やら慎重で、タロウはバタバタと忙しく、クロノスとイフナースは何やら楽しそうであった、どうやらその根本原因がそれだとすると全てが腑に落ちる、
「申し訳ありせん、それは真実なのですね」
ユスティーナがやっと理解してキッとパトリシアを睨んだ、
「そうね、伯爵にも聞いてみたら良いですわ、それに・・・いつも以上にお忙しくしてらっしゃるんじゃないかしら?」
「・・・はい、確かにその通りです・・・」
ユスティーナも実は薄々と何かあるなと感付いてはいた、しかしそれを問い質す事は難しく、そしてその真相が聞いた事も無い国からの侵略で、さらにはモニケンダムが狙われている等とはまるで考えていなかった、
「より詳しくは・・・正式な発表を待った方が良いと思うから、それを待ちましょう・・・でね、私としてはなんだけど」
パトリシアはニコリと微笑み、
「ここらへんでね、女だけでも仲良くしておきたいなって思ったの」
柔らかい笑みを湛えるパトリシアにユスティーナとマルヘリートはエッと静かに驚くのであった。
「以上ですね、次にカトカから脱毛処理に関する事、それと化粧についても解説致します」
黒板の前のサビナがそう締め括った、サビナはタロウが作らせたという新しい衣装について説明しており、その実物を提示しつつ、その特徴をまとめていた、残念な事にユスティーナはその殆どを聞き逃している、耳には入るのであるが頭には入ってこない、時折笑い話として聞く状況であり、ユスティーナはそんな事があるのかしらと朗らかに笑い飛ばしていた記憶がある、しかしそれが今日自分の身に起き実感できるとは思わなかった、幸いなのはメイドを勉強の為にと連れてきていた事であり、そのメイドはユスティーナの背後で忙しく黒板を鳴らしている、さらにサビナが実物を贈呈してくれるらしい、という事はまたあとでゆっくりと見る事が出来ようとユスティーナは何となく考えてしまっている、
「では、代わりまして私から」
カトカが黒板の前に立つ、そしてこちらもやたらと詳しくその脱毛とやらについて解説を始めた、やはりユスティーナの耳にその声は入ってくるが、どうしたものやらまるで理解出来ない、人はこれほどに緊張してしまうのかと目が回るのを感じる、そして、
「以上ですね、で、まずは脱毛処理に関してなんですが、フィロメナさんこちらへ」
とカトカが一同の背後に控えていた女性を呼び出し、施術された肌を確認下さいと微笑む、すると、
「なるほど・・・これは違うわね」
「そうねー・・・お顔も綺麗だし・・・」
「ねー、スベスベだー」
「でしょー、スベスベなのー」
「ミナちゃんもスベスベでしょー」
「えー、ユラ様もスベスベー」
「あっ、こら、触るな」
「えー、いいでしょー」
「もう、まぁ、ミナちゃんならいいかなー」
「えへへー、あっ、でも、ガサガサしてるー」
「エッ、なに?どこ?」
「この辺」
「あっ、ホントだ」
とウルジュラが腕を捻り上げて覗き込む、
「こら、ウルジュラ、はしたない」
それをマルルースが窘めた、
「エー、だってさー」
「だってじゃありません」
「ブー・・・怒られたー、ミナちゃんのせいだよー」
「えー、そうなのー」
ウルジュラは頬を膨らませ、ミナは楽しそうに微笑んでいる、それをレアンが何とも羨ましそうに横目で見ていた、
「施術に関しては御説明しました通り、ソフィアさんも安全である事は確かであるとの事で、昨日も御協力頂いた皆様、10数人ですかね、それと私も施術しましたが、問題は無いと思います、無論、最初の検査で相性を見る事が絶対に必要なので、それによって施術にかかる時間が伸びる・・・という事も合わせて御理解下さい」
カトカもその両腕をまくり上げて、見事に脱毛され磨かれた肌を晒した、オーと小さな歓声が響く、
「なるほど、で、さらに化粧ですわね」
パトリシアがジッとフィロメナを見つめている、フィロメナはその視線を正面から受け口元のみに微笑を浮かべた、
「はい、フィロメナさんにはしっかりと化粧をして頂いております、見て頂ければ分ると思いますが、役者や遊女、私達が知る化粧とは大きくその目的が違います」
とカトカが化粧の講義に移ったらしい、一同は再び静かに耳を傾け、フィロメナはスッと音も無く控えた、寮の食堂でその講義を受けているのはユスティーナとマルヘリートとレアン、そのメイドが二人、ライニールがお付きとして壁際に控えている、所謂クレオノート伯爵家の顔ぶれで、さらにパトリシアにウルジュラ、エフェリーンにマルルースのまさに貴人とされる人達とそのメイドが四人、アフラが従者として付き従っている、こちらはそのまま王族の顔ぶれである、他にユーリとゾーイ、ニコリーネが講師側で席に着いており、フィロメナとレネイ、ヒセラがその手伝いとして同室していた、そしてエレインとカチャー、ミナとレインはごくごく普通にいつも通りに参加しており、ソフィアも端のテーブルに腰掛けてのほほんと一同を眺めている、
「以上となります」
カトカが白墨を置いて、こんなもんかなとユーリに視線を向けた、ユーリはニコリと微笑み頷いて見せる、人前での講義は苦手だと公言しているカトカである、しかしやらせてみればそれなりのもので、先程のサビナもそうであったが、このまま講師として学生の前に出しても問題は無さそうであった、恐らく本人は嫌がるであろうし、ユーリとしては無理強いする気は一切無かったが、
「・・・ニコリーネ」
パトリシアがスッとニコリーネを見つめる、
「はっ、ハイ」
ニコリーネは丸くしていた背を瞬時に伸ばし、視線は只々真っ直ぐに壁へ向けた、ユスティーナはあら、私達よりも緊張していた人がいるみたいと少しばかり安堵してしまう、
「よくやりましたわね、やはりあなたをこちらに置いて正解でしたわ」
パトリシアが優美に微笑む、
「あっ、ありがとうございます、その、はい、お役に立てたなら嬉しいです」
何とも硬い言葉を返すニコリーネであった、パトリシアはフフッと嬉しそうに微笑むと、
「そうなると・・・やっぱり、あの男はいないのね・・・」
パトリシアがジロリと食堂内を見渡した、ユスティーナはあの男?と片眉を上げる、
「そうですね、ほら、あれはあれなんで、まぁ、今日はほら、私達だけでも充分ですから」
ユーリがやんわりと告げて苦笑いを浮かべる、
「そうね、それはいいんですのよ、まぁ・・・そうなると、どうします、母様、その脱毛処理からでしょうか?」
「そうね、でもやっぱりちょっと怖いわね」
「確かにね、いきなりやるのはどうかしら?」
マルルースとエフェリーンはウーンと首を傾げる、
「ですね、そのお気持ちは分かります」
ユーリがカトカの代わりに立ち上がり、
「では、実践に入るのですが、その前に準備を致します、その間に、そうですね、まずは化粧の下地を作成しましょう」
どうやら段取りも打合せ済みであるらしい、ここはユーリの段取りに従うのが正しいわねと笑顔で了承する王妃達であった。
「さて、そう固くならないで」
パトリシアが重そうな身体をゆっくりと背もたれに預けて柔らかく微笑む、しかし、ユスティーナはやはりその顔を柔らかくする事は出来ない様子で、その隣りのマルヘリートもそしてその背後に立つライニールも固くなるその顔の筋肉を何とかしようとはするのであるが難しい様子であった、
「もう・・・そうね、前に一度御挨拶はしたと思いますけど・・・」
パトリシアは苦笑いを浮かべてソフィアを伺った、
「そうでしたか?」
「そうよ、お祭りのときだったと思うけど・・・」
「あー・・・あれですね、こっちに来てから忙しくて・・・どの祭りだったかな・・・」
ソフィアは大きく首を傾げた、
「・・・そうね、ソフィアさんは忙しくしてたから・・・こっちに来る度に騒がしくて・・・楽しいですけどね、それはそれで」
「そうですよねー、恐縮ですー」
ソフィアは乾いた笑みを見せる、ソフィアとしては忙しくしたつもりも騒がせたつもりも無い、逆に振り回されたのはこちらなんだよなーと思うが、ソフィアに同意する者は少なくともこの場にはいないであろうし、この場にいない者でも同意してくれるか難しい所である、
「まったく・・・で、何ですが、お二人をお呼びたてしたのはね、ちゃんとお話ししたいなと思ったのですよ」
パトリシアがユスティーナとマルルースを正面から見つめる、気品に満ち優しい笑みを湛えているが、その視線を受けた者は萎縮するしかない独特の冷酷な視線であった、王族特有の、為政者特集の冷たさを奥に秘めた眼光である、
「そう、仰られますと・・・」
ユスティーナがやっと口を開く、昨日カチャーが届けた案内でユスティーナらはまた何かあるのかしらと勇んで寮に来たのであるが、そこで待っていたのはユスティーナと王妃二人、さらにウルジュラであった、ユスティーナもマルヘリートも突然の事でどうしたものかと背筋を寒くし、レアンもまた顔色を無くした、ライニールの狼狽等見ていられないほどである、そこをやんわりと取り持ったのがソフィアである、ソフィアはここでは貴族も王族も無いですから、皆さんお忍びという心構えで楽にやりましょうと、いつも通りの脱力具合で、ユスティーナらはソフィアやユーリ、エレインが同席するのであればそんな酷い事にはならないであろうと何とか食堂に入ったのである、その上ここで逃げ出したりしたらそれこそ王家への反逆である、名目上とはいえ王家を奉る伯爵家としては同席せざるを得ず、またそれは本来であれば大変に名誉な事であった、しかし先程の講義は見事なまでに耳に入らなかった、そして、パトリシアが少し話したいとなって二階のホールへ場所を移している、
「どこまで聞いているか分かりませんが、どうかしら・・・ソフィアさんは聞いてらっしゃる?」
「・・・何をですか?」
ソフィアが今日のパトリシアはまた妙に威圧的だなーと思いつつ問い返す、
「あら・・・ユーリ先生は?」
「あー・・・最初の方だけは、現状がどうかは聞いておりません」
ユーリが正直に答える、
「なるほど・・・という事は、それを話してはいないのね」
「はい、私から話す事ではありませんし、口留めもされております」
どういう事かと視線がユーリに集まった、どうやらその視線からするにライニールも事の詳細は聞かされていないらしい、
「そうね、実際知っていたら・・・もっと、騒動になっているでしょうからね・・・」
「はい、なので・・・失礼な物言いになる事を御容赦下さい」
ユーリが姿勢を正す、ソフィアと違いユーリは見事な官僚口調であった、こういう場合はユーリ先生の方が便利だわねとパトリシアはほくそ笑み、
「どうぞ」
「ありがとうございます、情報開示は慎重になるべきかと、パトリシア様の思惑もあると思いますが、まずは・・・公的な発表を待つのが最上と思われます」
「あら・・・確かにそのとおりね」
パトリシアがニヤリと微笑み、他の面々はそれほどまでに重大な事かと目を細めた、しかし、
「でもね、こっちはこっちでやるべき事ってものがあると思うのね、特に・・・公爵令嬢とお会いできるのですもの、これは得難い機会ですわよ」
パトリシアがマルヘリートに微笑みかける、マルヘリートは不思議そうにその視線を受け止めた、
「フフッ、そうね、まずはなんだけど、ここだけの話し、まぁ・・・クロノスに聞いたらね、明後日には正式に発表されるとの事だから、黙っておく期間は短くて済むと思うんだけど」
パトリシアが一同を見渡す、その背後に控えるアフラは特に止める様子も無い、どうやらそちらはそちらで納得尽くらしい、
「このモニケンダムは近いうちに戦場になります」
なんとも端的であっさりとした言葉であった、ユスティーナらは何を言っているのやらと理解できないのか唖然としておあり、ソフィアもまた目を丸くしていた、完全に初耳である、ユーリは情報漏洩ってやつは何とも簡単なものなんだなと思い知った、
「勘違いしないでね、そうなるのは私達とあなた達ではないの、相手は荒野の先の帝国とよばれる国で、もう荒野の中ほどまで軍は来ているそうなのよ、だから・・・コーレイン公爵が呼ばれたの・・・それと、クロノスとウルジュラがね学園祭に顔を出してみせたのもその為」
あっさりと状況証拠を積み上げるパトリシアに、ソフィアはあーなるほどなーと奇妙に感じていた状況をスッと理解した、思えばユーリは何やら慎重で、タロウはバタバタと忙しく、クロノスとイフナースは何やら楽しそうであった、どうやらその根本原因がそれだとすると全てが腑に落ちる、
「申し訳ありせん、それは真実なのですね」
ユスティーナがやっと理解してキッとパトリシアを睨んだ、
「そうね、伯爵にも聞いてみたら良いですわ、それに・・・いつも以上にお忙しくしてらっしゃるんじゃないかしら?」
「・・・はい、確かにその通りです・・・」
ユスティーナも実は薄々と何かあるなと感付いてはいた、しかしそれを問い質す事は難しく、そしてその真相が聞いた事も無い国からの侵略で、さらにはモニケンダムが狙われている等とはまるで考えていなかった、
「より詳しくは・・・正式な発表を待った方が良いと思うから、それを待ちましょう・・・でね、私としてはなんだけど」
パトリシアはニコリと微笑み、
「ここらへんでね、女だけでも仲良くしておきたいなって思ったの」
柔らかい笑みを湛えるパトリシアにユスティーナとマルヘリートはエッと静かに驚くのであった。
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自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。
やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。
アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。
そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…?
◇過去最高ランキング
・アルファポリス
男性HOTランキング:10位
・カクヨム
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週間ランキング(異世界ファンタジー):43位
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
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