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本編

70話 公爵様を迎えて その40

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それから、遊女達と入れ替わる形で生徒達が食堂に雪崩れ込んできた、迎えた研究所組とエレイン達を相手にギャーギャーと食堂は再び活気に満ち溢れ、さらに、

「そんなに違うんですかー」

「初めて知りましたー」

と厨房でも黄色い歓声が響き渡る、

「そうなんだよ、で、ここが肩、これが腰になるんだね、で、これが腹になるかな、それぞれで味が大きく変わるんだよね、ちゃんと食べ比べても面白いんだよね、だから・・・まぁ、今日はそこを意識してみるか・・・・牛も豚もね、ホントに全然違うんだよねー」

タロウが適当に肉塊を指し示し、サレバとコミン、ティルとミーンがへーと肉塊を眺め回す、タロウの手元にあるそれは脂身と筋を綺麗に取り去った正に肉塊と呼ぶに相応しいもので、市場で売っている肉そのものであった、

「でも、あれですね、見た目だけだと全部一緒ですね」

ティルが元も子もない事を言い出す、

「それは仕方ないよ、だから、解体屋・・・じゃないな、肉屋さんでね、ちゃんと部位ごとに売るようにしなきゃだけど、今はほら、なんか何でもかんでも一緒にしてるでしょ」

「確かにそうです」

「うん、お城にある肉も部位なんて気にしてなかったな・・・」

「そうなのよね、だから、ほら、よく言うじゃない、当たりはずれが大きいって」

ソフィアもニヤリと口を挟む、タロウの講義はこれで二回目であった、一回目はソフィアだけを相手に脂を取りながらあーだこーだと何となく始めたもので、ソフィアとしてはそうなんだと何気に感心してしまった、と同時にその昔猟師兼冒険者であった老人から聞いた話を思い出す、曰く、店に売るのは不味い部位で、美味い部位は自分で食べる、気が向いて他人にやるのも美味い部位で、だから買って食う奴は間抜けなんだとか、それはそれでどうかと思うが、その老人は悪気無くガッハッハと笑っており、その仲間達も確かにそうだと笑っていた、恐らくそれが猟師の常識なのであろう、

「ですよねー、折角買ってきても美味しくない事ありますもん」

「そうそう、高いの買えばいいんだと思って奮発したら、全然で、逆に安くても美味しいときもあるし、なんか適当なんですよねー、お肉屋さんは」

ティルとミーンがうんうんと頷く、

「王都でもそんな感じなの?」

「そうですよ、父さんに話したら、それはお前が子供だからだって笑われましたけど、それも社会勉強だって、固い肉食べながら言われました」

「なるほど、そういうもんか」

「そういうもんらしいです、なもんでお使いに行くときは肉屋は行かなくなりました」

「あー、そうなるよねー」

「なりますよー」

とティルとソフィアがアッハッハと笑い、確かになーと他の面々も笑ってしまう、

「あっ、そうだ、実は鳥肉もね、こんな感じで細かく切り分けたりするんだよ」

とタロウが唐突に話題を変える、

「へー、でも、鳥肉でしょ、めんどくさいんじゃない?」

「まぁね、実際すんごい小さい部位とかもあるんだけど、それだけをこう・・・串にさして焼くんだな」

タロウが包丁を置いて身振り手振りで説明する、

「あれですか?屋台の串焼きみたいな?」

「そだね、ただあれよりも小さいかな・・・うん、あれの半分以下くらい?大きさだけで見れば」

「・・・随分小さいですね」

「だねー、でもね、やっぱりその部位だけを集めて食べるから全然味が違うんだよ、食感もそうだし、脂の感じとか、で、旨いんだなー」

「へー、そうなんだ・・・でも、切り分ける前となんか変わるの?」

「変わんないと思うよ、ただほら、焼き方とかも一工夫している筈、あとはほら他の部位と混ざらないからね、その部位独特の旨さがよくわかる感じ?」

「なるほどねー、やってみる?」

ソフィアがニヤリと微笑んだ、

「あー・・・それも気が向いたらだね、なにせほら、牛と豚と違って小さいからな、大量に捌かないとだし・・・全員で食べる事を考えると・・・それこそ100羽とか捌かないとだぜ」

「そんなに?」

「そうだぞ、だって、ポンジリとかセセリとかって呼んでる部位はほんとに少ないんだよ」

「なにそれ?」

「ポンジリはお尻の肉、セセリは首の後ろあたりの肉?簡単に言えばそんな感じ」

「あら・・・確かに少なそうね」

「なんだよね、で、それを串に差したとして、二羽分で一本としても・・・うん、10人いたら20羽欲しくなる・・・100は多過ぎたな」

「そうみたいね」

「まぁ、鳥もほら、俺が言ってるのは鶏だけどさ、季節によっては他の鳥も一緒に並んでるだろ?店に、だから、まぁ、そんなに気にしないで食えばいいよ、肉はほら、それだけで旨いんだから」

タロウが身も蓋も無い事を言い出す、

「何よそれ、なら、ウシとブタも一緒じゃない」

「そうなんだけどさ、こっちはほらでかいからな、こうやって下準備も必要だし・・・そうだ、田舎だとどんな感じだったの?サレバさんとコミンさんの田舎とか、田舎でも随分違うんじゃない?」

タロウの唐突な質問に、

「えっと、どうでしょう、そのお肉ってほら、頂く事が多くて、で、やっぱり、あれです、鳥肉が多いです」

「だねー、鹿と猪とかは年に二回くらい?兎は時々って感じですかね、子供でも獲れますけどあれは」

「うん、貰う時はそんなもんだよね、あとは、お祭りの時?それようにわざわざ獲ってきてました」

「そんなもんよねー」

サレバとコミンの答えにソフィアも同意のようで、ティルとミーンもそうなんだーと微笑んでいる、ティルとミーンは完全な都会っ子で、実は森に入った事も無い、対してサレバとコミンは森が遊び場でおやつ替わりに木の実を口にするのが当たり前であったりする、さらに遊びで兎罠を仕掛けていたりもして、田舎は正に自給自足生活なのである、

「そっか、そうだよね・・・うん、分かる気がするなー」

タロウは再び包丁を手にし忙しく動かしながら適当に相槌を打つ、

「ですよねー、だから、こっちに来てお肉がたくさん食べられるのは嬉しいんでよ、実は干し肉も始めて食べました、田舎だと親父の食べ物で、ずっと、あれです、お酒のつまみだと思ってました」

「あーうちもー」

「だよねー、だってさ、飲み会だって言うとどっかから出てくるんだよ、干し肉、どこに隠してるんだろ」

「謎だよね」

「謎だった、たぶん、あれ、お母さんが隠してたんだよ」

「うん、そう思う」

サレバとコミンが頷きあう、流石の幼馴染であった、

「あっ、そうだ、あと、卵もですね、田舎だとやっぱり少なくて」

「うん、各家でね普通に飼ってるんですけど、あいつら調子悪いとすぐ産まなくなるからなー」

「そうそう、ちょっと良い餌上げないとね、へそ曲げるんだよねー」

「あー・・・それ分かるわ」

ソフィアがニヤリと微笑む、

「ですよねー」

と田舎出身の女三人は妙に気が合っていた、タロウはそういうもんなんだろうなとボーッと聞き流し、

「じゃ、こんな感じで、この大きさで切り分けて欲しいかな」

と振り返ってミーンとその場を代わった、脂を取る下準備はほぼ終わり、あとは各部位毎に調理法を定めて切り分ける段階である、タロウは取り合えず今日は各部位の味の違いを知ってもらおうかと画策していた、故に単純な焼肉が良いだろうなと目論んでいる、

「はい、お任せ下さい」

ミーンは魅力的な笑みを浮かべて嬉しそうに包丁を握った、その化粧の影響もあろう、ティルとミーンは共に薄っすらとした化粧を施されていた、ニコリーネのそれと同じく顔色を整える下地処理の上に、薄い赤で頬と唇を染めている、それだけでやはり印象は大きく異なっていた、ティル曰くメイドらしい化粧をお願いしたらこうなったとの事で本人もミーンも満更でも無さそうである、

「さて・・・じゃ、ティルさんはどうする?塊で持っていく?」

「あっ、はい、捌くのは料理人さんだけでも出来ると思います」

「だよね、そうなると下手な事は言わないで丸っと持っていてもらうか」

「それがいいわよ、こっちも楽できるしね」

とソフィアが口を挟んだ、ソフィアは大量の肉を捌いてもう既に飽きがきていた、さらにそろそろ夕飯の準備を本格的に始めなければならず、もしこのまま肉を捌いて終わるとなると今日は本当にその名の通りのお肉祭りになりかねない、

「そだね、部位に関してはその通りなんだけど・・・あれだね、持って行く間にどれがどれだか分らなくなりそうだな・・・」

「それは・・・そうですね、多分、はい、そうなります」

ティルが申し訳なさそうに肉塊を見つめる、正直な所、見た目だけで判別が出来るものではなく、ましてその形も切ってしまえばやはり似たようなもので、聞きかじったばかりのティルとしてはお手上げと言ってよい状況である、

「うん、まぁ、ちゃんと焼けば食えるよ、食えない部位は無いからさ」

タロウは何とも適当である、こちらも正直な所目の届く範囲内であれば何とかしてやりたいとも思うが、王城やら北ヘルデルやらの夕食まで気にする必要は無いしその気も無い、さらに言えば優秀な料理人が常駐しているのである、彼等に任せればまた別の料理も生まれるであろう、それこそがタロウの望む事でもあった、

「じゃ・・・籠かな、鍋かな」

「あっ、持ってきます、えっと、王城と北ヘルデル、イフナース殿下の三つでいいんですよね」

「そだね、じゃ、適当に別けておくから、宜しく」

ハイッとティルは快活に答えて食堂へ走った、

「さて・・・じゃ、あとは、あっ、ブラスさんとこと、コッキーさんと・・・リノルトさんとこには届けて貰って・・・うん、充分かな、では、本格的に調理に入りますか・・・でもな・・・焼くのは食べる前の方がいいよね」

「そうなるわねー」

「じゃ、サレバさんとコミンさんは下準備を手伝って貰って・・・あっ、君らあっちはいいの?」

とタロウが食堂へ視線を投げた、サレバは帰寮したとほぼ同時に食堂の騒動にも加わらず厨房に駆け込んでおり、コミンがやや遅れて若干名残惜しそうに顔を出していた、

「はい、大丈夫です、お肉の方が大事です」

サレバが笑顔で言い切るが、

「もー、化粧だってすごいよー、私はそっちがいいなー」

どうやらコミンの本音が飛び出したようで、

「アッハッハ、だろうね、なら、ほら、化粧をしてもらう程度であれば時間はあるさ、先にやってもらいなさいよ」

タロウが楽しそうに微笑む、

「そうねー、結構面白いものよ、サレバさんも経験しておいて損は無いから、先に済ませちゃいなさい」

ソフィアもニコリと顔を上げる、

「えー、でもー」

とサレバは不満そうであるが、

「ほらー、タロウさんもソフィアさんも言ってくれているんだからー、まずはあっちからー」

「えー、だってさー、昨日から楽しみにしてたんだよー」

「それは知ってるから、ちゃんとお肉の勉強はしたでしょ、後は調理なんだから」

「だからー」

と二人がブーブー喚きだす、

「ほれ、さっさと化粧してこい、君らだけすっぴんだとなんか変だぞ、みんなしてお澄まししてるんだから、特に女の子には大事な技術だ」

タロウが二人を追い出すように両手を翳す、

「うー・・・わかりましたー」

それでやっとサレバが折れたらしい、渋々と食堂に向かい、コミンは嬉しそうに微笑む、

「うん、素直が一番、さて、そうなると・・・どうしようかな、明日の分も捌いてしまって・・・明後日の分は明後日でいいか・・・」

タロウがブツクサ言いながら肉を確認し、ソフィアはさて他の料理はどうしようかしらと手を止めるのであった。
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