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本編
70話 公爵様を迎えて その36
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「わっ、どうしたんですか?」
「えー、何ですかそれー」
「美人さんだー」
玄関口で黄色い歓声が上がった、
「ムッフッフ、凄いでしょ」
と余裕の笑みを浮かべるのはサビナで、驚愕の面相で目を丸くするのはブノワトとコッキー、アンベルの三人である、
「そうですね、なんか・・・」
「はい、何か違う・・・」
「でしょー、さっ、入って、ちょっと人が多いけど、ソフィアさんに用事?」
とサビナは三人を招き入れようとするが、
「あっ、すいません、エレインさんです、向こうでこっちに来てるからって、そのお仕事・・・のついでにと思って、旦那についてきたんです、私達」
ブノワトが早口で捲し立てた、そこへ、
「あー、ねーさんだー、久しぶりー」
とミナが食堂から飛び出しブノワトに駆け寄った、
「ミナちゃん、ひさし・・・って、ミナちゃんも?」
とブノワトはミナの顔を凝視して固まった、
「えへへー、ケショーしてもらったー、可愛い?可愛い?」
ミナは満面の笑みでピョンピョン跳ねる、
「うん、可愛いけど」
「どちらかと言えば綺麗かな?」
「だね、すんごい大人びてる・・・」
三人の素直な感想に、ミナはムフフーと得意気に胸を張る、そこへ、モーと呆れた溜息を吐き出しながら、
「あら、いらっしゃい」
とソフィアがスッと顔を出す、
「わっ、ソフィアさんもですか?」
「えっと、化粧ですよね」
「そうよー、やっぱり違う?」
ソフィアもニヤリと得意気に微笑んだ、
「違いますよ、何ですか、それ?」
「それって・・・ねぇ?」
ソフィアは片眉を上げてサビナを伺い、
「そうですねー」
とサビナは微笑む、
「ケショーなのー、パタパタ塗るのー」
とミナがピョンピョン飛び跳ねた、
「化粧って言われても・・・」
「そうですよ、だって、化粧って感じ?ですか?」
「違いますよね」
「違うわねー、で、どうしたの三人揃って?」
「エレインさんだそうです、お仕事で呼びに来たと」
「あっ、そうなんだ、なら、どうする?エレインさん呼ぶ?それとも・・・」
ソフィアは意地悪く微笑み、
「化粧してみる?」
と続ける、この誘いに乗らない女性はいないであろう、ブノワト達はコクコクと何度も頷いてしまう、
「そっ、ほら、外套かけて・・・って、いっぱいだわね、何かかけるものあったかしら」
とソフィアが戻ろうとするが、
「あっ、全然あれです、その辺に置いて大丈夫です」
「はい、置かせて下さい」
と三人は慌てて外套を脱ぎだした、
「そう、御免なさいね、スリッパは・・・あるわね、じゃぁ、どうぞー」
とソフィアはさっさと食堂に戻り、ミナとサレバもニヤつきながらそれに続く、三人が急いで足を拭い食堂に入ると、
「あら、いらっしゃい」
とエレインがにこやかに三人を迎え、さらに他の面々も顔を上げるが、知った顔からは明るい挨拶が飛び出し、知らない顔からは軽い会釈が送られた、
「えっ、どういう事ですか・・・」
ブノワトがいつもとは違う食堂の様子に足を止めてしまう、普段から人口の多い部屋ではあるが、今日はさらに多く、その構成人員も大きく異なっている、年齢構成が高いのが一目で分かるほどである、
「フフッ、ここ数日はこんな感じだったのですよ、ほら、座って下さい、どうしたのですか?」
エレインが妙に上品に三人へ微笑みかける、エレインもまたその顔には化粧が施されており、それは実に気品漂うもので、
「わっ、エレインさんも・・・」
「そだね・・・美しいです・・・」
「うん、貴族様みたい・・・あっ、貴族様だ」
ブノワトは自身の失言に慌ててゴメンナサイと呟いた、
「構いませんよ、見違えたでしょう」
エレインは何とも優雅な笑みを見せる、
「はい、それはもう・・・って、これも失礼かな?・・・」
コッキーも慌てて言葉を濁した、
「そうねー、それじゃ、普段はどうなのかしらねー」
と今度はユーリが微笑みながら腰を上げた、
「わっ、先生どうしたんですか?」
「だからー、それが失礼でしょー」
とユーリはニヤニヤ笑いを隠そうともしない、
「そうねー、失礼かもですわねー」
オッホッホとエレインはワザとらしく笑いだす、どうしたものやらと三人は黙るしかない、素直に綺麗になったと言えば微妙に失礼で、かといって前の方が良かったなどとは決して口にできず、どうしようもなくなってしまった、
「コラ、その辺にしておきなさい、困っているでしょ」
とやっとソフィアが助け舟を出す、
「そうねー」
「そうですわねー」
とユーリとエレインはそれでも意地悪気に微笑み、三人はホッと一息吐きつつもどうしたものかと困惑してしまう、
「お仕事でしょ?」
とソフィアがさらなる助け舟を出した、
「あっ、はい、あの、昨日注文頂いた棚と仕切りを設置に、それと見積りとか打合せが出来たらなって・・・」
「あら、早速ですわね、嬉しいです・・・でも、ブノワトさんが?」
「あっ、旦那が表に、あの私達はほら、新しい服?を見せて欲しくて・・・旦那が何か凄かったって言ってて・・・それで、ついてきちゃって・・・」
ブノワトがエヘヘと微笑み、コッキーとアンベルも恥ずかしそうに微笑んだ、
「あっ、そういう事ですわね、なら・・・どうしましょうか、先にそちらへ・・・」
とエレインがカチャーも居たほうが良いかなと振り向くと、
「失礼します」
と玄関口に男性の声が響く、
「あっ、旦那だ」
とブノワトがすぐに向かった、どうやら三人が寮に入ってしまった為、何かあったかと思って顔を出したのであろう、
「カチャーさん、一旦、仕事に戻りましょう、奥様達にも見せたいですしね」
エレインがカチャーに声をかけつつ、
「では、一旦、向こうに、コッキーさんとアンベルさんはどうします、服が先?化粧が先?」
上品に微笑むエレインに、コッキーとアンベルはどうしようかと顔を見合わせた。
「また・・・珍奇な事を・・・」
「そう言うなって、嬉しいだろ?」
「・・・そうです・・・かねー・・・」
「素直になろうよ」
「あー・・・どうでしょう・・・」
「硬いなー」
「いや、普通ですって」
「そうか?」
「そうでしょ」
「でも、ホントは?」
「あー・・・ちょっと楽しい・・・かも・・・」
「だろー」
とブラスとタロウがニヤニヤと食堂を眺め、その視線の先では今まさにブノワトが化粧の真っ最中である、先程ブラスが寮に吸い込まれた三人を不思議に思って顔を出したら、見事に自分も引きずり込まれた、そしてやたらと輝かしく機嫌の良い女性達に迎えられたと思えば、食堂内は女の園と化している、無論ブラスの居場所などあろう筈も無く、エレインに先に見積りをと木簡を渡し、さてどうしたものかとブノワトへ視線を向けていたが、ブラスは健康的な若い男性である、幼い頃から知り合いでそのまま結婚したブノワトよりも、その周りで熱心に顔料に向かっている遊女達が気になるのは当然で、しかし、ブノワトの手前そちらを気にする事は勿論出来ず、石になりたいと心底感じていた所にヒョッコリとタロウが現れた為、これ幸いと男二人で立ち話しとなり壁の花、もとい壁のシミである、
「・・・針の筵だよねー」
タロウがニヤリと微笑む、ブラスの心中を思えば、この言葉がまさにそれだとつい口を衝いた、
「なんですそれ?」
「そのままだよー」
「針の筵・・・筵は分かりますし、針もわかりますが・・・針で作った筵ですか?痛そうですね」
「痛いだろうねー」
「もう、何ですかさっきから、いつも以上に適当っすよ」
「いや、遊び相手が来たと思ってさ、俺もほら、この状況からは逃げたいし」
「そんな事言って・・・だって、タロウさんが始めた事でしょ、どうせ」
「わかるー?そうなんだよねー・・・まぁ・・・こうなるのは想定どおりなんだけどねー」
とタロウがハーと溜息を吐く、ならいいんじゃないかなとブラスは口を尖らせる、すると、
「すいません、ブラスさん、ここなんですが」
とカチャーとエレインが顔を上げる、二人は共に数枚の木簡を前にして厳しい顔となっていた、その木簡はブラスが提出した店舗の改築に関する見積りである、
「はい、なんでしょう」
とブラスは嬉しそうに甲高い声を上げてしまった、見積りの確認が済めばさっさと戻って棚を設置し帰りたい所である、これ幸いと飛び付くのも致し方ない、
「あー・・・なんだっけ、お店の改築?」
とタロウも首を伸ばす、
「そうですね、あっ、それはですね」
とカチャーが差した項目を目を伏せて早口で説明するブラスである、困った事にエレインもであるが、カチャーもばっちりと化粧をしていた、何度か顔を合わせており、まるで意識する事の無かった相手であるが、化粧をしたカチャーは何とも健康的で明るい顔となっている、その年齢も相俟って何とも魅力的であった、
「なるほど・・・であれば・・・良いかなと思いますが・・・」
「そうね・・・分かりました、テラさんとも相談しますので、答えは明日にでも」
エレインがニコリと微笑む、化粧の効果もあってか実に上品な笑みであった、
「ハッ、はい、それでお願いします、この季節であれば発注頂ければすぐに対応できます、暇なので、ハイ」
ブラスは若干上擦った声で答え、俯いたまま頭を下げた、しかし、
「・・・あれかな?配管とかはやらないの?」
と横からタロウが口を出す、
「配管ですか?」
「うん、この寮みたいにさ、配管しちゃえば?上も下も、楽だぞ、何するにしても・・・言ってなかったな、そういえば・・・」
とタロウが木簡の一枚を手にして首を傾げた、上とは給水配管、下とは下水配管の事であろう、もしくは上階、下階の別であろうか、どちらにしても意味は通じている、
「えっと・・・それだとあれですよ、無色の魔法石も無いですし、浄化槽も作るとなると時間的に難しいですよ」
エレインがウーンと悩みながら答える、ユーリやソフィア、タロウから仕入れた知識はしっかりと身に付いているようで、
「そだね、でもさ、前にね、領主様と話したときかな?浄化槽はほら、無きゃ無いで、川に流しちゃえばいいんだよなって思ってさ、無色の魔法石はまだいっぱいあるからね、ユーリから貰えばいいよ」
「そんな簡単に・・・魔法石はそれでいいかもですけど、浄化槽はほら、川に流すのは駄目だって、ずっと言ってませんでした?」
「そうなんだけどね、川を綺麗にするのは勿論大事なんだけど、それよりもさ、屋内配管を一般に広めて、清潔な生活に変えていくのが大事なんだよ、下水道はその間に整備すればいいよなって・・・思う事にした」
「そんな適当な・・・」
「いや、そうだよ、特にほら、お店とかは水を大量に使うだろうからね、だから、楽な方が良いに決まってるし、ついでにほれ、それを参考にして啓蒙も出来る」
「啓蒙ですか?」
とブラスがやっと顔を上げる、
「そうだよ、啓蒙、こういうのはね、実際に使って見せて、仕組みを見せて、それでやっと理解されるものだからね、学園でも配管するらしいけど、だったらほらより身近にね、気軽に見れるような場所にあれば尚便利だろ?その仕組みがさ、それにそれを見る為だけにでも客は集まるよ、あまりに多かったら見学料を取ればいい、儲かるぞ」
気楽に言い切るタロウである、
「そう・・・ですけど・・・いいんですか?その・・・」
とエレインは遠慮がちで、カチャーは予算的にどうだろうかなと首を傾げる、
「俺は良いと思うよ、こういうのはね、やったもん勝ちだからね、それに今これを出来るのはブラスさんが暇な内だけだよ、その内忙しくなるだろうしね、その前にやってもらいたい事はやってもらってって感じでさ、あっ、ユーリ、無色の魔法石20個ぐらいくれないか?」
タロウがこれまた気楽に言い出し、
「いいけど、何に使うのー」
とユーリが振り返った、こちらも見事に化けている、ブラスはユーリ先生もかーと頬を引くつかせるが、慌てて横を向いた、
「エレインさんの新しい店ー、ガラス鏡店の裏のやつー」
「あー・・・言ってたわね、なに?使うの?」
とユーリが腰を上げ、フィロメナらは新しい店?と瞳をギラリと輝かせてタロウを見上げる、
「使いたいんだよ、いいだろ?」
「いいけど、何に?どう使うの?」
「そのままだよ」
とユーリが参戦しあーだこーだと熱心に話し合われる、ブラスは早く逃げたいのになと俯いたままで、どうもタロウに関わると何かにつけて巻き込まれるなと決して口には出せないが、その心中で盛大に愚痴るのであった。
「えー、何ですかそれー」
「美人さんだー」
玄関口で黄色い歓声が上がった、
「ムッフッフ、凄いでしょ」
と余裕の笑みを浮かべるのはサビナで、驚愕の面相で目を丸くするのはブノワトとコッキー、アンベルの三人である、
「そうですね、なんか・・・」
「はい、何か違う・・・」
「でしょー、さっ、入って、ちょっと人が多いけど、ソフィアさんに用事?」
とサビナは三人を招き入れようとするが、
「あっ、すいません、エレインさんです、向こうでこっちに来てるからって、そのお仕事・・・のついでにと思って、旦那についてきたんです、私達」
ブノワトが早口で捲し立てた、そこへ、
「あー、ねーさんだー、久しぶりー」
とミナが食堂から飛び出しブノワトに駆け寄った、
「ミナちゃん、ひさし・・・って、ミナちゃんも?」
とブノワトはミナの顔を凝視して固まった、
「えへへー、ケショーしてもらったー、可愛い?可愛い?」
ミナは満面の笑みでピョンピョン跳ねる、
「うん、可愛いけど」
「どちらかと言えば綺麗かな?」
「だね、すんごい大人びてる・・・」
三人の素直な感想に、ミナはムフフーと得意気に胸を張る、そこへ、モーと呆れた溜息を吐き出しながら、
「あら、いらっしゃい」
とソフィアがスッと顔を出す、
「わっ、ソフィアさんもですか?」
「えっと、化粧ですよね」
「そうよー、やっぱり違う?」
ソフィアもニヤリと得意気に微笑んだ、
「違いますよ、何ですか、それ?」
「それって・・・ねぇ?」
ソフィアは片眉を上げてサビナを伺い、
「そうですねー」
とサビナは微笑む、
「ケショーなのー、パタパタ塗るのー」
とミナがピョンピョン飛び跳ねた、
「化粧って言われても・・・」
「そうですよ、だって、化粧って感じ?ですか?」
「違いますよね」
「違うわねー、で、どうしたの三人揃って?」
「エレインさんだそうです、お仕事で呼びに来たと」
「あっ、そうなんだ、なら、どうする?エレインさん呼ぶ?それとも・・・」
ソフィアは意地悪く微笑み、
「化粧してみる?」
と続ける、この誘いに乗らない女性はいないであろう、ブノワト達はコクコクと何度も頷いてしまう、
「そっ、ほら、外套かけて・・・って、いっぱいだわね、何かかけるものあったかしら」
とソフィアが戻ろうとするが、
「あっ、全然あれです、その辺に置いて大丈夫です」
「はい、置かせて下さい」
と三人は慌てて外套を脱ぎだした、
「そう、御免なさいね、スリッパは・・・あるわね、じゃぁ、どうぞー」
とソフィアはさっさと食堂に戻り、ミナとサレバもニヤつきながらそれに続く、三人が急いで足を拭い食堂に入ると、
「あら、いらっしゃい」
とエレインがにこやかに三人を迎え、さらに他の面々も顔を上げるが、知った顔からは明るい挨拶が飛び出し、知らない顔からは軽い会釈が送られた、
「えっ、どういう事ですか・・・」
ブノワトがいつもとは違う食堂の様子に足を止めてしまう、普段から人口の多い部屋ではあるが、今日はさらに多く、その構成人員も大きく異なっている、年齢構成が高いのが一目で分かるほどである、
「フフッ、ここ数日はこんな感じだったのですよ、ほら、座って下さい、どうしたのですか?」
エレインが妙に上品に三人へ微笑みかける、エレインもまたその顔には化粧が施されており、それは実に気品漂うもので、
「わっ、エレインさんも・・・」
「そだね・・・美しいです・・・」
「うん、貴族様みたい・・・あっ、貴族様だ」
ブノワトは自身の失言に慌ててゴメンナサイと呟いた、
「構いませんよ、見違えたでしょう」
エレインは何とも優雅な笑みを見せる、
「はい、それはもう・・・って、これも失礼かな?・・・」
コッキーも慌てて言葉を濁した、
「そうねー、それじゃ、普段はどうなのかしらねー」
と今度はユーリが微笑みながら腰を上げた、
「わっ、先生どうしたんですか?」
「だからー、それが失礼でしょー」
とユーリはニヤニヤ笑いを隠そうともしない、
「そうねー、失礼かもですわねー」
オッホッホとエレインはワザとらしく笑いだす、どうしたものやらと三人は黙るしかない、素直に綺麗になったと言えば微妙に失礼で、かといって前の方が良かったなどとは決して口にできず、どうしようもなくなってしまった、
「コラ、その辺にしておきなさい、困っているでしょ」
とやっとソフィアが助け舟を出す、
「そうねー」
「そうですわねー」
とユーリとエレインはそれでも意地悪気に微笑み、三人はホッと一息吐きつつもどうしたものかと困惑してしまう、
「お仕事でしょ?」
とソフィアがさらなる助け舟を出した、
「あっ、はい、あの、昨日注文頂いた棚と仕切りを設置に、それと見積りとか打合せが出来たらなって・・・」
「あら、早速ですわね、嬉しいです・・・でも、ブノワトさんが?」
「あっ、旦那が表に、あの私達はほら、新しい服?を見せて欲しくて・・・旦那が何か凄かったって言ってて・・・それで、ついてきちゃって・・・」
ブノワトがエヘヘと微笑み、コッキーとアンベルも恥ずかしそうに微笑んだ、
「あっ、そういう事ですわね、なら・・・どうしましょうか、先にそちらへ・・・」
とエレインがカチャーも居たほうが良いかなと振り向くと、
「失礼します」
と玄関口に男性の声が響く、
「あっ、旦那だ」
とブノワトがすぐに向かった、どうやら三人が寮に入ってしまった為、何かあったかと思って顔を出したのであろう、
「カチャーさん、一旦、仕事に戻りましょう、奥様達にも見せたいですしね」
エレインがカチャーに声をかけつつ、
「では、一旦、向こうに、コッキーさんとアンベルさんはどうします、服が先?化粧が先?」
上品に微笑むエレインに、コッキーとアンベルはどうしようかと顔を見合わせた。
「また・・・珍奇な事を・・・」
「そう言うなって、嬉しいだろ?」
「・・・そうです・・・かねー・・・」
「素直になろうよ」
「あー・・・どうでしょう・・・」
「硬いなー」
「いや、普通ですって」
「そうか?」
「そうでしょ」
「でも、ホントは?」
「あー・・・ちょっと楽しい・・・かも・・・」
「だろー」
とブラスとタロウがニヤニヤと食堂を眺め、その視線の先では今まさにブノワトが化粧の真っ最中である、先程ブラスが寮に吸い込まれた三人を不思議に思って顔を出したら、見事に自分も引きずり込まれた、そしてやたらと輝かしく機嫌の良い女性達に迎えられたと思えば、食堂内は女の園と化している、無論ブラスの居場所などあろう筈も無く、エレインに先に見積りをと木簡を渡し、さてどうしたものかとブノワトへ視線を向けていたが、ブラスは健康的な若い男性である、幼い頃から知り合いでそのまま結婚したブノワトよりも、その周りで熱心に顔料に向かっている遊女達が気になるのは当然で、しかし、ブノワトの手前そちらを気にする事は勿論出来ず、石になりたいと心底感じていた所にヒョッコリとタロウが現れた為、これ幸いと男二人で立ち話しとなり壁の花、もとい壁のシミである、
「・・・針の筵だよねー」
タロウがニヤリと微笑む、ブラスの心中を思えば、この言葉がまさにそれだとつい口を衝いた、
「なんですそれ?」
「そのままだよー」
「針の筵・・・筵は分かりますし、針もわかりますが・・・針で作った筵ですか?痛そうですね」
「痛いだろうねー」
「もう、何ですかさっきから、いつも以上に適当っすよ」
「いや、遊び相手が来たと思ってさ、俺もほら、この状況からは逃げたいし」
「そんな事言って・・・だって、タロウさんが始めた事でしょ、どうせ」
「わかるー?そうなんだよねー・・・まぁ・・・こうなるのは想定どおりなんだけどねー」
とタロウがハーと溜息を吐く、ならいいんじゃないかなとブラスは口を尖らせる、すると、
「すいません、ブラスさん、ここなんですが」
とカチャーとエレインが顔を上げる、二人は共に数枚の木簡を前にして厳しい顔となっていた、その木簡はブラスが提出した店舗の改築に関する見積りである、
「はい、なんでしょう」
とブラスは嬉しそうに甲高い声を上げてしまった、見積りの確認が済めばさっさと戻って棚を設置し帰りたい所である、これ幸いと飛び付くのも致し方ない、
「あー・・・なんだっけ、お店の改築?」
とタロウも首を伸ばす、
「そうですね、あっ、それはですね」
とカチャーが差した項目を目を伏せて早口で説明するブラスである、困った事にエレインもであるが、カチャーもばっちりと化粧をしていた、何度か顔を合わせており、まるで意識する事の無かった相手であるが、化粧をしたカチャーは何とも健康的で明るい顔となっている、その年齢も相俟って何とも魅力的であった、
「なるほど・・・であれば・・・良いかなと思いますが・・・」
「そうね・・・分かりました、テラさんとも相談しますので、答えは明日にでも」
エレインがニコリと微笑む、化粧の効果もあってか実に上品な笑みであった、
「ハッ、はい、それでお願いします、この季節であれば発注頂ければすぐに対応できます、暇なので、ハイ」
ブラスは若干上擦った声で答え、俯いたまま頭を下げた、しかし、
「・・・あれかな?配管とかはやらないの?」
と横からタロウが口を出す、
「配管ですか?」
「うん、この寮みたいにさ、配管しちゃえば?上も下も、楽だぞ、何するにしても・・・言ってなかったな、そういえば・・・」
とタロウが木簡の一枚を手にして首を傾げた、上とは給水配管、下とは下水配管の事であろう、もしくは上階、下階の別であろうか、どちらにしても意味は通じている、
「えっと・・・それだとあれですよ、無色の魔法石も無いですし、浄化槽も作るとなると時間的に難しいですよ」
エレインがウーンと悩みながら答える、ユーリやソフィア、タロウから仕入れた知識はしっかりと身に付いているようで、
「そだね、でもさ、前にね、領主様と話したときかな?浄化槽はほら、無きゃ無いで、川に流しちゃえばいいんだよなって思ってさ、無色の魔法石はまだいっぱいあるからね、ユーリから貰えばいいよ」
「そんな簡単に・・・魔法石はそれでいいかもですけど、浄化槽はほら、川に流すのは駄目だって、ずっと言ってませんでした?」
「そうなんだけどね、川を綺麗にするのは勿論大事なんだけど、それよりもさ、屋内配管を一般に広めて、清潔な生活に変えていくのが大事なんだよ、下水道はその間に整備すればいいよなって・・・思う事にした」
「そんな適当な・・・」
「いや、そうだよ、特にほら、お店とかは水を大量に使うだろうからね、だから、楽な方が良いに決まってるし、ついでにほれ、それを参考にして啓蒙も出来る」
「啓蒙ですか?」
とブラスがやっと顔を上げる、
「そうだよ、啓蒙、こういうのはね、実際に使って見せて、仕組みを見せて、それでやっと理解されるものだからね、学園でも配管するらしいけど、だったらほらより身近にね、気軽に見れるような場所にあれば尚便利だろ?その仕組みがさ、それにそれを見る為だけにでも客は集まるよ、あまりに多かったら見学料を取ればいい、儲かるぞ」
気楽に言い切るタロウである、
「そう・・・ですけど・・・いいんですか?その・・・」
とエレインは遠慮がちで、カチャーは予算的にどうだろうかなと首を傾げる、
「俺は良いと思うよ、こういうのはね、やったもん勝ちだからね、それに今これを出来るのはブラスさんが暇な内だけだよ、その内忙しくなるだろうしね、その前にやってもらいたい事はやってもらってって感じでさ、あっ、ユーリ、無色の魔法石20個ぐらいくれないか?」
タロウがこれまた気楽に言い出し、
「いいけど、何に使うのー」
とユーリが振り返った、こちらも見事に化けている、ブラスはユーリ先生もかーと頬を引くつかせるが、慌てて横を向いた、
「エレインさんの新しい店ー、ガラス鏡店の裏のやつー」
「あー・・・言ってたわね、なに?使うの?」
とユーリが腰を上げ、フィロメナらは新しい店?と瞳をギラリと輝かせてタロウを見上げる、
「使いたいんだよ、いいだろ?」
「いいけど、何に?どう使うの?」
「そのままだよ」
とユーリが参戦しあーだこーだと熱心に話し合われる、ブラスは早く逃げたいのになと俯いたままで、どうもタロウに関わると何かにつけて巻き込まれるなと決して口には出せないが、その心中で盛大に愚痴るのであった。
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