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本編
70話 公爵様を迎えて その35
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ニコリーネがミナに手を引かれて食堂に入ると、
「ニコ先生連れて来たー」
とミナが大声を上げ、一斉に食堂内の視線が集まる、ニコリーネはエッこんなに人が居たのと目を丸くした、見知った顔もあるが、その大半は知らない顔で、しかし、どこかで見た記憶もある、食堂内には遊女姉妹とエレインら商会組、研究所組とアフラが整然と席に着いており、ソフィアの姿は無かった、
「ミナ、ありがとう、ニコリーネさん、忙しい所ゴメンね」
タロウがニコヤカに二人を迎え、ミナはウフフーと微笑みタロウの傍の席へニコリーネの手を引っ張った、
「えっ、いや、はい、大丈夫です」
ニコリーネは小さく背を丸め、ミナに手を引かれながら恐縮する、ややつんのめりながら一同の視線を受けて席に着くと、遊女姉妹達はあの時の絵師さんだとその表情を柔らかいものに変え、ニコリーネさんまで巻き込んだのかとユーリはタロウを睨みつける、確かに昨日夕食時に何やらコソコソと話していた所を見ている、何とも用意周到な事であった、
「えっと、ニコリーネさんは御存知なのかな?」
とタロウは一同を見渡した、ユーリやエレインは当然だろうと思うが、その確認はフィロメナ達に向けられたものだと瞬時に気付いて少々恥ずかしく感じてしまう、
「はい、肖像画を描いて頂きました」
フィロメナが嬉しそうに答え、他の面々もうんうんと頷いている、
「そっか、描いてもらったんだ、それは良かった、うん、そういう事なら話しは早いね、絵師のニコリーネさん、今日の大事な先生になるからね、皆さん、宜しくお願いしましょう」
タロウがニヤリとニコリーネを伺うも、ニコリーネは背を丸めたまま硬くなっている、その隣りのミナは何故か自慢気にニヤニヤと笑っていた、
「はい、よろしくお願いします」
フィロメナが代表して快活に声を上げた、その表情は活き活きとして明るい、脱毛処理をした身体は文字通り一皮剥けたようで、さらに衣装もマフダと奥様達の手によって見事にバッチリと決まった、足の爪も磨き上げ、この半日で正に生まれ変わった気分である、見た目も勿論であるが、どうやら精神的にも明るくなったような気がする、それは他の姉妹達も同じで、最後に脱毛処理を行ったレネイも実に爽やかな表情を浮かべている、
「えっと、はい、こちらこそ宜しく・・・です」
蚊の鳴くような声でニコリーネは何とか答えた、昨日タロウから頼まれた事があり、それは自分でなくても良いのではないかとニコリーネは思ったのであるが、タロウはここは詳しい人がいると助かるとの事で、若干強引に引き込まれている、挙句、今日はその依頼に心を奪われてしまっており、絵筆が気持ち良く動いてくれなかった、どうしても集中が保てないのである、どうせなら早く呼びに来ないかなーと事務所の三階の自室で描きかけの絵を前にして悶々としてしまっていた、ミナが恐る恐ると扉を叩いた時はやっとかと心底安堵し、ミナを笑顔で迎え、而してこうして食堂に顔を出せばこの状況は想像していたそれとは大きく異なり、萎縮するしかない、何より、知らない顔が多すぎる、レスタ程では無いが、ニコリーネも人見知りの気が若干あった、街頭で肖像画を描いていた時はまるで気にならなかったのであるが、それは純粋に絵に向かっていた為であろうか、私もまだまだなんだなーと思い知ってしまうニコリネーである、
「はい、では、本題に入りますね」
とタロウは一同を睥睨する、遊女姉妹は実に良い顔となっていた、しっかりと服を着込んでいる為、手足の様子は分らないが、その顔は一段明るくなっている、表情もそうであるが、やはりムダ毛を処理したのが物理的な明るさに繋がっている様子で、エレインやユーリといったまだ脱毛処理をしていない顔と比べると格段に違って見えた、
「で、化粧に関してなんだけど」
とタロウは続けた、今日ソフィアに頼んだ作業は足の爪を磨く事と、脱毛処理、そしてこの化粧である、先程ソフィアが詳しくないからあなたがやりなさいとハッキリと言われてしまった為にタロウが解説する事になってしまったが、正直タロウもそこまで詳しく無い、ソフィアがエルフの里で少しばかり教示されていた為、それを教えるだけでもいいかなと判断して頼んだのであるが、その後、ソフィアが化粧をしている姿を見たことは無く、どうやらソフィアとしては対して興味の無い事であったか、もしくは自分だけ化粧をしようものなら完全に浮いてしまい面倒な事になる事が確定しているからかもしれない、
「まずね、持ってきてもらったこの化粧道具・・・これね・・・」
とタロウはフィロメナが持ち込んだ豪奢な木箱を開け、その中から数本の壺を取り出す、その中身は様々な色の顔料であった、
「・・・うん、で、早速で申し訳ないんだが・・・ここに並べたやつは二度と使わない方がいいかな・・・」
とタロウは若干声を落して済まなそうにフィロメナを見つめる、エッと一同は絶句した、化粧の講義と聞き、これはまたなにやら新しい事かしらと前のめりであったのだが、見事に冷や水を掛けられた気分である、
「えっと・・・それはどういう事ですか?」
フィロメナがそろそろと問い質す、
「うん、これね・・・はっきり言うけど、毒だ・・・肌にも悪いし、口に入れたら後々酷い事になる・・・」
「エッ・・・」
と今度は明確な悲鳴のような非難の声が上がった、歯に衣着せぬとはこの事であろう、あまりにも直接的な表現に遊女姉妹は眉を顰める、
「これは水銀が入ってるし、こっちは鉛が入っているね、こっちは恐らく草木由来の毒物かな?微量だし蓄積する事は無いと思うけど、大量に口に入れると・・・うん、最悪・・・最悪な事になるかな?で、こっちも鉛入り、こっちも水銀が入ってる・・・」
タロウは左目を閉じて次々と壺を開け再確認する、レインがウンウンと満足そうに頷いており、どうやらタロウと同意見のようであった、レインは先程タロウから相談を持ちかけられており、一緒になって確認するとこれは一体何事だと憤慨していた、ユーリが怪しげに二人を見ていたが、そんな些細な事はどうでもいいとばかりにタロウを相手に大声を上げている、
「えっと・・・すいません、それはどういう・・・」
フィロメナが不安そうにやっと口を開いた、
「うん、鉛中毒は聞いた事があるでしょ、あと水銀中毒か、ほら、ちょっと前に役所から通達があったでしょ、聞いてないかな?まぁ、ほら直接扱う事が無い人は気にもしなかっただろうけどね、水銀は研究以外には使用してはなりませんって・・・通達、それと、毒物、これは微量だけど、恐らくこの色を出す為に混ぜているんだな、だから・・・どうしてもこの色じゃなきゃ駄目っていうのであれば・・・だけど、それもお薦めは出来ないね、ほら、どんな悪影響が肌にあるかも分らないから・・・そんな感じかな」
タロウはうーんと悩みながら答えた、どこまでどう表現すればいいのかが分らない、毒物である事、肌に良く無いであろうことはタロウの知識と観察からすれば確実なのであるが、それをフィロメナ達に納得させるのが難しかった、ここは素直に言う事を聞いてくれればと願う、
「その、どれも高価なんですよ・・・」
フィロメナが悲しそうに呟く、
「だろうね・・・ニコリーネさんにも聞いたんだけど、顔料はね、どうしても作るのも手間がかかるし、何より、貴重だからね・・・気持ちはよくわかる、なもんで・・・その、申し訳ない気持ちもあるんだけど・・・折角ほら、皆さん綺麗になったんだし、ここはね、素直に聞いて欲しいんだ、もしあれだったら、俺が買い取るよ、絵画の顔料と殆ど同じらしいから、そのままニコリーネさんに使ってもらうかどうかするから」
タロウの申し出に、そこまでするかとエレインやユーリは眉を顰める、アフラも不思議そうにタロウを見つめていた、
「えっと、そこまでですか?」
「うん、より、ハッキリと言うね、二度と使うな・・・だな」
タロウが真剣な瞳でフィロメナを睨みつけ、すぐに視線を和らげる、何もフィロメナを叱りつけている訳では無い、それだけ重要である事を強調したいのである、
「・・・はい、その・・・善処します」
フィロメナはその圧力にそう答えるしかなかった、フィロメナから見るにその並べられた顔料は特に高価な物が多く、さらには日常的に使用していたものである、朝から顔に塗り、落すのは寝る前であった、そんな習慣を若い頃から続けている、今更毒物であると言われても困惑するしかない、
「うん、誰でも無い、皆さんの事だから、自分を守れるのは自分だけだよ、お仕事も大事だけど・・・あっ、もしあれなら俺からリズモンドさんに話してもいいし、あの人もだって、娘さん達は大事だろうしね、商売上っていう・・・現実的な問題もあるだろうけど・・・」
「それは・・・その、私からでも、はい、大丈夫です」
「そっか、じゃ、この点は大事だから、他の人達も気を付けてね、中々・・・うん、難しい所だけどさ、ほら、売ってる品の成分を聞いてもね、売ってる方も分らない事が多いから・・・そういう意味では・・・もしかしたらあれだね、安全な化粧品?顔料を新たに作ってもいいかもよ、これは安全に使えますって、俺が検査してもいいし、鉛とか水銀やらはブラスさん・・・よりもカトカさんとかの錬金関係の人が詳しそうだよね、そっちに協力を依頼して、毒物に関しても変な薬とか動物とか植物を使わなければ避けられるだろうし・・・どうかなエレインさん?」
タロウはニヤリとエレインへ微笑みかけるが、エレインは戸惑うしかない、食堂内は何とも不穏な雰囲気に包まれてしまっている、カトカは水銀はまだしも鉛に関してはどう排除すればいいのかなと首を傾げている、
「まぁ、そんな感じで、でね、逆に残った顔料、こっちは安全に使えるから」
とタロウは先に出した壺を横に除けると、数本の壺を木箱から取り出す、フィロメナが見るにそれは若干安価な品ばかりであった、
「詳細を話すと、これは貝の粉だね、焼きしめて粉にしている、こっちは砂をさらに砕いたもの、こっちは凄いね、シルクの粉だ、で、こっちは白墨と一緒、で、これは良いね、ほら、ヘンナから作られた黄色と赤だね、これはちゃんと使える、それとこっちは炭から作られてる・・・どれもこれも口にしても・・・まぁ問題無さそうだし、肌にも悪くは無い原料ばかりだ・・・と思う、あっでもあれよ、化粧したまま寝るのは駄目だからね、ちゃんと落とすのは大事」
「そんな簡単に分かるものなんですか?」
サビナが流石に疑問視する、
「うん、俺の特技」
タロウが左目を閉じたままニヤリと答えた、
「あー・・・そういう奴なのよ、こいつは・・・」
ユーリがそれ以上詮索するなとばかりにサビナへ視線を送り、サビナはそうなんだと取り合えず納得する事にしたらしい、何ともタロウはよくわからない点が多過ぎる、冷静に考えると説明のつかない事ばかりで、それを全て特殊な魔法として片付けるのは無理があると思えた、
「うん、だから、この残った顔料で化粧をする事をお薦めします、で、その化粧の方法をお伝えするので、是非、実践して欲しい」
タロウはここからが本題と声を明るくするが、食堂内は何とも重苦しい雰囲気のままである、ニコリーネはなんかとんでもない所に呼ばれたなと表情を暗くし、ミナも不思議そうにしている、良く分かっていないのであろう、
「すいません、それを見るに・・・その、濃い色が少ないように思うのですが・・・」
フィロメナが不安そうにタロウの手元を凝視した、
「そだね、だから・・・うん、今から話す化粧ってのは皆さんが今までやってきた化粧とは大きく目的を異なるのは確実だね、ほら、皆さんの化粧は暗がりでも目鼻立ちを目立たせる為のものでしょ?でもね、今から話すのは明るい中、日中でも確実に効果がある化粧・・・になるかな、だから、そうだね、上手く普及すれば貴族様や、普通の奥様達でも気軽に出来る化粧・・・って事になるし、そうした方がいいなって俺は思う」
エッと絶句する一同である、どうにも今日は次から次へと目新しい事ばかりで困惑するしかない、足の爪に関しては慣れもあって簡単に受け入れられ、脱毛処理に関しても実践してみれば見事なまでにその説明以上の成果を見せている、となればその新しい化粧とやらもまた違うのであろうか、
「では、その基本となる事を解説します、大事だからね」
とタロウはそこでやっと黒板に向かった。
「ニコ先生連れて来たー」
とミナが大声を上げ、一斉に食堂内の視線が集まる、ニコリーネはエッこんなに人が居たのと目を丸くした、見知った顔もあるが、その大半は知らない顔で、しかし、どこかで見た記憶もある、食堂内には遊女姉妹とエレインら商会組、研究所組とアフラが整然と席に着いており、ソフィアの姿は無かった、
「ミナ、ありがとう、ニコリーネさん、忙しい所ゴメンね」
タロウがニコヤカに二人を迎え、ミナはウフフーと微笑みタロウの傍の席へニコリーネの手を引っ張った、
「えっ、いや、はい、大丈夫です」
ニコリーネは小さく背を丸め、ミナに手を引かれながら恐縮する、ややつんのめりながら一同の視線を受けて席に着くと、遊女姉妹達はあの時の絵師さんだとその表情を柔らかいものに変え、ニコリーネさんまで巻き込んだのかとユーリはタロウを睨みつける、確かに昨日夕食時に何やらコソコソと話していた所を見ている、何とも用意周到な事であった、
「えっと、ニコリーネさんは御存知なのかな?」
とタロウは一同を見渡した、ユーリやエレインは当然だろうと思うが、その確認はフィロメナ達に向けられたものだと瞬時に気付いて少々恥ずかしく感じてしまう、
「はい、肖像画を描いて頂きました」
フィロメナが嬉しそうに答え、他の面々もうんうんと頷いている、
「そっか、描いてもらったんだ、それは良かった、うん、そういう事なら話しは早いね、絵師のニコリーネさん、今日の大事な先生になるからね、皆さん、宜しくお願いしましょう」
タロウがニヤリとニコリーネを伺うも、ニコリーネは背を丸めたまま硬くなっている、その隣りのミナは何故か自慢気にニヤニヤと笑っていた、
「はい、よろしくお願いします」
フィロメナが代表して快活に声を上げた、その表情は活き活きとして明るい、脱毛処理をした身体は文字通り一皮剥けたようで、さらに衣装もマフダと奥様達の手によって見事にバッチリと決まった、足の爪も磨き上げ、この半日で正に生まれ変わった気分である、見た目も勿論であるが、どうやら精神的にも明るくなったような気がする、それは他の姉妹達も同じで、最後に脱毛処理を行ったレネイも実に爽やかな表情を浮かべている、
「えっと、はい、こちらこそ宜しく・・・です」
蚊の鳴くような声でニコリーネは何とか答えた、昨日タロウから頼まれた事があり、それは自分でなくても良いのではないかとニコリーネは思ったのであるが、タロウはここは詳しい人がいると助かるとの事で、若干強引に引き込まれている、挙句、今日はその依頼に心を奪われてしまっており、絵筆が気持ち良く動いてくれなかった、どうしても集中が保てないのである、どうせなら早く呼びに来ないかなーと事務所の三階の自室で描きかけの絵を前にして悶々としてしまっていた、ミナが恐る恐ると扉を叩いた時はやっとかと心底安堵し、ミナを笑顔で迎え、而してこうして食堂に顔を出せばこの状況は想像していたそれとは大きく異なり、萎縮するしかない、何より、知らない顔が多すぎる、レスタ程では無いが、ニコリーネも人見知りの気が若干あった、街頭で肖像画を描いていた時はまるで気にならなかったのであるが、それは純粋に絵に向かっていた為であろうか、私もまだまだなんだなーと思い知ってしまうニコリネーである、
「はい、では、本題に入りますね」
とタロウは一同を睥睨する、遊女姉妹は実に良い顔となっていた、しっかりと服を着込んでいる為、手足の様子は分らないが、その顔は一段明るくなっている、表情もそうであるが、やはりムダ毛を処理したのが物理的な明るさに繋がっている様子で、エレインやユーリといったまだ脱毛処理をしていない顔と比べると格段に違って見えた、
「で、化粧に関してなんだけど」
とタロウは続けた、今日ソフィアに頼んだ作業は足の爪を磨く事と、脱毛処理、そしてこの化粧である、先程ソフィアが詳しくないからあなたがやりなさいとハッキリと言われてしまった為にタロウが解説する事になってしまったが、正直タロウもそこまで詳しく無い、ソフィアがエルフの里で少しばかり教示されていた為、それを教えるだけでもいいかなと判断して頼んだのであるが、その後、ソフィアが化粧をしている姿を見たことは無く、どうやらソフィアとしては対して興味の無い事であったか、もしくは自分だけ化粧をしようものなら完全に浮いてしまい面倒な事になる事が確定しているからかもしれない、
「まずね、持ってきてもらったこの化粧道具・・・これね・・・」
とタロウはフィロメナが持ち込んだ豪奢な木箱を開け、その中から数本の壺を取り出す、その中身は様々な色の顔料であった、
「・・・うん、で、早速で申し訳ないんだが・・・ここに並べたやつは二度と使わない方がいいかな・・・」
とタロウは若干声を落して済まなそうにフィロメナを見つめる、エッと一同は絶句した、化粧の講義と聞き、これはまたなにやら新しい事かしらと前のめりであったのだが、見事に冷や水を掛けられた気分である、
「えっと・・・それはどういう事ですか?」
フィロメナがそろそろと問い質す、
「うん、これね・・・はっきり言うけど、毒だ・・・肌にも悪いし、口に入れたら後々酷い事になる・・・」
「エッ・・・」
と今度は明確な悲鳴のような非難の声が上がった、歯に衣着せぬとはこの事であろう、あまりにも直接的な表現に遊女姉妹は眉を顰める、
「これは水銀が入ってるし、こっちは鉛が入っているね、こっちは恐らく草木由来の毒物かな?微量だし蓄積する事は無いと思うけど、大量に口に入れると・・・うん、最悪・・・最悪な事になるかな?で、こっちも鉛入り、こっちも水銀が入ってる・・・」
タロウは左目を閉じて次々と壺を開け再確認する、レインがウンウンと満足そうに頷いており、どうやらタロウと同意見のようであった、レインは先程タロウから相談を持ちかけられており、一緒になって確認するとこれは一体何事だと憤慨していた、ユーリが怪しげに二人を見ていたが、そんな些細な事はどうでもいいとばかりにタロウを相手に大声を上げている、
「えっと・・・すいません、それはどういう・・・」
フィロメナが不安そうにやっと口を開いた、
「うん、鉛中毒は聞いた事があるでしょ、あと水銀中毒か、ほら、ちょっと前に役所から通達があったでしょ、聞いてないかな?まぁ、ほら直接扱う事が無い人は気にもしなかっただろうけどね、水銀は研究以外には使用してはなりませんって・・・通達、それと、毒物、これは微量だけど、恐らくこの色を出す為に混ぜているんだな、だから・・・どうしてもこの色じゃなきゃ駄目っていうのであれば・・・だけど、それもお薦めは出来ないね、ほら、どんな悪影響が肌にあるかも分らないから・・・そんな感じかな」
タロウはうーんと悩みながら答えた、どこまでどう表現すればいいのかが分らない、毒物である事、肌に良く無いであろうことはタロウの知識と観察からすれば確実なのであるが、それをフィロメナ達に納得させるのが難しかった、ここは素直に言う事を聞いてくれればと願う、
「その、どれも高価なんですよ・・・」
フィロメナが悲しそうに呟く、
「だろうね・・・ニコリーネさんにも聞いたんだけど、顔料はね、どうしても作るのも手間がかかるし、何より、貴重だからね・・・気持ちはよくわかる、なもんで・・・その、申し訳ない気持ちもあるんだけど・・・折角ほら、皆さん綺麗になったんだし、ここはね、素直に聞いて欲しいんだ、もしあれだったら、俺が買い取るよ、絵画の顔料と殆ど同じらしいから、そのままニコリーネさんに使ってもらうかどうかするから」
タロウの申し出に、そこまでするかとエレインやユーリは眉を顰める、アフラも不思議そうにタロウを見つめていた、
「えっと、そこまでですか?」
「うん、より、ハッキリと言うね、二度と使うな・・・だな」
タロウが真剣な瞳でフィロメナを睨みつけ、すぐに視線を和らげる、何もフィロメナを叱りつけている訳では無い、それだけ重要である事を強調したいのである、
「・・・はい、その・・・善処します」
フィロメナはその圧力にそう答えるしかなかった、フィロメナから見るにその並べられた顔料は特に高価な物が多く、さらには日常的に使用していたものである、朝から顔に塗り、落すのは寝る前であった、そんな習慣を若い頃から続けている、今更毒物であると言われても困惑するしかない、
「うん、誰でも無い、皆さんの事だから、自分を守れるのは自分だけだよ、お仕事も大事だけど・・・あっ、もしあれなら俺からリズモンドさんに話してもいいし、あの人もだって、娘さん達は大事だろうしね、商売上っていう・・・現実的な問題もあるだろうけど・・・」
「それは・・・その、私からでも、はい、大丈夫です」
「そっか、じゃ、この点は大事だから、他の人達も気を付けてね、中々・・・うん、難しい所だけどさ、ほら、売ってる品の成分を聞いてもね、売ってる方も分らない事が多いから・・・そういう意味では・・・もしかしたらあれだね、安全な化粧品?顔料を新たに作ってもいいかもよ、これは安全に使えますって、俺が検査してもいいし、鉛とか水銀やらはブラスさん・・・よりもカトカさんとかの錬金関係の人が詳しそうだよね、そっちに協力を依頼して、毒物に関しても変な薬とか動物とか植物を使わなければ避けられるだろうし・・・どうかなエレインさん?」
タロウはニヤリとエレインへ微笑みかけるが、エレインは戸惑うしかない、食堂内は何とも不穏な雰囲気に包まれてしまっている、カトカは水銀はまだしも鉛に関してはどう排除すればいいのかなと首を傾げている、
「まぁ、そんな感じで、でね、逆に残った顔料、こっちは安全に使えるから」
とタロウは先に出した壺を横に除けると、数本の壺を木箱から取り出す、フィロメナが見るにそれは若干安価な品ばかりであった、
「詳細を話すと、これは貝の粉だね、焼きしめて粉にしている、こっちは砂をさらに砕いたもの、こっちは凄いね、シルクの粉だ、で、こっちは白墨と一緒、で、これは良いね、ほら、ヘンナから作られた黄色と赤だね、これはちゃんと使える、それとこっちは炭から作られてる・・・どれもこれも口にしても・・・まぁ問題無さそうだし、肌にも悪くは無い原料ばかりだ・・・と思う、あっでもあれよ、化粧したまま寝るのは駄目だからね、ちゃんと落とすのは大事」
「そんな簡単に分かるものなんですか?」
サビナが流石に疑問視する、
「うん、俺の特技」
タロウが左目を閉じたままニヤリと答えた、
「あー・・・そういう奴なのよ、こいつは・・・」
ユーリがそれ以上詮索するなとばかりにサビナへ視線を送り、サビナはそうなんだと取り合えず納得する事にしたらしい、何ともタロウはよくわからない点が多過ぎる、冷静に考えると説明のつかない事ばかりで、それを全て特殊な魔法として片付けるのは無理があると思えた、
「うん、だから、この残った顔料で化粧をする事をお薦めします、で、その化粧の方法をお伝えするので、是非、実践して欲しい」
タロウはここからが本題と声を明るくするが、食堂内は何とも重苦しい雰囲気のままである、ニコリーネはなんかとんでもない所に呼ばれたなと表情を暗くし、ミナも不思議そうにしている、良く分かっていないのであろう、
「すいません、それを見るに・・・その、濃い色が少ないように思うのですが・・・」
フィロメナが不安そうにタロウの手元を凝視した、
「そだね、だから・・・うん、今から話す化粧ってのは皆さんが今までやってきた化粧とは大きく目的を異なるのは確実だね、ほら、皆さんの化粧は暗がりでも目鼻立ちを目立たせる為のものでしょ?でもね、今から話すのは明るい中、日中でも確実に効果がある化粧・・・になるかな、だから、そうだね、上手く普及すれば貴族様や、普通の奥様達でも気軽に出来る化粧・・・って事になるし、そうした方がいいなって俺は思う」
エッと絶句する一同である、どうにも今日は次から次へと目新しい事ばかりで困惑するしかない、足の爪に関しては慣れもあって簡単に受け入れられ、脱毛処理に関しても実践してみれば見事なまでにその説明以上の成果を見せている、となればその新しい化粧とやらもまた違うのであろうか、
「では、その基本となる事を解説します、大事だからね」
とタロウはそこでやっと黒板に向かった。
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