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本編

70話 公爵様を迎えて その27

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「戻ったー」

ミナが食堂に駆け込むと、食堂内は閑散として暗かった、辛うじて暖炉の炎がほのかに室内を照らし、程よい暖かさに包まれる為寂しさを感じる程ではない、しかし、

「あれー・・・」

ミナは悲しそうに足を止める、普段であれば夕食前という事もあり誰彼が居る筈で、さらにここ数日食堂は賑やかであった、そのあまりの落差に違和感すら感じてしまう、そこへ、

「はい、お帰り」

厨房からヒョイとソフィアが顔を出した、

「あー、ソフィーいたー」

ミナはダダッと駆け出し、

「そりゃいるわよ」

とソフィアは不思議そうに微笑む、

「誰もいなかったー、変だったー」

「ヘン?」

「うん、変だったー」

ソフィアにしがみ付き、嬉しそうに微笑むミナである、

「もー、分かんない子ねー」

「えーでもー、変だったー」

「はいはい、タロウは?」

「いるよー、ユーリもー、レインもー」

「そっか、みんなと帰って来たのね」

「そうなのー、えっとね、えっとね、サイコロをね、バッてやって、パッて開くの、でねでね、レインが全部当てるのー、レイン凄かったー」

嬉々として報告するミナに、ソフィアは何を言ってるんだかと首を傾げつつも、

「そっかー、凄かったかー」

と話しを合わせた、

「うん、でねでね、お嬢様がー、レインばっかり当てては駄目じゃーって怒ってー、レインがー当てない方が悪いのじゃーってなってー、でー、ギャーギャー喧嘩してたー」

「あー・・・よくわかんないけど・・・まぁいっか、そう言うミナはおしとやかにできた?」

「できたー」

「それは嘘じゃのう」

レインがヤレヤレと食堂に入ってくる、

「嘘じゃないー」

「ならタロウに聞いてみるか?」

「・・・それはダメー」

「あー、そういう事かー」

「そういう事じゃのう」

「ぶー、ちゃんと挨拶したでしょー」

「それは当然じゃろう」

「えー、違うー」

「違わない」

「えー」

とミナがブー垂れた所に、

「お疲れー」

とユーリとタロウもヌッと入って来た、二人共に疲れた顔である、

「お疲れ様、どうだった?」

ソフィアがニコリと笑顔で迎えると、

「なんとかなったと思うわよー」

とユーリは手にした革袋をゴチャリと床に置いて手近な椅子に座り、

「そだねー」

とタロウもやれやれと腰を落ち着けた、

「あら、二人ともお疲れね」

「そうねー」

「そだねー」

と二人は同時にあらぬ方向に答える、

「あら・・・これは本当にお疲れだわね、お茶でも淹れる?」

「あー、いらないわ」

「だなー」

と共にぐだりと椅子の背にもたれ掛かった、

「もー、まっ、いっか、ほら、ミナ、レイン、髪直すわよ」

「うん、いいよー」

「解けばよかろう」

「ならレインは勝手にやんなさい、ミナおいでー」

とソフィアはミナを連れて鏡に向かう、すると、

「あっ、ソフィア、あれ、用意できるか?」

とタロウが思い出しように口にした、

「あれってなによ?」

ミナを鏡の前に座らせ、優しく髪留めを外すソフィアである、ミナはニコニコとその様子を見つめて御満悦であった、何とも元気な事である、

「あー、なんだっけ、名前あったよな、エルフさんの所で教えて貰ったあれー」

タロウが適当に問いかける、しかしエルフの一言が余計であった、ユーリがムクリと背を正し、レインも何の事じゃと振り返る、

「それこそどれよ、色々教えて貰ったじゃない」

「そうだけどさ、ほれ、お前さんが一番気に入ってたやつ」

「・・・あー、あれ?」

「たぶんそれ」

あれだのそれだのと夫婦の会話は他人からは理解不能なもので、それだけこの夫婦のツーカーぶりが見て取れはするが、その肝心のあれだそれだが見事なまでに不明瞭である、

「何よそれ?」

ユーリは居ても立っても居られず口を挟み、

「めんどくさい物言いじゃのう」

とレインも目を細める、

「それもそうねー」

とソフィアは微笑み、

「それもそうだ」

とタロウも苦笑いを浮かべた、

「で、何よ」

ユーリがジロリとソフィアを睨む、

「ほら、前に話したじゃない、あんたが迎えに来た時にさ」

ソフィアはミナの髪を梳きながら鏡越しに答えた、

「えっ・・・あっ、あれ?」

「でしょう、タロウさん?」

「そう言われても困るけど」

と今度はタロウが困惑する番である、

「それもそうか、あれでしょ、イエロースライムのあれ?」

「正解、それだ」

「でしょうねー、あれ気持ち良いもんねー」

「そうなの?」

「そう言ったじゃない、でも急にどうしたのさ」

「あー・・・でな、明日フィロメナさん達にやろうかと思ってね」

とタロウはボリボリと頭をかいた、先程思いついた時は必須だなと感じたのであるが、よく考えればそれを自分がやるわけにはいかなかった、材料を用意する事は可能であるが、実際に施術するとなるとソフィアに頼むしかない、

「へー・・・はい、終わり」

ソフィアがこんなもんかとブラシを置くと、

「ありがとー」

ミナがピョコンと立ち上がる、

「はい、これちゃんと仕舞っておきなさい」

「うん」

ミナは髪留めを手渡されそのまま厨房に走った、すると、

「ミーンとティルだー、あのね、あのねー」

と厨房が騒がしくなる、もうとソフィアは微笑み、

「ほら、レイン来なさい、やってあげるから」

とソフィアはレインを呼びつけ、レインは思いっきり顔を顰めるが、渋々と鏡に向かう、

「で、なんだっけ?」

ソフィアがレインの髪を解きながら鏡越しにタロウへ視線を向けた、

「ん、だから、例のあれをさ、フィロメナさん達にやって欲しいのさ」

「別にいいけど・・・フィロメナさん達?」

「うん、12・3人かな?」

「あら大人数ね」

「そうなんだよ、だから早めに来てもらって」

「だから、それはなんなのよ、簡単には聞いたけど、詳細までは聞いてないわよ」

再びユーリが口を挟む、

「あー・・・ユーリ先生とー、サビナさんも追加かな?」

「そうみたいねー・・・じゃ、エレインさんとかもやりたがるでしょ、となると結局全員じゃない」

「だろうねー」

「だ・か・らー」

とユーリのイラついた非難の声が轟くのであった。



夕食後となった、風呂上りで頭に手拭いを巻き、美味しそうにミルクを舐めるミナの前にタロウは何やら取り出すと、

「はい、約束の熨斗だ」

とニヤリと微笑んだ、

「ノシ?」

ミナは不思議そうにタロウを見上げ、なんだなんだと生徒達が集まってくる、

「そうだぞ、ノーシー、忘れたのか?」

「・・・なんだっけ?」

ミナがキョトンと問い返す、

「君なー・・・ほれ、髪借りただろ、それの御礼」

「アーーーー」

とミナは叫び、生徒達はこれがノシ?と不思議そうにミナの前に置かれたやたらと書き込まれた上質紙と木簡、その上に置かれた幾つかのサイコロと小さな木工細工を見つめる、確かに昨日ミナがノシだなんだと騒ぎ、タロウが仕方が無いとゴソゴソやっていたのは見ていた、どうやらそれが完成していたらしい、

「そうだー、ノシー、ノシー、返してー」

「だから、これがその熨斗なの」

「なにこれー」

「なんだと思う?」

「えっと、ノシ?」

「・・・なんかとんちか落語みたいな会話だな・・・」

とタロウは微笑んでしまい、これがノシ?と生徒達も首を傾げる、

「あのな、まず熨斗ってのは・・・」

とタロウは説明しようとしてすぐに諦めた、大した内容ではないし、どうせミナはすぐに忘れるであろう、第一、王国には熨斗の文化が無い、故にどう説明してもめんどくさいことになるのは必定である、

「まぁいいや、これは・・・双六って遊びだ」

「スゴロク?」

ミナが恐る恐ると上質紙に手を伸ばし、生徒達は遊び?とさらに首を傾げた、レインがムクリと生徒達の隙間から顔を出す、

「そ、双六、やってみるか?楽しいぞ」

「楽しいの?」

「そりゃお前、遊びだからな、嵌るぞ」

タロウはニヤリと微笑む、

「うん、やる」

ミナはピョンと背筋を伸ばした、

「そっか、じゃ、まずは髪を乾かしてからだ、風邪ひくぞ」

「わかった、えっとえっと」

とミナは生徒達を押しのけて寝台に上がり、暖炉に向けて頭に巻いた手拭いを解く、

「遊びなんですか?」

ジャネットが上質紙を見つめて素直な問いを口にした、他の生徒達も不思議そうに見つめており、大人組もそろそろと覗き込んでいる、

「そだよー、大人数で遊べるからね、君達もやってみるといいよ」

「いいんですか?」

サレバがピョンと飛び跳ねた、

「勿論だよ、あっ、でもあれだ、一応ミナのものだからね、ミナを仲間外れにしないように」

「それはだって勿論ですよー」

「そうです、仲間外れなんてしたことないです」

「それもそっか」

タロウはアッハッハと笑い声を上げた、少しばかり誤魔化そうとの気持ちが含まれている、そしてそれ以上に眠かった、やはり徹夜はきついなー等と思ってしまう、まして夕食を済ませ温かい暖炉の熱に包まれてはそう感じるのも無理は無い、

「で、どうするのじゃ?」

レインがズィっとテーブルに身を乗り出した、

「おっ、レイン様もやるか?」

「当然じゃ」

「だね、じゃ、どうしようかな、ミナとレインとあと4人くらいかな、じゃんけんで参加者決めて、あっ、お風呂の順番は守るようにね」

ハイっと、明るい女声が響き、ジャンケンの掛け声とお風呂次だからとの遠慮の言葉が入り混じる、そして、

「乾いたー、乾いたでしょー」

とミナが猛然とタロウに突撃し、

「ん?ならいいぞ、じゃ、やるか」

「やる、どうやるの、どうするの?」

「はいはい、まずは駒を決めます、このチッコイのが駒ね、自分の代わりになる目印だな、好きなの選んで」

「うんうん」

と上質紙を真ん中に置いてミナは爛々と目を輝かせ、どんなものかのうとレインも舌なめずりである、さらにジャネットとルル、サレバとコミンがテーブルを囲んだ、そこへ、

「あら・・・今度は何?」

と片付けを終えたソフィアが食堂に入って来た、ティルとグルジアも手を拭いながら続いている、

「タロウさんが新しい遊びって」

ルルがニコリと顔を上げる、

「遊び?」

「そだよー、まぁ、見ていなさい、大人でも遊べるからさ」

「そなの?」

とユーリも興味を引かれたようである、

「そ、駒は決まった?」

「うん、ミナはこれー・・・えっと・・・なにこれ?」

ミナは手にした小さい駒を見つめて首を傾げた、可愛らしいからといの一番に手を伸ばしたが、それが何のかよくわからない、

「えー、お前、それはだって・・・犬だよ」

タロウが寂しそうに答える、

「えー、犬ー?ワンコー、見えなーい」

「じゃ、これって、馬ですか?」

コミンが駒の一つを持ち上げた、

「・・・それ、鳥・・・」

エーッと悲鳴が上がってしまう、どうやら昨晩タロウが手慰みで適当に作った駒は出来が悪いようである、

「あー・・・じゃ、あれだ、駒はなんか適当に呼んでくれ、自分のだって分かればいいんだよ」

「えー、でもー、ワンコ嫌いー」

「こらっ、そんな事言うんじゃありません」

タロウがブスリと叱責し、

「えー・・・」

ミナは不満顔でタロウを見上げる、

「・・・わかった、じゃ、それは何に見える?」

「えっと・・・なんだろ?」

「あれじゃな、蟹じゃな」

「カニ?」

「知らんか?」

「川にいるちいさいの?」

「うむ、横に歩くやつじゃ」

「あー、似てるー」

「じゃ、蟹でいいよ」

「いいの?じゃ、カニー」

ミナが嬉しそうに駒を掲げ、それでいいのかとジットリとした訝し気な視線がタロウに集まる、タロウはその視線から逃げるように、

「ほれ、駒はいいな、順番決めるぞ」

と強引に双六を始めるのであった。
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