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本編
70話 公爵様を迎えて その19
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タロウがヘッケル工務店の工場から家路につくと街中は人で混雑していた、夕方になりかかった時間帯で、小雨も降り続いている、珍しいなとタロウは思うが、そう言えばと思い出した、公爵様の行列である、しかし、その当の行列はまだらしい、恐らく通るであろう大路は濡れた外套に身を包んだ町民達でごった返しており、フィロメナとブラスが言うようになるほどこの街の人々は祭り好きなのだなとタロウは微笑んでしまう、恐らく江戸時代の人達と似たような状況なのであろう、様々な文献から察するに参勤交代の行列は一つの娯楽として定着していたらしく、またその期待に答えなければならないとより華美になっていった様子である、タロウとしては派手にする必要は全くなかろうにと文献を読みながら思ったものであるが、なるほど、これだけの人を集め好奇の目にさらされ、さらにそれが暫くの間、人の口の端に上る、となると派手とは言わずともそれなりに見せなければならなくなり、他の大名との比較もされるであろうと考えればより豪奢になっていくのも無理は無い、どうやらどの国のどの時代でも為政者が見栄を張らなければならないのは義務であるらしい、それはそれで大変だなとタロウはひっそりとほくそ笑む、そして大路を横切り見慣れた街路に入る、流石にそこまで来れば人波は無くなった、ポツリポツリと背を丸め寒さよりも冷たい雨に耐えながら足早になる人々に紛れ、寮に駆け込む、軽く水気を払ってやれやれと外套を壁に掛けた、玄関口には大小様々な濡れた外套が並んで掛けられていた、学生達が帰ってきているのであろう、あの娘達であれば行列を見物にいくのであろうとタロウは高を括っていたが、どうやら流石に止めたらしい、雨も降っている、まぁ公爵よりも上の存在である王族が遊びに来る寮なのである、貴族様達を大して珍しいと思えないほどに感覚が鈍っているのかもしれない、それはそれでどうなのかなと思いつつ足を拭ってスリッパに履き替えた、
「戻ったぞー」
タロウが食堂に入ると、
「タロウ来たー」
ミナがダダッと駆けて来た、
「おう、なんだ?」
「・・・なんでもないよー、どうかしたー?」
「そうなのか?」
「そうなのー」
「そっかー」
タロウがミナを抱き上げると、ミナは満面の笑みでタロウの顔面に抱き着く、
「あら、お帰り」
とソフィアがヒョイと厨房から顔を出す、フワリと夕食の香りが漂った、
「おう、戻ったよ」
「どうだった?」
「まぁ、何とかなるかな?」
「そっ、じゃ、こっちも何とかしてね」
「こっち?」
「そうよ、こっち」
とソフィアが視線を移す、その先にはエレインらが難しい顔でタロウを伺っていた、ジットリとした瞳であり、俺何か悪い事したかなとタロウはあらっと目を丸くする、
「・・・えっと、なんだっけ?」
「なんだっけじゃないでしょ、ほれ、新しい服?作るんじゃないの?」
「あっ・・・」
タロウはそれもあったとやっと思い出した、リズモンドと会合を持ち各工場を回って取り合えず大丈夫そうだと一安心した所である、すっかりとより大事な仕事が抜け落ちてしまっていたのだ、
「もう、ほら、やるんでしょ」
「そだね、やるか」
「ん、じゃ、エレインさんこき使ってあげて、誰かサビナさん呼んできて」
はいとルルが腰を上げて階段へ向かい、エレインはこき使うって言われてもなーと口をへの字に曲げている、
「ん、じゃ、どうしようかな・・・生地は揃った?」
タロウはミナを小脇に抱えて生徒達とテーブルを囲んだ、嬉しそうにジタバタと蠢くミナである、
「はい、こちらです」
エレインがテーブルに並んでいた生地をタロウの前にドサリと置く、皿から立ち上がる光柱の灯りを受けてそれはキラリと輝いた、
「えへへー、スベスベなのよー」
ミナが嬉しそうにテーブルに乗り上げた、タロウの脚に跨って遠慮なく両手を伸ばしている、
「そっかー、スベスベかー」
「そうなのー、綺麗なのー」
「だなー」
とタロウはその一枚を手に取ってシゲシゲと観察する、確かにシルクであった、注文通りである、そしてこちらも注文通りに厚手であった、かなり上等な品なのであろう、
「これは素晴らしいね、高かったでしょう」
「はい、そのように聞いています」
エレインはマフダから聞いた報告そのままを口にする、タロウがフィロメナらを連れて寮を出た後、マフダとカチャーに頼んで生地を仕入れて貰ったのであるが、これがかなり大変だったらしい、マフダの顔と六花商会の名前、さらに実際の現金があれば購入自体を断られることはなかったらしいが、何より物が無い、生地専門の問屋であるネイハウス商会でも厚手のシルクとなると在庫は少なく、これでは困るとマフダの真剣な顔に、商会長であるマレインはこれは服飾協会の名折れと付き合いのある服飾店に同行しあるだけかき集めて来たとの事であった、急な話しではあったが、六花商会とネイハウス商会の名を出されては断る服飾店も無かったとのことで、名声とはこういう時に便利なのだなとマフダとカチャーは思い知り、エレインはネイハウス商会に御礼に行かなければなと商会長らしい事を考えていた、
「苦労かけたね、では・・・でも、あれだね、これで始めるのはちょっとあれだから」
タロウはミナを隣りの席に置き直すと腰を上げ厨房に向かった、何やらソフィアと話し倉庫に向かって手拭いを数本持って来る、
「まずはこれでやってみよう」
「手拭いですか?」
エレインが首を傾げ、他の生徒も何をやるんだろうと不思議そうである、そこに、
「すいません」
とサビナがルルと共に下りて来た、
「あっ、サビナさんもごめんね、忙しい所」
「いえいえ、私は別に・・・でもないですけど、大丈夫ですが」
サビナは謙遜するべきか迷いつつ席に着く、
「そう?でだ、まずはこの手拭いで作ってみよう」
「なにをですかぁ?」
サレバが楽しそうに問い直す、他の面々は妙に深刻そうな顔であった、単純にシルクの生地に驚いていた事もある、彼女達から見てもシルク生地は美しく、無論その価値は理解している、それが大量に食堂に運び込まれており、またなにか始めるのかと大騒ぎになったのであるが、これがタロウからの依頼と聞いて驚きが警戒と緊張に変わってしまったのであった、そして事の次第を聞くにあたり、まためんどくさそうな事をと呆れてもいる、服飾の研究については聞いていたがそれをいきなり数着作るらしい、それも明日明後日の短時間で、食事会の時もそうであるが、どうしてこの寮はこうも次から次へと落ち着きが無いのか、困ったものである、
「服だよ、俺もねいきなりこんな綺麗な布を切り刻むのは遠慮したいからさ、それに小さい服であれば裁縫も速いでしょ」
「手拭いで服ですか?」
「あっ、そういう事ですか・・・」
タロウの意図に気付いたグルジアとオリビアがポンと膝を叩く、
「そういう事、小さいのを作ってみて、それで君らの意見を確認したいんだ、じゃ、早速始めよう、エレインさん、これはしっかりしまっておいて」
「そうですね」
エレインが手を伸ばすよりも先にオリビアが腰を上げてシルクを回収し始め、
「では、あー・・・まぁやるか」
タロウは手拭いを広げると、
「取り合えず」
と右目を閉じ石墨を走らせ、何やら描き始めるのであった。
「可愛いねー」
ミナが仕上がった小さな服を手にしてニコニコと御満悦である、綺麗な手拭いで作られたそれはそのまま着る事が出来るのではないかと思われるほど精巧で、惜しむらくはその小ささのみである、ミナの小さな手に被せれば丁度良いかもと思われるほどにチンマリとしている、
「だねー」
「うん、でもこれ服なのかな?」
「服だよ・・・でも・・・」
「やっぱり着てみないとわかんないね、ちゃんとした大きさではないと」
「そだねー」
生徒達も覗き込んで好意的ではあるが懐疑的な言葉が交わされている、そこへ、
「準備できたわよー」
とソフィアが厨房から顔を出した、ハーイと快活な声が響く中、
「ソフィー、これー、タローが作ったのー、可愛いでしょー」
ミナがその小さな服を手にして駆け寄った、
「あら・・・もう出来たの?」
「そうなのー、えっとね、えっとね、タローがジッケンって言ってたー」
「また実験?」
「らしいです」
グルジアがテーブルを片付けながら振り返る、
「そだねー」
とタロウが顔を上げた、エレインとサビナと何やら打合せをしていたらしい、サビナはうーんと首を捻っており、エレインも悩んでいる様子であった、ソフィアはまた珍妙な事を言い出したのかと目を細め、しかし、どうやら形にはなったらしい、見ればオリビアがまた別の縫物に取り組んでおり、テラとニコリーネが興味深そうに覗き込んでいる、
「まぁ・・・いいけど、あっ、ユーリ達呼んできて」
ハーイとルルが階段に向かった、どうにもルルは腰が軽い、反応速度が速いとも言えるが、何に付けても動き出すのが速かった、やっぱり何か違うのかなとソフィアは思う、ゲインも普段はボーッと何を考えているのか分からない男であるが動き出すのは一番速く、また戦闘に於いてもあの体躯で機敏なのである、魔力もまったく無いのであるがその反応速度故か魔王との戦闘でも見事に生き残った、どうやらそういう部族であるらしい、
「あっ、そうだ、ショウガとニンニク試しました」
サレバがピョンと跳ねた、
「おっ、どうだった?」
タロウがニヤリと微笑む、コミンがまったくもうと渋い顔でサレバを睨むが、
「辛かったです」
サレバが素直な笑顔を見せる、へーそうなんだとサレバに視線が集まる、
「そりゃそうだろ、言わなかったか?」
「聞いてました、美味しくは無かったです」
ハッキリ言い切るサレバにタロウもまったくと微笑んでしまう、確かに生でも食べれるし、辛いとも言い添えている、それでも口にしてしまうのは大した探求心である、
「でも、あれですか?ショウガって根っこですか?」
「あら気付いた?」
「はい、あの形状は根っこですよね、土も付いてたし」
「だねー、実はね、ショウガってあれをそのまま大きさを整えて植えるんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
今度はコミンが驚いた、
「そうなんです、あれも放っておくとね、節から芽が出ちゃうんだな、で、その芽が出たやつを植える?植える分は別にとってあるけどね、まぁ、温かくなってからだね」
「じゃ、あれですか?ニンニクもですか?あれは球根ですよね」
「その通り、あれも小さい粒をそのまま植えちゃう」
へーとサレバとコミンは同時に感嘆の声を上げ、そうなんだとソフィアも驚いていた、また別に種でもあるのかと思っていたのである、
「どっちもほら、温かい所の植物だからね、こっちで根付くかどうかは試してみないとだけどさ」
「やりたいです、やらせて下さい」
サレバがいよいよ勢いづいた、爛々と目を輝かせている、
「そだね、何度も言うけど温かくなってから、あっ、今日ねルカス先生にも話したんだけど」
「なんですか?」
さらに目を輝かせサレバが猛然と食いついた、
「牛と豚の調理方法を教えるから、学園でルカス先生に教えてあげて」
タロウは何とも気軽に口にしたが、エッと全員の視線がタロウに集まる、
「ホントですか?」
「ホントだよ、明日か明後日には手配するから牛と豚、学園にも分けるから食べてみてって話したんだよ、ミルクみたいにさ、まぁ、調理って言っても・・・焼けば食えるけどね、より美味しくするにはって感じかな?ただ焼くだけでも十分に旨いと思うけどねー」
「えっと、それ、私達も頂けるんですか?」
グルジアが参戦し、
「えっと、私もー」
とジャネットが目を輝かす、
「ミナもー」
小さな服を手にしたままミナがタロウに駆け寄った、
「おう、大丈夫みんなの分は確保するから、食べきれないくらいにね、学園のは学園でみんなで食べたら試食って感じにしかならないかもだけど、それでもね美味しく食べたいじゃない?」
「やったー」
ミナが素直に飛び跳ね、
「やったー」
ジャネットも飛び跳ねる、
「まぁ・・・大した料理じゃないけどね、そういう事だから宜しく」
とタロウがサレバに微笑むと、サレバははちきれんばかりの笑顔を浮かべ、
「はい、やります、教えて下さい」
食堂を揺るがす程の大声を上げた、おいおいと一同の視線がサレバに向かうが、その気持ちも興奮も分かるのか、皆微妙に笑顔を浮かべている、
「じゃ、そういう事で、ご飯だね」
「ご飯だー」
「今日はなに?」
「あー、あんたが言ってたショウガ焼きとニンニク焼きよ、残念ながら鳥の肉だけど」
ソフィアがやれやれと微笑む、
「やったー、それも美味しそうー」
「だねー、楽しみー」
「あー、イイ匂いしてたもんねー」
「そだねー、お腹が空いて大変だったー」
「わたしもー」
と盛り上がる食堂内に、
「あっ、思い出したー」
とミナの叫びが響いた、今度は何だとミナに視線が集まる、
「タロウ、ノシー、ノシーはー?」
「ノシ?」
「ノシー」
「なにそれ?」
タロウは怪訝そうに首を傾げるがミナはムーとタロウを睨み、
「ノシー、髪貸したー、だからノシー」
「カミカシタ?ノシ?」
さらにタロウは首を傾げる、すると、
「あー、ほら、アンタ言ってたでしょ、ノシつけて返すって、そう言えば時々言ってたわよね、口癖なのかと思ってたわ」
ソフィアがやっと理解して微笑んだ、
「あー・・・あれかー」
タロウもやっと思い出す、確かに熨斗を付けて返すよとミナに言った覚えがある、
「でしょー、だからノシー」
ミナが憤然とタロウを見上げ、
「ノシかー・・・あのな・・・」
とタロウは熨斗の説明をするべきか迷い、無駄だなと判断すると、
「うん、わかった、何とかするよ」
と苦笑いとなる、
「ホントだなー」
「ホントだよ、ビックリするもの返してやるよ」
「ムー、わかったー、待ってるー」
「はいはい、ほれ、飯だ、片付けろ」
「わかったー」
ミナはそれで満足したのかテーブルに向かうも、テーブルはもう既に粗方片付いている、ワタワタと慌てつつ手にした小さな服をサビナに手渡した、他の面々はまた何かやるんだろうなと期待と興味をかき立てられ、ソフィアはまた安請け合いしてと呆れ顔になって厨房に戻るのであった。
「戻ったぞー」
タロウが食堂に入ると、
「タロウ来たー」
ミナがダダッと駆けて来た、
「おう、なんだ?」
「・・・なんでもないよー、どうかしたー?」
「そうなのか?」
「そうなのー」
「そっかー」
タロウがミナを抱き上げると、ミナは満面の笑みでタロウの顔面に抱き着く、
「あら、お帰り」
とソフィアがヒョイと厨房から顔を出す、フワリと夕食の香りが漂った、
「おう、戻ったよ」
「どうだった?」
「まぁ、何とかなるかな?」
「そっ、じゃ、こっちも何とかしてね」
「こっち?」
「そうよ、こっち」
とソフィアが視線を移す、その先にはエレインらが難しい顔でタロウを伺っていた、ジットリとした瞳であり、俺何か悪い事したかなとタロウはあらっと目を丸くする、
「・・・えっと、なんだっけ?」
「なんだっけじゃないでしょ、ほれ、新しい服?作るんじゃないの?」
「あっ・・・」
タロウはそれもあったとやっと思い出した、リズモンドと会合を持ち各工場を回って取り合えず大丈夫そうだと一安心した所である、すっかりとより大事な仕事が抜け落ちてしまっていたのだ、
「もう、ほら、やるんでしょ」
「そだね、やるか」
「ん、じゃ、エレインさんこき使ってあげて、誰かサビナさん呼んできて」
はいとルルが腰を上げて階段へ向かい、エレインはこき使うって言われてもなーと口をへの字に曲げている、
「ん、じゃ、どうしようかな・・・生地は揃った?」
タロウはミナを小脇に抱えて生徒達とテーブルを囲んだ、嬉しそうにジタバタと蠢くミナである、
「はい、こちらです」
エレインがテーブルに並んでいた生地をタロウの前にドサリと置く、皿から立ち上がる光柱の灯りを受けてそれはキラリと輝いた、
「えへへー、スベスベなのよー」
ミナが嬉しそうにテーブルに乗り上げた、タロウの脚に跨って遠慮なく両手を伸ばしている、
「そっかー、スベスベかー」
「そうなのー、綺麗なのー」
「だなー」
とタロウはその一枚を手に取ってシゲシゲと観察する、確かにシルクであった、注文通りである、そしてこちらも注文通りに厚手であった、かなり上等な品なのであろう、
「これは素晴らしいね、高かったでしょう」
「はい、そのように聞いています」
エレインはマフダから聞いた報告そのままを口にする、タロウがフィロメナらを連れて寮を出た後、マフダとカチャーに頼んで生地を仕入れて貰ったのであるが、これがかなり大変だったらしい、マフダの顔と六花商会の名前、さらに実際の現金があれば購入自体を断られることはなかったらしいが、何より物が無い、生地専門の問屋であるネイハウス商会でも厚手のシルクとなると在庫は少なく、これでは困るとマフダの真剣な顔に、商会長であるマレインはこれは服飾協会の名折れと付き合いのある服飾店に同行しあるだけかき集めて来たとの事であった、急な話しではあったが、六花商会とネイハウス商会の名を出されては断る服飾店も無かったとのことで、名声とはこういう時に便利なのだなとマフダとカチャーは思い知り、エレインはネイハウス商会に御礼に行かなければなと商会長らしい事を考えていた、
「苦労かけたね、では・・・でも、あれだね、これで始めるのはちょっとあれだから」
タロウはミナを隣りの席に置き直すと腰を上げ厨房に向かった、何やらソフィアと話し倉庫に向かって手拭いを数本持って来る、
「まずはこれでやってみよう」
「手拭いですか?」
エレインが首を傾げ、他の生徒も何をやるんだろうと不思議そうである、そこに、
「すいません」
とサビナがルルと共に下りて来た、
「あっ、サビナさんもごめんね、忙しい所」
「いえいえ、私は別に・・・でもないですけど、大丈夫ですが」
サビナは謙遜するべきか迷いつつ席に着く、
「そう?でだ、まずはこの手拭いで作ってみよう」
「なにをですかぁ?」
サレバが楽しそうに問い直す、他の面々は妙に深刻そうな顔であった、単純にシルクの生地に驚いていた事もある、彼女達から見てもシルク生地は美しく、無論その価値は理解している、それが大量に食堂に運び込まれており、またなにか始めるのかと大騒ぎになったのであるが、これがタロウからの依頼と聞いて驚きが警戒と緊張に変わってしまったのであった、そして事の次第を聞くにあたり、まためんどくさそうな事をと呆れてもいる、服飾の研究については聞いていたがそれをいきなり数着作るらしい、それも明日明後日の短時間で、食事会の時もそうであるが、どうしてこの寮はこうも次から次へと落ち着きが無いのか、困ったものである、
「服だよ、俺もねいきなりこんな綺麗な布を切り刻むのは遠慮したいからさ、それに小さい服であれば裁縫も速いでしょ」
「手拭いで服ですか?」
「あっ、そういう事ですか・・・」
タロウの意図に気付いたグルジアとオリビアがポンと膝を叩く、
「そういう事、小さいのを作ってみて、それで君らの意見を確認したいんだ、じゃ、早速始めよう、エレインさん、これはしっかりしまっておいて」
「そうですね」
エレインが手を伸ばすよりも先にオリビアが腰を上げてシルクを回収し始め、
「では、あー・・・まぁやるか」
タロウは手拭いを広げると、
「取り合えず」
と右目を閉じ石墨を走らせ、何やら描き始めるのであった。
「可愛いねー」
ミナが仕上がった小さな服を手にしてニコニコと御満悦である、綺麗な手拭いで作られたそれはそのまま着る事が出来るのではないかと思われるほど精巧で、惜しむらくはその小ささのみである、ミナの小さな手に被せれば丁度良いかもと思われるほどにチンマリとしている、
「だねー」
「うん、でもこれ服なのかな?」
「服だよ・・・でも・・・」
「やっぱり着てみないとわかんないね、ちゃんとした大きさではないと」
「そだねー」
生徒達も覗き込んで好意的ではあるが懐疑的な言葉が交わされている、そこへ、
「準備できたわよー」
とソフィアが厨房から顔を出した、ハーイと快活な声が響く中、
「ソフィー、これー、タローが作ったのー、可愛いでしょー」
ミナがその小さな服を手にして駆け寄った、
「あら・・・もう出来たの?」
「そうなのー、えっとね、えっとね、タローがジッケンって言ってたー」
「また実験?」
「らしいです」
グルジアがテーブルを片付けながら振り返る、
「そだねー」
とタロウが顔を上げた、エレインとサビナと何やら打合せをしていたらしい、サビナはうーんと首を捻っており、エレインも悩んでいる様子であった、ソフィアはまた珍妙な事を言い出したのかと目を細め、しかし、どうやら形にはなったらしい、見ればオリビアがまた別の縫物に取り組んでおり、テラとニコリーネが興味深そうに覗き込んでいる、
「まぁ・・・いいけど、あっ、ユーリ達呼んできて」
ハーイとルルが階段に向かった、どうにもルルは腰が軽い、反応速度が速いとも言えるが、何に付けても動き出すのが速かった、やっぱり何か違うのかなとソフィアは思う、ゲインも普段はボーッと何を考えているのか分からない男であるが動き出すのは一番速く、また戦闘に於いてもあの体躯で機敏なのである、魔力もまったく無いのであるがその反応速度故か魔王との戦闘でも見事に生き残った、どうやらそういう部族であるらしい、
「あっ、そうだ、ショウガとニンニク試しました」
サレバがピョンと跳ねた、
「おっ、どうだった?」
タロウがニヤリと微笑む、コミンがまったくもうと渋い顔でサレバを睨むが、
「辛かったです」
サレバが素直な笑顔を見せる、へーそうなんだとサレバに視線が集まる、
「そりゃそうだろ、言わなかったか?」
「聞いてました、美味しくは無かったです」
ハッキリ言い切るサレバにタロウもまったくと微笑んでしまう、確かに生でも食べれるし、辛いとも言い添えている、それでも口にしてしまうのは大した探求心である、
「でも、あれですか?ショウガって根っこですか?」
「あら気付いた?」
「はい、あの形状は根っこですよね、土も付いてたし」
「だねー、実はね、ショウガってあれをそのまま大きさを整えて植えるんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
今度はコミンが驚いた、
「そうなんです、あれも放っておくとね、節から芽が出ちゃうんだな、で、その芽が出たやつを植える?植える分は別にとってあるけどね、まぁ、温かくなってからだね」
「じゃ、あれですか?ニンニクもですか?あれは球根ですよね」
「その通り、あれも小さい粒をそのまま植えちゃう」
へーとサレバとコミンは同時に感嘆の声を上げ、そうなんだとソフィアも驚いていた、また別に種でもあるのかと思っていたのである、
「どっちもほら、温かい所の植物だからね、こっちで根付くかどうかは試してみないとだけどさ」
「やりたいです、やらせて下さい」
サレバがいよいよ勢いづいた、爛々と目を輝かせている、
「そだね、何度も言うけど温かくなってから、あっ、今日ねルカス先生にも話したんだけど」
「なんですか?」
さらに目を輝かせサレバが猛然と食いついた、
「牛と豚の調理方法を教えるから、学園でルカス先生に教えてあげて」
タロウは何とも気軽に口にしたが、エッと全員の視線がタロウに集まる、
「ホントですか?」
「ホントだよ、明日か明後日には手配するから牛と豚、学園にも分けるから食べてみてって話したんだよ、ミルクみたいにさ、まぁ、調理って言っても・・・焼けば食えるけどね、より美味しくするにはって感じかな?ただ焼くだけでも十分に旨いと思うけどねー」
「えっと、それ、私達も頂けるんですか?」
グルジアが参戦し、
「えっと、私もー」
とジャネットが目を輝かす、
「ミナもー」
小さな服を手にしたままミナがタロウに駆け寄った、
「おう、大丈夫みんなの分は確保するから、食べきれないくらいにね、学園のは学園でみんなで食べたら試食って感じにしかならないかもだけど、それでもね美味しく食べたいじゃない?」
「やったー」
ミナが素直に飛び跳ね、
「やったー」
ジャネットも飛び跳ねる、
「まぁ・・・大した料理じゃないけどね、そういう事だから宜しく」
とタロウがサレバに微笑むと、サレバははちきれんばかりの笑顔を浮かべ、
「はい、やります、教えて下さい」
食堂を揺るがす程の大声を上げた、おいおいと一同の視線がサレバに向かうが、その気持ちも興奮も分かるのか、皆微妙に笑顔を浮かべている、
「じゃ、そういう事で、ご飯だね」
「ご飯だー」
「今日はなに?」
「あー、あんたが言ってたショウガ焼きとニンニク焼きよ、残念ながら鳥の肉だけど」
ソフィアがやれやれと微笑む、
「やったー、それも美味しそうー」
「だねー、楽しみー」
「あー、イイ匂いしてたもんねー」
「そだねー、お腹が空いて大変だったー」
「わたしもー」
と盛り上がる食堂内に、
「あっ、思い出したー」
とミナの叫びが響いた、今度は何だとミナに視線が集まる、
「タロウ、ノシー、ノシーはー?」
「ノシ?」
「ノシー」
「なにそれ?」
タロウは怪訝そうに首を傾げるがミナはムーとタロウを睨み、
「ノシー、髪貸したー、だからノシー」
「カミカシタ?ノシ?」
さらにタロウは首を傾げる、すると、
「あー、ほら、アンタ言ってたでしょ、ノシつけて返すって、そう言えば時々言ってたわよね、口癖なのかと思ってたわ」
ソフィアがやっと理解して微笑んだ、
「あー・・・あれかー」
タロウもやっと思い出す、確かに熨斗を付けて返すよとミナに言った覚えがある、
「でしょー、だからノシー」
ミナが憤然とタロウを見上げ、
「ノシかー・・・あのな・・・」
とタロウは熨斗の説明をするべきか迷い、無駄だなと判断すると、
「うん、わかった、何とかするよ」
と苦笑いとなる、
「ホントだなー」
「ホントだよ、ビックリするもの返してやるよ」
「ムー、わかったー、待ってるー」
「はいはい、ほれ、飯だ、片付けろ」
「わかったー」
ミナはそれで満足したのかテーブルに向かうも、テーブルはもう既に粗方片付いている、ワタワタと慌てつつ手にした小さな服をサビナに手渡した、他の面々はまた何かやるんだろうなと期待と興味をかき立てられ、ソフィアはまた安請け合いしてと呆れ顔になって厨房に戻るのであった。
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べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!
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