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本編

70話 公爵様を迎えて その18

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「じゃ、次、行くか」

「えっ、はい、すいません、お世話になりました」

タロウはブラスに微笑みかけると、ブラスは慌てて男達に頭を下げた、このような場所での礼儀が分からず取り合えず頭を下げておけば失礼にならないであろうとの咄嗟の行動である、

「おう、また来い、歓迎するぞ兄ちゃん」

グレドランがニヤリと微笑む、恐らく本心なのであろう、または勝ち逃げはゆるさねぇとの言外の圧力であろうか、ブラスの大勝ちは恐らく初めての賭け事という事もあり言わば無欲の勝利といった所である、賭け事とそれにまつわる人間模様を熟知するグレドランとしては、若い堅気に見事にしてやられたと歯噛みしつつもこれだから賭け事は辞められねぇんだよなと内心では満足していた、ブラスはえっと・・・と曖昧な笑みを浮かべて後退る、これ以上の関わりは精神に負担がかかり、なにより身が持たない、親父の教えに従って二度と賭け事はすまいと固く誓っていたりする、

「だな、今度来るときはまた囲もうぜー」

ルーツも厭らしい笑みを浮かべている、

「フィロメナさん、後よろしくね、総帥、リズモンドさんお邪魔さんでした、ルーツは明日いるのか?」

「あん?あぁ向こうか?多分な、大将に顔は出せって言われてるよ」

「了解、じゃ、皆さんも突然で申し訳なかったねー」

タロウが気軽な挨拶を残して部屋を出た、とても暴力組織を後にする姿には見えない、ブラスはヘコヘコとお辞儀を繰り返して壁に背をぶつけながら退室する、それをへの字顔で見送ったルーツがやれやれと大きく溜息を吐き、

「いや・・・どうなる事かと思ったぞ・・・」

とさらに大きな溜息を吐き出した、

「どうかしたのか?」

リズモンドがさてもう一勝負といきたいかなと手元の銅貨に手を伸ばす、

「どうももなにもねぇよ、俺はまたここの若いもんがあれに手を出したのかと思ってよ、冷や汗もんだぜ、まったく」

「冷や汗って・・・総帥、何かあったのか?」

「いや、聞いてねぇ、お前らは?」

グレドランが振り返り手下に確認するが手下達は互いに顔を見合わせて何のことやらと不思議そうである、

「ならいいんだよ、ほら、あの屋台みてぇな店には手を出すなって言っただろう」

ルーツはテーブルに両肘を付いて銅貨を手慰む、

「あぁ・・・それは勿論だ」

「おう、だから、一切手出しはしてねぇよ、あんな小さい店にたかってもな、それに孫が好きなんだよあの店」

「あぁ、俺達はまっとうな商売に清廉してるぜ、これでもよ」

「それは知ってるがよ、ガラス鏡だっけか?あの店にも干渉してねぇだろうな」

「それは当然だ、そこまで俺たちゃ馬鹿じゃねぇ、それにあそこの商会には俺の娘も仕事に行ってるんだ、手出しどころか監視を付けてやりたいくらいだよ」

リズモンドがニヤリとフィロメナに微笑み、フィロメナはジロリと睨み返す、下手な事をしてくれるなとの意思表示であろう、

「そうか・・・ならいいがさ、改めて言っておくが、タロウもそうだが、あそこの寮母とユーリって学園の教師にも手を出すなよ、絶対にだ」

「あら・・・」

とフィロメナが優しい瞳をルーツに向ける、タロウとルーツの関係を聞き、そうなると当然のようにソフィアとユーリとも顔見知りなのだなと想像はしていた、そして恐らく昔馴染みの三人を思っての配慮なのだろうと勘繰る、不愛想でぶっきらぼうな無頼漢を気取っているルーツもやはり仲間思いなのであろう、そう思ったのである、

「なんだよ・・・お嬢さん、勘違いするな」

ルーツはフィロメナを正面から見上げ、

「ハッキリ言っておくが、あいつらだけは敵に回すな、特にタロウだな、ソフィアとユーリは精々殺されて組織を潰される程度で許してもらえるだろうが、タロウはな・・・殺してくれとこっちが懇願するくらいに酷い目にあわされるぞ」

何とも剣呑な言葉である、エッと三人はルーツを見つめ、手下達もポカンとしている、

「まぁ・・・そう言う事だ、さてもう一勝負、やるか?」

ルーツはニヤリと微笑むが、誰も応える者は無い、皆どう解釈すべきかと困惑している、精々殺される程度との表現も切った張ったの世界に生きる男達にとっては大変に不愉快なのであるが、それ以上に殺してくれと懇願するというのが想像できなかった、裏の世界に生きる男達にとっては暴力が全てである、故に殺人程度は日常の事であり、つい先日もはぐれ者を始末していたりもする、さらに闇から闇へと始末する手管も整えており、効率的に処理される日常業務の一つともなっていた、それだけ死を恐れないどころか死を利用する世界であり、最も安易で確実な解決法ともなっている、故に死の寸前にあって命乞いをする者など見慣れてもいる、ルーツの言葉をそのまま解釈すれば自分達でもそうなるとなり、それは覚悟の上であったりもした、しかし、ルーツもまたこちら側の人間である、恐らく同じ価値観を共有している筈で、そうなるとルーツの言う酷い目というのが具体的にどういう状況を指すのか想像できないのであった、

「あー、どうした?」

ルーツが反応が無いなと両隣を確認する、

「いや、お前さんの言ってる意味がわからんでな・・・」

「俺もだ・・・」

リズモンドとグレドランがジットリとした視線をルーツに向ける、

「そのままだよ・・・と言ってもな・・・うん、俺もあいつがそう言っていたってだけなんだがよ・・・実際にやってるのを見た事は無いし、本人もやる気は無いってはっきり言っていたがさ・・・まず・・・殺されるよりも怖い事って幾つ思い浮かぶよ?」

「そりゃお前・・・」

「家族とか仲間を狙われるとかか?」

「まぁな、今の地位を追われるとか」

「両手足を切り落とすとか」

「・・・そう考えると結構あるな」

「だな」

「だろ?で、俺が聞いたのは、詳細は省くがよ、人を廃人にする方法だ」

「廃人?」

「その程度か?」

「程度って、お前さんの考えているのは精々カタワだろ?それは廃人とは言わねぇ、まぁ・・・俺も見た訳ではないからな、あれだがさ・・・難しくは無いって笑ってやがってよ」

「なんだよそれは」

「わからねぇな」

「それでいいよ、取り合えず言える事は一つだな、仲良くしとけ、そうすりゃ何かと役には立つ、これのようにな、何するにもあんな感じで突然なんだがよ、結果だけ見りゃなんかそれなりにまとまっているって変な奴なんだ、で、敵にだけは絶対になるなよ、痛い目では済まねぇからな、まぁ・・・それは俺も含めてだがよ」

ルーツがニヤリとリズモンドとグレドランに視線を向ける、ギラリと輝くその瞳に、二人はフンッと鼻で笑いつつも、

「それは承知してる」

「俺もだ」

と同じ瞳で睨み返した、

「それでいい、じゃ、二人入れ、お嬢ももう少し鍛えたいだろ?」

「えっ、あっ、はい、そうですね」

フィロメナは慌てて札に手を伸ばす、シックスナンバーと名前を変えた手本引きに使用される即席で作った木簡の札である、

「それでいい」

ルーツはニヤリと微笑む、リズモンドとグレドランは再び鼻で笑って顔を顰めた。



「いやー・・・緊張しましたー」

ブラスはブヘーっと大きく息を吐き出した、

「そりゃ悪かったな」

タロウがニヤリと微笑む、小雨が降る中、共に外套を羽織りやっと人通りの多い街路に出た瞬間の事である、

「悪いも何も、先に言って下さいよー」

「だから、悪かったって、おれもほら、あんな所まで行くとは思わなかったんだよ」

「ホントですかー?」

「ホントだよ、フィロメナさんの店で話せればいいかなって思ってたんだよ、最初の事務所であれってなったけどさ」

「だったら別に寮でも良かったじゃないですか」

「そういうもんではないよ、寮にあの強面のお兄さん達を呼ぶのか?」

「それはだって・・・駄目かな・・・」

「だろ?それに早めに顔を出す必要があったんだよ、聞いての通りだな、まぁ、ああいう所はさ、上に話しをつけてしまえば後は気楽に動けるし、フィロメナさんもやりやすくなるだろしな」

「フィロメナさんの為って事ですか?」

「仕事の為だよ、どうせだからと色々考えたらさ・・・まぁ、それにほらあの遊びを構築してしまいたかったしさ、お前さんは儲けたからいいだろ?」

「良くないですよ、いや、嬉しいですけどー、あっ、お金返します」

ブラスが懐に手を突っ込む、銀貨に替えた銅貨の他にタロウから借りた銅貨は別に確保していた、懐には入れた事が無い程の硬貨がじゃらついている、普段は殆ど硬貨を持ち運ぶ事の無いブラスとしては大変に納まりが悪い、

「いいよ、迷惑料だとっておけ」

「そういう訳にはいきませんって」

「構わんよ、じゃ、あれだ、今回の仕事の手付と思えよ、また面倒かけるけどさ、あっ、もしかしてあれか足りないか?」

「それはだって、ちゃんと清算しますから、それとこれとは別ですって」

「そうか?」

「そうですよ、それに前貰った金だってまだまだ余ってるんですから」

「前の金?あー・・・それはそれだよ」

「同じですよー、今回だってお金を頂く訳にはいかんですよ」

「真面目だねー」

「信用第一っすよ」

「偉いねー」

「・・・なんすかそれー」

「いや、偉いよ、うん」

「だからー」

とブラスは緊張から解放された反動で大声となって喚き散らし、タロウはタロウで一仕事終えた開放感で機嫌良く相手をしている、妙に大声で騒ぐ男二人を擦れ違う者達が胡散臭そうに振り返った、そして、そのまま二人はメーデルガラス店に向かった、工場でタロウは熱烈な歓迎を受けてしまう、タロウとブラスという何とも珍しい組み合わせでもあり、取り合えず飲みに行こうと誘われそうな勢いで、タロウは慌てて仕事の話しを切り出した、これも晩餐会の下準備である、急な仕事である事とかなりの数を用意する必要がある為タロウは無理はしなくてよいと前置きをしたが、それでもタロウの依頼であり、聞けば領主邸で使用されるとの事で、バーレントもデニスは勿論ロブもこれは腕が鳴ると早速取り掛かってくれた、その仕事の内容がメーデルガラス店の得意とする分野であったこともロブとバーレントが歓喜する所で、タロウはそういう事ならと全てを任せて後にする、そしてフローケル鍛冶屋に寄って関連する仕事を依頼した、リノルトとディモはまた細かい仕事だなと困ってしまうが、そこは相手がタロウである、こちらも快く引き受けて貰えた、さらに寝台用の捩じりバネの打合せも交え、上下水道の銅管が学園から発注された事も報告される、タロウはそんな事も言っていたなと苦笑いを浮かべた、そして二人はやっとヘッケル工務店の工場に辿り着く、

「テーブルは打合せ通り、湯呑・・・湯呑じゃなくていいんだよな、なんかお洒落な感じの小箱?と・・・あっ、あれだ銅貨を入れる箱?計量箱?って奴?」

「はい、あります」

早速と二人は現物を揃えつつ打合せを始めた、今日の仕事は一段落している為、そろそろ帰るかとのんびりしていた職人達も集まってくる、

「他には札か・・・」

「それも大丈夫ですね、木簡に数字書けばいけるでしょ」

「そうなんだけど、デザインをねー、凝りたいんだなー」

「デザイン?」

「あー・・・意匠?少しお洒落・・・というか一目で数字と分かってそれでいて何て言うか・・・うん、お洒落で上品にしたいんだよ」

「また難しい事言ってー」

「まぁね、それは後々の方が良さそうだな・・・うん、あと、サイコロもだね・・・」

「それは難しくないです」

「ちゃんと作れる?」

「ふふん、そこはほら、本職ですから」

「なら、任せた、それでも・・・うん、60くらいは欲しくなるけど・・・」

「はい、なんとかなります、明日までには20くらいでいいですかね?」

「それでいいよ」

「分かりました」

ここでも打合せは順調に終えた、気の毒であったのは職人達である、さっさと帰ればいいのに、なにやら面白そうだと二人の打合せを覗きに来たのが運の尽きで、ブラスの指示で残業が決定してしまう、エーッと響く可愛らしくない男共の悲鳴にタロウは申し訳ないなーと苦笑いを浮かべてしまうのであった。
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