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本編

70話 公爵様を迎えて その13

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「と言う訳で・・・まずはユーリとレネイさんとで領主邸に向かって欲しい、次にマフダさんには衣装の作成を、ティルさんは難しいだろうからミーンさんとソフィアには料理の手伝い、フィロメナさんとブラスさんには今から打合せをお願いしたいんだな」

タロウがこんもんかなと一同を見渡した、その勢いに一同は呆然としており、ユスティーナとライニールは申し訳なさそうに顔を歪めている、レアンとミナは我関せずと水槽を覗き込んで何やら騒いでいた、レインも同様でまったく忙しい事だと背を向けている、

「あー・・・結局やるのね」

ソフィアが諦めたように呟いた、

「そりゃお前、けしかけたのは君だろ?」

「けしかけたつもりはないわよ・・・」

「そうか?」

「そうよ、第一なんでこんな大仕掛けになるのよ」

「いや、どうせやるならって思ってさ」

「どうせって・・・まぁ、気持ちは分かるけど・・・」

「ならいいだろ?」

「良く無いわよ」

「なんでだよ」

「ごめんさなさいね、巻き込んでしまって・・・」

とあからさまな夫婦喧嘩をユスティーナがやんわりと治めた、

「ユスティーナ様が謝る必要はないですよ、私が言っているのは事が大き過ぎるって事です」

「だからそれはさ、ほら、折角だし、今できる事と出来そうな事を一気にやってしまおうと思ってだよ」

「それがやり過ぎなのよ」

「できると踏んだんだよ、それにな、具体的な目的がある方が事は進みやすいもんだぞ、思うに調髪と服飾に関しては俺が伝えられることはこれでより形になるんだし、そりゃ時間が無いって事もあるんだがさ、それを何とかしてこそ面白いんだろ」

「面白いって・・・どうなのよ、それ」

とユーリも溜息交じりに呟いた、

「面白いだろうが、こういう事は楽しんでやるもんだ、今出来る事を精一杯ぶつけるんだよ、それで気付くことも学びもある、ダラダラやってたらそれは無い」

「そうだろうけど・・・」

とソフィアがさらに苦言を口にしようとして押し黙った、ユスティーナとライニールが表情を暗くしている事に気付いた為である、二人としてもソフィアの言はよく理解出来た、故に否定する事も出来なかったのだ、

「まぁ、いいわ、やることになったのよね」

「そう言っただろ」

「はいはい」

とソフィアはムスッとしながらも矛を収めたらしい、レアンと共に階段から下りて来たのはタロウとユスティナー、ライニールである、マルヘリートは公爵を迎える為レイナウトと共に領主邸から逗留している屋敷に戻ったらしい、而してレアンは上機嫌であった、カラミッドから転送陣の話しを聞いており、先程初めて転送陣を使った為で、これは便利だとライニールの屋敷と往復してはキャッキャと楽し気な歓声を上げ、ユスティーナも素直に驚いており、なるほどこれはカラミッドの説明以上に画期的な技術だと言葉も無く、ライニールもカラミッドやレイナウトが王国に対して急に軟化したのはこれも原因の一つであろうなとその異常さに呆けてしまった、そして食堂に入ったタロウは丁度良かったとブラスを捕まえつつ、女性陣達を集めて事の次第を説明する、調髪中であった四人も調髪を続け乍ら耳を傾けざるを得なくなり、その四人がこんなもんかと鏡の前からテーブルに戻った所でタロウは最終確認とばかりに一同を見渡したのだ、

「で、どうだろう、まずはユーリとレネイさんだけど、時間はとれる?」

タロウはジッと二人を伺う、何とも強引だなと二人は思うが、ユーリはタロウのこの爆発的な行動力は何度か思い知っている、初めてこの暴力的な嵐に巻き込まれた時には大変に憤慨したものであるが、その度に確実に有益な結果を得る事もまた事実で、大戦当時は度々戦況を覆す程であった、しかしそれが表沙汰になる事は少なかった、軍内部では冒険者が勝手にやった事と歯牙にもかけられず、タロウらの名が取り沙汰される事になったのは結界魔法を張り巡らせた一件からである、その時もタロウはソフィアとユーリ、他の魔法に達者な仲間達をあれだこれだと使いまくった、その際に困った事は、全体像を描けているのはタロウの頭の中のみで、誰も結果がどうなるかを理解していなかった事である、もしかしたらタロウ自身も最終的な結果を描いていない可能性がある、なにせどうなるかわからないが取り合えずやってみてくれというのがタロウがその頃、人を使う際の口癖であったのだ、現場第一の冒険者としては甚だ迷惑な事である、しかし、今回はある程度の絵図面が見えている状況である、先に企画書があり、依頼者がいる為なのであろうか、目標となる結果を明示し、それに向けた計画があれば動く側としても心理的に楽であったりする、今回の件に問題があるとすればあまりに突飛過ぎる事と時間が無い事であろうか、ユーリはまぁこいつが関わるとこうなるのは仕方が無いかと、

「そうね・・・まぁ、何とかなるわね」

完全に諦めた様子で、

「はい・・・その、大丈夫でしょうか、私で・・・」

レネイは不安そうである、

「大丈夫、少なくともライニールさんの頭を再現すればいいし、向こうでメイドさんも手伝ってくれる事になっている、ついでにそのメイドさんに少しばかり手ほどきをお願いしたい、対価はしっかりと支払うよ」

タロウはライニールの頭へ視線を向けてニヤリと微笑んだ、ライニールは小さく頷く、昨日行われたライニールの調髪は、クロノスのそれと近い側面と後頭部を刈り上げ、上面を残した俗に言うツーブロックである、ライニールは寄ってたかって弄ばれた感と、女性達に形は違えど持て囃された為に喜んでよいのか、不満に感じるべきかと複雑な心境であったが、屋敷に戻ればカラミッドもレイナウトも、あのリシャルトまでが男っぷりが上がったなと好評で、カラミッドはタロウに客に接する従者達をライニールのように清潔にしたいと持ちかけたのであった、タロウとしてはこれは予想外の事であった、しかし、やってやれない事は無いとタロウは考えたが、安請け合いは難しいと明確な返答は保留していた、ユーリとレネイに拒否されればそれまでの事であるからである、

「はいはい、さっきの話だと、明日?」

「早い方がいいね」

「了解、レネイさんは?」

「えっ、はい、その、私でよければ」

とレネイはフィロメナに目配せするとフィロメナが小さく頷いた様子である、

「ありがと、でだ・・・」

とタロウはニコリと微笑んで次の標的を見つめる、タロウとしては思惑通りであったりする、この場にいる人間でユスティーナを眼前にしてタロウの依頼を断れる者はいないであろう、タロウがユスティーナらと戻った真意はそこにあった、何とも小賢しい事である、

「マフダさんはどうだろう?明日・・・明後日で20着・・・かな、できそう?」

「エッ・・・えっと、その・・・」

とマフダはエレインを伺った、正直な所無理である、タロウの言う衣装とやらは図面も無い状態で、さらに言えばタロウのこれまでの言動からするに極めて難しいか、異色と言える衣装になるのが察せらた、そのようなものは一着であればまだなんとかできるであろうが二十ともなると自分一人では不可能事である、生地の準備も難しいであろう、マフダはどう答えれば良いかと泣きそうな顔になってしまう、

「・・・そうね・・・うん、どうかしら・・・奥様達を動員すれば何とかならない?」

エレインはマフダの言葉にならない問いかけに少し悩んで問い返した、

「えっ・・・あの、その・・・そうですね・・・えっと・・・」

マフダは困惑しつつも考え始める、その衣装がまず問題となるのであるが、奥様達を動員出来るとなればまた対処のしようがありそうであった、

「はい・・・ただ、その生地を集めて・・・でも、その図面も無いので・・・」

「図面は明日朝一までに仕上げるよ」

タロウがズパリと言い切った、エッと一同の視線がタロウを注視する、

「但し・・・恐らくだけど君達から見たらかなりへんちくりんなものになるのは確実だね」

「ちょっと、急いでいるんじゃないの?」

ユーリが流石に口を出す、

「急いでいるよ、でもね、ここで教えたかった事を一気にやってみるのもいいかなって思ってさ、大丈夫、裁縫技術はそれなりに把握してるから、十分対応できる、それは自信を持って、それと・・・うん、それを着るのは・・・これはまだだね、要相談だから・・・うん、でも何とかなると思う・・・あっ、こっちはね」

「何が大丈夫なんだか・・・」

ユーリがフンと鼻息を荒くした、

「えっと、なら、はい、何とか・・・なると思います、いえ、なんとかします」

マフダが背筋を正して宣言した、おぉーっと小さなどよめきが響く、

「うん、ありがと、エレインさんも宜しく、で、先にこれを渡しておくね」

とタロウは懐から布袋を取り出してマフダの前に置いた、

「取り合えず、こっちのやり方でいいから20着分のシルクの生地を調達しておいて、出来れば厚手のものがいいかな・・・素肌に着けても問題無い感じの上等な生地で」

「シルクですか?」

マフダは驚いて目を見開いた、シルクは貴族や富裕層御用達の高級品である、その貴族達ですら正装に使う事はあっても訪問着に使う事は稀で平民が使うとすれば小さなレースに使用するかどうか程度の大変に高価な品である、

「うん、白と黒があったと思うけど、それを10ずつかな?うん、衣装そのものは同じ形・・・少々細部は変えるけど・・・になるから、色違いで、他にも色があるのであれば・・・それは参考程度に仕入れて欲しい、赤とか青とか目の覚めるような色?だと嬉しいかな」

「えっ・・・黒のレースって・・・」

「最高級品じゃないですか・・・」

これにはサビナとゾーイも思わず口を開いた、

「うん、大丈夫それだけの価値があるものだよ」

タロウはニヤリと微笑んだ、見ればユスティーナとライニールもただ呆然とタロウを見つめている、衣装を揃えるとは聞いてはいたが、まさかシルクを使うとまでは思っておらず、さらにタロウには準備金すら渡していない、ライニールとしては私財を投げうってまでやる事とは到底思えず、ユスティーナもなにもそこまでと言葉が無い、

「それにほら、君らシルク以上に貴重な品を普通に使っているしね、気にしないで準備してくれ」

タロウはニヤリとエレインを伺った、エレインは何の事かと眉を潜めるが、すぐに商会で使用しているあの前掛けの事かと理解した、パトリシアから贈られ大事に使用している品である、確かにあればシルクの数倍の価値があると思われる品物であった、

「出来ればあれを使いたいけどね・・・まぁ、あれは大量生産が難しいし・・・次だな・・・」

マフダは次があるんだと呆然としてしまう、タロウが望む衣装とやらがどのようなものかは分からないが、どうやらとんでも無い事だけは理解できた、

「どうかな、足りなかったら後で請求してくれ、他にも・・・金糸とか銀糸もあれば嬉しいかな・・・うん、必要と思うものを揃えて欲しい、シルクで服を作るとしたら必要な物って事でね」

「えっと・・・はい・・・」

とマフダはそろそろと布袋を手にしてその見た目と質量に違和感を感じ、大きく目を見開いてそのままエレインの前にゆっくりと置いた、エレインはどういう事かと思いつつ一応と中を確認し、

「タロウさん、これは多過ぎます」

と険しい視線をタロウに向ける、中には金貨が十枚は入っているであろうか、なるほどマフダが中身も確認せずにエレインに押しやったのも無理はない、平民が手にして良い額では無かったし、扱い慣れない硬貨でもある、マフダは喜ぶどころか恐れの感情を抱いたのであろう、実に真面目な娘である、

「じゃ、使った後で返してくれ、あっ、従業員さんの給与とかも含めてそれで賄ってくれると嬉しい」

「えっと、そう言う事ではなくてですね・・・」

エレインも困惑したまま言い返すが、

「あー、エレインさん、タロウの言う通りよ、好きに使って好きに返しなさい、まるっと貰っておいてもいいから」

ソフィアが口を挟み、エレインが反論する間もなく、

「ほら、お金ってやつは使わないと無意味なものだから、それに無理を通してお願いしているのはタロウな訳だしね、素直に受け取っておきなさい」

とソフィアが続け、

「だね、それは明日明後日で何とかしてもらう為の前金だね、無理は承知だから、宜しく」

タロウはニヤリと微笑み、

「さて、次がフィロメナさんとブラスさんなんだけど・・・」

とあっさりと話題を変えた、フィロメナはこれはいよいよ大事だなと背筋を伸ばし、ブラスもつい先日と似たような状況だなと苦笑いを浮かべる、

「・・・へー・・・フィロメナさん、美人さんがさらに美人さんになったねー」

とタロウは急にその容姿を褒めた、調髪の結果の事であろう、フィロメナは緊張した事もありその落差にズルッと肩を落し、ブラスも急に何だよと眉を顰める、

「あっ、いや、結構な事だ、でだ、親父さんに相談があるんだがどうかな?」

とニコリと微笑んだ。
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