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本編

70話 公爵様を迎えて その8

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「なるほど・・・違いますね」

「うん、骨の厚みが分かります」

「だね、それに後頭部がこう・・・まっすぐ?」

「確かに丸くないな・・・っていうか丸いってのも初めて知ったかも」

「そだね、毎日のように触っていても気付かなかったな」

「比較って大事なんですね」

「あっ、それ大事」

「大事ですねー」

と女性達は遠慮無く手を伸ばして感心しきりであった、

「そんなに違うのか?」

「違うもんなんですよ」

「へー・・・面白いもんだ・・・」

それをタロウとイフナースがのほほんと眺めている、女性達の真ん中で遠慮なく弄繰り回されているのはライニールであった、タロウはイフナースの頭を触ってみろと女性陣にけしかけたのであったが、実際に手を伸ばしたのはミナだけで、ミナはキャッキャッと楽しそうにイフナースの頭を遠慮無く撫で回しその小さい手をペチペチと叩き付け、イフナースはお前それは違うだろと流石に難色を示した、そう言いつつもミナの手が届かないであろうと屈めた体は戻さない、実にお優しい事である、他の女性達はそれをポカンと見つめており、誰も動けなかった、相手はイフナースであり王子様であり、王太子様である、ここで手を伸ばせる者はミナ意外にはいなかったのだ、しかし、これでは折角の機会を失う事になる、タロウとしては別の目論みもあって男女の違いを明確に理解してほしかったのであった、すると、レアンが壁際に控えるもう一人の男性を思い出す、ライニールであった、女性陣の輪に入る事は出来ず、勿論タロウのようにイフナースとクロノスに接する事も難しく、ここは静かに時が経つのをただただ辛抱強く耐えていた、それもまた仕事である、レアンはライニールちょっと来いとニヤリと微笑み、ユスティーナはなるほどとその意を理解し振り返る、而して、ライニールは静かに席に着きやりたい放題にまさぐられていたりする、その顔は何に耐えているのか厳しいもので、しかし、やはりライニールも男性である、複数の女性に撫で回されるのは実は何気に快感であったりする、固く結んだ口元は自然とだらしなくなるそれを引き締める為のもので、眉間に寄った皺はこれは仕事であると自分に強く言い聞かせる為の強がりであったりもする、どうやら新しい快感に目覚めたかもしれない、二度と叶わない事ではあるであろうが、

「で、それが何か違うの?」

ソフィアがタロウに問いかける、ユーリにクロノスの調髪を代わってもらっており、やっぱりユーリには叶わないわねと一息吐いた所であった、

「うん、ほれ、殿下のこれな、俺が教えたショートとボブを組み合わせた感じなんだよ」

とタロウはイフナースの頭を示す、

「あっ、そう言えばそうよね」

とユーリが忙しく鋏を動かしながら振り返る、タロウからの指示はイフナースもそうであったがクロノスも刈り上げる部分が多く、タロウはバリカンがあれば楽だろうなと思いつつもユーリとソフィアであれば何とかなるであろうと注文を付けている、しかしてイフナースのそれは髪質が柔らかく、刈り上げる面積も少なかったためにすんなりと終わったのであるが、固く太いクロノスの髪質ではそう上手くいかない様子で、ソフィアが四苦八苦しているのをユーリが代わってあげるわよと、手を伸ばしたのであった、

「そうなんですか?」

マルヘリートが楽しそうに振り返る、どうやらライニールの頭と他の女性達の頭を互いに撫で合った事でイフナースとクロノスを迎えた緊張から解放されたらしい、他の面々もどういう事かとタロウを注視する、

「うん、よく見てみ、この長い部分はボブのそれで、周りの処理は刈り上げているけど、刈り上げ部分と長い部分、その間はショートのそれなんだな」

タロウは鏡の前からテーブル席に移ったイフナースの髪に手を伸ばした、またかとイフナースはタロウを睨むが、まぁ、仕方がないとやりたいようにさせる事にしたらしい、

「なるほど・・・」

「確かにそうよねー、でも、ショートってここまで短くしないんでしょ」

「そだねー、で、なんで骨格の話しをしたかって言うと、男性の場合はね、髪型も直線的な外観がカッコよくなるんだな、この髪型もそうでしょ、丸みはあるけど直線的、で、この髪型をね女性がまんま真似すると男の子っぽくなり過ぎる」

へーと女性達の感嘆の声が響いた、

「男装するときはそれでいいんだけどね、ほら、ショートにするときにはそれが大事、重要なのは髪を短くしても女性らしさは協調されないと駄目なんだよ、で、その女性らしさってなんぞやってなると、その骨の丸み?実感できたでしょ、男女はやっぱり骨から違うんだな」

「そんなに変わるもの?」

「変わるねー、女性でもカッコよくなっちゃう、それはそれで似合う人もいるし、綺麗には見えるんだけど、可愛らしさが無い・・・と俺は思う、だから、ショートもボブも丸みを自然に見せるのが大事・・・うん、他の髪型もそうなんだけどね、単純に長くして肩くらいで切りそろえても、それはそれで頭蓋骨のなだらかな外観がよりはっきり見えるでしょ」

「そう言えばそうですね」

「うん、そのなだらかな稜線からもね女性らしさを感じているんだな、男も女もね、こういうのはほら無意識だろうから・・・言葉で説明するだけでは分かり難い部分だと思うけど・・・うん、髪型を開発する上で大事な要素になるんじゃないかなって思ってね」

へーと再び感嘆の声が響き、イフナースでさえそういうものなのかと不思議そうに前髪を弄り始める、男性であるイフナースにとっては髪を弄る習慣自体が無いと言っても良い、長くなったら切って、精々寝癖を直す程度、但しその量に関してはどうしても気になってしまう、その程度の認識であった、

「あっ、タロウ、こっちこんなもんでどう?」

ユーリが鏡越しにクロノスを睨んでタロウを呼びつけた、クロノスはもう完全に俎板の鯉と諦めている様子であったが薄目を開けて鏡を確認している、はいはいとタロウが向かいさらに細かい指示を始めたようで、

「すごい大事ですね」

「そうですね、今の内にまとめておきましょう」

「はい、でも、奥が深いな・・・どう表現すればいいのかな?」

「輪郭ですね」

「輪郭・・・あっ、昨日ユーリ先生も似たような事言ってましたね」

「そだね、可愛らしく見せるのに大事って・・・どこだっけ」

と女性達はサッとテーブルに向かう、ライニールはどうやら解放されたようだとホッしつつそろそろと腰を上げた、すると、

「ライニールだったか?」

イフナースがニヤリと微笑みかける、ライニールは思わずハッと声を上げて背筋を正した、まさかイフナースに声を掛けられるとは夢にも思わず、これはとんでもなく光栄な事であると身を固くする、

「畏まるな、いや、お前も大変だなと思ってな」

イフナースは楽しそうに微笑む、

「そんな、これも仕事です、はい」

思わず大声となるライニールである、急に何だとレアンがライニールを睨みつけ、しかし、その様子を見るに確かにそうなるであろうなと顔を顰めるしかない、

「そうか、そうだな、まぁ、お前も座っていろ、壁に立たれると仰々しくていかん」

イフナース自ら手近な椅子を引いた、それに座れとの事であろう、しかしライニールはどうしたものかと背筋が寒くなる、王太子その人の気遣いは大変に嬉しく光栄であるが、主はあくまでユスティーナとレアンである、勝手に座るのも職務として来ている以上難しく、主を蔑ろにする訳には絶対にいかない、これはもしかしてイフナースによる試験なのではないかと高揚し慌てる頭が回転するが、

「そうね、座ってなさい」

とユスティーナがその胸中を察して微笑んだ、イフナースが良かれと思って軽く口にした事であったが、これは本来であれば他家の従者に指示を出す大変に失礼な問題行動である、

「あっ・・・そうか、失礼したな」

イフナースがこれは越権行為も甚だしいとすぐに気付いて素直に謝罪する、どうにもこの寮に来ると貴族の礼儀がポッカリと抜け落ちるらしい、イフナースも普段であれば他家の従者に声をかける事などしたこともない、

「そんな、お気遣い頂きましてこちらこそ御礼を申し上げなければなりません」

「そうか、許せ、ここはなんともな・・・肩の力が抜けすぎる」

「そうですね、分かります」

二人は優美に微笑み合う、ライニールはどうやらユスティーナの許しが出たらしいとゆるゆるとその席に腰を下ろした、そうしないとイフナースの顔を潰すことにもなりかねない、何とも難しい事である、そして、

「うん、これでいいだろ」

「終わったのか?」

「おう、どうだ、スッキリしただろ」

「そうね、だいぶ良いわよー」

「ほんとか?」

「ホント、ねっ」

「おう、お姫様に惚れ直されるな」

「フンッ、どうだかな」

どうやらクロノスの調髪も終わったらしい、タロウとユーリは満足げに腕を組んでおり、クロノスは仏頂面で鏡を覗き込んでいる、

「どうだ?」

イフナースがこれは面白そうだと腰を上げる、

「おう、だいぶ短いな」

「それでいいんだよ、おっさんはな、スッキリまとめるのがいいんだ」

「おっさん?」

「お前さんの事だよ」

「お前、人の事言えないだろ」

「それは弁えてる」

「嘘をつけ」

「ダッハッハ、まぁ、でだ、どうする?ここからが大事なんだがな」

とタロウは遠慮なく笑いつつ櫛を手にした、また何やら仕上げが必要らしい、

「どうするってなんだよ」

「そだなー・・・ダンディーにするか、若作りにするか」

「ダンディー?」

「あー・・・大人の魅力ってやつを前面に出すか、可愛らしくしてみるか」

「なんだよそれ」

「難しくない、髪を下ろすかあげるかの違いだな、それと、分け目の位置とかでも変わるぞ、殿下はほら元が良すぎるから弄りようが無い部分もあるんだが、お前さんはやりようがある」

「・・・何て言い草だよ」

「正直に言っているんだ、じゃ、取り合えず上げるか」

とタロウはクロノスの意見を待たずにその短くなった前髪をかき上げるとうるおいクリームで全体を整えた、何やら終わったようだと女性達もクロノスを静かに見つめており、イフナースはタロウの背後からニヤニヤと鏡越しにクロノスを眺めている、

「ん、こんな感じだ、真ん中で別けないで、この側面は後ろに流す、残った全部は横に、で、額は見せる、どだ?」

俗に言うツーブロックの七三分けであった、イフナースのそれよりも頭頂部はかなり短い為、全体的にサッパリとした清涼感を感じさせる髪型で、タロウとしてはなめらかクリームで固める必要も無いかと思ったが、見栄えを重視しより男性的にする為にも使ってみようかと思った程度である、

「・・・ふん・・・なるほど、悪くはないな」

「ホウ・・・なんだ、確かに少しばかり老けて見えるな」

「なんだと?」

「いや、良い意味でだよ、うん、仕事ができそうな顔になった」

「お前なー」

イフナースが茶化しクロノスは鏡越しに睨みつける、そこへ、

「出来たー?」

とミナがピョコンと鏡の端に顔を出す、

「出来たぞ、どうだ?」

「うー・・・」

ミナはゆっくりと小首を傾げる、女性達はこの一言で空気が変わるなと息を飲んだ、

「うん、良い感じー、カッコイイー」

明るく元気な声が響いた、ホッと安堵する女性達である、一瞬で和んだ感すらあった、

「そうか、お前が言うならそうかもな」

クロノスもやっとニヤリと微笑む、しかし、

「うん、えっとね、えっとね、なんだろ、あのね、えっとね、あっ、あれだ、綺麗なお馬さん」

「なにっ?」

とクロノスはミナを睨みつけ、ブッと吹き出すイフナースとユーリであった。
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