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本編

70話 公爵様を迎えて その5

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その頃寮である、

「タマゴー、見てー、お嬢様ー、メダカー、タマゴー」

とどうやら今日5回目となる嬌声が食堂に響き、

「なんじゃ、うるさい」

レアンの嬉しそうな叫び声がそれに続いた、

「うるさくない、メダカ、タマゴ、お姉さまもー」

レアンの後ろでミナちゃんは今日も元気だなと微笑んでいるマルヘリートに標的が移る、

「はいはい、どうしたんですか」

マルヘリートもやれやれと答えた、

「あれ、メダカ、タマゴー、見てー」

同じことを繰り返すミナである、寝台の上のレインがまったくとミナを一睨みし、さて今日もうるさくなるなと伸びをした、

「こら、ちゃんと挨拶したの」

ソフィアが厨房から顔を出す、レアン一行を迎えた後でここはミルクだわねと厨房へ入ったのであるが、普段以上に騒がしいミナが気になって戻って来たのであった、

「したー」

「してないだろ」

「してないわね」

レアンもマルヘリートももう慣れたもので、ここはミナをからかうのが一番とニヤリと微笑む、

「むー、それより大事なのー、メダカー、タマゴー」

「そうなのか?」

「そうなの、もーーーー、知らない」

ミナは埒が明かないとプイッと振り向いて水槽に駆け出した、ありゃとレアンとマルヘリートは顔を見合わせて、

「はいはい、で、どうしたのじゃ」

とミナを追いかける二人である、

「まったく」

とソフィアが鼻息を荒くしていると、

「ごめんさないね、朝から騒がしくて」

とユスティーナが上品に微笑んで食堂に入り、その後ろにはライニールの姿がある、

「そんな、ミナがどうにも朝から興奮していて」

「そうなんですか?」

「はい、なので、ミルクを温めますから、その間に付き合ってあげて頂けますか、とても興味深いですよ」

ソフィアはニコリと微笑み厨房に戻った、ユスティーナとライニールはソフィアにしては珍しい言いようだなと首を傾げてしまう、すると、

「ほぉ・・・なるほど、これは凄い」

「でしょー」

「はい、初めて見ました・・・」

「でしょー」

と今日5回目の似たような感想が食堂に響き、ユスティーナとライニールも吸い込まれるように水槽に近づくのであった。



「なるほど、それは確かに大事なのかな・・・大事なんですね」

「そうなんです、そこでね」

「うむ、知恵を借りたいと思いましてな」

「是非、何とかと思います」

ユスティーナとレアンが期待に満ちた瞳でソフィアを見つめ、マルヘリートは深刻そうな顔となり、ライニールは真剣な面持ちである、四人が訪れたのは晩餐会が開かれる事が決まり、そこでの料理と趣向をタロウとソフィアに頼めないであろうかとの相談の為であった、ソフィアは晩餐会であれば定期的に行われているであろうし、その度に新しい事をやっている訳でもあるまい、別に自分達を頼りにしなくてもと思ったのであるが、今度催されるそれはヘルデルの領主であるアイセル公コーレイン公爵家当主であるクンラートを主賓に招いたもので、これはクレオノート伯爵家としては10数年振りの大事であり、クレオノート伯爵家の傘下になる貴族は勿論の事、周辺の有力者も集まる大々的なものになるとの事で、ここは伯爵家としてその権力と富を示さなければならない最重要事であるらしい、ソフィアはまぁ分かると言えば分かるけどと渋い顔をしてしまう、結局は貴族の見栄の張り合いなのである、ソフィアは自身の知る他の貴族とは異なり何処か牧歌的で庶民的だなとクレオノート伯爵家を好意的に評価していたのであるが、流石にそれは他の貴族が絡んでいない故であって、晩餐会なる貴族らしい催し物となると無理をしてでもその財力やらなにやらを見せつけなければならないのであろう、貴族様も大変だなと思うと同時に、やはり爵位など貰わなくて良かったなとタロウの慧眼に感謝してしまうソフィアである、

「知恵ですか・・・」

ソフィアはウーンと首を傾げた、前回の食事会のようなものであれば自分でもなんとかできそうではある、珍奇で旨い食事を見栄え良く提供すれば良い、あくまで食事が主となる為にそれで良いのであるが、晩餐会となるとまた違っていた筈で、ソフィアはかつて王城で開催されたそれに一度だけ顔を出した事がある、ユーリやタロウ、ゲインにルーツと共に先の大戦が終わりクロノスを先頭にあっちだこっちだと連れ回されていた短い期間の事で、しかし、流石に晩餐会は場違い甚だしく、結局何をする為のものかも理解できずに五人はクロノスを残して早々に退散している、その晩餐会ではクロノスの周りに人だかりが出来ており、なるほど、縁を結ぶ場所なのだなとそれだけはなんとか確認できた、単純に英雄などと呼ばれる存在が珍しかっただけかもしれないが、

「難しいかしら・・・」

ユスティーナが顔を曇らせた、伯爵家の後ろ盾となる公爵家の当主を招いての晩餐会である、レイナウトはその立場から解放された為に割とちょくちょくその身をモニケンダムに運んでいるが、公爵本人となるとやはり移動するだけで騒ぎになるもので、明日到着予定となっているが、その行列はすでにヘルデルとモニケンダムを結ぶ街道の各宿場町では騒ぎになっている、正に大名行列と言える有様のそれは雄々しく豪華であり、見ているだけでも心がかき立てられる、モニケンダムでも既に噂が広がっており、明日は祭りのような騒ぎにはならないであろうし、相手が相手でもある為屋台が出る事などは無いであろうが、一目その行列を拝見したいと沸き立っていたりもする、公爵本人よりも珍しいクロノスとウルジュラの訪問があった後であるにも関わらずである、やはりモニケンダム市民は王家よりも公爵家に親近感を持っているのであろう、

「・・・どうでしょうか・・・」

マルヘリートも不安そうであるが強い念を籠めた視線をソフィアに向け続けていた、マルヘリートもまたユスティーナとは違った目的があった、実父であるクンラートに会うのは実は久しぶりである、家庭内の事情もあり、マルヘリートはレイナウトに預けられた形となっており、生家にはまず立ち寄れなかった、レイナウトのお陰で寂しいと感じる事は無かったが、やはりそれでもクンラートは父親なのである、できればヘルデルで気を遣う事無く面会出来ればそれが良いのだが、それは叶わない事で、こうして奇妙な事情の果てに他領で面会出来るとなっては出来る限りもてなしたいと思うのも致し方なく、その点ではユスティーナと目的を同じくしていた、いじましい事である、さらに、もう一つ別の思惑もあったがこれはレイナウトには相談しているがユスティーナらには話していない事であった、

「何とか・・・お願いいたします」

ライニールも静かにソフィアを伺っている、カラミッドとリシャルト、レイナウトを交えて晩餐会を協議した折にユスティーナはそういう事ならソフィア達を頼るべきだと進言した、これにはカラミッドとリシャルトは明確に難色を示し、レイナウトは何とも難しい顔であったが否定はしていない、カラミッドとしてはこんな事までソフィアに頼るのは違うし、何よりもそれは王国を頼るという事に他ならない、それはヘルデル公爵の手前難しい事であると断言した、しかしユスティーナも譲らない、ソフィアは自分の友人であり、さらには立派なモニケンダムの市民である、さらにタロウは先の食事会の折には誰も見たことのない饗宴を開いて見せた、十数年振りの伯爵を招いた特別な晩餐会である、ここは頼むだけ頼み、断られたらそこでまた考えましょうと強硬で、カラミッドは政治的な思惑が絡まなければそれで良いと頷いたであろうが現状はユスティーナの知らぬ所で何気に高度な駆け引きが繰り返されていたりする、特に王国側とは事務官同士の折衝が繰り返されており、日々報告されるそれは互いに納得できる点はそこであろうなという妥協点にまみれたものであった、さらにここでソフィアとタロウに助力を願うのは正直な所矜持が許さないのである、しかしレイナウトはどうやらユスティーナの意見に賛同するらしく、一度相談だけして断られたらそれで良かろう、第一あの者が企画する晩餐会を見てみたいとどこか他人顔で、カラミッドとしてはその意向を汲まないわけにはいかず、こうして朝からユスティーナらは寮に顔を出したのであった、

「そう・・・ですね、まず・・・私もタロウも恐らくですがその晩餐会とやらがどういうものなのかを理解してません、まず主旨を説明して欲しいです、それと、その規模ですね、どれだけの人数が集まるか、さらには・・・会場でしょうか・・・すいません、やはり私どもはどうしてもほら、平民ですから、貴族様の様式・・・というのか行事でしょうか、そういうのがまるでその・・・理解が足りませんで・・・」

ソフィアは言葉を濁した、ここで結論を出せる事ではない、ここはタロウを交えてしっかりと話すべきだなと考えるが、そのタロウは遊びのような仕事に行っている、その上もう少しすればこの食堂にはエレインやフィロメナらが集まって昨日の続きとなる予定であった、先送りは好きでは無いが、やはり自分が結論を出せる事ではなく、場合によってはクロノスらにも相談が必要であろう、

「そうですわよね、えっと、詳しく話せば・・・」

とユスティーナは隣りに立つライニールを見上げ、ライニールは小さく頷くと、

「まずは」

と話し始めるがそこへ、

「失礼します」

と来客である、ソフィアはこれは困った感じかしらと取り合えず小さく謝罪し玄関へ走った、案の定フィロメナとレネイである、ソフィアは一旦二人を迎え入れると、

「すいません、奥様、ここは一つこうしましょう」

と食堂内の深刻な面相となっている一同を見渡し、

「タロウが来てから改めてという事で、予定では昼前には戻ると思います、それまで・・・そうですね、少しばかり気晴らしを」

と微笑んだ、

「気晴らし?」

何を言い出すのかと眉根を寄せる女性達とライニールである、

「はい、実は昨日から染髪と調髪に関して打合せをしておりまして」

「待て、染髪とはあれだな、髪を染めるあれか?」

レアンがピンと背筋を伸ばす、

「はい、さらに昨日は調髪、髪を切る方ですね、それで様々な議論がありました、全て書き取ってある筈なので、一旦そちらを御確認頂いて、この件についてはタロウが戻ってから・・・で如何でしょう」

完全に問題を先送りした上に誤魔化しの手である、しかし、

「それはあれか以前話していた件だな?」

「はい、まずは・・・」

とソフィアは振り返る、フィロメナとレネイが先客かしらと遠慮がちに食堂を覗き込んでいた、

「こちら、フィロメナさんとレネイさんですね、染髪と調髪の先生になります」

とソフィアは二人を雑に紹介し、さらにユスティーナらを正直に紹介した、フィロメナとレネイはその場でエッと固まってしまう、昨日と同じように今日も頑張るかと勇んで来てみたら、なんと領主の御家族と友人の邪魔をしてしまったようなのである、二人共に肝の据わった女傑であるが、驚くなと言う方が無理であろうし、緊張するのは当然で、しかし、

「先生か、化粧をしておるようだが・・・まぁ良い、詳しく伺いたい」

レアンがすっかりとこちらに興味を引かれたようで、ユスティーナも確かにタロウがいなければ具体的な相談にはならないだろうとここは抑える事としたらしい、ニコニコと笑顔となって二人を迎えている、しかし、

「ねーちゃん来たー、メダカー、タマゴー」

静かにホットミルクを舐めていたミナが騒ぎ出し、今日六回目のお披露目が食堂内をかき回すのであった。
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