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本編

69話 お風呂と戦場と その32

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「準備出来たぞー」

とタロウが食堂に入ると、食堂内の全員が一斉に振り返り、タロウは思わずオオッと身を仰け反らせた、妙に爛々と輝く瞳ばかりであり、冷静なのはソフィアとレインだけであろうか、ソフィアはやれやれと呆れ顔で、レインは普段通りにさて夕食かと寝台からのっそりと足を下ろしている、

「できたー?」

ミナがタロウに駆け寄った、

「おう、出来たぞ、良い感じだ」

「良い感じー?」

「おう、良い感じ、ほれ、片付けろ」

「片付けるー」

ミナが振り返るも一同は既にわちゃわちゃと動き出しており、ミナはどうしようかなと取り合えずテーブルに駆け寄るが特にやる事は無い様子である、

「ん、じゃ、持って来るか」

タロウはニヤリと微笑み厨房へ戻った、

「えっと、タロウさんの料理なんだよね」

サレバが再確認と誰にともなく問うと、

「そうなんですよ」

「これは期待できますよ」

「だねー、楽しみー」

「でも、急になんでさ?」

「昨日いろいろ仕入れて来たかららしいよー」

「何を?」

「そこまで聞いてないかなー」

「あー・・・あれか、また、隠しているのかな?」

「多分ねー、でも、ミーンさんとティルさんがいるからね、バッチシだと思う」

「バッチシって・・・」

「でも、さっき覗いたらミーンさんもティルさんもバタバタ忙しそうでしたよ」

「それはいつもなんじゃない?」

「ならいいですけどねー」

とガヤガヤと騒がしくなってしまう、生徒達が寮に戻ると、フィロメナは仕事もあって帰宅していたがレネイとマフダ達は風呂を堪能した後で再びまとめ作業に入っており、生徒達も一人二人とその輪に加わってしまった、ソフィアはまぁこうなるだろうなとは思いつつ、風呂の用意が済んでいることもあり、夕食前に入ってしまえと生徒達をけしかけ、生徒達は確かに今日は夕食後も忙しいだろうなと渋々とであったが入浴を済ませている、そしてとりあえずまとめ作業も一段落を見せ、寮生以外はもう良い時間だとなって帰宅してしまった、カトカ達も入浴を済ませるが、戻ってみればまとめた黒板を手にしてエレイン達が討論を初めており、それに加わってあーだこーだと言ってるうちに夕食の準備が済んだらしい、今日は結局この調髪と染髪に関する事で一日が終わってしまった、カトカとサビナはこうなるであろうなと予想はしていたが、しっかりとした手応えと充実感から満足し、どうやらユーリも今日は研究よりもこちらを重要視していたようで、もしくは単に遊びたかったのであろうか結局食堂に根を下ろしてしまっていた、

「あっ、でも、あれがオールバック?」

「タロウさんでしょ、そうらしいよ」

「へー・・・男性でもああいう髪型あるんですか・・・」

「珍しいけど、見ないわけじゃないでしょ」

「そうですか?」

「ほら、髪伸ばしてる人だとああいう感じになるじゃない、後ろで結んでさ」

「あー・・・そういえば・・・」

「でも、短髪でもできるのが売り?」

「そうみたいだねー」

「テカテカしてましたね」

「うるおいクリームで固めるとああなるんだね」

「なるほど・・・ちょっと試したいかな・・・」

「そう?」

「だって、楽そう」

「なら、ほら、ショートだっけ、あれ可愛いじゃない」

「可愛すぎません?似合わないかなーって、私には」

「大丈夫よ、なんとかなる」

「他人事みたいに言ってー」

「他人事だしー」

片付け乍らもワヤクチャと楽し気で、そこへ、

「お待たせしましたー」

とティルとミーンが盆を持って入って来た、

「待ってたー」

ミナがピョンと飛び跳ねる、

「うふふー、今日は凄いぞー」

「そうなの?」

「うん、ビックリするよー」

「マジで?」

「マジで、はい、座って座って、まずは普通の煮物なんだけどー」

と二人は疲れた様子も無く上機嫌で配膳を始める、その料理は一見する限り確かに普通の煮物と変わらないように見えた、しかし、

「ん?」

「なんか・・・」

「香りが違う・・・」

「うん、さっきもいい匂いだなーって思いましたけど」

「だよね、なんか違うね」

「違うんですよー」

ティルがニヤニヤと微笑む、

「詳しくはタロウさんに聞いて下さい、たぶん皆さん初めて食べると思います」

「えっ、そうなの?もしかして新しい野菜?」

「ですね」

「わっ、嬉しいー」

「ねー」

そこへ、

「はい、これも」

とタロウが別の盆をテーブルに置き、さっと厨房に戻った、

「それは?」

「これが美味しいんです、全然違います」

盆には小さめの皿に黄金色のスープと真っ白く平らで丸い肉のようなもの、ゆで卵の半身ともやしが泳いでいる、何とも華やかな見た目であった

「これはこのまま食べるの?スープ?」

「ふふん、違うんですよー」

「まだ何かあるの?」

「あります」

ミーンが断言し、ヘーと興味深げな溜息が食堂を震わせた。



「というわけで、このスープは味が濃いからね、直接飲まないで、これを浸けて食べるように・・・以上かな?」

夕食前の短い講釈である、いつもはソフィアの仕事であったが今日はタロウが楽しそうに解説し、そう締め括ると、

「では、頂きましょう」

と腰を下ろした、生徒達は勿論大人達も目を輝かせており、しかし、ソフィアはやっぱりこれかと渋い顔で、レインも嬉しそうではあったが素直に喜べないのか何とも固い顔となっている、

「えっと・・・つけるの?」

ミナが不安そうにタロウを見上げた、タロウの説明を理解出来なかった訳では無いが、本当にそれでいいのかと視線が問いかけている、

「そうだぞ、こうやるんだ」

タロウがシロメンにフォークを伸ばし、つけだれにそれを潜らせると口元に運ぶ、一同はジッとその所作を見つめてしまい、タロウの言う通りだと確かにそうなるよなと再確認した、すると、

「うん、美味い、これなんだよー」

タロウは満足そうに微笑む、

「そうね、味は良いのよねー」

ソフィアが溜息交じりに同じようにつけだれを使い、

「確かにな、旨いのじゃ・・・それは認める」

レインも器用にシロメンを絡め捕ってつけだれに浸すとそのまま口に入れた、

「あれ・・・」

「おりゃ・・・」

しかし二人は同時に不思議そうにつけだれを見下ろす、何かあるのかと一同の視線が二人に集まるが、

「違うだろ?」

タロウがニヤリと微笑む、

「うむ、二味・・・いや、もっとかな・・・これは美味いな」

「確かにね、全然違う・・・」

「だろー、ほれ、ミナも食べてみ、美味いぞ」

「ワカッター」

ミナが見様見真似でシロメンにフォークを伸ばし、他の面々もやっと手が動いた、そして、

「わっ、美味しい・・・」

「うん、すんごい味が濃いけど・・・」

「それだけじゃないね、なんだろ、全然違う」

「うん、初めての味だ・・・」

「塩辛いけど、それだけじゃないね」

「うん、鳥の味?」

「あっ、それかも」

「複雑なスープだ・・・」

「だね、色んな味がする・・・」

「オイシイー、ミナ、これ好きー」

「そうか、そうか、ミナ、エライ」

「えへへー」

ミナの輝く笑顔にタロウは満面の笑みで答える、昨日、タロウが獣の解体屋で仕入れて来た品は、馬の脂身と鳥ガラであった、どちらも解体屋では廃棄処分される品で、タロウはこれは良いと馬の脂身には金を支払ったが、鳥ガラは無料で引き取ってきた、昨日のタロウの上機嫌はこれが原因であった、久しぶりにラーメンを作ろうと一人ホクホクと妄想していた為である、そしてタロウはソフィアに今日の夕食は俺が作ると朝一番で言い出し、ソフィアは鳥ガラの件も聞いていた為、言い出すだろうなと思いつつ、それなら好きにすればと任せてしまったのである、その昔、田舎に戻った折にタロウは鳥ガラを煮込んだ麵料理を作っており、ソフィアは既に察していたのであった、そしてその手間を思い知っている為に、めんどくさい事になるのは確定であり、なら自分は手伝わないわよと丸投げしたのである、タロウとしては一緒に調理する楽しさも妄想していたのであるが、そのあまりにも嫌そうな顔にそれ以上何も言えなくなったのは致し方無い事であろう、

「でも、違い過ぎない?」

「じゃな、もう少しこう・・・素朴な味だったとおもうが・・・」

ソフィアとレインが不思議そうにタロウを伺う、二人共に田舎で作った麺料理の味を覚えている、確かに当時も美味いと思ったことは確かで、しかし眼前のそれはまた違った品のようにすら感じた、タロウが調理した料理は俗に言うつけ麺である、当時は中華麺が作れなかった為、うどんを捏ね、鳥ガラの出汁も少量しか作れないであろうからとつけ麺にした、しかしそこは料理に慣れないタロウである、出汁は思った以上に余ってしまい、それは大事に保管して、各地を回った際に御礼代わりに現地人と別け合って友好を築く手段として重宝した、

「だろうね、ほら、探してた食材な、似たようなのがあったからそれが入ってる」

「へー・・・なんだっけ、コウシンリョウってやつ?サレバさんのあれとは違うの?」

「違うやつ、後で見せるよ、見た目は大した事ないんだが、生姜とにんにくって言うんだけどな、ほれ、煮物にも入ってるぞ、その細かく切ったやつ、それだけ食べると若干辛いからな、気を付けてな」

「これか?」

「それ」

タロウが放浪中に見つけた食材は多種に渡るが、今日満を持して鍋に入れたのがその二つであった、どちらもとある国では当たり前に食卓に並んでおり、これだこれだとタロウは興奮して買い込んでいた、

「あら・・・確かに辛いけど・・・」

「うむ、何と言うか爽やかだな・・・」

「流石レイン、上手い事言うな」

「ふん、しかし、この煮物も美味いな」

「だろ?ほら、ソフィアがうるさいからさ、一緒に煮込んだ野菜を煮物にしたんだよ、いけるだろ?」

「当然よ、全部捨てるなんてアホのやる事だわ」

「悪かったよ、あの時は、でも、ほら、お陰でどっちも良い感じだろ?」

「悪く無いわね」

と言いつつソフィアの手も忙しく動いている、どちらも実に美味しかった、その生姜とにんにくとやらの味もそうであるが、鳥ガラをじっくりと煮込んでいる為に濃厚な鳥の旨味が素晴らしく、ソフィアとしても胸糞悪い記憶はあるが、美味い物は美味いのである、

「素直じゃないなー」

「素直じゃないー、ミナ、これ好きー、美味しいー」

ミナは口元をグチャグチャに汚しながら満足そうで、タロウはまったくとその口元を拭ってやった、

「こっちの黒いメンは何ですか?」

さらにジャネットが当然の疑問を口にする、

「おう、あっ、話し忘れてたね、それは蕎麦のシロメン?ちょっとややこしいんだけどな、ソフィアから聞いてるだろ、シロメンって名前は黒いのがあるからだって」

「あっ、そっか、それありましたね」

「だろ、だから小麦で作ったのが白いからシロメン?蕎麦で作って黒いからクロメンかな?まぁ、好きに呼べばいいよ、それも美味いぞ、それもつけだれに浸けて食べてな」

「あー・・・また、頑張ったわね」

「まぁね、偶に料理するとね、楽しくてさ」

「そっ、良かったわね」

ソフィアはタロウを睨みつつ蕎麦にも手を伸ばす、ソフィアも蕎麦を使った料理は嫌いではない、実際に蕎麦がきや蕎麦団子は夕食には良く出している、しかし、手打ち蕎麦に関しては今一つ上手くなかった、シロメンという名で定着してしまったうどんと調理手法はそう変わらないように感じるが、どうにも苦手なのであった、故に小麦の白に対して蕎麦の黒という対比からとって自ら小麦で作った麺をシロメンと名付けたのであるが、肝心のクロメンである所の手打ち蕎麦は披露していなかったりもする、しかし、タロウからすればそのシロメンは茶色メンであった、こちらの小麦粉は基本全粒粉であった為で、タロウの知る真っ白な小麦粉など存在していない、

「これも美味しいな・・・」

「うん、蕎麦でも作れたんだね」

「そっか、これがクロメンなんだ・・・」

「シロメンと全然違うね」

「これはこれでありだね」

「うん、歯ごたえが堪らない」

「確かに、固いけど蕎麦の味がしっかりしてる」

「このツケダレ?にも合うね」

「合う、私こっちのが好きかも」

「私はシロメンだなー」

どうやら手打ち蕎麦も受け入れられたらしい、そして、

「このお肉ウマ・・・」

「うん、鳥のお肉だよね」

「でも・・・煮ただけ?」

「こんな丸くなる?」

「これも一手間違うのかな?」

とつけだれに浮かぶ鳥のチャーシューも好評のようであった、タロウは久しぶりの料理に達成感を感じつつ、女性達の様子を満足そうに見渡すのであった。
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