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本編

69話 お風呂と戦場と その29

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「だから、これはね、メイドさん達とかには勿論だし、男性に向けても売れるんだな」

とテーブルに戻った一同に対しタロウは説明を続けた、

「そっか、メイドさんってそうよね、髪上げてる人が多いよね」

「確かに・・・そっか・・・女性でも男性でも使えるのか・・・」

「そういう事、メイドさん達はほら、仕事で邪魔くさいから長い髪を結わえている訳だろ、それは主婦の人達もそうだし・・・っていうかこっちの女性は大体そうだよね」

とタロウは遠慮無く一同の髪を見渡した、

「確かにそうよねー」

「うん、それはある」

ソフィアとユーリは確かにと頷き、アフラは自分もそうだなと額の生え際に手を添える、メイド達のようにきつく押さえつけている訳では無いが、アフラもまたタロウの言うオールバックという髪型に近いものなのであった、

「カトカさんみたいにさ髪留めで押さえるのもいいと思うんだけど、それだとほら、どうしてもほつれ毛とか気になるでしょ」

「えっ・・・あっ、そうですね、はい、そうかも」

カトカが慌てて背筋を伸ばす、色々と考え込んでしまい反応が若干遅れた、

「そういう時にもね、便利なんだな、例えばだけど」

とタロウはミナを見下ろし、

「ミナー、髪貸してー」

「えー」

ミナはタロウを見上げ、

「返してねー」

「勿論だよ、熨斗付けて返すさ」

「ノシってなにー」

「んー・・・良いものだよー」

「ならいい、貸すー」

「はいはい」

タロウは苦笑しながらミナの側面の髪をその耳の後ろに流し、

「この状態ね、これを維持する為にこの脇にだけこのクリームで固めてあげる?」

「・・・そっか、全体に塗らなくてもいいって事ですか?」

「そういう事、特に女性はね、髪が長いとまとめたり、結ったり、何かで結んだりできるでしょ、それと合わせて使う事もできるね、男だとほら、髪自体が固くて太いから、ほつれ毛は少ないんだけど、だからこそ全体を固めてしまった方が早かったりするんだな、女性の場合はちょっと気になる細い毛ごと形を維持できる?」

「なるほど・・・悪く無いわね、使いようって事か・・・」

「うん、それにうるおいクリームですもんね」

「そだね、肌に使ってるし唇にも塗ってるし」

「香りもつけれます」

「・・・良いわね・・・これは売れる・・・うん」

「慣れれば便利かな?」

言葉少なになっていたエレインもやっと口を開き、アフラも少しばかり機嫌が治ったように見える、

「そういう事、これも使いようだよね、他には・・・あっ、やっぱり男性用かな、俺はほらまだ髪が多いからなんだけど・・・個人名を出したら後が怖いけどさ、リンドさんとか事務長とか、エーリク先生もだな、薄くなってきてどうにもね、髪型が決まらない人?学園長みたく地肌が完全に透けちゃってるならね、帽子なり剃るなりできるんだけど、どっち着かずの半端な毛量の人にはこのオールバックがお薦め、さらに言えばそういう人は髪が細くなっちゃっているからね、こうして固めてしまえばお洒落に見えるし楽なんだな」

「また、はっきり言ってー」

「わかりやすいだろ、男ってやつはこれはこれで大変なんだぞ、中途半場な薄毛が一番みっともないんだよ、かといって剃るのもめんどくさいしな、あれはあれで手入れが大変なんだ、一人では出来ないし」

タロウが苦々しく眉をひそめる、

「そういうものなんですか?」

「そういうもんです、禿散らかしてるって笑われる時があるだろ、でもさ、本人としてはどうしようもないんだぜ、毛があれば散らかる事が無いんだけどさ、半端にあるから余計に散らかって見えるんだ、いっそ無くしてもいいんだけど、今度は少し伸びてくるとどうにも・・・小汚い感じになる?そうなると三日に一度は手入れ・・・ようはまたちゃんと剃らないと駄目でね、なんともかんともって感じなんだなー」

「その経験あるの?」

ユーリがニヤリと微笑む、

「剃った事はあるよ、薄毛の経験は無いけどな」

「えっ、なんでさ?」

「色々あって・・・」

タロウは適当に誤魔化した、学生の頃いきって坊主を通り越して剃り上げた事があり、それはそれで本人は気に入っていたし、周りの反応も悪くは無かったが、その手入れには大変に苦労したのであった、

「そっ・・・まぁいいわ、これはまた後で試しましょう、使えそうなことは理解できたし、時間も無いしね」

ユーリがやれやれと溜息を吐いた、見事に話しが逸れてしまっている、今日の本来の目的は今後の予定を立てる事にある、つまり現時点で何も目的を達成していないのであった、

「そだね、でね、話しを戻すとだ・・・」

タロウは染髪に関してはまず手入れが重要である事を再確認した、実際に染髪は髪が荒れる、その事例を明確に示す事は出来なかったが、そうなのかもしれないなとこれには同意を得る事が出来た、そして、より重要な調髪に関する事として、

「こればっかりは・・・ユーリ先生とレネイ先生に任せるよ・・・俺は詳しくない」

と二人にぶん投げてしまう、急に何だと二人は口を尖らせるも、確かに男性であるタロウに女性の調髪について問い質すのは違うかなと納得し、

「じゃ、私からね」

とユーリが口を開いた、そして語られたのは髪を切る場合の注意点である、さらにレネイが要所要所で補足を加え、フィロメナやアフラ、エレインも口を出し、タロウは静かにミルクを舐めていた、すっかり冷めたそれであったが、話し疲れた事もあり実に旨い、この会合も本来であればその立場と役割からユーリかサビナかエレインが中心にある必要があり、タロウとしては正に相談役が相応しいであろうと思っていた、やっとその形になったように思う、しかし、

「あっ、あんたの言う髪型、どういうの?」

ある程度議論が進み、ユーリとレネイが経験的に身に付けた技術が提供されると、ユーリがそう言えばとタロウを伺う、

「ん?あー・・・そうだねー・・・俺の好みだけどいいか?」

「構わないわよ、さっきもそう言ってたし」

「うん、じゃ、どうしようかな、黒板ある?」

とタロウはゾーイが差し出した黒板を手にすると、

「えっとね、まずこっちで見た事のない髪型なんだけど」

と白墨を鳴らし、

「こんな感じ、どうかな?」

タロウが黒板を一同に向けた、そこに描いたのは俗に言うショートとボブの二種類である、正面からと側面からを描いた模式図とも言えない雑なものであったが、言わんとしている事を理解できるものではあった、

「あら・・・短いのが好み・・・あー・・・そういう事か・・・」

ユーリがニヤリとタロウを見つめ、ソフィアはフフンと鼻で笑った、

「そういう事だ、そっちに行くなよ、面倒だ」

「はいはい」

ユーリが厭らしくニヤつき、ソフィアは余裕の微笑を見せる、それは冒険者時代の二人を彷彿とさせる髪型だったのだ、二人は男装の為に髪は短く切り詰めており、しかし、そこはやはり女性である、それなりに見えるように工夫しており、実はその経験こそがユーリの調髪技術の根底になったりもしている、

「どういうことですか?」

フィロメナがこれは何かあるなと二人を上目遣いに伺うも、

「そうね、今は駄目、話しがまとまらなくなるから」

ユーリがそれを遮ると、

「で、なんだけど、これはどんな感じ?」

「見たまんま、分かりづらいかな?絵が下手なのは勘弁してくれよ」

「それはいいわよ、コツとかある?」

「あー・・・たぶんなんだけど、ミナ髪貸してな?」

「むー、またー」

「また」

ミナはしょうがないなと頷いた、話しが長く暇だなー眠いなーと思っていた所である、実際の所ミナは会話の半分も理解していなかったし、その気も無かったりする、

「こっちの短い方なんだけど、全体を短くするのもそうなんだけど、襟足から後頭部?この辺をかなり短くして、頭頂部の髪を長めにしてあげると良い感じに形になると思うんだ、だから、長い部分は思った以上に長いと思う、さっきユーリも言っていたように頭の各部位?毎に長さを変える必要があってね、結構難しいと思う、利点としてはそれこそメイドさん達には楽でいいと思うよ、前髪が目にかからない長さで押さえれば何をするにも邪魔にならないし、活発に動けるだろうね、それと頭が軽くなるな、髪って思った以上に重く感じるからねー」

「えっと・・・男の子みたいになりません?」

「なるね、でもそれはそれで魅力的に見えるよ、ジャネットさんとかアニタさんとか?ルルさんとかには似合うかも、で当然だけど美形にもドンピシャで似合う、まぁ、それもさっきレネイさんが言ってたけどね、顔の造形が良いとね剃ってしまっても似合うもんなんだ・・・なんでも似合うんだよね、美人さんはそれだけでもお得だよね」

「あー・・・かもねー・・・」

「うん、ただバッサリと切るからね、失敗は勿論だけど、それ以上に本人の意向が大事だね」

「それは何だってそうでしょ」

「だろうけどさ、で、こっちのはそれより長め?前髪と頭頂部の長さは同じくらいで、真ん中でこう綺麗に分けるといいかもね」

タロウはミナの髪を別けながら説明を続ける、

「だからこっちの方がまだ切りやすいと思うよ、ただし、こっちも短い方と一緒でね、上の髪よりも下の髪は短くなるのかな?その点はよくわからん、だいたい首の上・・・耳の下?襟足が見えないくらいかな?・・・で揃えてあげるとスッキリしてカッコいいはず・・・どかな?」

「悪く無いわね・・・」

「うん、こっちは似合う人が多そうですね」

「ですね、確かにスッキリしてます」

「あっ、そうだ、でね、これの良い所は前髪で耳の辺りから顔を隠すように形作る事が出来るのね」

タロウはミナの髪を微妙に調整して見せた、

「それがなにさ?」

「大事だよ、小顔に見せる事が出来る」

「小顔?」

「うん、髪で上手い事こう顔の両脇を隠すんだな、すると表に出る顔の面積が減るだろ」

「待って、その必要ある?」

「うーん・・・あると思うよ、俺の国では小顔に見せるのが流行ってたかな?実際に可愛く見えるんだ」

「またそれ?」

「しょうがないだろ、事実だし、ほら、印象違うだろ」

ミナの顔をジロジロと女性陣が覗き込み、ミナはいいのかなと見つめ返している、

「確かに・・・」

「印象は違いますね、可愛いというか・・・」

「うん、そっか目鼻立ちに目がいくんだ・・・なるほど・・・輪郭を整えるって意味ではありかも」

「それはさっきユーリ先生とレネイさんも言ってましたよね」

「それがより深化した感じ?」

「ミナちゃんは元々顔小さいからな・・・」

「他の人じゃないと違いが明確では無いですね」

「それは仕方ないよ・・・あっ、でね、こっちでは見ないのが他にもあって・・・ソフィア、紐あるか?」

「紐?」

「うん、髪を縛れるやつ」

「あー・・・取り合えず・・・」

とソフィアは腰を上げ編み物籠から短くなった毛糸を取り出して、

「これでいい?」

「多分大丈夫」

タロウは礼を言いつつ受け取ると、ミナの髪を真ん中から二つに大きく分けて、それぞれを根本部分で結わえると、

「これがツインテールって髪型」

「おおっ・・・」

「確かに見ないわね」

「ミナちゃん可愛い」

「ホント?」

ミナがサッと腰を上げて鏡に走る、

「えー・・・なんか広くなったー」

その素直な感想に食堂は確かにと笑いに包まれた、

「でも、可愛いよー」

「そだねー、女の子してるー」

「ですねー、ツインテールってどういう意味なんですか?」

「あー・・・尻尾が二つ?」

「尻尾?」

「うん、馬の尻尾みたいだろ」

「あー、確かにー」

「他にはー、ミナちょっと待ってな」

とタロウは腰を上げるとテーブルに並べられたままの染髪の試料から一房取り上げ、

「レースとか綺麗な布の方が良いかもなんだけど」

とミナの背後に回り込み、あっさりとその髪を解くと、片側の束に黄色に染まった一房と赤い毛糸を器用に巻きつけた、

「あー・・・今一つ上手く無いな、まっ、やった事ないからだがさ、君らで上手い事作り直してくれ」

と片側だけになにやら手を加えて身を躱す、

「あっ・・・へー、それもいいわね」

「うん、そっか、髪に他の髪とか混ぜるんですか?」

「布とかでもいいよ、ミナの髪は黒いからな、目立つ色を選んだつもりなんだけど、ようはね髪だけで完結しないで他の何か?色とか素材とか選ぶ必要はあるんだけどさ、それを混ぜ込んで・・・この場合は編み込んでかな?うん、面白い・・・と思う」

「確かにね、これは盲点だわ」

「そうですね・・・うん、使えます」

これもどうやら好評のようである、

「なにー、どうなってるのー」

ミナの嬌声が響いた、

「ほれ、こうなってるんだ」

タロウが適当に結ったそれを肩に流し置いた、

「わっ、可愛い、これはいい、良い感じー」

「あら、そうなのか?」

「うん、これは好きー、こっちもこっちもやってー」

「あー・・・それはちゃんと結わないとだな、俺には無理だ」

「えー、こっちはやったでしょー」

「あくまでお試し、ソフィアやり直してくれ」

「えっ、こっちに投げるの?」

「うん、慣れないことはするもんじゃないな、第一意図は伝わっただろ」

「そうだけど・・・じゃ、レースとかを編み込んでみる?」

「それがいい」

ミナがピョンと腰を浮かせる、

「もう、調子にのってー」

と言いつつもソフィアはどこか楽しそうに編み物籠を漁りはじめ、タロウはさっさとその髪を解いた、適当に巻きつけただけであり、いとも簡単に崩れ去る、

「まぁ、これもさっきのも髪型ってよりかはその派生型って感じかな、調髪とはまた別になるかな?」

タロウがやれやれと席に戻ると、

「いや、それも欲しかったのよ、結い方とかまとめ方とかも大事でしょ」

「そうですね、ただまとめて丸っとするだけでは調髪のし甲斐がないですよね」

「確かに」

「じゃ、調髪・・・に関してはこんなもんで、結い方・・・どう表現するべきか・・・」

「とりあえず結び方でいいんじゃないですか?」

「それで分かるかな?」

「分かると思いますよ」

「じゃ、それで・・・あっ、また項目が増えたか、まぁいいや、結び方ね」

と議題は移ったらしい、ミナが鏡の前でキャーキャーと騒がしく、ソフィアもまた楽しそうにその髪を弄っている間、女性達は様々な結び方を披露しあっていた、どうやらこれはそれぞれにやり方とこだわりがあるらしい、タロウとしてはこれも口出す事は無い、第一自分には結ぶほどの髪は無いし、その経験も無い、先程披露した二種類で充分とも思う、どうせ周りの女性達の手でそれなりにアレンジされていくもので、それをタロウは楽しみにもしている、そして、

「出来たー」

ミナがピョンと飛び跳ねた、一同の視線がミナに集まる、その胸元に回された二つのお下げは真っ白なレースで彩られ、黄色の毛糸が鮮やかに縁取っている、

「ふふん、どーだー」

ミナは誇らしげに薄い胸を張り上げた、

「可愛いー」

「うん、これは良いわね・・・」

「でも、大人にはキツイかなー」

「だねー、子供・・・学生までかな・・・」

「それも可愛い感じの子には合いそうですけど・・・」

「うん、そんな感じだね」

遠慮のない批評が交わされるがミナは満足そうである、

「まぁ・・・適当に結った感じだから、もう少し工夫の余地があるわね」

ソフィアがやれやれと微笑む、

「そのようね・・・でも、いいんじゃない?」

「それ、結い上げてもいいですよね、そのまま」

「あっ・・・いいかもね」

「じゃ、結い上げてからレース?」

「そうなるとだって、あれよ、レースの飾りのついた髪留めで良くない?」

「それはそれでしょうよ」

「そうかなー」

女性達の活発な議論が巻き起こるのであった。
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